時系列は、魔王討伐後。
俺が街を歩いていると。
青いマントを羽織り、まだどこか幼さを残した女の子、リーンが声をかけてくる。
「カズマ! 聞いたよ、魔王を倒したんだって? すごいじゃない! 私、カズマはいつかすごい事をやるんじゃないかと思ってたよ!」
黒い髪をリボンで束ね、特徴的な紅い瞳をした美少女、ゆんゆんも。
「す、すごいですカズマさん! 私、カズマさんって正直ちょっとアレだなって思ってましたけど、見直しました!」
二十歳くらいの人間にしか見えない、茶色い髪の美女、正体はリッチーで魔王軍の幹部だったウィズさえも。
「やりましたね、カズマさん! あの魔王さんに勝つなんてすごいです!」
そう言って俺を口々に褒めてくれる。
もちろん、俺の仲間達も……。
「さすがですカズマ! もちろん、私は最初からカズマが勝つと信じていましたが」
「何せ人類を脅かしてきた魔王を倒したのだ。今回に関しては誰も文句のつけようもない。それどころか、国中の人々から賞賛されるだろうな」
いつの間にか俺は屋敷の自分の部屋にいて。
彼女達は下着姿で。
「いいんですよ、カズマ……。だってカズマは魔王を倒したんですから。あの夜の続きをしましょう?」
めぐみんがそう言って俺の肩に手をかけ、顔を近づけてきて――!
「華麗に脱皮! フハハハハハハハ! 残念、我輩でした!」
「うわああああああ! ……ハッ! 夢か!」
目が覚めると屋敷の自分の部屋だったが、周りには誰もおらず俺一人だ。
夢オチ……!
「なんだって今さらあんな夢を……」
「カズマさーん、なんか悲鳴が聞こえたんですけどー。頭大丈夫ですか? とうとうボケたんですかー?」
俺の悲鳴を聞きつけたらしいアクアが、部屋のドアを開けひょっこり顔を出してきて。
「うるせーボケるか! 普段からボケた事言ってるのはお前のくせに何言ってんだ。なんでもないよ、ちょっとおかしな夢を見ただけだ」
「……? ……ねえカズマ、なんだかちょっと悪魔臭いんですけど。サキュバスのお店に行った時の朝みたいな感じなんですけど!」
アクアがそんな事を言いながら、夫の浮気現場を見た妻のような表情で、部屋に入ってくる。
……大体合ってる? のか?
「いや、ちょっと待ってくれ。まったく身に覚えがない。サキュバスサービスだって、もうずっと行ってないぞ? この屋敷にはお前の結界が張ってあるんだし、外泊だってしてないんだから、俺が嘘を吐いてないってのは分かるだろ?」
「そうだけど……。臭い! やっぱり臭いわ!」
俺は、超至近距離で鼻をクンクン言わせて喚くアクアに。
「やかましい! って事は、アレだろ、バニルの呼びだしだよ。そのうち呼びだすって言ってたし、どうやって呼びだすか胸を躍らせて楽しみにしているが吉って笑ってたから、お前への嫌がらせのために、サキュバスに結界をすり抜けさせたんだろ。さっき声を上げたのも、変な夢を見せたせいだよ」
「……ねえカズマ、いい加減、あの性悪仮面とは縁を切るべきだと思うの」
俺がサキュバスサービスの世話になると、アクアが拗ねると知っての所業だろう。
まったく、見通す悪魔はロクな事をしない。
俺は、においを嗅ぐのが楽しくなってきたらしく、未だクンクンやっているアクアを押しのけベッドから降り。
「朝飯食ったら、ウィズの店に行くかー」
「悪魔の呼びだしにホイホイ応じるのは、女神の伴侶としてどうかと思うんですけど! 用があるなら、あっちの方が訪ねてくるべきじゃないかしら! 門の前でどうかお願いしますって三日三晩DOGEZAをしたら、この私が直々に頭を踏んづけてあげても良いわ!」
「会ってやるんじゃないのかよ。魔王を倒して、お前の結界が強くなってから、屋敷の中は居心地が悪いんだろ」
その割に結界をすり抜けてサキュバスを送りこむなどという器用な事をやってのける辺り、流石は地獄の公爵という事なのか。
「ほーん? じゃあウィズの店にウチと同じくらい強力な結界を張ってあげようかしら」
「……やめてやれよ。お前は最近忘れてるみたいだが、ウィズはリッチーなんだから浄化されるだろ。なあ、マジでお前の方がボケてきてないか? 割と真面目に心配なんだが」
「な、何よ、冗談に決まってるじゃない。カズマが、ウィズがリッチーだって事を忘れてないか、テストしてあげたのよ?」
「はいはい、ありがとう。着替えるから出てけよ」
「何言ってるの? 今さらカズマの裸なんかで動じるわけないじゃない。なんなら、着替えるのを手伝ってあげても良いわよ?」
そんな事を言いながら、アクアが服を脱がそうとしてきて……。
「おいやめろ、お前が手伝うとなぜか余計に時間がかかるんだよ! 着替えくらい一人で出来る!」
「何よ、カズマのけちんぼ! もう良いわよ、朝食の準備してくるから!」
――魔王討伐の後。
どこのハーレム系ラノベの主人公だよと自分でツッコミたくなるような、泥沼のラブコメ展開を経て。
俺は最後に、アクアを選んだ。
*****
広間で朝食を食べる。
「あ、アクア」
「はい、お醤油でしょ?」
「おう、ありがとう」
「どういたしまして!」
今、屋敷に住んでいるのは、俺とアクアの二人だけだ。
広い屋敷だから、二人きりだと広すぎるのだが、たまに訪ねてくる知り合いもいるし、冬を前にしてどうにもならなくなった新人冒険者の救済措置の役割も兼ねているので、引っ越さないでおく事にした。
最初、不動産屋に無料で貸してもらい、そのおかげで冬を越せたので、俺もこの屋敷を使って誰かの手助けをした方が良いような気がしたのだ。
荷物が多くなってきて、引っ越すのが面倒くさかったという理由もあるが。
「ごちそうさま」
食事を終え、使った食器を水に浸けて浄化魔法を掛け。
「よし、行くか。おーいアクア、出かけるぞ」
「えー? 朝食を食べたばかりだから、今は出かける気分じゃないんですけど。ねえー、やっぱりやめときましょうよ。あんな木っ端悪魔、放っておけば良いじゃない。夕方くらいまで、一緒にソファーでゴロゴロしましょう?」
「それも悪くないけど、午後にダクネスが来るって言ってただろ」
「えっ、ダクネス? ……おお! そういえばそんな話もあったわね! ねえ、だったらなおさら、あんなのを相手にしてる暇はないんですけど!」
「そんなに嫌ならお前は留守番してても良いぞ。まあ、一応約束だから、俺は行くけどな。悪魔との約束を破ったら、何をされるか分かったもんじゃない」
「待って、分かったわよ! 一緒に行くから置いてかないで!」
「へいらっしゃい! ひたすら眩しいだけでこれと言って役に立たない発光女神と、人生で最も重要とされる選択を誤り、棺桶に片足突っこんだ女神の飼い主よ。我輩のメッセージは遺漏なく届いたようであるな。本日はよく来た、さあ入るが良い。まあ、そこの狂犬女神は別段呼んでおらんので、帰ってもらってもまったく構わんのだが」
「アロエ仮面ごときがこの私を追い返そうなんて面白い冗談ね。それはひょっとしてギャグで言っているのかしら? すべてを見通す大悪魔とか言ってるけど、実は芸人だったの? ありとあらゆる宴会芸をマスターしたこの私が見てあげるから、芸の一つでもやってみなさいな! ほら、早くやんなさいな!」
「貴様、黙って聞いておれば! いい加減、我輩をアロエ仮面と呼ぶのはやめんか!」
「……お前ら、ほどほどにしとけよ」
相変わらず仲の悪い二人の間を通り、店の中に入ると。
「カズマさん、アクア様、いらっしゃいませ! カズマさんはお久しぶりですね。こないだ教えていただいた方法で魔道具の宣伝をしたら、びっくりするくらい売れたんですよ! ありがとうございます!」
「そういえば、最後にここに来たのは随分前だっけな。何を言ったのかは覚えてないが、売れたんなら良かったよ」
「まさかあの魔道具に、あんな使い方があるとは思いませんでしたよ」
俺達を嬉しそうに歓迎するウィズに毒気を抜かれたのか、アクアとバニルは喧嘩をやめ、店の中に入ってくる。
当たり前の顔をして椅子に座るアクアに、ウィズがお茶を淹れてやる中。
俺はバニルに。
「それで、大体見当はついてるけど、今日はなんで俺を呼んだんだ?」
「うむ。貴様が予想する通りである。発光女神と四六時中一緒にいるせいで、貴様の未来は見通しづらいのだが、やはりこれだけ時期が近づけば見えるようだな。サトウカズマよ、見通す悪魔が宣言しよう――」
「ええええええええ!?」
と、何か言いかけたバニルの言葉を、ウィズの上げた大声が遮り。
「なんだ、いきなりどうしたのだ騒がしい。貴様もいい年したリッチーなのだから、いい加減に落ち着きというものを覚えてはどうか。我輩の決め台詞を邪魔しないでもらおうか」
「年齢の事は言わないでください! そんな事より、バニルさんが名前で……! カズマさん、これって凄い事ですよ。バニルさんはひねくれ者なので、私の事もあんまり名前で呼んでくれないんです」
「長き時を生きた我輩と、そこのいつまで経っても精神的に成長せず素直になれない小僧を一緒にしてほしくはないのだが。……我輩にだって、友情を示したいと思う時があるのだ」
真面目な口調でそんな事を言うバニルに、ウィズが微笑み、アクアが怪訝そうな目を向ける中。
俺は首を傾げて。
「ていうか、俺達って友達だったの?」
「カズマさん!? なんて事を言うんですか! せっかくバニルさんが素直になったんですから、意地悪を言わないでくださいよ!」
「ねえカズマ、いくらなんでも、私もそれはないって思うんですけど。悪魔との友情なんて、何言ってるんですかって感じだけど、カズマには人の心ってもんがないの?」
二人が口々に失礼な事を言う中、バニルが。
「フハハハハハハ! 我輩の真心を無碍にするとは、さすがの我輩も見通せなかったわ! これだから人間というのは油断ができん!」
心底愉快そうな笑い声に、俺達は顔を見合わせ。
「……よく分からないが、まあ楽しそうんなら良いんじゃないか」
「いえ、あのバニルさんが、弱っているところを他人に見せるとも思えませんし、本当はバニルさんなりに傷ついているのかもしれませんよ」
「そこの木っ端悪魔がいくら懐いてきても、ウチのカズマさんが悪魔と友達になるなんて、女神としては認められないわよ。大体、人間の悪感情を吸って辛うじて生きてるような寄生虫に、友情なんて理解できるんですかー?」
「……良いだろう。では、友情の証として、長年誰にも言ってこなかった我輩の秘密を教えるとしよう」
バニルの言葉に、俺達は揃ってごくりと唾を飲みこみ。
「マジで? なんだよ、お前の秘密って? その仮面の下を見せてくれるってか?」
「そんなどうでも良い事ではない。もう随分と昔、今度こそ本物だと言って、最後に貴様に売りつけたお色気店主の下着だが。……その後、我輩が同様の手口で下着を売りつけようとしなかった事で、本物だったのだと信じ、欲望の限りを尽くしていたようだが、実はあれも、とある女装癖のある男から買い受けたものであったのだ。いや失敬失敬! おっと時を経て熟成された悪感情、これはこれで美味である!」
「ふざけんな」
ウィズが、なんだそんな事かと胸を撫でおろす中、ヒートアップする俺達は。
「ちょっとあんた、そんな事言ってカズマの頭の血管がプチっと行ったらどうしてくれんのよ! ねえカズマ、落ち着きなさいな。そんなにぱんつが欲しいんなら、どうしてもって言うなら私のをあげなくもないわよ?」
「そういう事じゃない。気持ちはありがたいからぱんつは貰っておくが、今お前からぱんつを貰ったって、俺の青春は帰ってこないんだよ。畜生、あの日の俺の感動をどうしてくれるんだよ? やっぱり悪魔なんか信じるんじゃなかった!」
「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ! あの下着を買った時、貴様はどうせ偽物だろうと察していたではないか! それでも、万が一にも本物かもしれないという儚い希望に縋ったのであろう? 幻とはいえ一時の幸福を得たのだ、まるで人生の縮図のようではないか!」
バニルがわけの分からない事を言う中、俺はウィズに向き直り。
「……なあウィズ、ここからここまで買ってっても良いか? ウィズの仕入れてくる魔道具は、欠陥があるかもしれないけど個性があって面白いよな」
「おい待て貴様、勘違い店主を調子に乗らせる事で、遠回しに我輩に嫌がらせをするのはやめてもらおう」
「そういえばウィズ、バニルが隠し金庫を作ってるって知ってたか?」
「よし分かった。話し合おう。謝るのでやめてくださいお客様」
「……カズマさんが悪魔よりも嫌がらせに長けてる件について」
――しばらくして。
俺が、魔道具をいくつか購入し、ウィズの仕入れる魔道具を褒めちぎって自信を取り戻させ、バニルの隠し金庫の場所をウィズに教え。
「……我輩はネタばらしに時間を掛ける事で熟成された悪感情を食そうと思っただけなのに、どうしてこうなった?」
「お前が脱皮した抜け殻って、オークにはいくらくらいで売れるんだ?」
「!?」
俺が、バニルが所有する最も大きな隠し金庫の在処を匂わせ、バニルを脅していると、アクアにお茶のお代わりを淹れてやっていたウィズが。
「そういえばバニルさん、さっき何を言いかけていたんですか?」
「うむ。それを言うためにこやつらを呼びだしたと言うのに、貴様が騒ぎだすので、肝心な事を言いそびれておったわ」
バニルが俺を正面から見据え、真面目な口調で。
「サトウカズマよ、見通す悪魔が宣言しよう。汝は今宵、死を迎えるであろう」
*****
ウィズの店からの帰り道。
一応、報告しておいた方が良いだろうという事で、冒険者ギルドにやってきて。
「――という事なので、諸々の連絡をお願いしたいんですが」
「そ、そうですか。分かりました。……あの、念のための確認ですが、それって、いつもの冗談ではないんですよね? 諸々の連絡と言いますと、王都や近隣諸国、それに紅魔族やアクシズ教の方々にも連絡する事になりますので、かなり大事になると思うんですが……。サトウさんは、いまいちご自身の立場を理解していないようなので、その辺を注意して対応するようにと言われてるんですよ。後から誤報だなんて事になると、私がクビになるだけじゃ済みませんからね」
俺が、バニルに聞いた話を伝えると、受付のお姉さんは困ったような心配そうな表情で、そんな事を言ってきて……。
…………。
まあ、確かにこの街の冒険者ギルドにはいろいろと迷惑を掛けているから、冗談か何かだと思われるのも仕方ないのだろうが。
俺だって、今では自分がVIPと呼ばれる立場だって事は自覚している。
魔王を倒した勇者が死ぬとなれば、それは大事に違いない。
……俺が死ぬってだけで国中が大騒ぎすると思うと、正直少し嬉しいわけだが、流石にそれは不謹慎だし言わないでおく。
「カズマったら、自分が死んで国中が大騒ぎになるからって、ちょっと嬉しそうにしてるのはどうかと思うんですけど」
「おい、人を愉快犯みたいに言うのはやめろよ。俺は魔王を倒した勇者だし、他にもいろいろ活躍したから、死ぬ時になって騒がれるのは当たり前じゃないか。日本でだって、大物芸能人が死んだら盛大に葬式をやってたし、テレビでも放送されてただろ。あれと似たようなもんだろ」
「魔王を倒して世界を救った勇者なのに、芸能人なんかと一緒にするのはどうなんですかー? まったく、発想が庶民レベルのまま成長してないんだから!」
「相変わらずステータスが成長してないお前に言われたくない」
「ちょっと! 私が成長してないのは、成長する必要がないくらい完璧だからであって、非難されるような事じゃないんですけど! 謝って! 女神に欠点があるみたいな事言ってごめんなさいって言って!」
「はいはい、ごめんなさい」
「もっと心を込めて、きちんと謝って! 昼ごはんは調理スキルで霜降り赤ガニを美味しく食べさせてあげるから許してくださいって言って!」
俺が適当に流そうとすると、調子に乗ったアクアがそんなバカな事を言ってきて。
と、俺がアクアにザリガニ料理を美味しく食わせてやろうかと考えていた、そんな時。
「あのっ、す、すいません! 誰か……!」
冒険者ギルドのドアが乱暴に開かれ、杖を持ち、魔法使いっぽいローブに身を包んだ少女が飛びこんできた。
息も絶え絶えな様子の少女に、ギルド職員が水を持って駆け寄り。
「……な、仲間が、私の仲間が、私を庇ってジャイアントトードに食べられて……! わ、私はもう、魔力が尽きて魔法が使えないから、どうにも出来なくて……、あ、あの、誰か助けてくれませんか! お金は支払いますから……!」
少女が涙目で、ギルド内に響く大声で言うが……。
夏から秋にかけてのこの時季は、冒険者にとって稼ぎ時であり、冬篭りの準備期間でもあって。
「今、この街にいる冒険者は、ほとんどが出払っているんです。なんとかしてあげたいとは思いますが……」
人のいない酒場を見ながら、ギルド職員が困ったように言う中。
アクアがクイクイと俺の袖を引いて。
「ねえカズマさん、あの女の子、仲間に庇ってもらったらしいけど、私はカズマさんにそんな事をしてもらった記憶がないわよ? 囮になって追いかけ回されたり、頭から飲まれて粘液まみれになったりした事はあるのに、これっておかしいんじゃないかしら? カズマはもっと、私を大事にするべきなんじゃないかしら?」
「あの時は他に方法がなかったんだから仕方ないだろ。まあ、今さらカエルごときに後れを取る俺達じゃないし、今は囮なんて必要ないよ。ダクネスとの約束まで少し時間があるし、困ってるみたいだから助けてやろう」
「……? カズマったら、何を企んでるの? 面倒くさがりで捻くれてるカズマが素直に人助けなんてするわけないんですけど。ひょっとして、あの女の子が可愛いから助けてあげるの? これって浮気? 浮気なの?」
「お前、俺をなんだと思ってんの? 俺だって面倒くさいし行きたくはないが、他に人がいないんだし、俺達ならカエルくらい楽勝だろ。もう冒険者ギルドに来る事もないだろうし、最後くらい素直に人助けやったって良いじゃないか。別にお前はついてこなくてもいいぞ。ここんとこクエストには出てなかったが、カエルくらい、俺一人で十分だからな」
「ちょっと待ちなさいよ! 一人で行ったら、あんたがカエルに飲まれた時、誰が助けるのよ!」
「……お前、カエルに対して有効な攻撃持ってないじゃないか」
俺とアクアがそんな事を言い合いながら、少女達の下へ行くと。
「サトウさん! サトウさんが行ってくださるんですか! ……その、大丈夫なんでしょうか?」
「え? えっと……」
表情を明るくするギルド職員の隣で、少女が、俺とアクアを見比べ困惑した表情になって。
そんな少女に、アクアが能天気に笑って。
「私が来たからにはもう安心よ! すべて私に任せて、大船に乗ったつもりでいなさいな! そう、アクシズ教団の女神はこんなに頼りになるのです。エリスなんて見守ってるだけの女神とは大違い! あなたもアクシズ教徒になってみませんか?」
「困ってる人間を勧誘するのはやめろって言ってるだろ。ていうか、すべてお前に任せたらカエルの被害者が増えるだけだけど良いのか?」
アクシズ教団の入信書を渡そうとするアクアを、後頭部を引っ叩いて止め、俺は縋るように見上げてくる少女に。
「まあ、カエルくらいならどうとでもなるから心配するな。詳しい場所が知りたいから、急いでここまで来て疲れてるところ悪いが、案内してもらえるか?」
「は、はい! ありがとうございます……!」
俺が気軽に請け合うと、少女は深々と頭を下げた。
マントにローブは昔ながらの魔法使いの格好だが、少女はそれに加えて、三角帽子を被り眼帯まで付けている。
しかも色はすべて黒。
魔王との戦いにおけるめぐみんの活躍が知られて以来、若い魔法使いの間では紅魔族の服装に似せた格好が流行している。
最近では、魔法使いはこの格好をやめて、実用的な服装になるのが一人前の証などと言われていたりする。
真新しい紅魔族ファッションに身を包んだ少女は、まだまだ新米なのだろう。
「ああ、あれだな」
街を出てすぐ、俺が案内も聞かずに歩きだすと、少女は驚いた顔で俺を見てきて。
「あ、あの、どうして分かるんですか?」
「千里眼スキルだよ。遠くのものでも見える」
俺の言葉に感心するような顔をした少女は、すぐに不思議そうに首を傾げ。
「あの、千里眼スキルが使えるって事は、アーチャーの方なんですよね? 弓を持っていないようなんですけど……」
「俺はアーチャーじゃないから、弓と矢がなくても問題ないよ」
「……?」
少女がますます不思議そうな顔をする中、アクアが俺に顔を近づけてきて、ひそひそと。
「ちょっとカズマ、実力を隠した助っ人キャラをやりたいのは分かるけど、一人でニヤニヤしてるのはどうかと思うんですけど」
「ち、違うぞ。ここで俺が冒険者だなんて言ったら余計に不安にさせるだけだろ。どうせすぐに分かる事なんだから、わざわざこっちからバラさなくても良いじゃないか」
「じゃあもう魔王を倒した勇者ですって言っちゃえば? 最強の最弱職だって! プークスクス!」
「おいその強いんだか弱いんだか分からない呼び方はやめろよ。勇者だってバレたら、それはそれで面倒くさい事になるだろうし、さくっと助けてさくっと帰りたいんだよ」
「チヤホヤされたいけど面倒くさいのは嫌とか、面倒くさいのはカズマの性格なんですけど」
アクアとそんな事を話しながら、早足でカエルのいる方へ向かっていると、少女が叫び声を上げて。
「ああっ、カエルが!」
見れば少女の仲間を飲みこんだカエルが、地面に潜っていこうとしているところだった。
俺以外にもカエルが見える距離にまで近づいていたが、このままだと、カエルが俺の射程内に入るより、地面に潜ってしまう方が早そうだ。
それを見たアクアが。
「任せてカズマ、私に考えがあるわ! あのカエルを逃がさないようにすれば良いんでしょう?」
「ちょっと待て。お前は何もしないで良いから、大人しく……」
慌てて言った俺の制止も聞かず、アクアは。
「『フォルスファイア』!」
アクアの手に青白い炎が灯り、それを見たカエルが地面に潜ろうとするのをやめて、敵意の篭った目でアクアを見て。
「このバカ、余計な事はしないで大人しくしてろって言ってるだろうが! お前が何かしたところでロクな結果にならないのは目に見えてるし、活躍したらしたで絶大なマイナスも付いてくるんだって、いい加減に分かれよ!」
「何よ、私だって役に立って褒められたいのよ! ほら、カエルは足止め出来てるんだから良いじゃないの! よくやったねって言ってよ! たまには素直に褒めてよ!」
「お前こそたまにはまともに活躍しろよ! ほら、バカな事言ってないで走れ!」
アクアがバカな事を口走る中。
駆け抜ける俺達のすぐ傍で、ボコボコと大量のカエル達が地中から這い出してきて。
カエル達はすべて、アクアに敵意の篭った目を向け……。
「わああああああーっ! カズマさん、カズマさーん! カエルがいっぱい出てきたんですけどー! こっち見てるんですけど! 超見てるんですけど!」
「うわっ、お前、こっちに寄ってくるなよ! 狙われてるのはお前だけなんだから、自分でなんとかしろよな! お前が寄ってきたら、俺達まで狙われるだろ! もういっそお前だけ食われちまえよ!」
「嫌よ、私は魔王を倒した女神なのよ! どうして今さらカエルに食べられないといけないのよ!」
「あ、あの、そんな事言っている場合なんですか? これってすごくピンチなのでは……!?」
少女が、俺達に助けを求めた事を後悔したような顔をする中。
ようやく、少女の仲間を飲みこんだカエルが俺の射程に入って。
「よし、ここからなら届くだろ。――『クリエイト・ウォーター』!」
「……!? 初級魔法……?」
「『フリーズ』!」
俺の魔法で、カエルが全身を氷漬けにされて動きを止め。
「流石ねカズマ! 毎年、夏になるとフリーズで作った氷をバケツに入れて、部屋を涼しくしてただけの事はあるわ! 初級魔法だけなら本職の魔法使いよりも強力なんじゃないかしら!」
「よし、じゃあお前らのどっちかが、カエルの腹の中に入って食われた奴を助けてこいよ」
「「えっ」」
俺の言葉に、二人がドン引きした顔をして、顔を見合わせ。
「そんな事より、こうすれば良いじゃない! 凍っている状態なら効くはずよ。神の鉄槌、食らいなさい! ゴッドブローッ!」
「待っ……」
アクアの輝く拳を叩きこまれ、カエルの凍っていた腹が割れ。
中から、気を失った少年がでろりと流れ出てきて。
「カズマ! 目を覚まして、カズマ……ッ!」
少女が少年に縋りついて、泣きそうになりながら名前を呼びかけ……。
…………。
おい、今なんつった?
「……そういえば、一時期、魔王を倒して世界を救った勇者って事で、カズマって名前を子供に名付けるのが流行ってたわね。……この子も可哀相にね。ほら、今ヒールを掛けてあげるわ」
「おい、俺の名前を名付ける事の何が可哀相なんだ? お前、俺の親に謝れよ」
少年にヒールを掛けるアクアに俺がそう言うが、アクアはこちらを見ようともせず。
いや、そんな事より。
「ていうか、あのカエルからドレインタッチで魔力を奪いつつ、魔法で少しずつカエルの群れを倒していこうと思っていたわけだが。お前がゴッドブローでカエルを倒しちまったから、もう無理だな。なあどうすんの? カエルの数が多すぎて、カエルを凍らせてもドレインタッチしてる間に他のカエルに食われるぞ。都合よく孤立してたのはこいつだけだったのに、どうして後先考えずに倒すんだよ」
「だって! だって! カズマばっかり活躍して、あの子達にすごいなって思われるのはズルいじゃないの! 私だって褒められたいの! チヤホヤされたいのよ! カズマって名前の子がいるんだから、アクアって名前の子がいたって良いと思うのよ!」
「やっぱりお前、カエルに食われてこいよ」
「いやよ! いやーっ! ねえおかしいわ! 私達って、魔王を倒した勇者と、勇者を導いた女神でしょ? どうして未だにカエルに苦戦しないといけないの? こんなのって絶対におかしいと思うの! そうだわ、テレポートよ! カズマはテレポートを使えるんだから、カエルなんかと戦わなくても良いじゃない!」
「バカ言うな。ここはクエストを終えた冒険者達が街に帰ってくる時の通り道なんだぞ? いくら雑魚モンスターだからって、俺達が呼びだしたカエルの群れを放っておくわけにはいかないだろ。もう俺が爆裂魔法で吹っ飛ばすから、ちょっと吸わせろよ」
そう言って俺が伸ばした手を避けるように、アクアは自分で自分の体を抱くようにして身を引き。
「何言ってんの? こんな時間から、こんな開けた場所で、しかも子供達が見てるって言うのに、あんた、私に何するつもりよ? カエルも超見てるんですけど、状況分かってるんですか?」
「お前こそ何言ってるんだ? ドレインタッチに決まってるだろ。俺の魔力だけじゃ爆裂魔法を使えないんだよ」
「ええー? 汚らわしいリッチーのスキルを受けるなんて、嫌なんですけど!」
「そんな事言ってる場合か! じゃあ選ばせてやるよ。カエルに食われて囮役をやるのと、ドレインタッチを受けるのと、どっちが良い? あと、俺にはお前をここに放置してテレポートで逃げるって最終手段があるのを忘れるなよ」
「……ねえカズマ、その冗談はあんまり笑えないわよ? ほら、私達って夫婦なわけじゃない? いくらなんでも、自分の妻をモンスターの群れの中に置き去りにしたりしないわよね?」
「安心しろアクア。ちゃんと屋敷で装備を整えて助けに来てやるから。……冒険者セットはもう長い事使ってないし、どこに仕舞ってあるのかも分からないから、準備するのに時間が掛かるかもしれないけどな」
「あ、あの、カエルが、カエルが……!」
俺とアクアが言い争う中、仲間の少年を抱きしめている少女が、泣きそうな声で言ってきて。
その言葉にアクアが。
「わ、分かったわよ! ドレインタッチしても良いわよ! ねえ分かってる? カズマだから許すんだからね? そこんところ、ありがたく思いなさいよ?」
「元はと言えばお前のせいなんだからな? お前こそ、そこんところ分かってるのか?」
俺が、アクアが伸ばしてきた手を取ると。
「細かい事は良いじゃない! ねえカズマ、どうしてかしら! カエルなんかにピンチになってるのに! 私、なんだかとっても楽しいの!」
アクアが浮かれたように笑って、そんな答えが分かりきった事を聞いてきて……。
そんなアクアに、俺は、
「『エクスプロージョン』ッ!!」
答える前に、渾身の爆裂魔法を放った――!
*****
「カエルの討伐数が……すごい! この短時間で二十匹ですか!」
「はい」
「それで、爆裂魔法で平原にクレーターを作ったわけですね」
「はい」
「報償金がこんな感じになります」
「はい」
赤字である。
いや、今さらこのくらいの赤字はなんでもないくらいの資産が俺にはあるのだが。
俺が冒険者ギルドの世知辛さを、身をもって新米冒険者に教え。
ギルドの酒場で昼食を取って。
「「ありがとうございました!」」
深々と頭を下げ礼を言う二人と、ギルドの前で分かれる。
クエストの報酬で何を買おうかと、仲良く話しながら去っていく二人の後ろ姿を見つめ、アクアが懐かしそうに。
「……私達にもあんな時期があったかしらね」
「いや、なかっただろ」
「そうね、私達はすぐにめぐみんやダクネスを入れて、四人パーティーになったものね」
「そういう事じゃねーよ」
……俺がカエルに追い回されるのを笑いながら見てたくせに、コイツは何を言っているのだろう。
そんなやりとりをしながら屋敷に帰ると、屋敷の前に金髪の少女が立っていて。
「あっ……! お、おか……、遅かったな、カズマ、アクア」
「あれっ、もう約束の時間だったか? すまん、いろいろあって帰るのが遅れた。鍵を渡してあるんだから、中で待ってても良かったんだぞ」
「い、いえ……、いや、私が早く来すぎてしまっただけだからな」
「まあとにかく中に入れよ、ダクネス」
俺がそう言ってドアを開けると、金髪の少女はダクネスらしくない儚い微笑を浮かべた。
ダスティネス・フォード・フロレンティーナ。
ベルゼルグ王国の盾にして、王家の懐刀、大貴族ダスティネス家のご令嬢である。
というか、ダクネスのひ孫だ。
幼い頃から冒険者に憧れ、魔王を倒した勇者サトウカズマの下に通って冒険譚を聞きたがり、俺が実は大した事ない奴だと知ってからも、飽きずに時々訪ねてくる。
俺がダクネスと出会った時と同じ、十六歳。
冒険者をやっていて、冒険者としての名前はダクネスを名乗っている。
「粗茶ですけど」
「……あ、ありがとうございます、アクア様」
「素が出てるぞ」
「えっ、でもここでは他に誰も見てませんし……」
「バカッ! そういう油断が失敗を生むんだぞ。冒険者をやってる時は、お前はダクネスなんだから、常にダクネスっぽくしてないと駄目だろ」
「わ、分かりました! ……ありがとうアクア。ところでお湯なのだが」
「お前、またか! どんだけ茶葉を無駄にしたら気が済むんだよ! 淹れ直してこい!」
「い、いえっ、大丈夫ですから! 私、お湯大好きですから……!」
アクアに任せるとお茶をうっかりお湯に変えるので、俺が淹れ直して。
「……あ、ありがとうカズマ。うん、美味いな」
ダクネスが、チラチラと俺の方を見ながら、恥ずかしそうにそんな普通の事を言う。
気が弱くて人見知りする性格を克服するために、冒険者をしている時は、クールで無表情なダクネスを演じるという事なので、俺とアクアがダクネスの変態ではないエピソードを聞かせたりして、演技指導をしているのだ。
「前から聞きたかったのだが、ひいお祖母様はどのように二人の仲間になったんだ?」
「それはね、めぐみんがカエルに飲まれて粘液まみれになっているところを見て、自分もあんな風に……いた! いきなり何すんのよ!」
「何すんのよじゃねえ! ダクネスはあのダクネスを、非の打ちどころがない高潔なクルセイダーだと思ってるんだぞ? この子に、実はあなたのひいお祖母様は変態でしたって言うつもりか? お前はすぐに調子に乗って余計な事まで言うんだから、昔の話をする時は黙ってろって言っただろ」
「だって、カズマばっかりズルいと思うわ! 私だって、私の武勇伝を格好良く語って、ダクネスちゃんに、アクア様凄いって思われたいのよ!」
「あ、あの、話しにくいのであれば、無理にとは……」
ひそひそと相談する俺とアクアを前にして、思いきり素が出ているダクネスに、俺は。
「……めぐみんがカエルに飲まれて粘液まみれになってるのを見て、幼気な少女がそんな事になるのは見過ごせないって言って、前衛のいなかった俺達のパーティーに入ってくれたんだよ」
嘘は言っていない。
「――それで、そんな話をするって事は、まだパーティーを組む仲間が見つからないのか?」
「うっ……。そ、そうです……だ」
俺の言葉に、ダクネスが泣きそうな顔で頷いて……。
…………。
「それなら、良い方法があるぞ。お前のひい祖母さんもやってた事だ」
「ねえカズマ、それってアレよね? 分かったわ、私に任せてちょうだい! 飛びっきりの加護を授けてあげるわ! ダクネスちゃん、今からアクシズ教会に行ってお祈りを……いた! なんでいちいち叩くのよ!」
「なんでアクシズ教会なんだよ! お前の加護なんか受けたら、アンデッドの友達が出来るだけだろうが! いいかダクネス、エリス教会に行くんだ。お前のひい祖母さんも毎日毎日エリス教会に行って祈ってたら、クリスって友達が出来たんだよ。お前の家もエリス教徒だし、きっとエリス様は見守ってくれてるはずだ」
「何よ、エリスなんかより私の方がずっと近くで見守ってるんですけど! どうして私というものがありながら、エリスなんかを頼るのよ!」
「そりゃ当たり前だろ? エリス様は本物の女神だし……」
「わあああああああーっ! 私だって女神なのに!」
泣き喚くアクアに、ダクネスが完全に素に戻って。
「わ、分かりました! えっと、その……両方! 両方行きますから! お二方の加護をいただければ、きっと私にも冒険仲間が出来るはずですから!」
*****
――夕食の後、ダクネスはダスティネス邸へ帰っていき。
「……何やってんのお前」
俺が自分の部屋に戻ると、なぜかアクアが寝間着姿で俺のベッドに入っていて。
「何って、添い寝だけど。喜びなさいよ。カズマが自分の部屋で一人寂しく死んでいくのは可哀相だから、女神アクアが一緒に寝てあげるわ。ほら、ツンデレしてないで素直にありがとうって言いなさいな! ほら、ほらっ!」
言いながらアクアが掛け布を持ち上げ、ベッドをパンパン叩いてきて。
いつまでも突っ立っていても仕方ないので、俺はアクアの隣に横になりながら。
「何言ってんの? 布団の上で大往生だよ? しかも、ボケてもないし寝たきりでもない。これ以上ないくらい良い死に方じゃないか」
高レベルの冒険者は、寿命が来ると突然死する。
高いステータスが肉体の老化を補い、死ぬ直前まで若い頃とほとんど変わらない動きを続けられるからだ。
俺は、向こうの世界では長寿で知られた日本人だからか、仲間達の中では一番長く生きてきて……。
でも、バニルによれば、それも今夜で終わりだという。
目を閉じていると、アクアが俺の皺だらけの手を握ってきて。
「ねえカズマ、死ぬのは怖い?」
「……怖いよ。超怖い」
「泣いても良いのよ。ここには私しかいないんだから」
「泣かねーよ! 泣かないけど……」
……こいつは誰だろう?
怖がる俺をバカにするでもなく、優しく声を掛けて、手を握ってくれて。
まるで本物の女神様みたいじゃないか。
だからだろうか? アクアが、らしくない事をするから……。
「なあ、アクア」
「なーに?」
「……あ、ありがとう」
俺は少しだけ泣きそうになりながら。
「あのまま向こうの世界にいたら、俺はきっと、ニートのまま大人になって、ロクでもない死に方をしていたと思う。こっちの世界では、お前のせいで借金を背負わされたり、理不尽な苦労をさせられたり、何度も死んだりしたけど、今になって思い返せば、まあ、そんなに悪くなかった。楽しかったよ。……俺を、この世界に転生させてくれて、ありがとう。ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」
最後の一言を口にした瞬間、俺の意識は眠るように薄れていき――
誰かに呼びかけられたような気がして目を開けると、そこは見慣れた真っ白い神殿の中。
「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです。……あなたは天寿を全うされました」
俺の目の前には、女神そのものといった微笑を浮かべたエリスが立っていて。
「お久しぶりですね、カズマさん。本当は、私が案内するのは不慮の出来事で亡くなった方の魂だけなのですが、無理を言って代わってもらっちゃいました」
クリスともずっと会っていないし、天界へのテレポートは禁止されてしまったし、ここ数十年というものクエストにも出ておらず死ぬ事もなかったから、こうして会うのは本当に久しぶりだ。
エリスはイタズラっぽく片目を瞑り、嬉しそうに。
「この事は、内緒ですよ?」
「……本当に久しぶりですね、エリス様。こんな事言うのもどうかと思いますが、また会えて嬉しいです」
「私も、またカズマさんとお会い出来て嬉しいです。それも、こうして天寿を全うされたのですから」
「そういえば、俺って死んだんですよね。アクアが今どうしてるか分かりますか?」
「せ、先輩は、その……」
俺の言葉に、エリスは何か言いにくそうに視線をさまよわせ……。
いや、ちょっと待て。
「……俺的には結構感動的な最期だったと思うんですけど、ひょっとしてアイツ、また仏様にイタズラでもしてるんですか? エリス様、一瞬だけ蘇生してもらうってわけには行きませんか? ちょっとあのバカに文句言ってきますよ。なんなら、テレポートで魂だけでも……」
「駄目です駄目です! 待ってください! 違いますよ! 先輩は今、カズマさんのご遺体に縋って泣いてます……!」
「…………そ、そうですか」
アクアは、俺が死んでもしばらくはあの世界に残ると言っていた。
俺達の子供があちこちに散らばっているから、その様子を見守りながら、アクシズ教団のご神体としての活動に力を入れるらしい。
……アクシズ教徒が勢力を増すとか、世界の行く末が心配になってくるが。
「俺達の子供やら孫やらって、どうなってるか分かりますか?」
「皆さん元気にやっておられますよ。例えば……」
ぐうたらな俺を反面教師にし、際限なく甘やかすアクアから逃げるように、子供達は成長すると、かなり早い時期に親元を離れていった。
以来、ほとんど連絡もないが、元気にやっているならそれで良い。
エリスは俺に子供達の近況を教えてくれると、気を取り直すように、コホンと咳払いをしてみせ。
「さて、佐藤和真さん。あなたには、いくつかの選択肢があります。このままあの世界で、赤子として生まれるか。それとも平和な日本で、赤子として生まれるか。天国で争いのない穏やかな暮らしをするか。……さあ、どれにしますか?」
「ちなみに、めぐみんとダクネスはどれを選んだんですか?」
「それはお答え出来ません」
エリスがそう言って、イタズラっぽく微笑んで……。
……まあ、聞くまでもないよな。
めぐみんが、爆裂魔法のない世界に転生したがるとは思えないし。
ダクネスだって、モンスターに襲われるのが嫌だからと日本に転生したがる性格ではない。
だが、俺は……。
「聞いても良いですか?」
「なんでしょうか」
「この世界に転生したからって、もうチートが貰えるわけじゃないんですよね」
「そうですね、もう魔王は倒されて、世界の魂の偏りもなくなりつつありますし、カズマさんはあの世界の住人として天寿を全うされましたから。……ですが、魔王を倒したご褒美は残っているので、日本で生まれ変わるのであれば、一生を掛けても使いきれないだけのお金と、あなたの理想とする配偶者を得る事が出来るでしょう」
……今なんて?
「どれにしますか?」
エリスが、まるで俺の答えが分かっているみたいな微笑を浮かべながら聞いてくる。
そんな質問に、俺が今さら迷うわけがない。
この世界はクソゲーだ。
クソゲーのくせに、ゲームではないから一度死んだら普通はそこで終わってしまう。
俺だって、アクアがいなければ天寿を全うする事など出来なかっただろう。
こんな世界に生まれれば、間違いなく苦労する。
いや、苦労する事すら出来ずに、死んでしまうかもしれない。
そう。こんなのは迷うような事では……。
「俺の大嫌いな、この世界に戻してください」
俺の返事に、エリスが嬉しそうに、少し寂しそうに笑みを浮かべて。
「佐藤和真さんとして、あなたと出会うのは、これが最後になるでしょうから……。せっかくなので、私から餞別を。あなたにちょっとだけ、良い事がありますように」
エリスが、俺に片手をかざし――!
「『祝福を!』」
・本編終了後80年後くらい
アクア、ウィズ、バニルは相変わらず。
受付のお姉さんは、ルナさんではない。
ダクネスは家の存続のために、誰かと結婚したか、養子を取ったか、カズマから種だけ貰ったかしたものと思われます。
・老齢冒険者は突然死する
独自設定。
・各キャラルート
『この輝かしい爆裂道に回り道を!』(めぐみん)
『この純情乙女に初めての夜を!』(ダクネス)
『この背伸びしたい王女にストップを!』(アイリス)
『この騒々しいデートに宣言を!』(ゆんゆん)