時系列は、9巻エピローグ1と2の間。
――魔王軍幹部、邪神ウォルバクを倒し、アクセルの街に戻ってきて。
三人に宣言した通り、この数日というもの外泊を続けていると……。
そんな俺の下に、最前線の砦で出会った、凄い店を教えてやると言っておいたチート持ちの冒険者達のうち、気の早い連中が訪ねてきて。
「今から言う事は、この街の男冒険者達にとっては共通の秘密であり、絶対に漏らしちゃいけない話だ。他の奴らに、特に女達に漏らさないって約束できないのなら、話せない。すまないが、パーティーメンバーに女がいる奴は帰ってくれ」
――路地裏にある、あまり流行っていない喫茶店にて。
俺は、訪ねてきたチート持ちの冒険者達に、真剣な顔でそう言った。
俺の醸し出す重々しい雰囲気に、チート持ち達は顔を見合わせ。
「ちょっと待ってくれ、僕のパーティーには女の子もいるが、どうして帰らなくてはいけないんだ? 説明してほしい」
その中の一人が、手を上げてそんな事を……。
「あれっ? カモネギじゃないか。なんでお前がいるんだよ」
「僕の名前はミツルギだ! そんな、弱いのに経験値が高い美味しいモンスターの名前で呼ぶのはやめてくれ。それより、僕の質問に答えてくれ。君が教えてくれるっていうのは、一体どんな店なんだ? どうして女性に知らせてはいけないんだ?」
俺の呼び方に律義にツッコんでから、ミツルギが詰問してくる。
「どんな店って言われても。喫茶店だよ。まあ、普通の喫茶店じゃないけどな。出来れば俺は、お前みたいな奴には教えたくないんだが」
「僕みたいなって……具体的にはどういう事なんだ? きちんと説明してくれ」
……参ったな。
コイツは誰よりもあの店の存在を教えてはいけない奴だと思うのだが。
一応、コイツもウォルバクとの戦いを譲ってくれた一人なわけだし、今さら約束を反故にするのも気が進まない。
それにここで追い返しても、いずれあの店の秘密を知ってしまうかもしれない。
「じゃあ話すが……何度も言うが、これは他の奴らには漏らすなよ? その店は、サキュバス達がこっそり経営している店なんだ」
以前、ダストとキースが教えてくれたように、俺が説明すると、チート持ち達はいろいろな意味で前のめりになっていき、鼻の穴を膨らませて。
「誰が相手でも良い? 設定を自由に変えられる? な、なあ、それって日本のアイドルとかでも大丈夫なのか?」
「実在しない人物……! た、例えばアニメキャラでも良いのか? いや、例えばの話だが」
「年齢は? 相手の年齢はどうなんだ? ほら、条例とか、いろいろ……」
俺は呼吸が荒くなっている彼らに。
「大丈夫です。だって夢ですから」
俺の言葉に、チート持ち達は興奮し、辺りの熱気はいつの間にかすごい事になっていて。
そんな時。
「やはり、そんな店は見過ごしておけない。性欲を発散させるためにサキュバスに夢を見せてもらう? 冒険者がモンスターに魂を売り渡してどうするんだ。それに、夢の中でその……、そういう事をして満足するなんて、相手の女性に対しても失礼じゃないか。そういった事は、お互いに愛情を持って合意の上で行われるべきだ。君はさっき、パーティーメンバーに女の子がいる奴は帰れと言っていたが、君のパーティーだって綺麗な女の子達ばかりじゃないか。そんな事をして、彼女達に恥ずかしいと思わないのか?」
一人空気の読めないミツルギが、責めるように俺を見てそんな事を……。
「よし、そいつは敵だ。やっちまえ」
「えっ? あ、何をするんだ! み、皆やめっ、冷静に……! ……ッ!?」
俺の言葉に、チート持ち達が一斉にミツルギに群がり、殴る蹴るの暴行を加える。
あっという間に……。
「魔剣、回収しました!」
「ご苦労」
「ちょっと待て! き、君達はそれをどうするつもりだ! 返してくれ、僕には魔王を倒すという使命が……!」
チート持ちの一人から奪った魔剣を受け取っていると、何人ものチート持ちに圧し掛かられ身動きを封じられたミツルギが、歯を食いしばってなんか言ってくる。
俺は鞘に入った魔剣をポンポンと手のひらに当てながら、そんなミツルギを見下ろして。
「まったく、だからお前みたいな奴には話したくなかったんだ。俺達はなかなか発散できないモヤモヤを解消できて、サキュバス達は生きていくために必要な精気を安全に得られる。どっちにとっても良い話なんだぞ。一体何が不満なんだよ?」
「モンスターを討伐するのが冒険者の役割だろう! サキュバスの術中に嵌ってどうするんだ! 僕らが力を合わせれば、サキュバスが何人いようと問題じゃないはずだ。そんな店、僕らの手で……!」
「それ以上続けるようならお前は今度こそ魔剣を失う事になるぞ」
「!?」
俺が魔剣をミツルギの目の前に突き立てると、ミツルギは顔を青くして……。
そんなミツルギに俺はしゃがんで顔を寄せ。
「……もし次に同じような事を言ったり行動に移したら、魔剣は二度とお前の手元に戻らないと思え。ちなみに三回目があったら、お前の身ぐるみを剥いでオークの里に捨てるからな。あの店をどうこうしようってんなら、最低でもそれくらいは覚悟しろよ?」
俺の脅しに、ミツルギだけでなく他のチート持ち達も青い顔をして。
「「「うわあ……」」」
……同じ日本人にドン引きされると俺でも傷つくんですが。
こんなのはただの口だけの脅しで、さすがに実行に移したりは……。
…………。
いや、俺はやるな。
もしもこのスカしたイケメンがどうしてもサキュバス喫茶を滅ぼそうというなら、俺は阻止するためにありとあらゆる手を尽くすだろう。
「なあミツルギ、この街は治安が良い。なんと、国内で一番治安が良いらしいぞ。それというのも、荒くれ者の多い冒険者がほとんど犯罪を起こさず、大人しく暮らしているからだ。……なぜだか分かるか? 賢いお前なら分かるだろう? そう、その店があるからだ。いつでも賢者タイムでいられるなら、争いなんか起こらないんだ。お前はそんな店を潰そうっていうのか? それは本当に正義の行いなのか? ただの自己満足じゃないのか? それで事件や犯罪が増えたとしたら、お前らは被害者に胸を張って、あなたたちは正義のために犠牲になったのですって言えるのか? どうなんだ?」
「ぼ、僕は……、僕は……」
と、それまで穏やかな口調で話していた俺は、そこでいきなり低い声で。
「おう、どうするんだ? ちなみにこれは二回目の質問だが」
「…………わ、分かった。その店には何もしないから、グラムを返してくれ」
これ見よがしに魔剣を振って俺が言うと、ミツルギはそう言って項垂れた。
*****
王都から最前線の砦に向かう道の途中にある、宿泊施設。
こういった辺境の温泉宿の例に漏れず、ここの浴場も混浴で。
たまには皆で風呂に入るのも悪くないんじゃないかという俺の言葉は無視され、俺は一人だけ後から入る事になって。
俺が、他に誰もいない浴場でのんびり湯に浸かっていると。
引き戸がガラリと開かれ……。
「……い、言った通り、背中を流しに来てやった……ぞ……?」
――おずおずと入ってきたのは、裸にタオルを巻いただけの格好をしたダクネスだった。
「お、おう……。本当に来たのか」
タオルが小さすぎて、ダクネスのたわわなエロボディを隠しきれておらず。
俺がタオルからこぼれそうになっている胸をガン見していると、ダクネスは頬を赤らめてモジモジし、胸元を隠そうとした手を途中で止めて。
「……あ、あまり見るな」
小さな声でそんな事を……。
ダクネスの透き通るような白い肌が見る見る赤くなっていって、恥ずかしいのを必死に堪えているのが分かる。
「そんな事言われても。この状況で見るなって言われても無理だぞ。お前だって、そのくらいは覚悟して来たんじゃないのか? 前に背中を流してもらった事もあるんだし、今さら恥ずかしがらなくたって良いじゃないか」
「わ、分かってる。分かってはいるんだが、その……、以前は何が何やら分からないまま流されていただけだったが、覚悟した上でとなると、恥ずかしくなってきて……」
「そ、そうか。まあとりあえず、背中を流してくれよ」
そう言って、俺は湯船から上がり木の椅子に腰掛けダクネスに背を向ける。
「カ、カズマ、カズマ……! そ、その……、それは……! それは……!?」
「お、おい、いちいち大げさに反応するなよな。お前がその、アレだから、俺がこうなっちまうのはしょうがないだろ。男なら当たり前の事なんだよ」
「……それは、その……お前にとって私の体が魅力的だという事か?」
「そ、そうだよ! なんだよ、お前が薄着で屋敷の中をウロウロしてる時、俺がチラチラ見てたのに気づいてたんだろ? 今さら確認するまでもないじゃないか! いいから早く背中を流してくれよ!」
やけくそ気味に認める俺の後ろで、ダクネスは。
「…………嬉しい」
やはり小さな声で、そんな事を……。
背後でタオルが落ちる音が聞こえ、俺がドキドキしながら振り返ると、全裸のダクネスがすぐ後ろにいて。
「……今日は、タオルは使わない」
そんな事を言いながら、俺の背中に抱きついてきて。
大きな胸が背中で潰れ、腹筋が割れているくせに圧し掛かってくる体はやたらと柔らかく、耳にかかる吐息が熱っぽく。
「せ、背中を流してくれるんじゃないのかよ? 石鹸はどうするんだよ?」
俺の質問にダクネスは答えず。
俺の脇の下を通って前に出てきたダクネスの手が、俺の胸元を撫で、下腹部へと下りていき、やがて……。
「カズマ、今夜こそ私と大人にカナカナカナ」
……カナカナカナ?
「おいダクネス、どうしたんだ? いきなり何を言ってるんだよ?」
「私カナカナ、ずっとカナ、カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ――!」
えっ。
……えっ。
俺は、耳元でカナカナ言ってくるダクネスを振り払おうとするのだが、力のステータスが違いすぎて振り払えず。
「うるせーっ!」
――目が覚めると宿の部屋にいた。
最近、外泊する時にはいつも使っている、寝心地の良いベッドを備えた高級宿の、ここ数日連泊している部屋だ。
「お、お客さーん……」
開けっぱなしの窓から、ロリサキュバスが申し訳なさそうな顔で覗きこんできていて。
その窓から、ひぐらしの鳴くカナカナという鳴き声が……。
「いや、ちょっと待ってくれ。ひぐらしの鳴き声っていうのは、もっとこう、郷愁を誘うような感じじゃないのか? なんだよこれ、うるさいだけじゃないか。これだからこの世界は嫌いなんだ」
クソ、良いところで邪魔された。
この世界の蝉は鳴き声がうるさいと聞かされていたが、想像以上だ。
これでは、とても寝ていられないだろう。
「なあ、これって俺のせいじゃないし、あの蝉を黙らせてもう一度寝たら、今夜は夢を見せてくれたりするか?」
「えっと、そうですね。私達としても精気がないとお腹が空いてしまいますから、そうしていただけるとありがたいですが。……今日はせっかく、精力の強いお客さんがいっぱい予約してくれてますし」
俺の質問に、ロリサキュバスはそう言ってくれる。
精力の強いお客さんというのは、俺が紹介したチート持ち達の事だろう。
「分かった。じゃあすぐ戻ってくるから、この宿で待っててくれ」
俺はロリサキュバスを部屋に置いて、準備を済ませると宿を出た。
蝉の鳴き声は街中から聞こえていて、街の住人や他の冒険者達も、夜中だというのに飛びだしてきていて。
中でも、俺と同じ境遇らしい男冒険者達は、目を血走らせて蝉を追い回していた。
そして俺と同じ高級宿に泊まっていたチート持ち達も……。
「おい佐藤和真! 一体どういうつもりだ! 僕はあんな……、あんな不埒な事を……! ア、ア、ア……様に…………、なんて冒涜だ! 君は僕に何をしたんだ!」
「『バインド』」
「ああっ!?」
俺は、いきなり掴みかかってきたミツルギを、宿の備品のロープで拘束してその辺りに転がし、消費した魔力をドレインタッチで奪いながら。
「そういや、お前もいたんだったな。まあ、蝉退治には役に立たないだろうし、今日はそこで大人しくしてろよ」
「あああああああ!? な、なんだ、力が奪われる……! これは……!?」
ミツルギはサキュバスサービスに対してずっと文句を言っていてうるさかったので、魔法使い系のチート持ちにスリープを掛けてもらった上で宿の部屋に放り込み、俺が勝手にアンケート用紙に記入し、サキュバスに良い夢を見せてくれるように頼んでおいた。
コイツも夢の途中で蝉の声に起こされたようだが……。
代金も払ってやったのに、夢の内容が気に食わないらしい。
「何をしたって言われても。俺はただ、好きな相手の夢を見せてやってくれって注文しただけだぞ。どんな夢を見たのか知らんが、俺に文句を言われても困る」
「す……!? やめろ、僕の想いを汚さないでくれ! 僕はあの人に、あんな事をしたいわけじゃない!」
「そんな事言われても知らんよ。何があったとしても、それはお前の願望が見せたものだろ」
「いい加減な事を言うな! 僕にそんな願望はない!」
いきり立つミツルギが両腕に力を込めると、ミツルギを拘束していたロープがぶちぶちと千切れ……。
マジかよ。
コイツ、本当に人間か?
宿の備品のロープだから、いつも使っているワイヤーよりは千切れやすいだろうが。
特典に魔剣を選んだ事で、力のステータスが上がっているのかもしれない。
「とにかく、お前の相手をしてる暇はないぞ。早いとこ街に入ってきた蝉を退治して、俺は夢の世界に戻る。お前も市民を守る冒険者なら、市民の静かな夜を守ってやったらどうだ?」
「ゆ、夢を……? あんな夢を君が見るっていうのか? ふざけるな! 君はどういう神経をしているんだ? 彼女は同じパーティーの仲間じゃないのか! 自分の欲求を解消するために汚すなんて、恥を知れ!」
「ちょっと待て。お前、何言ってんの? 俺の仲間の夢を見たのか?」
なんだろう。
そういう事を正面から言われると、ちょっとイラッとする。
俺だって似たような事をやっているのだから、文句は言えないが。
……この話はあまり掘り下げない方がお互いに幸せなのではないか。
夢の中の出来事は、アンケート用紙と自分の胸の中にだけしまっておくのがマナーというものだろう。
俺が自分の中で折り合いを付け、ミツルギを置いて蝉を狩りに行こうとすると。
「待て。君にあんな夢は見させない。やはりあんな店は…………い、いや、とにかく今夜だけでも、彼女の純潔は僕が守ろう」
店をどうこうするような事を言いかけたミツルギは、俺と目が合うと慌てたように口篭もり。
何かを決意したように魔剣を構えて……。
「おいマジか、こんな事でいちいち魔剣を抜くなよ。俺なんて今日は宿に泊まるだけのつもりだったから、丸腰なんだぞ? おまけにそっちは上級職のソードマスター様で、こっちは最弱職の冒険者だ。ちょっとくらい手加減してくれても良いと思うんだが」
「君を相手にする時には、そういう油断こそが命取りだと学ばせてもらった。すまないが、全力で行かせてもらう。君の傍にはアクア様がいるんだから、少しくらい大怪我をしても治してもらえるだろう?」
「……あれ、アクア。お前、こんな時間に何やってんだよ」
俺が唐突にミツルギの背後を見てそう言うと、ミツルギは慌てたように振り返り。
「あ、アクア様!? ちがっ、これは違うんです! 僕はあんな邪な事を考えていたわけでは……! ……? おい佐藤、アクア様がどこにいるって……!?」
ミツルギが俺のいた場所に視線を戻した時には、俺は逃走スキルと潜伏スキルを使ってその場を離脱していた。
*****
カナカナカナカナカナカナカナカナ――!
夜の街に蝉の鳴き声が響き渡る。
ひぐらしの鳴き声ってやつは、元の世界では郷愁を誘ったり侘しさを感じさせたりする事に定評があったが。
「うるせーっ!」
「死ね! 死ね! 死ねーっ!」
「畜生、俺が今夜をどれだけ楽しみにしていたと……!」
この世界のひぐらしはうるさいだけで、誰もが郷愁を誘われたり侘しさを感じさせられたりする様子もなく、怒り狂って追い回している。
と、蝉を追う人々の中に、黒髪黒目で俺と似たような顔の造作をした奴らが……。
あいつら、日本から来たチート持ちの連中じゃないか。
アクアから貰った特典で、蝉相手にも無双していて良いはずなのに、どうして普通の市民達と同じような活躍しかしていないのか。
「おいお前ら、何やってんだ? チートはどうした? さっさとあの蝉どもを殲滅してくれよ」
俺がそう声を掛けると、チート持ち達は気まずそうに目を逸らして。
「いや、すまん。今日はお前に店を紹介してもらうために来ただけだから、神器は持ってきてないんだ」
「俺も持ってきてない」
「俺も」
「お、俺は魔法系のチートを貰ったんだが、街中で攻撃魔法をぶっ放すわけにも行かなくてな……」
こいつら、役に立たねえ……。
と、そんな事を話していると、横からバカにしたような笑い声が……。
「おいおい、凄腕冒険者っていうからどれだけ強いのかと思えば、まさか蝉一匹まともに退治できねーとはな! そんなんでよく凄腕なんて言ってられるな。凄腕ってのは虫より弱い奴のための称号だったのか? おいキース、普通の冒険者の力ってやつを見せてやれよ」
「狙撃! 狙撃! うひゃひゃひゃ、虫けらのくせに俺の待ちに待った夜を邪魔しやがって! 一匹残らずぶっ殺してやる!」
「ダスト、キース、お前らもいたのか!」
俺がそう言うと、チート持ち達を煽っていたダストが俺を見て。
「おう、来たかカズマ! こういう時、お前さんがいると頼もしいな。お前さんの狙撃スキルならあんな虫けら一匹残らず……おいカズマ、弓はどうしたんだ?」
「今日は宿に泊まるだけのつもりだったから、持ってきてない」
「てめー何しに来たんだ! この役立たず!」
「まあ待てよ。俺がなんの考えもなく来たと思うのか? いろいろ便利なスキルを持ってるカズマさんだぞ? 蝉ごときが相手なら、弓矢なんて必要ないってとこを見せてやるよ」
俺は言いながら、宿の備品に鍛冶スキルを使って、即席で作ったパチンコを取り出し。
「『クリエイト・アース』『クリエイトウォーター』! ……『フリーズ』!」
手元に創りだした土を湿らせ、それを球形にし凍らせて。
魔法で創った弾をパチンコに番えると、千里眼スキルで発見した蝉に向け。
「狙撃! 狙撃! 狙撃!」
凍らせた土はなかなか硬く。
モンスター相手では通用しないだろうが、相手が蝉なら十分だ。
立て続けに蝉を撃ち落としていく俺に、ダストと、それにチート持ち達もおおっ……と感嘆するようなどよめきを発する。
「す、すげえ! あんた、俺達みたいな特典を貰ってないんだよな? 本当かよ? どんな命中率してんだよ……!」
「それって、宿の備品だろ? 即席で武器を作っちまったのか? 器用だなあ」
「今の、初級魔法だよな? 俺は、初級魔法なんて取るだけスキルポイントの無駄だって言われたんだが……」
「さすがだなカズマ! やっぱりお前さんは頼りになるぜ!」
チート持ち達と調子の良いダストに褒められ、悪い気はしないが、今はそれどころではない。
「狙撃! 狙撃! クソ、これじゃ切りがないぞ! というか、どんどん蝉の鳴き声が大きくなってる気がするんだが、なんで街の中にこんなに集まってきてるんだよ?」
「それが、蝉の中でも特に声のでかい奴が街に入ってきたみたいでな。そいつを追いかけてメスの蝉もやってきて、そのメスを追いかけてまた別のオス達もやってきて、……結果はご覧の有様ってやつだな。時間を掛ければ掛けるほど、蝉の数は増えていくと思うぜ」
俺が愚痴るように聞くと、ダストがそんな事を言ってくる。
つまり、蝉が集まってくるよりも早く退治し続けなければいけないのか。
狙撃スキルで蝉を撃ち落とす事は出来るが、一匹ずつしか狙えないし、矢や弾には限りがある。
「……爆裂魔法を撃ちこんでやりたい」
俺の言葉に、ダストはギョッとしたように目を剥き。
「や、やめろよ、頼むから滅多な事を言わないでくれよ。お前んとこの頭のおかしいのが来たら、本気で街中でぶっ放しかねないだろーが!」
「頭のおかしい頭のおかしいと、この街の冒険者は失礼すぎますよ。それ以上言うなら、いかに私が頭がおかしいかを見せつけてやろうじゃないか」
…………。
「うわ、出た!」
「めぐみん、お前も来たのか! でも今日はもう遅いし、爆裂魔法は使っちまったんじゃないのか?」
「まあそうなのですが。砦の戦いで魔王軍の精鋭を蹴散らしたおかげで、レベルだけなら一流の冒険者にも負けてませんからね。どうせ屋敷にいても蝉がうるさくて眠れませんし、爆裂魔法を使えなくても、何かの役に立てるかと思いまして」
「私もいるわよ! この私が来たからにはもう安心よ! この女神の安らかな眠りを妨げる不届きな蝉には、聖なるグーを食らわせてやるわ!」
蝉を追いかける集団に、そんな事を言いながらめぐみんとアクアが加わってきて……。
「あれっ? ダクネスはどうしたんだ?」
「ダクネスは蝉が相手だと攻撃が当たらなくてどうにもならないので、臨時の対策本部で指揮を取っています」
「そ、そうか」
ダクネスのエロい夢を見たばかりだし、これが終わったら夢の続きを見るわけだから、今ダクネスと顔を合わせるのはさすがに少し気まずい。
俺がほっと息を吐くと、めぐみんが冷えきった視線を向けてきて。
「カズマ、ひょっとしてダクネスと何かあったんですか?」
「べ、別に何もないよ! そんな事より、今は蝉だろ? 時間を掛ければ掛けるほど集まってくるらしいし、どうにかして一気にやっちまいたい」
俺は集まった連中を見回して。
「俺に考えがある」
――そこはアクセルの街の外れにある森。
この辺りには民家も店もないから、夜ともなれば真っ暗で何も見えない。
俺は千里眼スキルで隣に立つ人物のおぼろげな輪郭を見ながら。
「よし、始めるぞ」
「……分かった。いつでもやってくれ」
俺の言葉に、魔法使い系のチート持ちは緊張した様子で頷いた。
このチート持ちは初級魔法を取っておらず、冒険者カードを宿に置いてきたせいで、すぐには習得できないらしい。
……今夜、チート持ち達の良いところを一つも見ていないわけだが。
まあ、能力があっても残念な奴がいるというのは、俺の仲間達を見ていれば嫌でも思い知る事が出来る。
俺は対策本部にいたダクネスから借りてきた、マイクのような魔道具を構えて、
「カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ――!」
力いっぱい、蝉の鳴き声を叫んだ。
事前に、アクアに芸達者になる魔法を掛けてもらっているから、この蝉の鳴き声の模倣は蝉達にも通用するはずだ。
そして、大きな鳴き声に釣られて街にやってきた蝉達は、マイクを通した大音量の鳴き声を無視できないはず。
やがて森の木々に蝉達が止まり、鳴きだして。
カナカナカナカナカナカナカナカナ――!
「う、うるさ……!」
俺達は二人同時に耳を塞ぐが、それでも蝉の鳴き声は聞こえなくならない。
と、俺達が騒音に耐えていた、そんな時。
対策本部のある辺りから、空に向けてファイアーボールが打ち上げられ。
「よし、合図だあああああ!?」
チート持ちが言うのと同時に、俺はドレインタッチでチート持ちの魔力を奪い。
その膨大な魔力を込めて、全身全霊の。
「『クリエイト・ウォーター』ッ!!」
巨大な水の塊が空中に現れ、森を丸ごと飲みこむような勢いで降り注いできた――!
「ぶ……! ……お、おい、大丈夫か?」
ベルディアとの戦いでアクアが呼びだした洪水ほどではないが、森の木に止まる蝉達をまとめて撃ち落とせるくらいには勢いのある水流。
俺は魔力と体力を限界まで奪われて倒れそうになっているチート持ちを支え。
「よし今だ! やっちまえ!」
俺のそんな言葉に、森を囲んでいた市民や男冒険者達が声を上げながら森に入ってきて……。
地面に落ちて羽をばたつかせるだけの蝉を次々に叩き潰していく。
……ちょっと可哀相な気もするが、安眠のためには仕方がない。
*****
――しばらくして。
「聞こえるか?」
「……聞こえないな」
静けさを取り戻した夜の森で。
確認するような誰かのやりとりの直後、蝉の鳴き声よりもうるさい歓声が上がった。
集まった男冒険者達やチート持ち達が、口々に俺を褒めながら頭や肩を強めに叩いてきて。
そんな乱暴な扱いを心地良いと思ってしまうのは、同じ志を持って夜を戦い抜いた同士達だからだろう。
元の世界では、ネットの友人は大勢いても、こういった熱い友情とは無縁だったが。
かつてない連帯感に、俺が胸を熱くしていた、そんな時。
支援魔法のおかげなんだから私の事も褒めなさいよとダストに絡んでいたアクアが。
「ねえー、逃げようとした蝉におしっこ引っかけられたんですけど! 帰ったらお風呂に入らないといけないし、今日はもう目が冴えちゃったから、朝まで飲みましょうよ! カズマさんカズマさん、ここんとこ外泊ばっかりだったし、カズマさんも今夜は帰ってきたら?」
「い、いや、俺にも男同士の付き合いとかあるから……」
「それなら、皆でギルドの酒場に行く? あのなんとかいう邪神を倒して報酬を貰える事だし、私が奢ってあげても良いわよ? パーッと蝉退治頑張りましたパーティーでもしましょうよ!」
「「「!?」」」
アクアの何気ない言葉に、同士達が動揺してざわつく。
マズい。
このままアクアに押しきられたら、せっかく蝉退治に成功したのに、夢の続きが見られなくなってしまう!
この瞬間、俺達の意志は一つになり――
「残念だが、俺はパーティーには参加できねーな。でもカズマ、お前さんは今夜はもう帰るって言ってただろ? 良い機会だし、仲間達と飲み明かしたら良いんじゃねーか?」
いきなりダストがそんな事を言ってきて……。
「そう言えばそうだったな。佐藤は帰るって言ってた」
「ああ、言ってた言ってた」
「あまり引き留めても悪いから、俺達はもう行くよ。パーティー、楽しんでくれ」
チート持ち達も、口々にそんな事を……。
…………。
「お、お前ら、アクアの相手を俺だけに押しつけて、自分達だけ良い夢見ようってか! ふざけやがって!」
俺以外の意志が一つになって、俺を生贄に捧げようとしていた。
どうやら、熱い友情や連帯感は勘違いだったらしい。
……ここで不自然に食い下がって、さっきから冷たい目で俺を見ているめぐみんに、そこまで行きたがる喫茶店とはなんなのかと問いつめられるのは困る。
俺は、爽やかな笑顔を浮かべて去っていく男冒険者達やチート持ち達に、心からの思いを込めて――!
「畜生、覚えてろよ!」
・蝉
蝉の習性についてはご都合主義的な独自設定。