ぼくのかんがえた さいきょうの ぎじんか   作:三枝

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1話から殿堂入り

 新緑の季節。草木は芽吹き春の風が桜を攫って、人は新たな環境に想いを馳せる。

 

 さて、今ポケモンリーグを前にして、その大きさに気を呑まれながらも一歩踏み出そうとしているこの少年は、この世界でも極めて一般的なポケモントレーナーの形と言える。

一般にポケモントレーナーとはストイックに強さを追い求める者とされる。

その果てにあるのが、多くのポケモントレーナーがしのぎを削るポケモンリーグ。

この施設での一番の実力者、チャンピオンを打ち倒す事が出来れば、晴れて地方最強のポケモントレーナーを名乗る事が出来る。

対外的に実力を証明する手段であり、それ自体が究極の名誉だ。

 

 少年は遥かワカバタウンから訪れし田舎者。

出身地が大都市であればある程ポケモンを育成するための設備や環境が豊富である事を考慮すれば、のどかな地方出身者である事はそれだけでディスアドバンテージだ。

しかし少年にはそれを補って余りある大きな資質を持ち合わせている。

後少し手を伸ばせば、王座に届く程に。

 

 そんな少年はしかし、一歩を踏み出したはいいものの出鼻を挫かれていた。

足を踏み入れてすぐ、挑戦者案内用の通路を塞ぐように立っている若い警備員を見掛けたからだ。

恐らくリーグで何か問題でも起こって、一時的に封鎖でもしているのだろう。

せっかく気持ちを引き締めた途端にこれでは、仲間達も消化不良というもの。

ポケットのモンスターボールの震えを感じながら、逸る気持ちを抑えて努めて冷静に、警備員の青年に話し掛ける。

 

「あの、リーグに挑戦したいんですけど……なにかあったんですか?」

 

「あぁ、挑戦者の方ですか……リーグは現在調整期間なので、1~2ヵ月の後、機会を改めてまたいらしてほしい、と上から伺っております」

 

 以前、いざリーグ戦に挑戦しようと来てみたら、調整期間によって1ヵ月程も待ちぼうけを食らってしまったトレーナーの話を訊いた事がある。

恐らくそういう事だろう。

 

 リーグ戦で戦う事になる四天王やチャンピオンだって人間である以上、調整が必要な事もある。

例えば、確定申告や年度末決算等の事務手続き、ポケモンや自身の急病、定年退職、それに伴う欠員の補充等、理由は多岐に渡る。

リーグの企業努力によって調整期間は1年に1~2ヵ月程に抑えられてはいるが、すぐにでも雌雄を決したいトレーナーにはその期間は長すぎる。

丁度調整期間にあたってしまった少年には、リーグを糾弾するつもりはなくとも、せめて調整期間に入った理由くらいは訊いておきたい思いだった。

少年の記憶が正しければ、ポケモンリーグは少し前にも調整期間を設けていた筈だ。

余程リーグ内が混迷を極めていなければ、調整期間がこんなにも短期間で連続するという前代未聞の問題にはならない。

 

「実は、チャンピオンを打ち倒したある挑戦者の方が記念撮影の後に行方をくらませてしまったらしくて……リーグとしても地方最強レベルの実力者をメディアで報道する事なくみすみす逃すわけにはいかないらしく、極秘で捜索をしていて運営どころではないとか」

 

「……は?」

 

「あっ、この話、ここだけでお願いしますよ。 俺も先輩からこっそり訊いたんですから」

 

 ワカバタウンの少年は、リーグ戦を目前にしてなんかよくわからんアホみたいなトレーナーに迷惑を被っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追っ手がこの町まで迫ってきているようです。 今日のところは外出を控えた方が賢明かと愚考します」

 

「愚考なんて言わないでくれ。 いつも助けられてるよ、ありがとれでぃ」

 

 少しかがんで、と頼んで、俺より背の高いれでぃのサラサラな緑髪を撫でる。

優しい手触りが心地良い。

優しそうな眼差しの垂れ目お姉さんは目を細めて気持ち良さそうに、されるがままになっている。

 

 華美な緑の刺繍の入った丈の長いエプロンは貞淑さを感じさせる。

ふりふりのフリルの下からふんわり広がるジャンパースカートは、髪の色と同じ若草色をしている。

スカートと同じように腰までふわふわ広がる、ゆったりした癖のある新緑みたいな緑髪からシャンプーの香りがする。

 

彼女はれでぃ。人型のドレディアで、うちのパーティのエースだ。

 

 もう3日前になる。

俺はポケモンリーグでチャンピオンを倒し、証拠となるトロフィーを受け取ってからバレないように施設をさっさと抜け出して、煩わしい事後処理を全部放り出して故郷のマサラタウンに帰ってきた。

 

「御主人様の御手を煩わせるなど……いけません……♪」

 

「よーしよしよしよし」

 

 ガーディ撫でてるみたいな髪の質。

撫でてる側も気持ち良いからもっとわがままに求めてくれても構わないのに。

 

 カントー、ジョウト地方のチャンピオンを倒して思う事は2つ。

1つは充足感。

平たく言えば俺には前世の記憶があって、前世ではこの世界はポケットモンスターと呼ばれるゲームだった。

もっと言えば一部のポケモンがかわいい女の子に擬人化されてる非公式追加パッチ、萌えっ娘もんすたぁ。

そこに転生したとあれば、やっぱり一度はチャンピオンという高みを目指してみたかった。

おっきなトロフィーは一度でも地方最強に輝いた実力の証左だ。

感動もひとしおというもの。

 

 2つめは旅を終えた今、とにかく家でゆっくりしたいという事。

ここ1年くらい、休みなくジョウト、カントー地方の全てを周ってジムバッジを集めつつ各地を気の済むままパーティの皆と堪能した。

思い付くような名所には全て足を運んで、止まり木を持たず各地を転々とする毎日は、マサラに篭もっていた俺や皆には何もかもが新鮮で、振り返ってみても慌ただしくも笑いの絶えない楽しい旅路だったと自信を持って言える。

 

 しかし長い道中、何度かホームシックに襲われたのも事実。

旅から帰った今は、しばらくこの草木の香しいのどかで平穏な片田舎マサラという故郷でゆっくりと羽根を伸ばしたかった。

外に出る時顔が割れていると何かと面倒かと思って、インタビュー等のメディア露出を受ける前にお手洗いから自宅までテレポートしたのは少し強引だったかもしれないが、それも今後の平穏な生活のためには止む無し。

 

原則、チャンピオンを打倒した挑戦者には現チャンピオンが任期を終えた後の時期チャンピオンとなる権利が与えられる。

とはいっても勿論断る事だって可能で、実際チャンピオンに就任するトレーナーは少ない。

ただ、そもそもチャンピオンに勝ってポケモンリーグを制覇できるトレーナー自体の絶対数がかなり少ないので(7~8年に1人いるかいないかぐらい)どうあってもメディアの注目は集めてしまう。

戦闘の様子は特別な希望がない限り地方のTVで生中継されるし(全力で断った)、もしチャンピオンに勝とうものならリーグ出口で出待ちされてその日は色々なメディアからのインタビューでてんてこ舞い。

どうしてもそれが嫌で嫌で、勝った直後に強引な手段で無理に抜け出してきてしまったのだ。

顔が売れても過ごし辛くなるだけなので、リーグの職員さんには悪いけどこのまま失踪で押し通すつもり。

噂では俺のせいでリーグ開いてないらしくてちょっとウケた、流石に一ヵ月もすればまた開業すると思うけど。

 

 愛しいおっとりメイドさんが花びらを散らして気配を確認する限り、どこから嗅ぎ付けてきたのかリーグからの追っ手が最近こんな辺境にも来ているよう。

このままみすみす捕まる気はない、意地でも逃げおおしてみせる。

 

「あの、そろそろ……」

 

「もうちょっと続けたいな」

 

「そんな……私、駄目になってしまいます……」

 

 この世界のポケモンの8割は通常種。

ゲームで見たような通常の姿形をしている。

そして残りの2割は変異種、雌雄を問わず眉目麗しい若い人間の姿を取る通常種よりも強力な個体だ。

有り体に言ってしまえばこっちが萌えもん。

うちのパーティは生前俺が手塩に掛けて育てていたゲームのパーティそのままで、俺と一緒にこの世界に来てくれたようだった。

転生後の俺の部屋の引き出しの奥、ただ主人を待つようにして6個のモンスターボールが眠っていたのを見つけた時には驚いた。

なんというか不思議な感覚で、ボールを見ただけでこの娘達はかつての相棒だという確信を持てたし、それはこの娘達も全く同じだったようで皆凄く距離が近かった。

こっちは通常種のイメージでいたから、6人全員綺麗な女の子になっていた事に最初こそ戸惑ったけど、今じゃ見慣れたものだ。

 

「このれでぃ、生涯御身の傍に」

 

 ほら、この忠誠心よ。

れでぃに関しては敬意と崇拝が深くて、こっちが緊張するレベル。

未だに従者とか言ってるし、旅始めて何周年経つんだこの娘は。

れでぃの前でだって情けない所、恥ずかしい所は曝け出していた筈で、そんなに下から慕ってもらえるような事した覚えはないんだけど。

深窓の令嬢みたいな神秘的なれでぃの顔に顔を近付けて、髪の色よりも濃い深緑の瞳を見つめゆっくりと額と額を合わせる。

まつげながっ、モデルさんみたいだ。

 

「これからは家族としてずっと一緒だ」

 

「───はい。 未来永劫、護らせてくださいませ」

 

 おでことおでこをくっ付けたまま一言一言、ゆっくり染み込まれるように眼を見て伝えると、れでぃは一瞬面食らったような表情を浮かべた後、すぐいつもの気が抜けるようなぽわぽわした笑みに戻る。

穏やかな微笑からは分かりにくいけど少し耳が赤い。

そのまま2人、ニコニコしながらゆっくり額を離す。

 

「まず手始めに~」

 

 俺が出来るもっとも穏やかな表情を向けてじっとれでぃを見ていると、そのままスッと何食わぬ顔で唇を寄せてくる。

 

「……ちょっ、どうしたどうした!?」

 

「うふふっ、冗談です」

 

 俺の眼を見て悪戯に、妖艶な笑みを浮かべれでぃはそのまま視線を落とし、俺の手の甲に一つ口付けを落としてそのまま外の偵察へ行ってしまった。

 

 れでぃが出ていった扉をぼんやり眺める。

見慣れたとはいえあんな絶世の美女達、ましてその天女達6人みんな俺を信頼してずっと付いてきてくれる女の娘だ。

 

 髪は上質な絹みたいにサラサラだし、特にれでぃは草ポケモンだからか分からないけど、常に生花みたいな良い香りがする。

お風呂でのぼせたみたいに、全身が熱い。

熱に浮かされてすっかり茹だった頭では言葉を取り繕う事もできず、匿名掲示板に投稿される出来の悪い絵空事みたいな真実が洩れる。

 

「……俺のポケモン達がかわいすぎてヤバい」


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