fallout 双頭熊の旗の下に   作:ユニット85

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 アーキム王国の都市アカデブルクは異様な雰囲気に包まれていた。見たこともない全身鎧姿の騎士達が街の入り口に現れた為だ。街の入口にいる鎧騎士は6人。全員が重厚な鎧を着ており、この国、いやこの世界では見たことも存在したこともないデザインをしている。その6人の騎士達は現在、アカデブルクの警官隊によって扇状に半包囲されていた。

 その中の騎士の1人がゆっくりと前へ進み出る。T-60パワーアーマーを装着したランドルフだ。

 

「へェェイッ!」

 

 ランドルフ達を扇状に半包囲し警棒や短機関銃を携えた、紺色の制服姿の警官達が一瞬ビクッと震える。こちらに対して警戒心が宿る瞳をむける。

 

「ランドルフ中尉何考えているんですか」

「小隊長やめてください」

「ここはモハビウェイストランドじゃありませんよ」

 

 すかさず周りの小隊員達から叱責の声が飛ぶ。ランドルフはフルフェイスのヘルメット越しに後頭部を掻いて、気を取り直しもう一度口を開く。

 

「驚かして申し訳ない、私達は新カリフォルニア共和国陸軍のランドルフという者です、貴国と友好的な国交を結ぶため、この街を訪問しました。ひいてはこの街の責任者に合わせていただきたいのです」

 

 pip-boyに搭載されている自動同時翻訳機能がランドルフの言葉を現地民の言語に翻訳して伝える。この街に来るまでこの国の言語データはかなりの量が集積されており、現在もアイボットによる言語データの情報収集は継続中だ。

 包囲している警官の1人が一歩前に進む。彼のみならず後ろで人垣をつくっている野次馬まで、全員の耳がイヌの耳になっており、さらにお尻からもイヌの尻尾が生えていた。彼らの姿はどちらかと言うと犬を人間の様に直立歩行させた姿に近い。一歩前に出たおそらく現場指揮官であろう男が、言葉が通じた事に驚きつつも返答する。

 

「私はアカデブルク市警のハーランドです。新カリ……フォニア共和国なる国家は聞いたことありません。失礼ですが別の大陸からいらしたのですか?」

 

 ランドルフが少し考えてから質問に答える。

 

「別の大陸から来たのではありません。荒唐無稽な話ですが、我々はある装置を使いこの世界とは別の世界から来たのです」

 

 ハーランドは眉をひそめ、ランドルフを睨みつける。彼のみならず後ろで待機してる警官達や、野次馬たちの間にもザワザワとざわめきが広がる。

 

「別の世界からいらしたとは、にわかには信じられませんな。何か証拠になるモノはありますか」

 

 ランドルフは黙り考える。数秒ほどして何か思いついたのか話し始める。

 

「私の左腕に付いているこの装置、pip-boyはどうでしょうか?見せたいので、そちらに近づいてもよろしいでしょうか」

「近づくのは、あなただけで。ゆっくりとこちらへ来てください」

 

 ランドルフは言われたとうりに、ゆっくりとハーランドへ近づく。周りの警官達がランドルフの動きに合わせて、短機関銃や拳銃の銃口を向ける。ランドルフは少し緊張しながら、左腕のpip-boyをハーランドに見せるように差し出す。

ランドルフのpip-boyには現在彼のバイタルデータが表示されている。画面の中央にvault-boyのピクトグラムが映され、血圧や心拍数、体温などのデータがピクトグラムの周りに表示されいた。

 ハーランドはpip-boyの画面を恐る恐る覗き込む。バイタルデータは当然ながら英語で表記されているのでハーランドには読めない。

「見たこと無い文字だ。それにこの装置は映像受像機?」

「ラジオも聞けますよ。電波は届かないのでここでは私の母国の放送は聞けませんが」

「この大きさでラジオを聞けるのか、信じられない……ちょっと待っててください」

 

 ハーランドはpip-boyを見るのをやめ、彼の部下と思わしき人物と相談し始める。それだけでなくパトカーに備え付けてある無線機を使いどこかへ連絡を取り始める。20分ほどしてハーランドは戻って来た。

 

「市長があなた達にお会いになるようです。ただし会えるのは2人だけです」

「わかりました、ありがとうございます。少し部下と相談します」

 

 ランドルフは小隊員の元へゆっくりと戻る。

 

「市長が会ってくれるそうだ。俺とローランドで行く。行った後の指揮はハミルトンが執ってくれ」

「ランドルフ中尉、大丈夫でしょうか?」  

 

 ローランドが不安げにランドルフに尋ねる。2人が行くと街の入口に残るのは4人だけになってしまう。彼らが乗ってきたM6A1歩兵戦闘車は街の住民を刺激しないよう、街の入口から100メートルほど離れた位置で待機していた。

 

「大丈夫だって安心しろ。ヘーキヘーキ。パパッと行って終わりっ! ラブアンドピースの精神だよ」

「はぁ、中尉がそこまでおっしゃるのなら」

 

 ランドルフはハーランドへ向かって言う。

 

「私と彼で行きます。武器はどうしますか」 

「武器は持ち込みめません、申し訳ない」

 

 ランドルフとローランドはスリングで背中に廻していたM4A1カービンを部下に預ると、ハーランドの方へ歩きだす。

 

「市庁舎まではパトカーでいきますランドルフさんはこちらの、彼はあっちのパトカーに乗ってください」  

 

 2人はそれぞれ指し示されたパトカーに乗る。中に乗るとパワーアーマーの重量の為、パトカーのサスペンションがギシギシと軋み、車体がランドルフが乗っている方向へ少し傾く。

 ランドルフが乗っているパトカーの助手席にはハーランドが座り、ランドルフの隣には監視の為の短機関銃を持った警官が座る。

 

(こりゃ悪い事は出来ないな)

 

 ランドルフはフルフェイスのヘルメットの下で苦笑いを浮かべる。全員が乗ると市庁舎に向かって、パトカーが走りはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 市庁舎は5階建てのコンクリート製の建物であった。その1階の会議室でランドルフとローランドは市長が来るのを待っていた。

 2人が市庁舎に到着して15分後アカデブルク市長が会議室に入室してくる。

 

「君らが、別の世界から来たとか言う者かね?」

 

 入室するなり市長が開口一番、2人に尋ねる。市長は黒い髪に白いものが混じり、メガネをかけた男であった。当然イヌ人間だ。

 

「そうです。こことは違う世界の新カリフォルニア共和国という所から来ました」

「確かにそのような名前の国は聞いたことがない。ましてや君らの格好もはっきりいって非常に変わっている。百歩譲って君らが別世界からやってきたと信じるとして、何が目的でここに来たのかね?」

「我が国と国交を結んでいただきたいのです。もちろんすぐに、とはいかないでしょうが」

「我がアーキム王国との国交樹立が目的、というわけですか。はっきりいって一介の市長の権限を超えたことです。後日……そうですね3日後改めて話し合うというのはどうですか?」

「ええ、それで構いません」

 

 話は順調に進む。ふと市長がこんなことを聞く。

 

「ところで、なにか装置を使ってこの世界に来たと聞きましたが。その装置というのは、どこにあるんですか?」

「そうですね、地図でいうとこの辺りですね」

 

 ランドルフは壁に掛かった地図の一点を指差しあっさりとポータルの場所を答えてしまう。                 

 別にランドルフが独断で判断したわけではない。NCR政府の閣僚会議で決定していることである。ポータルは街道から結構目立つものであるし、ずっと隠しておけるものではない。それならばへたに隠して相手の警戒心を煽るよりこちらから位置を言ってしまうほうが信用を得やすいと、考えられたからだ。

 

「なるほど結構近くですね。ところでお二人はそのヘルメットを取らないのですか、ずっと被っていては窮屈でしょう」

「ああ、申し訳ない市長の前で失礼でした」

 

 この世界でもウェイストランド人は問題なく呼吸でき、有害な病原菌もいないことは、事前の調査でわかっている。それでもヘルメットを取らなかったのは万が一調査に引っかからなかった、病原菌を警戒してのことだった。

 

「ランドルフ中尉ヘルメットを外してもよい、とのことです」

 

 ローランドがランドルフに小隊間無線で話かける。市長と会話中のランドルフに変わって上層部に聞いてくれたらしい。

 

「では、ヘルメットを外しますね、みなさんと姿がだいぶ違うと思いますので驚かないでくださいね」

 

 ランドルフとローランドがヘルメットの解除ボタンを押す。プシュと空気が漏れる音が響き、ゆっくりとヘルメット上へ持ち上げ外し、脇へ抱える。

 

 ヘルメットの下のランドルフ達の姿を見た一同の反応は、驚きや戸惑いそして僅かに嫌悪が入り混じっていた。ザワザワと部屋に喧騒がひろがる。

 

「驚かしてしまいましたか? まぁみなさんとだいぶ姿が違いますね」

 

 ランドルフは自分の顔をまじまじと口を半開きにして見つめている市長に言う。その時ランドルフは市長の目に憎悪の感情が宿るのを見た。その目はランドルフが戦場で見慣れた目だ。自分を殺そうとする敵は大抵そういう目をしていた。

 

「あ、いえ、すみません皆で見つめてしまって」

 

 市長が慌てて取り繕う、その目にはさっきまでの憎悪は浮かんでおらず、顔には微笑みが張り付いていた。

 

「あなた達の種族はこの大陸では珍しいのですよ。それでつい」

「そうなんですか」

「では、3日後またこの街にいらしてください。詳しい話はそのときに」

「お忙しい中ありがとうございます、市長。では3日後に」

 

 ランドルフ達が退室しようとすると市長が2人を呼び止める。

 

「ああっ、待ってくださいせっかくなので写真を撮らしてもらってもいいですかな」

 

 2人は快諾し並んで壁際に立つ。市長の秘書らしきひとが三脚にカメラを備え2人をカメラに収める。さらにpip-boyも撮って良いか聞かれたのでこれも承諾すると、手持式のカメラで撮影される。

 撮影が終わると、ランドルフ達は市庁舎へ来たときと同じパトカーに乗り街の入口へと去って行った。

 

 

 

 

ランドルフが去った後のアカデブルク市庁舎。そこの市長室で市長は誰かへ電話を掛けていた。

 

「ええ、間違いありません。我々の管理下に無い人間が現れました。……ええ写真も一緒にお送りします。ではこれで失礼します」

 

受話器を置くと市長は座席に深く腰掛け、用意された水を一杯飲むと一息ついた。

 

「ふぅこれから大変になるな」

 

市長は夕日で赤く染まった窓の外を見て一言呟いた。

 

 

 

 

 

 アーキム王国首都アシュヴィハーフェン、首相官邸では新カリフォルニア共和国と自ら称する人間の国家に対応するため緊急閣僚会議が開かれていた。

 

「それでどうするつなのもりかね」

 

 バルトロ首相外が務大臣に尋ねる。アーキム王国はその名のとうり国王が国家元首だが、その権限は憲法によって制限されており、実質的には立憲君主制の国家であった。

 

「一応は相手の使節団に会ってみるつもりです。ただ随分と突飛な話ですね。異世界から来たなんて、写真を見るまで信じられませんでした」

 

 外務大臣の手には引き伸ばされた白黒写真があった。写真にはヘルメットを脱ぎ素顔を晒した大柄な甲冑を着た2人の人間が写っていた。アカデブルクで撮影されたランドルフとローランドの写真である。

 

「よく見ると、こいつらの耳は尖ってない、こんな人間は見たことも聞いたこともない、これこそこいつらが異世界から来たという証拠にならないか」

 

 異地の人間と地球の人間は殆ど同一といってもいい存在だ。しかし一つ違うところがある。それは耳の形だ。異地の人間の耳は地球人とは違い笹の葉の様に長く尖っていた。

 

「軍務大臣。奴らの転送装置は発見できたかね」

 

 首相が軍務大臣に聞き、軍務大臣は地図を指しながら答える

 

「空軍の偵察機が、アカデブルク南西にそれらしきものを発見した、とのことです。これが写真です」

 

 偵察機から撮影された白黒写真にはポータルとその周辺で作業している人間達や車両が写っていた。ポータル周りの人間のなかには呑気にも偵察機に向かって手を振っている者もいた。

 

「汚らしい人間どもが、我が国の領土を占拠しおって。一刻でも早く叩き出すべきだ」

 

 外務大臣が怒りの滲む声で唸る

 

「しかし 奴らの事はまだよくわかっていない。もう少し情報を集めるべきだ」

 

 軍務大臣が慎重な意見を述べる。だが外務大臣が鼻で笑いながら話す。

 

「人間の頭の出来などたかが知れている。この写真を見てみろ、鎧で銃弾を防げると本気で思っている奴らだぞ、異世界の人間もこちらの人間と同じく救いようがない程愚かな奴らなんだろう」

 

「双方の意見は然と拝聴した、わしとしては早急に対応するべきと考えておる。すでにアカデブルクだけでなく他の地域にも、奴隷では無い人間が出たと、噂が広まっておる。管理下に無くしかも武装している人間が国内を彷徨いているのだ、これを座視しているわけにはいかん」

 

「では首相、新カリフォルニア共和国と国交を結び和平条約と不可侵条約を締結するのですかな?」

 

 外務大臣がニヤニヤと笑いながら首相に尋ねる。バルトロ首相もニヤつきながら言う。

 

「バカを言うな外務大臣。人間と和平など虫酸が走る。この国から追い出したあとは、やつらの本国へ進撃して、良くて奴隷か根絶やしにしてやる」

 

 彼らカニシアン達にとって人間とは対等な生き物ではなく、撲滅すべき生物であり、忌むべき存在であった。

 

「まずは、奴らを徹底した悪役に仕立て上げるのだ。こちらからは撃たない、奴らから撃たせるのだ。……この計画は内務省の管轄だな」

 

「ええ首相、内務省保安局におまかせください。まずは奴らの使節団を受け入れ、計画はそれからです」

 

 細身で丸メガネを掛けた内務大臣が答え、怪しく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランドルフがアカデブルクを訪れてから5日後の午前。ポータルから黒塗りの高級車1両が2両の四輪装甲車に挟まれる形で出発した。新カリフォルニア共和国の使節団である。

 黒塗りの高級車の車内にはスーツ姿の男が2人これから臨む会談の打ち合わせを行っていた。2人の中の1人、頭頂部が薄い男が部下である外務官僚と緊迫した面持ちで話しあっていた。

 

「つまり、ここの世界の人間はイヌ人……カニシアンに虐げられているということかい」

 

 頭髪が薄い男、デニス・クロッカー大使が部下に聞く。

 

「間違いありません、軍のアイボットがアカデブルク周辺の農場で人間が奴隷同然で働かされているのを撮影しています。映像だけでなく音声情報もそれを裏付けています。ここの世界の人間はバラモンよりひどい扱いを受けてますよ」

「よく街の中に入れて、しかも会談の約束まで取り付けることができたな」

「初めに彼らと接触した軍の部隊がパワーアーマーを着ていた為、こちらの素顔がわからなかったからでしょう。こちらが人間だと発覚したのが会談の約束をした後だったので彼らもぞんざいには扱えなかったのではないでしょうか」

 

 部下の話を黙って聞いていたクロッカーだが、「しかし、わからんね」と返事を返す。

 

「なぜ、彼らがこうも素直に会話に応じたのか、どうも腑に落ちない。なにかあるんじゃないだろうか……」

 

 頭を抱え考えるクロッカーとは、対称的に部下は、ハハッと気楽に笑う。

 

「考え過ぎですよ大使は、平和的に国交が結ばれればそれでいいじゃないですか。資源の輸入が始まれば我が国の状況は劇的に改善されるでしょう。……大使そろそろ着きますよ」

 

 車外を見れば遠くにアカデブルクの街が見え。道からそう遠くないところに高い有刺鉄線のフェンスに囲まれた農場が見ることが出来た。

 今は休憩時間なのだろうか、農場で働かされているはずの人間の奴隷の姿を確認することは出来なかった。

 

「ん?何か様子がおかしいぞ」

 

 アカデブルクの街に近づくにつれて街の方からおおきな喧騒が聞こえてくる。まるで数千の人間が一斉に騒いでいるような声だ。祭りのような愉快な喧騒ではない、怒気と憎しみが込められた声が街に近づくにつれより大きくなってくる。

 

「異世界の人間は出て行け」

「無毛猿は出て行けぇぇー」

 

 使節団の車が街に入るとそこには、数千のカニシアンがシュプレヒコールを唱和し、横断幕を掲げ人間排斥を訴えるデモの歓迎が待っていた。

 街の大通りの両側にデモ隊がびっしりと並び使節団の車列が通るとより大きく人間の排斥を訴え、中には投石を行う者もいた。まさにいつデモの群衆に襲われてもおかしくない状況だが、アカデブルクの警官達が警備を行っておりそこまでの事態にはかろうじで至ってなかった。

街の道路は交通規制が敷かれているためか、使節団の車以外は走っていない。スピードを上げ、まるで逃げる様に会談場所である市庁舎へ向かう。

 市庁舎前に到着した使節団が車を降りると、クロッカー大使と外務官僚2人の四方を10ミリサブマシンガンを装備した護衛のNCR兵が固める。自動小銃ではなくサブマシンガンを装備しているのは、先方に余計な威圧感を与えない為であった。

 彼らが車から降り姿を現すと、市庁舎周りにも集まっていたデモの群衆が一斉に使節団へ向かってありったけの罵声を浴びせる。

 そんな群衆の罵声を、使節団全員が身につけているpip-boyが一々ご丁寧に拾い上げ、一語一句英語に翻訳して伝える。

 クロッカー大使はpip-boyの電源を切りたい衝動に駆られたが、再起動が面倒なのと、もうすぐ会談の時間なので電源は切らずそのままにする。

 

「ようこそ、異世界の方々。わたしはあなた達の警護を担当するルートガー大尉です以後お見知りおきを」

 

 市庁舎の正面入口前でクロッカー達を出迎えたのは、男性で黒い毛並みを持ったカニシアンであった。青みがかかったグレーの軍服を着ており、年齢は30代であろうと思われた。

 その彼が手を差し出しクロッカーに握手を求める。

 

「出迎え、感謝いたします」

 

 クロッカーは差し出された手を取り握手に応じながらルートガーを観察する。口元には笑みが張り付いているが、目元は笑っていない。その眼光は相手を冷静に観察する軍人そのものだ。

 

「街に着いて、住民のデモにさぞ驚かれたことでしょう。なにせこちらでは人間は少々特殊な立場にあるものですから。でもご安心くださいこの建物の敷地内には彼らは入れません。どうぞこちらへ控室に案内します」

 

 ルートガーの案内で使節団は正面入口から用意された控室へと向かう。その途上使節団の両翼をルートガーと同じ軍服とサスペンダー式弾帯を装着した兵士達ががっちりと固める。兵士達はヘルメットをかぶりボルトアクション式ライフルやサブマシンガンで武装しており案内されていると言うより、まるで連行されている様であった。

 

 

 

 

 

 控室での打ち合わせの後、会場へ入室し15分ほどしてアーキム王国側交渉団が入室する。金髪の若い男が随員を伴って、NCR使節団が座っている長卓を挟んで向かい合い座る。すかさずクロッカーが挨拶をする。

 

「新カリフォルニア共和国外務省のデニス・クロッカーです以後お見知りおきを」

「アーキム王国外務省のアルヴィド・ヴィーバルだ」

 

 金髪の若いカニシアンがぶっきらぼうに挨拶を返す。その青い目は全く感情を宿しておらず、まるで道端で潰れたラッドローチを見る様な目つきでクロッカーを見て、会話を切り出す。

 

「去る5日前に我が国を訪問し国交樹立を打診されたというが、それに間違いはないか?」

「間違いありません。新カリフォルニア共和国は貴国との国交樹立を望みます」

「結論から述べると我が国はお前たちの様な下等生物と国交を結ぶつもりはない。領土の一部を占拠し軍を駐留させているのは侵略の意図があってのことだろう。退去しなければ武力をもって排除する」

「ま、待ってください。私達に侵略の意図はありません。ポータル周辺の部隊は最低限の自衛の為の戦力です」

「フン 人間の言うことなど信用できるか。交渉や話し合いというものは同じレベルの知的生命体同士が行うものだ。お前たち人間など我等カニシアンと同等の域に達していないただの無毛猿だ」

 

 あまり過激な言葉にクロッカーは怒ることも出来ずただ呆然と聞くより他無かった。

 

「無毛猿共よお前たちが採り得る選択肢は2つだ。全ての国家主権を放棄し我に隷属するか、それとも銃を取り坑うかだ」

「カリフォルニア共和国は独立した国家です。全ての主権を放棄して属国になれなどという要求は到底受け入れられません。なぜあなた達は人間を敵視するのですか?」

「高等先進文明の担い手かつ優良種族の我等がこの惑星を支配するのは自明の理であろう。人間共は我等の生存と自由を脅かす存在であるからして排除されるのだ」

「つまり、あんた達は初めから友好的な関係を築くつもりなんて毛頭ないんだな」

 

 クロッカーの声が怒気を含んだ低いものへと変わる

 

「お前らの足りない頭でようやく気づいたか。我等の支配を受け入れるか、それとも戦争か2日後の正午までが期限だ、それまでに回答がない場合は拒否したとみなし、攻撃をおこなう」

「あんたとこれ以上話しても無駄のようだ。この案件は本国へ持ち帰り検討させて頂く」

 

 クロッカーのその声を合図にしたかの様にNCR側使節団が一斉に席を立ち出口へ向かう。まるでもうここには用が無いとでも言うように足早に去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 アカデブルク南側でクロッカーを待ち受けていたのは予想外の光景であった。市外へ続く幹線道路をデモ隊の市民が占拠していたのだ。彼らは道路上に家財で出来たバリケードを作り、停止しているNCR使節団の車へと徐々に近づいてくる。バリケードを乗り越え近づいて来る彼らは角材や鉄パイプ、投擲するための石を手に持っていた。

 NCR使節団の警護隊隊長であるジョフリー大尉は決断できずにいた。デモの市民とバリケードで封鎖された前方の道路を迂回しようにも、いつのまにか背後にも市民が現れ退路を絶たれてしまったのだ。生憎今回の任務では催涙弾やフラッシュバンなどの非致死性武器は携行していない。車で無理やり突破することも考えたが、もし市民に死傷者が出た場合、この世界のカニシアンの元から悪い対人間感情が修復不可能なまで悪化する可能性が高い為実行出来ずにいた。実弾を使用しての危害射撃は最終手段だ。

 

(警備の警察官達は何してんだ)

 

 街に到着した時は、本来このような事が起こらない様にデモを警備している警官達が居たのだが、包囲されている使節団の近くには1人も居ない。

 NCR警護隊に残された手段は口頭による警告と威嚇射撃であった。

 

「包囲している者たちに告ぐ、直ちに解散して道をあけろ。さもなくば実力で排除する」

 

 拡声器を使いジョフリー大尉は距離を詰めつつあるデモ隊へ向かって警告をおこなう、しかしデモ隊の速度は落ちないどころか少し加速する。もう一度拡声器を使いさっきよりも強い語気で同じ警告を行う。それでもデモ隊は近づきつつあった。

 

「50で威嚇射撃を開始、住民に当てるなよ」

 

 四輪装甲車のルーフトップに備え付けてあるM240 7.62ミリ機関銃をガンナーが仰角をつけデモ隊の方向へ向ける。仰角をつける理由は石畳に命中した銃弾が跳弾しデモ隊に当たるのを防ぐためであった。さらに四輪装甲車から下車した歩兵が

10ミリサブマシンガンを構え威嚇射撃に備える。彼らが構える10ミリサブマシンガンはウェイストランドで広く使われているモデルの改良型でストックとフォアグリップが装着され、レシーバー上部にはドットサイトが載せられており命中率が飛躍的に向上していた。

 

「威嚇射撃用意、いいか初めは上空に向かって発砲。それでも止まらない場合は連中の足元を撃て」

 

 カチリと音と共に10ミリサブマシンガンの安全装置が外される。あと数秒で威嚇射撃を始めるという時に突如として銃声の乾いた音が響いた。

 

 パァァァァン パァァァン という銃音を聞いたデモ隊はNCR側から撃たれたと思いパニックになった。悲鳴を上げ一斉に我先に逃げようとしたので将棋倒しみたいな状況になる。地面に転倒し他人の足で踏まれ骨が折れた者や、転倒した際に頭をぶつけたのか地面に倒れたまま動かない者もいる。

 

「まだ撃てと命令してないぞ、誰が撃った」

 

 ジョフリー大尉が大声で怒鳴る。

 

「ジョフリー大尉、我々は撃っていません。間違いないです」

 

 阿鼻叫喚の光景であったが、この騒ぎでも激昂したデモ隊の一部の者が10人程NCRの部隊に走って近づいていた。彼らは手に酒瓶のような物を持ちNCRの部隊から30メートル程のところで酒瓶の口に詰められた布に火を付け始めた。

 

「火炎瓶だっ!」

 

 NCR兵の1人がそれに気付くが、パニックを起こしデタラメに逃げるデモ隊に気を取られていた為、発見が少し遅れてしまう。それ故に火炎瓶の投擲を許してしまった。

 投げられた火炎瓶は放物線を描いて地面に激突しパリンという音と共に赤い炎を一面に撒き散らすが殆どがMCR側の手前に落ちる。だが一つの火炎瓶が1人のNCR兵の足元で炸裂し、彼の野戦服に炎が燃え移る。

 

「ぎゃぁぁ アツゥイ!」

 

 野戦服に燃え移った炎は瞬く間に全身に広がり、彼は炎を消そうと石畳の地面の上をのたうち回る。すかさず彼を助けようと周りの数人が駆け寄る。

 火炎瓶を投げた奴らはというと、次の火炎瓶を鞄から取り出し火をつけようとしている所であった。

 

「火炎瓶を投げさせるな、撃て」

 

 事ここに至り、ついにジョフリー大尉は攻撃命令を下す。M240機関銃が火を吹き重々しい銃声を轟かせる。連続して発射された7.62ミリ弾は、火炎瓶を今まさに投げようとしている暴徒の胴体に連続で命中する。体内にめり込んだ7.62ミリ弾は内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜながら背中を突き抜け、握り拳程の大きさの射出口を作る。そこから大量の血と臓物が吹き出しながら、暴徒は地面へと崩れ落ちる。

 暴徒が撃たれた際に、彼がこれから投げようとしていた火炎瓶が手から滑り落ち、地面へ落下する。当然瓶が割れ中身のガソリンに引火し爆発的に炎を周りに撒き散らし、さらに周囲にいる他の暴徒の服に引火して、彼を火だるまにする。

 

「ぎゃああああああ助けてくれぇぇぇ!」

 

 火だるまになった暴徒はもがき暴れ、火炎瓶が入っている鞄に倒れ込む。その際に鞄の中の火炎瓶が全部割れ、今までにない巨大な炎が発生する。それを見た無事な暴徒らは蜘蛛の子を散らすように逃げる。辺りに近づいてくる者が居ないことを警戒しつつジョフリー大尉は炎に焼かれた部下の容態を聞く

 

「火炎瓶にやられた隊員の容態は?」

 

「難燃性の戦闘服のお陰で思ったよりも軽症です、ですが今すぐ治療が必要です」

 

「そうか……」

 

 ジョフリー大尉は自分の判断が適切であったかどうか心のなかで考える。装甲車で無理やりにでも突破を図った方が良かったのではないか。もしくは他の道へ迂回するべきではなったのか。

 だが今更後悔しても遅かった。デモ隊や暴徒は皆逃げ去り、残されたのは踏み潰されたデモ隊の死体とまだ生きている怪我人の呻き声。まだ燃えている数体のカニシアンの焼死体に、ガソリンと人脂や髪の毛が燃える不快な匂いだけであった。

 

(こりゃえらい事になるぞ……それにしても最初の銃声は何だったんだ)

 

 ジョフリー大尉はそのようなことを考えながら負傷した隊員の収容と撤収の指示を出す。そんな彼らを建物の影から覗いているカニシアンが1人いた。

 

(ここまでうまくいくとはな)  

 

 

 影から覗く彼の手には小型のリボルバー拳銃が握られていた。 

 

 

 


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