ぼくたちは再び、山に登った
ウィンストン・チャーチル
「カバン、ソノマママッスグミチナリダヨ。アトゴフンクライデモクテキチフキンダ」
小さくなっちゃったラッキーさんが真っ黒な縁を太陽光に煌めかせながら、真ん中の透明なところをちかちかと緑色に点滅させる。
「ボスも大変だね……。おみやげ? を取りに山までまた来ないといけないなんて」
サーバルちゃんは無意識のうちにか訊ねてみて、あっと気がついたらしい。ぼくと二人で顔を見合わせて苦笑する。
フレンズからの言葉に対してはそのまんま聞いても答えてくれないから、ぼくが代わりに問いかけた。
「ラッキーさん、おみやげって何に使うんですか?」
「オミヤゲハ、カバンガマタイツカタビスルトキニツカエルカモシレナインダ。ズットジャパリマンジャ、アジケナイカラネ」
「あ、そっか。かばんちゃん、海の向こうにヒトを探しに行くんだったよね……」
サーバルちゃんがすこし残念そうな、名残惜しそうな声でぽつりと呟く。フレンズであるサーバルちゃんたちは海の向こうの大地を目指すことは出来ないから、そう遠くないうちにお別れすることになってしまう。
「サーバルちゃん。ぼくには船が無いから、当面はこのジャパリパークにいるよ。港にあった船はあの黒セルリアンと一緒に沈んじゃったし、かわりのモノが見つかるまではずっと一緒だよ」
あはは、そうだったよね。
少しぎこちない笑いを浮かべたサーバルちゃんは、少し目線を左下の方に向けながら続ける。
「ねえボス。おみやげってどんなものがあるの?」
ぼくはそれを復唱して、ラッキーさんにそのまま伝える。そうしないと答えてくれないから。
「コノヤマノオミヤゲデユウメイナモノトイエバ、“ジャパリクッキー”カナ。サクサクシテテオイシイヨ」
ラッキーさんの言うくっきーがどんなものなのかは想像もつかないけど、ラッキーさんが美味しいというのなら信じてみよう。
そう心に念じながら険しい山道をゆく。
錆びた棒のようなものがごろごろと地面に転がっている坂道を越えて歩いていると、ずっと話していたラッキーさんが急に静かになった。
「カバン。コレハ…………」
「ボス? どうしたの、登り坂で疲れちゃった?」
山頂の近く、五合目と書かれた石碑の近くでピタリとなんの応答も示さなくなったラッキーさんに、サーバルちゃんは少し声を低めて心配そうな声色で問う。
でもいつも通りサーバルちゃんの言葉には耳を貸さず、ピコピコと小さな音をならしながら何かを見上げているかのようだ。
「どうしたんですか、ラッキーさん?」
ラッキーさんはちかりと光ると、なにか言葉を発するときみたいにちかちかと緑色の灯火をつけて、しているかのようなそぶりを見せる
「コレ、ハ…………スピリット、ダネ」
「スピリット……?」
「スピリットハ、ムカシノ……“ヒコウキ”ダヨ」
そう説明してくれるラッキーさんの声はどこか口ごもっているように聞こえた。
トッテモハヤクソラヲトブケド、トッテモコワイモノナンダ。
「空を、飛ぶ……」
みあげてみると、そこには壁があるように見えた。赤錆色の三角形が数個重なったみたいな奇怪なシルエット。見ようによっては、たまにサバンナで見られる鳥の翼がそのまんま大きくなったみたいな印象を受ける。
ラッキーさんは元の身体があったときにもしばしば有ったように、動きをぴたりと止めて何かを考えていた。聞こえてくる小さな音によると目をぐるぐるさせているようだ。
「……カバン。スコシシラベタイコトガアルケド、イイカナ」
つまり、少しの間このひこーきの近くで立ち往生して貰ってもいいか。ということだ。僕はいっこうに構わないから快く許可する。
「ねえ、この板ってひこーき?」
不思議そうに目をまん丸に丸めてサーバルちゃんは問う。ラッキーさんではなく、ぼくのほうに。
「かばんちゃん、紙ひこーきもひこーきなのかな?」
ちらり。腕にくっついたラッキーさんの方を一瞥する。ラッキーさんはなんのポーズも示さないままだ。
「うん……たぶん。だけどね」
サーバルちゃんはぼくとラッキーさんをちらちらと見た後、にっかりと花が咲くように微笑んだ。
「それじゃ、かばんちゃんが作る紙ひこーきは恐くないひこーきなんだね! だって背筋がぞわぞわしないもん!」
一瞬、いきなり何を言い出したかとポカンとする。でもその後すぐにその意図を察して、両手を握りしめた。
ありがとう、サーバルちゃん。小さく漏れ出たそのつぶやきは、多分彼女には聞こえていたんだろう。顔を上げたときに、一瞬だけ恥ずかしそうにしているのが見えたから。
「アワ、アワワワ…………」
「ボス!?」
その時ちょうどラッキーさんの走査が終わったみたいで、またいつもみたいな声を発し始めた。
ただ今回は、これまでにも時たまあった、ぐるぐると考えが纏まらなくなっているのかのような声色。サーバルちゃんは心配そうにぼくの二の腕をのぞき込むけど、ラッキーさんは意に介さず焦ったみたいにぽつぽつと音を羅列していく。
「ノウドソクテイ、カタシキハB83、バクハツヒガイハ……」
「ラッキーさん?」
びー・えいてぃすりー。少しだけ聞こえた言葉は、聞き覚えの全くないものだった。
困惑するぼくたちをおいて、ラッキーさんは更に音を重ねていく。
「……フォールアウト、ハンイケンシュツ。カザムキ、EMP、ジャパリマンノセイゾウガ…………」
「あの、ラッキーさん……?」
「スミヤカナヒナンカンコクヲ、パークガイド、ヒナンケイロノセンテイヲ……」
「……ラッキーさんっ!」
あたりが見えてないみたいにぶつぶつと話し始めたラッキーさんを、少し大声を出して我に返らせる。体全体をちかちかと仄暗く明滅させつつ申し訳なさそうに謝ってから、切り出した。
「カバン、コノヤマニダレモイレナイヨウニシテ。ワシミミズクデモダメダヨ。コレハアブナイモノダカラ」
「…………わ、わかりました」
そういって、ラッキーさんはおみやげを諦めてただちに帰るように告げる。僕たちがそれに従わない道理はない。
「サア、カエロウカ。ミンナマッテルヨ」
「……はい」
そのひこーきに背を向けたとき、その胴体に開いた四角い穴の中でちかりと西日に耀いたようにみえた大きな銀色の円筒は、一体何だったんだろう。
ぼくには、なんだかとっても恐ろしいもののように思えた。
自分でも何が書きたかったのか解らなくなってくる罠。
うん、かばんちゃんたちには兵器の出てこない平和な話が似合ってるとおもう。