fallout 双頭熊の旗の下に   作:ユニット85

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8 アフターマス その3

 砂色が支配する砂漠の只中にあって、いきなり海の底を錯覚させるウルトラマリーンの光が背後で炸裂した。蒼に包まれたのは一瞬で次の瞬間には朱色の光が空全体を染める様に一面に広がっていく。

 

「!?」

 

 突然の光にエルマーは思わず後ろを振り返ろうとするが、誰かに背後から突き飛ばされ地面へうつ伏せに倒れてしまう。

 

「バカヤロウ、伏せろ!」

 

 エルマーを突き飛ばしたのはルッツであった。

 ルッツは地面へ伏せ目を両手で覆い、口を開ける。爆撃にあった時の防御姿勢だ。

 エルマー含む小隊の皆も彼に倣い同じ姿勢をとり身を固くする。

 1秒、5秒、10秒、20秒後にそれは来た。

 ドンッと爆音がし、エルマーの尻から頭の方に向けて熱い砂混じりの爆風が彼の周囲を凄まじい勢いで駆け抜ける。

 まるで巨人の手が地面を撫でているかの如し爆風に地面から引き剥がされそうになるが、エルマー含む小隊の面々は必死で地面にしがみつき吹き飛ばせれまいと、体を砂地に押し付ける。

 不意に爆風が止み、一瞬だけ静寂が支配する。すると今度は逆方向に爆風が吹き始める。

 

 渦巻く爆風が収まると、伏せていた第3小隊の面々は恐る恐る目を開け立ち上がり始める。

 彼らが見たのは地平線の向こう――派遣軍本部がある方角からキノコに似た巨大な雲が立ち昇る光景であった。

 小隊員は皆茫然自失となり口をあんぐりと開け、焔と煙で出来たキノコを見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼方のキノコ雲は既に熱を失い、その灰色の頂点は風に流され南へ崩れつつあった。

 閃光の炸裂からだいぶ遅れて地鳴りに似たゴゴゴという唸る様な爆発音がキャンプホテルへ到達する。

 

美しい(ビューティフォー)。見事なキノコの雲だ」

 

 T-60パワーアーマーの装甲の中でほくそ笑みながらランドルフは満足そうにキノコ雲を眺めていた。

 

「爆発は芸術ですね」

 

 同じくt-60を装着したローランドも同意する。彼らだけでなく他のNCR兵達も賞賛の声を上げる。

「共和国万歳! ニューク万歳! 共和国に栄光あれ!」

 

 万歳、万歳、万歳、キャンプホテルに居る全員でバンザイ三唱を行い共和国を褒め称える。

 それに呼応するかのようにゴォウッと大気を鳴動させながら、ロケット弾が長大な白煙の弧を描き荒野の彼方へ飛翔していく。

 HIMARS(高機動ロケット砲システム)と呼ばれる自走多連装ロケット砲の箱型ランチャーからM26ロケットが発射されたのだ。

 一発だけでなく1個大隊16両のランチャーから矢継ぎ早にロケット弾が撃ち出され、青空に幾条もの白煙を描いていく。

 M26ロケットの中には600個以上の子弾が搭載されており、敵の上空で子弾をばら撒くことで広範囲の敵を薙ぎ倒すことが出来た。

 

「弾着10秒前……3、2、1、弾着、いま」

 

 弾着の瞬間、荒野の真ん中で小さな火焔の花が連続して咲き乱れ灰色の爆煙が砂漠を覆い隠す。その光景は上空を旋回する無人偵察機のカメラが捉えてリアルタイムでpipboyに送ってくる。

 無人偵察機が搭載しているFLIR(赤外線監視装置)によって白黒で表示されたモハビウェイストランド、そしてpipboyのディスプレイ上でモノトーンのウェイストランドを背景に白く蠢く人影として表示されたカニシアン達。そこに白い爆煙の影が覆いかぶさる。M26ロケット弾から分離した子弾が降り注いだのだ。もうもうと立ち込める灰色の霧が晴れると彼らは五体が千切れ、ピクピクと動く壊れたオモチャのようになった。

 

素晴らしい(エクセレント)

 

 ランドルフは自分のpipboyを見下ろしながら歓喜の声を上げる。

 

「よし、お前ら歓迎ショーは終わりだ。これから仕事の時間だ」

 

 中隊長のクラークが皆に聞こえるようM6A1歩兵戦闘車の上で大声で怒鳴り任務の説明を言う。

 

「今から前進しポータルが完全に破壊されたかを確認に向かう。あとお偉いさんからの要望だがなるべく捕虜を取れとのことだ。いいかお前ら興奮して皆殺しにするなよ」

 

 了解の返事を行いA(アルファ)中隊の全員が歩兵戦闘車や装甲兵員輸送車に乗車していく。

 風に流され崩れたきのこ雲はモハビウェイストランドに長い影を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りには負傷者が発する苦悶の声と血の匂いに満ちていた。

 

「頑張れ、必ず助かる」

 

 エルマーは負傷した仲間に声を掛けながら懸命に処置をしている所であった。彼が今処置している者は右足が根本から千切れ飛び、断面から血を流し砂地に赤い染みを作っていた。エルマーは必死で包帯を千切れた足の根本にキツく巻きつけ止血を図る。それでも血は溢れ出してくるので両手で足の断面を押さえるが、血はじわりと両手の指の間から染み出しエルマーの手を赤く汚す。

 

 エルマーが所属する小隊の三分の二が死ぬか怪我して動けないでいた。

 事の発端はまさに青天の霹靂であった。

 突如として無数の小形爆弾とでも言うべき物が天から降り注ぎ小隊を一瞬で壊滅させてしまったのだ。

 動ける者の数は少なく、残りの者は負傷し地に倒れるか死んでしまっていた。

 そんな彼らに砂漠の彼方から近づく者達がいた。

 

「敵だっ!」

 

 兵の1人が敵を発見したらしく、少ない生き残りに向かって大声をあげる。

 エルマー含む小隊で動ける者は警告の声を聞くと、すぐさま地面に伏せ各々の銃を構える。そんな中エルマーは視線を上げ砂漠へと目を凝らし、敵の姿をよく見ようとする。

 履帯と大口径の機関砲を備えた装甲車両の群れが橫陣で、砂埃を巻き上げながらこちらに進んでくる所であった。この地に跋扈する凶悪な生き物ではなく、もっとたちが悪い者達に彼らは見つかってしまったのだ。

 ある程度進んだ所で敵の装甲車両は停止し、後部から装甲服に身を包んだ兵が車両の周りに展開する。

 見るからに分厚い装甲に覆われた敵の装甲兵は、鈍重さを感じさせない動きでこちらを十字砲火で叩ける位置に素早く散開する。

 全く遮蔽物がない砂漠のど真ん中で両者は睨み合い、その合間を乾いた風が通り抜け砂塵を巻き上げる。

 

 エルマーはライフルの照門を覗きながら敵の装甲服を観察する。フォルムは大昔の騎士が着ていた全身鎧に近いが、全体的な大きさは二回り大きく、重厚な装甲と大きな肩部装甲板がずんぐりした印象を見るものに与えた。装甲の材質は不明だがライフル弾程度は歯牙にも掛けず、先のポータルを巡る戦闘では対戦車ロケットランチャーを持ち出してようやく一体仕留めたと言う。

 残念ながらエルマーの小隊は対戦車ロケットランチャーは今持ち合わせていなかった。先程の攻撃で射手ごと粉砕されてしまい、その残骸は飛び散った肉片と一緒に転がっていた。

 

 ハッキリ言ってエルマー達に対抗手段は無かった。出来る事といえば相手の装甲服の弱点に銃弾が命中することを祈りながら攻撃することだが、そんな奇跡に近い事が起こるはず無かった。だが彼らにはその奇跡的な確率にすがる他なかった。

 ここで装甲服を着た敵の一人がゴソゴソと拡声器を取り出しカニシアン達に向かって冷酷な声色で話し始める。

 

「アーキム王国の将兵に告ぐ。こちらは新カリフォルニア共和国陸軍のランドルフ中尉だ。抵抗は無意味だ、武装を解除し降伏しろ。一分間猶予をやる、それまでに返答が無い場合拒否したとみなし攻撃を行う」

 

「降伏だと。毛無し猿風情がなめた口を利きやがって」

 

 一人の生き残りのカニシアンが語気を荒げながら立ち上がりライフルを構え、発砲する。乾いた銃声が響き、ランドルフの胸部装甲に派手な火花が散るが、目立った効果はそれだけであった。銃撃を受けてもランドルフは微動だにせず立ち続け、胸部装甲には鉛がこびり付いただけだった。

 撃たれたランドルフは無造作に右腕を突き出し、手に持っている長方形の物体を銃撃してきたカニシアンに向ける。

 ブォンと唸る様な微かな低音が手に持っている物体――AER9レーザーライフルから発せられ、それと同時に赤いレーザービームが空を切り裂きながらカニシアンに殺到する。

 胸部にレーザーの熱量をまともに受けたカニシアンは全身を真っ赤に輝かせ、声もなく崩れ落ち肉体を崩壊させる。赤い輝きが収まるとカニシアンが居た場所には煙を立ち上らせる白い灰がこんもりと積もっているのみであった。

 

「ひぃっ」

 

 自身の理解の範疇を超える武器の威力を目の当たりにし、エルマーは小さく悲鳴を漏らす。

 

「さ、殺人光線」

 

 肉体を一瞬で炭化させる武器はエルマーに子供の時分に読んだ空想科学小説に登場する架空の兵器を思い出させた。

 

「無意味だと言っただろう。お前達の司令部はポータルごと大規模破壊兵器で消滅した。残り30秒」

 

 ランドルフが言う司令部の消滅。エルマーにはそれが嘘に思えなかった。キノコ雲が立ち昇った直後司令部へ無線で通信を試みたが、返事は返ってこなかったからだ。他の部隊にも通信を試みたが同じ結果だった。

 エルマー達にとって状況は絶望的である。頭脳である司令部は蒸発し、逃走も不可能、敵に対抗する手段も無い彼らに残された選択肢は僅かだった。素直に降伏するか、それとも――。

 思案しているエルマーの近くで突如くぐもった銃声がした。

 見ると自らの口に短機関銃の銃身を突っ込み、血を流しているルッツがいた。彼の頭頂部は皮膚と頭蓋骨が内側からめくれ上がり、まるで赤い花が咲いている様であった。その赤い花弁の中央から血と一緒に崩れた脳がこぼれ落ち砂地を彩っていた。

 

 自分もいっそ自害すれば楽になるだろうか。大きく瞳孔が見開かれ、もはや何も映していないルッツの目を見ていると、そんな考えがエルマーの脳裏に浮かぶ。そうしたほうが良いかもしれない。捕虜になってもどうせ碌な目にあわないだろう、ならいっそのこと――。

 震える手でライフルを自分の口内に突っ込み引き金に指を掛ける。恐怖から震える歯が銃身に当たりカチカチと音を立て、経験したことのないくらい心臓が早鐘を打ち、息が荒くなる。

 あと少し指に力を入れれば全て終わる。目をギュッと瞑り引き金に掛ける指を動かそうとした時、ふとある考えが浮かび上がる。

 

 敵はなぜわざわざ捕虜をとろうとするのだろうか? 

 初めからこちらを殺すつもりなら、降伏勧告など行わずそのまま攻撃してしまえばいい。カリフォルニア軍には装甲服をはじめとする、アーキム軍の抵抗など無視できる程の強力な兵器が存在するのだから。

 ならば一か八か賭けてみるのも悪くないかもしれない。

 

「残り10秒だ」

 

 その一声がエルマーの腹を括らせた。

 エルマーはライフルを放り投げると、相手を刺激しない様にゆっくりと立ち上がると、両の手をあげる。

 

「う、撃つな。降伏する」

 

「そのままこちらに歩いてこい。おかしな真似はするな」

 

 言われた通りエルマーはトボトボと歩いてランドルフの方へ向かって行く。

 エルマーの行動が切っ掛けになったのか、5人のカニシアンが彼に続いて両手を上げ降伏して来る。全員が頭から足元まで砂で白く汚れ服装もヨレヨレだ。

 

「何だこれだけか」

 

 武器を隠し持ってないかボディチェックを受けるエルマーと5人を眺めながらランドルフが言う。動けるのは見たところ彼らで全員であった。他のカニシアンは瀕死か既に死体になっている状態であった。

 

「ローランド。こいつらに効くか分からないが、念のためスティムパックとラッドアウェイを投与してやれ」

 

 ローランドが腰のファーストエイドポーチから大きな注射器を取り出すと、それを見たカニシアン達はあからさまに怯えはじめる。

 

「大丈夫。この中には元気の出るお薬が入っているだけだよ」

 

 暴れない様に後ろから押さえつけられているエルマーに近づきローランドは注射器の針を彼の首筋に突き立てる。

 プシュと微かな音がして、シリンダーからエルマーの血管内に薬液が注入される。さらにもう一本注射器を取り出す。そのシリンダーにはオレンジ色の液体が充填されていた。ラッドアウェイと呼ばれる体内の放射能を除去してくれる薬だ。それも先程と同じ様に首筋の静脈に打ち込んでやる。

 ローランドのやり方が乱暴なのかエルマーは小さく痛い、と言いながら目をギュッと閉じ痛みに耐える。

 他のカニシアン達も同じ様に注射を受け、ちょうど終わった頃に部下の一人がランドルフに報告する。

 

「中尉。一人生存者を発見しました。こいつ死んだ振りをしてやがりました」

 

 カニシアンの死体の間を歩き回りボディカウントを行っていたパワーアーマー兵が、一人のカニシアンの襟首を掴みながらランドルフの元へ連れてくる。

 

「アヒィィィ、殺さないでくれぇぇぇ」

 

 襟首を捕まれ宙に浮いた状態のカニシアンは、まるで母犬に首の後ろを掴まれた子犬を思い起こさせた。そいつのフサフサした尻尾は足の間に巻かれ、耳はペタンと寝ている。イヌが怯えた時のサインにそっくりだ。

 

「しょ、少尉……」

 

 先に捕虜となったカニシアンが摘まれ悲鳴をあげるカニシアンの姿を見て言った。

 

「ほぉう、少尉ということはお前が隊長か。ローランドこいつにも注射してやれ」

 

 スティムパックを注射しようと、少尉に近づくローランド。だが大きな注射器を持った2メートル近くあるT-60を見て、少尉は奇声を上げ身を捩り無茶苦茶に暴れる。彼は顔面をくしゃくしゃにしながら涙と鼻水を溢れさせ、さらに股間から黄色い液体を垂れ流す。

 

「汚ねぇ。こいつ小便漏らしやがった。おいメスメトロンを使え、このままじゃ注射が打てん」

 

 怯えて暴れる彼を無理やり押さえつけてもよかったが、パワーアーマーを装着した状態でそれをやると骨を折ってしまう可能性があった。その為人間を催眠状態にするメスメトロンという装置を使うことにする。

 奇妙な箱型の装置を少尉の頭に近づけてスイッチを押してやるとキィィンと微かに催眠効果のある音波が流れ、少尉を催眠状態にする。するとさっきまでの暴れっぷりが嘘の様におとなしくなる。

 襟首を摘まれ宙ぶらりんの少尉をゆっくりと地面におろしてやる。ふらついているが彼はしっかりと立っている。

 

「おい小便垂れ。お前の名前は?」

 

 まるで酔っぱらいの様にふらつきながら立つ少尉に向かってランドルフは尋ねる。少尉の目は虚ろで口の端からは涎を垂らし、呂律が回らない口調で答える。

 

「アーダルベルト・マッテスれす。23しゃい、独身れす」

「そこまで聞いてない。いいかこれからお前に注射を打つ、絶対に暴れるなよ」

 

 ふぁい、と返事しおとなしくスティムパックとラッドアウェイを打たれるがままになるアーダルベルト少尉、注射が終わると彼の両手に手錠がはめられる。催眠が切れた時に暴れらないようにする処置だ。彼だけでなく他の捕虜にも手錠を掛ける。そして捕虜達を軍用トラックの幌がついた荷台へと放り込んでやる。

 

「ランドルフ中尉、他の連中はどうしますか?」

 

 他の連中とはまだ息があるカニシアンの事だ。自力で投降してきた奴だけでなく、怪我の為動けないがまだ息のある者達もいた。

 

「そいつらは放っておけ、そろそろコヨーテが集まりだす頃だ。始末はそいつらに任せておけばいい」

「コヨーテに死体と怪我人の始末をさせるのですか、まるで共食いみたいですね」

「もしコヨーテが喰わなくても他の生き物が始末してくれるさ。モハビには腹をすかせたアボミネーション共がわんさか居るからな、ナイトストーカーにラッドスコルピオン、そしてデスクロー」

 

 ランドルフが話しているその時、モハビの彼方から幾重にも甲高い遠吠えが響き渡った。モハビには半ばミュータント化したコヨーテが多数生息しており、この遠吠えは奴らのものだ。血肉に飢えたミュータントコヨーテが血の匂いにつられて集まりだしていた。

 

「前進再開だ。総員乗車しろ。あと放射能シールドに異常が無いか確認しておけ」

 

 装甲車両に乗り立ち去る第一小隊の面々。後に残されたのは既に冷たくなった死体か、または辛うじで生きているカニシアンが発する呻き声のみであった。

 やがて呻き声は断末魔に変わり辺りに漂う血の匂いをより濃くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 核の光によって黒く焼け爛れた砂漠とハイウェイ上を歩兵戦闘車は白い履帯の跡を刻みながら順調に前進する。味方によってばら撒かれた対戦車地雷は既に遠隔操作によって自爆させられており、彼らの進撃を阻む者は無かった。

 歩兵戦闘車の薄暗い車内にあって、ランドルフはガイガーカウンターが発するガリガリという不快な音に聞き耳を立てている。自分のpipboyに搭載されているガイガーカウンターの音ではない。歩兵戦闘車M6A1に搭載されている環境センサーの機能の一部であるガイガーカウンターが発する音だ。

 環境センサーが収集した情報をデータリンクによって自分のpipboyに表示させるべく操作する。外の放射線レベルは危険域に達していた。

 純粋水爆は放射線の発生が全くゼロという訳ではない。炸裂の際に多量の中性子線を辺り照射するのだ。それによって砂漠の砂が放射化してしまい、放射線を発するようになってしまっているのだ。車外は既にパワーアーマーか防護服を着ないと危険な状態である。

 だがそんな状態でも外をさまよう者達がいた。

 

「ランドルフ中尉、前方に人影多数」

「全車停止しろ」

 

 横隊を組んでいたM6A1が停車する。砲塔上部の光学サイトがカニシアンの生き残りと思われる者を発見したからだ。詳細を把握するため望遠モードにした光学サイトに映ったのは変わり果てたカニシアンの姿だった。

 彼らは皆一様に全裸に近い格好で破れ焼け焦げた衣服の一部が体に張り付き、さらに全身の皮膚と毛が溶け、溶けたそれが指先からだらりと垂れ下がり先端を引きずりながらヨタヨタと歩いている。中には爆風によって眼球が飛び出した者も居り、眼窩から視神経を曳いたそれが歩く度にぶらぶらしていた。

 

「中尉、どうします? こいつらも捕虜にしますか?」

「いや、面倒だ。楽にしてやれ」

 

 感情を感じさせない淡々とした口調でランドルフは射殺命令をだす。自分と他の小隊が得た捕虜はそこそこの数が居り、もう十分だった。それに彼らは重度の火傷だけでなく、窒死量の放射線も浴びているはずだ。つまり彼らは死が必定の生きる屍(リビングデッド)である。彼らを捕虜にし本国に後送して、細胞再生処置を受けさせれば助かるかもしれないが、そのような手間暇をかける価値をランドルフは彼らに見出だせなかった。

 M6A1の30mm機関砲が据えられた砲塔がピタリと生きる屍となったカニシアンに指向する。

 

「全車連装機銃で攻撃。30mmはもったいないから使うな」

 

 30mm機関砲の脇にある7.62mm機関銃の銃口がチカチカと明滅し、カニシアン達を薙ぎ倒していく。7.62mm弾を撃ち込まれたカニシアン達は声も無く血飛沫を上げ崩れ落ちていく。モハビに乾いた銃声が幾重にも木霊し、M6A1の砲塔から排出された薬莢がカラカラと車体を叩き、滝の様に流れ落ちる。銃声と薬莢が奏でる合唱が終わると立っているカニシアンは一人も居なかった。

 

「敵殲滅完了、他に敵影はありません」

「よし、前進再開だ」

 

 M6A1の鋼鉄製の履帯が軋み、黒く汚れた砂塵を巻き上げながら車体を前へと押し進める。撃ち殺したカニシアンの死体を轢きながら前進するが、死体の山に混じり焼け焦げた木製の看板が1つ落ちていた。だいぶ焼け焦げているが辛うじて welcome to NIPTON  と書かれているのが読み取れる。爆風でここまで吹き飛ばされて来たのだろう。それも死体と一緒に踏みつけながらランドルフ達は気にも留めずIFVを進めニプトンがあった場所へと邁進する。

 

 ニプトンへの途上砂の上にポツポツと黒い物体が散乱しているのが目に入ってくる。近づくに従いそれらは胎児の様に丸まったカニシアンの焼死体であると気づく。まるでカリカリに焼けたチキンの様だ。焼死体に混じり半ば溶けたアーキム軍の装甲車も残骸を夕日の下に晒していた。ニプトンへ近づくにつれ死体も車両の残骸も無くなっていき、やがて溶けて固まりガラスみたいになった死の大地が現れる。

 そして半時間程経過した時だった。

 

「そろそろだな。総員下車。散開しつつニプトンへ前進」

 

 pipboyのデジタルマップを確認していたランドルフが下車を命じる。降ろされた車体後部のランプドアから小隊員達が散開し、ランドルフも部下と共に下車する。

 下車直後、パワーアーマーのセンサーが窒死量の放射能で汚染されている事を音声でランドルフに伝える。

 

『警告。重度の放射能汚染を検知。秒間RAD400。警告――』

 

 女性の合成音声による警告が流れ、ヘルメットのバイザー上にも  [warning radioactive contamination area] と警告を示す赤い文字列が点滅する。が、そんなこと百も承知なので無視して警告をオフにする。

  

「何も無いな……」

 

 水爆で熱せられた熱い風が吹く中、爆風と熱線で滑らかになった砂漠で横列を形成し小隊は前進する。一歩ずつ踏みしめるごとにで溶けて固まった砂が足の下でパキパキと音を立てて割れる。その音を聞きながらランドルフはレーザーライフルを構え、マップをバイザーに表示しニプトンの位置を確認しながら進む。地図によればニプトンはすぐ近くだ。しかし辺りには茶色い靄が薄く立ち込め視界が悪い。

 

「! 総員停止」

 

 不意にランドルフが何かを発見したらしく停止命令を出す。いや、発見したというのはやや不正確だ。正確には何も無いというのを発見したのだ。強い熱風が吹き、辺りの靄が晴れるととニプトンだった場所の全貌が明らかになってくる。

 かつてニプトンと呼ばれていた町は完全に消滅しており、代わりに巨大で綺麗な円形のクレーターが大地に穿たれていた。

 クレーターの表面は淡い黄緑色をしていた。溶けた砂がガラス化しその表面を覆っているのだ。

 クレーターの底を見回して見ても、ニプトンの町の残骸はおろかポータルの青い光さえ見出す事は出来なかった。ましてカニシアンなど毛一筋すら存在していなかった。

 ランドルフ達はクレーターの縁に立ちそのすり鉢状の底を覗く。何かへばり付いているモノを探すかの様に目を凝らしていたが結局は緑のガラスしか見当たら無かった。

 

「攻撃は成功だな」

「ですが、ここら一帯は汚染されてしまいました」

 

 ローランドが少し残念そうに言う。対してランドルフの口調には暗さが全くない。

 

「ああ、それなら心配ない。三日もすれば放射能レベルは半減するらしい、一週間もすれば防護服無しで歩きまわれるさ」

 

ポータルの消滅を確認した第1小隊は踵を返し西日を背に歩兵戦闘車へ戻りはじめる。

 彼らを照らす赤い夕日はウェイストランドに散ったアーキム軍将兵の血を吸ったかのようにブヨブヨと膨らんで見えた。それはまるで腐り落ちる寸前の果実の様であった。

 

 


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