このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』8、『爆焔』2、既読推奨。
 時系列は、8巻3章辺り。


この祝祭の日に女神への感謝を!

 女神エリス&女神アクア感謝祭、二日目。

 俺はアクアとともに、アクシズ教団のブースで屋台を手伝っていた。

 

「いらさいいらさい! とある国の伝統芸能、飴細工はこちらですよー! 見て楽しい、食べて美味しい飴細工ですよー! 今ならなんと、このオンセンゲイシャ冬将軍が一本たったの百エリス! 百エリスですよどうですか!」

「凄っ! お前、相変わらずそういうのだけは凄いよな。これだけ出来が良いんだし、一本百エリスってのは流石に安すぎないか?」

「いいのよ。私はアクシズ教のアークプリーストであって、芸人ではないから芸でお金は貰えないもの。それに、今回は儲けを出そうなんて考えていないから、材料費と経費だけで十分よ。……ねえ今、そういうのだけはって言った?」

「言ってない」

 

 本当に、コイツはどうしてしまったのだろう。

 今日のアクアは調子に乗らず、ぼったくりや変な詐欺を働く事もなく真っ当に商売をしている。

 アクシズ教徒の連中も、ちょっと間違った感じの日本の屋台を再現していて、アクシズ教団のブースは夏の縁日に近い雰囲気に包まれている。

 包み紙にはさりげなくアクシズ教団入信書を使っているのだが、祭りの賑わいの中ではそれすらもネタとして受け入れられているらしい。

 

「はい、次の方! 飴の形の注文ですか? もちろん注文に応じて飴細工を作る事も出来ますが、ちょっと時間が掛かりますよ? ……ほうほう、エリス教徒なのになぜか巨乳で話題のセリスさんですか。胸は着脱式にしますか? あれっ? 良かれと思って聞いたのに、どうして怒るのよー!」

 

 俺は、客に怒られて口を尖らせながら飴細工を作りだすアクアに。

 

「……いや、ちょっと待て。そういう卑猥な形の飴細工はどうなんだ?」

「何よ、これって日本の伝統芸能なんでしょ? 伝統芸能がちょっと卑猥に見られるなんて、よくある事じゃないの。卑猥に見えるのは、あんたに芸術品を見る目がないからよ」

「別に俺は良いけど、ダクネスに知られたら怒られるぞ。昨日の事もあるし、そのうち見回りに来るんじゃないのか? 調子に乗らずに真面目に商売するって言ってたくせに、バカな事して営業停止にされても知らないからな」

「ええー? 舐めているうちにだんだん鎧が溶けてくるダクネス飴もあるんですけど」

「営業停止が嫌なら隠しとけ」

 

 と、俺がアクアに忠告していた、そんな時。

 アクアが完成したセリスさん飴を渡した客の後ろから、新たな人物がやってきて。

 

「……ん。今、私の事を呼んだか?」

「い、いや、呼んでないぞ」

 

 アクアが慌ててダクネス飴を隠す中。

 現れたダクネスが、立ち並ぶ屋台を胡散臭そうに眺めながら。

 

「確かに、昨日苦情が来たような客の集め方はしていないようだな。見た事のない物を売っているが、あれらはカズマが提案したのか?」

「そうだよ。俺の元いた国では、祭りって言えばこんな風に出店が出てきて、賑やかなのが普通だったんだ。エリス祭りは、教会に行って祈りを捧げるとか、地味過ぎて俺にとっては祭りって感じがしないんだよな」

「そうかいそうかい、そんな風に思ってたんだねカズマ君は」

 

 と、不機嫌そうにそんな事を言いながら、ダクネスの後ろから現れたのは……。

 

「クリスじゃないか。お前、こんなとこにいて良いのか? アクアに捕まったらまた手伝わされるぞ」

「だ、だって、ダクネスが顔色悪いのに見回りに行くっていうから、心配でついてきたんだよ。ねえダクネス、最近はずっと忙しそうにしていたし、少しくらい休んだ方が良いと思うよ。エリス教会は静かだから、落ち着いて休憩出来るんじゃないかな」

 

 ダクネスの袖を遠慮がちにクイクイと引いて、クリスがそんな事を言う。

 ……心配しているというのは本当だろうが、ダクネスまでアクシズ教に引きずりこまれたら嫌だなとか考えているのかもしれない。

 そんなクリスに、ダクネスが苦笑しながら。

 

「クリスが心配してくれるのはありがたいが、これが私の仕事だからな。祭りが終わったら少しは落ち着くだろうから、今が踏ん張り時だ。見回りに行く場所は他にもあるし、まだ休むわけにはいかない」

「そうか。でも、本当に顔色が悪いぞ? あんまり無理するなよ。せっかくだし、ダクネスもなんか食っていったらどうだ? 見回りで暑い中歩き回ってるんなら、かき氷なんかがお勧めだが」

「それなら、昨日人気だったというYAKISOBAはないのか? 実は少し食べてみたかったんだ」

「YAKISOBAはあっちだ。すんませーん! こいつにYAKISOBA一つくださーい! ほら、貰いに行ってこいよ。お前はここんとこ大変そうだし、俺が奢ってやるよ」

「いや、悪いが見回り中だからな。賄賂を受け取るわけにはいかない」

 

 たかがYAKISOBAを奢るくらいで俺が恩着せがましい事を言い、ダクネスが固い事を言ってYAKISOBAの屋台の方に向かうと。

 そのダクネスについていこうとしていたクリスに、アクアが。

 

「ねえクリス、今日も屋台を手伝っていかない? 今日は昨日よりもたくさん屋台を出しているし、お客さんもたくさん来ると思うの!」

「えっ。……い、いえ、すいませんアクアさん、今日はダクネスが心配なので、一緒についていこうと思うんだよ。だから屋台の手伝いはちょっと……」

「そう? クリスがいてくれるといろいろと助かるんだけど、ダクネスは調子が悪そうだし、仕方ないわね。ダクネスはたまに無茶するから、しっかり見ていてあげてね。お礼にこの、カズマに売るのを止められたダクネス飴をあげるわ」

「お前何やってんの? それをクリスにあげてどうすんの?」

 

 俺がすかさずアクアの後頭部を引っ叩く中、何気なくダクネス飴を受け取ったクリスは。

 

「えっ? えっ? 何これ、ねえ何これカズマ君! なんでダクネスが飴になってんのさ! キミ、どういうつもりなの!?」

「待て、それは俺がやったんじゃないぞ。アクアが芸術品とか言って作ってるんだよ。ダクネスにバレると何言われるか分からないから、食うならさっさと食っちまってくれ」

「胸部着脱式エリス飴もあるわよ! なんとパッドが外れるの!」

「お、お前、そんなもんまで作ってたのか……」

「キミ達、何やってんのさー!」

 

 バカな事を言いながらエリス飴を取りだすアクアに、クリスが顔を真っ赤にして怒りだし。

 

「クリスったら、エリス教徒なのに知らないの? 教会の肖像画のエリスはね、胸にパッドを入れてる時の姿なのよ。エリスの本当の姿は、この飴の胸部装甲を外した時と同じくらいなんだから。ほら、今ちょっと取って見せてあげるわ!」

「待って! 待ってよアクアさん! あの、ほら! エリス様のそんな話を広めちゃ駄目だよ! 罰が当たるよ!」

「ほーん? 私の運を悪くするだけじゃ飽き足らず、さらに私に罰を当てようっての? あの子ったら、天界に戻ったら覚えてなさいよ」

 

 剣呑な目つきになるアクアを、クリスが首をぶんぶん振りながら宥めようとして。

 そんなバカなやりとりをしていると、ダクネスがYAKISOBAを食べながら戻ってくる。

 

「んぐっ……。これは美味いな、話題になるだけの事はある。他の物も同じくらい美味いのであれば、アクシズ教団のブースが賑わっているのも頷けるな」

「ねえダクネス、これは売っちゃ駄目なヤツだよね! ね!」

「ん? なんだこれは? ……わ、私か!?」

 

 涙目のクリスが、手にしていたダクネス飴をダクネスに渡し。

 

「わああ、何やってんのよクリス! ダクネスに渡しちゃ駄目じゃないの!」

「おいアクア、これは一体どういう事だ? なぜ私の姿の飴なんか売っている? というか、これは飴なのか? かなり精巧に作られているようだが……」

「き、聞いてダクネス。それはただの飴じゃなくて、芸術品なのよ。もしも卑猥に見えるとしたら、それはダクネスに芸術品を見る目がないからと言えるんじゃないかしら。芸術品の中には、ちょっぴり卑猥に見えるものもあるけど、ダクネスはバツイチだけど貴族の令嬢なんだから、そういうのにだって芸術的な価値があるって分かるでしょう?」

「バ、バツイチはやめてくれ……。しかし、芸術品か。確かに、そういうものもあるが……」

 

 と、うっかりアクアの口車に乗せられそうになるダクネスに、クリスが。

 

「アクアさんは胸部着だ…………女神エリス飴もあるって言ってたよ」

「ちょっとクリスったら、どうして言っちゃうのよ! もう、クリスには内緒話は出来ないわね!」

「アクア、いいから出せ」

 

 アクアは観念したように、エリス飴をダクネスに渡し。

 

「……なあアクア、この胸の部分が着脱式なのは、一体どういうつもりなんだ?」

「なあに、ダクネスったら知らないの? 教会の肖像画のエリスは、胸にパッドを入れた姿で、本当は……」

「営業停止」

「なんでよーっ! ねえ待って、本当なのよ! エリスったら胸にパッド入れてるんだから! 信じてよー!」

「やめてアクアさん! その話を広めようとしないで!」

 

 アクアとクリスが涙目になる中、ダクネスが呆れたように。

 

「……まあ、営業停止は言いすぎにしてもだ。いくら芸術品と言い張ったところで、この飴を売るのは許可できないぞ。肖像権の問題もあるからな。エリス様の飴なら良いかもしれないが……おいクリス、どうしてそんな見捨てられたような目で見てくるんだ? その、エリス様の胸がパッド入りだのなんだの言うのはやめろ。女神感謝祭なのに不敬を働いてどうする。それに、アクアはアクシズ教のアークプリーストなのだから、女神アクアの飴を作れば良いじゃないか」

「アクア飴を作ると、ウチの子達が全部買っていっちゃうから商売にならないのよ」

「そ、そうか。……とにかく、女性の飴を作るのはやめろ。次に作っているところを見かけたら、今度こそ営業停止にするからな」

「男の人の飴なら良いの? ……ジョークグッズとしてカズマ飴も作ってみたんですけど」

「おいちょっと待て、なんで俺のだけジョークグッズなんだ? 芸術品だろ?」

「カズマったら、面白いジョークを言うわね」

 

 こいつぶっ飛ばしてやろうか。

 

「……男性の飴もやめておけ。とりあえず、これは私が買っておく事にしよう。……百エリス? これが百エリスだと?」

 

 ダクネスにカズマ飴を渡したアクアは、俺の方をチラッと見て。

 

「カズマ飴は舐めていると首がポロっと取れて、冬将軍にやられた時のカズマさんになるわよ」

「おい」

「さらに舐めていると下半身が先に溶けて、クーロンズヒュドラにやられた時のカズマちゃんになるわよ」

「おいやめろ」

「体が全部溶けちゃったら、もう私でも蘇生させる事は出来ないわね……」

「おい、ただの飴の話だろ? 悲しそうな目でこっちを見るのはやめろよ」

 

 と、俺とアクアがそんなやりとりをしている中、ダクネスは手にしたカズマ飴を赤い顔で見つめながら、チラチラと俺の方を窺ってきて。

 そんなダクネスに、クリスが。

 

「ね、ねえダクネス、それをどうするの? 舐めるの? ひょっとして、カズマ君を舐めるつもりなの?」

「んなっ!? 何を! これはただの飴であって、カズマではないだろう! そ、そう、これは飴……。ただの飴だから大丈夫……、舐めても大丈夫……!」

「ちょっとダクネス、顔が真っ赤だよ? ねえ、大丈夫? 本当に大丈夫なの?」

「あああ、当たり前だろう! これは飴だから大丈夫だ、大丈夫なんだ!」

「そっちじゃなくて、ダクネスの体調が……!」

「はっはっは、クリスは心配性だな」

 

 ダクネスは朗らかに笑いながら、フラリと倒れて隣の屋台に頭から突っこんだ。

 顔が真っ赤だったのは、どうやら恥ずかしかったせいだけでなく、体調が悪かったかららしい。

 

「ダクネス! ダクネス、大丈夫!?」

「おい、大丈夫か!? アクア! ヒール掛けてくれ!」

「任せといて! 今とっておきのヒールを掛けてあげるわ!」

 

 クリスがダクネスを助け起こし、アクアがヒールを掛ける中。

 ダクネスは突っこんだ屋台の店主に謝りながら、フラフラと立ち上がり。

 

「ああっ! カズマが、カズマが……」

 

 倒れた拍子に砕け散ったカズマ飴を見下ろし泣きそうになっているダクネスに。

 

「おい、誤解を招くような事を言うな。それは俺じゃない。ていうか、そんな場合じゃないだろ。いきなりフラついて倒れたんだぞ? お前、やっぱり体調が悪いんじゃないか」

「す、すまない。私は大丈夫だ。ちょっとフラッとしただけだから、そんなに心配するな」

「何言ってんの、無理しないで休憩しようよ! ダクネス、顔が真っ赤だし、ちょっと熱もあると思うよ!」

「か、顔は……、その……」

 

 心配そうに言うクリスに、ダクネスは気まずそうに視線を迷わせていて。

 俺はそんなダクネスに。

 

「お前、体調が悪かったとはいえ、俺の飴に興奮して倒れるとか、純情なのか変態なのかはっきりしろよ、このムッツリ令嬢」

「ム、ムッツリ令嬢……! き、貴族とか令嬢とかを引き合いに出すのは本当にやめてください……」

「カズマ君、こんな時までダクネスをいじめないでよ! ほらダクネス、肩を貸してあげるから、エリス教会に行こう? あそこなら横になって休めるから」

「い、いや、そこまでしてもらうほどの事では……」

 

 顔を真っ赤にしてフラフラしながら、なおも強がるムッツリ令嬢に、俺はため息を吐いて。

 

「よしクリス、そのバカこっちに引っ張ってきてくれ。こっち側なら横になれるスペースがあるから、しばらく寝かせておこう。多分、熱中症だろ。水飲ませて休ませておいた方が良い」

「わ、分かったよカズマ君。ほら、ダクネス」

 

 クリスに肩を貸してもらい、ダクネスが屋台の内側に入ってきて。

 

「まったく、気を付けろって言って打ち水までしてるのに、運営側のお前が熱中症になってどうするんだよ? ちゃんと熱中症対策してるのに、不手際とか言われて責められたら面倒だし、お前は良くなるまで出歩かせないからな。ほら、そこに横になってろよ。今、フリーズ掛けてやるから」

 

 物置台を並べてその上にダクネスを寝かせ、額に手を当ててフリーズを掛けてやると。

 

「……ああ、冷たくて気持ち良い。すまないな、三人とも。迷惑を掛ける」

 

 気持ち良さそうに目を閉じるダクネスに、俺とクリスは顔を見合わせ。

 

「コイツはもうバインドで縛りつけてその辺に転がしておけば良いんじゃないかと思う」

「カズマ君は素直じゃないなあ。心配なら心配だって言えば良いのに。でも、その案にはちょっと賛成かな。ダクネスは放っておくと、どこまでも無理をするからね」

「お、おい二人とも……? なんだか不穏な会話が聞こえるのだが。その、迷惑を掛けた事は謝るから、バインドは別の日にしてくれないか」

「別の日ってなんだよ。こんな時まで縛られたがってるんじゃねーよ」

「まったくもう、ダクネスってば! こういう時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言って、静かに休んでいれば良いんだよ」

 

 ツッコむ俺の隣で、クリスが女神のように微笑みダクネスを撫でながら、そんな事を言う。

 と、どこかへ行っていたアクアが戻ってきて。

 

「ダクネス、何か飲んだ方が良いっていうから、ラムネを貰ってきてあげたわよ。ネロイドを使って作ったやつだから、本物とはちょっと違うけど、冷たくて美味しいから飲んでみて」

「うう……、賄賂は受け取れない……! 仲間だからこそ厳しくしなくては……」

「もう! こんな時まで何言ってんのさ! お金はあたしが払っておくから、早く飲みなよダクネス!」

 

 クリスが怒ったように言いながら、ダクネスの口にラムネの瓶を突っこみ。

 炭酸ではないがネロイド入りの飲料を急に流しこまれ、ダクネスが少し苦しそうな顔をするが……。

 

「ふあ……! ああ、これも美味いな。これも、カズマが提案したのか? カズマが提案したというものは、どれも美味い……」

「い、いや、俺の国には普通にあるもんだからな。俺はただそれを料理スキルで再現しただけで、別に俺が凄いってわけじゃないぞ」

 

 焼きそばもラムネも日本には普通にあったものだし、再現できたのは料理スキルのおかげで、俺自身が何か凄い事をやったわけではないので、ストレートに褒められると少し気まずい。

 と、俺がもごもごしていたそんな時。

 飴細工の屋台に新たな客がやってきて。

 

「あっ、いらっしゃい! えっと、飴の形の注文ですか? すいません、今ちょっと手が離せないっていうか……え、脱いだら凄いと評判の警察署長、アロエリーナさんの? すいません、人の形をした飴は駄目だって言われてまして……。あ、エリス飴なら作っても良いって話だけど、どうします? 胸部着脱式は怒られたから……、しょうがないから、いつもよりパッドを盛ってあげる事にするわ。はい、お祭り仕様の特盛エリス飴よ」

「アクアさん? 何やってんのアクアさん!」

「心配しないでクリス、ダクネスに言われた事はちゃんと守るから。今日のところは、エリスの胸は着脱式にしないでおいてあげる」

「だからって無駄に盛ったらバレるよねえ!」

 

 俺は、アクアに食ってかかるクリスに。

 

「クリス、悪いんだけどしばらく店番頼んでも良いか? 俺はダクネスにフリーズを掛けてやらないといけないし、アクアはダクネスにヒールを掛けてやらないといけないんだよ」

「こんな状況だし、ダクネスのためだし、店番くらいやるけどさ! 結局こうなったかあ! ねえカズマ君、幸運ってなんだろうね!」 

 

 ……それは俺も知りたいところだ。

 クリスに、飴の形の注文は断ってねと言い、ダクネスの下にやってきたアクアは。

 

「ダクネス、大丈夫? 今、強めにヒールを掛けてあげるからね。まったく、ダクネスったらあの熊みたいな豚みたいなおじさんの時といい、一人で無理をし過ぎじゃないかしら! 大変だったら私達を頼ってくれたって良いのよ?」

「ありがとうアクア、今度から気を付ける。そうだな、あの時に、もう一人で突っ走ったりしないと言ったのにな……」

 

 薄く目を開けたダクネスが、嬉しそうにそんな事を……。

 …………。

 疲れていたダクネスにとどめを刺したのは、アクシズ教がやらかしたせいで届けられた、大量の苦情だと思うのだが。

 ついでに言うなら、ムッツリ令嬢を興奮させたのはアクアが作ったカズマ飴なのだが。

 

「何よカズマ、どうしてそんな、白けた目で見てくるの? 私が真面目にヒールを掛けてるっていうのに、何か文句があるんですかー? あんたも早く、ダクネスにフリーズを掛けてあげなさいよね!」

 

 なんというマッチポンプ。

 調子に乗らないと言っていたはずなのに、どうしてコイツは毎度毎度、何かやらかさないと気が済まないのだろう。

 

 

 *****

 

 

 しばらくして。

 体調を持ち直したダクネスが見回りに戻り、クリスもダクネスについていって。

 アクシズ教団のブースはますます盛況だが、YAKISOBAの屋台にだけ客が集まっていた昨日と違い、今日は全ての屋台に満遍なく客が来ているので、忙しいには違いなくとも、どうにか捌けている。

 そんな中。

 

「サトウさんサトウさん。見てください、カップルですよ! あんなにくっついちゃって羨ましい! ここはサトウさんが脅かしに行って、あまりの迫力にあの少年が泣きだしてしまい、女の子に愛想を尽かされているところで、私が慰めてあげるっていうのはどうかしら? ……? …………あまりの迫力に……?」

「おい、俺を見てちょっと無理っぽいなって顔をするのはやめろよ。自分でも迫力がないのは分かってるけど、それは俺のせいじゃなくてあんたらのゾンビっぽいメイクが適当なせいだからな。なんだよ、額に『腐』って。あんたらは本当に脅かす気があるのか?」

「それは、アクア様が『カズマさんは性根が腐ってるから、分かりやすいように額に腐って書いておいたら良いんじゃないかしら』って仰っていたから……」

「よし、ちょっと待っててくれ。あいつを引っ叩いてくるから」

「待って、待ってください! あの方に無礼を働くというなら、お姉さんがアクシズ教団の名において鼻からところてんスライムを食べさせるわよ!」

「やれるもんならやってみろ! 何がところてんスライムだバカにしやがって!」

 

 俺は、アクシズ教のプリースト、セシリーとともに、人手が足りないというお化け屋敷で脅かし役の手伝いをしていた。

 と、俺がセシリーに怒鳴っていると、ちょうど通りかかったカップルが驚いて。

 

「う、うわあ……? あの、ここってお化け屋敷ですよね?」

「そ、そうだけど。……お化け屋敷なのに全然脅かせなくてすいません」

 

 脅かし役の雑な登場に、逆に驚いていたカップルが、白けた目で俺達を見てきて。

 と、そんな時。

 カップルの女の子の方が、俺を指さし。

 

「ねえ、あなた、見た事があるわ。サトウカズマっていう冒険者でしょ? 初対面の女の子のパンツを脱がしたり、幼気な少女を粘液まみれにしたっていう、セクハラ冒険者の!」

「ちょっと待ってくれ。いや、合ってる。大体合ってるんだけど、その言い方は誤解を招くだろ」

「ひっ! いや、近寄らないで! いやーっ!」

 

 俺が誤解を解くために近寄ろうとすると、少女が悲鳴を上げ、少年を置いて逃げていき……。

 

「流石ですねサトウさん! 女の子が逃げていきましたよ、計画通りです!」

「いや、待ってくれ。ここってお化け屋敷なんだろ? この脅かし方はなんか違うと思うんだが。あと、悲鳴を上げて逃げられるとか、俺でもちょっと傷ついたぞ」

「なんか、すいません……」

 

 と、気まずそうに頭を下げる少年の下に、ゾンビの扮装のままセシリーがにじり寄っていって。

 

「ピンチの時に恋人を置いて逃げだすなんて、なんてひどい女の子でしょうね! でも私が来たからにはもう安心ですよ。あなたはまあ、そこそこイケメンと言えばイケメンですし、恋人に逃げられた傷心を私が癒してあげても良いわよ。貯金はいくらありますか?」

「えっ、あの、……え? ……貯金? いきなりなんなんですか? ここってお化け屋敷なんですよね?」

「もちろんお化け屋敷ですよ。カップルで入ったらいろいろあって、出る時にはちょっと仲良くなれる、そんなお化け屋敷ですよ。あなたの恋人は逃げていってしまいましたが、私と仲良くなって出ていっても問題はないと思います」

「おいやめろ。お前の言動は問題しかない。お客さんに直接触ろうとするのはやめろよな。こういうとこって、脅かしはしてもノータッチが基本だろ? ひょっとして、お化け屋敷で体中を弄られたって苦情が出たのはお前のせいか? これ以上ウチのムッツリ令嬢の仕事を増やすのはやめてくれよ」

 

 俺が、少年に抱きつこうとするセシリーを引き剥がしていると。

 

「あっ、ちょっと、いくらお姉さんが美人だからって、いきなりそういうのはどうかと思うの! お姉さんは安い女じゃないんですからね! あらっ? でもそういえば、サトウさんって、魔王軍の幹部を何人も倒したり、大物賞金首を撃退したって話じゃなかったかしら? という事はリッチマンよね? それにアクア様とも仲が良いし、…………綺麗なお姉ちゃんは好きですか?」

「おいふざけんな。俺にだって選ぶ権利くらいあるんだからな。……あんた、今のうちに逃げろ!」

 

 俺の言葉に、セシリーに絡まれていた少年が逃げていき。

 

「あーっ! 私のロマンスが逃げていく……! なんて事してくれるんですか! こうなったら私を養うかアクシズ教団に入信して責任を取ってもらわないと……」

「お前いい加減にしろよ。温厚な俺でも怒る時は怒るからな」

 

 俺が、バカな事を言いだしたセシリーと揉み合っていると……。

 順路をトコトコ歩いてきた小さな女の子が。

 

「……何をやっているのですか、あなた達は」

「違うの! これは違うのよめぐみんさん! 心配しないで、私はめぐみんさん一筋だから!」

「いやちょっと待て。なんで俺がフラれたみたいになってんの? お前なんかこっちから願い下げだよ」

 

 俺の言葉を無視し、セシリーは半眼でこちらを見るめぐみんに駆け寄っていき。

 

「ちょっ! なんですかお姉さん、いきなり抱きついてくるのはやめてください!」

「仕方ないの、仕方ないのよめぐみんさん、だって私は今、汚らわしいアンデッドなのだから! 理性を失い自らの欲望を満たすためだけに動いてしまうのは仕方がない事なの!」

 

 ……それは普段の行いと何が違うのだろうか。

 額に白い三角の布を巻いただけのなんちゃってアンデッドの扮装をしたセシリーが、そんなバカな事を言いながらめぐみんに抱きつこうとして、締めあげられている。

 

「いたたたたた! めぐみんさん、痛い痛い! めぐみんさんはレベルが高いんだから、そんなに力を込められるとお姉さんクシャってなっちゃう! でもロリっ子なのに力持ちってギャップが最高だと思うの! まったく、めぐみんさんったらなんて可愛いのかしら!」

「なんなんですかこのセクハラお化け屋敷は! 即刻営業停止にするべきです! というか、アクシズ教徒にお化け屋敷なんかやらせたらこうなるのは分かりきってるじゃないですか! 許可を出した人は何を考えてるんですか!」

 

 ダクネスが領主代行なのだから、最終的に許可を出したのはダクネスだと思うが。

 ……ここ最近はかなり疲れていたようだから、冷静な判断力を失い、うっかり許可を出してしまったのではないだろうか。

 

「待ってめぐみんさん! ここはアクシズ教団の中では一番人気の催しなの! 営業停止にしたら、不満を持ったアクシズ教徒達が何をするか分からないわよ!」

「どんな脅しですか! 悪質すぎますよ、あなた達は!」

「……なあ、お化け屋敷よりYAKISOBAの方が人気だし、今日は他にもいろいろと屋台を出してるのに、ここが一番人気ってどういう事だ?」

「アクシズ教団には、人をびっくりさせたり笑わせたりするのが好きな教徒ばかりが集まっているから、お化け屋敷の脅かし役は人気なのよ。誰がやるかで喧嘩して、逆に人手が足りなくなるくらいなんだから」

「一番人気って、客に人気があるんじゃなくてアクシズ教徒に人気があるのかよ。ていうか、俺はそんなバカな理由で脅かし役をやらされてんのか? 人手が足りなくなるくらいなら、もう不満を持つ奴もそんなに出ないだろうし、営業停止で良いんじゃないか?」

 

 

 

 お化け屋敷を閉鎖して、屋台の手伝いに戻り。

 

「カズマは今日もアクアの手伝いですか。手伝いはしないと言っていたのに、なんだかんだ手伝っていますね」

「本当だよ。というか、お前は手伝うって言ってたくせに何もやっていないんじゃないか? クリスの神器探しの手伝いをしているわけでもないし、ここ最近、お前だけ暇を持て余してないか?」

「失礼な! 私は私で、いろいろとやる事があったんです。アクアの手伝いだってちゃんとしてましたよ。ゼル帝の面倒を見たり、食材を安く大量に仕入れたり、お姉さんがところてんスライムを買おうとするのを止めたり、花火大会の計画書にこっそり手を加えたり、ちゃんと働いてました」

「なんだ、俺の見てないところでお前もいろいろやってたんだな。……おい後半なんつった?」

 

 特に予定がないというめぐみんを、屋台の内側に引っ張りこんで手伝わせていると。

 

「……お姉さんはどこでカップルを脅かして憂さ晴らししたら良いのかしら?」

 

 未だになんちゃってゾンビの扮装をしたままのセシリーが、そんなロクでもない事を言いだして……。

 

「前から気になってましたが、あなた、めぐみんさんとはどういう関係なんですか? 屋台の手伝いもしてもらってるし、めぐみんさんの優しさに付けこんでお世話してもらおうって魂胆ですか? 何それ羨ましい。代わってください!」

「やめてください! 私達は別にカップルとかではありませんから、憂さ晴らしの対象にするのはやめてください!」

「……なあ、俺ってお前にお世話されてたのか? 爆裂散歩の帰りにおんぶしてやったりしてるし、どっちかって言うと俺が世話してやってる方だと思うんだが」

 

 俺がめぐみんを見ると、めぐみんは目を逸らし。

 そんなやりとりをする俺達に、セシリーが。

 

「またそんなツンデレオーラ出しちゃって! しかも爆裂散歩の帰りにおんぶとかなんですかそれ羨ましいすごく羨ましい。でも私だってめぐみんさんと深い絆で結ばれているんですからね! めぐみんさんが空腹で困っている時にご飯で釣って教会に連れこんだのは私ですよ!」

「待ってください、待ってくださいよお姉さん! 余計な事を言わないでください!」

「お前……、俺と初めて会った時も、なんでもするから食べ物を恵んでくれとか言ってただろ」

「!?」

 

 俺の言葉にセシリーが驚愕の表情を浮かべる中、めぐみんは焦ったように。

 

「なんでもするとは言ってませんよ! パーティーに入れてほしいって言っただけじゃないですか!」

「なんでもするからパーティーに入れてくれって言っただろ」

「そ、それは……! 言いましたけど……」

「そんな……! なんでも? めぐみんさんがなんでもするからって……!? サトウさん、あなたって人は! 何をしたんですか? こんなに可愛いめぐみんさんに何をしたんですか! 詳しく! 詳しく教えてください!」

「……ちょっと粘液まみれにした上に、どんなプレイでも受け入れるからパーティーに入れてくださいって泣かしたくらいかな」

「なんという上級者! ……どうやらお姉さんは、あなたの事を甘く見ていたようね。流石は街でクズマさんだのゲスマさんだの言われているだけの事はあるわ。でもこの勝負、お姉さんだって負けられないのよ。お姉さんの方が、めぐみんさんと深い絆を結んでいるんだから! そう、なんと私はめぐみんさんとお風呂に入った事があります!」

「なあ、それ言ってるのって誰なんだよ? でもまあ、一緒に風呂に入った事なら俺もあるな」

「!?」

 

 俺の言葉にセシリーがますます驚愕の表情を浮かべ、めぐみんはますます焦ったように。

 

「ちょっと待ってくださいよ! 一体なんの勝負なんですか! なんだかさっきから、私ばっかり恥ずかしい目に遭っている気がするのですが! カズマもどうして対抗しようとするんですか!」

「俺はただ事実を言っているだけで対抗しているわけじゃない。それとも、俺は何か一つでも間違った事を言ってるか?」

「だ、だからっていちいち他人に話すような事ではないでしょう!」

 

 めぐみんのその言葉に、なぜかセシリーがドヤ顔で。

 

「他人だなんてそんな! めぐみんさんと私は、一緒のベッドで寝た事もある仲じゃないですか!」

「そんな事実はありませんよ! アルカンレティアでの事を言っているなら、あの時はちゃんと部屋から叩きだしたじゃないですか!」

「俺はめぐみんと一緒のベッドで寝た事があるぞ」

「!? なんですって? 詳しく! その時のめぐみんさんの様子を詳しく!」

「やめてください! なんなんですか、二人して! これ以上私を辱めるというなら考えがありますよ!」

「……そんなに興奮すると熱中症で倒れるぞ。ほら、フリーズ掛けてやるよ」

「誰のせいですか! あ、フリーズはもうちょっと強めにお願いします」

「めぐみんさん、ヒールは? お姉ちゃんのヒールは要りませんか?」

「別に怪我をしたわけでもないですし、要りませんよ。……なんでそんな、捨てられた子犬のような目で見てくるんですか? 分かりました、分かりましたよ! お姉さんにヒールをしてほしいです。……あっ、ちょっ! いちいち体中を弄り回す必要はないでしょう!」

 

 セシリーがめぐみんに抱きつこうとし、めぐみんに押しのけられていた、そんな時。

 氷の容器を抱えたアクアが駆け寄ってきて。

 

「カズマさーん! かき氷の氷がまたなくなったんですけどー! 水は私が出してあげるから、急いで氷を作ってほしいんですけどー!」

「もうなくなったのか? 昼より涼しくなってきてるはずなのに、氷がなくなるのが早くなってないか?」

「そうなの! 暑いから冷たいものはよく売れるし、材料は氷とシロップだけだから、いくらでも捌けるわよ! 一番売れてるのはかき氷の屋台かもしれないわね。でも、食べすぎてお腹が痛くなる子供もいるから、ヒールを掛けてあげないといけないの! 早くあっちに戻らないといけないから、早く氷を作って! 早くしてー、早くしてー」

 

 俺が、アクアに急かされながら、フリーズの魔法で氷を作っていると、セシリーが。

 

「アクア様、ヒールだったら私も使えますけど! 私のヒールは要りませんか?」

「それじゃあセシリーにもお願いしようかしら。でも、あんまり食べすぎてるようだったら、ヒールは使わないであげてね。氷の食べすぎは体に悪いもの」

「分かりました! このセシリーにお任せください!」

 

 やる気を漲らせたセシリーが駆けていき。

 

「……なあ、アクシズ教の教義には、我慢は体に毒だから、飲みたい時に飲んで食べたい時に食べろってのがあるんじゃないのか?」

「そうだけど、お腹が痛くなるって分かってるのに、食べさせるのは可哀相だもの」

 

 俺の質問に、アクアがそんなまともな事を言いだして……。

 誰だコイツ。

 俺が、氷の容器を抱えてかき氷の屋台に戻っていくアクアの背中に、訝しげな視線を向けていると。

 セシリーに揉みくちゃにされて乱れた髪を直しながら、めぐみんが。

 

「アクアはどうしてしまったんでしょうか? なんだか、ものすごくまともな事を言っていましたが」

「ゼル帝が生まれて成長したらしいぞ。この前のクエストの時も、調子に乗ると酷い目に遭うとか、アクアらしくない事を言ってたし、知力のステータスは上がってないけど、あいつだって成長くらいはするんだろ。アクシズ教徒は祭り好きらしいし、今回のアクアは、本当に純粋に祭りを楽しみたかっただけみたいだな。……へいらっしゃい!」

 

 俺が、屋台にやってきた客の相手をしていると。

 アクアの様子に首を傾げていためぐみんが、ぼそっと。

 

「……なんだかフラグにしか聞こえないのは私だけでしょうか?」

 

 そんな事を言っていたが、俺には何も聞こえなかった。

 


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