時系列は、2巻1章の直後。
頼れる仲間達とともに、ゴブリン討伐のクエストを終えた俺は。
帰り道で襲撃してきた初心者殺しを退け。
――戻ってきた冒険者ギルドの酒場にて。
「「「「乾杯!」」」」
俺達はジョッキを高々と掲げ、ガッチリかち合わせた。
酒を飲み仲間達と笑い合う。
初心者殺しに襲われて生き延びたからだろうか。
すでに深夜だというのに、誰もが明るくテンションが高い。
あまり酒が美味いとは思わない俺だが、こういう雰囲気の中で飲むと、すごく美味い気がするから不思議だ。
何だかフワフワしてくるのも心地良い。
俺は気分良く笑いながら、隣に座るテイラーの肩を叩いて。
「酒ってあんまり美味いと思った事ないけど、こういう雰囲気の中で飲むと、やっぱり美味いな! なあリーダー!」
「リ、リーダー……? いや、お前が俺達のパーティーに入ってくれるならありがたいし、俺としては歓迎するが……」
そう言いながら、テイラーは気まずそうに隣のテーブルに目をやる。
俺もテイラーの視線を追って隣のテーブルを見ると、アクアとめぐみん、ダクネスが不安そうにこちらをジッと見ていて……。
「カ、カズマがよそのパーティーに移籍……! それは困る! すごく困るのに……なぜだか込み上げてくる快感が……!? これが寝取られ……、……んん……っ!!」
……一人なんだかほこほこしてる奴もいるが。
と、爆裂魔法を撃った後だからだろう、ぐったりとテーブルに寄りかかりながらめぐみんが。
「あの、カズマ? 冗談ですよね? いくらなんでも冗談でしょう? 思い出してくださいよ、私達は力を合わせ、あのベルディアを討伐したパーティーなんですよ。もちろん街の冒険者達の援助があってこそですけど、私の爆裂魔法とダクネスの硬さ、アクアの回復と洪水の魔法、そして何よりカズマの指揮とスティールがなければ、あの勝利はなかったはずではないですか。確かにアクアもダクネスもカズマに苦労ばかり掛けているかもしれませんが、それだけでもないでしょう? 私達だってカズマの役に立っているはずです。大きな功績を挙げたのだって事実なのですから」
さりげなく苦労を掛けている中から自分を除くめぐみんの言葉に、俺は。
「俺は別に大きな功績が欲しいわけじゃないしな。日々を面白おかしく、出来れば働かずに暮らせればそれで良いんだ。はっきり言って、魔王軍の幹部となんか関わりたくないし、戦わずに済むならその方が良い。それにお前こそ思い出してほしいんだが、そもそもベルディアが街に攻めてきたのはどこかの頭のおかしい爆裂娘が毎日毎日爆裂魔法を廃城に撃ちこんだからじゃなかったか? 厄介事を自分から引き寄せておいて、解決した事を功績と言うのはどうかと思う。そういうの、マッチポンプって言うんだぞ?」
俺の言葉にめぐみんが目を逸らし、そんなめぐみんの肩をぽんぽんと叩いたダクネスが。
「なあカズマ、確かに私達はお前に苦労を掛けているかもしれない。だが、このところいくつかのクエストをクリアし、パーティーとしても冒険者としても、皆、成長してきていると思うのだ。いずれは私達も、お前がパーティーを組んでいて良かったと思えるようになってみせる。これからはお前にばかり苦労を掛けないようにする。だから、戻ってきてはくれないか?」
「寝取られプレイとか言ってる奴が何言ってんの?」
成長する気配の見えないダクネスが、恥ずかしそうに両手で顔を覆う中。
飲み干したクリムゾンビアーのジョッキをテーブルに置いたアクアが。
「まあ二人とも、ちょっと落ち着きなさいな、私達は皆、上級職のパーティーなのよ? 最弱職のカズマなんかいなくたって、募集を掛ければ仲間になりたがる人はいくらでもいると思うの。私達が本気を出したら、稼げるクエストをバンバンやって、すぐに大金持ちになれるわ。そうしたら、その頃には一人寂しく馬小屋で震えているであろうカズマに、手を差し伸べてあげればいいじゃない」
「何言ってんの? お前が起こした洪水被害の借金をなぜか俺が背負わされてんのは、俺がパーティーのリーダーって事になってるからだろ? 俺はパーティーを移籍するんだから、借金はお前が支払えよ」
「わあああ待って! 待ってよ! 見捨てないで! それにおかしいじゃない! あの時、私が水を呼んだのはカズマがそうしろって言ったからよ! 街に洪水被害が出て借金を背負う事になったのは、カズマのせいでもあるじゃない! 私だけが借金を支払うなんておかしいわ!」
「よし分かった。じゃあこの際だから、借金を半々で分けようじゃないか。これまで報酬は等分って事にしてきたんだし、借金も等分で良いだろ? 俺は二千万をなんとかするから、お前はめぐみんとダクネスに協力してもらって、三人で二千万をなんとかしろよ。お前達は上級職ばかりのパーティーなんだから、稼げるクエストをバンバンやって、すぐに大金持ちになるんだろ? なら借金だってすぐ返せるはずじゃないか」
「ねえ待ってよ! 私もちょっと調子に乗っていた事は認めるわ。爆裂するしか能がなくて、魔法を使うたびに周りに被害を出して、クエスト報酬を毎回天引きされてるめぐみんと、硬くて大抵のモンスター相手なら一歩も引かずに足止め出来るけど、攻撃が当たらないからクエスト完遂にはいまいち役に立ってないダクネスとじゃ、いくらこの私が超凄いと言っても、すぐに大金持ちって言うのは難しいかもしれないわね……痛い痛い! 何よ二人とも! めぐみんが倒したのはベルディアが呼びだした雑魚ばかりだし、ダクネスなんかベルディアに斬られてハアハア言ってただけじゃない! ベルディア討伐で一番活躍した私を、もっと敬ってくれても良いんじゃないかしら!」
めぐみんとダクネスは、アクアの頬を両側から引っ張りながら、顔を見合わせ。
「……あまり言いたくはないが、カズマに一番苦労を掛けているのはアクアではないか?」
「そうですよ。借金を背負う事になったのはアクアが大量の水を呼んだからですし、クエストでも張り切ると大概余計な事をしているではないですか」
「何よ二人してーっ! たまには失敗する事もあるかもしれないけど、私だって頑張ってるのに!」
おっと早くもパーティー分裂の危機ですね。
新しい仲間達とやっていく事にした俺には関係がないが。
俺は騒がしい三人から距離を取り、酒を手にした。
*****
「そういうわけで、よろしく頼む。名前はカズマ。クラスは冒険者。得意な事は荷物持ちです」
俺の言葉に、テイラーとキース、リーンの三人は顔を見合わせ。
リーンが慌てたように。
「や、やめてよ、カズマに荷物持ちなんかさせられないよ。本当にパーティーを組むっていうんなら、……ええと、前衛がテイラーで、後衛があたしとキースでしょ? カズマは臨機応変に、皆をちょっとずつフォローしてくれると助かるかな。今日のゴブリン退治でも、初級魔法であたしの詠唱が終わるまでの時間稼ぎをしてくれたし、初心者殺しとの戦いでも目潰ししてテイラーを助けてくれたでしょ」
「ああ、あれは助かった。正直、初心者殺しに襲われた時にはもう駄目だと思ったもんだ。まさか、無傷で帰ってこられるとはな」
「俺も、ゴブリンの群れを見た瞬間にもう終わったと思ったね! カズマは一日に二度も俺達の命を救ってくれたってわけだ! うひゃひゃひゃ!」
テイラーがしみじみとした口調で言い。
キースは早くも酔っぱらっているようで、テンションが高く。
……思えば、この世界に来てからというもの、まともに活躍して褒められたのは初めてじゃないだろうか?
三人からの高評価に、俺がじーんとしていた、そんな時。
「おいお前ら、ちょっと待て!」
テーブルをバンと叩いて声を上げたのは、ダストとかいう、アクア達のパーティーの新しいリーダーで。
「さっきから聞いてりゃ、好き勝手な事ばかり言いやがって! まるで俺がパーティーから抜ける事は、もう決まってるみたいじゃねーか! 冗談じゃねーぞ、代わるのは今日一日だけだって話だっただろうが! おいお前さん、カズマって言ったな?」
ダストが俺に強い視線を向けて……。
「悪かった、この通りだ! 俺が悪かったから、今朝の事は許してください! ごめんなさい! 俺が間違ってました! だから、頼むから俺を元のパーティーに戻してください!」
土下座である。
これ以上にないほど綺麗な土下座をするダストの肩に手を置いて、俺は。
「まあそう言うなよ。思えば俺も、そいつらには世話になったもんさ。ダクネスは何が来たって困らないくらい硬いし、めぐみんの魔法は何者が相手でも一撃で吹っ飛ばしてくれる。どんな傷だって、アクアがいれば治癒してもらえる。……そうだな、言われてみれば俺は苦労知らずだったかもしれない。だからこれからは、普通のパーティーで荷物持ちでもして、苦労ってやつを知っていこうと思う」
「勘弁してくれ! もうお前さんを上級職におんぶに抱っこで楽してるなんて言わないし、苦労知らずとも思わねえ! お前さん、あの三人とずっと一緒にやってきたんだろ? お前さんはすげーよ。柄じゃないが、心から尊敬する。なあ、今朝の事は本当に俺が悪かった。謝らせてくれ。でも、俺達は理解し合えると思わないか? お前さんにも分かるだろ? 俺がどれだけ元のパーティーに戻りたがっているか……」
顔を上げたダストは涙目で。
俺は、そんなダストの目を真っ直ぐ見返しながら。
「今朝の事なら俺はもう気にしてないから謝らなくて良いぞ。誰にでも間違いはあるからな、分かってくれればそれで良いさ。それに、確かに俺達は理解し合えるだろうな。そんなお前だからこそ分かるだろ? 今の俺が何を考えているか」
「ふざけんなてめー人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって! 何がこれから新しいパーティーで頑張ってくれだバカ野郎! お前らのどこがパーティーだ! 冒険者のパーティーってのはな、仲間と協力したり助け合ったりするもんなんだよ! 爆裂魔法を撃っていきなり倒れるアークウィザードに、止めるのも聞かず敵に突っこんでいくクルセイダー、おまけにあのアークプリーストはなんなんだよ! まとまりがないにもほどがあるだろう! お前らみたいのはな、ただの寄せ集めってんだ!」
せっかくこちらが許すと言っているというのに、ダストはいきり立って俺に掴みかかってくる。
俺がガクガクと揺さぶられる中。
俺達のやりとりを面白そうに聞いていたリーンが。
「何があったか知らないけど、よっぽど怖い事があったんだね。ダストのあんな必死なところは初めて見たよ。あのダストが仲間について語るなんて、明日は槍が降るんじゃないかな?」
「いつもは、冒険者は仲間同士であっても競争相手だ、油断する方が悪いとか言って、手柄を独り占めしようとして、一人で失敗して痛い目を見てるくせにな!」
「まあ、あれでも仲間を見殺しにしたりはしない奴だからな。口に出さないだけで、意外と真っ当な仲間意識があるのかもしれん」
キースとテイラーも口々に言う。
と、ダストが俺を放して三人に向き直り。
「なあ頼むよリーン! テイラー、キース! お前らからも言ってくれ、俺をお前らのパーティーに戻してくれよ! 俺がいないとお前らだって困るだろ! 今日だって初心者殺しに遭ったって言うじゃないか。その時、俺がいればと思わなかったか?」
「うーん、そうでもないかな? ダストがいたって、初心者殺し相手に勝てるわけじゃないしね。それより、今日はカズマのおかげで命拾いしたから、これからもカズマがパーティーを組んでくれるって言うなら凄く助かるよ!」
「おい待て、待ってくれ。嘘だろ? 俺達、仲間じゃないか! これまでずっと同じパーティーでやってきた仲間だろ? 頼むから見捨てないでくれよ!」
必死の形相のダストに、リーンは笑って。
「ダストがここまで追い詰められるのも珍しいし、もうちょっと見守っていたい」
「ちくしょーっ!!」
ダストが本気で泣き喚く中。
不服そうな顔をしたダクネスが。
「なあカズマ、さっきから聞いていると、気のせいか二人して私達を厄介者扱いしているように聞こえるのだが?」
「気のせいじゃなくてそう言ってんだ。お前、今日は鎧も着てないくせに初心者殺しに突っこんでいったらしいな? しかも、逃げようって言われてたのを無視して? それで厄介者扱いされないと本気で思ってんのか」
「そ、それは……。私はクルセイダーだ。仲間の盾になるのが私の役割だ。初心者殺しは後衛を狙うからな、アクアやめぐみんの事を思えば、私が前に出て殿を務めるのは必要な事だった」
真面目な顔でそんな事を言うダクネスに、俺も真面目な顔で。
「初めて受ける初心者殺しの攻撃は気持ち良かったか」
「ああ、この辺りのモンスターの中では一二を争う威力だったな。強いというのは聞いていたが、まさかあれほどの……、…………」
「どうしたダクネス、言いたい事を言って良いんだぞ? 初心者殺しの攻撃がなんだって? あれほどの、なんだって? 聞いてやるから続きを言ってみろよ」
「ゆ、許してください……」
ダクネスはそう言って、恥ずかしそうに顔を両手で覆った。
*****
「なあカズマ、俺達が遠出している間に魔王軍の幹部の襲撃があったという話は聞いたが、お前達が魔王軍の幹部を討伐したというのは本当なのか? いや、上級職が三人もいるし、カズマの実力も知った今では疑うわけではないんだが……」
酒の席だというのに真面目な顔をしたテイラーが、そんな事を聞いてくる。
キースとリーンも、興味津々という顔で俺の方を見ていて……。
そんな三人に、俺は酒を飲みながら。
「そーだよ。ベルディアは俺達が倒した。って言っても、あの時は緊急クエストで街中の冒険者たちが集まってたから、俺達だけの手柄ってわけじゃないけどな。でもまあ、ベルディアが率いてたアンデッドナイトはめぐみんが爆裂魔法で一掃したし、ベルディアの攻撃にまともに耐えられた前衛職はダクネスだけだったし、アクアが洪水を起こしたせいで街の一部が被害を受けたわけだが、あれがなかったらベルディアを弱らせる事が出来ず街が滅ぼされていたかもしれないってのは事実だよ。そう、それに俺もアンデッドナイトを誘導したり、スティールでベルディアの頭を奪ったりと獅子奮迅の活躍を……」
俺の話を聞く三人の目が、いつしか頼れる仲間を見るようなものから、憧れの英雄を見るようなものに変わっていて……。
俺がさらに調子に乗った事を言おうとした、そんな時。
いつの間にか俺の隣に来ていためぐみんが、横から口を出してきて。
「カズマのスティールは、それはもう凄いですよ。幸運のステータスが高いのでほとんど成功しますし、なぜか女性に使うと毎回下着を奪っていくのです。それに、カズマは隙を見せればセクハラしてきますし、実は私も下着をスティールされた事があります。もしもカズマとパーティーを組むというのなら、そこの魔法使い風の方は気を付けた方が良いかもしれませんね」
そんなめぐみんの言葉に、それまで憧れの英雄を見るようだったリーンの視線が、犯罪者に向けるような冷たいものになっていて。
リーンの様子に、めぐみんはしてやったりとばかりに俺を見て笑う。
「いや、ちょっと待て。間違ってはいないけど、ちょっと待ってくれ」
間違ってはいないという俺の言葉にさらに引くリーンに、俺が説明を……。
するより先に、ダクネスが。
「ああ、その男の容赦のなさは確かに頼りになるな。ベルディアとの戦いで、必死に攻撃に耐える私を後ろから罵ってきたり、水を掛けてきたり……、……んんっ……! 今思い出しても震えが来るほどの鬼畜っぷりだった」
お前が震えているのは違う理由だろうとツッコむ間もなく、さらにアクアが。
「そういえば、私も檻に入れられて湖に浸けられた事があったわね」
二人の言葉に、キースとテイラーまでもがギョッとした目で俺を見てきて。
「おいやめろ。お前ら、俺を移籍させたくないからって余計な事を言うなよな。確かに間違った事は言ってないが、言い方ってあるだろ?」
俺は、俺が口を開く度に引いていくテイラー達に。
「よし、ちょっと待て。お前らも待て。頼むから俺の話も聞いてくれよ。一方の主張だけ聞いて判断するってのはどうかと思う。……まあ確かに、俺のスティールが、なぜか女相手に使うと高確率で下着を奪うってのは本当だ。でもあれは、ランダムで相手の持ち物を盗むってスキルで、下着を盗むのは俺の意思じゃない。ベルディアに使った時はちゃんと頭を盗んだし、ミツルギに使った時は魔剣を盗んだ。ダクネスに水を掛けたのは魔法に巻きこんじまっただけで、ただの水ならダクネスに掛かっても問題ないって分かってたからだぞ。アクアを檻に入れたのは、湖を浄化する間、モンスターに襲われないようにするためだ。卑怯だとか文句を言われるのはしょうがないかもしれないが、非難される謂れはないはずだ」
俺の言葉に、テイラー達が顔を見合わせる中。
リーンがポツリと。
「……ミツルギから、魔剣を盗んだ? それって、あのミツルギ? 魔剣の勇者の?」
「そ、それにも事情があるんだよ! アイツは、勝ったらアクアを譲れとかいう条件で俺に勝負を吹っかけてきたんだ。だから俺は、スティールで魔剣を奪って不意打ちで勝った」
「勝った!? カズマ、不意打ちとはいえあの魔剣の勇者に勝ったの!? ミツルギって言ったら王都でも知られてるくらい、凄く強いって噂だよ? ダストなんか一瞬でやられてたのに……!」
「お、おう……。あんまり褒められたやり方でもないが、勝ったのは事実だぞ」
俺を見るテイラー達の視線が、再び称賛するようなものになり……。
と、またも横からめぐみんが。
「カズマはその後、取り上げた魔剣を店に持っていって売り飛ばしました。ベルディアとの戦いであんなに苦戦したのは、あの魔剣の人がそのせいで参加できなかったからという理由もあるでしょうね。……自分からピンチを引き寄せておいて、それを解決した事を功績と言うのはどうなんでしょうか? そういうの、マッチポンプと言うのではないですか?」
コイツ……!
「おいやめろ。あいつが魔剣を失ったのは、あいつが間抜けだったからであって俺のせいじゃない。大体、決闘を吹っかけてきたのだって向こうの方からだし、それだって勝手に勘違いして先走っただけだろ。どっちかって言うと俺は被害者なんだぞ。俺はあの件に関しては、謝るつもりもないし、悪かったとも思っていないからな。それともめぐみんは、あの時、俺が負けてアクアが連れていかれた方が良かったのか? あの時の俺は何か間違っていたと思うのか?」
「そ、それは……」
アクアが連れていかれた方が良かったとは言えず、めぐみんが悔しそうにそっぽを向いて。
そのまま、めぐみんがぼそっと。
「私達のパーティーに戻ってきてくれたら、ダクネスの胸を好きなだけ揉んでも良いですよ」
「「「「えっ」」」」
めぐみんの言葉に、四人分の声が重なり……。
俺が横を見ると、困惑するダクネスの胸を、期待に鼻を膨らませたダストとキースが凝視していて。
しかし、ダストはすぐに顔を背け。
「いや、一時の感情に身を任せるな。アイツらはヤバい。いくらなんでもヤバすぎる……! クソッ、見た目だけは良いんだが……!」
「な、なあ、それって俺でも良いんじゃないか? クルセイダーにアークウィザード、それにアークプリーストのパーティーなんだろ? 防御寄りの構成だし、アーチャーが一人くらいいても良いんじゃないか?」
「おいやめろキース! 命が惜しかったらアイツらのパーティーに入ろうなんて思うんじゃねえ!」
ダクネスの胸に釣られて血迷うキースを、ダストが必死に止めている。
この一日で、ずいぶんとあの三人の厄介さを思い知ったようだ。
……自業自得なのだが、少しだけ気の毒だ。
「な、なあめぐみん、勝手に私の胸を代価に差し出されるのは困るのだが……」
「ですがダクネス、このままだとカズマは本当にパーティーを移籍してしまうかもしれないんですよ。あの男は本気です。このまま話がまとまってしまったら、間違いなく移籍しますよ。ダクネスはそれで良いんですか?」
「い、いや、良くはない。良くはないのだが……、いくらなんでも胸を揉まれるというのは……。せめて事前に一言くらいは相談してくれても……、というか、こういう事は言いだしっぺが……、…………」
と、しどろもどろに恥じらっていたダクネスが、めぐみんの体の一部を見て言葉を止め。
そんなダクネスに、めぐみんがいきり立って。
「おい、私の胸を見て何を思ったのか、詳しく教えてもらおうじゃないか!」
「く、詳しくと言われても……! んあ……!? な、何を……! やめっ、やめてくれ! めぐみんが私の胸を揉んでどうするんだ!」
めぐみんがダクネスの胸を揉みしだく光景に、俺達三人はいろいろな意味で前のめりになって。
と、めぐみんの苛烈な責めにダクネスがハアハア言いだした、そんな時。
「……コホン!」
リーンの咳払いで、俺達は我に返る。
俺が、周りに気づかれないようにチラチラとめぐみんとダクネスを見ていると、リーンが苦笑しながら。
「ねえカズマ。カズマが私達のパーティーに入ってくれるって言うんなら、私達は本当に助かるよ。でも、あんな事までして引き留めてくれる仲間達を、カズマは見捨てられるの?」
そんなリーンの言葉に、俺は。
「いや、ちょっと待ってくれ。なんか仲間の絆を再確認する感動系のイベントが発生しそうになってるっぽいが、俺はそんな場の雰囲気に流されたりはしないぞ」
「「「えっ」」」
テイラーとキース、リーンの三人が意外そうに声を上げるが、俺は構わずに続ける。
「よく考えてみれば、俺がこいつらの面倒を見ないといけない理由はないはずだ。どうして俺ばかり苦労しなきゃならないんだ? 俺だって、今日みたいに普通の冒険がしたい。皆だって、俺を役に立つって言ってくれたじゃないか」
「そ、それはそうだけど……!」
俺の言葉に、リーンが困ったようにテイラーとキースを見て。
リーンの視線を受けた二人も、なんと言って良いのか分からない様子で、首を傾げたり酒を飲んだりしている。
よし、ここでもう少し押せば……!
と、俺が口を開いたその時。
それまでテーブルの端の方でヤケ酒を飲んでいたダストが。
「おい待て! お前さん、こいつらを俺に押しつけようとしてるみたいだが、それで本当に良いのか? 見ろよ、今日のこの有様を! 依頼も達成できず、初心者殺しから逃げ帰ってきただけなんだぞ? 俺にこのパーティーのリーダーは務まらねーよ。そんな事は、お前さんが一番分かってるんじゃないか? このままじゃ、俺も含めて全員が路頭に迷う事になる。お前さん、パーティーの仲間を見捨てるつもりか? 今日のパーティー交換だって、乗り気だったのはお前さんだけで、他の三人は嫌がっていたじゃないか」
ダストのその言葉に、テイラーとキース、リーンも何度も頷いている。
……クソ、もう少しだったのに余計な事を。
いや待て。
コイツの考えている事はよく分かる。
なぜなら、俺も同じ気持ちだからだ。
俺は、ダストに顔を近づけ、ひそひそと。
「おい、お前の考えは分かってる。そこで、こういうのはどうだ? あいつらは上級職だし、見た目だけは良い。お前みたいに、俺が上級職におんぶに抱っこで楽してるって思っている冒険者はいるはずだ。そういう知り合いに心当たりはないか? ……ここで俺達が争っても、お互いに損するばかりだぞ」
「お前さん……、天才か。なるほどな、そういう事なら協力できるぜ。お前さんを羨ましいって言ってた奴も知ってる。あいつは上級職のいい女とパーティーが組めて幸せ、あの三人は有能なリーダーを得られて幸せ、これで皆幸せになれるってわけだ」
「おいおい、俺とお前も、望みのパーティーメンバーを得られて幸せになれるだろ?」
「フッ……。そうだったな、今日からお前さんも俺達のパーティーメンバーだ。これからよろしくな、カズマ!」
俺は、そう言ってダストと乾杯し、笑い合い……。
「悪いなお前ら。俺はこれから、テイラー達と仲良くやっていくよ! よろしくな、ダスト、テイラー、キース、リーン!」
そう言って俺が振り返ると、テイラーとキース、リーンはドン引きした顔をしていて。
「「「ダストと同じくらい下衆い人はちょっと」」」
えっ……。
「なぜ最弱職のカズマが上級職ばかりのパーティーでリーダーなんてやっているのかが、よく分かったよ」
なぜ今そのセリフを言うのか。
テイラーが、俺を諭すようにそんな事を言うと、
「カズマは俺達みたいな普通のパーティーにはもったいないな」
「そうね、私達はあくまでも普通の駆け出しだものね」
他の二人も口々にそんな事を……。
テイラー達に断られた俺が、アクアとめぐみん、ダクネスを振り返ると。
「ねえ二人とも、明日からは私達三人で頑張らないといけないみたいだし、今日はもう帰って寝ましょうか」
「そうですね。借金も背負わされてしまいましたが、私達は上級職ばかりのパーティーですし、まあなんとかなるでしょう」
「……ん。万が一、冬越しのための準備が間に合わなくても、この街には私の実家があるから、二人とも泊まっていけば良いだろう」
白けた目で俺を見ながら、三人が口々にそんな事を言い。
「「「それじゃ、カズマも頑張って」」」
三人が口を揃えて言いきる前に。
――俺は全力で三人に土下座をした。