fallout 双頭熊の旗の下に   作:ユニット85

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4 衝突

「アーキム王国の臣民諸君、私バルトロは首相として、無辜の市民に危害を加えた新カリフォルニア共和国の蛮行を看過したりはせぬ。異世界の人間の国である新カリフォルニア共和国なる国家は先日アカデブルクでの交渉の際、平和的な抗議デモを行っている市民へ発砲し100名余りの市民を殺害したのだ。

 まさに我々の寛容と譲歩を土足で踏みにじるに等しい行為であり、我が国への宣戦布告と同義である、さらに高等文明の担い手であり優良種族たる我等への挑戦でもある。

 奴らカリフォルニア人は野獣である……否、情けをかけるに値しない野獣以下の唾棄すべき存在である。カリフォルニア人は現在彼らがポータルと呼ぶ転移装置の周辺に軍を駐留させ、我が国を虎視眈々と狙っているのだ。

 我が国の領土にいるカリフォルニア人を殲滅しポータルを破壊しただけでは不十分である。カリフォルニア人の本国へ進駐し支配するかその一切を破壊しなければ

奴らは再びポータルを作り我等の国土へその魔の手を伸ばしてくるであろう。

 私はここに宣言する。必ずやカリフォルニア共和国を滅しアーキム王国の平和と安寧を取り戻すことを約束しよう」

 

 

 

「よくもこのような、ふざけた事が言えたものだ……」

 

 新カリフォルニア共和国大統領であるジョージ・ホスキンズ大統領が握りしめた両の手をワナワナと震えさせながら、怒気が滲む声を絞り出していた。

 ここは新カリフォルニア共和国は首都シェイディ・サンズ。この都市は荒野の真ん中にあり夜でも爛々とした光にあふれていた。ウェイストランド基準で大都市に分類されるこの都市の中心に存在する官庁街、さらにその中央に位置する大統領官邸にある緊急事態対策センターにて、大統領が今聞いているのは、もはや友好を築く相手ではなく敵国となった、アーキム王国の国営ラジオ放送だ。

 ジョージ大統領は第2次フーバーダム戦争中、前任のアーロン・キンバル大統領が暗殺された為就任した人物で、タカ派として知られる人物であった。

 

 本来ポータルの向こうは電波が届かないためアーキム王国のラジオ放送を聞くことは不可能である。そこでポータルの向こうで傍受した電波を一旦有線回線に切り替えてこちら側へ送り、さらにもう一度無線でシェイディ・サンズの大統領官邸まで送信するという方法が採られていた。ちなみにポータルの向こうにいる軍の部隊にも同じ方法で連絡をとっている。

 

 当然NCR側はアカデブルクの事件についてアーキム王国に対して抗議を行った。

 今回の事態を招いたのはアーキム王国側の警備不足が原因であり、発砲をしたのは自衛の為で、断じてこちらからは攻撃してないと訴えた。

 しかしアーキム王国曰く。先に攻撃したのはNCRであり今回の事件の責任は全てNCR側にあると言って全く聞く耳持たなかった。

 

 首相官邸地下にある緊急事態対策センター。そこには現在大統領のみならず、国防大臣及び、陸海空各軍の幕僚長。さらに3軍を束ねる統合幕僚長が集まっていた。そのような中大統領が国防大臣へ質問を投げかける。

 

「国防大臣、陸軍の展開はどうなっている」

 

「現在、モハビに駐留している第8旅団から部隊を抽出して異地側へ増援として派遣しています。機甲師団である第3師団の展開にはまだ時間がかかります」

 

 ポータルへの増援は歩兵部隊が主である。なぜかと言うと戦車や自走砲等の重装備は物理的にポータルを通る事が出来ないためである。通れる車両は一番大きいものでM6A1歩兵戦闘車が限界であった。

 その為ポータルの異地側で歩兵部隊とパワーアーマー部隊が機甲師団や砲兵の展開まで時間を稼ぎ、機甲師団の展開が完了したら時間稼ぎの部隊は撤退し、こちら側で迎え撃つという方針である。なお陸軍だけでなく空軍も支援の為に出動準備中であった。

 

「OSI局長、本当にポータルを今すぐ閉じることは出来無いのかね」

 

「大統領閣下、先程申し上げたとうりテレビの電源を切る様にはいかないのです。例え今すぐポータルへのエネルギーを絶っても2つの世界を結ぶ通路が完全に消滅するまで数ヶ月はかかるかもしれないのです。おそらくポータルの外枠を破壊しても同じことでしょう。今すぐポータルを閉じるなら莫大なエネルギーをぶつけるしかないのです。それこそミニニュークの比では無いほどのエネルギーが必要です」

 

 緊急対策センター内を沈黙が支配する。この沈黙を破ったのは意外にも空軍幕僚長であった。

 

「閣下、空軍に配備予定の試験段階の新型爆弾がその問題を解決できるかもしれません」

 

「アレか……起爆実験の結果は成功と聞いていたが間に合うのかね?」

 

「間に合うよう全力で準備させます」

 

「そうか、だが間に合わなかった時を考えて陸軍の展開も予定通り行う。あと並行して和平の方法を最後まで模索するべきとワシは考えている。異論は無いな」

 

 大統領の言葉に大臣や幕僚達は黙って頷くのみであった。

 

 

 

 

 

 

 異地のポータル周辺のNCR陣地はだいぶ様変わりしていた。ポータルを囲む様に何重にも塹壕が構築されその外側には有刺鉄線も敷かれていた。さらに対人障害システムである、指向性散弾地雷が仕掛けられていた。

 本当は時間が許す限りもっと強固な陣地を築きたかったが、時間が無いため、やや不十分な作りになってしまった。それでもパワーアーマーのお陰でだいぶ作業が捗り時間の短縮につながった。

 

「交渉にいった連中大丈夫だろうか」

 

 塹壕の中でT-60パワーアーマーを装着したローランドがつぶやく。

 最終和平交渉としてクロッカー大使と護衛が敵の野戦司令部まで出向いているのだ。一連の事件で新カリフォルニア共和国からアーキム王国への信頼など地に落ちている。

 

「しかし、気の毒なもんだな交渉団の人達も。あんな連中を相手にしなければならないなんて」

 

 ランドルフが双眼鏡を覗きながらローランドに応える。ランドルフが双眼鏡を向ける先には、アーキム王国軍の陣地が広がっていた。アーキム王国軍もこちらと同じ様に塹壕を構築し攻撃に備えているようだ。交渉団が向かったアーキム王国軍の野戦司令部はその塹壕を越えさらに先にあった。

 

 

 

 

 

 

 アーキム王国軍第5師団野戦司令部のテントの中に設けられた交渉の席にクロッカー大使と外務省から派遣されたスタッフ1名が座っていた。

 野戦司令部の外にはNCR交渉団を威嚇するかのように野砲が林立し、不気味な暗緑色の迷彩に塗られた、丸っこい砲塔を持つ戦車がエンジンを轟かせ前線へ向かって走り去っていく。

 NCR側と簡素なテーブルを挟んで向かい側にアーキム王国軍の師団長と参謀が座っており、その周りにはずらりと警護のアーキム王国軍兵が居て、NCR側の護衛の兵士と睨みあっていた。

 師団長が嘲笑を浮かべながら、クロッカー大使へ尋ねる。

 

「それで、何をしにきたんだお前たちは。降伏するのか?」

 

「いえ、降伏するつもりはありません。衝突は双方にとって何の益もありません。しかしこれ以上我が国への敵対行為を続けるなら、こちらとしてはそれ相応の対応を取らざるを得ません」

 

「お前たちの目的はわかっておるぞ、交渉で反撃までの時間を稼ぐつもりなのだろう。その手には乗らん、攻撃は予定どうり行う」

「ひとつ聞かせて頂きたい、なぜあなた達は人間をそこまで敵視するのですか?」

「笑わせるな。優れた文明を持つ種族が劣った種族を支配するのは自然で当然な権利だろう」

 

 全くもって取り付く島も無い。早くも交渉の場には膠着した雰囲気が流れ始めていた。これ以上の話し合いは時間の浪費に思えた。

 

「はぁ、話になりませんな。遺憾に思います」

 

 クロッカー大使は溜息混じりに言い、席を立とうとする。

 

「待て、お前たち人間は我等と対等に交渉できる立場ではないことを教えてやろう」

 

 師団長は傍に控えている兵士に手で合図をする。するとその兵士はおもむろに腰のホルスターから自動拳銃を取り出し、クロッカー大使の横に座り、退席の準備をしている外務省スタッフの頭部へとその銃口を向ける。

 パンッと乾いた銃声が響き、外務省スタッフの頭が弾け、白い脳梁が飛び散る。彼はそのままテーブルに突っ伏し、撃たれた頭から血をドクドク流しテーブルを赤く染めた。

 

 あまりにも突然の事にクロッカー大使と護衛のNCR兵が反応出来ずにいると、周りのアーキム王国兵達が武器をかまえ今度はNCR兵へ銃口を向ける。

 慌てて応戦するためにM4カービンを構えようとするが、相手の方が一歩早かった。

 NCR兵の倍以上は居るアーキム王国兵のボルトアクション式小銃や短機関銃が一斉に火を吹き、5人しか居ないNCR兵へ銃弾を叩き込む。

 自分たちの倍以上の火力を叩きつけられた彼らは一発の銃弾を撃つことも出来ず

ボロボロの服を纏った肉塊に成り果てる。

 

「この……クソッタレ共が……」 

 まだかろうじで息があるNCR兵の1人が仰向けのまま上半身を起こし、自分へ止めを刺しに近づいてきたアーキム王国兵へM4を向け、引き金を絞る。

 放たれた5.56mm弾は相手の眉間にめり込み、その運動エネルギーを頭蓋内で解放する。頭蓋はそのエネルギーに耐えきれず内側から破裂し脳梁と血と髄液が混じった物を頭蓋骨の破片と共にあたりに飛び散らす。

 ドサリと崩れ落ちたアーキム王国兵の頭は額から上が無くなり、だらりと額から上に張り付いていた皮膚がまるで萎れた赤い花弁の様に垂れ下がっていた。さらに眼球は飛び出し、血の池と化した地面を転がっていた。

 

「やりやがったな、この猿が」

 

 すぐさま他のアーキム兵達が発砲した瀕死のNCR兵に群がり硬い軍靴で踏みつけ、または小銃の銃床を打ちつける。肉を打ち、骨が砕ける鈍い音がテントの中に響き、終わった後には全身を殴打されメチャクチャになった死体が残った。

 

「ひ、ひぃ」

 

 血の海と化したテント内で地面に伏せ、もぞもぞと動く者がいた。クロッカー大使である。NCR側で唯一の生存者となった彼は、運良く銃弾が命中しなかったというわけではない。ただ攻撃の標的にされなかっただけだ。

 

「そいつを立たせろ」

 

 師団長が命じるとアーキム兵がクロッカー大使の両脇を抱え無理やり地面から立たせる。その直後クロッカー大使の腹へ銃床がめり込み、彼は堪らず嘔吐した。

 

「これでわかっただろう。交渉とは対等な存在の間のみ成り立つ。お前たち人間は猿にも劣る下等生物であり、この星に巣食う病巣だ。よって取り除かねばならない。だが猿でも労働力としてはそこそこの価値がある。今我が軍門に降り隷属を誓うなら、お前らの国民の大部分は奴隷として存在が許されるだろう」

 

 まだ、硝煙が薄く漂い、血の匂いが充満するテント内で、師団長が眉一つ動かさずクロッカー大使へ言い放つ。それを聞きクロッカー大使は口の端から吐瀉物を垂らしながらも毅然と答える。

 

「何をもって知的生物の優劣を決めているかは知らんが私達はお前らには屈しない」

 

「寛大にも降伏する機会を作ってやったのに愚かな、次は銃弾と銃剣を以って隷属を迫るぞ……お前の政府に伝えろ、交渉ごっこは終わりだ、と」

 

 両脇を抱えられたまま引きずられるようにしてクロッカー大使はテントの外へ連れていかれようとする。外に出る直前クロッカー大使は思い出したかのように話し出す。

 

「ああ……ひとつ言い忘れてました。もし我々に降伏する場合は白旗を揚げてください」

 

「無用だ。我々は降伏する訓練は受けてないからな――――こいつを帰してやれ」

 

 喋った事で咎を受け、背中に銃床を打ち付けられながらクロッカー大使は引きずられながらテントから姿を消した。 

 交渉団が1人を除き全員殺害されたことは、ボロボロになり返り血で赤黒く染まったスーツを着た、クロッカー大使が何とか自力で車を運転してNCR側陣地に帰ったことで、知れ渡る事になった。この事件はNCR軍に怒りを植え付けることになり、さらに前線で対峙する部隊の士気高揚につながった。

 

 

 

 

 

 

 交渉団が殺害されてから1時間後、アーキム軍に動きがあった。

 ヒュルヒュルという砲弾の甲高い滑空音がしたとおもったらNCR軍陣地からだいぶ離れた場所に着弾し爆炎と共に大きな土柱が立つ。

 

砲撃だ(アーティラリー)! 退避壕に入れ!」

 

 慌てて塹壕や個人用の蛸壺へ退避し身を屈めるNCR兵達、ランドルフ達第一小隊の面々も塹壕の中で身を出来るだけ低くするように努める。パワーアーマーを着て地面に伏せると立ち上がるのに時間がかかる為、中腰の姿勢のままなるべく体を縮こまらせ敵の砲撃が過ぎ去るのを待つ。

 今の砲撃は1発もNCR陣地内に着弾せず周りの草原を掘り返したのみであった。

 

 「今のは試射だ。じきに効力射が来るぞ!」

 

 すぐに敵の第2射が始まりさっきの砲撃よりずっと近い所に着弾する。着弾の衝撃で地面が揺らぎ、多量の土砂を空中に巻き上げる。

 

 「来るぞ。備えろ」

 

 3射目でNCR陣地に砲弾が降り注ぐ。着発弾に混じり曳火射撃も加わり、陣地を爆煙で包み込む。

 

(爆発の規模からして75ミリ級かな)

 

 塹壕内で砲撃に耐えながら、ランドルフはそんなことを思う。時折榴弾の破片がパワーアーマーの装甲に当たりカンッ、カンッと音を立てるが、155ミリ榴弾の直上爆発に耐え、25000ジュールもの運動エネルギーを弾き返す装甲を有するT-60型パワーアーマーにとっては蚊に刺された程度のダメージしか与えられなかった。

 延々と続くかの様に思えた砲撃は突如として終わり、辺りには黒煙と硝煙が立ち込め、それが晴れると砲撃痕だらけの陣地が現れた。

 

「被害報告!」

「M6A1、全車被害軽微、戦闘に支障なし」

「こちら第4小隊死亡1 負傷4名。負傷者の後送求む」

 

 ポータルを守備するNCR兵の全員がパワーアーマーを装備しているわけでは無い、一般の歩兵も多数存在している。むしろ数ではパワーアーマー兵よりも多かった。

 

「思ったより早く砲撃が終わりましたね中尉」

 

 ローランドが砲撃で巻き上げられた土を被り、茶色くなったパワーアーマーから土を払いながら言う。

 

「砲弾の備蓄が不十分なのかもしれんな……おい見ろよ敵さん突撃するつもりらしぜ」

 

 ランドルフが指す方向では、6輪のタイヤと砲塔を備えた装甲車を先頭に、100名程の敵がこちらに向かって前進してくるところだった。

 

「迫撃砲は攻撃開始しろ」

 

 さっきの砲撃でも、幸いに全4門の81ミリ迫撃砲は無傷であった。命令を受け砲口から装填された砲弾は、ポンッと栓が抜ける様な発射音と共に撃ち出される。

 事前に標定済みの迫撃砲は初弾から敵の歩兵の隊列の真ん中で炸裂し爆炎と破片を撒き散らし、一撃で2,3人の肢体を吹き飛ばす。

 慌てて散開し前進の速度を早め迫撃砲の最小射程に入り込もうとするが、次はNCR軍のM6A1歩兵戦闘車の30ミリ機関砲が待ち受けていた。

 

 ドンッドンッドンッと腹に響く重低音を轟かせながら、30ミリAPFSDS弾(装弾筒付翼安定徹甲弾)が撃ち出され、6輪装甲車の前面に吸い込まれる様に命中し激しく火花を散らす。

 車内に侵入したAPFSDS弾は砕けた装甲板と一緒に車内で跳ね回り、乗員の肉体を引き裂き、車内を肉片と血だらけにする。

 命中した別のAPFSDSは燃料タンクに当たり装甲車を火だるまにし、燃える棺桶にした。 

 前進してきた8両の6輪装甲車は全て30ミリ機関砲によってただの鉄くずと化す。敵の装甲車を撃破したM6A1歩兵戦闘車は砲塔を旋回させ次の目標に狙いを定める。装甲車の庇護が無くなった敵の歩兵である。

 

 再び重低音を響かせて30ミリ機関砲が火を噴き今度は榴弾を発射する。M6A1に搭載されている30ミリ機関砲はチェーンガンであり、さらにデュアルフィードシステムによってボタンひとつで弾種の切り替えが出来た。

 発射された30ミリ榴弾は、歩兵の数メートル手前の空中で炸裂し破片を浴びせる。破片をもろに全身で浴びた者は、文字通りその肉体を木っ端微塵され細かな肉片と赤いモヤと化す。

 生き残った者は地面に伏せ、匍匐前進で接近を図ろうとするが、エアバースト弾である30ミリ榴弾に対しては、さほど効果は無かった。

 背中に破片を浴びながらも匍匐で前進してくるアーキム兵であったが、ついに耐えきれず、後退し始める。しかしそれでも容赦なく逃げるアーキム兵へと榴弾を撃ち込み続ける。それはアーキム側から後退を援護すべく煙幕弾が撃たれるまで続いた。

 

「射撃やめ、射撃やめ」

 

 一面が白い煙幕に覆われた為、中隊長から射撃停止の命令が下される。煙幕が晴れた時には、アーキム兵達はNCR側の全武器の射程外に逃れていた。

 NCRとアーキムの陣地間には炎上し黒煙を長くたなびかせる装甲車と、幼い子供が遊び散らした後の如く、カニシアンの肉体のパーツが散乱している平原のみがあった。

 

「隊長、まだリージョンの奴らのほうが根性がありましたよね」

 

 敵を撃退したことへの喜びがあふれる明るい口調でローランドがランドルフへ言う。

 

「油断するなよ。今のはこちらの能力を探るための攻撃だ、威力偵察みたいなもんだよ」

「隊長、追撃はしないんですか?」

「バカ言うなよ、こっちの戦力は増強中隊程度。あっちの戦力は少なく見積もってもこちらの10倍以上はある。仮にこちらから攻撃を仕掛けても包囲されて袋叩きだ。万が一攻撃が成功したとしても、敵の予備戦力に撃退されるだろう。それに相手の武装に関しての情報も少ない、こちらの常識が通用しない兵器があるかもしれないしな」

「敵はまた来ますかね?」

「当然来るだろうな、今度はさっきよりも激しい攻撃になるだろう」

 

 この攻撃でのNCR側の死傷者は、アーキム側の行った準備砲撃だけで発生したのみであった。

 結局アーキム王国軍は昼間には攻撃してこなかった為、NCR側は陣地の修繕と補強をしながら夜を待つことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が下り、辺りを照らすのは月と星の光のみになった頃。ランドルフは塹壕の中でパワーアーマーを脱ぎ、ブロック状のレーションを噛じっていた。灰色のインナースーツ姿であぐらをかき、ランドルフが噛じっているそれはサリエントグリーンと呼ばれる緑色の合成食品である。長く保存できる為軍でレーションとして採用されるに留まらず、民間にも大量に出回っている代物であった。

 味は殆ど無く、食感はまるで粘土を噛んでいるみたいだが、栄養はあり2個で1日の必要カロリーを満たしてくれるので慢性的な食料難のウェイストランドではありがたい食べ物だ。

 そのサリエントグリーンをランドルフは黙々と食べる。湯煎して温めて食べれば少しは美味しく食べれるが、生憎今は火を使うわけにはいかない。

 なぜなら、タバコぐらいの火でも野外の人口の明かりが無い場所では驚くほど目立つためだ。かつてのシーザーリージョンとの戦争の最中、夜間にタバコを吸っている者に対して、タバコの火の明かりを狙いリージョン兵は手当たり次第狙撃を行った。その為顔や口を撃たれる者が大勢出たので、夜間屋外にいる兵は火の扱いに非常に慎重になった。

 今NCR軍が対峙しているアーキム王国軍の武器の最大射程は不明だが用心に越したことはない。なのでNCR軍は3分の1が休憩中にもかからわず誰1人として火を使う者はおろか、タバコ1本吸う者もいなかった。

 

(知らない星ばかりだ)

 

 星空を見上げるランドルフがサリエントグリーンを咀嚼しながら心のなかでつぶやく。

 昔、サバイバル訓練中に天測から自分の位置を測定する方法を教わったことを思い出し、頭上の星の位置と頭の中にある地球の星座を重ね合わせるが、どの星もランドルフが知る星座と一致しなかった。

 

(まぁ当たり前か)

 

 残りのサリエントグリーンにかぶりつくために口を開けたその時、無線機がガリガリと音を発しやや不明瞭な声が流れる。

 

「ランドルフ中尉、敵を発見しました。東の方角、距離500、数は150乃至200程」

 

 パワーアーマーを着た歩哨からの報告が入る。この暗闇で敵を発見出来たのはパワーアーマーのヘルメットにマウントされた暗視ゴーグルのお陰だ。

 ランドルフはすぐさまパワーアーマーの中に身を滑り込ませ、暗視ゴーグルの電源を入れる。4つのレンズがある暗視ゴーグルを装着したパワーアーマーはまるで巨大な昆虫の様で非常に不気味であった。暗視ゴーグルの位置を微調整しながらランドルフは東の方角へ目を向ける。

 暗視ゴーグルのため微弱な光が増幅され、全体に緑がかかった風景に目を凝らす。すると明るい赤いシルエットとして強調して表示される無数の蠢く人型が、緑がかかった映像を背景にポツポツと浮かび上がる。

 パワーアーマーに装着されている暗視装置であるAN/PSQ35は光増幅式と赤外線探知装置を組み合わせた複合式暗視装置である。光増幅だけでは全くの暗闇では使えず、探知できる距離も限界があり、赤外線だけでは細かなディテールがわかりづらいなので、組み合わせることで双方の短所を補えることが出来た。敵が赤く表示されたのは赤外線探知機能のお陰である。

 アーキム王国兵は歩兵だけで平原に生えている背の高い草に隠れながら、徐々に距離を詰めて来るようだ。

 

「本部、こちら第1小隊。方位095から敵が接近中、規模は150から200」

 

「こちらでも確認した。総員戦闘配置、距離300で攻撃開始。なるべく引きつけろ」

 

 攻撃の為配置に付くNCR兵達。暗闇の中各々が武器を構え攻撃開始の命令を待つ。

 アーキム兵達は、NCR軍が暗視装置を装備しているなど知りようが無いため、まだNCR軍が自分達の接近に気付いて無いと思い、そのまま慎重かつ迅速に忍び寄る。だが実際はNCR軍はすでにアーキム兵の接近に気付き、万全の体制で待ち構えていた。

 

「3カウント後に照明弾を撃ち上げる。照明弾を合図に攻撃しろ。――3、2、1撃て」

 

 迫撃砲から照明弾が撃ち上げられ辺りを照らす。上空で炸裂した2個の照明弾がフラフラと落下しながら黄色い光で地上へ照らし、一時的に昼の世界が戻る。

 NCR軍の兵の全員が暗視装置を装備しているわけではないし、また暗視装置を付けたままだと射撃しにくいので、照明弾を上げる必要があった。

 アーキム兵はいきなりの照明弾に驚き軽いパニックに陥る、そこへNCR軍は容赦なく一斉射撃を行う。

 30ミリ機関砲、7.62ミリ汎用機関銃、5.56ミリ分隊支援火器、個々の兵が持つM4A1カービン。あらゆる火器が火を吹き、アーキム兵を撃ち倒していく。

 1分程して照明弾の効果が切れると、辺りは再び夜の闇に覆われる。しかし両軍が撃ち合っている場所はマズルフラッシュが絶え間なく明滅し、それは夜空の星々を思い起こさせた。瞬く銃火の間で赤と緑の曳光弾が交差しまるでレーザーの様であった。

 火力はNCR側の方が上であり、1つ、また1つとアーキム軍側の銃火が消えていく。再度照明弾が撃ち上げられた時にはアーキム側の戦力は4分の1まで減っていた。

 

 この戦闘でランドルフの第1小隊はほぼ正面から敵を迎え撃つ形となった。

 ランドルフは塹壕の中でM4A1カービンのバーティカルグリップをモノポッド代わりに射撃を行っていた。M4A1とパワーアーマーの射撃指揮装置は連動しており、パワーアーマーのバイザーに表示されたレティクルを目標に重ねてトリガーを絞るだけで非常に高い確率で命中した。

 

「見える範囲の敵は全員殺せ」

 

 指揮下の小隊員に命じながらランドルフも1人の敵兵の胴にレティクルを合わせ、引き金を絞る。暗視装置で赤く表示される敵影がランドルフがの放った銃弾を胸部に受け膝から崩れ落ちる。

 アーキム兵達は完全に浮き足立っており、未だ効果的な反撃も後退もままならない状況だ。その中で果敢にも全速力で突っ込んでくる20名ぐらいの敵歩兵がいた。おそらくこちらのマズルフラッシュから位置の当たりをつけ、ボルトアクション式ライフルや短機関銃を連射しながら前進してくるが、統制を次いだ攻撃でありパワーアーマーの装甲にかすりすらしない。この下手な攻撃はかえって自らの位置をランドルフらに教える結果になった。

 

「1時方向の敵に集中射、MK19も撃て」

 

 三脚に据えられたMK19オートマチックグレネードランチャーを射手が敵に向け、その短くて太い銃口を指向する。照準を合わせへの字型のトリガーを押し込む。

 ポンポンポンポンと栓が抜ける様な音と共に40ミリグレネード弾が連続して飛び出し敵集団に着弾し、暗視装置越しの視界を白く染める。ズンズンズンとくぐもった爆発音に混じり幾重にも悲鳴がこだまし、闇夜にオレンジ色の爆炎に照らし出された手足が爆風と共に宙に舞う。

 血混じりの爆煙が収まった後は五体満足な敵はおらず、死ななかった者は地面で千切れた四肢の断面を押さえ藻掻き、また破れた腹から飛び出し地面にこぼれた腸を自分の腹の中に戻そうとしていた。

 だが生きている者達もすぐに先に死んだ者の後を追うことになる。まだ息がある者に向かってランドルフ達が止めの射撃を行った為だ。

 銃声がするたびに苦悶に呻く声は消えていきやがて静かになる。

 

「ランドルフ中尉、敵が後退していきます」

 

 味方の報告どうり敵はこちらに背を向け後退していく。その数は攻撃前に比べてだいぶ少ない

 

「逃げるヤツを優先して撃て、一人でも多く殺すんだ」

 

 逃げる背中に向けてランドルフはM4A1を撃つ。まるで機械の如く正確で迷いが無い。

 

(射撃訓練より楽だぞ)

 

 射程内の逃げていく敵を全て撃ち殺したランドルフは、次は負傷し動けないアーキム兵へ射撃を始める。

 

「ランドルフ中尉、負傷した敵は放っておいてもよいのでは? どうせ死にますしそれに弾がもったいないです」

 

 ローランドがランドルフへ向けて言う。敵への慈悲から言ったわけではない、言葉の通り弾薬がもったいないと思ってのことだ。

 

「捕虜は取らない、捕虜にならない。が俺たちのモットーだろ? それに怪我した敵にギャーギャー騒がれたらうるさいだろ」

 

 納得したのかローランドも他の小隊員も射撃に加わり、負傷した敵への銃撃を行う。その行為には全く躊躇いがない。彼らは7年前のフーバーダムを巡る戦争で常に前線に投入され、散々敵であるリージョン兵を殺してきた部隊だ。今更敵兵を殺すのに一々躊躇いもしない。おおよそ数分で敵の掃討という名の作業を終え、辺りは静寂に包まれる。

 ランドルフは周囲を見回しまだ敵が居ないか確認する。暗視装置越しのバイザーの映像には地面に転々と散らばる赤く表示された敵のシルエットが点在するが、それらはピクリとも動かず、徐々に熱を失いつつあった。

 それを確認するとランドルフは無線で通信を始める。

 

「中隊本部、こちら第1小隊。敵の殲滅完了、周囲に敵影無し」

 

「了解、第1小隊は引き続き周辺警戒に当たれ」

 

 中隊本部との交信を終えたランドルフは、今度は小隊員へ向けて無線で命令を送る

 

「1分隊と2分隊、3分隊は周辺警戒、4分隊は休憩。明日が本番だ気を抜くなよ」

 

 ランドルフは言い終えると、M4A1のマガジンを外しそこへ弾を込め始めるのであった。

 この戦闘ではNCR軍は1人の死傷者も出すこと無く、逆にアーキム軍は攻撃に参加した兵の4分の3を失うという損害を被る結果となった。

 


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