私だけ前世の記憶が戻らない   作:淵深 真夜

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なんか急にパッと思い浮かんで勢いで初めてみたオリジナル連載です。
楽しんで読んでもらえたら幸いです。


何が何だかわかりません

 目があった。

 

 私と同じ高校の男子制服を着た、私と同じ一年生の男子。

 名前は確か、草薙(くさなぎ) 白夜(びゃくや)

 

 別のクラスだけど入学して早々に他クラスの噂になるくらい、そしてこの漫画のキャラかって思うくらい顔面偏差値が高くないとキツい、煌びやかな名前が何の違和感もなく似合ってるくらいイケメンの男子だ。

 

 っていうか実際、漫画のキャラかっていうくらいにモテる。

 ただ外見は名前のイメージ通り女に興味のないクール系イケメンだけど、どちらかというと彼はコミュ力も高くていつもニコニコしてる典型的なリア充らしい。

 モテるけど女の子をとっかえひっかえはしない、パリピってほどいつでも大勢とバカ騒ぎするような奴じゃない、普通に良い奴だからこそ周りに人が集まって好かれる、妬むのもバカらしいまさに人生勝ち組な男子というのが、周りから見聞きして私が持った彼への印象。

 

 つまりは、友達はいるけど多くなくてそれを全く気にしない、むしろ人付き合いをちょっと煩わしいと思ってるマイペース人間、彼氏いない歴=年齢を爆走中、っていうか3次元に興味ないです2次元でいいですなオタク喪女の私こと、羽曳野(はびきの) (すばる)とは、生きる世界が違うとまでは言わないけど、まぁ普通にしてたらお互いほとんど関わらない、関わってもクラスメイトとか同僚とかそういう事務的なものでしかないはずの相手である。

 

 そんな相手と私は何故か、もう生徒もほとんどいない放課後の校舎の廊下でしばし見つめ合っている。

 

 ……私は、草薙君のクラスの誰かの置き傘であろう、日本刀風の傘を使って居合抜きの構えのまま、無言で彼と見詰め合った。

 

 …………誰でもいいから今すぐ私を殺してくれないかなぁ。

 

 * * *

 

 居合抜きの構えは、完全に若気の至りというやつ。もしくは、黒歴史。

 

 友達が10年以上前に完結したけど未だに人気が根強くて、最近になって新シリーズで連載再開が決定した漫画を布教のために学校に持って来て、それを借りたのはいいけどさすがに完全版全22巻は重くて家に持って帰りたくなかったから、何冊か学校で読んで読んだ分はとりあえず自分のロッカーに入れて帰ろうと思ったのが、きっと間違いの始まり。

 

 そりゃ10年以上たって実写映画化したり、新シリーズが再開するくらいなんだから面白いに決まってる。

 私はすっかり時間を忘れて、よっぽど熱心な部活動してる人たち以外がいなくなるまで教室で一人読みふけってしまった。

 数冊だけのつもりが全巻読破しちゃった。しかも読み終わってからもう一度初めから読み直したくて、結局全部持って帰ろうという結論に達したし。

 

 この時点で私がアホであることが嫌になるほどわかるけど、今、私がタイムリープできるなら間違いなく5分ほど前の私を助走つけて殴る。

 

 友達が持って来て私が読みふけった漫画は、明治時代を舞台にした少年漫画だった。

 ファンタジー要素は基本的になくて、少年漫画らしい「出来るかこんなの」という技はもちろん出てくるけど、実写映画で主人公の戦闘シーンがCGじゃなくて、ワイヤーアクションもほとんど使わない殺陣で何とかできるぐらいだから、「かっこいいなー。……私でも出来るかな?」とかバカなことをちょっと思ってしまったところに、目に入ったのは教室前の傘立てに置かれたままの誰かの置き傘。

 

 それが普通の傘なら私はそのままスルーしたけど、よりにもよって日本刀型というネタ系の傘だったことで、私の中の中学二年生がちょっと抑えきれなかった。

 学校内で残っている生徒は部活動してる生徒ぐらい、体育館やグラウンド、美術室とかそういう特殊教室じゃなくて、普通の授業をする教室しかないこのフロアには私以外誰もいないと思い込んでた。

 

 なので、私は自分の中の中学二年生が求めるままに実行してしまった。

 

 

 

「飛天御剣流! 天翔龍閃!!」

 

 

 

 漫画の中の主人公の奥義である居合抜きを、まぁ出来る訳ないんだけどポーズを決めて技名を独り言にしてはやや大きい声で言ってみたら、帰る途中か家に帰ってから忘れもんに気付いて取りに来てたのか、とりあえず私にとっては殺してほしいくらい最悪のタイミングで教室から出て来た草薙 白夜と目があって現在に至る。

 

 まだたぶん1分もたっていないけど、私からしたらあまりに長すぎる気まずい空気をどうしたらいいかわからず、未だに居合抜きのポーズのまま草薙君と向き合ってる。

 

 ……ねぇ、マジで何とか言ってよ。

 そんな信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いて固まらないでよ。痛いものを見たって目で引かれた方がまだマシだよ。

 

 そんな風に、私は思ってた。

 オタクの奇行はリア充にはそこまで理解できないものだと思われたと解釈していたけど、草薙君のフリーズの理由であり原因は私の想像の斜め上を突きぬけていた。

 

 もう私は何を言ったらいいのか、どうしたらいいのか全然わかんなくてこのまま消滅したい気持ちで一杯だったけど、さすがに居合抜きの中腰の体勢に限界が来て、もう「今のは忘れて!」と言い逃げしようかなと思ったタイミングで、草薙君のフリーズは解凍された。

 

「――(あるじ)……」

「は?」

 

 相変わらず目をまん丸く見開きながら、草薙君がぽつりと呟いた言葉に思わず声が出た。

 え? なんかの聞き間違いだよね? なんかこの状況で何をどうやったら出てくんのか不明な単語が聞こえた気がしたけど、気のせいだよね?

 

 そんな自己回答をすでに頭の中で出してたから、訊き返したつもりもなかった。

 そして草薙君も、私の困惑の声なんか聞こえてなかったみたい。

 

 草薙君の呟きで「忘れて!」と言い逃げするタイミングを逃して、まだ彼と見つめ合いを続行していたら、彼は自分の呟きから数秒後、無言で大粒の涙をボロボロと一気に零れ落とした。

 

「は!? え、ちょっ!? な、何なにどうしたの!?」

 

 いきなりイケメンが静かに泣き出したことで私がパニックを起こして、狼狽えながらとりあえず傘を傘立てに直してハンカチを差し出すけど、草薙君は私が差しだしたハンカチを私の手ごと自分の両手で包んで握りしめる。というか、たぶんハンカチの存在に気付いてない。

 

 両手で私の手を包み込んで握ってその場に膝をつき、私の手を自分の額に押し当てるようにして彼は泣きながらに言い続ける。

 

「主……主……、我が主……」

 

 なんかの聞き間違いだと私が結論付けたはずの単語を、草薙君は私の手に、私に縋り付いて言い続け、ようやく少しは落ち着いたかと思ったら泣きながらも顔を上げて、この上なく嬉しそうに、幸せそうに笑って言った。

 

 

 

 

 

「主! 主も記憶を持っていたんだな!!」

「ごめん何の事!?」

 

 

 

 

 

 ものすごくいい笑顔で謎しかない結論を出されて、思わず私は素で突っ込む。

 

「…………え?」

 

 その途端、いい笑顔が一転直下で絶望に変化して私の良心にも大ダメージを与えてきた。

 え? 何? 私が悪いの? 私の何が悪いの? 抑えきれなかった中学生が悪いの?

 

 こうして私と草薙君は、またしても二人してロマンチックどころか気まずさしか生まれない見つめ合いをしばし続行。

 

 

 

 いやさ……、マジでどうしてこうなった?


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