時系列は、9巻1章。めぐみん視点。
女神エリス&女神アクア感謝祭が終わり、しばらくが経った。
街がすっかり落ち着きを取り戻した一方で、カズマはここ数日というもの、ソワソワしていて。
それというのも。
『今晩私の部屋に来ませんか? そこで大切な話があります』
そう言った私の言葉が原因なのだろうが。
……カズマが私の言葉でソワソワしていると思うと、少し嬉しい。
ここ数日、カズマは毎晩のように皆に早く寝ようと提案しているのだが、その度に、アクアが私やダクネスまでも巻きこんで夜更かしをしたがるので、私は約束を果たせずにいる。
そして、今夜もまた。
「なあめぐみん、今晩は、ほら、アレだろ? 早めに夕食を作った方が良いんじゃないか?」
「そ、そうですね……。今日の食事当番は私ですから、そろそろ準備を始めようかと思っていたところです」
私達がそんな話をしていると……。
「女子会よ! 女子会をしましょう! 私達はアクセルの街でも一流の女子なんだから、たまには女子会をするべきよ!」
「女子会? 女子会とはなんだ?」
アクセルの街でも一流の女子などとわけの分からない事を言いだしたアクアの言葉に、ダクネスが笑いながら首を傾げて聞く。
「女子会ってのはね、女の子だけで楽しくお酒を飲んだりお喋りしたりする事よ! 今夜はカズマ抜きで、私達だけで夜通し盛り上がりましょう! めぐみんもダクネスも、カズマには聞かれたくないけど、誰かに話しておきたいような事はないかしら? アクシズ教のアークプリーストであるこのアクア様が、汝らの胸の内を聞き届けてあげるわよ!」
「女子会……。女だけで酒を飲んだり、話をしたり……。なるほど、そういうのもあるのか……!」
貴族の割に庶民的な文化に憧れているところのあるダクネスが、乗り気な様子で頬を上気させ。
「女子会ですか。紅魔の里の学校では、男女別で学ぶものなので、里ではほとんど女の子とばかり過ごしていましたが、そういった事をした経験はありませんね。ちょっと面白そうですし、私もやってみたいです」
「えっ」
私の言葉に、焦ったように二人のやりとりを聞いていたカズマが小さく声を上げ。
それにアクアが。
「なーに? カズマったらソワソワしちゃって、女子会に参加したいのかしら? でも駄目よ。なんてったって女子会なんだから、あんたが何を言ったって今夜は仲間に入れてあげないわよ」
「……別にいい」
……アクアを見るカズマの視線が、『こいつを朝まで縛っておいたら良いんじゃないかな』と言わんばかりの危険な感じになっているが、空気を読まないアクアはそれに気付かず。
「それじゃあ、お風呂に入ってパジャマに着替えたら、皆で私の部屋に集合ね! パジャマパーティーよ、パジャマパーティー!」
「パジャマパーティー……。そういうのもあるのか……!」
やけにテンションの高い二人を眺めながら、私はカズマの耳元にひそひそと。
「そういう事なので、約束はまた明日にしましょう」
「お、おう……。そうか。そうだな……。べ、別に俺はいつでもいいしな」
*****
――その夜。
いつもなら皆が眠りに入る時刻。
私はダクネスとともに、アクアの部屋に集まり、床に敷かれたカーペットに車座になって。
「特に意味はないけど、とりあえず乾杯しましょう! かんぱーい!」
「か、乾杯……!」
目の前で二人がグラスを打ち合わせる中、自分の分のグラスを覗きながら、私は。
「ちょっと待ってくださいよ! 二人がお酒を飲んでいるのに、どうして私だけネロイドなのですか! 私だっていい加減にお酒を飲んでみたいです。もう結婚だってできる年なのですから、子供扱いしないでくださいよ!」
私がそんな文句を言うと。
アクアは気にせず酒を飲んでいたが、酒を飲もうとしていた動きを止めたダクネスが、困ったように。
「し、しかしだな、年齢はともかくとしても、体の個人差というやつがあるだろう? めぐみんはその、人より発育が……」
「おい、私の目を真っ直ぐ見て、はっきり言ってもらおうじゃないか。私の発育がなんだって? 心配しなくても、爆裂魔法を使いまくっていれば私だってもっと成長しますよ!」
「……? いや待てめぐみん、何を言っているんだ? 爆裂魔法にそんな効果はないはずだぞ?」
不思議そうな顔をするダクネスに、私はやれやれとこれ見よがしに溜め息をついてみせ。
「ダクネスは魔法使いではないから分からないのかもしれませんね。大魔法使いになれば巨乳になれるのですよ。魔力の循環が活発な事が、血行を良くし発育を促進させるのです。大魔法使いである私の成長は約束されたようなものなのですから、お酒を飲んでも問題はないはずです」
「そ、そうなのか? ……いや待て、私の言っている発育とは、そういう事ではなくてだな……」
「良いではないですか。どうせ私だって、いつかはお酒を飲む事になるんですよ? それなら、酔って周りに迷惑を掛ける事もない、こういう内輪の席で経験しておいた方が良いと思いませんか? 今日はもう爆裂魔法を撃ちましたから、そんなに酷い事にはならないはずですし、私が初めてお酒を飲むには丁度良い機会だと思います。せっかくの女子会なのですから、私だけ仲間外れにしないでくださいよ」
私が穏やかに説得すると、ダクネスは迷いながら。
「そ、そう……なの……か……? なあめぐみん、私を口先で丸めこもうとしていないか? 正直、めぐみんは私よりも頭が良いから、そういう事をされると抵抗できる自信がないのだが……。しかし、アルコールは体に悪い影響もあるし、この件に関しては丸めこまれるわけにも行かない。仲間外れが嫌だと言うなら、今夜は私も酒を飲まないから、それで許してくれないか?」
と、そんなダクネスの言葉に、それまで私達のやりとりを聞きながら酒を飲んでいたアクアが。
「えー? せっかくの女子会なのに、私だけがお酒を飲んでいてもつまらないんですけど! めぐみんがいいって言ってるんだから、ちょっとぐらいならお酒を飲ませてあげもいいと思うの!」
「ア、アクア!? お前はまた、そんな無責任な事を……!」
「そうですよ、アクアの言うとおりです。ダクネスが心配してくれるのはありがたいですが、私はもう子供ではないのですから、お酒を飲んだ責任くらいは自分で取れます」
口々に言う私とアクアに、ダクネスは焦ったように。
「なあアクア、私はよく知らないのだが、女子会というのはどういうものなんだ? 酒を飲まなければいけないものなのか?」
「別に飲まなければいけないって事はないけど、どうせなら楽しい方が良いでしょう? 皆でお酒を飲んで、楽しくトークするのよ!」
露骨に話を逸らそうとするダクネスの言葉に、アクアがそんな事を言いだして。
「楽しくトークと言われても。こういう時、なんの話をすれば良いものなのだ? 私はあまりこういう場に参加する事がなかったので、正直よく分からないのだが。……いや、貴族として社交の場に出る機会は何度かあったが、気の置けない友人同士でこういった事をやるのは初めてで……」
「そうねえ、こういう場合の定番はやっぱり、恋バナってやつかしら!」
「!?」
アクアの言葉に、ダクネスが驚愕の表情を浮かべ、窺うように私の方を見てきて。
私はダクネスとしばらく顔を見合わせ。
「……あの、アクア? 恋バナというのはどういう事ですか? ひょっとして、恋の話というわけではないですよね?」
「……? 何言ってるの? 恋バナといったら恋の話に決まってるじゃない。女子会なんだから、やっぱり恋バナは外せないでしょう? めぐみんも大人の女なら、恋の一つや二つは経験しているんじゃないかしら。ここでの話は、今日この場だけの事にしておいてあげるから、このアクシズ教のアークプリーストであるアクア様に、なんでも話してくれて良いんだからね?」
恋バナ。
……恋をした経験があるのかと言われれば、ないわけではないのだがこの場で話す気にはなれない。
酒を飲んだ事はないので詳しくは知らないが、酔っぱらうとふわふわした気持ちになって、気が大きくなり、変な事をしたり言ったりしてしまう事は、カズマやアクアを見ていても分かる。
酒を飲んで酔っぱらって、この二人に誰の事が好きだとか、それよりもすごい事を口走ってしまったりしたら……。
…………。
「……私は、今日はネロイドで良いです。二人は私を気にせずお酒を飲んでください」
「い、いや、めぐみんだけに酒を我慢させるというのも悪いし、私も酒は……」
「何を言っているのですかダクネス、アクアにだけお酒を飲ませては楽しめないではないですか。私は気にしませんから、ここはダクネスもお酒を飲んでいいですよ」
「!?」
ダクネスが酒を飲むのを止める理由はないし、酔っぱらったダクネスが何を口走るのかは少し気になる。
意見を翻しダクネスに酒を飲ませようとする私に、ダクネスが愕然とした表情を浮かべる中、アクアが。
「……? どうしていきなりめぐみんの物分かりが良くなったのかは分からないけど、そういう事なら飲みましょう! ほら、ダクネス。いつもはお酒を飲んでも、酔っぱらわないように気を遣ってるダクネスだけど、今日くらいは羽目を外しても良いんじゃないかしら? ダクネスがおかしな事を口走っても、私はバカにしたり引いたりしないし、誰にも言わないわよ」
「そうか? い、いや、しかしだな……」
酒を飲むのを避けようと、ダクネスはグラスを手にして困ったように目を泳がせて。
本人は隠せているつもりのようだが、領主との結婚式以来、ダクネスがカズマの事を強く意識するようになった事には私も気づいている。
ここにいる仲間達にこそ話したくないというのは、私もダクネスも同じなわけで。
と、ダクネスが何か閃いたと言うように表情を明るくし。
「そ、そうだ。やっぱりめぐみんも酒を飲んだら良いんじゃないか? どうせいつかは酒を飲む事になるのだし、内輪の席でなら、少しくらい酔っぱらっても私がフォローしてやれる」
ダクネスも酔っぱらった私が何を口走るのかが気になったのか。
または、自分が酒を飲むのは避けられそうにないから、私まで巻きこもうというつもりなのか。
……なんというか、この娘はどんどんカズマの悪い影響を受けている気がするのだが。
「いえ、私はネロイドで良いですよ。ダクネスはいつも私がお酒を飲むのを止めようとするくせに、どうして今日は意見を変えたんですか?」
「それは……」
私の質問に、ダクネスは答えようもなく目を泳がせる。
カズマが相手ならともかく、こういった言い合いで私がダクネスに負けるとは思わない。
と、私がこっそり安心していた、そんな時。
「お酒を飲んだ方が口が滑りやすくなるし、楽しいトークがもっと楽しくなるかもしれないわね! めぐみんこそ、いつもはお酒を飲みたがるくせに、どうして今日はネロイドで良いなんて言いだしたの?」
自分のグラスにお代わりを注ぎながら、アクアがそんな事を……。
…………。
口を滑らせたくないから酒を飲みたくないのだが。
そんな事を言ったら、話すのに不都合な恋バナのネタを持っていると言うようなもので。
……ひょっとして、これまでアクアは空気を読めない振りをしているだけだったりするのだろうか?
私は、不思議そうに私を見るアクアに。
「アルコールは成長を阻害するという話もありますし、私はもっと成長する予定ですので、お酒を飲むのはそれからでも良いかと思いまして。……それより、どうしてダクネスはお酒を飲みたがらないのですか? ひょっとして、口を滑らせたくない恋バナのネタでもあるのですか?」
「め、めぐみん!? いきなり何を……! そんなもの、あるわけがないだろう!」
ダクネスが慌てて否定するが、その慌てぶりを見たアクアが、興味津々にダクネスの方へ身を乗りだして。
「何か面白い話があるの? 安心してダクネス、今日この場で聞いた事は、絶対に誰にも言わないから! さあ、話してみなさいな! 話しにくいんなら、もっとお酒を飲んでもいいのよ? ほら、グイッと行って! 飲んで飲んで!」
楽しそうに酒を勧めるアクアに、ダクネスは断りきれずグラスに口を付け。
「そ、その、アクアはどうなんだ? アクアのそういう話はあまり聞いた事がないし、この機会にぜひ聞きたいのだが」
「そうですね。こういう機会でもなければ聞けないかもしれないし、私も聞かせてもらいたいです」
どうにか矛先を逸らそうとするダクネスの言葉に、私も乗っかると。
それに、アクアはあっけらかんと。
「私? 私はめが……コホンッ! アクシズ教のアークプリーストとして信徒を救う使命があるから、そういうのはないわね」
自分で話を切りだしておきながら、そんな無責任な事を言うアクアは、さらに続けて。
「それで、ダクネスはどうなの? ダクネスは貴族なんだし、抱腹絶倒のロマンスの一つくらい知っているんじゃないかしら?」
……ロマンスは抱腹絶倒するものではないと思うのだが。
アクアにとって、恋の話とは酒の席で楽しく笑い飛ばす類のものなのだろうか?
「い、いや、私にそんな話のネタは……! あ、やめろ。そんなに酒を注がないでくれ」
「ほらほら、もっと飲んで! たくさん飲んだら口が滑りやすくなるでしょう?」
アクアの追及を避けるために、勧められるまま酒を飲みまくるダクネスが、いろいろな意味で顔を赤くしながら、助けを求めるように私の方を見てきて……。
…………。
「――これは私の友達の話なのですが」
「!?」
友達の話というのは、自分の事を濁して話す時の常套句。
世間知らずでもそのくらいは知っているようで、私の言葉にダクネスが驚愕を顔に浮かべる中、ダクネスを追求するのをやめて私の方を見たアクアが。
「ふんふん、めぐみんの友達って言ったらゆんゆんの事かしらね」
アクアが実は空気を読めるのかもしれないというのは、やはり何かの勘違いだったらしい。
「……!? い、いえ、ゆんゆんではないのですが、とにかくその友達が、最近気になっている人がいるようでして。でもその相手というのが、なんというか奔放な人で、素直に好意を打ち明けにくいというか……」
曖昧にぼやかした私の言葉に、ダクネスが何か言いたげな表情になる中、アクアが微妙な表情で。
「ねえ、それってカズマの事じゃないの?」
「「!?」」
「だって、ゆんゆんの知り合いの男って、カズマくらいしかいないじゃない? あっ、そういえば、ゆんゆんはいつだかカズマの子供が欲しいとか言っていたわね! なんて事! 駄目よめぐみん、すぐにゆんゆんを止めてあげないと! ゆんゆんはね、こないだ私が迷子になっていた時に道を教えてくれたし、ギルドの酒場で飲みすぎて薄情なカズマに置いてかれた時も助けてくれたし、とっても良い子なんだから! カズマなんかにあの子はもったいないわ!」
「……あの、アクア。ゆんゆんの知り合いの男はカズマだけではありませんよ。最近、ダストとかいうチンピラと仲良くしているみたいですから」
「えー? カズマかダストかの二択なの? ゆんゆんったら、ダメ男が好きなのかしら?」
「そ、そうですね、ゆんゆんは昔から、チョロいというか、ダメ男に引っかかりやすそうな気はしていました。いえ、これはゆんゆんの話ではないのですが」
私の言葉を聞き流すように、酒を飲みながらふんふん頷くアクアに、私は誤解を解く事を諦め。
「それでですね、私はずっと爆裂魔法の事ばかり考えてきましたから、恋だとかそういった事にはあまり詳しくないのです。良ければ、その、恋をした時に何をすれば良いのかを教えてもらえないでしょうか? 私も相談を受けた時に役に立つアドバイスをして、大人の女であるところを見せつけてやりたいのです。というか、アクアはそういった事に詳しいのですか?」
「えっ? そ、それは……、私くらいになれば、そりゃまあね?」
私の質問に、目を泳がせながら答えるアクア。
詳しくないらしい。
……普段のアクアの様子を見ていれば、私やダクネスよりもそういった事に疎そうなのは分かるので不思議はないが。
「でもほら、私の知識は上級者向けだし、めぐみんにはまだ早いと思うから、また今度教えてあげるわ!」
「大丈夫ですよ。紅魔族は知能が高いのです。少しくらい上級者向けだとしても、上手く活用できるでしょう。というか、聞いてみない事には判断できませんし、とりあえず話してくれませんか?」
「……ねえめぐみん、そんな事より爆裂魔法の話をしない?」
……私には、とりあえず爆裂魔法の話をしておけばいいみたいな扱いは不本意だが。
話を逸らす事に成功した。
*****
女子会が初めての私とダクネスは、アクアがまた恋バナなどと言いださないかと警戒しつつも、どんな話題を出せば良いのかが分からず。
グラスの中身をちびちびと飲むばかりになっていると、アクアが部屋の箪笥から何かを取りだしてきて。
「ねえねえ、それなら私が集めた石のコレクションについて聞いてくれる? ほら見て、これは街の河原で拾ったやつで、こっちは紅魔族の里に行く途中で拾ったやつよ! それと、これが最近、クーロンズヒュドラのいた湖で見つけたやつね! どれもとっても綺麗でしょう? お祭りで稼いだお金はアクシズ教の教会を立て直すのに使っちゃって、お金がないから、欲しかったら売ってあげてもいいわよ?」
「「いらない」」
私とダクネスが即答すると、アクアは口を尖らせ。
「何よ二人して! これはね、ただ綺麗なだけじゃないのよ。拾った時の思い出が詰まっているんだから。例えば、このピカピカしてる黒い石は、クエストの途中に森の中で見つけたやつよ。この石を磨いていると、あの時、カズマが泣きながらモンスターから逃げ回っていた姿が思いだせるってわけよ」
アクアが、口元をにやけさせながらそんな事を……。
…………。
「あの、アクア? あの時は、アクアがいきなり飛びだしたせいで潜伏スキルが切れて、モンスターに見つかったのではないですか。ひょっとして、あれってその石を拾うためだったんですか? カズマが泣きながら逃げ回っていたのは、アクアを助けるために囮になっていたからだったはずですが」
「あの時のカズマの顔ったら! プークスクス!」
……その後、アクアは、マジギレしたカズマによって、ダクネスが羨ましがるような折檻を受けて大泣きしていたわけだが、それは覚えていないのだろうか。
と、私がアクアを白い目で見ていると。
ダクネスがアクアの石のコレクションを手に取り眺めながら、懐かしそうに。
「……そういえば、そんな事もあったな」
「あっ、見て見てダクネス! これは、アルカンレティアに行く途中で走り鷹鳶に追いかけられて、カズマがダクネスをワイヤーで馬車に繋いで引きずった挙句、洞窟の前に放りだした時の、あの洞窟の破片よ! めぐみんが爆裂魔法で吹っ飛ばした時に、飛んできたのを拾っておいたの! ちょっと変てこな形をしていて、面白いでしょう?」
「あ、ああ、あの時の……! あれは素晴らしい体験だった。確かに、これを握りしめていると、あの時の事が思いだされるようだ……! …………んっ……!!」
「いえダクネス、それはあなたの記憶が鮮明なのであって、石は関係ないのではないかと。あの小山の洞窟は、あなたが馬車に引きずられた事とも、投げだされた事ともあまり関係ないではないですか。どちらかと言うと、爆裂魔法で吹っ飛ばした私が、戦果として欲しがるものでしょう? いえ、私は爆裂魔法を撃つ事以外はどうでもいいので、吹っ飛ばしたものに興味はありませんが」
変てこな形の石を握りしめて恍惚とするダクネスに、私が忠告していると、アクアが。
「ちょっとめぐみん、商談の途中なんだから邪魔しないでよ! ダクネス、今ならその、素晴らしい気持ちになれる変てこな形の石が、これだけのお値段で……!」
「あの、アクア。仲間に悪質な詐欺を仕掛けるのはやめてほしいのですが」
「何言ってるのよめぐみん。この石は私のコレクションで、これにダクネスが価格をつけてくれたら、それは詐欺じゃなくて物流ってやつよ。この前、カズマが教えてくれたの」
「やめてください! なんでもかんでもカズマのせいにするのはやめてあげてくださいよ! アクアがそんなだから、カズマが街でカスマだのゲスマだの呼ばれているのではないですか? あれはネズミ講をしてはいけない理由の説明であって、別の詐欺に転用するための教えではありませんよ!」
「えー? カズマさんがクズマだのロリマだの呼ばれているのは、本人の日々の行動の結果であって、私のせいにされても困るんですけど! ていうか、ロリマさんって呼ばれてるのはめぐみんのせいじゃないの?」
「おい、もう結婚だって出来る年の私をロリ枠扱いするのはやめてもらおうか」
と、私がアクアを責めていると、横からダクネスが。
「待ってくれめぐみん、アクアの言う通りだ。私にとってこの石には、金を払うだけの価値がある」
「ああもう、どうしてあなたはそんなにチョロいのですか! どこからか拾ってきただけの石に価値なんかあるはずないではないですか! そうやって変に甘やかすからアクアが反省しないんですよ!」
なんというツッコミ不在。
この二人は放っておくと、どこまでもわけの分からない事を話しだす。
「……まったく! 二人を見ていると、カズマの苦労が偲ばれますね」
と、そんな私の呟きに、二人が私の方を見てきて。
「ねえめぐみん。めぐみんだって、結構カズマに迷惑を掛けてると思うんですけど。自分の事を棚に上げて、私達だけを問題児扱いするのはどうかと思うの」
「そうだぞめぐみん。爆裂魔法による震動や騒音の苦情は、冒険者ギルドを通してカズマに伝えられているんだからな。この間も、狩人組合からの苦情に、結局カズマが対応していたではないか」
二人に口々に言われ、私が思うところあってしばし黙りこんでいると。
「まったく! めぐみんこそ、大人の女を自称するなら、もっと爆裂魔法以外にも興味を持った方が良いんじゃないかしら? なんなら、私が可愛い服をコーディネートしてあげても良いわよ?」
「それに、短気なところも直した方が良いのではないか? ちょっと名前をからかわれたくらいで、子供相手に本気を出すのはやめるべきだ。……あの時もカズマが謝りに行っていたな」
私は、調子に乗って好き勝手な事を言う二人に。
「でも、一番カズマの役に立っているのは私ですよね」
私の言葉に、二人はぴたりと動きを止め。
酒を飲み干し、グラスをダンッと叩きつけるように置いたダクネスが。
「それは聞き捨てならないな。私だってそれなりにカズマの役に立っている。このパーティーで唯一の盾役として強敵から守ってやっているし、あまり言いたくはないが、王都で貴族達に好き勝手言われているカズマのフォローを、ダスティネス家の名においてしているのも私だ」
「でもダクネスは、大物が相手になると途端に役に立たなくなりますよね? デストロイヤーの時も、ハンスの時も、敵が大きすぎて、いてもいなくても同じような感じだったではないですか。それに、シルビアの時は盾役なのに、相手のスピードについていけず、あっさり躱されていましたね。そういえばあの時は、珍しくカズマの失敗を私が尻ぬぐいしてあげたわけですが」
「……何を言っているんだ? シルビアにとどめを刺したのは、めぐみんではなくこめっこだろう」
「…………」
私とダクネスが睨み合っていると。
ダクネスのグラスにとくとくと酒を注ぎながら、アクアがドヤ顔で。
「二人とも、何を言っているのかしら? 誰が一番カズマの役に立っているかといえば、毎回すぐに死ぬカズマを蘇生してあげてる、この私に決まってるじゃない」
……確かにアクアの蘇生魔法がなければ、カズマの冒険は何度も終わってしまっているところだろうが。
「アクアは役に立っている分、迷惑も掛けているではないですか。アクアのせいで借金を背負う事になったり、犯罪者になったり、カズマに一番苦労を掛けているのはアクアだと思うのですが」
「カズマさんが犯罪者になったのは私のせいじゃないと思うんですけど! それに、いくら迷惑を掛けていたとしても、この麗しい私と一緒にいられるというだけで、あのヒキニートには過ぎたチートだと思わない? 差し引きで言えば、むしろプラスの方が多いんじゃないかしら! カズマはもっと、私に感謝して、崇め奉るべきじゃないかしら!」
……その自信はどこから来るのだろうか?
「誰が一番カズマの役に立っているかはともかくとして、一番カズマに迷惑を掛けているのはアクアだと思うのだが」
ダクネスの言葉に私が頷いていると、手にしたグラスを振り回しながらアクアが。
「そんな事ないわ! それに、私は最近、迷惑を掛けていないでしょう?」
「……つい先日、無理やり女神アクア感謝祭などというものを開催しておいて、何を言っているんだ?」
「だって、エリスばかり感謝されるのは不公平だと思うの。死者の魂を導いてるだけのエリスと違って、私はこうしてこの世界に降りてきているんだから、皆もっと感謝してくれても良いじゃない! めぐみんやダクネスだって、私の治癒魔法や支援魔法には助けられているんだから、エリスなんかより私に感謝するべきなんじゃないかしら? いっそ、二人ともアクシズ教に改宗したって良いと思うんですけど!」
開き直った上に勧誘までしてくるアクアに、ダクネスが溜め息を吐いて。
「また自分が女神だなどと言っているのか? そんなだからアクシズ教徒は変人扱いされて、信者が増えないのではないか? 悪いが、当家は代々女神エリスを信仰しているので、私の代でアクシズ教に改宗するわけには行かない」
「そうですね。女神かどうかはともかく、アクアに感謝していないわけではありませんが、アクシズ教に改宗するというのは私も断りますよ。あの人達と同類だと思われたくありません」
「何よ二人してーっ! そこまで言うなら、アクシズ教の素晴らしさを二人にも教えてあげるわ! まずはアクシズ教の教義、第1項……」
*****
空の端が明るくなりはじめる頃。
「エリスの胸はパッド入り……」
酔っぱらって眠ってしまったくせに、寝言でそんな事を言うアクアに、ダクネスが呆れたような視線を向けながら毛布を掛けてやる中。
私はネロイドの入ったグラスを傾け。
「女子会というのは初めてでしたが、なかなか面白いものですね。機会があれば、またやりましょう。今度はゆんゆんを誘ってあげても良いかもしれません」
「ああ、私も初めてだったが、なかなか楽しめた。次は私も、クリスを誘うとするか」
私の言葉に、ダクネスは赤い頬を綻ばせ、そんな事を……。
恋バナを警戒して酒を飲みすぎないようにしていたダクネスだが、一晩中飲んでいたわけで、アクアほどではないが酔いが回っているようだ。
そんなダクネスは、窓から射しこむ朝日に目を細めながら……、
「……これはその、私の友達の話なのだが……」
そんな事を言いだした。
「ダクネスの友達といえば、クリスくらいですね」
私が、茶化すようにそう言うと、ダクネスは少し笑って。
「いや、クリスではないのだが……まあとにかく、その友達に好きな相手がいるという話でな。しかし相手は身分の違う男だし、年中セクハラをしてきたり、勝負事になると卑怯な真似をしてでも勝ちに来たりと、ロクでもない事ばかりする奴なのだ」
「それは、クリスではないダクネスの友達とやらも、妙な相手を好きになったものですね」
「ああ、まったくだ。しかも、友達の友達も、その相手の事が好きらしくてな。今はまだ、お互い突っこんだ話はしていないそうだが、深く追求すると今の関係が壊れてしまいそうで、怖いと言っていた」
ダクネスが、気弱そうな笑みを浮かべながら、私の目をじっと見つめてきて。
それに、私は。
「私は……」
――この期に及んで友達の話などと言う、往生際の悪い恋敵に、私が決定的な一言を告げようとした、そんな時。
酔っぱらって寝入っているアクアが、むにゃむにゃと。
「人生には選ぶことが難しい選択がある
人は心の底から難しい選択に迷ったとき
どちらを選んでも後に後悔するもの
どちらを選んでもどうせ後悔する
ならたった今、楽な方を選びなさい」
…………。
……本当に寝ているのだろうか?
空気を読んで寝たふりをしながら、私達の会話を聞いて、アドバイスを……?
いや、アクアに限ってそんな事はないはずだが。
私が、酒瓶を抱えて寝転がるアクアを凝視していると。
「……このままがいい」
ダクネスが、そんな事を呟いた。
「アクアが何かやらかして泣き、カズマが尻ぬぐいに駆けずり回ったり。めぐみんが爆裂魔法で周りに被害を出して、カズマが謝りに行ったり。私がバカな事を言いだして、カズマに怒られたり……」
グラスを見つめるように俯いていたダクネスが、顔を上げると。
その目は涙に潤んでいて。
私は、半泣きのダクネスと、気持ち良さそうに眠りながらポリポリと腹を掻くアクアを見比べ。
「……そうですね。このまま、ずっと皆で一緒にいられると良いですね」
心からの笑みを浮かべ、そう言った――!