fallout 双頭熊の旗の下に   作:ユニット85

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7 アフターマス その2

 ニューベガス市より北東、一面砂色の大地の中に2条の長細い灰色の長方形が存在する。それはネリス空軍基地と呼ばれている場所の滑走路である。

 

 ネリス空軍基地。

そこは数年前まではブーマーという部族の占拠下にあった。

 核シェルターvault34で発生した抗争の生き残りである彼らは、数年の放浪の末ネリス空軍基地を見出し、当時基地を根城にしていたウェイストランド人を追い出した後、そこを支配下に置き自らの根拠地としたのだ。

 だがブーマーの支配は長くは続かなかった。第2次フーバーダム戦後、ネリス空軍基地は新カリフォルニア共和国の支配下になったからだ。

 いまだに膨大な航空燃料と航空機の予備部品や整備機材が残されているネリス空軍基地は、モハビウェイストランドの支配をより確固たるものにし、東へ逃げたシーザーリージョンの追撃にも使え、さらに東へと覇を称える共和国にとって是が非でも確保したい場所であった。

 

 だがそれを邪魔する者達がいた、前述のブーマーである。共和国とブーマーの話し合いは最初は穏便であった。共和国側はブーマーに対して移住先の居住地の提供とその費用の全面負担さらにその身の安全保障や経済支援まで申し出た。しかしブーマーが首を縦に振ることは無かった。彼らはある目的のためにネリスを譲れない理由があった。

 

 その目的とはネリスの外の世界、つまりウェイストランドの浄化であった。ウェイストランドに住まう人々を蛮人(サヴェージ)として蔑む彼らにとってネリスの外の住人は抹殺の対称であった。

 第2次フーバーダム戦争の最中ブーマー達は密かにウェイストランドの浄化の為の準備を行っていた。とある人物の協力の下ミード湖に沈んだ爆撃機、超空の要塞(スーパーフォートレス)B29を引き上げることに成功したのだ。

 

 だが結局引き上げたB29は戦争中、空を飛ぶことは無かった。フーバーダムで行われた共和国軍とシーザーリージョンの決戦。あわよくば双方の勢力をダムごと吹き飛ばしてやろうと画策していたが、結局機体の修復は決戦に間に合わず。修復が完了した時には既に戦争は終結している有様であった。

 

 共和国とシーザーリージョンを爆撃することが叶わなかったブーマーは諦めず次の標的を探し始める。標的はすぐに見つかった。それはネリスの南西で夜でも爛々とネオンを輝せ、天を衝かんとそびえ立つカジノやホテルを擁していた。即ちニューベガス市である。

 爆撃目標が決まれば後は行動のみであった。B29の爆弾倉は開かれ、その腹の中に爆弾は搭載された。後は離陸するのみとなった時に新カリフォルニア共和国の外交官が現れ、ブーマーに移住を申し出てきたのだ。

 共和国の物言いは丁寧で、美辞麗句のオブラートに包まれていたがその提言は単純であった。金をやるからネリスから出て行けである

 共和国の申し出はブーマーにとって受け入れられるものではなかった。ブーマーにとってネリスは愛着のある土地であった。昨日今日やってきた訳の分からない共和国を名乗る連中に金を渡されてもネリスを出て行くつもりなど毛頭なかった。

 斯くして共和国とブーマーの対話は平行線の一途を辿った。様々な妥協案が提示され、時には脅しに近い文句が出ることあったが、依然として双方が歩み寄る事は無かった。対話による交渉が潰えた次は軍事力の出番であった。

 

 最初に口火を切ったのは共和国からだった。初めにロボットによる突破を図ろうとした。Mrハウスから購入したアサルトロンとセンチュリーボットで構成された部隊がネリス空軍基地の外周を覆うフェンス向けて突撃した。しかしロボット達の突入は叶わなかった。ネリス空軍基地の敷地内から撃ち込まれる榴弾砲の防護射撃によってロボットは全機破壊されたからだ。

 ブーマー達は自らの武力には自信があった。基地の全周を取り囲む頑丈なフェンスに機関銃が据えられた監視塔、アサルトライフルからアンチマテリアルライフルまで種々さなざまな銃火器。なにより一番大きな武器は105mm砲であった。

 大射程を誇る105mm砲は時折ウェイストランドからやって来るレイダーを、一部例外はあったが寄せ付けず長年ブーマーを守護してきた守り神みたいな物であった。

 どうせ今回の敵はレイダーに毛が生えた程度だろう。そう高をくくっていた彼らだが、すぐに思い知ることになる。自分たちは所詮井の中の蛙であったと。

 

 共和国のロボット部隊を撃退したことにより歓声に沸くブーマー達、だがそれはすぐ悲鳴に変わった。

 唐突に飛来した大質量の砲弾が天から降り注ぎネリスの各所に火焔の花を咲かせ、不自然な程の正確で105mm砲を叩き潰していく。

 臓腑を揺さぶる砲撃が終わった後に残されたのは捻れた鉄の塊と化した105mm砲とその周囲に散らばるさっきまで人間だったモノだ。

 ブーマーの視界外からの間接照準射撃。それを可能としたのは無人機(UAV)による観測と対砲兵レーダーである。飛翔する砲弾の弾道を解析し発射地点を特定する対砲兵レーダーを装備する共和国は、105mm砲の位置を割り出すためわざとロボットに突入させブーマーに先に撃たせたのだ。

 そして105mm砲より長射程の155mm砲の対砲迫射撃(カウンターバッテリー)によってブーマーの砲列を完膚無きまで破壊した。

 ブーマーは105mm砲の射程を最大まで活かすための前進観測班も無ければ、対砲迫射撃(カウンターバッテリー)という概念すら無かった。

 

 火砲の庇護が無くなったネリス空軍基地は丸裸同然であった。105mm砲を潰してしまえば後の障害は小火器を持った兵のみだった。8輪装甲車がネリスのフェンスを踏み潰し、.50口径機関銃が監視塔を守備兵ごと粉砕した。装甲車が開けた防衛の穴に後続の歩兵が雪崩込み、後は一方的な蹂躙が行われた。

 この戦闘によってブーマー達の半数が死ぬか、あるいは共和国に楯突いたテロリストとして逮捕され、その後見せしめとして処刑された。

 生き残りのブーマーはネリスから出ていくか、または共和国に忠誠を誓い基地の用務員として働いている。

 

 

 

 

 

 

 

 その血塗られた歴史を持つネリス空軍基地の敷地内を歩く男達がいる。1人は顔面が黒い無精ひげだらけで灰色の飛行服とサバイバルベストさらに耐Gスーツに身を包み、手にはパイロットヘルメットを持っている。

 男の名はマーティン。新カリフォルニア共和国空軍の第601飛行隊に所属するパイロットである。

 マーティンは先程ブリーフィングルームで受けた任務の説明を頭の中で反芻しながら乗機が収められているハンガーへ向かって歩いていた。

 

(まさか自国領内を核攻撃することになるなんて……)

 

 空軍幕僚監部から派遣されてきた中佐がブリーフィングで語った内容はにわかには信じられない内容だった。

 産業科学局が転送装置の実験をしていたら偶然にも別の惑星へ繋がってしまい、惑星の敵対的な先住民族と戦争状態になり、さらには転移装置を占拠され領内に逆侵攻されてしまったというのだ。全く待ってマヌケな話だとマーティンは思う。

 侵攻された時点でポータルとか言う転移装置の電源を落とすなり破壊してしまえばいい、核爆撃なんていくらなんでも大げさでは?ブリーフィングの合間にそのような質問が投げかけられるが、その答えも笑えてくるものだった。

 

 2つの惑星を結ぶ超空間通路はポータルを破壊したり電源を切ったぐらいでは今すぐ消滅しないと言うのだ。現に陸軍の派遣部隊が撤退した後、ポータルへの無線送電は停止されたが、未だに超空間通路は消滅しておらずウェイストランドに不気味な青い光を投げかけていた。

 エネルギーの供給が絶たれた超空間通路が消滅するまでの正確な期間は判明しておらず、プロジェクトの責任者である研究者によると最短でも数ヶ月長くて100年以上も存在出来るというのだ。

 今すぐに超空間通路を消し去るには莫大なエネルギーをポータルにぶつける他無く、そんな大量のエネルギーを1度に発生させる方法を共和国は1つしか持っていなかった。

 

(まるで出来の悪いSF小説みたいな話だな)

 

 マーティンは内心で思った。

 ポータルとか言う装置の危険性を考えもなく、ホイホイと作る科学者共とこんなプロジェクトにGOサインを出した奴らのことを考えると無性に腹が立ってくる。

 

「少佐何だか顔が怖いですよ」

 

 仏頂面で歩くマーティンに話かける男がいた。マーティンと同じ格好をして彼のそばを歩いている。そばかす顔で明るい茶色の頭髪を持つこの若い男はアンドレイと言う名だ。階級は大尉。彼はマーティンの乗機の兵装システム士官(WSO)を努める男だ。

 

「そりゃあ不機嫌にもなるさ。俺達は他の連中の尻拭いに行くようなモンなんだぞ」

 

 先住民族と戦争になったのは外務省がヘマをした所為であるし、自国内に侵攻されたのは陸軍がマヌケな所為だと、マーティンは声には出さないが内心そう思っていた。上の連中が無能だとそのシワ寄せはいつも末端の人間に及ぶのはいつの時代になっても変わらなかった。

 

「まぁ、そう任務の前に怒んないでくださいよ。前向きに考えましょう、こうして実戦で空を飛べるのは何かの巡り合わせですよ」

 

「はぁ、楽観的でいいなお前は」

 

 そんな会話を交わしていると、やがて目的地であるハンガーの前に到着する。 

 カマボコ型の耐爆ハンガーの中に彼らが乗る機体が鎮座していた。

 F-15E ストライクイーグル。

 核戦争前まだこの地がアメリカ合衆国と呼ばれていた時代に開発された、戦闘爆撃機(マルチロール)だ。核戦争直前の2070年代ではさすがに旧式化しつつあったものの、核戦争で国家が崩壊しまともな空軍戦力を保持している組織が殆ど無い2288年現在では過剰なほど強力な機体だ。

 共和国が保有する航空機のすべてが戦前の機体をリバース・エンジニアリングし国内の工場で新規に作られた物である。さすがに200年もほったらかしの物は飛行できなかった。

 空軍が建軍された当初は軽武装のCOIN機しか保有していなっかったが、第2次フーバーダム戦後の共和国の経済的成長と科学技術の進歩がその国力に不釣合いなほど強力な機体の配備を可能としていた。

 その灰色の低視認塗装が施された機体の前で4人の整備員がマーティンとアンドレイを待っていた。ギリギリまで機体の整備をしてくれていたのだ。

 

 整備員達と敬礼を交わすが、すぐに機体には乗り込まない。パイロット自身が機体の周りを時計回りに周り外部から点検していく。ウォークアラウンドと言う作業でありこれには機長付も付き添う。

 その最中、否が応でも胴体下のハードポイントにぶら下がっている白い流線型の物体が目につく。

 B101核爆弾。

 これは重水素の核融合反応を利用した熱核兵器であるが従来の水爆とは違う点があった。重水素の核融合に原子爆弾を使わない、プラズマ核融合方式、つまり純粋水爆であった。さらにこの爆弾は威力可変式で0.5ktから10mtまで威力を調整可能だが現在は30ktに設定されている。さすがに最大核出力の10mtでポータルを吹き飛ばすとモハビ全域だけでなくカリフォルニア本国まで被害が及ぶ危険があった。

 

 外部点検を終えマーティンとアンドレイがラダーを登り機体に乗り込む。

 機外にいる整備員に指を1本上げて合図し、エンジンマスタースイッチをオンにしJFS(ジェットフューエルスターター)レバーを押す。

 キイィィィンと小型ガスタービンエンジンが始動し、READYランプが点灯する。それを確認すると右スロットルをアイドル位置に開き、イグニッションを作動させる。

 ライト・オフ(着火)

 右エンジンの回転数が徐々に上がり格納庫内を轟音で満たす。起動に問題が無いか確認し、同様の手順で左エンジンを始動させる。

 

 エンジンが覚醒すると同時に広角HUD上に緑の幾何学模様と機体情報が映し出され、3面ある多機能表示ディスプレイ(MFD)が輝きを取り戻し始める。 

 チタンと複合材で構成された大鷲の心臓に火が灯り、眠りから覚醒した瞬間だ。

 操縦桿を左右に倒し、昇降舵と補助翼が正常に動くかを確認する。異常なし。次いでフットバーを踏み方向舵も確認。

  

「クリアー」

 

 整備員がマーティンに問題がない事を合図し、それに返答すると、爆弾の安全装置及び機体各所を固縛する安全ピンとが引き抜かれる。マーティンは規定の本数抜かれているか数え問題無いことを整備員に合図する。キャノピーを閉めると車輪止めが外されF-15Eはゆっくりとタキシングを開始する。

 

「ネリス管制塔(タワー)、こちらデビル(ワン)滑走及び離陸を要請(リクエスト タクシー アンド テイクオフ)

「デビル1 1番滑走路へ進入せよ(タクシー トゥ ランウェイ01)

 

 管制塔の指示通りに1番滑走路に進入し離陸位置に付く。

 マーティンの駆るF-15E コールサインデビル1の後に、僚機であるもう1機のF-15Eも滑走路に進入する。

 僚機もデビル1と同じく、B101核爆弾を搭載していた。万が一マーティンの機の爆弾が不発だったり、効果が不十分だったりした場合の予備機だ。

 

「デビル1 イントゥ ポジション」

「ツー」

「デビル1 離陸後針路(テイクオフ ステア)1-9-2を取り、高度10000で飛行(エンジェル10)復唱せよ(リードバック)

「了解、針路1-9-2 高度10」

復唱は正しい(リードバックイズコレクト)離陸を許可する(クリアーフォーテイクオフ)

 

 ふとマーティンは横を見ると、整備員のみならず基地員総出でマーティン達を見送りに出ているのに気付く。

 

「おーい頑張れよー」

 

 彼らは建物の脇や窓から一斉に手や帽子を激しく振り、マーティン達を激励する。

 マーティンも手を振って応えると左手のスロットルを一気に押し込め、ミリタリーパワーの位置まで持っていく。

 

 耳を(ろう)するジェットエンジンの甲高い爆音と共にF-15Eは滑走を始める。そして――

  

「デビル1。離陸する(エアボーン)

 

 アフターバーナーの赤い尾を曳きながらマーティン達を乗せた機械の大鷲は蒼穹へ舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 荒廃した砂漠が織りなす茶と黄色のまだら模様とアウターベガスのスラムを眼下に臨みながら、マーティンは南西へ飛行する。

 

「こいつを実際に飛ばすのは3回目だな」

 

  ジェットエンジンの音に慣れ心地よさすら感じる様になった頃にマーティンは昔の事を思い出す。

 共和国空軍では燃料節約の為、滅多にジェット戦闘機を飛ばすことはしない。普段の訓練は仮想現実シミュレーターや原子力バッテリーで動く練習機で行っている。

 だからと言って共和国空軍の操縦士の練度が低いと結論付けるのは間違いだ。

 仮想現実上で行われる訓練は現実と見分けが付かない程のリアリティで、実戦と遜色ない訓練が可能だからだ。

 

 仮想現実の世界でマーティンは何百もの敵機を撃墜し何千もの目標を爆撃してきた。それに彼にはシミュレーター訓練での優秀さに加えて実戦経験もあった。第2次フーバーダム戦争時マーティンはCOIN機の操縦士として従軍したのだ。

 原子力バッテリーで駆動する軽攻撃機A221で近接航空支援やリージョンの地上部隊を銃爆撃して回ったのだ。

 だが所詮は低速のCOIN機。リージョンが携帯式SAMや高射機関砲を投入してから戦果はあまり上がらなくなった。精密誘導兵器の照準装置を持たないA221はどうしても低空に降りて攻撃しなければならず、その為リージョンが保有する対空火器の餌食になってしまった。戦争後半ではなけなしの航空戦力の喪失を恐れた軍上層部がCOIN機の投入を渋った結果、想定以上の苦戦を強いられてしまったのだ。

 第2次フーバーダム戦争の反省を踏まえて、更なる空軍力の充実を図るのは当然の帰結と言えるだろう。その成果が今マーティン達が駆るF-15Eを始めとする様々な航空機だ。F-15Eの搭載する爆撃照準コンピューターとLANTIRNシステムの一部であるAN/AAQ-33を用いれば昼夜問わず誘導兵器を地上に叩き込むことが出来る。

  

「目標まで5nm」

 

 後席に座る兵装システム士官(WSO)のアンドレイがマーティンに報告する。

 それを聞くとマーティンはマスターアームスイッチをARMの位置に上げ、HUDを航法モードからDTOS(トス爆撃)モードへ切り替える。

 トス爆撃とは上昇中に爆弾を投弾する方法で、遠くに爆弾を放り投げるときや、核爆発に巻き込まれ無いようにする投弾方法だ。

 

「スケアクロウ。こちらデビル1、目標視認(ターゲット タリー)。作戦に変更はないか?」

 

 スケアクロウとは首都にある航空作戦指揮所(COC)のコールサインだ。共和国の建国以来この規模の核攻撃作戦は初めてである為、マーティンは最終確認の連絡を取る。

 

「デビル1。作戦に変更なし、投弾せよ」

了解(コピー)爆撃航程に入る(オンコース)

 

 HUD上を機体の機動に合わせてフラフラと動く目標指示(TD)ボックスがニプトンのタウンホールに重なった瞬間に投下ボタンを押し固定する。

 するとHUDを縦に2分するステアリングラインが現れるのでフライトパスマーカーに重なる様にする。後は火器管制システムが適切なタイミングを判断し自動で爆弾が投下される。

 ここで加速しつつ上昇に移る。HUDのステアリングライン上にリリースキュー現れ上昇に合わせてライン上を下がってくる。

 そしてリリースキューとフライトパスマーカーが重なった瞬間。

 

「デビル1。爆弾投下(ボムズアウェイ) (ナウッ)!」

 

 ガコン 

 機体が振動し2000ポンド近くあるB101核爆弾が切り離され虚空へ向かって投げ出される。

 直後マーティンは上昇しつつ機体を反転させ、全力で離脱を図る。

 投下されたB101は緩やかにスピンしながら上昇していたが、やがて重力に従い下降に転じる。その先にはニプトンタウンホールがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タウンホール2階からの光景はなかなか壮観な物であった。この廃村の地雷はほぼ除去され、ポータルから続々と増援部隊が到着しつつある。

 矩形に並べられた装甲車の群れに、野砲の砲列、仮設飛行場の建設も始まりつつある。

 そんな光景をタウンホール2階の窓。今はアーキム王国軍司令部が置かれている部屋から1人外を眺める人物がいた。その人物は窓から入る日光が眩しいのか目を細めつつ外を見ている。

 

「はぁ 早く故郷に帰りたい」

 

 アーキム王国陸軍カリフォルニア派遣部隊指揮官である、フェルナン大佐だ。彼は外を眺めながらため息をついていた。ハッキリ言ってこの任務は貧乏くじだからだ。

 何故わざわざ未知の世界に進撃しなければならないのか、カリフォルニア人を追い出した時点でポータルを破壊してしまえばいい。当然進撃前に議論はなされた。

 何故カニシアンはポータルを破壊しなかったのか、それは彼らにとってポータルの破壊というのはリスクが高すぎたからだ。

 当たり前だがポータルはカニシアンとって未知のテクノロジーが使われている。下手に弄ったり、破壊した場合どのような結果が起こるか全くの未知数だ。もしかしたら何事もなくポータルは破壊出来るかもしれない、だがそうではなく破壊しようとしたら惑星ごと爆発してしまったら? とても手が付けられる代物ではなかった。

 故に彼らはポータルの破壊ではなくカリフォルニアへの進軍を選んだ。2度とカリフォルニア人がアーキム王国の土を踏まないようにし、ポータルを作った技術者を捕まえ、2つの惑星を繋ぐ通路を閉じる方法を探る為に。

 

「行けども行けども荒れ果てた砂漠に危険な生き物。ここは呪われた地なのか?」

 

 事前の調査で門の向こうには砂漠が広がっているとわかってはいたのだが、ここまで過酷な環境だと思ってもみなかった。

 

「それにこんな装備で大丈夫なのだろうか」

 

 彼が指揮する派遣軍だが、実態は旧式装備が主の2線級部隊であった。他の師団では最新の装備に更新されつつあるが、彼が所属する師団はまだまだ旧式の装備が主力だった。だからこそカリフォルニアへ派遣する部隊に選ばれたのだ。

 万が一ポータルに不具合が生じ双方の世界への往来が出来なくなる可能性を考慮した結果、失ってもあまり惜しくない彼らが派遣されたのである。

 それにカリフォルニア軍の戦力も未知数である。アーキム王国に侵攻してきた部隊がカリフォルニア軍の全戦力とは考えにくい。当然本国にはさらに強力な部隊が駐留していると考えられる。先の戦闘で威力を見せつけた装甲服を始めとする未知の兵器も保有しているはずである。

 詰まるところ彼らカリフォルニア派遣部隊は情報収集のための先遣隊であり、主力となる部隊はポータルの向こうで編成中であった。

 

「――?」

 

 椅子に座り報告書を読もうと手を伸ばした時、耳に聞きなれない甲高い音が入ってくる。

 三角で毛皮に覆われた耳をピクピク動かし、音源を突き止めようとする。どうも外から聞こえてくるらしい。

 窓から身を乗り出し徐々に大きくなる異音の正体を探ってみる。音の発生源は地上からではなく雲一つない青空にあった。

 青いペンキをぶち撒けた様な蒼穹を背景に白い筋が一本。自然の雲ではない飛行機雲だ。それがこちらに少しずつ近づいてくる。友軍の飛行機はまだ飛べる状態ではない。だとしたら考えられる事は1つ。

 敵の空襲! そう思い立つや否やフェルナン大佐だけでなく外の歩哨達もにわかに騒ぎ出し、急いで自走高射機関砲に飛びつき敵機へむけるが、彼らの予測に反して敵機は飛行機雲を曳きながら180度旋回し逃げていく。

 

 偵察目的の飛行機だったのだろうか? 

 離脱する敵機を睨み付けながら見送るフェルナン大佐だが、青空の一点に白くて長細い物体がパラシュートにぶら下がりながらゆっくりと降下してくるのがふと目に入る。

 

「何だアレ?」

 

 数秒後その問いかけに答えるかの如く、物体から目を灼く程の爆発的な光の奔流が生まれる。彼は先の問の答えを手に入れる事が出来た。だがそれを認識するはずの脳を胞する肉体はすでに溶け、彼の意識と肉体の残滓は光に飲み込まれて無に帰した。

 

 

 

 

 

 B101核爆弾は母機から投下された後緩やかにスピンしながら落下していたが、やがて安定翼が空気を掴んで弾体が安定するとパラシュートを展開した。母機が爆発に巻き込まれ無いようにする為の時間稼ぎである。そのせいで少し風に流され南へズレたが、これから起きることを思えば些細な誤差であった。

 爆弾が300mに達すると瞬間温度が一万度にもなるプラズマが閉じた磁界の中で発生し反応物質である三重水素の核融合を促し人口の太陽を誕生させた。

 瞬間、海の底を思わせるウルトラマリーンの蒼がモハビを照らし、生まれた火球は内に飲み込んだあらゆるモノを原子へと還元した。カニシアン、建物、砂、装甲車、あらゆるモノが火球のなかでプラズマ化し、融け合い混ざり合った。

 核の焔に飲み込まれたカニシアンは自身の死を認識する間も無く、また自らの影を刻むことすら許されず消滅した。後の事を思えば彼らはまだ幸運であったかもしれない。少なくとも苦しまずに逝けたのだから。

 蒼の光は膨張し、やがて赤い爆炎と化した。周囲の空間に生命の存在を許さない程の熱と衝撃波を撒き散らし、急激に周りの空気を膨張させ音速の爆風となって荒れ狂った。

 爆風に煽られたカニシアンは木の葉の如く吹き飛ばされ地面へ叩きつけられた。超音速の衝撃波に撫でられた者は内蔵を破裂させ四肢が千切れ飛んだ。

 烈しい熱量に晒され砂漠の砂は溶岩の様に泡立った。砂だけでなくカニシアンの肉体も燃え、その皮膚を溶かした。彼らも人間と同じくタンパク質と水分から成る生き物であり、数千度の熱線に耐えられるはずなかった

 業火が織りなす暴虐が収まると、ニプトンが存在していた場所には天を衝かんとばかりに成長するきのこ雲のみが残った。

 

 その熱の暴虐と坩堝を空から観察する者がいた。

 

「スケアクロウ。こちらデビル1、爆弾は無事起爆した」

「デビル1。ポータルの破壊は確認できるか?」

できない(ネガティブ)原子雲に隠れて視認できない。赤外線でも駄目だ」

「了解。爆撃損害評価は地上部隊に任せる。デビル1基地に帰還せよ(RTB)

了解(コピー)デビル1RTB」

 

 未だ熱を持つ赤黒い巨大なきのこ雲を背景にマーティンのF-15Eはネリス空軍基地へ機首を転じる。

 モクモクと立ち昇るきのこ雲を機内から肩越しに振り返り、マーティンは一言言い放った。

 

「ウェイストランドへようこそ」

 

 

 


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