ぼくのかんがえた さいきょうの ぎじんか 作:三枝
「ユキト様、こっちのお肉の方が62円も安いです」
「牛乳はまだありましたか?……一応買っておきましょうか。 余るようならルリか深紅がごきゅごきゅ飲んでくれるでしょう」
「あっこら、すぐチョコを探しに行かないの。 食料品を一通り揃えた後なら付き合ってあげますから、ね?」
近所のスーパーにて。
自分のポケモンの方が食料品の買い物さえ自分より上手い事にももう慣れたもので、経済的に買い物してくれるらんにはいつも頭が上がらない。
お金なんて使いきれないくらい持っているけど、バッジを集めようと旅してた貧乏時代の感覚がすっかり体に染み付いてしまっていたのもあるし、我らがらんお母さんの自炊ご飯がその辺のレストランより美味しいのも手伝って無駄遣いする事もなく。
買い物モードに入って集中しているらんの傍をひょいっと抜け出そうとしてこんな風にすぐバレてしまうのももう何回目か分からない。
「らん、なんだかお姉さんみたいだ……いつも思うけど」
「そうさせたのはユキト様達でしょう……私が付いていないとまともなご飯も食べないんですから、まったく」
毛先をうっすら蒼く染めて、外を歩ける程度にカジュアルなアレンジのゴスロリ服。
バンギャ系私服高校生に見えるらんは、そんなビジュアルとは裏腹に僕のパーティで一番真面目な苦労人お姉さんのシャンデラ。
僕のパーティは僕も含めて大多数がなんかふわふわしてる連中ばかりだから、地に足付けて堅実に生きるタイプのひめとらんにはいつも苦労を掛けてます。
でも何だかんだで人に世話を焼くのが大好きな事は、呆れているような言葉ばかり言ってもほんの僅かに綻んでいる表情で伝わる。
なんの見返りもなしにただ人の役に立つ事が、そうしてお礼を言われる事が何より好きな、そういう優しい娘なのだ。
「らんのそういうところが俺は大好きだよ、いつもありがとう」
「当然の事です、ご主人や皆にはいつでも健康的で居て欲しいので」
流石にらんはこんな程度の言葉じゃあ動じてくれないので、別にこっちも変に照れる事なく毎回スッと素直な言葉を言えたりする。
付き合い自体は他の娘達と同じくらいな筈なのに、不思議な安心感と包容力のある娘だ。
「らん姐さん……」
「だからだれが姐さんですか、誰が」
ゲームでは主人公のグラフィックが一人、最近の作品では後ろにポケモンがくっ付いていたりといった塩梅らしいけど、この世界では外を歩くとき、6人も連れて歩くわけにはいかない。珍しい変異種を6体も使役してるポケモナーのやべえ奴、と波風が立つからだ。日々穏やかに生きていきたい小心者の俺は、わざわざ自分から目立つ真似は極力したくない。お察しください。とはいえ、たった1人で歩くのも何だか物寂しくある。いや、皆はちゃんとボールの中に居てくれてるし、なんなら結構な頻度でカタカタ揺れてたりするのだけど、それはそれとして。
つまり普段は俺と誰か1人プラスボール5個で歩いているのだけど、その誰か1人はその時々で特別な希望がない限りは大体がらんだったりする。だから、某ポケモン犯罪組織の悪事を妨害した時も、赤いギャラドスに辟易しながら戦った時も、チャンピオンロードで親友と激闘を演じたあの時だって、いつも隣に居たのはらんだった。
二の足を踏み出す事に躊躇してしまうような時、ふとした拍子にらんは俺の髪を愛おしげに撫でて、巧みに俺を鼓舞してくれた。大事なところでいつだって俺を甘やかしてくれるのだ、らんという娘は。
この世界でらんの隣に立って歩んできた大切な思い出達一つ一つを大切に慈しんでいると、袖をくいくいっと引っ張られている事に気付く。あぁごめんごめん、しばらく浸ってたんだ。どうしたんだらん。
「……」
ショックを受けた、傷付いたとかそういう感じの表情。実はこの娘、パッと見では人間味に欠ける、というより表情があんまり大きく変わらない。俺やパーティーの皆はもう一緒にいて長いから表情を見るだけで何考えてるか分かるけど、素人目には喜怒哀楽が相当分かりづらい。理論先行型の理知的で冷静な娘。
そしてらんはパーティの中でも結構長身のクールビューティー、ぶっちゃけ俺と並んでも俺より頭一つ分くらい大きい。お母さんというのは溢れ出る母性からの冗談としても、並んで立つと割と本気でお姉さんだ。いっつもふわふわしてる俺と、しっかり者のらん。2人きりで出掛ける頻度は他のメンバーよりも頭一つ抜けて多いのに、なんだか色気付いた感じの雰囲気にならない。
つまり、俺と居るとらんは結構街中で浮くのだ。弟連れの長身な無表情美人。ヤマブキシティのような都会で俺みたいな若者に絡まれた事も沢山ある。その同じ数だけやっかみも。
「大丈夫、らんは世界一かわいいよ。ずっと頼りにしてる」
「いや、私はユキト様から綺麗に見えていればどうだっていいのですが……それにしても結構堪える……」
まあ大方、親と来てる幼児に「お姉さんなんでそんなずっと怖い顔してるの」みたいな事でも言われたんだろう、子供は無垢な分言葉を飾り立てないから残酷だ。おかん力の高い世話焼きらん姐さんは結構子供好きだから傷付いたろうけど、そんなショックを受けているらんがかわいくてしょうがないのはここだけの秘密にしたい。心ここに在らずのらんが普段なら絶対に言ってくれないようなデレを見せた事も。
「まあまあ、帰ったら俺のアイスあげるから」
「そんな子供じゃないんですから……いや、アイスは頂きますが」
「ただいまー、お、今はルリだけか、こんな少ないの珍しいな」
「おかえりー!ユッキーとらんが買い物行ってたんだー、付いて行けば良かったー……」
「呼んだのに起きなかったろ。ほら、牛乳買ってきたぞ」
帰ってきてすぐに出迎えてくれたのはマリルリのルリ。白を基調としたカジュアルな水玉模様のワンピースに、蒼穹を思わせる青髪のツインテールが揺れる。うちのパーティ最強の露出度を誇るお洒落ワンピース1枚のみという出で立ちの彼女は、水ポケモンという性質故か年中その恰好でも別に寒さは感じないらしい。見てるこっちのが寒いわ。
「ありがとー、丁度紙パックの奴飲みたい気分だったんだー♪」
「あ、ルリ待ちなさ……、手遅れ、でしたか……」
「?」
この通り、ビジュアル的には女の子らしさMAXのボーカロイドみたいなルリは、その実わんぱくでマイペースな元気っ娘。意外と昼寝も好きなうちの奔放ムードメーカーさんは、起きている時と眠っている時のギャップが本当に凄い。ツインテールを下ろして部屋で行儀よく眠ってると良いとこのお嬢様に見える、抱き締めたら折れてしまいそうな程華奢で小柄な少女なのだ。起きてる時はこうやって牛乳紙パックのまま直でゴキュゴキュ飲んでるのに。骨太くしろもっと。
「せっかくお隣さんから苺をおすそ分けしてもらったので、ミルクプリンでも作ろうと思っていたのに……」
「でもほら、こういうの見越して多めに買ってきたじゃん?」
「いや、流石に1パックまるまる全部飲まれるとは思ってませんでしたよ……」
ちなみにこういう事はよくある。うちのパーティは殆どが少食か普通ぐらいの面子だけど、ルリとまだ紹介してない深紅の2人がとんでもないエンゲル係数を誇るので結果差し引きトントンぐらい。なら買い出し付き合え本気で。
「……ユッキー、帰ってきたばっかで申し訳ないんだけどー……、買い物付き合って?」
さて皆さん、小首を傾げる青髪ツインテール傾国の美少女を相手に、首を横に振れるか。俺の首は縦にしか振れない。隣で頭抱えてるらんがかわいそうだしね。ほんと、いつもごめんな。
結局この日は、もうほぼ男友達みたいな距離感のルリと2人仲良く二度手間の買い物に出向き、帰るともう戻っていたパーティのみんなにミルクプリンを全部食われてたルリがマジ切れして室内でアクアテールぶちかまそうとしたりと、また一波乱あったりしたけど、何だかんだ今日も平和にやってます。