時系列は、6巻終了直後。
「妹が欲しい」
――王都から帰ってきて数日が経った。
このところ、アルカンレティアに湯治に行ったはずなのに魔王軍の幹部と戦ったり。
紅魔の里に行く途中でオークに襲われたり、里では魔王軍の幹部に掘られそうになったり。
王都では王城に忍びこんで騎士や冒険者達を相手に大立ち回りをしたり。
やたらと騒動に巻きこまれて苦労ばかりしてきたが、ようやく屋敷でのんびりと過ごす事が出来ている。
そんな中、最愛の妹であるアイリスと引き離された俺は。
「……なあ、妹が欲しいって言ったんだけど」
「今忙しいから後にしてほしいんですけど! あっあっ、……ほら、カズマが急に変な事を言いだすからまた死んだじゃないの!」
「アクア、次は私の番だろう? 今度こそ私がボスを……!」
「いいえダクネス、ダクネスは仲間を守るクルセイダーでしょう? カズマから私達とゲーム機を守ってくださいよ。見てくださいあの男のあの目を。またボスを倒して私達の苦労を台なしにする気ですよ。ほら、アクアは死んだのですから私に代わってください」
「あっ、ズルいぞめぐみん! 私だって……! ……むう、仕方ない。おいカズマ、皆で力を合わせてようやくここまで戻ってきたんだ。もう前回のような真似は」
「『バインド』」
「あっ!?」
俺は王都で覚えたスキルでダクネスを無力化し。
「だから聞けよおおおおおお!!」
「あああああ! カズマ、嘘ですよねカズマ! ゲーム機を、ゲーム機を返してください!」
襲いくるめぐみんの手を掻い潜りながら、再びノーミスでボスを倒してやった。
ダクネスが俺のバインドで縛られて部屋の隅に転がされ、アクアが恨めしそうに俺を見ながらゲームを最初から始める中。
めぐみんだけが呆れた顔をしながら俺の話を聞いてくれる。
「それで、カズマはまた何をトチ狂っているんですか? 妹キャラならアイリス王女がいるではないですか」
「頭のおかしい爆裂狂のくせに人をトチ狂ってるとか言うなよ……あっ、おいやめろ! 魔法使い職なのにどうして俺より力が強いんだよ! お前まだ今日は爆裂魔法を撃ってないだろ! これ以上やろうってんならドレインタッチすんぞ!」
突如凶暴化して襲いかかってきためぐみんを、俺は脅しつけて大人しくさせ。
「確かにアイリスは俺の最愛の妹だが、王族だし、多分もう会う機会もないだろ? それで、生き別れの妹がいると思うと、以前よりも妹欲が増してきてな」
「カズマがバカな事を言うのはいつもの事ですが、今日はまたいつにも増してバカな事を言いだしましたね。なんですか、妹欲って?」
「妹欲というのは妹が欲しいという欲求の事だよ」
当たり前の事を聞くめぐみんに俺が懇切丁寧に説明してやると、めぐみんはなぜかため息を吐いて。
「意味を聞いたわけではないのですが、まあ良いでしょう。それで以前はロリキャラ扱いした私に妹代わりになってほしいとか虫のいい事を言うんですか」
「…………まあこの際めぐみんでも良いかな」
「めぐみんでも!! でもって言いましたか? おい、バカな話に付き合ってやってる私に随分な言い草じゃないか。紅魔族は売られた喧嘩は買うのが掟なのです。カズマがそのつもりなら、今日は爆裂魔法を使えなくなっても構いませんよ!」
「な、なんだよ! やめろよ! いいのか、ドレインタッチを使うって事は、どこに触ってもセクハラにならないって事だぞ? しかも兄が妹に触れるのはスキンシップだからセクハラじゃないんだぞ? ……よしめぐみん、兄妹喧嘩をしようか!」
「バカなんですか? あなたはバカなんですか? そんなバカな事を言う男を誰が兄と認めるものですか! 良いでしょう、今から爆裂散歩に行こうじゃないか! 今日はあなたを爆裂魔法の標的にしてやりますよ!」
そう言ってめぐみんは身構えながらも、ドレインセクハラを恐れてかじりじりと距離を取ろうとする。
そんなめぐみんに俺はニヤリと笑って。
「おい、分かってんのか? ダクネスは縛られ、アクアはゲームに夢中。爆裂散歩に行きたいのなら俺を頼るしかないんじゃないか? 反抗的な態度は得策じゃないぞ。お前は知能が高い紅魔族で、冷静沈着が売りのアークウィザードなんだろう? どうすれば良いか分かるはずだ」
「こ、この男! 最低です、最低ですよカズマ! 妹を脅す兄がどこにいるんですか!」
「俺だって相手が妹なら脅したりしないさ。……この意味が分かるな?」
「分かりたくありませんが、分かってしまう自分が憎い……! 今ほど自分の高い知能を後悔した事はありませんよ!」
「お前は他に悔やむべき事がいくらでもあると思うが、まあ良い。ホレ、妹よ。俺を兄だと思って呼んでみ? さあ! さあ!」
俺が促すと、めぐみんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら。
「…………お、お兄ちゃん」
「うーん、めぐみんはやっぱりロリ枠だな。ただお兄ちゃんと呼ぶだけで妹キャラの座を勝ち取れると思うな。……三十点!」
「三十点!? 冗談じゃありませんよ! こんな辱めを受けた上にそんな低評価を下される謂れはありません! 採点のやり直しを要求します!」
「そんな事言われても。仕方ないだろ、今のは誰がどう見ても三十点くらいだ」
「意味が分かりません! 不当です、不当に決まってますよ!」
と、そんな事を言い合っているとダクネスがやってきて。
「まあ待てめぐみん。二人のやりとりは聞いていたが、私は仲間の身代わりになるのが仕事のクルセイダー。そのような辱めは私が引き受けようじゃないか」
「……あのダクネス、気持ちはありがたいのですが、同性とはいえぱんつが見えるのであまり近寄らないでください」
縛られたまま芋虫のように這ってきたダクネスに、めぐみんがスカートの裾を押さえながらそう言った。
時間が来るまでバインドは解けないのだが、動けないはずのダクネスは腹筋の力だけで起き上がり、優雅に椅子に座って、
「それで、お前を兄と呼べば良いのだな? 簡単な事だ」
勝ち誇ったようにそんな事を……。
「でもお前、俺より年上じゃないか。全然妹って感じじゃないんだけど」
「何事もやってみなければ分からないだろう? ……、…………」
胸を強調するように縛られたまま、なぜか不敵に笑うダクネスは。
徐々に顔を赤くしていき。
「…………ッ!」
やがて耳まで赤く……。
「お、おい、なんだよ! 恥ずかしがってないで早く言えよ。まったく、いつも俺の事をヘタレだのなんだの言ったり、自分から恥ずかしい事を言ったりしてるくせに、変なところで恥ずかしがりやがって! 仲間の身代わりに辱めを受けるって言うんなら、お前も少しくらいめぐみんの思いきりの良さを見習ったらどうだ?」
「くっ……! 言えば良いんだろう、言えば……!」
「もったいぶってないでさっさと言えよ。今日は爆裂散歩の帰りに夕飯の材料を買ってくるつもりだから、早めに出たいんだよ。ていうか、お前の羞恥の基準はどこにあるんだ? いつもモンスターの集団にボコボコにされたいとか強めに罵ってほしいとかどこに出しても恥ずかしい変態発言をしてるくせに、こういう時には恥ずかしがるんだな」
「……ッ! こ、この……、私の覚悟を愚弄しおって、お前という奴は、お前という奴は……! ……んっ……! ……くう……!」
「……お前、今のでちょっと興奮したのか」
「し、してない」
「いや、してただろ」
「してない。い、言う……ぞ……」
ダクネスは顔を真っ赤にし、泣きそうになりながら。
「お…………、ぉ兄ちゃん」
「二点」
「二点! 二点だと!? た、確かに私はお前より年上だし、妹キャラというのは無理があるのだろうが、私の覚悟をなんだと思って……! 貴様ぶっ殺してやる! あっ、バインドが解けない! くそっ!」
ダクネスが俺に掴みかかってこようとして、バインドで縛られている事を忘れていたらしく椅子から転げ落ちる。
絨毯の上をモゾモゾするダクネスに、俺は。
「そうじゃない。そういう事じゃない! お前らはなんにも分かってない! いいかダクネス! やるなら恥ずかしがらないで妹キャラをやりきれ! 兄を呼ぶ時にいちいち恥ずかしがる妹がどこにいるんだ! それに、もしお前に本当に兄がいたとして、お前はそいつの事をお兄ちゃんと呼ぶのか!? アイリスが言ってたぞ、王族は一定の年月が経つと兄妹同士でもよそよそしくなるって! お前だって辛うじてとはいえ貴族の端っこに引っかかってる身なんだ! もういい年なんだしお兄様だろうが! そしてダクネスとして冒険者やってる時には格好つけて兄上とか呼ぶんじゃないのか!」
「い、言われてみれば確かに……! すまない、私が間違っていたようだ……?」
「あの、カズマ。ダクネスがわけ分からない感じに落ち込んでいるのでそのくらいで。というか、その熱意を他の事に向けるつもりはないのですか?」
「ない」
ダクネスを起こしてやりながら言うめぐみんに、俺は即答した。
そんなやりとりをする俺達の下に、ゲームオーバーが続いてゲームに飽きたらしいアクアがやってきて。
「なーに? 皆して楽しそうにして。ねえカズマさん、お兄ちゃんって呼んであげたらまたマイケルさんのお店で高いお酒を買ってくれる?」
「……お前は妹っていうより、やたらと話しかけてくる親戚のおばちゃんみたいな感じだな」
いきなり掴みかかってきたアクアから逃れ、俺はめぐみんとともに屋敷を出た。
*****
「まったく、カズマは妹の事になるといつもよりバカになりますね。そんなにあのアイリスって子の事が気に入ったんですか?」
「それもあるけど、それとは別に俺の妹欲が留まるところを知らないんだよ」
「今あなたは相当バカな事を口走っていますからね?」
屋敷を出た俺達は、そんなバカな事を言い合いながら街を歩く。
「可愛い妹が家で待ってると思えば、ちょっと無茶な事をしてでも頑張ろうって気になるだろ? めぐみんにだって、こめっこがいるんだからそういうの分かるんじゃないか? 俺だってそういう妹が欲しいんだよ」
「まあ私だってこめっこは可愛いですし、こめっこのために頑張って食料を確保しようとした事もありますが。それはこめっこが私の妹だからであって、赤の他人を妹扱いしたいわけではないですからね」
「……? 何言ってるんだめぐみん。俺は妹が欲しいんであって、赤の他人を妹扱いしたいわけじゃないぞ」
「……? カズマこそ何を言っているのか私にはさっぱり分からないのですが」
なかなか分かってくれないめぐみんに、なぜ分かってくれないのだろうと俺が首を捻っていると。
「……えっと、つまり誰彼構わず妹扱いして、それっぽい反応を見せた人を妹だと思いこもうと、そういう事ですか? ではウィズなんてどうでしょう?」
「ウィズ? なんでいきなりウィズが出てくるんだ? どう見たって俺より年上で、妹って感じじゃないだろ。見た目は二十歳くらいだけど、リッチーになってから何年経ってるか分からないし、妹っていうよりは……きれいな……お姉さん…………。な、なあめぐみん、なんで青い顔をして俺からちょっとずつ離れていこうとするんだ? それと、俺は達人でもないし殺気なんて感じられるはずがないのに、背後から凄い殺気を感じる気がするんだが……?」
「カズマさん」
背後から掛けられたのは、いつもどおりの穏やかな声で。
俺はその声にビクッと肩を震わせ振り返ると――!
「……妹、ですか?」
「ええまあ、王都でいろいろとありまして。カズマがまたおかしな事を言いだしているのです。もし良ければ、ウィズもカズマの事を兄扱いしてあげてください」
「それは構いませんけど……あの、カズマさん。もう分かりましたから、顔を上げてください」
ウィズの穏やかな声に促されて、土下座していた俺は恐る恐る顔を上げる。
……死ぬかと思った。
魔王軍の幹部や大物賞金首を相手にしている時よりも怖かった。
そういえば、ウィズも魔王軍の幹部の一人だ。
「悪かったよ、ウィズの年齢に触れるつもりは全然なかったんだよ。……あれっ? さっき俺を兄と呼んでも構わないって言ったか?」
「ええ。カズマさんもいつかは私より年上になりますから、お兄ちゃんと呼んでもおかしくはないですよね」
いやその理屈は……。
…………。
「そ、そうだな。何もおかしくはないな!」
「そうですね! ウィズはいつまでも二十歳ですからね! 十年後にはカズマは二十六歳で私は二十四歳ですから、私だってウィズの姉です!」
おかしくない。
何もおかしくはない!
コクコクと何度も頷く俺に、ウィズは少し恥ずかしそうに微笑むと。
「……お兄ちゃん」
「……! 大人になっても兄妹仲良く普通に呼んでる感じ! ウィズが付き合ってくれてる意外性! これはこれでアリ! 五十点!」
「五十点ですか……」
ちょっと残念そうにウィズが呟く中、めぐみんがいきり立って。
「異議あり! おかしいですよカズマ! 年下の私より年上のウィズの方が点数が高いのはおかしいです! 採点のやり直しを要求します!」
「おい、紅魔族は知能が高いってのはガセなのか? ロリキャラと妹キャラは別なんだって何度言ったら分かるんだよ。魂さえあれば年上でも妹にはなれるんだよ。例えば俺の弟とウィズが結婚すれば、ウィズは俺の年上の義理の妹になるんだぞ? つまり年上の妹ってのは別に矛盾しないんだ。俺の言ってる事はどこかおかしいか?」
「カズマの言ってる事はさっきからずっとおかしいですよ! 大体、カズマの弟は今ここにいないのですし、ウィズと結婚なんて例え話はいろいろ無理があるじゃないですか」
「まためぐみんはそんな現実的な事を……。もっと現実を見ろよ?」
「……? 何を言っているのですか。私は現実を見ているから現実的な事を言っているんですよ。カズマこそ現実を見てください」
「今の俺はちょっとバカなんだから、現実なんか見てるわけないだろ」
「この男、開き直りました! 目を覚ましてくださいカズマ! あなたには妹なんていませんよ!」
現実を突きつけてくるめぐみんに、俺はそっぽを向いて耳を塞いだ。
めぐみんがせっかくウィズに会ったのでローブを新調したいと言いだし、ウィズの店までやってきた。
俺達が店の前に立つと、ドアが内側から開き。
「へいらっしゃい! 未練がましくも妹を求める親不孝な小僧と、なんだかんだ言いながらネタに付き合うネタ種族よ! そして、いればいるだけ店の財産を放出していく垂れ流し店主よ……汝がいない方が儲かるだろうと買い物にかこつけて追いだしたというのに、もう帰ってきてしまったのか?」
「そ、そんな理由で私に買い物を頼んだんですか!? 酷いですよバニルさん! すぐに欲しいって言うから急いで買ってきたのに!」
俺達が来る事を見通していたらしく、ぴったりなタイミングでドアを開けて出てきたバニルに、ウィズが食ってかかり、めぐみんはネタ種族扱いに悔しそうな顔をする。
俺は今さら親不孝などと言われても構わないのだが、バニルはそんな俺の方を見て。
「なかなか面白そうな事をしているではないか、小僧よ。ここは、悪魔的な発想によってご近所さんを笑いの渦に包みこみ、からかい上手のバニルさんと評判の我輩が、貴様の妹役を買って出てやろうではないか。……いらっしゃい、お兄ちゃん!」
「や、やめろ、俺の妹幻想を壊すなよ! クソ、可愛い声なのが腹立つ!」
「フハハハハハハハ! その悪感情、美味である!」
俺とバニルがそんな話をする中、めぐみんが黒のローブを選んで試着室に入っていく。
俺は特にする事もなく、バニルと話を続けてもロクな事にならないのは目に見えているので、何気なく店内を見回し。
「ん? なんだこれ」
ウィズの店にはよく来るが見覚えのないポーションの瓶を見ていると、呼んでもいないのにバニルが寄ってきて。
「おっと、さすがはお客様、お目が高い。この世にも珍しいポーションに目をつけるとは!」
「……お前が勧めてくる時点で嫌な予感がするけど、なんのポーションなんだ?」
俺のその質問に答えたのは、バニルではなく目を輝かせたウィズで。
「これですか! 聞いてくださいカズマさん! ウチの店で扱っている商品に、一時的に特定の魔法の効果を上昇させるポーションがあるんですが、その効果をスキルにも転用できないかと思いまして、私が自分で調合してみたんです! これはドレインタッチの効果を上昇させるポーションなんですよ!」
リッチーのスキルであるドレインタッチの効果を上昇させるポーション。
一体誰が買うのだろうか?
「そ、そうか。ちなみに欠点はないのか?」
「欠点ですか? ……効果が強すぎて、体力や魔力をうっかり吸いすぎてしまってボンってなったり、他のものまで吸ってしまうかもしれない事でしょうか。でも、気を付ければ大丈夫なはずです。……多分。カズマさんはドレインタッチを習得していますよね。お一ついかがでしょうか? 希少な材料ばかり使っているので、少々お高くなってしまいましたが……」
「い、いらない」
断る俺に、残念そうな顔をするウィズの隣で、バニルがニヤリと笑い。
「ロクでもない未来を掴み過去を手放す予定の男よ。この誰も買わないポーションを買うのであれば、漏れなくこの見通す悪魔が助言を与えようではないか」
「な、なんだよ、俺ってまた面倒事に巻きこまれるのか? 分かったよ、買うよ! 買えば良いんだろ!」
「毎度! では、見通す悪魔が宣言しよう。この商品は買わぬ方が良かったぞ」
「なめんな」
*****
新しいローブを買っためぐみんは、それを抱えて機嫌良さそうに歩いていく。
「せっかく買ったのに着ないのか?」
「着ませんよ。これから爆裂魔法を撃ちに行くのですから、せっかく買ったのにいきなり砂塵まみれにするのはもったいないでしょう?」
魔王軍の幹部や大物賞金首を倒して金はあるのに、めぐみんはそんな貧乏くさい事を言う。
だったら帰りに買えば良かったのに。
「カズマはなんだか機嫌が悪そうですが、バニルと何かあったんですか?」
「使い道のない高額商品を押しつけられた上に、マッチポンプっぽい予言をされたんだよ。どうも俺は、ロクでもない未来を掴むらしいぞ」
手元でポーションの瓶を揺らしていると、めぐみんはそれを指さして。
「それは何のポーションなんですか?」
「ウィズお手製の、ドレインタッチの効果を向上させるポーションだってさ」
「ウィズお手製の……」
その一言だけで使い道に困る事が容易に想像できる。
俺がポーションの瓶を睨みつけていた、そんな時。
「あっ! め、めぐみん! こ、ここ、こんなところで会うとは、偶然ね……!」
そんな事を言いながら、路地からゆんゆんが飛びだしてきた。
慌てて走ってきたようなゆんゆんの様子に、めぐみんはため息を吐いて。
「何が偶然ですか。どうせ、私達と会えるかもしれないと考えて街をウロウロしていたんでしょう」
「そ、そんなわけないじゃない!」
ゆんゆんは顔を赤くし大声で否定する。
「偶然。これは偶然だから。ただの偶然で……」
俺の方を恥ずかしそうにチラチラ見ながら言うゆんゆんの声は、どんどん小さくなっていく。
図星らしい。
「まったく。私と会いたいのなら、そんなバカな事をせずに屋敷に遊びに来れば良いじゃないですか。ゆんゆんが訪ねてきたら、私はちゃんと居留守を使いますから」
「えっ、いいの? ……あれっ? ねえめぐみん、居留守を使うって言った? やっぱり私、屋敷に行ったら迷惑なんじゃ……」
「……会いたいのなら家を訪ねれば良いとは以前から言っているでしょう。確かに以前、アルカンレティアに旅行に行く事を伝え忘れて、私達のいない屋敷を何度も訪ねさせた事は悪いとは思ってますが……」
「わあああああーっ! 行ってない! 行ってないったら! 私がめぐみんの屋敷に行ったのは、めぐみん達が帰ってきた時の一回だけよ!」
「ご近所さんによると、連日私達の屋敷の前で、『たのもーっ!』という少女の声が」
「わあああああ! ああああああ!」
めぐみんがニヤニヤしながらゆんゆんをからかい続ける。
やめてやれよ……。
「そのくらいにしといてやったらどうだ? お前だって、なんだかんだ言ってゆんゆんの事は結構好きだったりするだろ? それにゆんゆんは俺の妹かもしれないしな」
「ちょっ、カズマ、いきなり何を……!? いきなり何を言いだすのですか、この男は!」
「えっと、……私がカズマさんの妹なわけないと思うんですけど……」
俺の言葉に、なぜかめぐみんが叫びだし、ゆんゆんもおずおずと否定を口にしてくる。
「いや聞いてくれよ。ゆんゆんはめぐみんと同い年なんだろ? でも、ロリキャラって感じじゃない。十分に可能性はある」
「……? ねえめぐみん、カズマさんが何を言っているのかよく分からないんだけど」
「安心してくださいゆんゆん。私にもさっぱり分かりません。王都でいろいろあって、今日のカズマはいつもより割増しでおかしいのです。すいませんが、付き合ってあげてくれませんか?」
「それはいいけど、私は何をすれば……?」
「簡単だ! 俺の事を兄と思って呼びかけてくれるだけで良い」
「ひあ! は、はいっ……」
ヒソヒソと話し合っているところに俺がアドバイスをすると、ゆんゆんはなぜか悲鳴を上げて。
恥ずかしそうに辺りをキョロキョロと見回し。
やがて顔を赤くし、小さな声で。
「……お兄ちゃん……?」
「ハレルヤ。妹はここにいた。九十点! 九十点だゆんゆん! さあ、一緒に帰って夕飯を食べようか。これから食材を買うんだけど、何が良い? お兄ちゃんがなんでも食べたいものを買ってあげるぞ」
「えっ? えっ? あの、夕飯に誘ってくれてるんですか? 私を? い、良いんですか!? 本当に私がご一緒してしまっても良いんですか!?」
「何言ってるんだ? 兄と妹が一緒に食事をするのは当たり前の事じゃないか」
「い、妹……? あの、友達ではないんですか? あ、いえ、すいません、なんでもありません……」
俺の少し後ろを歩きながら、ボソボソと何かを言って萎れていく妹。
可哀相だが、兄と妹は友達にはなれない。
友達なんかよりもっと深い絆で結ばれているが。
と、俺がゆんゆんを採点した時からプルプルと震えていためぐみんが。
「待ってください! 私よりゆんゆんの点数が高いというのは見過ごせませんよ!」
「えっ、私、めぐみんより点数が高いの? やった! すごく久しぶりにめぐみんに勝った! そして夕飯にお呼ばれ…………うっ……。私……、私、今日という日を忘れない……!!」
「あなたはこんなバカな勝負で私に勝って満足なんですか!? 私のライバルを名乗るなら、勝負の方法にはプライドを持ちなさい!」
「……ねえめぐみん、毎回、自分が勝てるようなバカみたいな勝負ばかり挑んできためぐみんにだけはそんな事言われたくないんだけど」
「……!?」
おっと、珍しくめぐみんがゆんゆんに言い負かされている。
しかし愛する妹と大切な仲間なら、俺は涙を呑んで妹の味方をする。
「ちなみにめぐみんは三十点でした」
「「!?」」
俺の暴露にめぐみんとゆんゆんが揃って驚く。
めぐみんはイライラと。
ゆんゆんは嬉しそうに。
と、めぐみんが何かを考えるかのように少し目を瞑り。
「……仕方ありませんね。ゆんゆんとの勝負を持ちだされては、私も本気を出さないわけには行きません」
「何よ、やるって言うの? 三十点のめぐみんが? 三十点のめぐみんが!」
「三十点三十点と連呼しないでください! まあ見ているが良いです。本物の妹というものを見せてあげますよ」
そんな事を言って、めぐみんは俺の袖をチョンとつまみ……。
「私が妹では不満ですか、……兄さん」
「……き、九十二点」
「!?」
俺の採点に妹のゆんゆんが驚き、実は妹だっためぐみんが勝ち誇る。
ゆんゆんは慌てたように、めぐみんと反対側の俺の隣まで駆けてきて俺の腕を掴み。
「お、お兄ちゃん、私、あれが食べたい……です」
「八十点」
「下がった!? ど、どうして! ううっ……、このままじゃ負けちゃう……!」
「何を言っているのですか? 私の採点が二回、ゆんゆんの採点が二回ですから、もう勝負は終わりでしょう。今回も私の勝ちですね」
澄ました顔でそんな事を言うめぐみんに、ゆんゆんは悔しそうに唇を噛みしめ、涙目で俺を見上げて……。
「……カ、カズマさん……」
「お兄ちゃん」
「!? お、お兄ちゃん……」
俺は健気な妹の訴えに絆され、めぐみんの方を見て。
「……もう一回くらいやっても良いんじゃないか? ほら、勝負事って大概三番勝負じゃないか」
「この男! まあでも、今日一日、私はカズマに付き合っていたわけですからね。カズマの望む妹というものについて、理解したくはありませんでしたが大体理解してしまいました。そんな私に勝てるつもりでいるのなら、それは勘違いだという事を教えてあげましょう。私が勝ったら夕飯の食材はゆんゆんが私に奢ってください。ゆんゆんが勝ったら私がゆんゆんに奢らせてあげますから」
「わ、分かったわ。それで……!? ねえ待って? おかしいおかしい! 買っても負けても私が奢らされる!」
「仕方ないですね。では私が負けたら奢ってあげますから、代わりにゆんゆんが先行という事で。これ以上、情報を渡すのは得策ではない気がするので」
「ズルい! ズルい! めぐみんはいっつもズルい! どうして正当な要求を通すのに交換条件が必要なのよ!」
俺を挟んでめぐみんと言い合うゆんゆんは、おそらく手近なものを無意識に掴んでいるだけなのだろう、俺の腕をブンブンと振っている。
その度に、ゆんゆんの発育の良い部分が無防備に俺の腕に当たって……。
マジかよ。
これでめぐみんと同い年?
…………マジかよ……。
「ゆんゆん、九十七点!」
「「!?」」
唐突に採点を告げた俺に、めぐみんとゆんゆんが驚愕し俺を見る。
紅魔族は知能が高い。
ゆんゆんが顔を赤くして俺の手を離し距離を取り。
めぐみんが瞳を紅くして詰め寄ってきて。
「何が妹欲ですか! 結局、胸じゃないですか! 性欲じゃないですか! おい、不当な採点をするつもりなら私にも考えがあるぞ」
「ま、待て! 確かに胸が当たったのは評価のポイントだが、重要なのはそこじゃない。自分の魅力に無自覚な事、兄に対して無防備な事、めぐみんの貧乳と比べて同い年なのに育ったなあ……という、お、おいやめろ! まだ評価の途中だぞ! 妨害するなら反則負けだけど良いのか! とにかくその辺の諸々を加味して九十七点なんだ! 言っとくが性欲に流されてるわけじゃないぞ。この点数は譲らないからな!」
「あ、あの、二人とも、街中なのに大きな声で胸の話をするのは……」
街中で騒ぐ俺達に、ゆんゆんがモジモジしながら恥ずかしそうにそんな事を言う。
「……分かりましたよ。まあ、きちんと採点しているというのなら文句はありません」
めぐみんは呆れたようにため息を吐いて。
「今度から、カズマって呼んでも良いですか?」
いつも通りの口調で、素っ気なく、そんな事を……。
「何言ってるんだ? お前、俺の事はいつもカズマって呼んでるじゃ……?」
…………。
……!?
いや待て。
考えろ佐藤和真。
例えば俺の両親が離婚し再婚してめぐみんが義理の妹になって仲良くしたりすれ違ったり喧嘩したりしつつも一つ屋根の下で過ごし本当の兄妹以上に兄妹らしくなるのだけれど実はめぐみんはその小さな胸に俺への恋心を秘めていてやがて成長した俺達は親元を離れ冒険者になりそれを機にめぐみんは兄妹ではなくそれ以上の関係へと階段を上ろうと呼び方を変えて……!?
そうだったのか。
「……なあめぐみん、俺達って義理の兄妹だったのか?」
「そうですよ。今さら何を言っているんですか、カズマ」
当たり前のように言うめぐみんは自然体で。
カズマといういつもの呼び名は特別な響きを持っていて。
「めぐみんの勝ち」
「!? な、なんでですか! めぐみんはお兄ちゃんとも兄さんとも言わずにただカズマさんの名前を呼んだだけなのに、どうしてめぐみんの勝ちなんですか! 納得行きません! これまでいろんな勝負でめぐみんにズルい勝ち方されてきたけど、今回が一番納得行かない!」
「おっと負け犬の遠吠えというやつですか? そもそもゆんゆんはなぜ自分が高得点だったのかも分からず、次になぜ点数が下がったのかも分かっていないのでしょう? 評価の基準が分からないまま、まぐれで勝てそうになったからと勝負を挑んだ事があなたの敗因ですよ!」
勝ち誇ってそんな事を言うめぐみんに、ゆんゆんが涙目になって。
「うう……。分かったわ、私の負けで良い……」
「そういうわけですから、カズマ。夕飯の買い物はニセ妹のゆんゆんに任せて、私と爆裂散歩に行きますよ」
「えっ? 俺はもうこのまま帰って妹達と夕飯を食べたい気分なんだけど」
屋敷の方へと足を向けた俺がそんな事を言うと……。
「散々バカな事に付き合った私を蔑ろにするというなら、街中だろうとカズマを標的に爆裂魔法を撃ちこみますよ!」
瞳を紅く輝かせるめぐみんを、俺とゆんゆんは二人掛かりで取り押さえた。
*****
「まったく! カズマはまったく!」
街の外を歩きながら、めぐみんはずっと文句を言っている。
「だから悪かったって。軽い冗談じゃないか」
「いいえ、本気でした! 私があそこで何も言わなければ、そのまま家に帰っていたくらいには本気でしたね!」
「…………」
さすがに長い付き合いなだけあって、俺の考えはバレている。
「……なあ、もうこの辺りで良いんじゃないか?」
俺は適当なところでそう声を掛けてみるも。
「いいえ! 今日はイライラしているので、威力を限界まで高めてみようと思うのです。もうちょっと遠くまで行きましょう!」
めぐみんはそう言って、ずんずん歩いていく。
あまり街から離れすぎるのは不安なのだが……。
そんな俺の不安がフラグになる事もなく。
めぐみんは立ち止まり詠唱を始め。
そして――!
「『エクスプロージョン』ッ!!」
威力を限界まで高めてみようというその言葉に偽りはなく。
俺はかつてない爆風に踏ん張っていられず吹き飛ばされ。
「うおっ!? ……! めぐみん! おい、お前が飛ばされてどうする!」
俺よりも軽く、爆心地の近くにいためぐみんも吹き飛ばされて、ゴロゴロと地面を転がっていく。
俺は爆風が収まるのを待ってめぐみんに駆け寄り。
「おい、大丈夫か? どこかぶつけてないか? ……今日の爆裂は六十八点だな! 確かに威力は高かったが、破壊力が収束してなくて無駄が多い!」
「だ、大丈夫です……。相変わらず、カズマの評価は正確ですね。今回のは私としても悔いの残る爆裂魔法でした……。すいません」
「まあ気にすんな。ほら、今ドレインタッチで魔力を分けてやるから」
と、そんな時だった。
めぐみんが俺の少し上を見て、『あ』というように口を開け。
直後、俺の頭に何かがぶつかって液体が降りかかり、少しだけ口にも入って。
その時にはすでに俺はドレインタッチを発動させていて――!
「こ、これは、ドレインタッチの効果を上昇させるポーション……?」
めぐみんのそんな言葉を最後に。
俺は意識を失い――
――目が覚めると夜になっていた。
なんだか体が重くてだるい。
なぜか俺はソファーに寝そべっていて、体を起こそうとするが動けない。
「あれ? 俺……」
「あっ、カズマ、目が覚めたの? 無理に動かない方が良いわよ。短い時間だけど、死にそうなくらい衰弱してたんだから。めぐみんなんか青い顔してすごく心配してたんだからね、後でありがとうって言っておきなさいな」
「ア、アクア、余計な事を言わないでください!」
「……なんだそれ? 俺はなんでまたそんな目に遭わなくちゃいけないんだ? っていうか、なんで俺は広間で寝てるんだよ。屋敷に帰ってきて、宴会の後で部屋で寝たはずだろ」
「何言ってるの? カズマはめぐみんにドレインタッチで魔力を与えようとして、ポーションの効果でドレインタッチの効果が上がっていたせいで加減が効かず、大量の体力と魔力をめぐみんに送ってしまって、一気にいろいろ失ったショックで気絶しちゃったのよ? いつもと逆にめぐみんがカズマを背負って帰ってきたんだから」
「……ドレインタッチ?」
というか状況がさっぱり分からない。
俺は昨日、王都から帰ってきて。
屋敷に戻り、酒を買ってきてちょっと豪勢な夕食を楽しみ……。
……あれえー?
俺が眠る前の出来事を思い出そうとしていると、ソファーに寝そべる俺を、アクアの隣で心配そうに覗きこんでいためぐみんが。
「カズマ、記憶がないのですね? 王都から帰ってきたのは昨日ですが、今はもう翌日の夜ですよ。今日一日、何をしていたか覚えていますか?」
今が夜なのは窓の外を見れば分かるが、今日一日……?
「さっぱり思い出せんのだが」
「ウィズが言うには、あのポーションはドレインタッチの効果を上昇させ、体力と魔力を急激に吸ったり、他のものまで吸ってしまうようになるそうです。カズマは私に体力を与えようとしてドレインタッチを使いましたから、吸うのではなく与える量が過剰になり、ついでに今日一日のカズマの記憶が私に流れこんできまして……」
「ポーション? ポーションってなんの話だよ。誰か俺に変なもん飲ませたのか? なあ俺って今日一日何してたんだよ?」
うろたえる俺にめぐみんはクスクス笑って。
「ポーションの事はウィズにでも聞いてください。カズマは朝遅く起きてきて、私達がゲームをやっているのを邪魔して、私の爆裂散歩に付き合ってくれましたよ。別に普通の一日でした」
「……そうか。それなら記憶がなくてもまあ良いかな?」
少し気持ち悪いが。
大事な事ならそのうち思い出すだろう。
俺がそんな事を考えながらソファーから立ち上がると……。
「ねえカズマさんカズマさん、私、今日、カズマさんにマイケルさんのお店でお酒を買ってもらう約束をしたんですけど!」
俺の記憶がないと聞いたアクアが、そんな事を言ってくる。
「おい、俺の記憶がないからって適当な事を言うなよ。本気で言ってるなら嘘吐くとチンチン鳴る魔道具の前で言ってみろよ」
「何よ! ゆんゆんには夕飯の材料を奢ってあげたくせに! どうしてもって言うんなら、私もお兄ちゃんって呼んであげるから!」
何言ってんだコイツ。
「お前は妹っていうより、やたらと話しかけてくる親戚のおばちゃんみたいな感じだな」
俺がそう言うと、激昂したアクアが掴みかかってきて――!
そんな俺達を微笑ましそうに眺めながら、めぐみんが一枚の紙を取りだし、何かを書き始める。
アクアはそちらに興味を持ったようで、俺から離れめぐみんの手元を背後から覗きこんで。
「ねえめぐみん、それって何を書いてるの? この間言ってた、ファンレターってやつ?」
「違いますよ、この手紙はこめっこに宛てたものです。カズマの影響で私にも妹欲とやらが出てきたようなので」
「おい、俺の影響ってなんの話だ? 俺がそんなバカみたいな事言うわけないだろ」
「この男! いえ、もう良いです。今日の事はなかった事にしましょう」
「ちょっと待てよ。今日は別に普通の一日だったんじゃないのか? なあ、今日って本当は何があったんだ?」
そんな事を話していると、台所から料理を持ったダクネスがやってきて。
「カズマ、ようやく目が覚めたのか。心配していたんだぞ。体調はどうだ? 今夜は念のため、軽めの料理にしてみたのだが」
「別に大丈夫だよ。よく分からないが、そんなに心配してくれなくて良い」
と、ダクネスの後ろから……。
「あっ、カ、カズマさん、目が覚めたんですね……」
ダクネスを手伝って料理を運んできたのは――
「…………なんでゆんゆんがいるんだ?」
「!?」
俺の言葉に、ゆんゆんが料理をテーブルに置いて逃げようとし、めぐみんが慌てて追いかけていった。
・ドレインタッチの効果を上昇させるポーション
独自設定。