このすばShort   作:ねむ井

19 / 57
『祝福』1,2、既読推奨。
 時系列は、2巻2章の前。


このどん底冒険者に光明を!

 ――ある日の昼下がり。

 冒険者ギルドの酒場にて。

 冬将軍に首ちょんぱされ、まともなクエストを請ける事が出来ない俺は、昼間から酒を飲んでダクネス相手に管を巻いていた。

 

「畜生! 俺達は街を救った英雄なんだぞ? 魔王軍の幹部を倒したんだぞ? それなのに、この仕打ちはなんだよ? 借金背負わせた上にクエストでちょっと失敗したからって毎回毎回報酬から天引きしやがって! ああクソ、こんな事なら真面目に戦うんじゃなかった。アクセルの街なんかベルディアに滅ぼされれば良かったんじゃないか?」

「お、おい、借金が返せなくて焦る気持ちは分かるが、滅多な事を言うものじゃない。そんなに酔うほど飲むなんて、いくらなんでも飲みすぎではないか? ほら、もう酒はやめて水を飲め」

「いや、それほど酔ってないから気にしないでくれ。ただ愚痴らないとやってられないだけだ」

「そ、そうか……。いきなり冷静になられても困るのだが……。というか、酔っていないのに今の発言はどうなんだ?」

 

 ……金が欲しい。

 今でさえ雪精討伐なんていう割に合わないクエストをしなければならないのだから、このまま本格的な冬が来たら、駆け出し冒険者である俺達が出来るクエストは一つもなくなるだろう。

 いくら雪精の討伐報酬が美味しくても、死んでしまっては割に合わない。

 死んでしまっては……。

 ……。

 ……ふぅむ。

 

「なあなあ、冒険者の福利厚生ってどうなってるんだ? 危険な仕事なんだし、保険とかってないのか?」

「保険? 保険とはなんだ?」

 

 なんだと言われても俺も困るが。

 

「ええと、金に余裕がある時に、いろんな人が金を出し合って保管しておくんだ。それを、大怪我をしたり重病になったりした奴が、治療やリハビリのために使う。万が一に備えて、事前に金を払っておくっていうか……。そうすると、ほら、一人一人が支払うのは少ない金でも、十分な保障が受けられるだろ?」

「……ふむ。それはとても良い制度だと思うが、冒険者は基本的に貧乏だからな。金に余裕がある時というのがないし、それに危険が伴う仕事だから、怪我人の数が増えすぎて、すぐに金が足りなくなると思うぞ」

「やっぱりそうか。そういや、戦場に行ったりスカイダイビングしたり、危ない事をする時には保険が適用されないって言われてたしな」

「いきなりどうしてそんな事を言いだしたんだ? 保険というものがあったとしても、事前に金を払っていなければ保障を受けられるわけではないのだろう?」

「いや、俺達にはアクアがいるだろ? 生命保険に入っておいて、死んで金を受け取ってからアクアに蘇生してもらったらどうかと思ってな」

「お、お前という奴は……! それは詐欺みたいなものではないか!」

「みたいなも何も、俺の元いたところじゃ保険金詐欺って言われてたが。まあでも、本当に死んでるんだから詐欺ってわけでもないぞ」

「そういう問題ではない。せっかくの助け合いの制度を悪用するとは、恥を知れ!」

「な、なんだよ。実際にやったわけでもないし、そもそも保険制度もないんだからただの妄想じゃないか。そこまで怒る事もないだろ」

「……お前の現状には同情出来るところもあるが、金がないからと言って、何をしてもいいと思うなよ」

 

 俺はダクネスの小言に耳を塞ぎ。

 

「ああもう、借金はちっとも返せないし、アクアやめぐみんのせいで逆に増える勢いだし、このままじゃ冬越しも出来ずに凍え死ぬんだよ! 見ろ、あいつらを!」

 

 俺の指さす先を見たダクネスが、気まずそうに目を逸らす。

 そこには、暖炉の近くのテーブルを占拠し、他の冒険者に奢ってもらった酒で酔っぱらうアクアと、酒を飲んでいるわけでもないくせに近くの冒険者に絡んでいるめぐみんの姿が……。

 

「さあ次は! この瓶の中からビックリするものが出てきますよー」

「おいちょっと待て、その瓶には何も入ってないぞ。俺がさっき見たんだから間違いない。何も出てくるわけがない!」

「落ち着け。あのアクアさんの芸だぞ。きっと俺達の思いも寄らないビックリするものが……!」

「アクアさん、花鳥風月を! 花鳥風月をもう一度!」

「――いいですかリーン。魔法使いたるもの、最も大事なのは火力です。前衛が敵を止め、中衛がフォローし、魔法使いが圧倒的な威力の魔法でトドメを刺す。これが必勝パターンなのです。そして人類が到達し得る最大威力のスキルと言えば、そう! 爆裂魔法! というわけで、リーンも爆裂魔法を覚えてみてはいかがでしょうか。爆裂魔法以外に取得する価値のあるスキルなどありますか? いいえ、ありませんとも! さあ、私とともに爆裂道を歩もうではないですか!」

「え、えっと、その、あたしに爆裂魔法はちょっと荷が重いかなって……。あたしは紅魔族ほど魔力が高くないから一発も撃てないだろうし……。それに、こないだカズマの活躍を見てから、次は初級魔法を取るのもいいかなって思い始めてて……! ね、ねえダスト、この前の借金をチャラにしてあげるから助けてよ!」

「悪いなリーン。助けてやりてえが、俺はもうそいつらには関わらないと決めてるんだ……」

 

 …………。

 ……リーンが必死な様子でこっちを見ていた気がするが、気のせいだろう。

 

「アクアはともかく、めぐみんなんてちょっと前まで食うものにも困ってるみたいだったのに、今やあんなんだぞ。紅魔族は知能が高いって話はどうなったんだ? お前らはベルディアの討伐報酬を貰ってたし、俺達みたいに冬越し出来ないかもしれないなんて事はないんだろうけどな」

「ま、まあ、あの二人の事は仕方ない。お前が苦労している事は私が分かっている。お前は冬将軍に殺されて蘇生したばかりなのだから、今は余計な事を考えず英気を養うがいい。酒ばかり飲んでいると体に悪いぞ。私が頼んだものだが、これも食べたらどうだ」

 

 ダクネスが優しい口調で、労わるように料理を勧めてくる。

 俺は、そんなダクネスに。

 

「いやお前は何を言ってんの? どうして一人だけ俺の理解者みたいな顔をしていられるの? お前だって問題児の一人だって事を忘れるなよ。まったく、お前と来たら、モンスターの群れを見つけたら俺が止めるのも聞かずに突っこんでいきやがって! 毎回毎回、潜伏スキルで隙を突いてお前を助ける俺の身にもなってほしいもんだ!」

「そ、それは悪いと思っているが……! しかし、私はクルセイダーだ。モンスターからお前達を守るのが私の役目だ。率先してモンスターに突っこんでいくのは、むしろ正しい行動なのではないか?」

「ほーん? お前の言うクルセイダーの正しい行動っていうのは、モンスターに一方的にボコボコにされてハアハア言う事なのか? そりゃ俺だって、お前がモンスターと互角に渡り合って、何匹か倒してるんだったら文句は言わないよ。でもお前、攻撃が当たらなくて一方的にボコボコにされるだけじゃないか。いいか? 俺達が請けてるのは討伐クエストなんだよ。どこの誰が、モンスターにボコボコにされてきてください、倒さなくてもいいですなんてクエストを発注するんだ? お前がモンスターにボコボコにされたところで、誰も得をしない。隙を突いてモンスターを倒すなんて事も出来ない。俺達にはまともな攻撃方法なんかないんだからな。というか、めぐみんが爆裂魔法を撃とうとしても、お前を巻きこむから撃てないんだよ。潜伏スキルでこっそり近づいて爆裂魔法で一掃すればいいだけなのに、お前が勝手に突っこんでいくせいで、何度クエストに失敗してきたと思ってるんだ? なあ、パーティーのためになっていないどころか、むしろ邪魔しているお前の行動のどこが正しいのか、俺にも分かりやすく教えてくれよ、上級職のクルセイダー様?」

「うう……。す、すいません……」

 

 俺がネチネチと責めると、ダクネスは両手で顔を覆い……。

 

「…………んくう……っ!」

「……お前、責められてちょっと興奮したのか」

「し、してない。だがもう少し強めに罵ってくれても構わない」

「構わないじゃねーよふざけんなド変態」

「……! ……!!」

 

 ……もうコイツは放っておこう。

 酒でも飲まなきゃやってられんと、俺がジョッキを呷って、ふと横を見ると。

 俺とダクネスのやりとりを見ていたらしく、クリスがドン引きした様子で立っていた。

 

 

 *****

 

 ダクネスの隣の椅子に腰を下ろしたクリスは。

 

「……ねえダクネス、本当にこんなのにくっついてて大丈夫なの? まあ、悪い人ではないってのはなんとなく分かったけど、初対面でいきなりぱんつ脱がしてくるような男だよ?」

「おいやめろ。俺に聞こえないようにマジなトーンで忠告するのはやめろよ。ていうか、聞こえてるんだよ。お前、ミツルギにも俺の事をぱんつ脱がせ魔とか言ってただろ。俺の悪口をあちこちで言って回るのはやめろよな」

「だって本当の事じゃん」

 

 ……この野郎。

 

「よし分かった。そんなに言うなら俺がぱんつ脱がせ魔だって事をここで証明してやろうじゃないか。『スティー……』」

「や、やめろよぉ……」

 

 俺が片手を突きだすと、クリスは泣きそうな表情を浮かべダクネスの背後に隠れようとする。

 

「カズマ、ここは私に免じてそれくらいにしてやってくれ。クリスも、カズマはこう見えて、意外と頼りになるところもあるんだ」

「それは知ってるけど……。そういえば、あのベルディアを倒したんだってね? すごいじゃない」

 

 クリスがいきなり手のひらを返し褒めてくるが、俺は簡単に機嫌を直すような男では……。

 

「ま、まあ、それほどでもあるけどな。でもあれは、ダクネスがベルディアの攻撃に耐えてくれてたおかげだよ」

「……ん。私はクルセイダーだからな。お前達を守るのが私の役目だ」

 

 クルセイダーとしての活躍を褒められたダクネスが、恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに口元を緩ませる。

 

「そっか。なんだかんだ言って、仲間らしくなってるんだね。ダクネスの事は心配していたから、あたしも嬉しいよ」

 

 そう言って嬉しそうに笑うクリスに、ダクネスは。

 

「ああ、あれは凄まじい戦いだったな。あれほどの攻撃を受けたのは初めてだ。……素晴らしかった。それに、あやつはやり手だったな! 私の鎧を一思いに斬るのではなく、少しずつ削り取っていき……。そ、そうだ。それに、私がベルディアに責められている間、背後からカズマにも言葉で責められ……! その上、クリエイトウォーターで頭から水ぶっかけられて……! …………んくうっ……!」

「ダ、ダクネスが……、あたしのダクネスがこんな……! キミってば、一体ダクネスに何をしたのさーっ!」

 

 いきり立つクリスが、テーブルに身を乗りだし俺の胸倉を掴む。

 

「おおお、落ち着け。俺は何もやってないよ。こいつは元からこんなもんだった。一応言っておくけど、言葉で責めたってのはダクネスがわけの分からない事を言いだしたからちゃんとやれって言っただけだし、クリエイトウォーターを使ったのは敵の足止めのためで、ダクネスには無害だって分かってたからだぞ。それに、あれのおかげでベルディアの弱点が水だって分かったんだから、俺は怒られるどころか褒められてもいいと思う」

「まあ、冬将軍に殺された時も最期まで皆の事を心配してた事は知ってるから、キミが狡すっからくて陰湿なだけの人じゃないってのは分かってるつもりだけどね? そういうのはもう少し控えた方がいいと思うよ」

「……? どうしてクリスが、俺が冬将軍に殺された事を知ってるんだ?」

 

 冬将軍に殺されてから、クリスに会うのはこれが初めてのはずだが。

 俺の質問に、クリスはなぜか焦りだし。

 

「そそそ、それはほら、あたしって盗賊だからさ! 日々の情報収集は欠かさないっていうか、これでもいろんな人から噂を聞いてるんだよ!」

 

 盗賊だからというのはよく分からないが、俺も冒険者から情報収集をしていたし、そういうものなのだろう。

 

「そ、そういえば、ダクネスの事を探してたんだよ。少しの間、街を離れる事になってさ。今日はダクネスにその挨拶をするために来たんだよ」

 

 ……なんだか露骨に話を逸らそうとしている気もするが。

 

「街を離れるとは、どこへ行くんだ? クリスは以前から、たまに姿を消してしばらく帰ってこない事があったな。一体どこで何をやっているんだ? これから冬が始まるというのに、アクセルの街を離れて大丈夫なのか?」

「あたしの事は大丈夫だから、心配しないでよ。ちょっと、昔お世話になった先輩に、理不尽な無理難題を押しつけられちゃってさ。その後始末のために出掛けないといけないんだ。しばらく留守にするけど、ダクネスはもうあたしがいなくても大丈夫だよね?」

「そ、そうだな、今はカズマ達がいるから……」

「いやちょっと待て。なんかそのやりとりは死亡フラグが立ってる気がするんだが、本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ! 変な事言わないでよ。心配しないでも、すぐに帰ってくるってば。キミはあたしの事より、自分の事を心配した方がいいんじゃないかな? いくら冒険者だからって、もう冬将軍と戦うような危ない事をしちゃ駄目だよ」

「俺だって好きであんなおっかない奴と戦ったわけじゃないよ。というか、冬の間は危険なモンスターしか出歩いていないっていうし、出来ればクエストなんか請けずに街でじっとしていたいんだけどな」

「だったら、そうすればいいじゃん。危険なモンスターが活動している冬の間は、宿に篭ってのんびりするのが冒険者じゃないか」

「……金がない」

「え?」

 

 ポツリと呟く俺に、クリスが首を傾げる。

 

「金がないんだよ。ベルディアの討伐に一番貢献したって事で、討伐報酬を貰える事になったが、アクアが洪水を起こしたせいで街に被害が出て、その弁償のために借金背負わされてんだ。そのせいでクエストを達成しても報酬を天引きされるし、どいつもこいつも面倒ばかり起こすからクエストをまともに達成出来ないし、宿に篭るための金がない。未だに馬小屋で寝起きしてるんだぞ。俺だって危険な冬のモンスターなんて相手にしたくないが、クエストを請けて金を稼がないと、このままじゃ春になる前に凍え死ぬ」

「そ、そっか。キミも苦労してるんだね。……先輩は相変わらずだなあ……」

 

 クリスは苦笑しながら、困ったようにぽりぽりと頬の傷痕を掻いて。

 

「そんなにお金が要るのなら、冬の間はクエストじゃなく、ダンジョンに潜ればいいんじゃないかな?」

「ダンジョン? その話、詳しく」

 

 俺はテーブルの対面に座るクリスに向かって身を乗りだす。

 クリスが、俺が身を乗りだした分、身を引きながら。

 

「詳しくって言われても。キミは借金を早く返したくて、お金が欲しいんだよね? それで、手頃なクエストがなくて困ってるって言うんなら、クエストを請けるんじゃなくてダンジョンに潜って財宝を探してみたらどうかなって思ったんだよ。盗賊の罠発見と罠解除のスキルなら、これからあたしが教えてあげても良いよ。とりあえず、それだけあれば初心者向けのダンジョンなら困る事はないんじゃないかな」

 

 そんなクリスの言葉に、俺はふと思いついた事を聞いてみる。

 

「……なあ、盗賊には暗いところで目が見えるようになるスキルってないのか?」

「……? そうだけど、それがどうかしたの?」

「俺はこないだ、アーチャーの《千里眼》ってスキルを教えてもらったから、暗いところでもある程度は見えるようになったんだが。暗いところを見通せるスキルって、アーチャーよりも盗賊が習得しそうなもんじゃないか? 《暗視》とか《夜目》とか、そんなスキルはないのか?」

「そんなのがあったらあたしも取りたいけど、盗賊のスキルに暗いところを見通せるスキルはないよ」

「……この世界、本当にロクでもないな。ゲームだったらクソゲーだぞ絶対」

 

 なんだろう、一昔前のゲームバランスが壊れているRPGを思いだす。

 しかし逆に言えば、暗いところを見通す事が出来て盗賊職のスキルも使えるというのは、冒険者だけの特権なわけだ。

 これまで、最弱職とバカにされたり、ステータスが低いせいで戦闘では活躍できなかったりしたが。

 ついに俺の時代が来るのかもしれない。

 

「よし、クリス。ここの代金は俺が持つから、罠発見と罠解除のスキルを教えてください!」

 

 

 *****

 

 

 スティールを教わった時のように、冒険者ギルドの裏手に行くのかと思っていたが、街中で罠を使うのは危ないからというクリスに連れられて、俺とダクネスは街の外までやってきていた。

 酔いつぶれたアクアのお守りは、今日はもう爆裂魔法を使ってしまっためぐみんに任せてある。

 

「カ、カズマ君、そんなに気にしなくていいよ! あたしは気にしてないからさ!」

「そうだぞ! その、ほら、私達は仲間ではないか。お前のために金を立て替えるのは、仲間として当然の事だ!」

 

 クリスに酒を奢ると言ったのに、金がなくて奢れず、落ちこむ俺を、二人が口々に励ましてくれる。

 

「べべべ、別に気にしてねーし! クリスには今度、ダンジョンで財宝を見つけたらちゃんと奢るよ! それでいいだろ! 早くスキルを教えてくれ!」

「あはは、期待しないで待ってるよ……。それで、罠発見と罠解除のスキルだね。えっと、どうしようかな? 冒険者にスキルを教えるには、実際にやってみせないといけないんだけど、罠発見は自分で罠を仕掛けてみるわけには行かないし……。自分で仕掛けた罠を自分で発見するっていうのもおかしいだろ?」

「それもそうだな。じゃあ、俺が罠を仕掛けて、クリスがそれを見つけるってのはどうだ?」

「キミが? キミ、罠設置なんてスキル持ってるの?」

「スキルは持ってないが、ワイヤーとか貸してもらえれば、簡単な罠なら仕掛けられると思うぞ」

「ふーん? このクリスさんに、スキルも持ってないキミが罠を仕掛けるって? いいだろう、その挑戦、受けて立とうじゃないか!」

 

 俺の提案に、クリスが胸を張ってそんな事を……。

 …………。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。この流れは嫌な予感がするんだが、大丈夫か?」

「……うっ。だ、大丈夫だよ。あたしもちょっと嫌な予感はするけど、罠設置に幸運のステータスは関係ないはずだし、それに罠を仕掛けるだけなら変な事にはなりようがないよ」

「というか、俺の事をぱんつ脱がせ魔だなんだと言ってたが、よく考えてみれば勝負を吹っかけてきたのはお前の方じゃないか。確かに下着を盗んだのは俺が悪かったが、勝負の結果に後からグダグダ言うのはどうかと思う」

「わ、分かったよ! もしも今回変な事になっても、お互い恨みっこなしって事にしよう!」

 

 罠を仕掛けるならば見通しの悪い場所の方がいいだろうという事で、俺はクリスにワイヤーやなんかの罠を仕掛ける道具を借り、ダクネスとともに森の中に入る。

 森の浅いところなら危険なモンスターも出ないし、もしもの時はダクネスに守ってもらえる。

 

「もしもの時は頼むぞダクネス。俺はモンスターにボコボコにされているお前を置いて逃げ、クリスを呼んでくるからな」

「私はクルセイダーだし、それは構わないのだが、容赦なく置いていくと言われるとなかなかに来るものが……! ……んっ……!」

「……想像して興奮したのか」

「し、してない」

 

 身震いする変態は放っておいて、とりあえず足元の草を結んでみる。

 

「…………」

 

 つま先を引っかけて転ぶという簡単な罠だが、これだけではすぐに見つかってしまうだろうし、つまらない。

 俺はクリスから借りたワイヤーやなんかを取りだして……。

 と、作業を始める俺に、ダクネスが。

 

「お、おいカズマ? 罠発見のスキルを見せてもらうだけなのだろう? そこまで本格的に罠を仕掛けなくても……」

「何言ってんだ。勝負なんだから、やるからには勝つつもりでやるに決まってるだろ。俺は本気でクリスを引っかけようとし、クリスはそれを本気で見破ろうとする。それでこそ、スキルのいいところも悪いところも分かるってもんだ。罠なんてそこら辺に仕掛けられてるわけないから、罠発見のスキルを使うのはダンジョンの中でぶっつけ本番って事になる。だから今のうちに、スキルの特性や弱点を知っておきたいと思ってな。よく知らないスキルを使って、ダンジョンの中でピンチになったらどうしようもないだろ?」

「そ、そうか。カズマがそう言うのなら、私からは何も言うまい。モンスターが来ないか見張る事に専念するとしよう」

 

 ――しばらくして。

 俺に呼ばれて森に入ってきたクリスは。

 

「……ね、ねえ、結構しっかり準備してたみたいけど、これって罠発見スキルを見せるだけのはずだよねえ? というか、すでに見えてるだけでもかなりの数の罠があるのはどういう事かな? ダンジョンにだってこんなに大量の罠はないと思うよ」

「そんな事言われても、勝負って言うから勝つつもりでやっただけだぞ。それとも、本職の盗賊のクリスさんは、最弱の冒険者でしかも罠設置スキルを持ってるわけでもない俺の罠にあっさり引っかかるほど間抜けなのか?」

「そこまで言われたら引き下がるわけには行かないなあ! 分かったよ、やってやろうじゃん。いくらキミが狡すっからくて陰湿でも、盗賊を簡単に罠に掛けられると思ったら大間違いだってところを見せてあげるよ! さあ、行ってみようか!」

 

 そう言って、クリスは用心深く俺が仕掛けた罠へと歩み寄っていく。

 クリスが最初に手を付けたのは、草を結んだだけの簡単な罠。

 まずは小手調べとでもいうつもりなのかもしれないが……。

 クリスが警戒しながら、結んだ草をダガーで切り、罠を解除すると。

 草に結びつけ、地面を通しておいたワイヤーが引っ張られ、木の枝に括りつけておいた袋の口が開いて、土や小石がクリスの頭上に降り注いだ。

 

「ふわあーっ!」

 

 土塗れになったクリスが悲鳴を上げる。

 

「そんな見え見えの罠が、ただの罠なわけないだろ。それは囮だよ。普通に引っかかっても転ぶだけだけど、無駄に警戒して草を切ると、連動してる土や小石の罠が発動するんだ。実はちょっと切れ込みを入れてあって、転んでさらに土や小石の罠が発動すれば一番良かったんだが。……罠発見で罠がたくさんあるってのは見えてたみたいだけど、どれとどれが連動しているとかは分からないみたいだな。なるほどなあ」

「ぺっ! ぺっ! なるほどなあじゃないよ! 罠発見のスキルを見せるって話なのに、あたしを引っかける事に全力なのはなんでかなあ!」

「ダンジョンの罠だって、侵入者を引っかけるために全力なんだぞ。そういう罠に対してスキルがどんな風に働くかを知っておくのは、冒険者として当然だ。それに、勝負って言ったのはクリスの方じゃないか。何が起こっても恨みっこなしって言ってたし、今さら文句を言うのはどうかと思う」

「それはそうだけど。……でも、ダンジョンの罠はあたしの裏を掻いて発動したりしないんじゃないかなあ? ねえ、本当にキミ、罠設置のスキルは持ってないんだよね? 罠を解除したら発動する罠なんて、初級ダンジョンの罠よりよっぽど凶悪だよ」

「そんな事より、早くスキルを見せてくれよ。まだまだ罠はあるんだからな」

「わ、分かったよ。……ううっ、こ、これはそのまま解除していい罠かな? いや、裏を掻いて……、その裏を掻いて……? ……ふわあーっ!」

 

 疑り深くなったクリスが悩んでいる間に、範囲内に誰かが入ると時間経過で発動する罠が発動し、クリスが逆さ吊りにされて悲鳴を上げた。

 

「ダクネス! 助けてダクネース!」

「ま、待っていろクリス。今助けに……ッ!」

 

 クリスを助けに行こうとするダクネスが、草を結んだ罠に引っかかって転ぶ。

 ……冒険者カードを見ると、すでに罠発見も罠解除も習得出来るようになっていたが、面白そうなのでもう少し見守っていよう。

 

 

 *****

 

 

「うっ、うっ……。変な事になりようがないって言ったのに……。言ったのに……!」

 

 ――アクセルの街への帰り道。

 土塗れになってボロボロのクリスが、ダクネスに背負われながら泣き言を言っていた。

 

「だから、悪かったって言ってるだろ。それに、あんな事になるなんて、誰にも予想出来るわけないじゃないか。恨みっこなしって言ったのはお前なんだから、いい加減グダグダ言うのはやめろよな」

「それとこれとは話が違うよお……!」

 

 いろいろとひどかった。

 俺が事前に想定していた以上に、クリスは狙い通りに罠に引っかかり……。

 そんなクリスをダクネスが助けようとするのだが、俺が罠を仕掛けるところを見ていたくせに、なぜかダクネスまで罠に引っかかって、クリスが巻きこまれ……。

 最後には、クリスのホットパンツが脱げかけたりもしていた。

 ありがとうございます。

 ……ひょっとすると、俺には罠を仕掛ける才能とかがあるのかもしれない。

 しかし、モンスター相手には使えないし、仕掛けるのにも時間が掛かったから、実戦では役に立たないだろう。

 と、ボロボロのクリスと反対に、ほこほこしているダクネスが。

 

「それにしても……、あの草を結んだだけの罠はいいな。あんな簡単な作りの罠に、ああも簡単に引っかかるとは……。手軽に引っかけられる屈辱感が、またなんとも言えず…………んっ……! なあカズマ、またあの罠を仕掛ける気はないか?」

「ちょっとダクネス、何言ってんの? キミ、ダクネスに変な事を教えるのはやめてよ!」

「俺じゃねーよ! こいつはクリスとパーティーを組んでる時から、ずっとこんなだったよ!」

「そんなわけないじゃんか! ねえダクネス、本当にこの人と一緒のパーティーで大丈夫なの? ダクネスが正面から戦って負けるとは思わないけど、あたしも下着をスティールされたし、ダクネスも変な事されてない? さっきも罠に引っかけられてたし、嫌になったらいつでもパーティーを抜けていいんだからね? そうしたら、またあたしと組もうよ」

「おいちょっと待て。あれは事故だったって何度も言っただろ。それに、さっきの事は恨みっこなしとも言ってたじゃないか。盗賊職のクリスさんは、冒険者の俺の罠に引っかかりまくって泣き言を言うのか? 専門職として、それってどうなんですかねえ?」

「ぐっ……。わ、分かったよ! 今回の事については、もう何も言わないよ!」

 

 ダクネスに背負われたまま、クリスがぐぬぬとばかりに俺を睨みつけてくる。

 

「まあ、盗賊スキルも教えてもらったし、お前には世話になってるからな。金がないから奢ってやる事は出来ないが、アクアに治療してもらえよ」

 

 アクセルの街が見えてきた頃、俺がそう言うと、クリスは急にソワソワしだして。

 

「え、えっと、……そんな、このくらいのちょっとした怪我で、アクアさんほどのアークプリーストに治療してもらうなんて恐れ多いっていうか……。その、あたしは大丈夫だからさ!」

「……? いきなりどうしたんだ? あいつは確かにプリーストとしての腕だけは凄いが、そんなにありがたがるほどのもんでもないぞ。今だってどうせ、誰かに酒を奢ってもらって宴会芸を披露してるか、酔いつぶれて寝てるところだろうしな」

「キミはアクアさんに蘇生してもらったんだから、もっとありがたがってもいいんじゃないかな」

「つい最近、同じような事を俺に言ってきたダストっていう冒険者は、その日のうちに俺に泣いて謝ってきたぞ」

「……キミ、本当に何やってるのさ?」

 

 クリスはダクネスの背中から降りると、調子を確かめるように手首を振りながら。

 

「と、とにかく、怪我も大した事ないし、あたしは大丈夫だから! それに、そう、これから忙しくなるから、もう行かないといけないんだよ!」

「さっきまで、戻って酒を飲もうと言っていたのにどうしたんだ?」

 

 いきなりどこかへ行くと言いだしたクリスに、ダクネスが心配そうに聞く。

 

「そ、それは……。急用! 急用を思いだしてね!」

「今から移動するとなると、すぐに夜になってしまうが、大丈夫なのか? 転送屋を利用したらどうだ?」

「心配しないでよダクネス。あたし一人ならなんとでもなるからさ。そういうわけだから、あたしはもう行くよ! それじゃあね、カズマ君、ダクネス。少しの間、会えなくなるけど、二人にもよろしく言っておいてよ! カズマ君は、ダクネスの事をくれぐれも頼むよ。変な事をしちゃ駄目だからね」

 

 そう言って手を振り、クリスは立ち去っていき……!

 

 

 *****

 

 

「明日はダンジョンに行きます」

「嫌です」

「行きます」

 

 拒否するめぐみんに俺が即答すると、めぐみんが走って逃げようとしたので捕まえた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。