窮屈な二度目の人生過ごしてます   作:海野

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ようやく浅野パパの登場です。


第十四話 娘

 今日の朝、速報で流れた。

 

「月が爆発!」

「七割蒸発!」

 

 などと、テレビや新聞ではその話題が持ち切りだ。私はこうなる事を知っていた。あまり驚きはしない。父も驚いてはいなかった。いや、それが普通だ。父は教育の事で頭がいっぱいなのだから。

 

「いってきます」

 

 父より遅く家を出る。

 いつも通る道に人は少なかった。やはり月の爆破が関係しているのだろう。

 

 

 

「えー皆さん、朝のニュースは見たと思いますが、月が爆破したと言うニュース。その真相はまだ明らかになっていません。ですが、何があるかわかりません。今日は午前までの授業となりました」

 

 朝のHRでも月か。

 今頃、その犯人が政府と掛け合っているのだろう。

 そうだ、雪村先生は……いや、考えるのはやめておこう。

 授業はいつもとあまり変わらなかった。生徒達は少しそわそわとしていたが、帰る頃にはいつも通りだった。

 帰り道、私の前に水色の髪の少年がいた事に気付き、肩をとんとんと叩く。

 

「学さん」

「久しぶり、渚君」

 

 渚君の髪は相変わらず長い。この髪を綺麗にまとめるのがあかりちゃんこと茅野楓だ。

 頬に絆創膏が張ってあった。恐らく、お母さんと喧嘩したのだろう。いや、喧嘩と言うよりも“暗い時”に話してしまったからだろう。彼の家庭も大変だ。

 

「そういや今日って……」

「ん?」

「渚君、今日、うちでご飯食べに来なよ」

「ええ!?」

「大丈夫、今日は誰もいないからさ」

 

 渚君も家にいたら気が張るだろうし、今日くらいいいだろう。父は会議で遅くなると言っていたし、母は海外で帰ってくるのは二ヵ月先だし、家政婦の佐々木さんも今日はお休みだから珍しく一人だ。

 

「お、おじゃまします」

「そんな固くならなくていいよ」

「いや、だってこんな大きな家初めてだし……」

 

 それもそうだった。

 ここに来てから少し感覚が鈍ったような気がする。もちろん、お金は大切にする方だ。

 冷蔵庫の中身を見る。佐々木さんが買出しに行ってくれているからだいたいは揃っている。

 中には良く分からない調味料もあった。

 家庭科の成績はもちろん五だ。だが、レパートリーが多い訳ではない。ここはシンプルにチャーハン、いやオムライスでいこう。

 

「適当に席に座っといて。すぐに作るから」

 

 料理はする方だ。佐々木さんの手伝いはする。いつも手間をかけた料理を作ってくれているのだ。少しは手伝いたい。

 父がいない時にお菓子を作ったりする。作った後は証拠隠滅だ。まぁ、自分の部屋に冷蔵庫があるからお菓子は隠せる。

 卵はふわとろにしよう。流石にお店みたいにはできないが。

 

「よし、完成」

 

 付け合わせのサラダを簡単に作って終了だ。

 

「美味しそう!」

「そう言ってもらえるとうれしいよ」

 

 渚君に料理の感想を言ってもらい、後片付けを終えた。

 ご飯を食べ終わったら、前に借りてきた映画を一緒に見た。ソニックニンジャだ。見ようと思って借りてきたが、ダビングをしただけでそのままにしていた。渚君がその映画を好きな事を知っている。一緒に盛り上がりながら見ていたその時、ガチャと扉が開く音がした。父が帰って来たのか……。

 映画のディスクを抜き、渚君には勉強道具を広げていてと伝えて私は玄関に行った。

 玄関にいたのは父では無く、母だった。

 

「か、母さん!?何で、帰ってくるのは二ヵ月先じゃあ……」

「ただいま。ほら、月のあれ。仕事場でも色々あってね。一度家に戻ろうと思って直行便で帰って来たの」

「そ、そうだったんだ」

 

 母でよかった。父だったらめんどくさい事になっていた。

 

「あら、誰か来ているの?」

 

 玄関に並べられた靴を見て言った。

 

「う、うん」

「別に怒りはしないわよ。むしろ大歓迎だわ」

 

 本当にこの人が母親で良かったと思う。

 母と一緒にリビングに行くと、渚君がそそくさと立ち上がっておじゃましていますと言った。

 

「そんなに固くならなくていいわよ。それにしても、男の子なのに髪が長いのね。それもいいわね!」

「は、はぁ……」

 

 うちの母はファッション関係の仕事をしているため服には少しうるさい事がある。ちなみにこの椚ヶ丘の制服を考案したのは母である。

 何故このような感じになったかと言うと、母は女子の服を可愛くしたかったからだという。つまり、女子の方を考えてからデザインに合うように男子のを考えたとい事だ。母は可愛い物好きだから仕方が無いだろう。

 

「お名前は?」

「潮田渚っていいます」

「渚君ね。これからも学と仲良くしてあげてね」

「は、はい!」

 

 母が私の事をちゃんと思ってくれているのは嬉しいのだが、本人の前でそう言うのは止めて欲しい。

 

「今日はごちそうさまでした」

「うん。また来てね。まぁ、父さんがいない時になるけど」

 

 小さな声でぼそっと呟く。それに渚君は苦笑を浮かべた。

 またねと言って渚君と別れた。

 家に入ると母がにやにやしていた。

 

「学、あの子が本命なの?」

「本命とかないから。渚君とは友達。はい、この話終了」

「もう、学には恋とかないの?母さん悲しいわー」

 

 正直、今は考えられない。私にはやる事があるから……。

 

 

 

 浅野學峯は今日、会議があり、いつもより遅い帰宅となった。

 暗い部屋に電気をつけ、適当な物でご飯を作ろうと思い、冷蔵庫を開けると、すぐ手前にラップされて置かれていたオムライスとサラダがあった。オムライスの皿にはテープで書置きが張られていた。

 

『お仕事お疲れ様です。粗末な物ですがどうぞ食べて下さい』

 

 娘とはここ最近いや、何年も会話と言う会話をしていなかった。娘は自分といると暗い顔をする。それも仕方が無いことだ。強い生徒を育てるためには支配する必要がある。その仕組みを中学生になるまでにずっと教えてきた。

 だが、娘はその所為で自分に対して表情というものを見せなくなってしまった。娘が言う言葉は“はい”と“分かりました”その返事だけとなった。

 娘が隠れてアニメや漫画を買っている事も知っている。その事について指摘しなかったのは何故なのか、自分でも分からない。これが父親と言うものなのかさえも。

 自分の理想は変わらない。強い生徒にするということを。だが、娘は強い生徒に育っているのか。彼女は学校ではりっぱにやっている。それはよく耳にする。では、家ではどうだろうと。全く知らなかった。

 今、自分の手の中には娘が書いた書置きだった。丁寧な字で書かれた文字は教師でも父親でも無く、他人に向けた言葉のような気がした。


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