時系列は、1巻1,2章辺り。
――それは俺達が初めてクエストを達成した夜の事。
いつものように馬小屋で眠りに就こうとしていると、隣に横たわっていたアクアがモゾモゾと起き上がり、手を振りながら小声で。
「おーい、こっちよこっち!」
「……なんだよ。カエルに飲まれたのがそんなにショックだったのか? そこには誰もいませんよ。女神もストレスで頭がやられるとピンクの象が見えるようになるんだな。でも今日はもう眠いから、静かにしててくれよ。あんまり騒ぐとまた周りの冒険者に怒られるぞ。……あっ、そういえばここってファンタジーな世界じゃないか。ひょっとして妖精さん的な生き物が実在するのか?」
「はあー? あんた何バカな事言ってんの? そんなのいるわけないじゃない。あと、いくら私が寛大だからってあんまりバカにしてると天罰が下るわよ!」
「俺にそんな事言われても。お前がバカなのは俺のせいじゃないだろ?」
「いい度胸じゃない貧弱ニート! 女神の力を思い知れー!」
「あっ、やめろ! 毛布を持っていこうとするな!」
アクアと俺が毛布を引っ張り合っていると……。
そんな俺達に声が掛けられた。
「……あの、二人とも、あまり騒ぐと周りの冒険者の迷惑になりますよ」
眼帯を外し、マントも付けず、魔法使いっぽいローブではなくラフな部屋着に身を包んだそいつは……。
「めぐみんじゃないか。どうしたんだ?」
「いえ、その……。実は私はここの宿に部屋を取っていたのですが、食べる物にも困る経済状況なので、追加の宿泊費を支払えず……」
「困ってるみたいだったから、私が馬小屋はどうって誘ってあげたのよ!」
「えっと、冒険者とはいえ小さな女の子が馬小屋生活ってのはどうかと思うんだが。クエストの報酬は渡しただろ? あれで宿代くらいにはなるんじゃないか?」
「溜めこんでいた宿泊費のツケを支払ったら消えました」
…………。
「そ、そうか。まあ、まだスペースはあるし俺は構わないぞ。それにアレだ、これからはパーティーを組んでやっていくんだったら、同じ環境で寝起きするっていうのも悪くないよな!」
「そうです、カズマは良い事を言いますね! そうなのですよ。同じパーティーの仲間同士、生活の中でお互いの呼吸を掴む事で、戦闘中の連携もしやすくなるというもので……」
「何言ってんのめぐみん! めぐみんは爆裂魔法しか使えないんだから、連携の事なんて考えなくて良いのよ!」
「「…………」」
微妙に気まずい空気をフォローしようと苦しい言い訳を絞りだす俺達に、アクアが空気の読めない事を言う。
「……その、すいませんが、今夜は馬小屋で眠る準備をしてきていないので、二人の毛布を借りても良いですか? 端っこで構いませんので」
「おう、良いぞ。ほれ、こっち来い」
「いえ、カズマの隣はなんとなく身の危険を感じるので、出来ればアクアの隣に」
この野郎。
「おい、俺を見損なうなよ? 俺はロリコンじゃないんだから、お前みたいなロリキャラに変な事するわけないだろ」
「誰がロリキャラですか。そんな事を言いながら、さっきおんぶしている私のお尻に偶然を装って触れてきたではないですか」
「そそそ、そんな事してねーし! めぐみんの気のせいだろ? ちょっと自意識過剰なんじゃねーの?」
「そうですか? それにしてはカズマの反応こそ過剰な気がするのですが」
「よしめぐみん、そっちで寝ると良い! おいアクア、ちょっと場所詰めろよ」
俺がそう言って少し毛布の端に寄ると、アクアは胸元を両手で隠すようにして身を引き。
「……そんな話を聞いた後だと、私もカズマの隣で寝る事に不安を感じるんですけど」
「ない」
「なんでよーっ!」
めぐみんがアクアの向こうに寝そべり、俺達はアクアを挟んで川の字に。
と、俺が掛けている毛布の一部がめくれ、隙間から冷たい空気が……。
「……おいめぐみん、ちょっと毛布を取りすぎじゃないか? 寒いんだが」
「何を言っているのですか。私はこれからの発育に期待が持たれる省スペースな小さな女の子ですから、それほど毛布を取っていないはずです。カズマこそ限りある毛布を無駄遣いするものではありませんよ」
…………。
俺は毛布を引っ張りながら。
「なあめぐみん、お前は今夜、いきなり馬小屋に来たわけで、ぶっちゃけ招かれざる客ってやつじゃないか? いやもちろん、同じパーティーの仲間なんだし、今さら出ていけなんて言わないさ。でも、お前が毛布を用意していなかったせいでこうなってるんだから、ちょっとは遠慮するのが筋ってもんじゃないか?」
「いえ、パーティーの間に遠慮は無用だと思います。お互いに素直に言いたい事を言い合い、ぶつかり合いながらも少しずつ仲良くなっていく……そうする事で本物の絆というものが生まれるのではないでしょうか? そんな仲間であれば、どうしようもない危機的状況も力を合わせて切り抜けられるに違いありません! ええ、違いありませんとも!」
めぐみんが毛布を引っ張りながらそんな事を……。
「お前は爆裂魔法しか使えないんだから、力を合わせるも何もないだろ。いいから毛布を寄越せよ! 俺は貧弱な冒険者なんだからな、ちょっと油断するとすぐ風邪を引くぞ! 俺が風邪を引いて動けなくなったら、お前らだって困るんじゃないのか? アクアはカエルに食われる事しか出来ないし、めぐみんは爆裂魔法を撃って動けなくなったところをカエルに食われる事しか出来ないだろ」
「おい、カエルに食われる事を定められた未来のように言うのはやめてもらおうか! 大体、爆裂魔法はあんな雑魚モンスター一匹を倒すために使うものではないのです。我が爆裂魔法は最強です。どんな強力なモンスターだって一撃ですし、どれだけ大量のモンスターの群れが相手でも一掃してみせますよ! それに風邪を引くというなら、私が風邪を引いた方が困るのではないですか? 調子が悪い時に爆裂魔法の制御にうっかり失敗したら、ボンってなって全滅ですよ!」
話が爆裂魔法に及んだからだろう。
熱くなっためぐみんの声は次第に大きくなっていて。
周りで寝ている冒険者達の怒鳴り声が飛んできた。
「おい、うるせーぞ! 静かに寝られねーのか!」
「「「す、すいません!」」」
*****
――翌日。
「それではカズマ。多分……いや、間違いなく足を引っ張る事になるとは思うが、その時は遠慮なく強めで罵ってくれ。これから、よろしく頼む」
キャベツ狩りが終わると、なぜだか仲間が増えていた。
何の役に立つのかよく分からないアークプリーストに、一日一発しか魔法が使えないアークウィザード。
そして、攻撃が当たらないくせに自分からモンスターに突っこんでいくクルセイダー。
傍から見れば、上級職ばかりの、優秀なパーティーなんだろうが……。
「…………どうしてこうなった……」
頭を抱えテーブルに突っ伏す俺をよそに、三人は意気投合していて。
「爆裂魔法か。話には聞いていたが、実際に見たのは初めてだったな。凄まじい威力だった。人の身であれほどの威力を出せるスキルは、確かに他にはないだろう。……出来れば一度、この身に受けてみたいものだ」
「やめておいた方が良いでしょうね。爆裂魔法は最強魔法。何者であろうと一撃必殺です。ダクネスの硬さは私も見ていましたが、それでも我が爆裂魔法の前では無事で済まないでしょう」
「大丈夫よ二人とも! 私はアークプリーストのスキルを全部取ってるんだから、もしもダクネスが爆裂魔法でボンってなっても、原型さえ留めていれば私が蘇生魔法を使ってあげるわ!」
「ほう。プリーストはレベルが上がりにくいと聞くが、スキルを全部取っているとは凄いじゃないか。それほどのアークプリーストが、どうしてこの駆け出しの街にいるんだ?」
「よくぞ聞いてくれました! 超優秀な私は、初期のスキルポイントでまず宴会芸スキルを全部取り、それからアークプリーストの全魔法も習得したわ。でもまだレベルが高いわけじゃないし、こう見えて駆け出し冒険者なのよ。超優秀ですけど!」
「そういえば、アクアはステータスもやたらと高いですよね。この街にいるのは私も不思議に思っていました。王都とか、もっと激戦区にいてもおかしくないくらいの実力ですよ。……いえ、同じパーティーの仲間とはいえプライベートを詮索するつもりはありませんので、話したくないのなら答えなくても良いのですが」
「残念だけど、いくら同じパーティーの仲間とはいえこればっかりは話せないわね。でも例えるならそう……私は勇者を導く女神で、ヘッポコ勇者なカズマが魔王を倒せるように鍛えてあげる、そんな使命を背負っているのよ」
「「そうなんだ、凄いね!」」
「あれっ? ねえなんで二人とも笑ってるの? 私、結構凄い告白をしたと思うんですけど」
三人は、今日初めて出会ったとは思えないほど打ち解けた様子で談笑している。
波長が合うらしい。
「そうだわ! せっかくパーティーを組むんだし、乾杯しましょう! すいませーん、キンキンに冷えたクリムゾンビアーを……」
「……ん。めぐみんはまだ、酒はやめておいた方が良いのではないか?」
「何を言っているんですか、私だってお酒くらい飲めますよ! 乾杯でしょう? 良いですよ、是非やりましょう! 私だけ仲間外れにしないでください!」
「カズマさーん、ねえカズマさんったら! あんたはまだお酒って飲んだ事なかったけど、どうする? せっかくの乾杯なんだし、ここは」
「……俺はネロイドで良い」
「何よ、ノリが悪いわね!」
「ほら、カズマもこう言っている事だし、めぐみんもネロイドにしておけ。すまないが、クリムゾンビアーを二つとネロイドを二つ頼む」
「あっ! どうしてそんな意地悪をするのですかダクネス! 私を子供扱いしないでくださいよ、そろそろ結婚できる年齢なんですよ!」
「い、いや、これは意地悪しているわけでは……」
めぐみんに掴みかかられたダクネスが困ったような顔をし、アクアが酒が来るのを待って嬉しそうにする中。
俺はポツリと。
「…………どうしてこうなった……?」
酒場を出る頃にはすっかり日が暮れていて。
調子に乗ったアクアの宴会芸で、酒場は盛り上がり騒がしかったから、外の静けさに夢から覚めたような心地になったり。
俺は酔っぱらってフラついているアクアを支えてやりながら。
「あっ、そうだ。おいめぐみん、お前、忘れずに毛布を買っておけよ? 買うのを忘れたら今夜は毛布なしで寝てもらうからな」
「分かっていますよ。まったく、カズマはこんな小さな女の子にも容赦がないですね」
「おい、冒険者で、同じパーティーの仲間だって言っておきながら、年齢や性別で贔屓してもらえると思うなよ? 俺は必要とあらば女の子相手でもドロップキックを食らわせられる男女平等主義者。仲間なんだから報酬は等分だし、もちろん負担も苦労も等分だからな。女だからなんて理由では甘やかさないぞ」
「……むう。なんでしょう? すごく下衆い事を言われている気がするのに、一人前として認められている気がして嬉しいようなこの気持ちは……」
「……ん。私とパーティーを組んだ事で、めぐみんも目覚めたという事は……」
「それはないです」
横から何か言ってきたダクネスが、めぐみんの言葉にしょんぼりし。
気を取り直したように、俺の方を見て言ってくる。
「それにしても、毛布を何に使うんだ? 泊りがけのクエストを請ける予定でもあるのか? いや、昨夜は街にいたはずだし……」
「俺達は馬小屋で寝てるからな。場所は貸してもらえるが、毛布なんかは自前なんだよ」
「馬小屋? う、馬小屋だと……!?」
俺の言葉に、なぜか驚愕したらしいダクネスの反応に俺はビビり。
「な、なんだよ。馬小屋で寝泊まりなんて冒険者の基本だろ? そんなに驚くような事か?」
「いや、すまない。そうではないのだ」
「……えっと、馬小屋もそれほど悪いところではありませんよ。確かに多少、臭いはしますが、掃除はしてありますから馬糞が落ちているような事もありませんし、今の時季ならそんなに寒くもないですから」
ダクネスが、『幼気な少女』が馬小屋に寝泊まりする事を気にしていると思ったのか。
めぐみんがフォローするように、そんな事を言う。
そんなめぐみんにアクアが。
「めぐみんめぐみん、最近は馬車を使う人達が宿に泊まる事が少なくなってきたから、掃除も行き届いているけど、ちょっと前までは馬と一緒に寝る夜も多くて、そういう時は馬糞の臭いであんまり寝られなかったりしたのよ!」
「おいやめろ、今そんな話はどうでもいいだろ。せっかくめぐみんが悪いところじゃないって言ってくれてるんだから、黙って乗っかっておけよ!」
「何よ! カズマだって最初のうちは臭くて寝られないとか、藁束がチクチクして寝られないとか、私の寝言がうるさくて寝られないとか、文句ばっかり言ってたくせに! 言っとくけど、アークプリーストは寝言なんか言わないからね」
確かに文句は言ったが、今その話を持ち出さなくても……。
と、そんな話をしていると、めぐみんまでもが。
「……あの、借りている身であまり文句を言うものでもないと思うのですが、敷き布が傷んでいて寝心地が悪いので、この際だし私が買い替えても良いですか? 毛布と一緒に買ったら割引してもらえると思うのですが」
「いいわね! せっかくめぐみんも同じところで寝る事になったんだし、どうせなら寝心地の良いやつを買いましょう、そうしましょう!」
「おい二人とも、やめろって! さっきからダクネスの表情がどんどん強張っていってるのが見えないのか? よく分からんが、馬小屋で寝るのはダクネス的には駄目らしいぞ。あんまりその話はしない方が良さそうだ」
二人に小声で耳打ちしながらダクネスの方を見ると、ダクネスはプイッと視線を逸らす。
表情があまり変わらないので何を考えているのかよく分からないのだが、どことなく怒っているような気がする。
そんなダクネスが、俯きながらブツブツと……。
「そ、その、あまり私の入れない話題はしないでもらえると、仲間外れな疎外感がなくて良いのだが……」
何か言っていたが、小さな声だったのでよく分からなかった。
*****
「くしゅ!」
キャベツ狩りの翌日。
ギルドの酒場にて。
定食を食べながら、めぐみんがくしゃみをして身震いし。
「……まったく! カズマが本当に私から毛布を奪うとは思いませんでしたよ!」
「おい、人聞きの悪い事を言うなよ。お前が朝になったら毛布の端っこからはみ出してたのは、アクアの寝相が悪かったからであって俺のせいじゃない。それに毛布を買ってこいってあれほど言ったのに買ってこなかったのはお前じゃないか」
「ですから、良い毛布が見つからなかったと言ったではないですか。そこそこ高い買い物ですし、長く使う事になるでしょうから、出来れば良いものを買いたいのです。昨日は日が暮れてから探し始めたので、時間が足りなかったんですよ」
「ほーん。なら俺も今日はそれに付き合おうかな。敷き布は俺も使う事になるわけだし、口を出す権利くらいあるはずだ」
「いいですけど、お金を払うのは私ですから、決定権は私にありますからね」
「別に俺は拘らないよ。ていうか、お前、金あんのか? 溜めてた宿代を払ったら一文無しになったって言ってなかったっけ?」
「一文無しとまでは言ってませんよ! ……数日なら馬小屋で暮らしていけるくらいのお金はあります。それに、結構な数のキャベツを狩りましたから、そのうち報酬が貰えるはずなのです」
「……なんでキャベツにそんな価値があるのかが俺には分からんのだが」
と、そんな話をする俺達の横ではアクアが。
「ここからここまで、全部持ってきてちょうだい」
似非セレブ丸出しな感じでバカみたいな注文をするアクアに、俺は。
「……おい、そんなに大量に注文して大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まってるでしょ。あんぽんたんなカズマさんには実感が湧かないかもしれないけど、キャベツ狩りって言ったら絶対に当たる宝くじみたいなものなんだから。ギルドから報酬が支払われたら、私達もきっと大金持ちよ。あっ、ねえねえ、キャベツ狩りの報酬は等分じゃなくて、取れ高制にしましょうよ。私は頑張って沢山捕まえたんだから、その分の報酬が貰えないと不公平よ」
キャベツの収穫量は、四人の中だと俺が一番で、アクアが二番。
だからそんな浮かれた事を言いだしたのだろうが……。
「俺は別に構わないが……」
「私も構いませんよ。爆裂魔法でモンスターの群れを吹き飛ばしただけで十分満足です。でも壁役のダクネスはああいう事には不得手ですから、取れ高制というのはそれこそ不公平だと思うのですが」
俺の視線に、めぐみんがそう答えた、そんな時。
「……ん。私も構わないぞ」
丁度、俺達のテーブルに歩み寄ってきたダクネスがそう言った。
今日は、鎧を脱いで脇に抱え、秋にしては少し冷たい風が吹くからか、厚手の服を着こんでいる。
「おはようございますダクネス」
「……お、おはよう」
「おはよー。すいませーん、クリムゾンビアーを……」
「おは……おい、流れるように酒を頼むな! この時間から飲む気か!」
俺が、挨拶した直後に酒を頼もうとするアクアを引っ叩いて黙らせる中、ダクネスが苦笑しながら席に着く。
「お前達はいつも騒がしいな」
「なんだよ、うるさいのは俺じゃなくてコイツの方だからな。注意するならアクアにしてくれ」
「いや、そうではない。その、……こういう空気は私も嫌いじゃない」
「そ、そうか……」
と、俺とダクネスがなんだかもごもごしていると。
「ちぇー、しょうがないわね! ネロイド四つくださーい! 今日は、いずれ大金持ちになるこのアクア様が奢ってあげるわ!」
……キャベツを狩ったくらいでコイツは何を調子に乗っているのか。
「……ん。待たせてすまない」
鍛冶屋から出てきたダクネスが、そう言って微笑む。
――朝食を終えて。
ダクネスが鎧を新調するために鍛冶屋に行きたいと言い、めぐみんも毛布を探すと言うので、俺達は二人にくっついてきていた。
「三人はこれからどうするんだ? 確か、毛布を探すと言っていたが……。その、迷惑でなければ私もついていって良いだろうか?」
ダクネスのそんな言葉に、俺達は顔を見合わせ。
「別に良いけど、そっちこそ迷惑じゃないのか? 昨日はあれだけボコボコにされてたんだし、ゆっくり休んだ方が良いんじゃないか」
そう。パーティーを結成した初日だが、ダクネスがダメージを受けていた事や、めぐみんが買い物をしたがっていた事などから、今日は休みと決めていた。
キャベツ狩りで高額な報酬を貰えるらしく、焦ってクエストを請けなくても良いという事情もあり。
「カズマさんカズマさん、私もう歩きたくないんですけど」
アクアがバカみたいに大量の注文をして、腹がはちきれんばかりになっているという事情もあり……。
…………。
「お前はバカなの? バカ界の星なの? そのうち馬小屋に『ここにバカの神様が御座します』って看板が出されて、信者が詣でてくるの?」
「そ、そんなにバカバカ言う事ないじゃない……!」
「おいカズマ、弱っているところに追い討ちを掛けるのはやめてやれ。どうしてもと言うなら、私を強めに罵れば良いだろう」
半泣きで力なく言うアクアの背中を、労わるように撫でているダクネスが、そんな事を言う。
良いだろうの意味がまるで分からないのですが。
「あっ、ダクネス! やめてダクネス! 今背中さすられたら出ちゃう……! ……うっぷ……」
「……あの、アクア。やっぱりカズマが言っていたように、ギルドで休んでいた方が良かったのではないですか?」
「い、いやよ……。皆で使う毛布を買うのに、私だけ仲間外れにしないでよ!」
涙目で駄々を捏ねるアクアに俺は。
「ああもう、しょうがねえなあー! 毛布とか売ってる店だろ? ちょっと遠いけど、俺が背負っていってやるから……」
「……カズマったらバカなの? 今お腹を圧迫されたらどうなるかくらい分からないの?」
この野郎。
と、前屈みになっているアクアを睨む俺の袖を、めぐみんがくいくいと引っ張り。
「何を言っているのですかカズマ、店はすぐ近くにありますよ。本当はいろいろな店を回るつもりだったのですが……」
「……何言ってるんだ? 商店街はあっちだろ」
「いえ、私の目的地はあっちです」
俺と逆方向を指さすめぐみんに、俺はアクアと一緒に首を傾げた。
「こっちにも商店街があったんだな」
俺が街並みを見ながらそんな事を言うと、ダクネスが振り返って不思議そうに。
「カズマは冒険者なのに、冒険者街を知らないのか? 今までどこで買い物をしていたんだ?」
「いや、あっちの方にも商店街があるだろ? 俺の泊まってる宿が向こうにあるから、買い物はそこでしてたな」
「市民街の方だな。冒険者はあまりあちらには行かないものだが」
ダクネスの言葉に、俺が不思議そうに首を傾げていると、めぐみんが訳知り顔で。
「冒険者は基本的に気性が荒いですし、すぐに暴力沙汰を引き起こしますからね。そうなった時、力のない一般市民が巻き込まれないように、多くの街では冒険者の区画とそうでない市民の区画とを分けているのですよ。別に出入りを制限しているわけではないですが、必要がない限りはそれぞれの領分を侵さないものなのです。カズマ達は最近まで市民の区画にいたようですから、冒険者達が悪魔退治に躍起になっていた事も知らないでしょう?」
「悪魔退治? なんだそれ、さすがにそんなのが近くに出たってんなら俺達も気づいただろ」
「何を隠そう、その悪魔を仕留めたのはこの私の爆裂魔法なのです!」
…………。
俺が無言でダクネスの方を見ると。
「……あ、ああ。一時期ギルドでも噂になっていたぞ。そうか、爆裂魔法で悪魔を倒したアークウィザードというのはめぐみんの事だったんだな」
「ちょっと待ってくださいよ、今のやりとりはどういう意味ですか! おい、私の爆裂魔法の威力が信じられないと言うんなら、この場で見せつけてやろうじゃないか」
「おい待て! 分かった、よく分からんが、お前は悪魔を倒したんだな! やるじゃないか爆裂魔法!」
俺が慌てて取りなすと、めぐみんは口を尖らせながらも満更ではない様子で。
「そうですよ、爆裂魔法は最強魔法。……まあ、あの悪魔を倒せたのは私一人の力というわけではないのですが……」
何か言っていたが、後半は声が小さくてよく聞こえなかった。
……俺は難聴系主人公ではないはずだが、最近こんな事が多い気がする。
めぐみんとダクネスがなんだか呆れた顔をしているので、俺は隣をフラフラ歩くアクアに。
「なあ、悪魔が出たって話だけど、お前知ってたか?」
「……んー? そういえば、土木工事をしてる時に、なんかでっかい黒いのが飛んできたわね。私がちょっと弾いてやったら逃げていったけど」
「誰がゴキブリの話をしろと言った」
どうやらアクアも知らないらしい。
アクアは俺の言葉に、何か言い返そうとしていたが、唐突に目を見開いて両手で口を押えた。
……波が来たらしい。
先を行くめぐみんとダクネスはすでに店に着いていて、店先で毛布を手に何か話し合っている。
「これなんかどうでしょう?」
「……そ、素材は悪くないが、その柄は……」
「こっちもなかなか良いですね!」
「な、なあめぐみん、その毛布に包まって眠るんだろう? 生地は悪くないようだが、もう少し大人しい柄の方が良いんじゃないか?」
「何を言っているんですか? 素材はもちろんですが、私は柄の良さで選んでいるんですよ。……なんですか、私のセンスに何か文句でも?」
「い、いや、そういうわけではないのだが」
「まあ良いではないですか。別にダクネスが使うものではないのですから」
「そ、そう……だな……」
「…………。……もちろん、ダクネスも使うつもりでいるのなら、意見を聞き入れない事もないですけどね! ちなみにダクネスはどんなのが良いんですか?」
「……! そ、そうだな! ……その、こんなのはどうだろうか?」
「…………今の話はなかった事にしましょう」
「!?」
「カズマー、早く来てくださいよ! 私達で選んでしまいますよ!」
俺は店先から呼びかけてくるめぐみんに。
「ちょっと待ってくれ。アクアが動かなくなった」
*****
その夜。
いつもの馬小屋にて。
「……おおっ。前のより格段に寝心地が良いな! 変な柄だけど、暗いからよく見えないし」
「おい、私達の選んだものに文句があるなら聞こうじゃないか」
「いや別に。そういやお前ら、いきなり仲良くなってたけど、なんの話をしてたんだ?」
「それは内緒です。すぐに分かりますよ」
「なんだそりゃ?」
俺の質問にめぐみんは答えようとせず。
暗い馬小屋ではよく分からないが、楽しそうに笑っているようだが……。
「ねえカズマさん、朝に食べすぎたからってお昼と夜を抜いた結果、お腹が空いてきたんですけど」
「我慢しろ」
胃の中身が消化されたらしくバカな事を言いだすアクアに俺が即答していると。
「あ、こっちですよ!」
そう言って、めぐみんが手を……。
……?
前にも似たような事があった気がするが。
俺が首を傾げていると、馬小屋の入り口に立っていた人影が、足早にこちらに近づいてきて。
「……す、すまないが、私もここで寝させてもらって良いだろうか?」
「あれっ? ダクネスじゃないか、何やってんだ? お前は自分の宿があるんだろ。金があるんだったら、わざわざ馬小屋なんかで寝なくても良いじゃないか」
「ちょっとカズマ、何言ってんのよ! ダクネスが言いにくそうにしてるのが分からないの? ダクネスにだって、馬小屋に泊まらないといけない事情があるのよ。ほら、ね? 分かるでしょう?」
俺にだけこっそり話しているつもりのアクアの言葉はダクネスにも聞こえているようで、いたたまれなさそうに俯くダクネスに、俺は。
「……なるほど。藁束の寝心地を想像して興奮したのか? 残念だが、敷き布があるからそんなにチクチクしないぞ。買い替えたばかりだしな」
「違うわよ、お金がないの! きっと宿泊費を滞納して宿を追いだされたのよ! 私達は仲間なんだから、余計な事を言わないで受け入れてあげましょうよ」
「い、いや、そうではなく……。金はそれなりに持っているし、……だが、そうか、チクチクしないのか」
ダクネスはなんだかモジモジしながら、残念そうにそんな事を……。
「どっちも違うっていうんなら、なんでこんなとこに来たんだ?」
「……ん。その、私は冒険者というものにずっと憧れていたんだ。これまでは金に困っていたわけでもないから普通の宿に寝泊まりしていたが、冒険者というのは馬小屋で生活するものだろう? お前達とパーティーを組む事になったのだし、これも良い機会だと思ってな。生活の中でお互いの呼吸を掴む事で、戦闘中の連携もしやすくなるだろう」
ダクネスがそんな、どこかで聞いたような事を言うので、俺はすかさずツッコんだ。
「それはめぐみんの入れ知恵か?」
「……!? い、いや…………、そう……です……」
俺の言葉に、ダクネスは恥ずかしそうに目を逸らす。
ダクネスは馬小屋で寝る事をあまり良く思っていなかったんじゃないのか?
「……よく分からんが、いちいち俺が許可を出すような事でもないし、ここで寝たいんなら寝たら良いんじゃないか? ちょっと詰めれば四人くらいは寝られるだろ。そういえば、毛布は持ってきたか? この間はめぐみんが毛布もないくせにやってきて、俺が寒い思いをしたからな。お前が同じ轍を踏むっていうなら、今度こそ俺は譲らないぞ」
「…………、すまないが毛布は持ってきていない」
「いや、今背中になんか隠したのはなんだよ? いいからさっさと出せ! 寒い思いをしたいのか!」
「むしろご褒美だ……!」
ダクネスがどうしようもない事を言いだした、そんな時。
「おい、うるせーぞ! またお前らか!」
「「「「す、すいません!」」」」
――そんな感じで、俺達は馬小屋で寝泊まりするようになった。
・市民街と冒険者街
独自設定。
『爆焔』3巻の件をカズマとアクアが知らない理由として編み出した妄想。
・馬小屋で寝泊まり
『祝福』1巻p189、アクアの発言「皆で馬小屋で寝泊まりしている」から。
ちなみに『祝福』2巻p11のめぐみんの「二人とも早いですね」という待ち合わせっぽい発言から、この時点で二人は別の場所で寝起きしているので、寒くなったらベルディアの討伐報酬で二人は宿に移った模様。
別にツッコまれたから急遽書いたわけじゃないんだからね。