窮屈な二度目の人生過ごしてます   作:海野

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 お久しぶりです。
 一ヶ月ぶりの投稿となります。
 


第二十七話 家族

 私が保健室を出たのは、六時間目の途中だった。

 保健室の先生が言うには、クラスの皆がとても心配をしていたと。無理に授業に出なくてもいいと言ってくれた。

 蓮達が置いて行ってくれた鞄を持ち、保健室を出た。

 

 

 私が向かったのはE組の校舎だ。それにしてもこの坂道はかなりきつい。彼らはこの坂を半年間登り続けていたのか。

 物語が進むのなら、この後、父が殺せんせーに暗殺をしかける。そして、殺せんせーとデスマッチをし、結果、父が死ぬ結末だけが残る。それは殺せんせーが阻止してくれるからいいのだが、やはり心配だ。自分の父親が死にかけるなんて未来を知っているんだから。

 ようやくゴールに着いた。

 E組の校舎の半分は潰れていた。そして、生徒達は全員外に出ていた。もう暗殺は始まっていたのか。

 物語の中では理事長先生は本当の死を覚悟したのだろう。自分の教育が思い通りにいかないのなら家族なんてどうでもよかったのだろうか。

 

__この世界に貴女の居場所は存在しないのよ。

 

 幼い自分の言葉。

 彼女の言う通りだ。私なんていない。()()()()()()()()()()存在しない。その代わりに、浅野学がいる。私がいる。もう線路とか、物語とかどうでもいい。私はここにいる。浅野学という存在がいる物語にすればいいんだから。

 私をずっと縛っていた何かがほどけた。

 鞄を捨て、走り出す。校舎の中に入り、E組の教室を目指した。

 曲がり角を曲がり、見えた教室の扉を開けた時、父は、問題集を開いた時だった。

 バーンと大きな爆発音が鳴った。

 私は逃げるのでも、叫ぶのでもなく、飛び出した。その時、何も考えていなかった。

 

「お父さん!」

 

 一瞬、光の中で父が驚いた顔をしていたのが見えた。

 父を庇うように抱きついて、目を瞑っていた。だが、何の衝撃も無ければ痛みも無かった。恐る恐る目を開けると、膜のような物が体を覆っていた。

 知っていた。だからこそ飛び出した。

 私は殺せんせーが喋るよりも先に父の頬をグーで殴った。平打ち?そんなもので済ませるものか。

 

「何で、死のうとしてんだよ!母さんだって、私だっている。家族なんかより教育の方が大切だっていうのかよ!勉強の前に大切な事があるだろうが!それを、教えるのが……教師じゃねえのかよ!」

 

 言いたい事を全て言い切った。父に敬語を使わない日なんて来ないと思っていた。今回だけは別だ。父を殴るのも、父に敬語を使わないのも。

 滅多に表情を変えない父が驚いている事は見てすぐ分かった。そして、後ろでそわそわしている殺せんせーも。

 

「貴方が自爆を選ぶことは分かっていました。自分の命を使ってでも教育の完成を目指すでしょう。もちろん、間違いとは言っていません。ですが、学さんのように貴方の事を大切に思っている人がいる事も忘れてはいけない。そして、それを生徒達に伝えていくのが私達の役目でもあるのですよ」

 

 私は立ち上がり、父に手を差し出す。父は自分の手をしばらく見つめてから私の手を取った。

 父が殺せんせーと距離を縮め、話し出した。この話は私が入っていい話ではない。数歩下がり、二人の話を聞いていた。

 

「たまには私も()りに来てもいいですかね」

「もちろんです。好敵手にはナイフが似合う」

 

 今まで見た事がない父の清々しい顔だった。父も何かがほどけたのだろう。そして、親子そろってこの怪物(先生)に手入れされてしまったのだ。

 二人の話が区切りをついたところで私は一歩前に出た。

 

「何か言うことはない?」

 

 あれだけ言ったんだから答えがほしい。答えが。

 

「……すまなかった。“学”」

 

 予想していなかった答えだった。

 私の記憶の中で、名前を呼ばれたことがあるのは数えるほどだ。そして、この数年、名前は呼ばれていなかった。

 ここまでの答えを出してくれた。私が返す返事はこれだけだ。

 

「ゆるす……でも、殴ったことは謝らない。これでおあいこだから」

 

 この時、私はようやく子供らしいことを言えたのではないかと思った。

 後ろからめそめそと泣く声が聞こえたので振り返ると、殺せんせーがハンカチを持って泣いていた。

 

「よかったですねえ。それはそうと、学さんが飛び出してきた時、先生びっくりしました。一歩間違えていたら大怪我をしていましたよ。これからは気を付けてください」

 

 先生の顔の色が紫に変わった。

 このクラスがここまで変わったのもこの先生がいたからだとよく分かる。

 

「はい。すいませんでした」

 

 こんなに生徒思いな先生はいないだろう。いや、少し訂正。ここにももう一人いた。

 

 

 珍しく、父が車に乗せてくれた。

 車の中は静かだった。誰も口を開こうとはしない。そんな中、言葉を出したのは私だ。

 

「父さん、お願いがあるんだけど」

「何だい?言ってみなさい」

 

 ここにいるのは教師ではなく、父親としていることに私は気付いた。

 

「一つは……」

 

 普通の家庭ならありふれたことなのかもしれない。でも、私の家にはそんなことはなく、こんなお願いをするのは恥ずかしいという気持ちもあった。だが、言わなくちゃ意味がない。

 私は深呼吸をしてから自分の願いを口にした。

 

「父さんと母さんと三人でご飯が食べたい、です」

 

 最後、やっぱり恥ずかしくなって声が小さくなってしまった。

 

「はっはは、分かった。で、もう一つは?」

 

 “これ”は家族とかそういうものとは全く関係がないのだが、“これ”はこの学校の権力者である父にしか頼めないことだ。

 

「もう一つは、____」

 

 

 二日後、今日は母が帰ってくる日だ。

 ドアが開く音がし、私はリビングを飛び出し、玄関に行き、母を迎えに行った。

 

「お帰り」

「ただいまーん?いいにおいがする。学が作ったの?」

「うん。私と」

 

 父さんと一緒にと言おうと思ったが、ちょっとしたドッキリということで黙っておくことにした。私は母の手から荷物を取り、リビングへ急がせた。

 リビングに入ると、父がエプロンを脱いで椅子にかけていた。盛り付けはもう終わったみたいだ。

 

「まぁ!お父さんと作ったの?」

「うん、メニューは父さんが」

 

 私は父に視線を移すと、いつもの不気味な笑顔ではなく、清々しい顔で笑って座ろうと言った。

 母は分厚いコートを脱ぎ、椅子にかけて座った。

 高級レストランみたいにナイフとフォークが横に並んでいるというわけでもなく、いつもの高いお肉というわけでもなく、コーンスープにハンバーグ、ポテトサラダと炊きたての白ご飯という家庭料理だった。

 手を合わせ、三人同時に食べ物への感謝の言葉を言った。

 

「いただきます」

 

 いつものご飯よりもおいしく、温かく感じた。

 箸を進めていると母がクスッと笑った。私はどうしたのと母に聞いた。

 

「このメニューはね、父さんと初めてのデートで食べたのと同じなのよ」

「やっぱり覚えていたんだね」

「もちろん、今でも覚えているわ」

 

 今の父からは考えられないが、当時、父と母の恋愛はかなり順調に進んでいたみたいだ。

 

「で、その後どうなったの?」

「それがね……」

 

 私はずっとこうやって三人で話したかった。

 ようやく私達は、家族になれた。




 ようやく終りました。(いろんな意味で)
 ここまで来れるのか最初はひやひやした場面もありましたが、なんとかいけることができて何よりです。
 余談ですが、実はというと、例のメニューは私の今日の晩御飯でした!コーンスープではなく、味噌汁なのでしたが(笑)

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