このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』1,2,3、『爆焔』1、既読推奨。
 時系列は、3巻1章と2章の間。


このしんどい病人に安息を!

 いくつもの街を蹂躙し、進路上の何もかもを破壊し、それが通った後にはアクシズ教徒以外、草も残らないとまで言われた、最悪の大物賞金首、機動要塞デストロイヤー。

 その迎撃戦で指揮をとり、見事、デストロイヤーの撃破に成功した俺達は――

 

 というか俺は。

 なぜか国家転覆罪の容疑を掛けられて投獄され。

 裁判で死刑を言い渡されたところを、ダクネスのおかげで猶予を与えられて。

 

 ――ようやく屋敷に帰ってきた俺は。

 

「ふぇっくし!」

 

 くしゃみで目が覚める。

 なんだろう、デジャヴが……?

 もう昼過ぎのようだが、ちっとも眠った気がしない。

 頭が重くてフラフラする。

 と、ベッドの上で身を起こしたままぼーっとしていると、コンコンとドアがノックされ。

 

「おいカズマ、裁判が終わったばかりで疲れているのかもしれないが、いつまで寝ているつもりだ? もう昼過ぎだぞ。お前の身の潔白を証明するために、行動を起こすなら早い方が良い。さっさと起きてこい」

「……起きてるよ」

「……? なあ、私の気のせいかもしれないが、様子がおかしくないか? ちょっと部屋に入っても良いか?」

「良いぞー」

 

 なんだか頭が働かず、ダクネスの言葉に頷くと。

 

「カズマ……!? お前、顔が真っ赤だぞ! 大丈夫なのか!」

 

 ドアを開けたダクネスが、慌てたように駆け寄ってきて……。

 

「ふぇっくし!」

「うわっ、汚っ! お、お前という奴は……、いきなり何を……! ああ、しかし熱く火照った雄の体液を顔にぶちまけられるとは、なんという……!!」

「気持ち悪い」

「……んんっ……、くう……! カズマ、もう一度、今のをもう一度、蔑んだ感じで……!」

 

 あかん。

 気持ち悪くてダクネスのバカな発言にツッコむ気力がない。

 

「い、いや、……カズマ、体調が悪いんだな? 熱があるのではないか? さ、触るぞ……?」

 

 遠慮なく変態発言を口にするくせに、ダクネスは遠慮がちに俺の額に手を当ててくる。

 指先がひんやりしていて心地良い。

 

「……ん。すごい熱だな。カズマ、前言撤回だ。お前は今日一日、安静にしていろ」

 

 

 ――どうやら俺は、風邪を引いたらしい。

 

 

 *****

 

 

 長い事、馬小屋で凍えながら朝を迎え。

 冬を越す拠点を手に入れたと思ったら機動要塞デストロイヤーが襲来。

 激戦の末にデストロイヤーを撃破し、これで借金も返せそうだと安心していたところに、今度の冤罪騒ぎだ。

 正直、いっぱいいっぱいだったのだと思う。

 多額の借金を背負った不安とか、冬を越せるのか分からない悩みとか、役に立つのか立たないのかよく分からない仲間達から受ける心労とか。

 十六歳の元ニートには荷が重すぎた。

 牢屋で過ごしたのは数日だが、寒さと心細さで体調を崩したのも無理はない。

 そんな事を考えながらベッドで横になっていると……。

 

「カズマさん、ダクネスから風邪を引いたって聞いたけど大丈夫? 私が来たからには安心しなさいな! このアクア様が風邪なんかすぐに吹っ飛ばしてやるわ!」

 

 部屋に入ってきたアクアに、俺は身を起こし。

 

「ああ、回復魔法か、頼むよ……。風邪なんて長い事引いてなかったけど、結構しんどいな……」

「……? 何言ってんの、病気や風邪に回復魔法は効かないわよ?」

「そうなのか? 毒や麻痺も治せるって言ってたし、風邪も治せるんじゃないのかよ……。ああでも、回復魔法はウイルスまで活性化させるってパターンの設定も時々見るなあ……。まったく、この世界はどこまでもロクでもないな。でもそれなら、お前は何をしに来たんだよ?」

「決まってるでしょ、看病よ! アークプリーストは弱っている人の世話をするのが役割だもの。風邪を引いている間は何でも私に言ってよね!」

 

 珍しくそんな事を言いだすアクアに、俺は穏やかな口調で。

 

「ありがとうアクア。……じゃあ部屋から出てってくれるかな」

「……? ねえカズマさん、何を言ってるの? 部屋から出たら看病できないじゃない。カズマが弱ってるなんて珍しいし、たまには私も役に立つってところを見てほしいんですけど」

「うん、オチが見える。お前がやる気を出したらどうせまた空回りして厄介事を起こすだろ? 今の俺はいちいちツッコんでいられるほど体力がないんだからな。本当に勘弁してください。お前は大人しくしててくれればそれで良いよ」

「なんでよーっ! ねえ厄介者扱いしないでよ! 私だって役に立つわよ!」

「すでに騒がしくて厄介なわけだが」

 

 俺の寝ているベッドをアクアがバンバン叩いてきていた、そんな時。

 めぐみんが部屋の入り口に立って。

 

「アクア、何をしているんですか? カズマは風邪を引いているのですから、あまり騒がしくしないであげてください。今日は一日、安静にさせるようにと、ダクネスにも言われたでしょう? カズマが風邪を引いたのは私達のせいでもあるのですから、今日くらいゆっくりさせてあげましょうよ。ほら、遊んでほしいなら私が構ってあげますから、この部屋からは出てください。弱っているところを狙っていつもの復讐をするつもりなら、さすがに見過ごせませんよ? 紅魔族的な美学にも反します」

「ち、違うの! めぐみん、違うのよ! 私だって、私なりにカズマさんを元気づけようと……! ねえ、聞いてよー!」

 

 泣き喚くアクアがめぐみんに引きずられていって。

 部屋に静けさが戻る。

 風邪を引いて気が弱くなっているせいだろうか。

 ……一人きりになると、少しだけ寂しい。

 

 

 

 しばらくして、お盆を持ったダクネスがやってきた。

 お盆の上には湯気の立つ鍋と、小さな器とスプーン、それに丸ごと一本のネギ。

 ……ネギ?

 ダクネスがベッドの傍に椅子を持ってきて座ると、鍋の中にお粥が入っているのが見える。

 ダクネスは鍋から小さな器にお粥をよそいながら。

 

「食欲はあるか? ……子供の頃、私が風邪を引くと、父がよく手ずから食べさせてくれたものだが。……あ、あー……、……ん……」

「自分で食う」

 

 スプーンでお粥を掬って顔を赤くしていくダクネスを見て、俺はそう言って器とスプーンを奪い取った。

 ダクネスが残念なような安堵したような息を吐き。

 

「……お前には苦労を掛けたな。ベルディアとの戦いでも、デストロイヤーとの戦いでも、いざという時はいつも、お前が何とかしてくれた。私達は、そんなお前に甘えすぎていたのだろう。四千万もの借金を抱え、冬越しの準備に追われ、冬将軍には本当に殺されもした。……すまなかったな。これからはもう少し、私もお前に頼られるようになろう。今は何も考えずに風邪を治してくれ」

「お、おい、なんだよ、いきなり優しくするなよ。今の俺は風邪を引いて心も弱ってるんだぞ? うっかり惚れても知らないからな」

 

 そんなバカな事が言えてしまうのは、それこそ風邪を引いて思考や羞恥が鈍っているからだろう。

 ダクネスは楽しそうにふふっと笑って。

 

「安心しろ。もしもそうなったとしても、私がお前に惚れる事などありえん」

「…………」

「あ、いや、……そうだな。少しくらいは可能性があるぞ? うん、私はお前の良いところもたくさん知っている。例えば、…………例えば……?」

 

 必死な様子で考え込むダクネスに、俺は。

 

「ふぇっくし!」

「あああ! ご飯粒が! お、お前っ、黙っていたのはくしゃみを我慢してたからか! 紛らわしい事をして! ああもうっ、あちこちべちゃべちゃじゃないか、まったく!」

 

 ダクネスが俺に文句を言いながら、ハンカチで顔や服についたお粥を拭い。

 

「……ほら、お前も。鼻からご飯粒が飛んでいたぞ?」

「ゲホッ! ゲホッ! わ、悪い……。でも、くしゃみなんて制御できないんだからしょうがないだろ? あ、もうちょっと下の方をお願いします」

「……ん。こんなものだろう。……お代わりは?」

「貰う」

 

 二杯目のお粥を食べ始めて。

 ダクネスが俺がお粥を食べる様子を黙って見守っている。

 見られていると食べにくいのだが……。

 無言で食べ続ける事に堪えかねた俺は、お盆の上に置いてある丸ごと一本のネギを指さし。

 

「……なあダクネス、さっきから気になってたんだが、そのネギは何に使うんだ?」

「うん? ああ、これか。聞くところによると、これを尻に刺すと風邪が早く治るそうだ」

 

 …………。

 

「……今なんて?」

「なんだカズマ、風邪のせいで耳が悪くなっているのか? しょうがない奴だな。……このネギをお前の尻に刺すと言ったんだ」

 

 ダクネスは労わるような慈愛に満ちた笑みを浮かべて、そんな事を……。

 

「うおお、近寄んなバカ! この変態! ド変態! お、おまっ、お前……! 自分から責めてくるとか、お前はそういうんじゃないだろ! 一人で妄想してハアハア言ってろよ! 人が弱ってるってのに、いきなりなんなの!? 痴女なのか、痴女なんだな!?」

「お、おい、人聞きの悪い事を言うな。私はただ、お前が早く風邪を治せるように、恥ずかしいのを我慢してこれをだな……」

「どうするつもりだよ! 恥ずかしいのを我慢して、それをどうするつもりなんだ! おい近寄るな、それ以上近寄ってきたらスティールで全裸に剥いた上にお前の尻にネギを刺して屋敷から叩き出すからな!」

「お、お前はという奴は……っ! ……んんっ……!? ……風邪で弱っているはずなのに、相変わらず私を責めてくるとはどういうつもりだ!?」

「……興奮してんじゃねーよ」

「し、してない」

「いや、明らかにしてただろ。やめろよな、今日はさすがにツッコみきれないぞ。ネギを尻に刺したければ自分一人でやってくれ」

 

 ドン引きする俺の言葉に、ダクネスは羞恥をかなぐり捨てて激昂し。

 

「おい! これは私の性癖とは関係なく、お前のためを思って持ってきたんだ! 身の潔白を証明するには、早く風邪を治す必要がある。恥ずかしがっている場合じゃないだろう!」

「バカなのか? バカなんだな? いや、変態なんだな? 悪かったよ、俺はお前を甘く見てた。謝るよ。良いかダクネス、大事な事だからよく聞けよ。恥ずかしいとかそういうんじゃない。普通の人にとって、尻に何か刺すっていうのは大変な事なんだ」

「おい待て。普通の人にとってとはどういう事だ? そ、それは私にとっても大変な事だ! まるで私が日常的に……何か刺しているような言い方はやめろ!」

「……大丈夫だダクネス。俺達は一緒に魔王軍の幹部や大物賞金首と戦った仲間じゃないか。お前がちょっとくらい変わってるのは出会った時から分かっていたしな。もし仮に、尻にネギを刺す変わった趣味を持っていても、俺はお前をパーティーから追い出したりしないよ」

「おいやめろ、なぜ急に優しくするんだ? 違うぞ! 私にそんな趣味はない!」

「デストロイヤー迎撃戦でやたらと格好良かったお前が、実は尻にネギを刺していたとしても、俺は変な目で見たりしないよ」

「……!? こんな侮辱を受けたのは初めてだ! 病人だからといって何を言っても許されると思うな! ベッドから降りろ! ぶっ殺してやる!」

「まあ良いじゃないか。これからは好きなだけ尻にネギを刺して……」

 

 と、調子に乗ってダクネスをからかっていた俺は、唐突に言葉を止め。

 そんな俺を不審そうに見ていたダクネスが、やがて俺の視線の先にある部屋の入り口を見て。

 

「あわわわわわわ……」

 

 そこには、ドアの陰から顔だけを覗かせるアクアの姿が。

 アクアは、ダクネスの持つネギとダクネスの尻とに視線を行き来させながら後ずさると……。

 

「めぐみん! めぐみーん! 大変よ、ダクネスったら大変な変態よ! 実はダクネスはドMなだけじゃなくて……!」

「ままま、待てアクア! 違う、これは違うぞ! アクア!? おいアクアー!」

 

 報告に行こうとするアクアを、ダクネスがネギを持ったまま追いかけていった。

 ……よし、満腹になったし寝るか。

 

 

 *****

 

 

 次に目を覚ますと、タオルを持っためぐみんが俺の顔を覗き込んでいた。

 

「……起こしてしまいましたか?」

 

 ベッドの傍に置かれた椅子に座っためぐみんは、水を張った手桶にタオルを浸し、水を絞って俺の額に乗せてくる。

 額に乗せていたタオルを、濡らしてくれていたらしい。

 

「体調はどうですか? お腹は空いていませんか? 喉が渇いているなら、水もありますよ」

 

 めぐみんのそんな甲斐甲斐しい言葉に、俺は水を貰って飲みながら。

 

「……なんか、お前らに世話されるってのも変な気分だな」

「こんな時くらい、素直に私達を頼ってくれても良いじゃないですか。こう見えても私は、看病には結構慣れているのですよ。風邪の時は気が弱くなりますからね、カズマが邪魔じゃなければ、私はここにいようと思うのですが」

 

 めぐみんはそう言いながら、膝に乗せた本のページをパラパラと捲る。

 

「いや、そこにいてくれ。一人だと寂しいと思ってたところだ」

「……熱のせいでしょうか? 普段なら絶対に口にしないような事を言っていますよ。そんなに素直になられると、私としても少し気恥ずかしいのですが」

「今の俺がなんか変な事を言ったとしても、それは全部熱のせいで無効だと思ってくれ」

 

 確かに今のは恥ずかしい発言だったかもしれない。

 どうも風邪のせいでいろいろと鈍くなっている。

 しばらく、めぐみんが本のページを捲る音だけが聞こえる、静かな時間が続き。

 額のタオルを濡らしてもらったり。

 

「水はいりますか?」

「貰う」

 

 水を貰ったり。

 ……そんな風にして時間は過ぎていき。

 

「……なかなか熱が下がりませんね。ここはやはり、私が紅魔族秘伝の病治療ポーションを調合しましょうか」

 

 額のタオルを濡らしながら、めぐみんがそんな事を言いだした。

 

「病治療ポーション……? そんなのが作れるのか? なんだか初めてめぐみんの魔法使いっぽい賢いところを聞かされた気がする」

「……? 熱があるからってわけの分からない事を言わないでくださいよ。私はいつだってアークウィザードとして冷静沈着を心がけていますよ」

「おい、俺に熱があるからってあんまりわけの分からない事を言うなよ? ……そんな事より、その病治療ポーションってのについて詳しく」

「ちょっと引っかかりますが、まあ良いでしょう。病治療ポーションとはその名の通り、作り手の熟練度にもよりますが大抵の病なら治療できるポーションです。紅魔族随一の天才である私は、学生時代に病治療ポーションの作製にも成功した事があります。材料さえあれば、すぐにでもポーションを用意できますよ」

「そりゃ助かるな。で、材料ってのは?」

「ファイアードレイクの肝にマンドラゴラの根、それにカモネギのネギです」

「……聞いた事のないモンスターなんだが」

 

 名前の響きからして、とても強そうな感じだ。

 この駆け出し冒険者の街の近くにはいないモンスターなのではないか。

 

「そういえば、紅魔の里の近くにいたモンスターばかりですね。さすがにこの街で材料を集めるのは不可能か、集まってもかなり値段が高くつくかもしれません」

「いや、ちょっと待ってくれ。まだ借金がなくなったわけじゃないんだし、余計な出費は避けたい。風邪くらい寝てれば治るから、頼むから大人しくしててくれよ」

「材料費は自分で出しますから、心配しないでください。私とダクネスは、ベルディアの討伐報酬を貰いましたし、私はダクネスのように鎧の修繕をする必要もありませんでしたから、多少なら余裕があります。カズマこそ余計な事を心配しないで、病人なんですからゆっくり休んでいてください。すぐに私が病治療のポーションを用意してあげますから」

「……そ、そうか。そこまで言うなら頼むけど、本当に大丈夫なんだよな?」

「もちろんです。いつもは私達が苦労を掛けているのですから、弱っている時くらい私の事も頼ってくださいよ」

 

 めぐみんはそう言って笑い、部屋を出ていき。

 俺は目を閉じているうちに眠りについて――

 

 

 

 ――爆裂魔法の震動で目を覚ました。

 

 めぐみんが、ベルディアが住み着いた廃城に爆裂魔法を撃ち込む際には一緒に行ったし、その後も何度も爆裂散歩に付き合って、最近では爆裂ソムリエとして採点までし始めた俺だから、爆裂魔法の震動と他の震動を間違える事はない。

 ……あのバカ。

 何が私の事も頼ってください、だ。

 余計な事を心配しないでゆっくり休んでいてください、だ。

 結局爆裂オチじゃないか。

 まったく、アイツらと来たらちょっと気を許したらコレだ。

 おちおち寝てもいられない。

 眠る気にはなれないがベッドから起き上がる気力もなく、悶々と寝返りを打っていると、やがてダクネスに背負われためぐみんがやってきた。

 

「カズマ! 聞いてくださいカズマ! ファイアードレイクもマンドラゴラも、紅魔の里の近くにはいくらでもいて、隣のニートに頼めばタダで採ってきてくれるんですよ! それをあんな……、あんな値段で……! あの店主も、人が下手に出ていれば付け上がって……! 何がデストロイヤー討伐祝いの大特価ですか! ぼったくりもいいところではないですか!」

「め、めぐみん、頼むから落ち着いてくれ。あまり病人を騒がせるものではない。……その、耳元で叫ばれると私も耳が痛いのだが」

 

 背負われながら手足をジタバタさせるめぐみんに、ダクネスは困ったように顔をしかめている。

 俺はそんな二人に顔を上げて。

 

「……聞きたくないけど、何があったのか聞こうか」

 

 聞けばこんな話だ。

 病治療ポーションの材料は、この街でも見つける事が出来たらしい。

 最近、この街で機動要塞デストロイヤーが討伐された事で、大金を得た冒険者の需要を当て込んで、多くの商人が集まってきたためだ。

 しかし、商品の値段に輸送費が加算されるのは当然の事。

 ましてや、ここは街の外を移動するだけでモンスターに襲われたりする危険な異世界だ。

 めぐみんの想定よりも素材の値段は高く。

 それはめぐみんが持っているベルディアの討伐報酬の残りを使っても足りないほどで……。

 

「だからって、キレて街中で爆裂魔法を撃つのはどうかと思う」

 

 俺が呆れた目を向けると、めぐみんは心外だと言わんばかりに慌てて。

 

「ち、違いますよ! いくら私だってそんなバカな事をするわけがないじゃないですか! 私はただ、足りないお金を集めるために、アダマンタイトを壊せたら賞金を貰えるという露店に行ったまでです」

「……街中で爆裂魔法を撃つのは十分バカな事だと思う」

 

 俺のその言葉に、ダクネスもうんうんと頷いている。

 めぐみんは少し不満そうな表情をしていたが、やがて申し訳なさそうに。

 

「それでですね、爆裂魔法を街中で撃ったせいで、辺りにいろいろと被害が出まして。その補償金を支払ったせいで、病治療ポーションの素材が買えなくなってしまいまして。……すいません。カズマのために何かしてあげたいと思っていたのに、結局何も出来ませんでした」

 

 ていうか、ゆっくり寝ていたところを爆裂魔法で叩き起こされたわけだが。

 

「まあ良いって。俺のためにって思ってやってくれたんだから、その気持ちだけで十分だよ。ありがとうな、めぐみん」

「カ、カズマ……! このままでは私の気が済みません! ダクネス、冒険者ギルドに行きましょう! 私は紅魔族随一の天才! 正規の材料が揃わなくても、独自のもっと安価なレシピで病治療ポーションを作ってみせますよ! まずはカエルを討伐に行き、肝を……!」

 

 めぐみんがいきなり手足をジタバタさせて騒ぎ出し、ダクネスが言われるままに部屋から出ていって……。

 いや待ってくれ。

 気持ちだけで十分だから、もう何もしないでくれと続けようとしていたのだが。

 

 

 

 日が暮れる頃になって、めぐみんはボロボロになったダクネスに背負われてやってきた。

 今日はもう爆裂魔法を使っているから、まともに立ち上がる事も出来ないまま、ダクネスに指図して行動していたのだろう。

 ……付き合わされて憔悴しているダクネスが少しだけ気の毒だ。

 

「カズマ、見てください! 病治療ポーションです! 従来のものより安価な材料を使っていますが、作製工程を複雑にする事で効果を高めました! これを飲めば一発です!」

 

 穏やかな微睡みを覚醒させられた俺は、力なく息を吐いて。

 

「……なあめぐみん、爆裂魔法で翻ってるスカートの中を覗こうとしたり、爆裂散歩の帰りにちょっとセクハラしたりした事は謝るよ。謝るから、それを飲むのは許してください」

 

 飲んだら一発でお陀仏になりそうな代物だった。

 

「何を言っているんですか? カズマがちょっとしたセクハラをしてくるのはいつもの事じゃないですか。そんなのをいちいち気にしていたらパーティーなんてやってられませんよ。だからって気安く触られても良いわけではないのですが、それとこれとは話が別です。とにかく、これさえ飲めば風邪なんかすぐに治りますよ。味の保証までは出来ませんが、どうぞ、グイッと行ってください」

 

 めぐみんにドドメ色をした液体の入った瓶を渡されながら、俺は。

 

「……ちなみに材料を聞いても良いか?」

「ファイアードレイクの肝が手に入らなかったので、ジャイアントトードの肝を使いました。あと、マンドラゴラの根が手に入らなかったので、ニンジンを使いました。カモネギのネギも手に入らなかったので、ダクネスがお尻に刺そうかと迷っていたネギを使いました」

「なめんな」

 

 カエルとニンジンとネギでポーションが出来てたまるか。

 迷わずポーションの瓶を捨てようとする俺を、尻に刺そうかと迷っていたわけではないと主張するダクネスに背負われたまま、めぐみんが手を伸ばして止める。

 

「ああっ、待ってくださいカズマ! これを完成させるまでにはダクネスがカエル相手に攻撃を外しまくったり、ニンジンを捕まえられなくて街中を走り回ったり、ネギにつつき回されてハアハアしたりしたんです!」

 

 ダクネスばかり苦労している件について。

 と、そのダクネスまでもが涙目で俺を見てくる。

 ……そんな目で見られたら、俺が悪い事をしているみたいじゃないか。

 俺は暴れるのをやめて、ポーションの瓶の蓋を取っ……。

 

「…………なあ、マジでこれを飲めってか? なんかものすごい臭いがするんだけど」

「あっ、カズマカズマ、蓋を開けてしまったなら早く飲まないとどんどん劣化していきますよ! それに臭いも部屋に染みつきますし、長時間放っておくとボンってなりかねません」

「おい、病治療ポーションなんだよな? これ飲んだらボンってなったりしないよな?」

「当たり前じゃないですか、病治療ポーションですよ。私を信じて、グイッと行ってください」

 

 信じて送りだしためぐみんは街中で爆裂魔法を撃ってきたわけだが。

 クソッ、躊躇してる時間もないのか!

 俺は覚悟を決めて瓶を一気に呷り――

 

 

 *****

 

 

 翌朝。

 昨日は風邪を引いて一日中寝ていたからか、俺は早い時間に目を覚ました。

 いつもは布団の中でグダグダと時間を潰すのだが、爽快な気分で起き上がり、服を着替える。

 風邪はもうすっかり治ったようだ。

 足取り軽く広間に降りていくと……。

 

「お、おお、おはようございますカズマ、今朝はやけに早いですね? 体調はもう大丈夫なんですか?」

「おはよう。風邪は治ったみたいだ、めぐみんの作ってくれたポーションのおかげだな」

 

 俺がそう言うと、めぐみんはなぜか目を逸らす。

 そんな俺達の様子を、ソファーに膝を抱えて座って見ていたアクアが。

 

「……ねえカズマさん、なんだか顔が緑色なんですけど」

「お前はいきなり何を言ってんの? 人間の顔が緑色なんて、そんなバカな事があるわけないだろ、なあめぐみん。……おいどうして目を逸らすんだ?」

 

 めぐみんの顔を覗き込もうとする俺を、必死に視界に入れまいとするめぐみんは。

 

「あああ、当たり前じゃないですか! 人間の顔が緑色だなんて、そんなバカな事あるわけないですよ! ……うわすっごい緑色。思ったより緑色」

「おい最後なんつった?」

 

 と、俺がめぐみんの顔を自分の方に向けさせようと揉み合っていると……。

 台所からやってきたダクネスが。

 

「カズマ、起きたか。……やはりまだ治っていないようだな、今日もクエストは中止にしよう。そんな顔を見られたら、あの検察官に何を言われるか分からん」

「治ってない……? いや、風邪はもう治ったけど」

「気づいていないようだが、お前の顔は緑色になっている」

 

 …………。

 

「おいめぐみん、お前は俺に何を飲ませたんだ?」

「ち、違うのです! ちゃんと病治療ポーションとしての効果はありました! ほら、カズマの風邪は治っているではありませんか。ただちょっと、副作用があったようで……」

「ふざけんな! 風邪は治ったけど副作用でカエルっぽくなるってか! どうすんだよ、これって治るのか? それとも俺はこのまま虫を食うようになるのか?」

「……そ、その、昨日作った病治療ポーションは、私が独自に編み出した調合法によるものでして、……どうなるかはよく分かりません」

 

 気まずそうに目を逸らしながら、めぐみんがそんな事を……。

 

「よしダクネス、めぐみんの尻にネギを刺して良いぞ」

「そんな!? 嘘ですよねカズマ! 謝ります、謝りますのでそれだけは勘弁してください!」

「い、いや待ってほしい。昨日も言ったが私にそんな趣味はないぞ!」

 

 俺の言葉に、めぐみんとダクネスが泣きそうな顔で口々に言う中。

 アクアが咎めるような口調で。

 

「そうよカズマ、ダクネスは他人のお尻にネギを刺しても楽しくないのよ?」

「そ、そうだ、アクアの言うとおり……!? いや待て、待ってくれ。自分にとか他人にとかそういう事ではないのだ。私にそんな趣味はないと昨日あれほど……!」

 

 ダクネスが顔を真っ赤にしてアクアに詰め寄り。

 何かを決意したように頷いためぐみんが。

 

「……わかりました、わかりましたよカズマ。今度はカエルっぽくなるのを治療するポーションを作ってみせます。紅魔族随一の天才と呼ばれた私の力を見せてあげましょう!」

「俺は金輪際お前の作ったポーションは飲まないからな」

「あれっ!?」

 

 めぐみんが意外そうな声を上げる中、俺はアクアの方を見て。

 

「なあアクア、回復魔法で風邪は治せないって話だけど、これは状態異常みたいなもんだし、何とかなるんじゃないか?」

 

 アクアはダクネスと取っ組み合いながら俺を一瞥し。

 

「はあー? 昨日は私にあんな事言っといて、風邪が治ったからって何を調子の良い事言ってるんですか。私は頑張ると空回りして厄介事を起こすので、今日は大人しくしてようと思います。カズマはそこら辺の虫でも食べてれば良いんじゃないですかー?」

 

 俺が昨日、部屋から追いだした事で拗ねているらしく、アクアがそんな事を言ってくる。

 この野郎。

 

「……そうだな、俺も昨日は言いすぎたよ。せっかくお前が心配してくれたのに悪かった。反省するためにもお前の回復魔法に頼らず、当分は緑色の顔のまま生活しようと思う」

 

 素直に謝る俺に、アクアは不思議そうな顔をし、ダクネスと取っ組み合うのをやめてこちらを見てくる。

 俺はそんなアクアの顔を見返して。

 

「こんな顔をしているところをセナに見られたら、俺は今度こそ魔王軍の手先だと言われて処刑されるかもな。お前が蘇生魔法を使える事も知られてるだろうから、蘇生魔法で治癒できないくらい死体は酷い事になるんじゃないか?」

 

 自分で言っていて気分が悪くなってくるが、俺は続ける。

 

「それに、あの悪徳領主が首を突っこんでくるだろうし、そうなるとなんだかんだ文句をつけられて、機動要塞デストロイヤーの討伐報酬も奪われるかもな。相手は貴族だから、俺達にはどうにもならない。いや、その時には俺は処刑されてていないわけだが」

 

 俺の言葉に想像力を掻き立てられたのか、アクアが青い顔をして。

 

「……ね、ねえカズマ、やっぱり回復してあげても良いわよ? そんな、ちょっと面白い顔をしているから処刑なんて不当だし、見過ごせないわ」

「おい、人の顔を面白い顔とか言うのはやめろ。まあ聞けよ。俺が処刑され、デストロイヤーの討伐報酬も奪われると、お前には何が残る? そう、借金だ! パーティーのリーダーだからって事でなぜだか俺が背負わされていた、ベルディア討伐の時の洪水の補償金、あれは元々お前の借金だからな。俺が死んだらお前に返済義務が生じるだろうよ。攻撃の当たらない変態クルセイダーと、爆裂魔法を一日一発しか撃てない頭のおかしいアークウィザードと、あとお前。……どうやって借金を返していくのか、俺もエリス様と一緒に見守っててやるからな」

「わあああああーっ! 待って! 待って! 見捨てないでよ! 分かったわよ、回復魔法くらい掛けてあげるから!」

 

 風邪を引いている間、穏やかに過ぎていった時間も悪くなかったが、俺にはやっぱり、こういう騒がしさの方が性に合っているのだろうと、そんな風に思う自分に少しだけ笑って――!

 

「お構いなく。もうお前らの面倒を見るのも疲れたし、俺はここらで生まれ変わろうと思う。まあお前がどうしても回復させてくださいって言うなら」

「回復させてください、カズマ様ーっ!」

 




・病治療ポーション
『爆焔』1でめぐみんが作っていたアレ。
 カエル、ニンジン、ネギで作れるというのはもちろん独自設定。

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