窮屈な二度目の人生過ごしてます   作:海野

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第三話 ノア

 小学五年生にして海外旅行です。

 一昨日、珍しく父から話しかけられた思えば、海外旅行に行くとの事。これも勉強の為だと父は言った。場所はイタリアだ。

 

「学、見てみて!ピサの斜塔、本当に傾いているよ!」

 

 私じゃなくて母が興奮しているのは何故だろう。

 

「お母さんなら海外飛び回ってるでしょ?」

「それは仕事。ちゃんと観光した事無かったのよねー」

 

 そう言うと首からかけているカメラで何度も写真を撮る。

 私は海外は好きではない。元々英語は苦手な方だったからだ。高校生の時、五教科で一番苦手だったのは英語だった。中学の時には赤点を取ったという記憶もある。それほど苦手で嫌いだったのだ。今は読み書きできるが、前世で苦手意識があった所為か外国人と会うとビクッと体が震える。もし、英語で道を聞かれたら私は焦るだろう。

 

「いいや、近くのベンチに座っとこ」

 

 私はすぐそこのベンチに座った。

 ポケットから音楽プレーヤーを取り出し、イヤホンを耳に当てる。移動中に聞いていた曲が流れ出す。

 私は悲しい曲が好きだ。例えば、恋愛曲だったら失恋をテーマにした曲を選ぶ。と言っても、この音楽プレーヤーに入っている曲は全てアニソンだ。今は銀髪の天パの駄目男が主人公のアニメの曲を聞いている。

 このアニメの八割はコメディだ。あとの二割はシリアスだ。笑いがある時はとても面白い。だが、シリアスの時は本当に泣けてくる。前世でも気に入っていたアニメだが、ここでは時間の進みが違うらしく、今はこの物語の舞台、江戸の町、歌舞伎町の四天王が戦う話だ。あの話はとても良い。最後のシーンは本当に泣けた。

 とてもいい気分で曲を聞いていると後ろからトントンと肩を叩かれた。イヤホンを外して後ろを振り向くと男の子が立っていた。

 

「何しているの?」

「曲を聞いているけど……」

 

 見た目は私より年上だろう。見知らぬ私に話しかけるとはよほどの物好きか、それとも……。

 

「うちの家は貧乏でお金なんてありませんよ」

 

 嘘だけど。むしろ反対、お金持ちです。

 男の子はぽかーんとしていたが、いきなり笑いだした。

 

「いや、ごめんね。別に誘拐しようなんて考えていないよ。ただ気になっただけ」

「そうですか。すいません」

 

 いやいいよと笑顔で返してくれた。でも、その笑顔は嘘臭くて、なんだか悲しくなった。

 

「君、名前は何ていうの?」

「相手に名前を尋ねる時は相手から訊ねるのが常識じゃないの?」

「ははっは!また一本取られたな。僕の名前は、ルーク」

 

 ルークと言う事は外国人か。まぁ、見た目で中性な顔立ちをしているし。かっこいいとか、イケメンとかの分類に入るんだろう。

 

「私は浅野学。ルークさんも観光?」

「んーまぁ、そんな所かな」

「日本語、上手なんですね」

 

 最初から彼は日本語で喋っていた。外国人にしては異和感が無い日本語だった。

 

「仕事上で必要でさ。そういう君は観光客にしては暇そうだね」

「父に強制でここに来まして、母が喜んでくれているならそれでいいです」

「君は優しいね」

 

 母にも言われた。そんなに私は優しいのだろうか?前世では何一つ親孝行ができなかった私が。

 高校生になってからはよく母と喧嘩してばっかりだった。今思えば手伝いとか、お礼とかいっぱいしとけばよかったなと思う。

 

「そんな事ないですよ。うちは家族としては成り立っていないし、父とは喋らない日の方が多い」

「そうかい……。でも、君はよく見ているんだね。家族の事を」

「まぁ。母は私の事を大切に思ってくれてますし」

 

 実物のピサの斜塔を見て興奮している母に目をやる。あんな家で私が精神を保っていられるのは母のお陰だろう。仕事が忙しいと言うのに、一週間に一回は手紙を送ってくれる。服も送ってくれる。それなのに、私自身は何もしてあげられないんだ。

 

「誰かに見てもらえるだけでとても幸せな事じゃないのかな」

 

 幸せ……私は、心のどこかで思っていたのかもしれない。父の事があまり好きではないけれど、見て欲しいと思っていただとしたら?それはそれで嫌な気持ちでは無い。だって、私の事を娘だと言ってくれた記憶が無い。私と父の関係は、教師と生徒だからだ。

 ルークさんはじゃあねと言って立ち去ろうとする。後姿を見ていると、彼がさっき言った言葉の意味が分かったような気がした。

 

「ルークさん、貴方を見てくれる人が居ます!私は貴方を見ています。縁があったらまた会いましょ」

「君は本当に面白いなぁ。そんな君に本当の事を教えよう。ルークというのは偽名さ。本名は“ノア”って言うんだ。それじゃあね」

 

 まさか、偽名を使っているとは思わなかった。でも、時折彼が見せる悲しそうな顔は気の所為だろうか。




 あのアニメいいですよね。私も好きです。

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