私だけ前世の記憶が戻らない   作:淵深 真夜

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前世にツッコミどころが満載です

 草薙君がリアルドラクエ世界とか言ってたから、中世ヨーロッパみたいな世界観を想像してたのに、何故か私の前世は飛天御剣流の使い手だったらしい。

 何を言ってるかがわからない? 私だってわかってないわ。

 

「……私は幕末の人斬りだったの? それとも人切りから足を洗った流浪人だったの?」

「うん、主。落ち着いて。俺が悪かったから落ち着いて。違うから。両方違うし、その師匠でもないから落ち着いて」

 

 草薙君の訳の分からない回答にパニクって、思わず割と本気で尋ねたら実に申し訳なさそうに落ち着けと連呼されてしまった。

 私も落ち着きたいよ。でも、なんか斬新どころじゃない斜め上な回答だったんだもん。

 

 え? マジで前世の私は何者だったの?

 

「つーか、主は飛天御剣流の使い手ですらないから。当時の俺じゃ何のことかわかってなかったけど、あれは多分勝手に言ってるだけだったから。高速の抜刀術なんか出来てなかったから。ただその辺の棒切れで、技名叫びながら魔物をぶっ叩いてただけだし」

「余計になんなの、私の前世は!?」

 

 フォローのつもりで入れたのかもしれないけど、草薙君の説明は前世の私も痛かったということ以外何もわからない。

 というか、私は草薙君の前世は助けても他の魔物は退治してたんかい。なんか事情があるのかもしれないけど、本当に何してんの私は。

 

「……っていうかそもそも何で、異世界で私は飛天御剣流を使おうとチャレンジしてるの?」

 

 もうこの時点で突っ込みどころは満載すぎるけど、その中でも一番の突っ込みどころを指摘してみる。

 うん、そうだ。そもそも何で、私の前世は飛天御剣流という漫画の中の架空の剣術を異世界で知ってるの?

 その異世界の言葉を日本語に訳したらたまたまそうなるだけで、そっちの世界ではマジである剣術の流派なの?

 

「あー……そのあたりの事情もまたややこしいんだよなぁ。

 えーと……主、『神様転生』ってやつ知ってる?」

 

 知ってる。たぶんあなたより知ってる。オタク舐めんな。

 ついでに言うとその一言でなんかだいたい察した私は、思わずゲンドウのポーズになった。

 

「神様転生」っていうのは、最近というかここ数年前からラノベやネット小説で流行ってるジャンルのうちの一つ。

 神様の気まぐれや手違いで本来まだまだ寿命が残っているはずの主人公が死んで、生き返らせることは神様でも出来ない、もしくはしてはいけないルールがあるから、お詫びということで別の世界に何でも好きな能力なりなんなりの「特典」を与えて転生して、そこで「俺TUEEEE!!」な展開をやらかすのが基本の流れかな?

 

 いわゆる昔からある「異世界トリップ物」の亜種。

 異世界トリップとは違って、一回死んでその世界の住人として生まれ変わって、だいたい物語開始時、低くて物心がつく辺りで前世の記憶を取り戻すって展開だから、「何でいきなり異世界にやってきて、主人公は異世界になじんでるんだよ? そもそもこいつは何語で話してるんだよ?」的な無粋な突っ込みは入れられずに済むし、ごくごく平凡だった主人公が特殊能力を持ってる理由も初めからついてるし、特殊能力がなくても前世である現代日本の知識が文明レベルの低い世界ではチートだったりするから、とにかく平凡だった主人公が無双できるってのがメリット。

 

 デメリットは、主人公の扱いが難しいんだよね。平凡な主人公が特別な力を得て無双するって展開は誰もが憧れる王道だけど、平凡と特別は=で結ばれないからこそ上手く扱わないと、主人公がすごく鼻につく存在に感じるのが最大の欠点。

 

 商業化されてるラノベとかは当たり前だけどその辺のデメリットを良く理解して、主人公の性格を魅力的かつ、もらった特典もチート過ぎないようにセーブしてるけど、素人が書いたネット小説は「ぼくがかんがえたさいきょうのしゅじんこう」的な……多分3年後に作者本人が読んだら「殺してくれー!!」って叫んで悶えそうなものが多い気がする。

 

 話が少しそれたけど、とにかく「神様転生」というのは基本的に神様によって意図的に特殊能力とかも持たせてもらったり、前世の記憶や知識がチートレベルのメリットになる異世界に転生する展開の事。

 で、この流れからこの単語が出てきたってことは……。

 

「……私の前世はいわゆる『転生者』って事?」

「…………うん」

 

 私のポーズですでに私が察したことを理解していたのか、草薙君は実に沈痛な面持ちで肯定した。

 その肯定を聞いた瞬間、今度は私がテーブルに突っ伏す。

 

「私、前前世もオタクなの!?」

 

 どうやら私は、魂からしてオタク気質だったという事実が判明した。知りたくなかったよ。

 

 * * *

 

「……主、ウーロン茶入れてきたけど飲む?」

「……ありがとう」

 

 さすがに自分が前世からどころか前前世からオタクという事実はショックでしばらく何も言う気になれず突っ伏し続けてたら、草薙君が気を利かせてドリンクバーで飲み物を入れて来てくれた。

 

 それを受け取る為に起き上がると、草薙君はまた捨てられた子犬みたいな顔してた。

 

「ごめん、主。余計なこと言って……」

「いや、あなたは何も悪くないから。むしろ謝らないで。私の方がいたたまれない」

 

 本気で申し訳なさそうな草薙君に、素で私は頼み込んだ。

 うん、落ち着け。クールダウンしろ私。そもそも、草薙君の話はとりあえず信じることにしてるだけで、事実の保証はないんだから、そんな人知らんということにしてしまえばいい。

 

 ……ただ、我ながら自分が王道ファンタジー世界にトリップとかしたら、ノリノリで黒歴史を製造しそうなんだよなぁ。

 たぶん今の私がトリップなり異世界転生なりしたら間違いなく、剣持って「エクス! カリバーッ!!」って叫ぶと思う。もしくは「卍! 解!!」かな。

 うん、前世から成長してないな、私!!

 

 もうこのことは本当に、横に置いておこう。っていうか、見たくない。

 覚えておくのは、私にとって一番の謎だった部分が解けたということだけで十分。

 でも、解けたら解けたでまた別の謎が発生するんだよね。

 

「……前世の私が異世界人のはずなのにこっちの漫画のネタを使ってる理由はわかったけど、前世の私ってそっちの世界でどういう立場の人間だったの?

 っていうか、『英雄』とか言ってたけど、何したの?」

 

 私は学校での草薙君の話を思い出して、ウーロン茶を飲みながら尋ねると、少しだけ草薙君の顔が険しくなった。

 自分でも気づいたのか、「ごめん。主の所為じゃないよ」と断りを入れて、眉間に寄った皺を揉んでほぐす。

 

「……これも割とベタな話だよ。ベタすぎて最近じゃ使われていないくらい、王道な話だ。

 主はRPGの主人公みたいに、『魔王』を倒して世界を救った。まさしく『英雄』で『救世主』だよ」

 

 ……なんか、本当にベタ中のベタだった。

「魔王」なんて単語、本当に久しぶりに聞いたなぁ。最近聞くとしたら、RPGやシリアスファンタジーじゃなくてコメディ系でしか聞かないからなぁ。

 

 私は何故か懐かしさすらその単語に覚えてたけど、草薙君にとってはリアルな存在だったからか、実に忌々しそうに話を続ける。

 

「そもそも、主は『神』の手違いや気まぐれで死んで、侘びとして異世界に特典持って転生じゃなくて、その『魔王』を倒すために選ばれて……と言えば聞こえがいいけど、要は何の関係もなかったのに『神』に目をつけられて殺されて、異世界に転生させられたんだ。

 

 ……そうしないと俺と主は出会えないってわかってるけど、『神』には感謝どころか恨みしかねーよ。

 転生させる理由があったとはいえ、主が選ばれたのはまさしく気まぐれのテキトーだし、そもそもあのクソ神は数うちゃ当たる戦法で、こっちの世界の人間を手当たり次第転生させて向こうに送り込んでたしな」

 

 私が何か地雷を踏んだのかと思ったら、踏んだっちゃ踏んでたけど私のために怒ってくれてたみたい。

 っていうか、ムカついてたのは「魔王」じゃなくて「神」の方だったんだ。

 

 そして確かに、それはムカつく。

 神の不注意による手違いで死んだって展開の方が、まだお詫びの気持ちで特典とかをつけてくれることに誠意を感じるけど、この場合の特典はその「魔王」とやらを倒すための標準装備としてでしょ?

 そっちの都合で殺しといてそれって、特典でも何でもないでしょ。何様なの? って話だよね。あ、神様か。上手くもないわ。

 

 というか、何でその神は自分でその「魔王」とやらを倒さないの?

 自分で倒せない理由があったとしても、何でわざわざ別の世界の人間を転生させて「魔王」を倒そうとしてるの? そっちの元の世界の住人じゃなくちゃダメなの?

 

 私の次々と思い浮かんだ疑問は、浮かんで当然だと予想してたのか草薙君がやっぱり不機嫌なまま私が尋ねる前に答えてくれた。

 

「ここからは俺もあんまり詳しくは覚えてないというか、初めからよく知らないんだけど……、そもそも元凶である『魔王』が『初めの転生者』だったらしいんだ。

 しかも、こいつはマジで神の気まぐれで『こいつを別の世界に転生させたら面白そう』くらいのノリで殺されて転生させられたから、神を恨んで八つ当たりで自分が転生させられた異世界も神も滅ぼそうとしたのが、そいつが『魔王』になった理由」

「神の自業自得じゃん」

 

 思わず心の底からの感想が声に出た。

 いやマジで、神の自業自得じゃんこれ。八つ当たりされたその世界の人達が一番の被害者だけど、魔王も被害者だよ。正直言って気持ちはわかるよ。すっごく魔王に同情するよ。

 

「そ、自業自得。だから自分で何とかすりゃいいのに、神は魔王に何でも好きな能力を転生特典して与えたんだけど、魔王が望んだのは『自分に干渉するな』だったんだ。これも転生の経緯がアレだから、そりゃそう願いたくもなるわな。

 つまり神は、自分で与えた力の所為で魔王が何をしようが手出しは出来なくなったんだ。で、これだけなら魔王にとっても実はメリットないんだよ。むしろ、デメリットしかない。

『神から絶対的な不干渉』てことは、神の祝福も得られないってことだから幸運からも見放されてるんだけど……この魔王は神に『面白そう』で目がつけられるだけあって、なんつーか万能の天才だったらしいな。

 

 運に見放されてたのに、エルフさえも超えた世界最高峰の魔法使いに10代で成り上がったんだよ。神からもらった特典が『神が自分に干渉できない」っていうのを利用して、その世界の神や精霊を一方的に虐殺もしくは、自分の中に取り込んだっていうのもでかいけど、そんな手段が取れるって時点で天才だったな。あいつは。

 

 で、完璧に神は自分のしたことが全部裏目に出て、自分の部下である下位の神がどんどん取り込まれていくのを見てこのまま順調に力をつけていったら、最高神である自分でさえも取り込まれてヤバいって気付いたけど、特典の所為でどうしようもなかった時、神が魔王に与えた特典は『自分とその世界の神々は魔王に干渉できない』であって、別世界の神の力なら有効だってことにも気づいた。

 でも、別世界の神をこちらの世界に連れてきたらそれこそ力のバランスが崩れて二つの世界どころか他にも並行して存在する世界すべてが壊れる可能性があったから、あのアホ神が出した結論は、ある意味『振出しに戻る』だよ。

 

『別の世界の神の力を宿した人間を、こちらの世界に転生させて魔王を倒してもらおう』っていう、神のバカな尻ぬぐいの為に、主は殺されて生まれ変わって、でも前世の記憶と神からの特典の所為で実の親から見捨てられて、やらなくていい面倒事に巻き込まれて、何度も傷ついて辛い思いもした挙句、たった18歳でまた死ぬ羽目になったんだ」

 

 そこまで本気で忌々しそうに吐き捨てるように言ってから、草薙君ははっとした顔になって、私の顔見て顔面蒼白でオロオロしだした。

 うん、私の前世が実の親に捨てられたとか、18歳で死んじゃったとか、あまりいい気分にならない情報出しちゃったもんね。

 

 どうも話してる途中から私を異世界に転生させた神への恨みやらなんやらが爆発して、私に話してるってことを忘れてバッドトリップ気味にうっかり全部吐き出しちゃったみたい。

 愚痴りたくても愚痴れる話じゃなかったから、しょうがないか。

 

「別に気にしてないよ。前世の話なんだから、私が死んだことが前提の話だし。

 それに私は記憶ないし真剣に信じてる訳じゃないから、割と他人事として聞いてる」

 

 本心から思ってることを言ってフォローしてみたけど、草薙君は自爆で私の前世である「主」の死を鮮明に思い出してしまったのか、顔色が優れない。

 私としては、世界を救ったのに早世したのは「魔王」と相打ちだったのか、それとも戦いの後遺症かなんかがあったのかとかが普通に気になったから訊きたいところだけど、どう見ても訊ける空気じゃないよね、これは。

 

 だから、話を変えるつもりで別の気になる所を訊いてみた。

 

「あー……、そういえば私の転生特典って何だったの?」

 

 なんか「魔王」は特典自体は本来ならデメリットにしかならないはずのものを、上手いこと逆手にとって完全にチート化してるみたいだから、私の転生特典も普通に気になった。

 私も相当チートな能力じゃないと勝てないよね? 何だろう?

 

 飛天御剣流は勝手に技名を叫んでただけって言ってたから、違うよね?

 今の私なら何をもらうかな? チート能力と言われて初めに思い浮かぶのは、最古のジャイアニストな金ぴか王様の乖離剣だけど、これ使った方が世界が滅びそう。というか、前世の私はさすがに知らんか、このネタは。

 

 ん? というか、前世の私が18歳で死んで、今の私が今年で16歳ってことは、「神」に選ばれて殺された前前世は最低でも34年前ってことだよね?

 あれ? その頃はまだ前世で勝手に叫んでたらしい飛天御剣流が元ネタの漫画、連載始まってないはず。というか、作者も漫画家どころか多分まだ学生なんじゃないかな?

 

 計算合わなくない? それとも、転生先の異世界とこっちって時間の流れが全然違うのかな?

 ……ま、そのあたりはどうでもいいか。

 それよりも……、何で草薙君はまたしてもすごく気まずそうな顔して私から目をそらしてるんだろう?

 私の空気入れ替えのつもりの質問は成功したっちゃしたけど、たぶんなんで私の記憶が戻ってると思った理由並に私にとって聞かない方が良い答えらしいことを、もうその顔で悟ってしまった。

 

「……草薙君、下手に気を遣われた方が辛いからひと思いに言っていいよ。

 もういいよ。どんなに痛々しい、中学二年生が大暴れしてる感じの能力でも私は遠い目で受け入れるよ」

「いや、違う! 大丈夫!! 主の特典は厨二病末期なダークフレイムなんとかとか、エターナルブリザート的なやつでも、幻想をぶち壊すものでもないから! むしろすっごい実用的だったから!!」

 

 なんかもう悟りの境地で私が言ってみたら、草薙君が手を振って慌てて否定する。

 その否定にホッとしつつ、けどじゃあ何で言い渋ってるのかわからないからもう一度、私の転生特典を訊き返す。

 というか、実用的?

 

 もう一度訊かれて草薙君はまた私から目をそらすけど、観念したのか小さな声で呟くように答えてくれた。

 

 

 

「あ、……主の転生特典は…………超回復と……怪力……」

 

 

 

 ……超回復と……怪力ですか。

 そうですか。あぁ、うん。確かに下手な能力よりも、シンプルで使い勝手良さそうだね。うん、実用的だよ。

 でも、それだけが私が「魔王」を倒すためにもらった能力だとしたら、私が魔王を倒した方法って……。

 

「……まさかの『レベルを上げて物理で殴れ』?」

「…………実行してた」

 

 とあるクソゲーを言い表すフレーズを思わず口にしてみたら、何とも言えない沈痛な顔の草薙君が重々しく頷いた。

 

 なんか……本当に草薙君の話は面白いけど、自分の前世だってことは否定したい!

 何でわざわざそれを選んだし、私!!

 前世が男だったのなら別に気にしないんだけど、私の前世の名前は「ステラ」なんだよね? 同じ星関連なのに、現世の私より女らしい名前じゃねぇか! 

 こんなかわいい名前でこの能力って、これギャップ萌えしないよ! ギャップ萎えしかしねぇよ!!

 

 ……でも、これまた否定どころか草薙君の話に信憑性を与える要素が私にはあったりする。

 そのことを草薙君も予想ついてたのか、ものすごく気まずそうに、それでも彼も気になったんだろうね。気まずそうに、申し訳なさそうに、まずは自分のことを話し始めた。

 

「……あのさ、主。俺、医学上も生物学上も間違いなく人間なんだけど……、前世が魔物だったのが関係してるのか、俺って妙に運動神経とか動体視力だけじゃなくて、視力もどこの原住民だよ? ってレベルで良いし、コウモリか梟かよってくらいに夜目が効くし、犬ほどではないけど人間の域越えてるくらいに鼻もいいんだよ……」

 

 そのやや唐突なカミングアウトに、私はまたゲンドウポーズを取って答えた。

 

「…………私も全治1か月の骨折が1週間で完治するし、全然鍛えてなんかないインドア人間なのに、米10㎏袋を片手で持ち上げられるよ……」

 

 何か、地味に昔から「私、おかしくない?」と思ってた謎が解けました。前世特典の後遺症だったようです。

 女として超回復はまだしも、怪力は嬉しくない……。

 

 そう思ってマジ凹む私に、草薙君は前世からの忠臣っぷりを発揮して慰めようとしてくれたけど、「大丈夫だよ、主!! 前世の主は10㎏どころか大の大人の男も片手で余裕だったから、今の主なんて普通の女の子だよ!!」は、フォローになってない。

 むしろ、トドメ。

 

 * * *

 

「主、本当に家まで送らなくて大丈夫? もうだいぶ暗いけど、主の家まで人通りある?」

 

 晩御飯も食べて、そろそろ家に帰らないと制服姿だと補導されそうな時間帯だったので、今日のところはもう帰ろうと言う私の意見に関しては草薙君は同意してくれたけど、普通に私一人で帰るという要望は納得してくれなかった。

 初めて電車に乗る子供の親かってくらいに過保護に心配する彼に、私は何度も「大丈夫」と説得する。もうぶっちゃけ、面倒くさい。

 

 面倒くさいけど無下にできないのは、彼が本当に私を……「主」を大切に思ってることを前世の話で嫌になるほど理解したから。

 

 何か私が自分の前世の特典で持った能力のあまり脳筋っぷりにマジ凹みしたことと、あと私がいくつで死んじゃったかをぽろっと話しちゃった自爆の所為で、草薙君はそれ以降あんまり詳しくは前世の話をしなかったけど、それでも彼が「主」を、前世の私である「ステラ」が好きで好きで仕方がないのが良くわかった。

 っていうか、そもそも詳しく話をしなくなった理由は私が凹んだから気を遣ってなのだから、本当に「主」が大好きだよね、この人。

 

 それも、たぶん恋愛感情じゃなくて本当に主従関係だったんだなーと思わせる好きっぷり。

 だって草薙君の話だと名前を聞いてなかったら、もしくは今現在の私みたいに性別がよくわからない名前だったら、確実に男だったと勘違いしてしまいそうなほど、彼の話には「主」の性別に関しての話題が出てこない。

 これは人間と魔物という種族の違いや、前世の私が全然女らしくなかったせいかもしれないけど、どちらにせよ草薙君にとって「ステラ」は、異性であることを意識しないくらいに「主」でしかなかったんだろう。

 

 だから心配してくれるのは嬉しいし、もう断るのも面倒だから送ってもらってもいいんだけど、送ってもらってそれを家族に見られた場合の方が、断るよりも面倒くさいことになるのはわかりきってるので、心苦しいけど私は断り続ける。

 こんなリア充なイケメンに送ってもらったって知ったら、弟はともかくそれ以外の家族が全員うるさい。

 お母さんは絶対に目を輝かせて質問攻めするだろうし、お父さんは興味なさそうなフリして絶対に動揺するし、何よりもあの自称シスコンな兄が何をやらかすかわからない。

 我が兄ながら、本当に何をしでかすかがわからないのが嫌だわ、あいつ。

 

「本当に大丈夫だから、心配しないで。というか、草薙君。これ以上はさすがに迷惑」

「うっ! …………わかった」

 

 ちょっときついと思いつつ本音を出して断れば、さすがに草薙君も渋々引き下がる。

 その様子にまた、しっぽや耳を下げて凹む犬の幻視をしてしまい、後味が悪くなったので改札を通る前に私は草薙君に言葉を掛ける。

 

「……今日は楽しかったよ。だから、また話してね」

 

 フォローであり、これも本音。色々と衝撃的な話の連続だったけど、彼の話が迷惑だったわけじゃない。楽しかったのは本当だと伝えたら、凹んで俯いていた頭を勢いよく上げて、頬を朱に染めて彼は嬉しそうにまた何度も頷いた。

 単純な人だなと思いながら、この反応を嬉しく思う私も人のことが言えない。

 

「うん! 俺も、また主と話したい!!」

 そう嬉しそうに言ってもらえるのは私も嬉しいけど、それでもやっぱり気になる所があるから、フォローのつもりで言ったくせに、私は草薙君のテンションに水を差す。

 

「うん。でも、今度はもう『主』をやめてほしい。ちゃんと、私の今の名前で呼んでほしい」

「……え?」

 

 そのとっさに出たひと言が、嫌そうだったりショックを受けてたり、もしくは「何を言ってるかわからない」って顔ならある程度予想してたけど、草薙君は先ほどよりもさらに色濃く頬を朱色に染めて言ったから、こっちが面食らう。

 いつも眠そうと言われてる私が珍しく目を見開いたからか、草薙君はワタワタしながら「ご、ごめん!!」と謝ってきた。

 

「ごめん! あ、あの、俺の呼び方が失礼なのはわかってんだよ! 主の今の名前を知らない訳でもないよ! 知ってるよ! いい名前だよ!!

 でも……あの……なんか俺……主のことをやっと『主』って呼べるだけでも幸せなのに、俺なんかが……主を名前で呼んでもいいのかな? って思って…………」

「……いや、普通にいくらでもフレンドリーに呼んでよ。今は、草薙君には悪いかもしれないけど、主従じゃなくて友達なんだし」

 

 真っ赤な顔で私の名前を呼ばなかった、私に対する呼称に「主」を使ってた理由を話す草薙君に、まだ私はポカンとしたまま素で言っちゃう。

 あのさ、草薙君。マジで私とあなたは具体的にどういう関係だったの?

 

 主って呼べるだけで幸せとか言っちゃうくらいの忠誠心なのに、何であなたは敬語をほとんど使わないの?

 使ってほしいわけじゃないけど、もう訳が分からん。

 

 そんなことを思いながら、草薙君の返答を待ってたんだけどなかなか返ってこないなーと思って彼をよく見てみたら、赤い顔でフリーズしてた。何で?

 

「草薙君?」

「……友……達? 俺と……主が?」

 

 呼びかけて見たら、やや片言で訊き返す。

「いやだった?」と私が質問返しをすれば、彼は勢いよく首を横に振る。

 本当に、単純すぎでしょ。犬か、あなたは。

 

「いやじゃない! めちゃくちゃうれしいよ! 人間に生まれ変わった甲斐がこれだけでおつりがくるぐらいにあるよ!!」

「草薙君、めちゃくちゃ痛い発言してるから声のトーン抑えて」

 

 感極まったと言わんばかりに、紅潮しながら興奮して大声で色んな意味で恥ずかしい発言をしでかす草薙君を宥めて、やっと少し落ち着く。

 今度は嬉しさとかによる高揚じゃなくて、羞恥で顔を赤くしてその顔を両手で覆い隠して「……ごめん」と彼は謝った。

 

「……ごめん。恥ずかしい思いさせて……。

 それから、もう一つごめん。……まだ少し、もう少しだけ『主』って呼ばせて欲しい」

 

 私よりも乙女チックな動作で顔を隠す両手の隙間から私を窺い見て、涙目で言われたら「イケメン爆発しろ」としか言いようがない。言わないけど。

 

「……別にいいよ。私と『主』は私がうんざりするくらいに変わってないのなら、そう簡単に別人の名前で呼べっていうのは抵抗があるよね」

「いや、それも多大にあるけど……、一番の理由は脳内の時点で俺は主の名前を下の名前はもちろん、苗字でも噛みまくりだから……」

「……さよか」

 

 草薙君の猶予を求める言葉に応えたら、思ったより既にちゃんと「主じゃない私」に向き合ってくれてたのは嬉しいけど、なんとも前途多難な答えが返された。

 ……うん、まぁ……頑張って。

 

 それだけ言って、とりあえず今日はもう帰ろうと思って、「じゃあね、また……」と言いかけて改札に向かおうとした時、私の手を草薙君が掴んで引き止めた。

 

 やっぱり忠誠心という過保護が抑えきれなかったのかと思って振り返ると、草薙君は俯いて私にまた「ごめん」と謝った。

 

「…………ごめん、主。主も……今じゃなくていいから、俺がちゃんと主の名前を呼べるようになってからでいいから、図々しいけど呼んでほしいんだ。

 ……『白夜』って、名前で呼んで欲しいんだ」

「は?」

 

 単純だけど唐突な頼みごとが理解できなくて私が小首をかしげると、俯いてる草薙君の口元が少し苦笑する。

 

「……俺の名前、偶然だけど前世と同じなんだよ。前世は主が名前を付けてくれたから、俺だけ世界観にあってない和名なんだ」

 

 あぁ、そういえば初めに「ビャクヤって名前に聞き覚えはないか?」って言ってたね。

 そっか、前世と同じ名前ならそりゃ記憶を持ってたら前世は魔物で外見が全然違ったとしても、関連付けて気が付いたかもしれないなということに、今更になって気付く。

 

 私の方はその程度にのんきに考えてたけど、草薙君の方は何故か思いつめてしまったように、かすかに私の手を掴む自分の手を震わせて言葉を続ける。

 

「……ごめん。バカで図々しい頼みだってことはわかってる。主に名前で呼んでもらったら、なおさら俺は主に前世の面影を重ねて、主をちゃんと前世の主とは別人だってことを受け入れられないのはわかってるんだ。

 でも……でも……、同じ……名前なのに……主に、主がくれた名前を呼んでもらえないのは、俺は……俺は――」

「いいよ」

 

 彼の言葉を途中で割り込んで、私はあっさりと答える。

 そして、まん丸くした目で顔を上げる彼を呼んでみた。

 

 

 

 

「白夜」

 

 

 

 

 

 彼がどんな思いで、私に「名前を呼んでほしい」と願ったのかは私にはわからない。

 彼の言う通り、名前で呼ばない方がたぶん「私」と「主」は別人だと思い知らせるにはいいのもわかってる。

 

 わかってるけど、別にいいやって思っちゃった。

 だって、記憶がない私でも話を聞いてそれは間違いなく「私」だって思っちゃったくらいだもん。

 草薙君が……白夜が、前世の自分と今の自分の区別がイマイチついていないのも、私を「主」だと思ってしまうのも仕方がないと思ってしまった。

 

 ……会いたくてたまらなかった、死に別れた人と再会しちゃったんだもんね。

 名前くらいは、呼んでほしいよね。

 

 別人の名前なら、きっと私は呼ばなかった。

 けど、「白夜」という名前は別の世界で過去に生きた魔物の名前じゃなくて、確かにこの時代のこの世界で生きる彼の名前だからこそ、私は呼んでもいいやと思った。

 

 例えどんなに鮮明な記憶が残っていたとしても、もうその前世には帰れないのだから、私たちは「ステラ」と「ビャクヤ」じゃなくて、「羽曳野 昴」と「草薙 白夜」としてしか生きてはいけないのだから、いつかきっと前を向いて歩いて生きていけば、「前世」に関する記憶やしがらみなんか決別できると思ったから。

 

 それでも、少しくらい古傷を舐める程度の慰めがあってもいいじゃないと思ったから、呼んだ。

 私が「いいよ」と言ったのは、ただその程度だった。

 

 ……やっぱり記憶がない私と、記憶が鮮明な彼とは温度差が激しかったことを、この直後に痛感させられたけど。

 

 私が「白夜」と呼んでみたら、彼は、白夜はクシャリと顔を歪ませた。

 せっかくのイケメンがくしゃくしゃの、泣き笑いの顔になる。

 綺麗だとか、カッコイイなんて言えるような顔じゃない。本当にもう、色んな感情が感極まってるのがよくわかる、くしゃくしゃな顔だったけど、私にはその顔が好ましかった。

 

 ……が、感極まりすぎてまさか抱きしめられるとは思わなかった。

 

「わふっ!?」

 

 唐突に私の手を掴む掌の力が増して私を引き寄せて、ハグじゃなくてまさしく抱擁って言葉がぴったりな勢いで自分の胸に私の頭を押さえ込み、腕の中に抱きしめる。

 ちょっ! 草薙君! 白夜!! 感激したのはわかったから離して! 傍から見たら私ら、この上なく爆発させたいバカップルに見えるから! ここ、学校の最寄り駅だからクラスメイトとかに見られたら、ありとあらゆる意味で面倒くさい!!

 

 ……事情が事情とはいえ、イケメンに抱き寄せられてもこんなことしか思えない私は、本当に干物だなぁと思ったけど、さすがにこの後に草薙君……じゃなくていいや。

 

 白夜のバカがやらかしたことに関しては、さすがの私も動揺した。

 

「んっ! ありがとう!!

 主! 俺さ、昔の主も大好きで、世界で一番、自分の命よりも大事だったけど、今の主もめちゃくちゃ好きだよ!!

 だから、ちゃんと『主』じゃなくて名前で呼べるように頑張るから、これからもよろしく!!」

 

 そう言って、実に嬉しそうに楽しそうに、素晴らしく輝く笑顔で爽やかに言い放って、軽やかな足取りで去って行ったよ。あのバカは。

 

 え? 急に白夜に対しての口調が変わった?

 変わりもするわ。

 

「……な……なっ…………!?」

 

 爽やかに去って行った白夜の背中を私は茫然と見送りながら、無意識に自分の唇に触れる。

 

 ……あいつ、流れるような自然な動作で何をした?

 

 私をバカップルにしか見えない抱擁から、腕の力が緩んだから解放してくれるのかと思ったら、白夜は、あのバカは感極まって感激してる勢いに乗ったのか、とんでもないことをしでかして、ただでさえ派手に集めてた周囲の注目をさらに集めやがった。

 

「…………あんたにとって、『主』って本当に何なの?」

 

 それは本気で聞きたい質問だったけど、聞く勇気がない。

 少なくとも、しばらくまともに彼の顔は見れないし、ぶっちゃけ会いたくない。

 

 

 

 

 ……いきなり何の躊躇もなく口にキスして、唇舐めるって、それが異世界での別れの挨拶かなんかなの!?

 それとも、白夜がただ単にリア充すぎるだけ?

 

 ああああぁぁぁっっ!! 何が「これからもよろしく!!」だっ!!

 もう本当にどんな顔で明日学校に行けっていうんだ、バカーッッ!!




とりあえず、キリがいい所まで投稿しました。
タイトルとあらすじ、タグでおわかりのようにこれから昴の周りに前世の関係者が色々出てくる予定ですが、今日はここまで。
気まぐれに更新していくつもりなので、暇なときにたまに見に来る程度のお付き合いをしていただけたら幸いです。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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