fallout 双頭熊の旗の下に   作:ユニット85

6 / 10
6 アフターマス

 

 ポータルの青白い膜に突っ込んだ直後、一瞬だけ視界が白く塗りつぶされる。視界が元に戻ると、懐かしい光景が目に飛び込んでくる。

 固く乾いた砂地に、枯れた低い草と低木がポツポツと生えたニプトン郊外のモハビ砂漠だ。放射能に汚染されロクでもない生き物が跋扈する荒れ果てた砂漠だが、それでも故郷に帰ってきたという感慨で胸が一杯になる。

 全速力でポータルに突っ込んだ為、ランドルフとローランドは10メートル程進んだ後足を踏ん張りようやく停止する。

 息を整えながら周りを見るが同じ中隊の仲間達はおろか人1人見当たらない。てっきりモハビ側の出口は要塞みたいに防御が固められていると思っていたので拍子抜けする。

 置いて行かれた。と一瞬脳裏をよぎるが、やや遠くから2人を呼ぶ大声が甲高いエンジン音に混じって聞こえてくる。

 

「おーいこっちだ」

 

 首を巡らせ声の源を見ると、4発のローターを備える大型のティルトローター機がアイドリング状態で着陸しており、後部のランプドアからクラーク大尉が手を振っているのが見える。この4発機は新カリフォルニア共和国陸軍所属の機であり、制式名はCV290ドラゴンフライというティルトローター式重輸送VTOL機だ。

 ドラゴンフライはベルチバードという双発ティルトウィング機より大量の人員や物資を運ぶことが出来た。

 急いで2人はクラーク大尉の下へ走り出す。

 

「置いてきぼりかと思いましたよ」

「置いていくわけないだろう。それよりも急いでここを離れなくてはならん」

「ここで迎え撃つのでは無いんですか?」

「ああ、空軍がデカイ爆弾でここを爆撃するらしい。ポータルごと吹き飛ばすつもりのようだ。とにかく早く乗れ」

 

 ランドルフとローランドはランプドアから機内へと乗り込み、兵員シートへ座わる。機内にはすでに他の仲間が座っている。

 ランドルフは機内からポータルへ目をむける。敵はまだ出てくる気配は無い。さすがの敵もいきなり未知の世界へ飛び込む無謀さは持ち合わせていないらしい。

 

「離陸する」

 

 機長が機内スピーカーを通じて伝えると。エンジンの回転数が上がり機体がフワリと持ち上がる感覚がする。ランプドアが閉じられ機内が薄暗くなると、ランドルフは丸窓から外を見てみる。

 2機のベルチバードがポータルとニプトンの町の上空を飛び回り、機体下部の装置からぱらぱらと何か小さな物体をばらまいているのが見える。

 敵の進行を遅らせる為に空中散布式の対人地雷をばらまいているのだ。

 ここだけでなくニプトンから東西に伸びるハイウェイ上にもおそらく対人、対戦車両方の地雷が仕掛けられているだろう。

 

「そういえばクラーク大尉、これからどこに向かうのですか」

 

 気になっていた事をランドルフは尋ねる。

 

「キャンプホテルだ。そこで空軍の攻撃が終わるまで待機だ」

 

 キャンプホテルとは7年前はモハビ前哨基地と呼ばれていた駐屯地だ。州間高速道路(インターステイト)15とニプトンハイウェイが交わる小高い丘の上にあるのでカリフォルニア本国とキャンプマッカランの中継地やデザートパトロール隊の基地として使われている場所だ。

 第2次フーバーダム戦争後モハビ前哨基地はもはや前哨では無いということで現在のキャンプホテルの名に変わったという経緯がある。

 

「いったいなんの爆弾を落とすんだ……」

 

 普通の航空爆弾ならばそこまで離れる必要は無い。ランドルフの疑問はもっともだが、その問に答えられる人間はここには居なかった。

 しばらくするとキャンプホテルの象徴であるNCRレンジャーとデザートレジャーが握手している巨大な像が視界に入る。

 ランドルフは達を乗せたドラゴンフライは、キャンプホテルのヘリポートにアプローチするため徐々に高度を下げてく。やがて強烈なダウンウォッシュで砂塵を巻き起こしながら着陸した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘から丸1日経っても見渡す限りの平原には屍が転がっていた。1つや2つではない、100いや1000以上のカニシアンの屍がそこにはあった。

 状態も様々であった、体の一部が無い屍、半身が千切れ中身を青空の下に晒している屍、銃創を穿たれた屍、黒焦げで胎児の様に丸まっている屍、あらゆる屍がそこにあり野を死臭で満たしていた。

 屍はカリフォルニア人がポータルと呼ぶアーチ型の転移装置まで続いていた。まさに屍と血で彩られたレッドカーペットであった。

 

「ひどいな」

 

 死に満ちた平原の淵に立つ1人の若い男のカニシアンがいた。彼は変わり果てた平原を眺めている。

 青々しく軟らかい緑に覆われていた肥沃な大地は、味方の砲撃によって痘痕面の如し黒く焼け焦げたクレータだらけになり、さらに大地染み込んだ血液と転がる内蔵がそれを赤黒く彩っていた。

 土と臓物が混じった独特な匂いが風に乗って空気中に漂い、それを嗅いでしまった若いカニシアンは堪らず胃の中の物をぶちまけた。

 

「コラッ。エルマー2等兵何しとるかっ」

 

エルマーと呼ばれた若者はビクリと三角の耳を動かし慌てて袖で口を拭う。小隊軍曹に怒鳴られた彼は気をつけの姿勢で軍曹に向き直る。

「す、すみませんルッツ軍曹殿。我慢できなくて、その……」

 

 ルッツと呼ばれた青い毛皮を持つカニシアンは少し表情を和らげ、エルマーに話しかける。

 

「いいかエルマー吐いたことを怒っているわけじゃない。この惨状だ無理もない。お前がボ~と突っ立てるから注意しただけだ」

「軍曹殿はその……平気なんですか」

「全く平気というわけはないが、死体を見るのは別に初めてじゃない。それよりも今の俺達の仕事は死体を拝むことじゃない。逃げた人間共を追撃することだろうが、お前は無線手だろ早く来い」

 

 彼らは後方に待機していた予備の部隊であった。先の攻撃に参加した部隊の損害は非常に大きく、ポータルをくぐり敵地へ進行できる状態ではなかった。

 エルマーは背中の大型無線機とライフルを背負い直し、急いで軍曹の後を追う。自分が所属する小隊の所まで行くと、そこで小隊長である少尉の訓辞を聞く

 

「先ほど中隊長から命令がでた。我々はあの門をくぐりカリフォルニア国へ進撃する。先行している偵察部隊によると向こう側は砂漠と荒野が広がっているらしい。敵は門周辺で確認されて無いが、地雷が敷設されているのが確認された。決して不審な物に近づくな、十分に警戒しろ。2列縦隊で門へ進む、以上だ」

 

 2列に並んで隊列を組み、ゾロゾロと前進を開始する。カリフォルニア人を自国領内から追い出す。という目的は達成したにもかかわらず皆一様に足取りが重く、顔色も青い。ここからでも見える平原の惨状をみれば理由はあきらかだ。

 彼らは一応勝者であった、ただその目的を達成するための犠牲はあまりに多かった。たかが200名弱の敵を追い払うのに彼らはその倍以上の損害を出していた。にもかかわらず敵に与えた損害はあまりにも少ない。割に合わない戦いであった。

 だが彼らはそれでも進む。死に彩られた地を。新カリフォルニア共和国を殲滅するという使命の為に。

 

 ポータルへの途上を行進するにつれて、平原の惨状がより顕になる。

 少しずつ死体の処理が始められており、比較的損傷がマシな遺体は黒い遺体袋に詰められ、ズラリと線路の枕木みたいに並べられている。

 原型を留めないほどに破壊された遺体は砲撃痕にまるでゴミでも捨てるかの様に投げ捨てられ穴の底に折り重なっていた。

 

 カリフォルニア人が残していったモノは多々あるが、一際目立つ物体が平原の一角に鎮座していた。攻撃によって全体が黒く焼け焦げているM6A1歩兵戦闘車だ。その歩兵戦闘車に軍の技官が群がり調べていた。

 アーキム王国が勝手に重装甲車だの戦車モドキだの呼ぶそれについてわかったことは少ない。車体に高品質な防弾鋼が使われ、車体に大きな兵員室を備えているということぐらいだ。

 

 その戦車モドキを軍の研究所に送る為、戦車回収車で曳行しようとする時異常が起こった。完全に死んでいたと思われていたエンジンが不気味な低音を奏で始めたのだ。

 ヴヴヴと低音で唸る異音は徐々に大きくなり、次第に高音へと変じていく。

 何か知らないが危険だ。車体の周りにいる技官達は不安がり離れようと足を動かし始めるが一足遅かった。

 M6A1のエンジン室から目を焼く程の強烈な閃光が生まる。爆発的に膨張した閃光は技官と回収車さらに周りで死体処理の作業に従事している兵達を包み込み、肉体を消滅させた。

 閃光は赤い火球に転じ、やがてモクモクと立ち昇るキノコに似た赤黒い爆煙を形つくり熱波と衝撃波を辺りに撒き散らした。

 

「わっ!」

 

 まるで横から思い切り蹴られた様な爆風に押されエルマー含む行進している者達は地面に押し倒される。一体何が爆発したのか見当もつかない。爆発で舞い上がった破片が辺りに降り注いでいるので、地面に伏せたままヘルメットを押さえる。

 爆発の余波が過ぎ去ると皆ソロリソロリと立ち上がり、辺りの様子を伺う。大半の者はシッポを足の間に入れていた。

 今の爆発は事故や偶然で起こったものではなかった。NCR軍が撤退する際、故意にエンジンが爆発するように仕掛けたのだ。

 車体があった場所は焼け焦げた浅いクレーターのみが存在し、その周囲では高温のせいで自然発火した草が燃えていた。M6A1と爆発に巻き込まれた人達は跡形もなく消え去り、その残滓は空中を漂っていた。

 

「全員落ち着け。負傷者がいないか点呼をとれ」

 

 ルッツが小隊長の代わりに部隊の点呼をとる様に命じる。爆心地から離れていたので幸いにも全員無傷であった。

 

「少尉殿、点呼終わりました。負傷者はいません」

 

 ルッツが少尉に報告する。少尉はやや呆けた様子でそれを聞いている。彼は新任の少尉であった。

 

「ああ……ご苦労」

 

 他の小隊も負傷者は出なかったので、後始末を他の部隊に任せ、前進を再開する。その歩調はさっきよりも重たい。

 やがて起立するポータルが大きく見えてくる。周囲には歩兵部隊だけでなく6輪装甲車や歩兵砲を牽引するトラックで溢れかえっていた。

 それらは野戦憲兵の交通整理を受け少しずつポータルの向こうへ消えていく。そしてエルマー達の番が来た。

 地面から生えるアーチ状のポータルは、まるで獲物に喰らいつこうとする肉食獣の口腔を思い起こさせた。

 カニシアンが通っても大丈夫なことは事前に調査済みだ。だがそんなことこれから未知の世界に踏み込もうとする彼らにとって、何の慰めにもならない情報だ。

 その内側を満たす青白い光の膜を通ればもう二度とこちら側に戻れないのではと思えてくる。まるでこの世とあの世を隔てる門だ。

 

 エルマーは意を決して目を瞑り、ポータルの青白い膜へその身を突っ込む。一瞬だけ視覚と平衡感覚を喪失するが、すぐに正常に戻る。

 瞼の裏側に刺す様な陽の光を感じ、さらに砂混じりの乾いた風が体を撫でる感覚がしたので恐る恐る目を開けてみる。

 門の向こう側は青空と荒涼たる風景が広がっていた。近くには朽ちた町があり、地の果てまで砂色と茶色のまだら模様が続いている。故郷では考えられ無いほど乾いた空気に思わずエルマーは咳こみそうになる。

 

「小隊長は集合しろ」

 

 エルマーの所属する第3小隊。さらにその上級部隊の大隊の隊長が隷下の中隊長及び小隊長を集合させる。おそらく今後の事を確認するのだろう。隊長達は大隊本部が置かれているタウンホールらしき建物へ向かっていく。

 その間彼らは町の大通りの上で待機する。先行した斥候により地雷の敷設が確認されている為誰1人通りから外れる者はいない。地雷の除去はまだ町中の通りの上しか行われていなかった。

 

 しばらくして小隊長が戻ってくる。

 

「我々第3小隊は直ちにハイウェイ沿いに西進する。なお先行している偵察部隊が巨大なサソリらしき生物と交戦した。そのサソリらしき生き物は極めて獰猛とのことだ。各員武器の点検と警戒を怠るな。傘型陣形で前進」

 

 傘型陣形とは小隊本部を中心に左右と前方に分隊を配置する守りに向いた陣形だ。全くの未知の土地かつ危険な生物が生息する場所では当然の選択であった。

 他の小隊も出発し始め東西へ散っていく。砂漠を当てど無く探索するよりハイウェイ沿いに進んだ方が人工物を発見する可能性が高いという判断に基いての行動だった。地上部隊だけでなく上空から飛行機でも探索する予定だが、ポータルを通す為一度分解する必要があり、それに手間取っていた。ちなみに飛行機は不整地でも離着陸できる旧式の複葉連絡機が派遣される。

 やがて第3小隊も西へ続くハイウェイを進み始める。熱砂で揺らめく荒涼砂漠の彼方へと。

 

 

 

 

 

 

 天頂から照りつける陽光は故郷の快活で暖かな光とは違い、鋭く刺す様などこか不快な性質の直射日光であった。まるで日の光そのものが殺気を持ってモハビウェイストランドに侵入してきた者達に容赦なく降り注ぎ確実に体力を奪っていく。

 それだけでなくひび割れ砂に汚れたコンクリート製ハイウェイも、日の光を照り返しその上を歩む者達を熱した鉄板の上を歩く気分にさせる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 炎天下を進むエルマーは滝の様に流れ落ちる汗を拭う為、ヘルメットを少しずらす。その鈍色のヘルメットも陽光に熱せられて、火傷しそうな程熱い。

 汗を流すだけでは体温の排熱は追いつかず、舌を出して体温調整を図るがそれでも汗は止めどなく噴き出し体表の毛皮を濡らす。

 口をだらしなく開け舌を出しているため、時折吹く砂混じりの非常に乾燥した風が口内の水分をすぐに奪ってしまう。水分補給の為だいぶ軽くなった水筒に手を伸ばし、ぬるくなった水を一口含むが、乾いた口腔内にそれは痛みを伴って喉の奥へ流れ落ちる。

 慣れない環境に未知の土地、さらに敵が仕掛けた対人地雷も警戒しながら進むのは如何に訓練を受けた兵士といえどもストレスと疲労が蓄積してくる。蓄積したそれらは確実に彼らの判断力と士気を奪う。故に彼らは自らに迫りくる危機の発見に遅れた。

 

「少尉殿。9時方向に何かいます」

 

 小隊の左を警戒していた兵が何かを見つけたらしく、小隊長に報告する。

 

「何かとは何だ。具体的に言え」

 

 イライラとした態度を隠しもせず、小隊長は応える。慣れない環境に加え思う様に進まない進軍のせいでどうしてもそのような口調になる。

 

「何というかその……黒くて大きな虫みたいな奴が10匹程こちらに向かってきます」

 

「?」

 

 部下の報告だけだはどうにも要領を得ないので、自ら確認すべく双眼鏡を取り出し砂漠の彼方へ向けてみる。

 確かに報告どおり黒い虫が羽ばたきながらこちらに向かってくる。だがその大きさが異常だ大人の胴体ぐらいある。

 もっとよく観察するために目を凝らす。すると細部が少しずつ明らかになってくる。黒い胴は鋭いトゲで覆われており、丸く肥えた腹部の先端には太い針が突き出ている。4枚のオレンジ色の羽をせわしなく動かし地面スレスレを飛行している。

 よくわからないが危険な生き物だ。小隊長の脳内に本能がそう訴えかける。次の瞬間には攻撃命令を下すため自然と口が動いていた。

 

「総員、9時方向の黒い虫を攻撃しろ!」

 

 一斉に地面に伏せあるいは片膝をつき各々の銃で攻撃を加える小隊員達。荒涼とした砂漠に幾重にも乾いた銃声が響き渡る。虫達は双眼鏡を使わなくてもハッキリと姿を捉えられる距離まで迫っていた。

 最初の一斉射撃で虫の群れの中の2匹が銃弾を受け胴体を弾けさせる。残りの虫をやっつける為皆でライフルや短機関銃で攻撃するが、地面の近くを高速で飛び回る虫にはなかなか当たらない。

 

「手榴弾!」

 

 柄付手榴弾の柄の先端に付いている紐を引っ張りヒューズに着火させ一斉に虫へ投げつける。しかし虫達は想像以上にすばやく、爆発に巻き込めたのは群れの半分程だけだった。

 それでも撃ち続け虫を残り1匹までに減らすが、そいつは銃火を掻い潜り、前列で射撃を行っていた兵の1人に組み付く。

 

「ぎゃぁぁぁぁ」

 

 悲鳴を上げ虫を振りほどこうと滅茶苦茶に藻掻くが、虫の黒くギザギザと節くれだった6本の足はしっかりとアーキム兵の胴体に絡みついて離さない。すると虫は丸い腹部を突き出しその先端の針をアーキム兵の腹に突き刺す。刺された彼はうっ、と声を上げ地面に倒れ静かになる。

 虫はさらなる獲物を求め飛び上がり、近くに立っていた兵に節と棘だらけの足を再び絡める。

 

「助けてくれぇぇぇぇ」

 

 まるで恋人同士が抱き付くが如くがっしりと組み付かれる。力ずくで振りほどこうにも虫の足から生えている棘が服を突き破り肉に食い込んでいるため振りほどく事ができない。

 他の仲間が彼を助けようと銃を向けるが、彼が身を捩り暴れるため虫に狙いが付けられない。無理な射撃は組み付かれている彼ごと撃ってしまう可能性があった。

 撃つのを躊躇っていると、虫はそのギザギザとした鋏みたいな形状の顎を横に開き、組み付いている者の首筋に食らいつきそして食い千切る。

 肉と腱がブチブチと音を立てて千切れ、頸動脈から鮮血が噴水みたいに噴出し、虫の外皮を赤く染める。

 再び食いつく為血が滴る顎を開けるが、いつの間にか虫の背後に回り込んだ人物がいた。ルッツ軍曹だ。

 ルッツは短機関銃の銃床を虫の背中――羽が生えている間にまっすぐ打ち付け虫を地面へと叩き落とす。

 

 ギイィと鳴き声を上げ虫は地面に落下するが素早く体勢を立て直す。そして感情の宿らない複眼にルッツの姿を捉えると、4枚の羽を大きく広げギイィギイィと大声で彼を威嚇する。

 ルッツは無言で短機関銃の銃口を虫に向け引き金を絞る。

 タタタタッと軽快な銃声が響き、銃弾は羽の付け根を抉り左側の羽を地面へ散らした。

 甲高い虫の悲鳴が砂漠に響き渡るが、更なる銃声がそれを遮る。ルッツが射撃を再び行った為だ。

 ルッツは弾倉内の弾丸を全て撃ち尽くす勢いで連射する。放たれた銃弾は虫の胴にめり込み、足をもぎ取る。さらにルッツだけでなく他の者も射撃に加わり虫に銃弾を撃ち込んでいく。

 銃弾が撃ち込まれる度に虫の躰は地面の上をビクビクと跳ね回り、肉片と、緑色で半透明の体液を撒き散らす。それはダンスを踊っている様にも見えた。

 

「撃ち方やめ。もう十分だ」

 

 はぁはぁ、と皆息を切らして虫の死骸を見下ろす。虫の肉体は無数の銃弾に絡め取られたせいで原型を留めないまでに破壊されており、四肢がそこら中に飛び散っていた。

 噛まれたカニシアンは首の肉を噛み千切られ、肉の合間から白い物が覗いていた。頸動脈から流れ出る液体はすでに出切っており、硬い砂地に赤い染みを作っていた。

 

「リボルはどうなった」

 

 1人のカニシアンがふと声にだす。

 リボルとは初めに虫に襲われた兵士の名だ。

 仰向けに倒れているが彼はまだ一応息があった。しかし顔色は悪く白目を剥き、唇の端から泡をブクブクと吹いていた。息も非常に荒い。目立った外傷は腹部の虫に刺された所しか見当たらない。

 

「ちくしょう。あの化け物虫め毒を持ってやがったんだ」

 

 彼らにとって未知の生き物の抗毒血清など持っているはずもなかった。

 

「小隊長。いったいどうすれば」

「……」

 

 小隊長でも妙案は思いつかず黙り込む。衛生兵を呼ぼうにもそれが所属している中隊本部はだいぶ後方であった。仮に衛生兵をここに連れてきてもとうてい間に合うとは思えない。思案している合間にもリボルの容態はますます悪化しており、今では手足がピクピクと痙攣を起こしている有様であった。

 ここでリボルに近づく人物がいた。ルッツである。彼は倒れているリボルのそばまで行き、顔を覗き込む。

 リボルの顔色は蒼白を通り越して青黒く変色しており、目は虚ろで半眼状態であった。呼吸は既に虫の息であった。

 ルッツはリボルの容態を確認すると、手に持った短機関銃を無造作にリボルの頭に向ける。そして引き金を引いた。

 タタタッと撃ち出された弾は、倒れた際にヘルメットがズレため剥き出しなったリボルの額に小さな銃創を穿ち脳ミソを撹拌する。リボルの体は一瞬ビクリと跳ねそれきり動かなくなる。

 

「ルッツ何故撃った」

 

 少尉が批判がましくルッツに言う。言葉には怒りが滲んでいた。

 

「お言葉ですがね少尉殿、リボルはどう見ても助かりそうになかったですぜ。ならばせめて楽にしてやるのも慈悲ですよ」

 

「ルッツ軍曹。リボル1等兵はまだ助かる可能性があった。なのにお前は独断でリボルを殺したんだぞ」

 

「少尉殿。今そのことについて議論している場合ですか。他にやるべき事があるのでは?」

 

 確かにルッツの言う通りであった。こんな砂漠の真ん中で言い争うより優先するべき事がたくさんあった。

 

「エルマー、無線で中隊本部に報告しろ内容は、我黒く巨大なハチに似た昆虫型敵性生物より攻撃を受く。性格は非常に凶暴さらに猛毒を持っており危険。注意されたし」

 

 カニシアンは知る由もないことだが、彼らが攻撃を受けた生物はモハビウェイストランドでも一二を争う程危険な生物であった。名はカサドレスという。

 スペイン語で狩人を意味する名を付けられたこの生物はその名に違わず非常に高い凶暴性を備えていた。

 カサドレスは本来ならばモハビウェイストランドには存在してないはず生物である。最近になって急に現れたのだ。それもそのはずカサドレスは人口的に生み出された存在だからだ。ウェイストランドではビッグマウンテンあるいはビッグエンプティと呼ばれる一大研究施設群そこで生み出されたのだ。

 クレーターの底に存在する研究施設群。そこでオオベッコウバチに遺伝子操作を施し、生み出されたのだ。生みの親である研究者曰く、従順で好奇心旺盛、安全で増えない働き者らしいが、現実はモハビへ脱走し大量に増え人々を襲っていた。モハビの住民にとっては迷惑な話である。

 

「2人を埋葬してやらないと」

 

 カサドレスに殺された2人の死体をそのままにはしておけない。屍肉を漁るのが目的で上空にカラスの群れが舞はじめている。小隊の半分を歩哨に立て、残りで2人を埋葬するため円匙で穴を掘る。

 2人を埋葬した後墓にライフルを突き立てその上にヘルメットを載せてやり墓標代わりにする。

 小隊全員でヘルメットを脱ぎ墓前で黙祷をする。上空を飛ぶカラス達の影が砂に落ち地上に砂色と黒のまだら模様を投げかける。カラスの一部は地面に降りバラバラになったカサドレスの残骸を啄んでいた。

 上空を乱舞する黒いカラス達。それは不吉な死神の影を思わせた。

 この時カラスたちの鳴き声に混じり微かに硬質で甲高い音が聞こえ始めた。不穏な雰囲気を感じ取り一斉に飛び去っていくカラス達。

 彼らにとっての本当の死神は雲一つない蒼穹から刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。