時系列は、11巻3章の後。
紅魔の里が魔王の娘の襲撃を受け、避難してきたこめっこが屋敷に泊まった翌日。
こめっこの無邪気さを利用したギルド職員に、塩漬けクエストを押しつけられ、ルーシーズゴーストを討伐した俺達は。
――夕方。
屋敷の庭にて。
「いつも思いますが、カズマは器用ですよね。それは鍛冶スキルのおかげなのでしょうか? それで、今度は何を作っているのですか?」
鶏小屋の近くで、ゼル帝とちょむすけと遊んでいるこめっこを不安そうにチラチラ見ながら、めぐみんがそんな事を聞いてくる。
俺は作業の手を止めずに。
「出来たら分かるから、それまで楽しみにしといてくれ」
「カズマがそんなもったいぶるような事を言うのは珍しいですね。そんなに面白いものを作っているんですか?」
「何を作っているか教えたら、そんなバカなものを作るのはやめろって言われそうだし」
「……そんな事を言われたら楽しみに待っていられないのですが。今はこめっこもいるのですから、おかしなものを作るのはやめてくださいよ」
「どっちかっていうと、こめっこがいるから作ろうと思ったんだけどな」
俺はそう言いながら、帰り道で見つけたものを組み合わせる。
竹である。
ルーシーズゴーストがいた廃教会から帰る途中、なぜか竹林があったので、ちょっと思いついて採ってきたのだ。
……なぜあんなところに竹林があったのかは分からないが。
「ねえカズマさん、それってアレよね?」
こめっこと遊んでいたアクアが、ゼル帝を抱えてやってくる。
「おっ、分かるかアクア。そう、これは……」
「水をちょろちょろ流していて、たまにコーンって鳴る風流なやつね!」
「ちげーよ! 流しそうめんだよ! いい感じの竹を見つけたから、こめっこが喜ぶかと思って作ってるんだよ」
「えー? コーンって鳴るあの風流な音を楽しみにしてたのに、私の期待をどうしてくれるのよ? それに、流しそうめんなんて夏に食べるものなんだから、今さらやっても仕方ないと思うの。いつもいつもバカみたいに騒いでないで、たまには大人っぽい雰囲気でコーンって鳴る風流な音を聞くってのはどうかしら?」
「お前、女神感謝祭の時は誰よりも騒いでたくせに何言ってんだ。大体、これはこめっこのために作ってるんだからな。お前こそ子供みたいな我が侭を言うのはやめろよ」
「こめっこちゃんのためなら仕方ないわね。コーンって鳴る風流なやつは、別の機会に作ってもらう事にするわ」
「いや、お前は何を言ってんの? 作るわけないだろ、そんなもん」
いきなりわけの分からない事を言いだしたアクアにツッコむが、アクアは気にせずこめっことの間合いを測っている。
……俺のところに来たのは、ゼル帝を追うこめっこから逃げるためだったらしい。
アクアはゼル帝を抱えながら。
「ね、ねえこめっこちゃん。ゼル帝は私のペットだから、かじらないでほしいんですけど。めぐみんの家が貧乏だっていうのは聞いてるけど、ウチにはたくさん食べるものがあるんだから、ペットを食べなくてもいいのよ」
「わかった」
「そ、そうよね! ……それじゃあ、ちょむすけをかじるのもやめてあげてほしいんですけど」
こめっこに抱かれたちょむすけは、頭に歯形を付けられているというのに逃げようともせず、ぐったりしている。
アクアに抱かれた時には、嫌がって爪を立てていたと思うのだが……。
と、ぐったりしたちょむすけを抱きかかえているこめっこが。
「お腹が空いた」
「!?」
こめっこは腹が減ったせいで手近なものに噛みついているらしい。
と、俺の作った流しそうめん装置を興味深そうに眺めていためぐみんが、こめっこの行動に気づき飛んできて。
「こめっこ! 何をやっているのですか! ゼル帝とちょむすけはこの家のペットだから食べてはいけないと言ったではないですか!」
「まだ食べてない」
「かじるのも駄目です」
「大変よカズマ。ちょむすけがピンチだわ。早くこめっこちゃんに美味しい流しそうめんを食べさせてあげないと」
「いや、まだ夕飯までは結構時間があるんだが」
「もうこの子には何も与えないでくださいよ。昼食をあれだけ食べて、ギルドでもいろいろ食べ物をもらっていましたし、さっきもおやつを食べたばかりなのですから。こめっこも、食べ物があるからといって無理して食いだめしようとするのはやめてください。せっかくカズマが大掛かりな準備をしてくれているのに、晩ごはんが食べられなくなりますよ」
「食べるから大丈夫」
即答するこめっこからちょむすけを取り上げながら、めぐみんは。
「大丈夫ではないですよ。あなたはお腹いっぱいになった経験があまりないですから、食べられなくなる事が想像できないのでしょう」
「……ねえカズマさん。あの子にお腹いっぱい食べさせてあげたいと思うのは間違っているのかしら?」
めぐみんの言葉に、アクアが涙を拭う振りをしながらそんな事を言う。
「気持ちは分かるが、夕飯を食えなくなったらそっちの方が可哀相だし、余計な事はするなよ。子育てには甘やかすだけじゃいけない事だってあるんだからな」
「何よ、私だって子供じゃないんだから、そんな事分かってるわよ。でも腹ペコな子供に流しそうめんってどうなの? 楽しく食べられるかもしれないけど、そうめんってあんまり満腹になった感じがしないと思うんですけど」
「それもそうだな。じゃあ付け合わせに天ぷらでも揚げるか。それとも、外で料理する機会なんてあんまりないし、この際だからバーベキューでもやるか?」
俺がアクアにそんな提案をしていると、横からめぐみんが。
「カズマがここまで準備をしてくれたんですし、今日は流しそうめんとやらだけで良いですよ。というか、流しそうめんというのはなんですか?」
「なんだめぐみん、流しそうめんを知らないのか?」
「そうですね。我が家ではこんな大掛かりな方法で食事をするような余裕はなかったですから。これにそうめんを流すというのは分かるのですが、どうしてわざわざそんな事をするのですか?」
「どうしてって言われても。別に深い理由なんかないと思うぞ。単に楽しいからだろ。普通に食うより、流れてるところを箸で取って食うっていうのがいいんじゃないか? まあ、俺も実際にやってみた事はないから、よく分からないけどな。俺の元いたところでは、わざわざ家の中で流しそうめんをする奴もいたくらいだし、やってみたら楽しいはずだ」
「家の中でですか? こんなに大掛かりなものをわざわざ家の中に……? そこまでするほど楽しいものなのでしょうか」
めぐみんが、俺が作った流しそうめん装置を見ながら、そう言って首を傾げる。
……何か勘違いしているような気がするが、まあいいか。
俺がめぐみんとそんな話をしていると。
「ねえこめっこちゃん、天ぷらとバーベキューだったらどっちがいい?」
「両方」
アクアの質問に即答したこめっこが、何か期待するような顔で俺を見上げてきて……。
…………。
「よし分かった! 流しそうめんと天ぷらとバーベキューだな! 今から材料を……!」
「お兄ちゃんカッコいい!」
「待ってください! カズマもアクアも、こめっこを甘やかさないでくださいよ。そうめんに天ぷらまで付けてくれるだけで十分です」
「いやでも、成長期の子供なのに満足に食べられていないってのは良くないと思うんだ。……ほら、めぐみんも分かるだろ?」
「それは分かりますが……、…………。あの、カズマ? それって身長や体格の話ですよね? どうして目を逸らすんですか? おい、私のどこを見てそう思ったのか詳しく教えてもらおうじゃないか」
目を紅くして肩を揺さぶってくるめぐみんに、俺は和やかに。
「この家にいる間くらい、食べたいものを食べたいだけ食べたらいいじゃないか。俺達だって、ついこないだまで、城で食っちゃ寝して好き放題暮らしていたんだしな。……まあ、なんていうか、アイリスといきなり引き離されたわけだし、俺だって妹を甘やかしたいんだよ」
そんな俺の言葉に、めぐみんが急にこめっこの手を引いて。
俺から距離を取ろうとするめぐみんと俺の間に、アクアが立ち塞がる。
「ねえカズマ。いくらなんでもそれはないと思うの。それは流石に犯罪よ。人として許しちゃいけないレベルってあるじゃない? こめっこちゃんがいくつだと思っているの? 純真な腹ペコ幼女を食べ物で釣って妹扱いしようなんて、恥ずかしいと思わないんですかー?」
「お前は何を言ってんの? 別にこめっこに対してそういったアレを感じてるわけじゃないし、そもそも俺はロリコンじゃない。お前だって、こめっこを甘やかしたいと思うだろ? あんな妹がいたらって思うだろ? それは自然な事だし、傍にいたら甘やかすのは当たり前だ。そんな自然な感情を、いちいち犯罪だとか人として許しちゃいけないレベルだとか言ってくるのは、俺じゃなくてお前らの考え方が捻じ曲がってるせいじゃないのか?」
「どっちかっていうと、アイリスに頼まれたくらいであっさり城に残ったカズマさんを知ってるから言ってるんですけど」
「そ、それはもう謝っただろ! 悪かったよ! だからもう許してください!」
俺が下手に出ると、アクアとめぐみんはこめっこを連れて俺から離れていく。
……畜生。
と、俺が一人寂しく作業を続けていると、ダクネスがやってきて。
「これは流しそうめんか?」
「なんだ、さっきの話を聞いてたのか? そーだよ。帰りに竹を見つけたし、こめっこもいるし、たまにはこういうのもいいと思ってな」
「さっきの話というのがなんの事かは分からないが、……そうか。流しそうめんか。懐かしいな。私も昔、一度だけやった事がある」
俺が組み上げた流しそうめん装置を見ながら、ダクネスが懐かしそうにそんな事を言う。
「やった事あるのか? めぐみんも知らなかったのに、世間知らずなお前が珍しいじゃないか」
「わ、私は世間知らずではない。子供の頃に出た他家主催のパーティーで、催しのひとつとして流しそうめんをやっていたんだ。貴族のパーティーでやるようなものだから、めぐみんが知らないのも無理はない」
「いや、お前は何を言ってんの? 貴族のパーティーで流しそうめんなんかやるわけないだろ。ひょっとして、アレか? こめっこに褒められたくて、知ったかぶりしてんのか? まったく、子供に手紙を書かせた事といい、お前はこのところ、どんどん貴族として駄目な方向に成長してるんじゃないか?」
「ちょっと待て! どうして私が嘘を吐いている事になっているんだ。私は嘘など吐いていない! 子供の頃に出たパーティーで、確かに出し物のひとつとして流しそうめんをやっていたんだ。細かいところまでは覚えていないが、ちょうどこんな感じだった」
そう言って流しそうめん装置に触ろうとするダクネスに、俺は。
「あっ、おい、お前は不器用なんだから触るなよ。そうめんを流すだけのもんだから頑丈じゃないし、せっかく作ったものをお前の馬鹿力で壊されたくない」
「お、お前という奴は……! 人が大人しくしていれば付け上がりおって!」
「おいやめろ。やめ……! あああああ、割れる。頭が割れる。やめろっつってんだろ! 何かと言えば腕力に物言わせやがって! 何が貴族のパーティーで流しそうめんやってただよ! 分かりやすい嘘吐きやがって! このなんちゃって令嬢が!」
「上等だ! 外にいるのだしちょうどいい。決闘だ。正当な決闘においてぶっ殺してやる!」
「おいおい、お前って奴はどこまでバカなんだ? お前が俺に勝てると思ってんの? ついこないだバインドで完全に無力化されて、トイレに行けなくなって泣いてたのは誰だよ。また同じ目に遭いたいってのか? お前ひょっとして、あの時泣きながら興奮してたのかよ痴女ネス!」
「よし分かった! ぶっ殺してやる! ワイヤーを持たないお前になど負けるものか! ……だが、そこで暴れると流しそうめん装置が壊れるだろう。こっちに来い」
「おっと、なんで俺がお前に有利なところに行くと思うんだ? 不器用で大ざっぱなお前が暴れたら、確かにこれは壊れるだろうな。きっと、こめっこも泣くぞ。それでもいいって言うなら掛かってこい」
「お前って奴は! お前って奴は!」
と、俺とダクネスがいがみ合っていると……。
そんな俺達を、いつの間にかこめっこがじっと見上げていて。
「これあげるから、仲良くしてね」
そんな事を言いながら、ギルドで貰ったらしい飴を差しだしてくる。
これで仲直りをしろという事らしいが、こめっこは悲しそうな目で飴をじっと見つめていて……。
…………。
「わ、分かった! 仲良くするから、飴は自分で食べてくれ!」
*****
――夜。
庭に持ちだしたテーブルの上に、大量の天ぷらを盛りつけた大皿を置く。
半日掛けて作っていた流しそうめん装置はかなり大きなものになり、テーブルの周囲をぐるっと囲んでいる。
……あのカーブを上手く作るのには苦労した。
「うまそう」
こめっこがめんつゆの入った器を手に、天ぷらを見つめてよだれを垂らす。
「この天ぷらは食べ放題だ。好きなだけ食べてくれ」
「お兄ちゃんカッコいい!」
「そうだろうそうだろう。もっと褒めてくれてもいいんだぞ。あと、そうめんも流していくから、そっちも好きなだけ食べていいからな」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
……お礼を言う様子が、めぐみんの爆裂魔法に高い採点をした時と似ている。
姉妹なんだなあ……。
俺が内心ほっこりしていると、ダクネスが流しそうめん装置を眺めながら。
「うん、なかなかいいな。昔、パーティーで流しそうめんをやっていた時は、もっと照明が明るくて眩しいほどだったが、このくらいの薄暗い感じも悪くない。趣がある」
ダクネスが知ったかぶりしてなんか言ってるが、屋敷中の照明を持ちだしても思ったより明るくならなかっただけだ。
というか、夕飯時にやるのだから庭は真っ暗になるという当たり前の事を忘れていたなんて言えない。
「ま、まあ、そうだな。詫び寂びってやつだよ。お前も分かってるじゃないか」
「ああ、薄暗い中、明かりを浴びて輝く竹も美しいな」
「それ、竹じゃなくて笹らしいぞ」
「……そ、そうか」
俺の言葉に、ダクネスが恥ずかしそうにする中。
流しそうめん装置の始点となる高台で、そうめんの盛られた笊を手にしているアクアが。
「ねえ皆、早く位置についてちょうだい。油断してると勝手に流し始めちゃうわよ!」
「もう流し始めていいですよ。私はいつでも大丈夫です」
下流でめんつゆの入った器を手に、箸を構えるめぐみんがそんな事を言う。
「そう? じゃあもう流しちゃうわよ。……『クリエイトウォーター』!」
アクアが水とともにそうめんを流して。
俺の鍛冶スキルのおかげで理想的に傾斜しカーブした笹の中を流れたそうめんは……。
……かなり上流で、こめっこに取られた。
「こめっこ! 食べられないくせにそうめんを取ってはいけませんよ! 下流でそうめんを待っている人の事も考えてください! あなたはまだ口の中に天ぷらが入っているでしょう!」
「こふぉわる」
「口の中のものを飲みこんでから喋ってください」
下流で待っているのにそうめんが流れていかず、文句を言うめぐみんに、上流でそうめんをすべて取っているこめっこが、天ぷらとそうめんで口の中をパンパンにしながら即答する。
めんつゆの入った器にもそうめんが大量に入っているのに、さらに流れてきたそうめんを箸で取り……。
と、こめっこを止められずに悔しそうにしながら、めぐみんが。
「カズマもこめっこを止めるのを手伝ってください。カズマがこめっこに踏み台を作ってあげたせいで、あんな上流に陣取っているんですよ。無理やり止めようとしたら、流しそうめん装置を倒してしまいそうで、こめっこに近づけないのです」
「いや、なんで俺に言うんだよ。俺は嫌だぞ。変な事したら妹に嫌われるかもしれないだろ」
「私の妹にどんな変な事をするつもりですか! というか、こめっこは私の妹であって、あなたの妹ではないですよ。カズマなら、近付かなくてもスティールであの器を奪えるじゃないですか。それで……、…………。いえ、やっぱりいいです。私がなんとかする事にします」
めぐみんは言葉の途中で目を逸らし、なぜか意見を変える。
「おいちょっと待て。なんでいきなり意見を変えたんだ? お前まさか、俺がこめっこからも下着を盗むかもしれないなんて思ってるのか? そんなわけないだろ。いくら俺のスキルがいろいろと偏ってるからって、どう考えてもこめっこは対象外じゃないか」
「カズマはお城で暮らしている時、私とアイリスに、自分の事をどう思っているかとか、好きかどうかとか聞いてきましたよね。アイリスの事を妹のように思っていると言っていたのに、あの質問はなんだったんですか?」
「そ、それはその……。アレだよ。兄としてとか、仲間としてとか、好きって言ってもいろいろあるだろ」
「ほう! 兄として? 仲間として? ではダクネスやアクアにも同じ事を聞いたんですよね? 私やアイリスは好感度が高そうだから、なんらかの行為に及ぶ前に本心を確かめておこうとか、そんな狡すっからい上にヘタレな事を考えたわけではないですよね?」
「おいやめろ。どうしてお前は紅魔族としての知能の高さをまともな方向に使えないんだよ」
と、俺がめぐみんに迫られ困っていた時。
高台に登ってそうめんを流していたアクアが。
「飽きたわ」
「早えーよ。もうちょっと頑張れよ!」
「ねえ、誰か代わってくれてもいいんじゃないかしら? 私も流しそうめんを食べたいんですけど。ここで食べてもただのそうめんだし、流れてくるのを掴みとりたいんですけど!」
「高いところは楽しそうだとかバカみたいな事を言って勝手に登ったのはお前だろ。……まあ、お前にばっかり流す役をやらして悪いとは思ってるよ。でも、結構大掛かりなものを作っちまったせいで、いろいろと材料が足らなくなったんだよ。上からクリエイトウォーターを使って流すのが一番楽なんだから、我が侭言わずに頼むよ」
「それならあんたが代わんなさいよ! カズマだってクリエイトウォーターは使えるでしょう? この私をこんなところで働かせておいて、自分は楽しく流しそうめんを食べてるなんて、どういうつもりなのかしら。ほら、早くこっち来て、そうめんの笊を持ちなさいな!」
「俺もそのつもりだったけど、考えてみれば途中で魔力が尽きるだろ。マナタイトを使おうにも、一度に大量の水が欲しいんじゃなくて、少しずつ流していきたいんだから、上手く行かないだろうし。俺達の中でそうめんを流せるのはお前だけなんだよ。ちゃんとお前の分のそうめんは残しておいてやるから」
「いやよ! 私はただのそうめんが食べたいんじゃなくて、流しそうめんが食べたいの。それに、残っているそうめんなんて、伸びちゃってるじゃない。どうして頑張ってる私が残り物を食べないといけないのよ」
「しょうがねえなあー。じゃあ、しばらくは俺がやっといてやるから、後で魔力を吸わせろよ。クリエイトウォーターが使えなくなったら流しそうめんにならないからな」
俺がそう言いながら高台に登り、笊を受け取ろうとすると、アクアはなぜか笊を引っ込め。
「何をバカな事を言ってるの? 絶対に嫌よ! どうして私が流しそうめんなんかのために、穢らわしいアンデッドのスキルを受けないといけないの? アレはもう嫌。私の神聖な魔力をそんなバカな事のためには使わせないわよ」
「そんな事言ったって、俺の魔力が足りないのは事実なんだからしょうがないだろ。じゃあ、どうするんだよ? 俺の魔力がなくなったら、お前が代わりにクリエイトウォーターを使ってくれるのか? どうせまたすぐに飽きて文句を言いだすと思うんだが」
俺の言葉に、アクアはさらに文句を言おうとしたが。
目をキラキラさせ、そうめんが流れてくるのを待っているこめっこを見て。
「まったく、カズマったら! 仕方ないわね、私にいい考えがあるわ」
……コイツのいい考えとやらには嫌な予感しかしないわけだが。
「フハハハハハハハ! すでに夏も過ぎたというのに流しそうめんなどやっている季節外れな者どもよ。我輩が来てやったぞ! わざわざ呼ばれて来てやった我輩に感謝感激し、ますますそうめんを流すが吉」
「ゴッドブロー!」
唐突に現れていつものようにわけの分からない事を言いだしたバニルに、アクアが殴りかかり体の一部を土に変える。
「あっおい、やめろよ。食事中なのに砂が入るだろ。ていうか、お前の言ってたいい考えってのはこいつの事か?」
「そんなわけないじゃない。どうして私が、せっかく楽しくそうめんを食べてるのにこんなの呼ばないといけないのよ? 私が呼んだのはウィズだけなんですけど。木っ端悪魔なんか、お呼びじゃないんですけど!」
「鬱陶しくも眩しくて見通す事が出来ないくせに、思慮が浅すぎて予想出来てしまうチンピラ女よ。貴様が望んだのはうちのポンコツ店主ではなく、貴様やそこの魔力の足りない小僧の代わりに水を出すものであろう。そんな貴様らに我輩からの贈り物である。これを使えば、その頭の悪い悩みも解決するだろうて」
そう言ってバニルが取りだしたのは……。
「いやお前、それは駄目だろ」
俺はバニルの手にある小さな魔道具を見て、冷静にツッコむ。
箱を開けると即座に使える、旅先での野外におけるトイレ事情を解決してくれるというアレだ。
確かにこれならいくらでも水が出てくるのだろうが、例え水自体はきれいだとしても、トイレから出てきた水で流れるそうめんは食べたくない。
「フハハハハハハハ! ……ううむ。思ったより我輩好みのがっかりの悪感情は得られなかったが、女神への嫌がらせにはなったであろうし、まあ良かろう。貧乏暇なし店主は現在、我輩の言いつけで魔道具を作り続けておるわ。明日の朝までにノルマを達成するため、外出などせず不眠不休で作業をする予定である」
「そんなのウィズが可哀相だわ! ウィズはね、いろいろ面白い魔道具を仕入れて見せてくれるし、私がお店に行くとお茶を淹れてくれるし、アンデッドにしておくのがもったいないくらいいい子なんだから! ウィズだってたまには羽を伸ばしたいはずよ! 分かったらほら、さっさとウィズを連れてきなさいな!」
「たわけ。あの厄災店主に自由を与えたら、欠陥品の魔道具を大量に仕入れてくるに決まっておろう。暇を与えず馬車馬のように働かせるのが本人のためである」
食ってかかるアクアに言い返すバニルに、俺はふと思いついた事を……。
「……なあ、お前がここにいるって事は、今まさにウィズは自由なんじゃないか?」
「我輩はちと用事を思いだしたのでこれにて帰る」
いきなり余裕を失ったバニルが慌てたように立ち去ろうとするが、流しそうめん装置を前にして不思議そうに首を傾げ。
「……む? なんだこれは。いつも屋敷を覆っていた半端なやつが、今日は随分と弱々しいと思ったが、なぜこんなところに結界が……?」
「ウィズを呼ぼうと思って、いつもよりちょっと結界を弱くしてみたのでした! でも、私の秘められた神聖さが溢れだして、そうめんを流してた水が祝福されちゃったのね。あらあら、ひょっとして出られないんですか超強い悪魔さん。結界でもなんでもない、こんな聖なる魔力の残り滓みたいなのに足止め食らってるんですか? そんなんで地獄の公爵とか名乗ってていいんですかー? プークスクス!」
そういえば、テーブルの周囲を囲んでいる流しそうめん装置には、アクアが生みだした水が流れていたわけで。
いつの間にか、それが結界に……?
その割になんでバニルは普通に入ってこられたんだとか、言いたい事はいろいろあるが。
「なあなあ、これ解いて帰れるようにしてやったら、代わりにウィズを呼んできてくれるか? 水を出してほしいってのは本当なんだよ。早く帰らないと、ウィズがまた余計なものを大量に仕入れてくるんじゃないか?」
「き、貴様、このタイミングで……! ええいっ、足元を見おって!」
「えー? 悪魔と取り引きするなんてどうかと思うんですけど!」
アクアは文句を言っているが、俺がバニルの方を見ると、バニルはマスクの下から覗いている口元を忌々しそうに歪めて。
「貴様のような輩がいるから、我々悪魔による、魂と引き替えに願いを叶えるサービスは廃止になったのであろうな」
*****
「行きますよ、こめっこさん」
「うん!」
ウィズが高台の上でクリエイトウォーターを使い、水とともにそうめんを流す。
それをこめっこが上流で……。
「ああっ、こめっこちゃん! それは私が狙ってたそうめんなのよ!」
「こめっこ! 独り占めしないで少しは下流にも流してください! あまり行儀の悪い事をしていると、明日の洗面器プリンはナシですよ!」
「わかった」
プリンの事を持ちだされ即答したこめっこが、そうめんのたっぷり入った器を手にこちらにやってくる。
テーブルの上にはいまだ山盛りの天ぷらの乗った皿がある。
皆がそうめんを食べている間に、天ぷらを独り占めするつもりらしい。
「……美味いか?」
「おいしい!」
「そうかそうか。好きなだけ食べていいからな」
「うん!」
アイリスとは違ったタイプだが、満面の笑みを浮かべているところを見ると悪い気はしない。
と、こめっこが天ぷらで口の中をパンパンにする様子を眺めていると、ウィズにまた金を使いこまれたと言ってげっそりしていたバニルがやってきて。
「これで今月も赤字である。あの迷惑店主の行動は我輩も見通す事が出来ぬ。一体どうすればあの壊滅的なセンスを軌道修正する事が出来るのか……」
「お前もいろいろ大変だなあ」
俺がバニルの愚痴に適当な相槌を打っていると、こめっこがバニルの顔をじっと見ていて。
「ふぁっふぉひい」
「幼女よ。我輩は逃げぬから、よく噛んで飲みこんでから喋るのだ」
「んぐっ……! かっこいい!」
そういえば、バニルの仮面は紅魔族的なセンスでは格好いいらしい。
「汝はよく分かっているな。どうだ、触ってみるか? 近所の子供達にも人気のバニル仮面である」
「おお……」
バニルの仮面に触りながら、こめっこが小さく声を漏らす。
「……いい仕事してますね」
「うむ。少し気分が良くなったので、貴様には特別に、この子供用バニル仮面を進呈しよう。友人に自慢すれば、人気者になれる事間違いなしである」
「ありがとうございます!」
仮面を受け取ったこめっこが、嬉しそうに仮面を付けたり外したりする。
そんなこめっこを眺めていたバニルが、不思議そうに首を傾げ。
「これは一体いかなる事か。どうにもこの娘が気になってならん。ひょっとしてこの娘は……」
「何をぶつぶつ言ってるんだ? まあ、妹みたいな女の子が気になるってのは仕方ない事だろ。お前がそんな事を言いだすのは珍しいけどな」
「子供達の登下校の送り迎えをし、近所の奥様方にも評判の我輩を、ロリマさんには気を付けなさいと奥様方が子供に教えている貴様と一緒にするでない」
「えっ……。なあ、それって冗談だよな? いつもの悪質な嘘だよな?」
俺の質問を無視して、バニルは。
「……ふぅむ。なかなか将来が有望そうな娘であるな。腹ペコ娘よ。将来有望な汝に、このすべてを見通すバニル様が助言を授けようではないか。自身の望みを叶えようと思うならば、他人の弱みに付けこむのが最も効果的である」
「おい、幼女に何を教えてるんだお前は」
「いやなに、人間には必要な処世術というやつだ。……ところで、安かったからと大量に買いこんだそうめんを、夏が過ぎても余らせていた男よ。本日流しきれなかったそうめんは、いかなる方法で処理するつもりか?」
…………。
……………………。
「あの頭のおかしい爆裂娘にとって、食材を残す事は許しがたい事であるらしいな」
言いたい事を言ってバニルが立ち去った後。
その場に残った俺を、こめっこがじっと見つめていて……。
「フォアグラっていうのが食べてみたいです」
「よし分かった。めぐみんには黙っておいてください」
こめっこ、恐ろしい子……!