このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』2巻、既読推奨。
 時系列は、3巻と4巻の間辺り。


このカップの下に企みを!

 ――魔王軍の幹部にして地獄の公爵、大悪魔バニルを討伐し、魔王軍の関係者という冤罪を晴らした俺は。

 

「『狙撃』! ……ちっ、外れたか。ダクネス、悪いがあのちり紙をゴミ箱に捨てておいてくれ」

 

 屋敷の広間にて。

 めぐみんがゆんゆんとともに爆裂散歩に行ったので、広間にいるのはソファーで昼寝しているアクアと、ダクネスだけで。

 俺が、放り投げたが狙いを外したちり紙をゴミ箱に捨てるように、ゴミ箱に近い位置にいるダクネスに頼むと……。

 

「バカな事を言うな。自分で出したゴミくらい自分で捨てろ。というか、お前はこのところずっと、このこたつとやらの中に入っているが、それでいいのか? いくら手頃なクエストがないからといって、毎日だらだら過ごしていると体が鈍ってしまうぞ。どうだろう、ここはひとつ、私とともに庭で鍛錬でも……」

「庭に行くならちょうどいい。そのちり紙を捨てておいてくれ」

「お前という奴は! いいからさっさと出てこい! 動けば体が温まって、寒さなど気にならなくなる!」

「おい、その脳筋理論はやめろよ。体が温まるほど動いたら疲れるだろ。あっ、おい、冷気が入るから引っ張るなよ!」

 

 こたつから俺を引っ張り出そうとするダクネスに、俺はこたつにしがみついて抵抗する。

 そう、こたつ。

 冬に入り手頃なクエストがなくなって、冒険者として活動出来なくなると、俺は鍛冶屋の店主から《鍛冶》スキルを習って、新しい商品開発に着手していた。

 このこたつも、その一環として作ったものだ。

 冬の間はこたつの中でぬくぬくと開発作業でもしているつもりだったが、流石は日本の最終兵器だけあって、こたつの生みだす安らかさには抗えず、すでに商品開発は中断している。

 

「無駄な抵抗はやめろ。腕力のステータスは私の方が高いのだから、お前の抵抗などあああああああー!! お、おい、ドレインタッチはやめろ!」

「これ以上続けるというのなら、クリエイトウォーターで頭から水をぶっかけた後でフリーズを使ってやる。この寒い冬にびしょ濡れで冷やされたら、いくらお前だって無事では済まないんじゃないか?」

「くっ……! お、お前という奴は……! だが、クルセイダーはそんな脅しに屈したりしない! むしろ望むところだ! さあ来い! どんと来い!」

 

 俺の言葉に、ダクネスが俺から手を離し、頬を上気させて待ち構えるように両手を広げる。

 俺はダクネスに引っ張られていた手をこたつの中に戻しながら。

 

「いや、期待してんじゃねーよ。もういいよ。お前が変態なのは分かったから、外に出て鍛錬でも露出でもしてくればいいだろ。俺には新しい商品を開発するっていう使命があるんだから、邪魔しないでくれよ」

「誰がこんな時間から露出などするか! というか、商品を開発するなどと言っておきながら、お前はこたつを作ってから何も開発していないように見えるのだが」

「まったく、これだから素人は! いいか、開発っていうのは九十九パーセントの努力と一パーセントの閃きなんだよ。今の俺は、閃きが降りてくるのをじっと待っているところなんだ。こうやって話している間にも、閃きの機会を逃しているかもしれないんだぞ?」

「そ、そうなのか? 私には何もせずだらだらしているだけにしか見えないのだが……」

「傍から見たらそうかもしれないが、俺の優秀な頭脳は目まぐるしく働いて、新たな商品を考えているところなんだよ。お前だってこたつの素晴らしさは分かっただろ? こういう画期的な発明には、それだけ長い時間と巧みな技術と、何より閃きが必要なんだ。分かったらほら、俺の思索を邪魔したお詫びに、新しくお茶を淹れてきてくれ。ついでにそこのちり紙もゴミ箱に入れておけよ!」

「むう……。何か釈然としないのだが」

 

 ダクネスは首を傾げながら、俺が差しだしたカップを受け取り、台所にお茶を淹れに行く。

 その途中で、俺が言ったとおり、チリ紙をゴミ箱に入れた。

 と、ソファーの肘掛けに顎を乗せ、一部始終を眺めていたアクアが。

 

「ねえカズマさん、新しい商品とか閃きがどうとか言ってるけど、それってただのパクリじゃないですか。どこら辺が新しくて、どこら辺に閃きが必要なのか、私には分からないんですけど」

「おいやめろ。俺が何の苦労もなく日本の製品を実用化したみたいに言うのはやめろよな。確かに根本のアイディアを出したのは俺じゃないが、この世界でも使えるようにするのは結構大変だったんだからな。このところ、こたつの開発に掛かりきりだったし、少しくらいのんびりしたっていいはずだ。言っとくが、ダクネスに余計な事を言うなよ?」

「それはカズマの心掛け次第ね。ところで、今日のお昼はカズマが当番じゃない? 私、こってりしたものが食べたいわ」

「……なあアクア、こってりしたものが食べたいんだったら、俺の代わりに昼飯を作ってくれたり」

「しないわね」

 

 ですよね。

 

「カズマったら、どこまで堕落していけば気が済むのかしら? ご飯とトイレとお風呂以外では、当番の仕事をする時くらいしかこたつから出てこないくせに、当番まで他の人にやらせようっていうの? 最近は魔王軍の幹部や大物賞金首を討伐して、アクセルの街で一番有名な成り上がり者とか言われてるくせに、そんなんで恥ずかしくないんですかー?」

「今さら俺にそんな言葉が効くと思うのか? お盆や正月に集まってくる親戚に白い目を向けられても耐えてきた俺を舐めるなよ」

「ダクネス、大変よ! この男、すでに落ちるところまで落ちていたわ!」

 

 茶を淹れて台所から戻ってきたダクネスに、アクアがそんな失礼な事を言いだして。

 アクアの言葉に苦笑しながら、ダクネスは俺の対面に腰を下ろしこたつに入って。

 

「カズマも大概だが、ずっとソファーでゴロゴロしているアクアもどうかと思うぞ? そうだな、せっかくだから、二人とも私と一緒に庭に出て鍛錬を……」

「「お断りします」」

 

 口を揃えて言う俺達に、ダクネスは溜め息を吐いて。

 ダクネスが何か言おうとするより先に、俺とアクアは顔を見合わせ。

 

「俺には新商品を開発するっていう使命があるからな。こんなにのんびりしていられるのも、手頃なクエストのない冬の間だけだろうし、鍛錬なんかしている暇はない。アクアはゴロゴロしているだけなんだから、ダクネスと一緒に鍛錬してくればいいじゃないか」

「何を言ってるの? ステータスがカンストしている超越者たる私に、鍛錬の必要なんてあるわけないじゃない。最弱職のカズマさんこそ、また冬将軍の時みたいにスパッとやられないように、鍛錬しておいた方がいいんじゃないかしら?」

 

 俺とアクアが口々にそんな事を言い合っていると、お茶を啜っていたダクネスが呆れたように。

 

「……お前達は、こんな時ばかり息が合うのだな。そこまで嫌がるのならば、仕方がない。嫌々鍛錬をしても身に付かないだろうし、今日は私一人でやる事にしよう」

 

 そう言ったダクネスは、お茶を飲み終えると一人で屋敷を出ていき。

 ――しばらくして。

 

「おいカズマ、そろそろ昼食の支度をした方がいいんじゃないか? 今日の昼の食事当番はお前だろう」

 

 庭での鍛錬を終え、風呂で軽く汗を流し戻ってきたダクネスが、俺の対面に腰を下ろしながらそんな事を言う。

 ……こたつから出たくない。

 こたつに入ってずっとぬくぬくしていたから、なおさら出たくなくなっている。

 どうしたものかと思いながら尻の位置をずらしていると、尻に何か硬いものが当たって……。

 手に取ってみると、それは一枚の硬貨。

 ……ふぅむ。

 

「なあダクネス、賭けをしないか?」

 

 言いながら、俺はダクネスが答える前にテーブルの上に硬貨を置き、空っぽのカップを逆さに被せる。

 俺の顔を見ながら、ダクネスが警戒するように。

 

「……賭けだと?」

「そう。今、このカップの下に置いた硬貨を、カップに触れる事なく動かしたら俺の勝ち。今日の昼食当番はダクネスが代わりにやってくれ。出来なかったら、今度、ダクネスの食事当番を一回代わってやるよ」

「断る。どうせまたロクでもない事を企んでいるのだろう。私がいつまでもお前に容易く騙されていると思ったら大間違いだぞ。食事当番くらい、きちんと自分でやれ」

「……まあ、無理にとは言わないけどな。企んでるっていうのも当たってる。というか、当たり前じゃないか。普通に考えて、カップに触れないで硬貨を動かすなんて無理だろ? もちろん、スティールで硬貨を取るとか、ウィンド・ブレスで手を触れずにカップを吹っ飛ばすとか、そういうのはナシだぞ」

 

 俺がスティールやウィンド・ブレスを使うと思っていたらしく、ダクネスは意外そうな顔をする。

 

「要するにこの賭けの大事なところは、一見無理そうな事を、どうやって俺がやるかってところだ。俺の企みに、先に気付く事が出来ればダクネスの勝ち。気付かれなかったら俺の勝ち。この賭けはそういう事だぞ? まあ、脳筋クルセイダーにこの手の駆け引きは難しいだろうし、俺も無理にとは言わないよ」

「誰が脳筋クルセイダーだ! いいだろう、そこまで言うなら乗ってやろうじゃないか!」

「お、おう……。そうか。じゃあ、やるか」

 

 ……こんなに容易く騙されて、コイツは大丈夫なんだろうか?

 

 

 

 俺とダクネスは、こたつを挟んで向かい合う。

 俺は、テーブルの上にあるカップを逆さまのまま持ち上げ、下に硬貨がある事を示してから、再びテーブルに伏せて。

 

「ルールを確認するぞ。このカップに触れる事なく硬貨を動かしたら俺の勝ち。出来なかったらお前の勝ち。スキルは使用不可。勝った方は負けた方の食事当番を一回代わる。……何か異議はあるか?」

 

 ダクネスは、俺をじっと睨みながら、俺の言葉に考えこみ……。

 

「そのカップを、少し触らせてもらってもいいだろうか」

「別にいいけど、普通のカップだぞ。さっきまでお茶を飲んでたやつだしな。まあ、こういう時にはきちんと確認するのも大事だろうし、タネも仕掛けもないって事を確かめてくれ。こっちの硬貨も触ってみた方がいいんじゃないか?」

「そ、そうだな。貸してくれ」

 

 俺が渡したカップと硬貨を、ダクネスは怪しいところがないかじっくりと眺め……。

 もちろん、どちらも普通のカップと硬貨なので、満足行くまで眺めると俺に返す。

 

「よし、じゃあ始めるぞ」

 

 と、俺が硬貨にカップを被せながら言うと、ダクネスが慌てたように。

 

「ま、待ってくれ。……そ、そうだ! 勝った方は負けた方の食事当番を一回代わるという事だったが、いつの当番かをきちんと決めるべきだろう。お前の事だから、いつの当番かは決めていないし、百年先の食事当番を一回代わるなどと言いだしかねん」

「そんなわけないだろ、お前は俺をなんだと思ってるんだよ。賭けで負けた分の支払いを渋るような、器の小さい男じゃないぞ。ちゃんと次の食事当番を代わってやるよ」

「す、すまない。そうだな、いくらお前でも、そんな子供のような言い訳はしないな」

「お前はこういう騙し合いみたいな事には慣れていないだろうし、気にしてないよ」

 

 ……負けた時にはその言い訳を持ちだそうと思っていたので、あまり強くは言えない。

 

「よし、じゃあ改めて……」

「ま、待ってくれ」

「今度はなんだよ?」

「その……、そうだ。トイレに行ってきてもいいか?」

 

 ソワソワした様子のダクネスに、俺は白い目を向けて。

 

「おいちょっと待て。ひょっとしてお前、俺がどうやって硬貨を動かすか分からなくて、時間稼ぎしてないか?」

「そ、そんなわけないだろう。私はただトイレに行きたいだけで……」

「こんなもん早ければ一分かそこらで終わるんだから、ちょっとくらい我慢しろよ! 貴族のお嬢様のくせに往生際が悪いぞララティーナ!」

「私をララティーナと呼ぶな! 貴族のお嬢様な事は関係ないだろう……! もういい、分かった。お前の企みなど、このダスティネス・フォード・ララティーナがことごとく見破ってやる!」

「まったく、覚悟を決めるのが遅いんだよ! そんなこんな言ってる間に、硬貨はとっくに動かしてるけどな。俺の勝ちだ」

「な、なんだと……!?」

 

 俺の言葉に、驚愕した表情になったダクネスは、慌ててカップを取り上げ……。

 その下には、まだ硬貨が置かれたままになっていて。

 

「なんだ、動いていないではないか! 賭けは私の勝ちだな! さあ、観念してこたつから……」

「はい、俺の勝ち」

 

 勝ち誇るダクネスが何か言っている間に、俺は手を伸ばしテーブルの上から硬貨を取る。

 カップを手にし、わけが分からないという顔をしているダクネスに、俺はニヤニヤしながら。

 

「俺はカップに手を触れる事なく硬貨を動かしただろ? だから、俺の勝ち」

「…………、……いや待て。なんだそれは? そういうのは、その、なんというか……卑怯だろう。今のは無効だ! やり直しを要求する! こんなセコい手で勝って、恥ずかしくないのか!」

 

 バンバンとテーブルを叩いてバカな事を言いだすダクネスに、俺は。

 

「だから最初から、騙し合いだって言っておいたじゃないか。それなのに引っかかったのはそっちだろ? 自分が負けたからって、後から言い訳するのはどうかと思う。今のお前の態度こそ卑怯じゃないか。お前は不正を嫌う大貴族、ダスティネス家のご令嬢なんじゃないのか? 一度は勝負に乗っておいて、負けた後になって文句を言うのが貴族のやり方なのかよ? 格好良いですねララティーナお嬢様!」

「い、いちいち家の事を持ちだすのはやめろ……! あとララティーナと呼ぶのもやめてください。まったく、私を貴族だと知って、変に遜ったり擦り寄ってくるのではなく、そんな風に利用するのはお前くらいのものだ」

「おい、褒めるんならもっと分かりやすく褒めたらどうだよ」

「褒めてない」

 

 と、苦々しい顔をしているくせにダクネスがどこか嬉しそうにしていた、そんな時。

 ソファーでゴロゴロしているアクアが。

 

「ねえー、もうそろそろお昼なんですけど! お腹空いたんですけど! どっちでもいいから、早く用意してちょうだい。今日はこってりしたものが食べたい気分だから、よろしくね」

 

 その言葉にアクアの方を一瞥したダクネスは、俺が手にしている硬貨を見つめ、『くっ』と悔しそうにしながら、台所に向かっていった。

 

 

 *****

 

 

 カップと硬貨のゲームでダクネスに食事当番を押しつけてから、数日後。

 俺は屋敷の広間で、こたつに入ってだらだらしていた。

 広間には、爆裂散歩から帰ってきて、こたつに入り力なく突っ伏しているめぐみんと、相変わらずソファーで昼寝しているアクアがいて。

 と、めぐみんがテーブルに突っ伏したまま、顔だけ横に向け、ソファーにいるアクアを見ると。

 

「アクア。今日は爆裂魔法に魔力を注ぎ過ぎてだるいので、家事をしたくありません。夕食当番を代わってもらえないでしょうか」

「嫌に決まってるでしょう? めぐみんったら、このところ掃除も洗濯も私に押しつけてるくせに、さらに食事当番まで押しつけるつもり? 賢い私は学習したの。もうめぐみんがおかしな賭けを申しこんできても、受け入れたりしないわ」

 

 ソファーの肘掛けに乗せた頬を膨らませ、アクアがそんな事を言う。

 このところ屋敷では、ちょっとしたゲームで家事の当番を取引する事がブームになっている。

 俺に引っかけられた事がよほど悔しかったらしく、ダクネスが似たような引っかけのアイディアをどこからか仕入れてきては、俺やめぐみんに返り討ちに遭っているせいだ。

 その流れに乗っかったアクアも、ダクネスのアイディアをパクっては、俺やめぐみんに返り討ちに遭っている。

 おかげで、俺は家事に煩わされる事なく、好きなだけこたつに入ってだらだら出来るわけだが。

 

「仕方ありませんね。ではカズマ、夕食当番を代わってください」

「嫌に決まってる」

 

 俺が即答すると、めぐみんは体を起こし、懐から硬貨を取りだして。

 

「それでは、賭けをしませんか? このカップの下の硬貨を、カップに手を触れずに動かせたら私の勝ち。カズマには私の代わりに夕食を作ってもらいます。出来なかったらカズマの勝ち。私がいつか、カズマの食事当番を代わりましょう」

 

 そう言って、いつかの俺のように逆さにしたカップで硬貨を隠すめぐみんに、俺は。

 

「何言ってんの? 俺の家事当番は一週間先までアクアとダクネスに押しつけたし、今さらリスクを背負ってまでめぐみんに代わってもらう必要はないぞ。紅魔族は知能が高いって話だし、どうせめぐみんの事だから何か企んでいるんだろ? 何を企んでいるのか知らないが、俺は負けるかもしれない勝負なんかしないからな」

「情けない事を堂々と宣言しないでください! あなたはそれでも冒険者なのですか!」

「冒険者ってのは命懸けの職業なんだから、臆病なくらい慎重な方が長生きするんだよ。こないだアクアにも言われたが、また冬将軍にスパッとやられた時みたいな事を繰り返すのは嫌なんだ。もう借金もなくなったんだし、これからは冒険しないで生きていこうと思う」

「あなたは何を言っているのですか。冒険者が冒険しないでどうするのですか。大体、私に負けたからって命まで取るわけではないのですから、こんな時くらい、少しはリスクを背負う気概を見せてくれてもいいではないですか!」

「このまま商品開発に力を入れて、危険な冒険者稼業からは足を洗いたい俺にそんな事言われても」

「この男!」

 

 突如としていきり立つめぐみんは、目を紅くしながら。

 

「分かりました。では、カズマが食事当番一回分を賭ける代わりに、私は食事当番三回分を賭けましょう。カズマが勝ったら、私はカズマの食事当番を三回肩代わりしてあげますよ!」

「……つまり、そこまで勝つ自信があるって事だろ? ますますやる気がなくなってきたんだが」

「もちろん、やるからには勝機を逃すつもりはありませんが、もともとは一対一の賭けにするつもりでしたよ。カズマがあまりに情けない事を言うからではないですか」

「まあ、一回分負けてもダクネスかアクアに押しつければいいし、勝ったら三回分って言うなら、少しくらいはリスクを背負ってもいいかな」

「まったく、最初からそう言ってくださいよ。では、改めて説明しますよ。この硬貨を、カップに触れずに……」

 

 …………。

 ……計画通り!

 めぐみんの説明を聞き流しながら、俺は顔がニヤけないように注意する。

 このカップと硬貨のゲームを、めぐみんはダクネスから教わったらしく、俺がダクネスに教えた事を知らないのだろう。

 俺は、念のためにカップと硬貨に仕掛けがない事を確かめながら……。

 

「あ、一応言っておくけど、スキルの使用はナシだよな? まあ、今日はもう爆裂魔法を撃ってるんだし、めぐみんは他にスキルが使えないんだから、いちいち言わなくてもいいだろうが」

「ええ、スキルは使いませんとも。純粋にトリックだけですよ」

 

 そう言いながら、めぐみんは硬貨にカップを被せ。

 

「このカップに触れずに硬貨を動かしたら私の勝ち。動かせなかったらカズマの勝ちです」

「おう」

「……私の勝ちですね。すでに硬貨は動かしました」

 

 そんなめぐみんの言葉に、俺はニヤニヤしながら。

 

「そうなのか? じゃあ、カップをどかしてみせてくれよ。……ほら、どうした? すでに勝負がついてるんなら、自分の手でカップを持って動かしたらいいじゃないか。カップの下に硬貨があったら俺の勝ち、なかったらお前の勝ち。そうだろ? どうしてカップを動かさないんだ? ああ、分かった。さっきの勝利宣言は嘘で、俺が確認のためにカップを持ちあげた時に硬貨を動かすつもりなんだな? ……俺がこの手のゲームを勝算もなく受けるわけないだろ。そもそもこのゲームをダクネスに教えたのは俺だよ。残念だったな!」

 

 勝ち誇って笑う俺に、めぐみんは。

 

「知っています」

「……今なんて?」

「このゲームをカズマがダクネスに教えた事は知っている、と言ったんです。カズマの方こそ、私がカズマ相手にこの手のゲームを勝算もなく仕掛けると思ったんですか? 紅魔族は知能が高いのです。アクア、お願いします」

「任せてめぐみん! 約束は守ってくれるのよね?」

「分かってますよ。家事一回分はチャラにしてあげます」

 

 そんな話をしながら、ソファーから降りたアクアがやってきて、カップを横からひょいっと持ち上げ……。

 

「あ、お前ら! 汚ねーぞ!」

「第三者の介入は不可というルールはなかったはずです。私はカップには触れていませんよ。カズマは最近だらけ過ぎていますし、一回くらいは負けておいた方がいいと思います」

 

 めぐみんは勝者の笑みを浮かべ、無防備にテーブルに置かれた硬貨に手を伸ばし……。

 

「……あれっ?」

 

 硬貨がぴくりとも動かない事に、驚愕の表情を浮かべた。

 

「こんな事もあろうかと、さっき仕掛けがないか調べた時に、硬貨に接着剤を塗っておきました」

「ひ、卑怯ですよカズマ! これでは硬貨が動かせないではないですか!」

「硬貨が動かないようにしてはいけないってルールもないだろ?」

「待ってめぐみん! ピュリフィケーションよ! 私が浄化すれば、接着剤もべたつきを失うかもしれないわ!」

「い、いえ、スキルは使用禁止ですし、ここは爆裂魔法でレベルを上げた私の高ステータスに物を言わせて……」

 

 俺は、慌てるアクアからカップを取り上げると、硬貨を動かそうとしているめぐみんの手にカップを押しつけた。

 

「あっ!」

「俺の勝ち」

 

 

 *****

 

 

 めぐみんとの賭けに勝ってから、一週間が経った。

 相変わらず、屋敷では引っかけゲームが流行っていて、俺は今日もめぐみんを相手にカップと硬貨を手にしている。

 最初はダクネスやアクアを引っかけ、当番を押しつけていためぐみんも、一度、俺に引っかけられた事が悔しかったのか、度々俺に引っかけゲームを挑むようになっていた。

 

「よし、始めるぞ」

 

 硬貨にカップを被せ、俺がそう言うと、めぐみんは手のひらを突きだして。

 

「待ってください! 追加ルールです。テーブルをガタガタ言わせてカップを動かしたり、取っ手に箸を入れて直に触れずに持ち上げたり、テーブルの下から磁石を使って硬貨を動かしたりするのも禁止ですよ!」

「分かった」

 

 追加ルールをあっさり受け入れる俺に、めぐみんは悔しそうな顔をする。

 この追加ルールというのはつまり、今日まで俺が、三人を相手に使ってきたカップに触れずに硬貨を動かす方法だ。

 俺がダクネスを引っかけ、似たようなゲームが流行するきっかけになったゲームだからか、なぜかこのカップと硬貨のゲームは繰り返し行われ、より細かいルールが決められたり、相手を騙すための言い回しが考案されたりと、どんどん洗練されてきている。

 最初はちょっとした出来心だったのに、なんだか大事になっているような……。

 めぐみんが目を紅くし、真剣な顔をしながら。

 

「スキルは使用不可ですし、この部屋に第三者はいませんよね。それに、アクアもダクネスもカズマには協力しないはず……。一体どうやって……? ひょっとすると、テーブルに穴が開いていて、下から棒でも通して硬貨を動かすのでしょうか?」

 

 カップを伏せた側の勝利条件は、カップに触れずに硬貨を動かす事だが、その対戦相手の勝利条件は、いつしか相手の企みを暴く事になっていた。

 この場合、めぐみんは、俺がどうやってカップに触れずに硬貨を動かすかを言い当てれば勝利となる。

 考えこむめぐみんの様子に、俺はあくびをしながら。

 

「おいめぐみん、時間を掛けすぎじゃないか? いい加減に始めたいんだが」

「わ、分かりました。では追加ルールとして、テーブルに穴を開けて下から棒などを使い硬貨を動かすというのはやめてください」

「分かった」

 

 ここで俺が、テーブルに穴を開けて下から棒を使って硬貨を動かそうとしていれば、そして他に硬貨を動かす手段がなければ、めぐみんの勝ちとなるわけだが……。

 俺は、懐から小魚を取りだすとそれをテーブルにばら撒き。

 

「ほら、ちょむすけ。餌だぞ」

「なっ……! 待ってくださいよ、その子は私の使い魔なのですから、餌に釣られて私の不利になるような事をするはずが……! ああっ! 駄目ですよちょむすけ! そのカップを倒してはいけません! 餌が欲しいなら私が後であげますから、今は我慢してください!」

 

 俺の言葉に、こたつの中で寝ていたちょむすけが顔を出し、テーブルの上に飛び乗って、ばら撒かれた小魚を食べ始め……。

 嬉しそうにゆっくりと振られているちょむすけの尻尾が、カップを倒して。

 俺はすかさず、その下にあった硬貨を手に取ると。

 

「俺の勝ち」

 

 俺の勝利宣言に、めぐみんがテーブルの上で頭を抱えた、そんな時。

 玄関のドアが開き、ダクネスが入ってきて。

 

「お帰りなさい、ダクネス」

「お帰り。こんな寒いのによく出歩けるな。また庭で鍛錬か?」

 

 めぐみんはテーブルに突っ伏したまま、俺はカップと硬貨を片付けながら、口々に言うと、ダクネスは溜め息を吐いて。

 

「ただいま。……いきなりで悪いが、カズマ。これから冒険者ギルドに行くぞ」

 

 いきなりそんな事を……。

 

「いや、何言ってんの? 嫌に決まってるだろ。トイレの時にこたつから出るのだって嫌なくらいなのに、この寒い中、外に出るなんてごめんだよ。大体、ギルドに行ったって冬の間はロクなクエストがないって話じゃないか」

「……あなたは最近、だらけ過ぎだと思いますよ。少しくらいは外出した方がいいのではないですか? しかし、カズマの言うように、冬の間はギルドに用事なんかないと思うのですが。最近は皆、大人しくしていますから、呼びだしという事もないでしょうし……」

 

 俺とめぐみんの疑問に、ダクネスは少し気まずそうに目を逸らして。

 

「そ、それがだな……。い、いや、事情は行けば分かるだろう。問題は、こたつから出ようとしないその男を、どうやってギルドまで連れていくかという事だ。めぐみん、すまないが手伝ってくれないか」

「分かりました。私もカズマはいい加減、こたつから出るべきだと思っていましたからね。用事が出来たのなら、いい機会ではないですか」

「な、なんだよ。俺はギルドに用なんかないぞ。俺はどこにも行かないし、こたつからも出ないからな! 冬の間はこたつの中で、のんびりと過ごすって決めてるんだ」

「おい、商品開発をするという話はどうなったんだ? 私は、お前が閃きを待つためにじっとしているというから、無理やりこたつから引っ張りだすような事は慎んでいたのだが」

「……? そんな事言ったっけ?」

「お前という奴は、お前という奴は! もういい! お前の事情など知った事か! ギルドに行かないというのなら、こんなもんぶっ壊してやる!」

 

 物騒な事を言いながら歩み寄ってくるダクネスに、俺はこたつを守るようにテーブル部分に両手を広げて覆いかぶさる。

 

「あっ、おい! やめろよ! これは俺が、自分の金で材料を買ってきて、自分で作ったもんなんだぞ! お前に壊していい権利なんてないはずだ!」

「二人とも落ち着いてください。ダクネスも、そんなに興奮しなくても大丈夫ですよ。どうせそろそろ、このこたつは動かなくなりますから」

 

 じりじりと距離を詰めてくるダクネスを、俺はフリーズで迎え撃つべく警戒して。

 そんな俺達に、一人落ち着いて茶を啜るめぐみんがそんな事を……。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。お前、こたつになんかしたのか? 勝手にいじって壊したりしたら、いくら温厚な俺でも怒るぞ」

「人聞きの悪い事を言わないでください。カズマはこのこたつを作る際に、私に紅魔族の魔道具作成の知識について聞いてきたではないですか。その知識と、時々見ていたカズマの作業から、近いうちに壊れるのではないかと予想しているだけですよ」

「マジかよ。これ、動かなくなるの? そういうのは作ってる時に言ってくれよ」

「私にそんな事を言われましても。私が何を作っているのか聞いた時、カズマは出来上がるのを楽しみにしておけとしか言わなかったではないですか。完成図が分からなければ、どこがどう働くのかも予想しきれませんからね。それに、出来上がったらカズマがあっという間にだらだらし始めたので、動かなくなるならその方がいいかと思いまして」

 

 紅魔族は知能が高いのですとめぐみんは嘯く。

 俺がこたつから出なくなるこの状況を予想していたらしい。

 バカなアクアや脳筋なダクネスと違って、めぐみんはたまにこういう事をしてくるのが厄介だ。

 

「カズマはいい加減、こたつから出るべきだと思います。こたつが動かなくなる理由が知りたかったら、ダクネスと一緒にギルドに行ってもらいましょう」

 

 

 *****

 

 

「サトウさん! よく来てくださいました。待っていたんですよ! さあ、入ってください!」

 

 冒険者ギルドのドアを開けると、受付のお姉さんがそう言って俺達を歓迎する。

 ギルドに併設された酒場には、昼間だというのに多くの冒険者の姿があって。

 

「……な、なんだこれ。おいダクネス、お前、なんか知ってるんだろ? どうしてこんな事になってるんだ?」

「それはその、なんというか……」

 

 俺の言葉に、ダクネスはうろたえるように目を泳がせる。

 酒場に集まった冒険者達は、なぜか、明るく騒ぐ者達と、暗く落ちこむ者達とに、くっきりと分かれていた。

 ダクネスは、そんな冒険者達から顔を背け、言いにくそうに。

 

「実はこのところ、冒険者達の間でちょっとした賭けが流行っていてな」

 

 聞けばこういう話らしい。

 手頃なクエストのない冬の間、やる事もなく、暇を持て余していた冒険者達。

 そんな彼らに、仲間内で行われるちょっとした引っかけや、新人への洗礼について聞いて回る、とあるクルセイダーがいた。

 そのクルセイダーが、屋敷で家事当番を巡って引っかけゲームで賭けをしている事を話すと、娯楽に飢えていた冒険者達は食いつき、やがて屋敷の中と同じように、ギルドでもちょっとしたゲームで賭けをする事がブームになり……。

 

「なるほど、箱入りお嬢様のお前が、引っかけゲームのネタをどこから仕入れてきてるのかと思ってたが、ギルドで冒険者に聞いてたんだな。あの明るい方は賭けに勝った奴らで、暗い方は賭けに負けた奴らって事か。でも、なんでそんなんで俺が呼ばれたんだ?」

 

 俺のその質問に、答えたのは受付のお姉さんで。

 

「その、冒険者の方々はまとまったお金を手にする事が少ないので、後先考えないと言いますか、冬越しのための資金を賭け事に費やしてしまった方もいらっしゃいます。このままでは、冬を越す事の出来ない冒険者が出るかもしれないのですが、個人間の賭けで手に入れたお金を、ギルドから返すように勧告するわけにも行かず……」

「いや、ちょっと待ってくれ。それ以上は聞きたくない。これ、絶対に面倒な事を頼まれる流れじゃん! 冒険者ってのは自己責任なんだろ? 賭けで金をスったからって、いちいち手助けしてたらきりがないじゃないか。俺は知らないぞ」

「そ、そこをなんとか! 冒険者は確かに自己責任が基本ですが、こんなお遊びの賭け事なんかで身を持ち崩されても、ギルドとしても困るんです! それに、こう言ってはなんですが、今回の事もサトウさんのパーティーが原因のようなものですし……」

「カ、カズマ、私からも頼む。どうか、力を貸してくれないだろうか」

「いや、お前のせいじゃねーか! お前は変態な事以外ではこれといって迷惑掛けてこないと思ってたのに、何やってんの? お前がおかしなブームを引き起こしたんだし、お前がなんとかすればいいだろ!」

 

 俺が、横から口を挟んでくるダクネスにツッコむと、ダクネスは弱りきった表情で。

 

「す、すまない。私も自分でなんとか出来ればそうしたいのだが、賭けに負けて有り金を巻き上げられてしまい……」

「何やってんの? お前は本当に何をやってるの? 屋敷で負けっぱなしで半年分くらい家事当番の負債があるくせに、ギルドでは勝てると思ったのか?」

「い、いや、例え勝てないとしても、こうなったのは私のせいなのだから、私がなんとかしなければと……!」

 

 まったく、コイツはたまにこういう面倒くさい事を……。

 …………。

 

「ああもう、しょうがねえなあー! それで、俺は何をすればいいんだよ?」

 

 

 

「サトウさんには、大勝ちしている冒険者をゲームで引っかけて、大金を巻き上げてほしいんです」

 

 受付のお姉さんには、そんな事を頼まれた。

 俺が巻き上げた金を、賭けに負けた冒険者達に、冬越しのための資金として分配するらしい。

 賭け事で大金を得ようとすればノーリスクとは行かないだろうが、それで大金を手に入れても俺のものになるわけではない。

 あまり気は進まないが、引き受けてしまったからにはさっさと片づけようと、俺が浮かれる冒険者達の下へ行こうとすると……。

 と、暗い冒険者達がいる方へめぐみんが歩いていき。

 

「……あなたはこんなところで何をやっているのですか。ひょっとして、他の冒険者との賭けに負けて、有り金を奪われたのですか?」

「あ、めぐみん! そんなわけないじゃない。私だって知能が高いって言われている紅魔族だし、それに、昔からめぐみんにおかしな勝負で引っかけられてきたんだから、簡単に騙されたりはしないはずよ。……多分」

 

 めぐみんが話しかけたのは、暗く落ちこんだ顔をしているゆんゆんで。

 そんなゆんゆんは、暗い顔のまま。

 

「ねえめぐみん。めぐみんも引っかけゲームをしに来たの? だったら、私と勝負しない? 引っかけゲームが流行ってるって聞いて、ずっとこの酒場に通ってきてるんだけど、待ってても誰もゲームに誘ってくれなくて……」

 

 …………。

 ……なんかあの娘だけ、落ちこんでいる理由が違うような気がするんだが。

 

「あの、カズマ。すいませんが、私はしばらくこの娘の相手をしています」

「そ、そうか。分かった」

 

 めぐみんにゲームを挑まれ表情を明るくするゆんゆんに、俺がほっこりするやら悲しくなるやら微妙な気持ちになっていると……。

 明暗分かれている冒険者達の、ちょうど中間辺りで。

 

「二回に一回は当たるはずなのに、どうして十回連続で外れるのよ! インチキよ! 何かインチキをしているに決まってるわ!」

「い、いや、アクアさんがそう言うから、もう何度もコインを交換したじゃないですか。それに胴元は何もしなくても儲かるんだし、インチキなんかしてませんよ。それより、アクアさんが参加すると、皆が逆に張るので、賭けが盛り上がらなくなるんですが……」

「私を厄介者扱いするのはやめてちょうだい。私だって、好きで毎回外してるわけじゃないんですけど!」

 

 コインを投げて裏表どちらが出るかという古典的な賭けをしているらしい一角で、半泣きのアクアが騒いでいた。

 ……アイツ、最近ソファーにいないと思ったら、こんなところに来ていたのか。

 

「ふわああああああーっ! また外れた! 今日のご飯代がーっ!」

 

 なんか聞き捨てならない事を言っているが、今はそれよりも優先する事がある。

 明るく騒いでいる冒険者達の下へ辿り着くと、その中心には、賭けで大勝ちしたらしい冒険者と、そのおこぼれにあずかろうとする冒険者達の姿が……。

 

「俺、ダストさんはいつかすごい事をやる人だって思ってました!」

「お前がただのチンピラで終わる奴じゃないって事くらい、俺にはずっと前から分かってたさ!」

「なーに、それほどでもあるけどな! おい姉ちゃん、こっちにキンキンに冷えたクリムゾンビアーを追加だ! 酒も料理もじゃんじゃん持ってきてくれ! 今日は俺の奢りだ! おっ、なんだ、カズマじゃねーか。丁度いいところに来たな。お前さんにはいつも奢ってもらってるが、今日はその恩返しをさせてくれよ!」

 

 ……なんだ、ダストか。

 賭けで勝ち大金を得たらしく、ダストは酔っぱらって顔を赤くし、冒険者達にチヤホヤされて調子に乗っている。

 そんなダストを見ていると、横からダクネスが。

 

「おいカズマ、なぜあのチンピラを羨ましそうに見ているんだ? 引っかけゲームで勝ち続けたくらいでチヤホヤされるんだったら、自分がやれば良かったなどと思っていないだろうな」

「そそそ、そんなわけないだろ! 今からあいつの金を巻き上げるんだなって思って、ちょっと申し訳ない気持ちになってただけだよ!」

 

 と、俺とダクネスが言い合いをしていた、そんな時。

 近くのテーブルから声を掛けられた。

 

「ギルドの人が言ってた助っ人って、カズマの事だったんだね。ダストのバカの事は気にしないでいいから、遠慮なく有り金巻き上げてやってよ。ダストの事だし、無一文になっても冬を越せるでしょ」

 

 ダストとパーティーを組んでいる冒険者、リーンが、野菜スティックをポリポリかじりながら、そんな事を言ってくる。

 

「お、おう……。まあ、こうなった原因の一端はウチのダクネスにもあるわけだし、とりあえずなんとかしてくるよ。ダストが路頭に迷うような事があれば、屋敷に泊めてやるから心配するな」

 

 俺はリーンにそう言いながら、ダストの近くの椅子に腰を下ろす。

 ダストに勧められるまま、料理や酒を口にしながら、俺は当たり障りのない話をする。

 こういうのは、いきなり言いださない方がいいだろう。

 相手に警戒されないように、機会を待って……。

 と、ダストが機嫌良く酒を飲みながら。

 

「それにしても、カズマがギルドに来るなんて久しぶりじゃないか? 冬の間はずっと屋敷に篭っていたっていうのに、なんかあったのか?」

 

 笑顔でそんな事を……。

 …………。

 いや待て。

 コイツはすでに、俺がギルドに呼ばれた理由に気づいている……! その上で、俺を挑発してきている……!

 ざわ……、ざわ……。

 笑顔なのに目をぎらつかせるダストに、俺はなるべく余裕が見えるように笑みを浮かべて。

 

「悪いなダスト、俺は冒険者なんだ。ギルドに頼まれると断れなかったんだ」

「なに、いいって事よ。それに俺も、歯応えのない相手ばかりでガッカリしていたところだしな。カズマなら、相手にとって不足はねえ」

 

 俺はニヤリと笑いながら、カップと硬貨を取りだし……。

 いや、何コレ。

 格好良いライバル同士の会話みたいなのを目指したはずが、取りだすのがカップと硬貨って、全然格好良くない。

 それなのに、周りの奴らは一瞬の息を呑むような静寂の後で、ざわざわと騒ぎだしている。

 

「卑怯者対決! アクセルの街随一の卑怯者対決だ!」

「領主を除けばこの街で最も悪辣だと言われるクズマさんと、どうして大きな顔で街中を歩けるのか分からない犯罪者スレスレのダストとの一騎打ちか……!」

「どちらがよりクズいかが、今日この場で決まっちまうのか……!」

「そんなのダストに決まってるだろ! 冬は寒いから騒動を起こして牢屋に入れてもらおうとか言ってるような奴だぞ!」

「カズマさんよ! 最近は家事当番を私達に押しつけ、一日中こたつに入ってぬくぬくしていて、誰か俺の代わりにトイレに行ってくれればいいのにとかバカな事を言ってるカズマさんの方が、そこのチンピラ冒険者よりクズいに決まってるわ!」

 

 おいやめろ、引っかけゲーム対決なのにどちらがクズいか対決みたいに言うのはやめてください。

 俺とダストは何も載っていないテーブルに向かい合って座る。

 そんな俺達を、酒場にいる冒険者達が輪になって見守っていて……。

 ……なんだろうコレ、すごくやりにくいんですが。

 

「えっと、このカップを硬貨に被せて、カップに触れずに硬貨を動かせたら勝ちなんだが。……知ってるか?」

「ああ、知ってるぞ。もう動かしたって嘘をついて、相手が慌ててカップを持ち上げて確認したところで硬貨を取って、『カップに触れずに硬貨を動かした』って言うやつだろ」

「そうそう。それを踏まえた上で、どうだ? カップに触れずに硬貨を動かせたら俺の勝ち。出来なかったらお前の勝ちだ」

「はーん? 本気でカップに触れずに硬貨を動かすっていうのか? 言っておくが、スキルは禁止だよな? それに、これだけ周りに人がいるんだし、自分は手を触れないけど誰かにカップを取ってもらうってのもナシだぞ?」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 手のひらを突きだして言う俺に、ポンポンと禁止事項を上げていたダストはニヤリと笑い。

 

「おいおい、今言った中に当たりがあったって事か? 誰かにカップを取ってもらおうってか? アクセルの街随一の卑怯者と評判のカズマさんが、随分と捻りのない手を使うじゃねーか!」

「そうじゃない。これは賭け事なんだろ? だから、こういうのはどうだ? お前が禁止事項をひとつ増やすたびに、掛け金を吊り上げていくんだ。最終的に、お前に禁止されなかった方法で、カップに触れずに硬貨を動かせたら俺の勝ち。俺が勝ったら、賭けた分の金を貰う。出来なかったら、お前が賭けた分の金を俺が支払う。それでどうだ?」

「ちょっと待てよ。そりゃ俺に有利すぎやしねーか? 俺がカップに触れずに硬貨を動かす方法を全部禁止したら、俺の勝ちが確定するじゃねーか。こっちに有利なんだから文句はないが、俺に一方的に有利な条件をお前が持ちだすはずないよな。一体何を企んでやがる?」

「そりゃ、企んでるに決まってるだろ? 俺だって、勝ち目のない勝負はしたくない。というか、本当は負けるはずのない勝負以外はしたくないんだけどな? それだけこの方法がバレない自信があるって思ってくれ。まあでも、そこまで言うならこっちも条件を付けようか。禁止事項をひとつ増やすごとに、必要な賭け金も増やしていくってのはどうだ? 最初の禁止が百エリスなら、次は二百エリス、その次は三百エリスって感じで」

「……ちっ! 藪蛇だったか。まあいいぜ。その条件で受けてやる」

「それじゃあ、禁止一回につき、十万エリスってレートでどうだ?」

「じゅ、十万!? これだから金持ちは……! お、おい、本当にいいのか? 俺が勝ったら、何百万エリスか貰う事になるぞ。多けりゃ、一千万……!」

 

 俺が構わないと頷くと、ダストがごくりと唾を飲みこむ。

 

「マ、マジかよ。これは勝負なんだ。いくらお前さんが相手だって容赦しねーぞ?」

 

 ルールが決まり、周りの冒険者から、おおっ……と声が上がる。

 ダストが、カップと硬貨に仕掛けがない事を確かめてから、俺は硬貨をテーブルに置きカップを被せる。

 

「水を掛けてカップを動かすのは禁止、テーブルをガタガタ言わせてカップを動かすのは禁止、取っ手に棒かなんかを入れて直に触れずに持ち上げるのは禁止、テーブルの下から磁石を使って硬貨を動かすのは禁止、それに動物をけしかけてカップを動かすのは禁止……」

 

 ダストは次々と禁止事項を増やしていき……。

 

「お前んとこのプリーストの芸でカップを消すのは禁止、それに……、そ、それに……」

 

 だらだらと汗を流しながら、十個目の禁止事項を口にするダストに、俺は心配そうに。

 

「おいダスト、大丈夫か? 今ので掛け金は五百五十万エリスになったが」

「……!!」

 

 ざわ……、ざわ……。

 ダストは冬だというのに全身から汗を流し、俺が利用できそうなものはないかと酒場を見回している。

 やがて、ダストが目をリーンに向けて……。

 

「! 野菜スティック!! 野菜スティックをけしかけてカップを動かすのは禁止だ!」

「……六百六十万エリスだな」

 

 俺が悔しそうに言いながら、リーンから一本貰っておいた野菜スティックを手放すと、ダストはほっとしたように息を吐いて。

 

「他には思いつかねーが、いくらカズマでも、流石にもうカップに触れずコインを動かす事は出来ないだろ。六百六十万は俺のもんだ!」

「おっ、もう終わりか。もうちょっと掛け金を吊り上げたいところだったが、まあいいだろ。本当にいいんだな?」

「くそ……! 本当に余裕なのか、余裕がある振りをしてるだけなのか分からねえ! これだから金持ちは!」

「ふはは、まあそれほどでもあるけどな! バニルの討伐報酬で大金が手に入ったし、新商品を開発して、これからもっと儲ける予定の俺には、六百六十万くらい失っても痛くない」

 

 ……本当はめちゃくちゃ痛いが。

 本音を言えば、一エリスだってこんな事で失いたくはない。

 ダクネスには文句を言っておこう。

 あと、賭けに負けて金を無駄にしていたようだし、アクアの小遣いは減らそう。

 俺がそんな事を考えていると、ダストがバンとテーブルを叩いて。

 

「よし、この条件で勝負だ! 六百六十万賭けてやるよ!」

「分かった。じゃあ、やるぞ」

 

 ギラギラした目で俺を見るダストに、俺は横を向いて。

 

「おいダクネス、頼んだ」

「ああ、任せてくれ」

「お、おいカズマ! この酒場にいる奴らにカップを取ってもらうってのは禁止したはずだぞ! ララティーナがカップに触れたらお前さんの負けだからな!」

「ラ、ララティーナと言うな……!」

 

 俺の言葉に、ダストが声を上げる中。

 ダクネスは名前を呼ばれた事に文句を言うとテーブルから離れ……。

 そして、冒険者ギルドから出ていった。

 

「まあ、少し待ってくれ。そんなに時間は掛からないと思う」

 

 余裕の表情でそんな事を言う俺に、ダストや冒険者達が不思議そうに首を傾げ。

 ――しばらくして。

 ハッとしたように立ち上がったダストが。

 

「お、おい、あの頭のおかしい娘はどこ行きやがった!?」

 

 さっきまでゆんゆんが座っていた辺りを見るが、そこにはめぐみんもゆんゆんもいない。

 ダストのその言葉を待っていたかのように、遠くの方で轟音が聞こえ、冒険者ギルドに激震が走った。

 激しい揺れにカップが倒れると、俺はすかさず硬貨を手に取って。

 

「はい、俺の勝ち」

 

 


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