fallout 双頭熊の旗の下に   作:ユニット85

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 戦闘シーンの練習を兼ねて書いたものです。
 およそ19000字。


閑話 2278 ビタースプリングス

 

 冬のモハビは夏とは違った表情を見せる。

夏は熱砂で揺らめく灼熱の世界だが冬になるとそれは引波のように消え去り、代わりに寒風吹き荒ぶ酷寒の世界が訪れるのだ。

 ただでさえサボテンと土が織り成す単調な色彩の荒漠たる大地は、冬が訪れると明度も彩度も一段と褪せ、ここに住まう者に夏季とは別種の地獄を提供した。

 モハビ砂漠と言えど年がら年中、灼熱地獄という訳ではない。冬になると気温は氷点下近くまで下がる日もあり、場合によっては雪も降る。

 

 そんな冬のモハビウェイストランド。その北東部にビタースプリングスと呼ばれる小さな集落がある。

 三方をなだらかな丘陵に囲まれ、あばら家と天幕が無秩序に寄せ集まって出来た粗末な集落だ。一見して何の価値も無いぼろ小屋しかない集落だが、まだ夜が明けきらぬ早朝の今、低くなだらかな丘の稜線沿いに地に伏せ蠢動する人影が無数にあった。

 

 薄明が支配する時間に集落を包囲する者達は皆一様に同じ服装をしていた。

 砂漠の地に溶け込む様な色合いのカーキ色の野戦服と幅広の(ひさし)をもつ防暑型ヘルメット。さらに野戦服の上から抗弾プレート付のボディアーマーと予備マガジンで一杯の弾帯を着込んでいる。

 彼らの手にはM16A1に似た突撃銃や分隊支援火器が握られており、その均一化された装備と服装がウェイストランドに蔓延るレイダー達とは一線を画することを示していた。

 実際彼らはレイダーやギャングなどではない。新カリフォルニア共和国陸軍に所属する正規の兵士達である。

「歩哨は四人か」

 

 夜間に全ての熱が宇宙に逃げ氷の様に冷たくなった土の上で腹ばいになって、丘陵の稜線から双眼鏡で眼下の集落を覗きこんでいる一人の兵士が小声でつぶやく。今彼が双眼鏡に捉えている見張り達は黒革の服を着、粗末な銃器で武装している。いかにもレイダー然とした格好をした彼らがここの住人と名乗るには少し無理がある出で立ちだ。

 防寒着を野戦服の下に着込んでも忍び込んでくる冬の冷気に共和国の兵士たちが凍えながら粗末なあばら家と天幕しかない、何の戦略的価値もなさそうなビタースプリングスを包囲するのには当然それなりの理由があった。

 

「他に見張りは無し。武器はAKMか」

 

 今、暗視機能付双眼鏡の視界内に捉えている、そろいの上下共に黒革の服装を着込み武装しているレイダー団の名はグレートカーンズと言う。現在、ビタースプリングスは彼らの不法占拠下にあった。

グレートカーンズというのは彼らの自称であり、その組織の実態と実績を鑑みれば全くもってグレート(すばらしい)とは口が裂けても言えず、マイナス方向にグレートなギャング組織だ。彼らの素晴らしい実績の一例として集団強盗に殺人、誘拐と悪行にきりがなくまさに典型的なギャング団と言えよう。

 

 だがそんなギャングやレイダー団なぞ秩序と倫理を旧世界に置いてきたウェイストランドではありふれた存在だ。グレートカーンズもそんな塵芥な輩共とそう大差なかった。モハビウェイストランドで共和国の商隊や旅行者を襲撃するまでは。

 始めの被害はほんの数件だった。だが時が経つに連れて十件そして二十件と被害が膨れ上がるとさすがの共和国も重い腰を上げざるを得なかった。

 やがてビタースプリングスにはグレートカーンズの大規模な襲撃部隊が駐留しているという情報がもたらされると、カーンズ討伐の為、モハビに駐留している第56歩兵連隊の一部から兵力を抽出し部隊が編成されたのであった。今ビタースプリングスを包囲しているのは彼ら討伐部隊のみならず、精鋭である第1偵察部隊(ファーストリコン)も加わっているのだ。

 

「全く。このクソ寒い時期に面倒なことをしてくれる」

 

 双眼鏡を覗き込んだまま少尉の階級章を付けた若い男、ランドルフが鼻孔から白い溜め息を燻らせる。

 

「ランドルフ少尉。この人数で大丈夫なんですかね?」

 

 ランドルフの隣に居る彼と同じく地に伏せた、若い十代後半あたりの二等兵の階級章を付けた男がランドルフに尋ねる。名札にジョナサンと記されている彼の声色には隠しようがない程に不安が滲み出ている。

 ジョナサンが不安に思うのも当然であった。今ビタースプリングスの四方を包囲している共和国軍の部隊は百二十名足らずの人数しかおらず、対してグレートカーンズはその倍以上の四百名と事前の偵察から推測されていた。

 戦術の定石に照らし合わして、これは敵の数に対してあまりにも味方の人数が少なすぎる。だが今の共和国軍の状況ではこれがビタースプリングスへ派兵できる兵力の限界なのだ。

 

 去年ボルダーシティで行われたシーザーリージョンとの戦闘。後に第1次フーバーダム戦争と呼ばれる事になるこの戦いにおいて、共和国はシーザーリージョンの主力の一部を撃滅することに成功し、一応はフーバーダムの保持という戦略目標を達成することは出来た。ボルダーシティでの決戦に敗れ、かつての気勢を削がれたシーザーリージョンだが、本拠地であるアリゾナには未だに膨大な数の戦力が温存されていた。しかも共和国軍は温存され、再編成中の敵戦力からフーバーダムのみならずコロラド川より西の広大なモハビウェイストランドを防衛しなければない問題もある。

 

 それに加えて本国からの兵站線の維持という問題もあった。二年前まではデスバレーにあるザ・ディバイドを経由した補給路が使えたのだが、突如として原因不明の核爆発が彼の地で起こり、以降ザ・ディバイドは崩壊しその大地は引き裂かれ、地震が頻発し暴風が吹き荒れる死の大地となってしまった。

 

 ザ・ディバイドが使えなくなった為、補給路は南のインターステイト15から大きく迂回せねばならなくなってしまい、その伸びた補給線を狙ったリージョンのゲリラ攻撃から守るためにさらに兵員を注ぎ込まねばならず、結果として前線に投入出来る兵力の減少という事態に陥ってしまったのであった。どこもかしこも人手不足の苦しい状況の中、何とか捻出できたのが今ビタースプリングスを包囲している兵員なのだ。さらに悪いことに彼らには援護の野砲や迫撃砲すら与えられていない。 

 そんなところにもコロラド川を挟んでリージョンと対峙する共和国軍の余裕の無さが現れていた。

 

「いいかジョナサン。お前がそのことを心配する必要はない。俺達は奇襲側だ、それに南のキャニオン37には第一偵察隊がいる。うまくいくさ」

 

 ランドルフは双眼鏡を敵陣に向けたままニタといやらしく口元を歪める。その声には何の緊張も不安も浮かんでいない。小隊長として部下に不安を悟られまいとしてその様な態度をとっているのか、それとも天然なのかジョナサンには判断はつかなかった。

 

「しかし少尉。僕はその……実戦は初めてでして……」

 

 ランドルフは一つ大きなため息をつくとジョナサンに向き直る。ジョナサンの顔と白目は薄明の元にあってもまるで幽霊の様に青白く浮かび上がっていた。顔面蒼白なのはおそらくこの寒さの所為だけでは無いだろう。

 

「訓練通りやればいいだけだ。走って伏せて撃つ。俺の言うことを聞く。そうすれば生きて帰れる。単純な事だろう」

 

「し、しかし僕は人を撃ったこともありません」

 

 再びランドルフは溜息を吐き、ジョナサンの素性を思い起こす。たしかこいつは予備役だったはずだ。本来ならば輜重部隊の護衛や後方の駐屯地の警備に就くはずの人間だ、こんな最前線に配属される人物などではない。単に書類のミスか、それとも共和国陸軍の人員不足はこんな半端な練度の人員を前線に投入しなければならない程困窮しているのか……。

 

「人を撃ち殺すなんて簡単なことだ。銃口を相手に向けて引き金を引く。それだけだ」

 

 ジョナサンは共和国内のロスアンゼルス出身だ。つまり一応は国内の高等教育を受けた身だ。彼はウェイストランド生まれとは違い学校を出ているためそれなりの倫理感が備わっている。無法が支配するウェイストランドとは違い国内法の庇護の下で教育を受け育まれた道徳。それらがジョナサンに人を撃つことを躊躇わせていた。

 

「それに撃たなければ自分か仲間が死ぬぞ。自分のやるべきことをやれ」

 

「少尉そろそろ……」

 

 ランドルフの傍らで伏射の姿勢でM16ライフルを構える小隊付き軍曹が小声でささやく。攻撃発起時間が近いのだ。

 ランドルフは左腕の腕時計をちらりと一瞥する。夜光塗料によって黄緑色に光る2本の針は6時5分前を指していた。

 

「小隊、銃をホットに」

 

 銃をホット。初弾を装填しろという意味だ。

 薄闇のなかライフルのチャージングハンドルや分隊支援火器の槓桿を引っ張るガチャリという金属音が一斉に小さく唱和した。

 準備が完了して程なくランドルフの個人用軍用無線機からやや不明瞭な女性の声が流れ始める。この部隊の指揮官であるギレス少佐の声だ。

 

「各小隊。こちらギレス。後3分で攻撃発起時刻よ。その前にもう一度作戦内容を確認する。始めに狙撃班が敵歩哨を排除。その後SMAWのサーモバリック弾によるオブジェクトA(アルファ)からD(デルタ)への攻撃。SMAWの攻撃後は各小隊にて自由射撃。いいこと、ビタースプリングスにいるカーンズは殆どが戦闘員だと予測されるわ、躊躇は無用よ。ありったけの弾薬を叩き込んでやりなさい」

 

 オブジェクトAからDとはビタースプリングスの天幕の特に大きい4つの物に対してアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタと軍が勝手に名付けた符丁だ。ぼろ小屋と粗末な天幕が散在する中で、それら4つの目標は一際大きく目立った存在であり、そのどれかがグレートカーンズの戦闘部隊の首魁の寝床であるとみなされている。よってそれらは最優先攻撃目標とされ、グレートカーンズ討伐部隊が今持つ装備の中で、最大限の火力を発起するSMAWのサーモバリック弾による開戦劈頭の攻撃が計画されていた。

 

 薄闇が支配する中微かな息遣いの音に混じり腕時計の秒針がカチカチと時を刻む音が聞こえる。そして分針が12の位置に来ると無線の空電音が静寂を破った。

 

 

「狙撃班。時間よ、攻撃開始」

 

 最初の一撃は静かなものだった。

 狙撃手が伏射で構えるDKS-501自動狙撃銃のスコープに映るグレートカーンズの見張り達。4人いる彼らは皆、交代の時間が近いのか眠そうな弛緩した雰囲気を漂わせている。

 見張りの内の一人が我慢出来ず欠伸をするのと、DKS-501のスコープのレティクルが彼の頭に照準され引き金が絞られるのはほぼ同時だった。

 サプレッサーによって抑制されたくぐもった銃声と共にDKS-501の銃口から7.62mm弾が飛び出し、ピシッと周囲の空気を衝撃波で叩きながら一直線に見張りの頭に吸い込まれる。地面にバイポッドを立てた委託射撃から放たれた銃弾は正確無比に額にめり込み、頭蓋を薄い卵殻の如く貫いて、侵入先である脳内で運動エネルギーを解放した。柔らかい脳がそれに耐えられるはず無く、頭蓋内で撹拌され出口を求めて膨張し、さらに7.62mm弾のエネルギーは額を縦に真っ二つに割り、そこから脳髄の破片と血を吹き出した。

 欠伸の途中で撃たれた彼は大口を開け放ったまま、声もなく足から崩れ落ちる。その縦に割れた血まみれの顔面に苦悶の表情は無く穏やかだった。おそらく即死であろう。

 

 放たれた銃弾はその一発だけでは無かった。同時多発的に四人のグレートカーンズの歩哨に撃ち込まれ、彼らの命を奪った。ある者は同じく頭を撃たれ、また別の者は胸部に銃弾を受け心臓を破裂させられた。

 抑制された銃声は寒風に乗って消え去り再び静寂が訪れる。

 

「敵歩哨の排除完了」

「次、SMAW。目標アルファ及びブラボー。撃て(ファイア)

 

 肩撃ち式多目的強襲兵器(Shoulder-launched Multipurpose Assault Weapon)。頭文字をとってSMAW mk153と呼ばれる多目的ロケットランチャーを肩に担いで構える二人の射手。その発射機の後部に取り付けられた、弾薬キャニスターと発射管を兼ねたチューブの中にはサーモバリック弾が収められている。

 既にSMAWの光学照準機には攻撃目標である大きな天幕がレティクルに重ねられており、射手は撃ての号令と同時に静かに引き金を引いた。

 ドンッと強烈な爆音とバックブラストが生まれ、同時にランチャーから座薬みたいな形をしたサーモバリック弾が頭を出し、後部の安定翼を展開させながら一気に飛び去る。

 後部のロケットモーターの炎で自身の銀色の弾体と周囲を赤く照らしながら飛翔するサーモバリック弾は、天幕の薄い布地を突き破り内部で秘められたエネルギーを炸裂させた。

 炸裂と同時に巨大な爆炎が膨れ上がり、それは衝撃波と爆風を伴って荒れ狂い中に居るグレートカーンズ達を圧し飲み込んだ。眠りの只中にいた彼、あるいは彼女らの肉体はそれらに耐えるにはあまりにも脆弱すぎた。炎を伴った爆風と衝撃波は無形の壁と成りグレートカーンズ達の肉体を圧し潰し、四散させ、彼らを心地よい夢の世界から永遠の眠りの世界へと旅立たせる。

 膨張した爆発はそれだけに飽き足らず、天幕内の家具をも粉砕し、肉片と家財の成れの果てを天幕の外側の布地と一緒に吹き飛ばした。

 

「SMAW、第2射。目標チャーリー及びデルタ。撃て」

 

 すばやくSMAWの弾薬キャニスターの交換を済ませ、第2射を間髪をいれずを放つ。

 再度二つの爆炎がビタースプリングスで生まれ一瞬だけ周りを赤く照らしだした。空中に巻き上げられた人間や天幕だった物の破片が赤く照らされながら宙を舞、辺りに降り注ぎ、低くなだらかな丘に囲まれたビタースプリングス中に重々しい轟音が響き渡り冷たい空気を震わせた。

 その段になってようやく異常に気付いたカーンズ達が手に手に雑多な銃火器を持ち、サーモバリック弾の標的にならなかった天幕やあばら家から慌てた様子でわらわらと巣を潰された蟻の如く湧き出てくる。

 

「小隊。各個に自由射撃」

 

 事態が把握し切れず右往左往するカーンズ達。そんな彼らへ容赦なく銃撃が加えられる。

 パンッパンッパンッとセミオートでリズミカルにM16ライフルから弾が撃ち出され、そこに豆を煎る様な軽快な破裂音を奏でる分隊支援火器であるM249の射撃音が混じり、混乱下にあるカーンズ達を次々と撃ち倒していく。 

 丘の上から攻撃が加えられるとようやくカーンズ達は気が付き、あまり手入れがされていない様子の粗末なAKMなどで反撃を試みるが、統制を欠き、素人が行う狙いが甘いてんでバラバラな射撃ではあまり効果的とは言えなかった。

 

(まるでハンティングだな)

 

 心中そんな感想を漏らしながらランドルフは夜光塗料が塗られ、青白く光るM16A1のアイアンサイト越しに一人のカーンズの女を覗いていた。彼女はテントの中から持ち出してきたのだろう粗末な木製のテーブルを倒した簡易バリケードからAKMの銃身を突き出し、丘の上に陣取るNCR兵に向かってがむしゃらにAKMを乱射している。

 ランドルフは照星を女の胴体へ狙いをつけ、息を止めゆっくりとトリガーを絞った。タンッという小気味良い銃声と同時にフラッシュハイダーによって別れた花弁の様な形状の発砲炎が瞬き、ストック越しに5.56mm弾の軽い反動をランドルフの肩に伝える。丘の上から撃ち下ろす弾道にはバリケードも殆ど意味を成さず、5.56mm弾は女の柔らかい腹部に喰い込み内蔵をグチャグチャにかき回しタンブリングしながら背中から飛び出した。

 体内をズタズタにされ背中から腸を飛び出させた女は苦痛で、堪らず地面に崩れ落ちる。その彼女に対してランドルフは更なる銃撃を行った。タンタンと二回トリガーを絞り放たれた銃弾は彼女の頭を弾けさせる。

 それを見たランドルフはニタリと口元を歪める。心底楽しそうだ。

 

 そんなランドルフの傍らではジョナサンが無闇やたらにM16を連射していた。おそらく銃を撃つ事で恐怖を紛らわせている為に動く者に向かって手当たり次第に発砲していると思われるが、それにしても狙いがいい加減で無駄弾が多い。

 その頃カーンズはようやく奇襲による混乱から立ち直りつつあり、ただ一方的に撃たれるばかりから組織的な行動が執れるようになっていた。その為NCR兵達の近くにも徐々に弾が集弾してくる。

 銃弾が至近を擦過する際に聞こえるピシッという独特な音が聞こえ始め、さらに地面に弾がズブ、ズブとめり込む感触が服越しにも伝わってくる。その慣れない音と感触にジョナサンは怯み、思わず頭を引っ込めた。

 カーンズはサーモバリック弾による奇襲攻撃でだいぶ数を減らしていたが、それでも共和国カーンズ討伐隊以上の人数がいた。しかしその人数に比して火力密度が疎らだ。

 

(なにかがおかしい)

 

 ランドルフはそのことを怪訝に思う。相手は数を減らしているとはいえまだこちらの倍以上の数がいる。もっと攻撃が苛烈でもおかしくないはずだ。

 

(今理由を考えても仕方ないか……)

 

 予測よりも反撃が軽微だが、それでも現に今カーンズから反撃を受けているのは純然たる事実だ。それに反撃が少ないのは喜ばしいことだ。

 

「やつら殺しても殺してもラッドローチみたいに湧いてきやがる」

 

 カーンズの数に思わず小隊の誰かが愚痴る。このままちまちまと小銃で撃っても埒が明かない。ふと、ランドルフは便利な物を持ってきていたのを思い出す。

 

「おいグレネードランチャーは使えるか?」

 

 擲弾手に尋ねる。

 

「もちろん。いつでも撃てます」

 

 擲弾手もM16を携えているが彼の背中には別種の武器が負革によってぶら下がっていた。6連装40mmリボルビンググレネードランチャー。制式名M32と呼ばれるその弾倉内には対人用高性能榴弾が装填されている。

 

「やつらのど真ん中に撃ち込んでやれ」

「了解」

 

 擲弾手はM32をやや仰角を付けて構え連続でトリガーを引き、その度にポンッポンッと空気が抜ける様な間抜けな発射音を伴いながらグレネード弾を撃ち上げていく。仰角を付けて撃ち上げられた40mmグレネード弾は、急角度でカーンズの合間に着弾し爆炎混じりの土埃を舞い上げた。ドンドンドンという連続した爆発音に混じり微かに人の叫び声も聞こえるが、それはすぐに爆発音にかき消されてしまう。

 

 6発撃ち終えた擲弾手はフレーム上部を軸に弾倉を開き、新たなグレネード弾を装填し弾倉を元に戻した後、弾倉前部のスプリングを巻く。そして再びグレネード弾をカーンズに向かって撃ち込む。

 この40mm弾は射程延長と弾速の向上を図ったハイプレッシャー弾でありさらには不発率も少ない改良された物だ。その40mm弾が迫撃砲弾みたいな急角度でビタースプリングスのあちこちに降り注ぐ。至近に落達した物はカーンズの肢体を挽肉に変え、飛散した破片は肉を抉り臓器を引き裂いた。碌な防弾着もヘルメットも装備していない彼らにとってグレネード弾の破片は非常に脅威的であった。二十発以上ものグレネードを撃ち込まれたカーンズは堪ったものではなく、もはや戦闘の帰結は決まりつつあった。

 

「ランドルフ少尉。敵が逃げていきます」

 

 カーンズ達はほうほうの体で南の方角へと逃げつつあった。丘に囲まれたビタースプリングスにあって唯一丘が途切れ、谷間みたいになっているコヨーテペイルパスと呼ばれる隘路が南に存在している。カーンズはそこから逃走を図るようだ。

 

「そろそろ準備しろ」

 

 逃げるカーンズの背中へ銃弾を撃ち込みながらランドルフは言う。

 

「準備? 一体何の準備ですか?」

 

 困惑しながらジョナサンは尋ねる。

 

「突撃のだ」

 

 まるでこれから散歩に行くかのように緊張感の欠片も感じさせずランドルフはしれっと応える。その時ランドルフの無線機からガリガリと空電が発せられた。

 

「各小隊。こちらギレス。敵は潰走状態よ。よってこれから前進しビタースプリングスの確保に移る。1小隊、2小隊はビタースプリングスへ前進し同地の確保。3小隊はその場で援護。発起は1分後」

 

「ほらな」

 

 ランドルフは部下達に向かってニタリと笑い掛ける。小隊員達は苦笑いで応える者も居れば、口元をギュッと引き締め顔面を青くさせる者も居た。

 

「いいか爾後(じご)の後は確固に早駆け、各員の間隔は広くとれ」

 

 そして1分後。

 

「小隊。突撃にぃー、前へ!」

 

 ランドルフの号令の下、隊員達はのそのそと立ち上がりなだらかな丘の斜面を駆け下りて行く。喊声は無く小石だらけの地面を蹴るドタドタという足音と援護の銃声のみが彼らを後押しする。

 グレートカーンズも吶喊を阻止せんとまだ戦闘可能な者達が、仲間の撤退を援護するためAKMをフルオートで発砲する。ランドルフ達も牽制と威嚇の為銃を撃ちながら駆けるが、如何せん走りながらの発砲では命中など端から期待できるものではない。そんな中、曳光弾混じりの火線が丘の上からカーンズの殿に向けて撃ち下ろされる。第3小隊からの援護射撃だ。5.56mm弾を使用するM249での攻撃ではなく、より口径の大きい7.62mmのM240の重々しい銃声が轟き、カーンズを無力化していく。数人が倒れたところで元から低かった士気は崩壊し蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 

「逃げるぞ、追え」

 

 追撃すべく走る速度をあげ、発砲しながら追いかける。しかしあと50m程でビタースプリングスの外縁部に辿り着くというところで妙な音がテントの合間から鳴り響いた。原子力エンジン独特の甲高い音だ。

 

 間を置かず音の持ち主がテントの合間からぬっと姿をあらわす。音源はボロボロであちこちに錆が浮く1台のピックアップトラック。だがその荷台には.50口径のM2重機関銃が搭載されており、フロントガラス部は防弾板が張り巡らされ小さな長方形の視察孔が開いているのみであった。 

 そいつは邁進しNCR兵達の前、ビタースプリングス外縁部に派手な砂埃を巻き上げながら横滑りし、横っ腹をこちらに向けながら停止する。

 そして荷台に積まれた全周防弾板に覆われた手作り感満載の銃座をこちらに向けた。

 

「テクニカル!」

 

 太く長いM2機関銃のマズルに巨大な発射炎が生まれ、腹に響く重低音が辺りの空気を震わせる。

 

「伏せろ!」

 

 横隊を組み前進するNCR兵に対して横薙ぎに機関銃が掃射される。兵達の合間を熱い銃弾が金切り声を上げながら擦過し、慌てて彼らは地面に伏せ匍匐で地面の僅かな窪みへ身を隠す。だが運悪く銃弾に捉え者が二名いた。

 一人は右腕の肘から先が吹き飛ばされ、さらに鳩尾の辺りにも12.7mm弾を喰らい、胸部の抗弾プレートをボール紙のように易易と貫かれた。ライフル弾とは桁違いの威力を持つ12.7mm弾は胴体内部に巨大な瞬間空洞を作り出し体を引き裂き、そこから臓物を吹き出しながら胴体は真ん中からはじけ飛び両断した。

 もう1人の運が悪い者――女性兵士である彼女は顔面に銃弾を受け、まるで地面に落とした水風船の如く頭部を爆ぜさせた。寒風に乗り血煙と纏められていた長い美しい金髪は宙に漂い、頭の欠片と脳梁が宙に舞い上がった。ドサリと倒れ伏した彼女の頭部は下顎から上がきれいに無くなり、鮮やかなピンク色の舌がだらりと垂れていた。

 

「クソッ」

 

 窪地に伏せながら悪態を吐くランドルフ。その窪地に伏せるNCR兵達を狙って50口径機関銃が掃射される。人の身長程もある土煙が連続して

湧き立ち、着弾の衝撃で地面はビリビリと震えた。  

 援護の銃火も丘の上から加えられるが、テクニカルの車体には追加の防弾板が雑に溶接されており、5.56mmや7.62mm弾が命中する度に火花を表面に咲かせていたが、貫通するまでは至らない。

 このままではマズイ状況だ。既に40mmグレネード弾は撃ち尽くしており、SMAWも最初に撃った4発以外持ってきていなかった。彼らはもはや手も足も出ないのか? 否、まだ対抗手段は残っていた。

 

「おい、LAWを出せ」

 

 LAW(Light Anti-Tank Weapon)M72とも呼ばれる軽量安価な使い捨てロケットランチャーを持ってきていることをランドルフは思い出す。

 

「寄越せ、俺が撃つ」

 

 投げ渡されたM72のスリングを手繰り寄せ、ランドルフはM72の蓋を開け弾薬ケースを兼ねたグラスファイバー製の発射機チューブ後部からアルミニウム製の内筒を引き出す。それと同時に照星と照門が立ち上がり、発射準備が整う。

 

「1、2分隊。合図の後10秒間援護しろ……3、2、1、今っ」

 

 ランドルフの合図で一斉にM16やM249から黄色いマズルフラッシュが迸り、銃弾がテクニカルの装甲表面を叩き甲高い金属音を奏でた。薄明の中で明滅する銃火は非常に目立ち、それらを目印にテクニカルのM2が咆哮する。

 分隊から少し離れた所でランドルフはバックブラストで自分の足を焼かない様に足の位置に気をつけながら伏射の姿勢になり素早くテクニカルの銃座に照準し、M72の発射トリガーを押し込む。味方がテクニカルの攻撃を引きつけてくれたので発射は容易だった。

 ポシュッと赤く小さいロケットの噴炎を曳きながら66mmの成形炸薬弾は一息にテクニカルまで飛ぶと、銃座に真正面から激突する。ライフル弾を弾く装甲板といえど300mmもの貫通力がある成形炸薬弾には敵わず、メタルジェットと爆風が装甲に覆われた銃座に侵入しガンナーを焼き殺した。爆発の衝撃で車体が少し浮き上がる。

 

「今だ。吶喊」

 

 NCR兵達は喊声を上げ黒煙吹くテクニカルへ向かって一斉に殺到する。

 その時テクニカルの運転席のドアが開き、煙と共に一人の男が転がり降りてきた。テクニカルのドライバーだ。咳き込みながらドアにズルズルともたれ掛かるドライバー。その彼に駆け寄り取り囲むNCR兵達。

 

「このクソ野郎」

 

 一人の兵がM16のストックで男の横っ面を殴り飛ばす。

 肉を打つ鈍い音と一緒に折れた歯が血混じりの唾液と一緒に飛ぶ。この一撃を皮切りに他の兵達からストックが、蹴りが地に倒れた男に向かって次々と打ち下ろされる。

 

「おい。何してる」

 

 少し遅れて来たランドルフが暴力の輪に向かって声を掛けた。

 

「小隊長、こいつをどうします? 捕虜にしますか?」

 

 ランドルフは人垣を割り、男をチラリと見やる。

 男の顔面はトマトの様に腫れ四肢はあらぬ方向に折れ曲がり、さらに泣きべそをかいている。それを確認するとランドルフは無表情でM16を構え、無慈悲に男の顔面に向かって二回引き金を絞った。

 

「誰が捕虜を捕れと命令した? 全員殺せ」

 

 小隊員達は突然の事に面食らいながらも了解の返事をする。そんな隊員達に構わずランドルフは指示を出した。

 

「これからビタースプリングス内に突入する。第1分隊は俺と一緒に北から、2分隊は西、3分隊は東から突入。あと同士討ちに注意しろ。かかれ」

 

 分隊ごとに隊伍を組みビタースプリングスの集落部へ突入していくNCR兵。ランドルフの分隊も同じく隊伍を組みそろそろと慎重な足取りで粗末なぼろ小屋が雑多に建ち並ぶ集落内へと侵入していった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 縦列を組み硝煙の匂い漂う集落内を進むにつれて死の気配はより濃くなっていく。

 死と血の匂いを漂わさせている源である死体達は集落の此処彼処に点在しており砂上に赤黒い染みを作っている。ジョナサンはなるべくそれらの死体を視界に入れずに前進する様に努めるが、ふとした拍子に一つの屍を見てしまう。

 まだ幼い男の子の死体だ。齢はおそらく十ぐらい。腹に幾つかの銃創を刻まれた痩せた肉体からは内包物が弾の出口からこぼれ落ちてる。小さい体の傍らに転がったAKMがその体に比して不自然に大きく見えた。思わずジョナサンは嘔気を催してしまう、苦い胃液混じりの吐物がすぐそこまで喉を上がってくるが、なんとかこらえ無理やり飲み込んだ。

 なぜこんな子供が死ななければならないのだろう。

 ジョナサンの胸中に疑問が浮かぶ。

 もしかしたらこの子を殺したのは自分かもしれない。

 そんな恐ろしい考えが脳裏をよぎる。絶対にあり得ない。とは言い切れなかった。もしかしたら自分が放った銃弾が流れ弾となりこの子の命を奪ったのかもしれない。自分がまだ年端もいかない子供を殺した。いや自分では無い。しかし万が一……思案は堂々巡りを始めジョナサンは

思考の海に飲み込まれそうになるが、前方から突如として上がった声に我に返る。

 

「止まれ」

 

 声の主は分隊のポイントマンを努める二等軍曹からだ。なんらかの異常を察したのだろう。

 

「右。テントの中」

 

 小声だがよく通る声で二曹は報告する。

 

「合図で手榴弾。その後突入」 

 

 二曹はランドルフの言にうなずき、手榴弾を取り出すと安全ピンに手をかけた。

 

「3、2、1、投げっ」

 

 下手(したて)に投げ入れられた手榴弾はフワリとした放物線を描き、テント内に侵入すると直に炸裂した。一瞬の閃光、さらに熱い爆風と煙が勢い良く入り口から吹き出す。それが収まらない内に間髪をいれず二曹が素早く突入し、次いで後続のランドルフ達が後に続いて突入する。まだモウモウと爆煙立ち込める中に在って、銃のハンドガードに装着されたフラッシュライトの光に浮かび上がったのは二人の少年であった。二人の内一人は手榴弾の破片を浴びたのか全身を血まみれにし、もう一人は腕が肩から千切れ飛んでいた。もはや戦意の欠片も無い二人だが、テントに乱入してきた二曹とランドルフは容赦無く彼らを射殺していく。

 

「クリアー」

「クリアー」

 

 銃を左右に振り、他に敵影が存在しない事を確認し終えた二人は、異常無しを意味する言を上げる。

 突入から敵の排除まで二十秒も掛かっていない鮮やかなエントリーであった。あまりの早業にジョナサンは呆気にとられる。

 

「ガキが二人だけでしたね」

 

 テントから戻った二曹がランドルフに言う。

 

「ああ。何にせよ敵は排除するのみだ」

 

 事も無げにランドルフは吐き捨てた。

 ジョナサンは無抵抗な人を殺して平然としていられる二人に対して驚きと共に嫌悪の感情も抱く。彼らも自分も軍人の身だ。敵を殺傷するのが任務である。当然自分より長く戦場に身を置いている二人は、多くの敵を殺傷してきているのだろう。ただ単に慣れの問題なのだろうか? 

ジョナサンにはそう思えなかった。特に自隊の小隊長であるランドルフ少尉に対しては。

彼はうまく言えないが狂気渦巻く戦場に身を置いた者の慣れとは別種の狂気みたいなものが滲み出ている様な気がした。

 人を人とも思わず、地面を這う蟻を潰すかの様に容易に人間を殺傷せしめる冷酷な人物。まるで殺人機械(キリングマシーン)が人間の皮を被っている様な不気味な感慨をジョナサンはランドルフに抱いた。

 

「分隊前進。村の中心まで進出する」

 

 隊伍を組み直した分隊は白み始めた空の下、集落の中心――サーモバリック弾で吹き飛ばしたテントが存在していた場所へ向けて前進する。

 途上残敵には出会わなかったが、入り組んだ集落の合間を警戒しながら進んでいるので随分と時間が掛かった様に感じる。やがて開けた場所に出た。そこは不自然に開けた所であった。それは当然であった元にあったテントはサーモバリック弾で吹き飛んでしまったのだから。ここが分隊の目的地であった。

 

「これは……」

 

 場の惨状を目にした兵の一人が思わず呻く。 

 かつて大きな天幕が在った場は死体の山に変わっていた。だがそれは大きな問題ではなかったサーモバリック弾で吹き飛ばしたのだから屍の山が出来ていることなど容易に想像し得た。問題は死体の種類である。

 

「女子供ばかりじゃないか」

 

 此処にはカーンズの戦闘員が駐留している。事前に掴んだ情報ではそのはずであった。しかし眼前にある現実は違った。地に横たわる五体が欠損した屍達。殆どが女子供に老人であり、サーモバリック弾が発した強烈な爆圧に肺を潰されのか、皆苦悶の死に顔を浮かべている。とてもじゃないが戦闘員などには見えなかった。

 

 予測とは違う凄惨な光景を目の当たりにし、殆どの隊員は言葉を失い立ち尽くした。しかし一部の者達は屍山血河な惨憺たる状況を気にも留めず平然と歩き回ってる。彼らは屍の合間で何かを探している様態であった

 

「パパカーンは見つかったか?」

 

 屍の合間を歩き回っていたランドルフが小隊軍曹へ尋ねる。小隊軍曹も先程までパパカーンの死体を探していたが、今しがたランドルフの下に合流した所だ。

 

「いいえ。それらしき死体は見つかっていません」

「逃したか……」

 

 渋面をつくり嘆息を吐くランドルフ。彼らの任務はグレートカーンズの戦闘員を排除しその勢力を削ぐだけではない。カーンズの首魁である通称、パパカーンの殺害も任務の内なのだ。その最重要標的を逃したかもしれないのだ。不機嫌になるのも当然と言えよう。

 その時、しかめっ面のランドルフへ血濡れた地面を踏みしめながら近づく者が一人いた。二曹である。

 

「そっちはどうだった?」

「駄目です。あの汚らしい髭面は見当たりません」

 

 再度の嘆息。ランドルフは表情を増々険しくし辺りに転がる屍達を見回した。

 

「まったく、どうりで手応えがない訳だ。サーモバリック弾4発を使って仕留めたのはどうでもいい雑魚ばかりか」

 

 ランドルフの関心は非武装の人間を殺戮した、という事よりも敵の首魁を殺し損ねた事に移っていた。否、ランドルフの脳内では丸腰の人間を皆殺しにした事は最初から関心など無く、初めからどうでもいい事に分類されていたのだ。

 

「もう度パパカーンを探すぞ。今度は小隊の全員で――」

 

 ランドルフは最後まで言わず急に口をつぐむ。遠く南の方角から爆竹が爆ぜる様な乾いた音が聞こえてきたからだ。無論こんな荒野のど真ん中で爆竹で遊ぶ阿呆など居ない、これは銃声である。

 敵が装備するAKMと友軍のM16の射撃音は明確な相違があり簡単に識別する事が出来た。今耳に入るのは味方のM16ライフルの連続する銃声だ。それに混じり間延びする重々しい銃声も時々聞こえてくる。これはおそらく7.62mmのスナイパーライフルの銃声であろう。

 南のキャニオン37で待ち伏せしている第一偵察隊が、ビタースプリングスから逃げ出したカーンズと銃撃戦を繰り広げているのだろう戦場騒音だ。

 

「第1偵察隊の奴ら派手にやってるな」

 

 南の方を眺めながらランドルフはポツリと言葉を漏らす。いつまでもここで呆けているわけにはいかない。もう一度パパカーンの死体を今度は小隊の全員で探すのだ。

 指揮下の者達に命令を出すため声を張り上げようとした矢先であった。視界の端に動く人影を捉えたのは。

 小さな人影であった。幼い女の子だ。薄汚い貧相な服を身に着けたその子は、近くの物陰から脱兎のごとく飛び出す。その両腕には一丁のAKMが抱えられており、それを一番近くにいるジョナサンへと向けた。

 

「ジョナサン。後ろだ!」

 

 ランドルフの警告の声に思わず後ろを振り向き、ライフルを構えるジョナサン。そこで彼は憎悪に燃える双眸と目が合う。

 

「死ねぇっ人殺し共めがっ! 母さんの仇だ!」

 

 口角から唾を飛ばしながら、ありったけの大声でジョナサンに罵声を浴びせる少女は、その貧相な体躯に不釣合いなAKMを彼に向けようとする。

 

「撃てっジョナサン」

 

 少女の細腕にとって3.5キロ近くあるAKMは重たいのか、フラフラと持ち上げる。今撃てば少女を確実に殺せる。既にジョナサンはM16のピープサイトと照星を少女の胴体に重ねており、後はトリガーを絞るだけで彼女の短い人生を終わらす事が出来る状態だ。

 ほんの少し指に力を入れれば少女の命を奪える、なんて簡単なことだろうかジョナサンにはそれが恐ろしくて堪らない。突然眼前がフラッシュバックしピープサイト越しに見える少女の姿が集落の入り口少年の死体と重なった。心臓は早鐘を打ち、呼吸は全力疾走後みたいに荒くなる。少女が弾倉を持って構えたAKMの銃口がこちらに向けられ、彼女の脂肪が殆どついてない前腕の筋肉がトリガーを引こうとして動きつつあるのが鮮明に見て取れる。あとちょっとでトリガーは引き絞られようとしているのにジョナサンの指は石の様に動かない、脳と腕の神経が突如切れてしまったみたいだ。

 ああ、自分はここで死ぬのか。それもいいかもしれない。少女を殺したという罪の重荷を背負って生きていくよりは……。

 そんな諦観した思考がジョナサンの脳内を支配した時である。少女の右肩に鮮血の花が飛び散ったのだ。残響する銃声と悲鳴が木霊し少女は背中から地面に倒れる。

 

「汚らしいカーンズめが。まだいたのか」

 

 銃口から微かに硝煙が立ち昇るM16を手に、ランドルフは倒れた少女へと近づいて行き銃口を少女へと向けた。

 

「相手が悪かったな。災難だと思って諦めろ」

 

 少女を見下ろしながら言い放つランドルフ。当の少女は右肩を左手で押さえ激痛からか顔面を涙と鼻水でグチャグチャにし、口の端から涎の泡を吹いていた。右肩はこの様子では骨まで滅茶苦茶であろう。少なくとも右腕はもう使い物にならない。

 引き金を絞ろうとする寸前、ランドルフはふと不穏な気配を自分の横から感じる。首だけを気配の方向に向けると、そこには自分に向けてM16を構えるジョナサンがいた。

 

「何のマネだジョナサン? 冗談でも上官に銃を向けるのは感心せんな、イカれて敵味方の区別が付かなくなったか?」

 

 銃口を向けられているいうのにランドルフは薄ら笑いを浮かべ、余裕綽々たる態度だ。

 

「ランドルフ少尉、やめてください。彼女はもう戦えません。殺す必要はありません」

 

 ジョナサンの声は掠れ、額に汗を浮かべながらランドルフに告げる。緊張で震える腕で銃を構えている為、銃口はフラフラと定まらない。

 

「ジョナサンよく考えろ、こいつはお前を殺そうとしたんだぞ。たとえ女子供だろうと武器を持っていたらそいつは敵だ。敵は殺さなくてはならん。今ならまだ間に合う。俺に銃を向けた事に関しては戦闘中の精神錯乱という事にして不問にしておいてやる」

「敵だからといって無抵抗の者を殺していい理由にはなりません。お願いです少尉、銃を下ろしてください。僕はこれ以上子供が死ぬのを見たくない」

 

 ランドルフはジョナサンを止めようと動いた軍曹達を目線で制止しつつ、体の向きを変えジョナサンと正対する。彼のM16ライフルはスリングで胸の前にぶら下がっており、両の手はだらりと脇に下げたままだ。

 

「お前に人が撃てるのか? 笑わせるな、ガキ一人殺せないお前が人を撃つなんてデスクローとキスをするより難しいんじゃないか?」

「ぼ、僕は本気ですよ少尉。はっきり言ってあなたは異常だ、殺戮を楽しんでいるとしか思えない」

 

 その時言い争う二人の側で少女が苦痛に耐えかねたのか苦悶をあげた。

 思わず少女の方に視線を移してしまうジョナサン。だがその行為はランドルフと対峙している状況にあって致命的なミスとなった。

 気が付いた時には既にランドルフはジョナサンが構えるM16の銃口より内側に入り込んでおり、次の瞬間にはジョナサンの体は宙に在り、そのまま地面へと強かに叩き付けられる。

 

「ぐがぁ」

 

 背中から固い地面へと叩き付けられた衝撃で呼吸が出来ず、ジョナサンは苦しさから口をパクパクさせ喘いだ。そんな彼の顔面に硬いコンバットブーツの靴底が蹴り込まれる。鼻頭が折れ黒い鼻血が鼻腔から流れ出した。

 

「ジョナサン……俺を殺したいならもっと強くならないとダメだぞ。そのレベルでは永遠に俺には追いつけないな」

 

 ゆっくりと優しく幼児に諭す様な口調でランドルフは言う。その手の中にはいつの間にか抜き取られたのかジョナサンの9ミリ拳銃が握られており、彼は弾倉と初弾を抜いたそれをクルクルと少し弄んだ後、ポイッと放り投げた。そだけでなく銃剣も無くなっており、さらにM16もジョナサンの手の届く範囲から既に蹴り飛ばされていた。

 無力化され仰向けに倒れたジョナサンにランドルフはM16を突きつける。ランドルフの口元はニヤリとした笑みで歪んでいるが、その双眸は全く笑っていない。闇夜のように黒い瞳は全く感情を湛えておらず、ジョナサンから見るとまるで銃口が三つ並んでいる様に見えた。

 

「いいかジョナサン。ここは文明社会じゃない。ここはウェイストランドだ。お前の常識はここでは通用せん」

「少尉……あんたは……何者なんだ?」

 

 ランドルフを見上げるジョナサンは息も絶え絶えに疑問を絞り出す。この若い少尉の年齢は自分より少し年上ぐらいだ。一体どんな人生を歩んで来たらこんな冷酷な人間になれるのだろうか? それともウェイストランドでは彼の様な人間が正常で、自分が異常なのだろうか?

 ジョナサンの質問には答えずランドルフはもはや呻く元気も無い少女の所まで歩むと、無造作に銃を彼女の頭に向け引き金を2回絞った。乾いた銃声が2度白んだ空の下に響き、残響は寒風に乗って過ぎ去る。

 高速のライフル弾は少女のやや左側の額へめり込み、まるで焼いたマシュマロのように膨れさせた。やがてそれは爆ぜ少女の額左半分を滅茶苦茶にする。脳漿混じりの血液が少女のざんばら髪を濡らし、飛び出た左の眼球はコロコロとジョナサンの目の前まで転がった。

 

「……あ、あんたは狂っている」

「俺はイカれてなんかいないさ。ただ純粋に殺戮を楽しんでいるだけだ」

 

 まさに狂人の理屈。だが当の本人の目つきと語り口は冷淡で狂気の熱病に冒された様子はない。ジョナサンにはランドルフが大きな子供に見えた。幼児が虫を残酷に殺す遊びをする様に、ランドルフは人間でそれを行う。幼稚な残虐性を湛えた歪な人間、ジョナサンにはそう思えた。

 

「次はお前だジョナサン。上官に銃を向けて罪で即決銃殺刑に処す」

 

 もはやジョナサンには抵抗する気力も無く、自分に向けられた銃口を見つめるしか出来なかった。あと少しで引き金が引き絞られるという時、一人の女声の声が響き渡った。

 

「やめなさい、ランドルフ少尉。一体何をしているの」

 

 声の主、それはこの攻撃部隊の指揮官ギレス少佐であった。彼女は副官と護衛を伴いこちらに向かってくる。

 

「ランドルフ少尉。これは一体どういう状況なの? 説明しなさい」

「ギレス少佐。これから錯乱しこちらに銃を向けた者を処刑するところですよ」

 

 ランドルフはジョナサンに銃口を向けるのをやめ、少佐に敬礼をしながら答える。

 

「錯乱? ならば拘束するだけで十分です。ランドルフ少尉あなたはあきらかにやり過ぎよ、直ちに処刑行為を中止しなさい」

「了解しました。ギレス少佐殿」

 

 慇懃にランドルフは言う。

 

「少尉。優先目標(パパカーン)の無力化はどうなったの?」

「逃げられたみたいですよ。テントの中にいたには非武装の人間がほとんどでした」

「それは本当なのっ少尉!」

 

 ランドルフの言葉を聞いたギレスは血相を変えて詰め寄る。

 

「ご自分で確かめられては如何ですか? 少佐」

 

 ギレスはそれを聞くと駆け出し、キリングフィールドと化したあたりを確認して回る。彼女の顔面は蒼白だ。

 

「そんな……なんてこと」

 

 青褪めた顔のまま茫然自失に陥るギレス。

 

「少佐起きた事を悔いても仕方ありません。今は次の命令を下す時です」

「作戦は中止よ……」

 

 実際今、部隊は追撃に移れる状態ではなかった。指揮官が意気消沈したという理由だけでなく弾薬の残量も心許ないのだ。

 

「ギ、ギレス少佐、き、聞いてください。ランドルフ少尉は異常な人物です。彼は無抵抗の少女を進んで殺しました。それだけではありません少尉は残虐な行為を平然と行う人物です」

 

 そう息も絶え絶えにギレスに告げるのはジョナサンだ。彼は覚束ない足取りでヨロヨロと立ち上がる。

 

「それは事実ですか? ランドルフ少尉」

「ジョナサン二等兵の言い分には少々語弊がありますね。確かに少女を射殺したのは事実です。しかし彼女は自動小銃で武装しており、ジョナサン二等兵に対して危害を加えようとする意志がありましたので射殺したまでです」

「ギレス少佐。ランドルフ少尉は事実を全て話していません。彼は少女の肩を撃ち、その後無抵抗の少女に対して自ら進んで止めを刺したのです」

「二人ともやめなさい」

 

 静かだがよく通る声でギレスは二人の言い争いを遮る。

 

「軍曹。あなたの意見を聞かせてちょうだい」

 

 ギレスは小隊軍曹へ尋ねる。当事者である二人から話を聞くのみでは公平な話が得られない可能性がある。なので第三者である小隊軍曹からも話を聞くつもりなのだ。

 小隊軍曹はランドルフの方へ向き伺いの目線を送る。本当の事を正直に話してよいのか? その事をランドルフへと確認をとる為の目線だ。軍曹の視線を受けてランドルフは無言で頷く。その目は正直に話せと言っていた。

 

「ギレス少佐。両者の言い分はどちらも正しい。正確に申しますと、ジョナサンを狙った武装した少女の肩を少尉が撃ち、その後止めを刺されました」

 

 深く長いギレスの嘆息。彼女が吐き出した白い息は顔を出しつつある朝日を受けて白く輝いた。いつの間にか南から聞こえてた戦場騒音は消えていた。

 

「ランドルフ少尉。今ここで軍事裁判じみた事をするつもりはありません。しかし我々は秩序と軍規を重んじる共和国軍人ですこのことは上に報告します。おそらくあなたと私は査問委員会にかけられるでしょう」

 

 完全に登った朝日がモハビウェイストランドの地に長い影を作り、空を茜色に染めていく。冷たく乾いた風がビタースプリングスに吹き、それは弱者の生存を許さないウェイストランドの心情を現している様であった。

 遥か西方に臨むチャールストン山の白い頂のみが下界の人間達の営みを睥睨していた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 2278年に起こったビタースプリングスでの戦闘。後にビタースプリングスの虐殺と呼ばれる様になるこの戦いは、双方に大きな禍根を残す結果となった。

 

 結局のところNCR軍はビタースプリングスでカーンズの首魁であるパパカーンを仕留めることは出来なかった。逃したのではない最初からいなかったのだ。パパカーンは別の拠点に身を隠していたのだ。

 一応はカーンズの拠点を破壊しその勢力を削ぐ事は出来た。しかし肝心のパパカーンの抹殺の任務は失敗に終わってる。つまりNCR軍がビタースプリングスで成した事はただの大量虐殺であった。風聞ではそうなっている。

 

 ビタースプリングスにいたカーンズの構成員達は全員が非武装というわけではない。確かに自動小銃で武装した戦闘員も居たし、さらには武装を施したトラックであるテクニカルを所持していた。この事から明らかに、武器弾薬を貯蔵する重要拠点であることには間違いはなかった。

 だが事の焦点は女子供さらには老人、怪我人まで殺戮したという事実に移り、国内のみならずモハビでも大きく取り沙汰された。そして批判はただ上部の命令を履行しただけの現場部隊へ集中した。

 

 彼らは殺人者、虐殺者の汚名を着せられ、内外からの誹りを一手に受ける事になる。実際に命令書を作り作戦を立案した者が処罰されることは無かった。攻撃部隊が批判を浴びている状況を責任逃れに利用したからだ。何故この様な事態が起きたのか原因究明の為の調査も実施されたが、不幸な勘違いの一言で片付けられる。

 

 現場部隊をスケープゴートにした罪悪感からか指揮官であるギレス少佐の処罰は比較的軽いものになった。大尉への降格のうえ減俸、さらにはビタースプリングス駐留部隊への配属。彼女の軍での出世は絶たれたも同然であった。

 ギレスの処罰の影に隠れがちだが密かにもう一人処罰を受けた者もいる。ランドルフ少尉だ。

 彼がビタースプリングスで発揮した残虐性は軍内部で少し問題になった。何故このような人間性に問題がある人物が士官学校に入れ、そして卒業出来たのか。全くもって謎であった。

 

 とにかく彼の様な人間を軍に置いておくと何を仕出かすかわからない。軍から追い出すべきだという意見も出たが、シーザーリージョンとの再度の戦争を控えた今、たとえ人間性に欠落があるとしても一人でも多くの士官が欲しいのが現状だった。故に場当たり的な処罰が下された。

 パワーアーマーを運用する機動歩兵部隊への転属。それがランドルフに下された処罰であった。

 他の組織、例えばブラザーフッドオブスティールではパワーアーマーを扱う職種はナイトやパラディンと呼ばれ戦闘職の花形であるが、共和国陸軍では違い、むしろ忌避されていた。

 理由として高い戦死率が挙げられる。はっきり言って共和国陸軍のパワーアーマーは故障率が高く、さらには技術力不足が原因で整備状態も劣悪であり、戦闘中に突然機能停止することが多々あった。戦闘中に突然動きが止まり、行動不能のアーマーは良い射撃の的となり集中砲火を浴びることも珍しくない光景であった。だがそんなポンコツパワーアーマーでも調子が良い時は、生身の兵士に比べて絶大な威力を発揮する。故に敵から優先撃破目標とされ、苛烈な銃火に晒されることになり、それらが戦死率を押し上げる一因となっていた。

 

 端的に言って戦死率が高い機動歩兵部隊は陸軍では人間の掃き溜めとも呼ばれ、何らかの問題がある人材で溢れ返っていた。

 そんな最低野郎共が跋扈する機動歩兵部隊への転属はサイコパス野郎のランドルフにとって当然の行き先であろう。

 一応そこそこの指揮能力を持つランドルフが機動歩兵部隊で活躍するならそれで良し、戦死したならなお良し。そんな考えが軍の人事部にはあった。まさに人材のリサイクルである。

 この判断が吉と出るか凶とでるかこの時点では本人さえもわからなかった。確実に言えることは彼の前途には地獄が待っている、ただそれだけである。

 

 


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