一面緑の大地を戦車を一回り小さくしたような車両が2両進んでいた。柔らかく瑞々しい草に覆われた地面を2両は履帯で踏みしめ、轍を刻みながらトロトロと警戒するように進んでいる。
不意にその2両は停止し、後面に備え付けてあるランプドアをおろす。すると中からまるで中世ヨーロッパの騎士が着ていた全身鎧を一回り大きくしたような格好をした者達が6名ずつ、ランプドアをドカドカと踏みしめながら車両の左右に素早く展開する。鎧――T-60パワーアーマーを装着した者たちは片膝をつき、M4A1カービンを構え、あたりを油断なくフルフェイスのヘルメット越しに睥睨する。
「こちらプラトーンリーダー、各員ラジオチェック、感明送れ」
集団の中の隊長と思わしき者が指揮下の者達へ無線の電波状態の確認の為指示をだす。
「01、感明よし」
「02、感明良好」
部下達の応答を聞きながら、隊長は自身の故郷ではあり得ない地平線の彼方まで草木の緑に覆われた大地を見回す。
「まったく、気味が悪い景色だ……」
彼は目の前の光景を見てそうポツリと呟いた。およそ200年前の核戦争が原因で、荒廃し焼け爛れた
モハビウェイストランドは南部の町ニプトン。このモハビ砂漠の南に位置する廃町は、7年前シーザーリージョンと名乗る武装集団の攻撃を受けて住民がほぼ全員皆殺しにされた。7年経った今も新たに移住してくる者もおらず、無人のまま放置され朽ちるがままになっていた。
そのニプトンへ陽炎揺らめく砂漠の地平線から砂煙を巻き起こしながら進む軍用車両の群れがあった。車両群はそのままニプトンの荒廃した町中へと進み、まだしっかりと形を保っているタウンホール前で停車した。
全ての車両には車体に白いペンキで、NEW CALIFORNIA REPUBLIC ARMY(新カリフォルニア共和国陸軍)と書かれ、その中の数台の軍用大型トラックの荷台から野戦服に身を包んだ男達が続々と地面へと降り立つ。
彼ら
第2次フーバーダム戦争後に開発、支給された新型野戦服は砂漠や森林、荒野と場所を問わず高い迷彩効果を発揮した。
第2次フーバーダム戦争でシーザーリージョンとの戦いで想定以上の損害を被ったNCR軍は、野戦服だけでなく新型のヘルメットやボディアーマー、さらには新兵器の開発を推し進め、より強大な軍へと変化しつつあった。
「はぁ……暑いなぁ……」
明るい緑の野戦服を着た男達の中の1人、中尉の階級章をつけた20代後半と思わしき男がGIカットの黒の頭髪をなでながら言う。左胸ポケットの上にある名札にはランドルフと記されていた。
「ランドルフ中尉、いったい何で俺達こんなところに呼ばれたんでしょうね? 」
ランドルフの隣に金髪を同じくGIカットにした1等軍曹の階級章をつけた男がやってくる。名札にはローランドと記されている。
「さぁ……でも持ってきた装備を見るにただ事じゃなさそうだ」
ランドルフは車列を眺めながらそう言う。乗ってきた軍用トラックだけでなくM6A1
「ん? なんだあれ」
車列を眺めていたランドルフは町の南に黒いアーチ状の構造物が起立しているのを発見する。
「たぶんあれは、前衛芸術ですよ中尉」とローランドが適当な推測を言う。
「芸術? こんな辺鄙で人もいないところにあんなモノ建てるバカが居るもんか」
「まぁ……言われてみればそうかもしれないですね……」
この2人、士官と曹という階級差はあるが年齢が近く同時期に同じ部隊に配属されたという経緯のため仲は良かった。
2人がアーチついて話し合っていると中隊長である大尉からニプトンタウンホールの中へ入るよう指示が出される。
ランドルフは例のアーチから何か嫌な予感を感じながらタウンホールへと歩みを進めるのであった。
タウンホールの中は少し荒れており、薄暗くかなり埃っぽかった。だが外でモハビ砂漠の直射日光を浴びるよりはだいぶマシだ。モハビ砂漠は湿度が低く屋内に入ってしまえば、外よりは涼しい。
そのタウンホール1階の比較的荒れてない大会議室に中隊――NCR陸軍第31機動歩兵連隊A中隊の隊員達が各々用意された椅子に座り雑談に興じていた。雑談の内容はどれも似たようなものだった。今回の任務の事、この様な場所に集合させられた事に対する愚痴などが主な雑談内容であった。その騒がしい部屋へ中隊長のクラーク大尉が入室し大声で一言。
「連隊長入室、総員傾注」
慌てて起立し敬礼しようとする隊員達を、座ったままでいるよう手で制しながら連隊長は数人の白衣を着た、いかにも科学者といった男達を伴って入室しスクリーンとプロジェクターが置かれている長机の前まで来ると、一同を見回しおもむろに口を開いた。
「諸君、いろいろと疑問に思うことがあるだろう、わざわざこんな所に来たんだ疑問にはなるべく答えよう、だがまずはこれを見てもらいたい」
すると、連隊長と一緒に入って来た科学者がプロジェクターを操作しスクリーンに映像を映し出す。2点間の空間直結技術について、という題名だ。
(さっぱり、わかんねぇなこれ)
映像にはランドルフには理解不能な複雑な図や奇怪な計算式が書かれていた。ナレーションによる説明も流れてはいるが、ランドルフにとっては無意味な雑音に聞こえる。
「おい、ローランドこれ見てみろよ、これ俺たちが外で見たやつだ」
ランドルフが指さす先のスクリーンには2人がタウンホールの外で見たアーチ状の構造物が映されていた。
「ええ、間違いないですね、でも空間転移だとかテレポーテーションとか、僕達になんの関係があるんでしょうね」
2人が考え唸っていると、映像は終わり、連隊長が全員を見回しながら口を開く。
「諸君らは先程の映像と、諸君自身らがどう関係しているのだろうと疑問に思っているだろう。もっともな疑問だ。本来この件は
連隊長はそう言うとそばに控えていた、背が高く痩せ型で頭髪が薄い科学者に前に出るよう促す。
「え~科学産業局のヘンドリックです。このプロジェクトの主任研究員です。先程の映像では皆さんの理解が及んでいるか疑問なので、まずこのプロジェクトの簡単な概要を説明させて頂きます」
ヘンドリックと名乗った男は小馬鹿にしたような表情で隊員達を見回しながら話を続ける。
「このプロジェクトの目的それは2点間の空間を直結させ物流や輸送に革命をおこすことなのです。離れた2点間に転移門……私たちがポータルと名付けたものを作り、そのポータルを経由して2点間を結びつけ、人や物資の往来を可能にする。それがこのプロジェクトの概要です。ポータルがどのような見た目をしているかは、映像の一番最後の通りです。まぁ目立つものなのでここに来るまでに見られた方も多いでしょうが」
たしかに実現すれば物流に革命が起こるだろう。そんなことを考えながら、ランドルフは、あくびをしながら聞いていた。他の隊員も皆早く本題に入れと心の中で思ってた。そんなことはお構いなしにヘンドリックは話を続ける。
「恥ずかしながらこの技術は我が国で発明されたものではないのです。なんとあのビックマウンテンからもたらされた技術なのです」
ビックマウンテン。ウェイストランドに住まう者達にとって悪い意味で有名な場所である。その研究施設群があるクレーターへ行き帰ってきた者は両手で数えるほどしかいない。その僅かな帰還者達曰く機械の体に脳を移植した科学者が支配しているだの、ロボトミー手術され人体改造を施された清掃員が襲いかかってくるだの、喋る家電製品がいるだの荒唐無稽な話が多く、あまり信憑性がなかった。だが6年ほど前からビックマウンテンに出入りし、その優れた科学技術を外部へ持ち出している人物がいるようだが詳しくは分からなかった。
「とにかく我々は実験のため、ここニプトンと東にあるキャンプサーチライト近郊にポータルを作り作動させたのです。しかしニプトンとキャンプサーチライトのポータルは繋がらず、なんとニプトンのポータルが別の惑星へ繋がってしまったのです」
そこでヘンドリックは話を区切り、部下の科学者達に長机上のプロジェクターを操作するように指示をだす。窓にカーテンが引かれ会議室の中は薄暗くなる。
「百聞は一見にしかずと言います。今から調査用プロテクトロンが撮影してきたポータルの向こう側の映像をお見せしたいと思います」
プロジェクターが動き出し壁にかけられたスクリーン映像が投影されると部屋中に静かな驚愕が伝播していった。映像はやや荒いが、それでも地平線の彼方の山まで瑞々しい緑に覆われた、核戦争後の地球では失われた光景を見せるのには十分な解像度があった。
「どうです凄いでしょう、ポータルの向こう側は。当然映像を撮るだけでなく他の調査も行いましたよ。結果は人間が呼吸できる大気があり、重力も地球と同じ、致命的な病原菌や未知のウイルスもなし、もちろん放射能汚染はゼロ」
会議室内がにわかに騒がしくなる。今まで戦前の映画や書物でしか存在を知らなかった放射能に汚染されておらず自然豊かな世界。それがスクリーンに映し出せれ隊員達の目の前に映像という形で突きつけられる。そのことに興奮しない者はいなかった。この喧騒のなか大きな咳払いが一つ連隊長から発せられると騒ぎは引波のように収まった。連隊長は静かになった室内で再び話し出す。
「諸君らもここに呼び出された理由が映像を見て分かり始めただろう。君たちの任務はポータルの向こう側の本格的な調査と安全確保だ。映像では危険な生物は写っていなかったが、ポータルの向こう側は未知のエリアだ地球ではない。よってどのような危険があるかは未知数だ。そこで政府はパワーアーマーを装備した我々31機動歩兵連隊の派遣を決定したというわけだ。先遣隊はA中隊第1小隊、小隊長はランドルフ中尉だ。何か質問はあるかね」
そこでランドルフがおずおずと手を挙げる。連隊長から発言の許可をもらったランドルフはゆっくりと質問をし始める。
「ポータルの向こう側に知的生命体は確認されてますか? あと知的生命体と接触した場合と、万が一攻撃を受けた場合の
「知的生命体についてだが確認されてない。もし接触した場合は友好的な関係を築くよう最善を尽くせ。部隊行動基準として絶対にこちらから攻撃するな、たとえ相手がスーパーミュータントよりもブサイクで好戦的であったとしてもだ。攻撃を受けてからの自衛目的の反撃のみ許可する。他に質問は無いか?」
それからは細部事項の確認と細かな質問の応答が行われ、ブリーフィングの終わりに連隊長はこう言って話を締めくくった。
「なおこれよりポータルの向こう側の世界を異地と呼称する。各員の奮戦と共和国への献身を期待する。以上かかれ」
ブリーフィングを終えたランドルフ達第1小隊は、準備のため巨大なコンテナ車の様な外見のパワーアーマー運搬車の周りに集まっていた。装備の受取とパワーアーマーの最終調整のためだ。パワーアーマー運搬車の内部でランドルフや小隊員達は自らが乗ることになるT-60パワーアーマーの最終調整を行っていた。
パワーアーマー。それはウェイストランドがまだアメリカ合衆国と呼ばれていた頃に合衆国陸軍で開発された軍用機動装甲倍力服の総称だ。その装甲は25000ジュールもの運動エネルギーを受け止め、生身の何十倍もの膂力を装着者に与える。
野戦服から着替えパワーアーマーのインナーである灰色のリコンスーツを着たランドルフは最後の仕上げに取り掛かる。500mlペットボトルより一回り小さい大きさの黄色い核融合電池をパワーアーマー後部にある差し込みスロットへ挿入する。挿入後開閉バルブを回すとパワーアーマー後部の装甲板が人を招き入れるように展開し、ランドルフはパワーアーマー内部へその身を滑り込ませ、顎で閉鎖スイッチを押し展開していた装甲を閉める。そして自己診断システムを起動し最終チェックをおこなう。
サーボモーター及び姿勢制御システム正常
射撃制御システム正常
生命維持装置正常
対NBC用空気濾過システム正常
エアコンディショナー正常
対放射線シールド正常
通信システム正常
電圧及びジェネレーター正常
各部装甲正常
オペレーティングシステム正常
排泄物リサイクルシステム正常
pip-boyへの接続完了
ヘルメットマウントディスプレイ上に親指を立てたvault‐boyが映し出されパワーアーマーの全機能が正常であることをランドルフに知らせる。
四肢を軽く動かし動作に異常が無いか確認しながら、楽になったもんだなと、7年前のことを思い出す。
7年前このモハビウェイストランドの地でシーザーリージョンとNCRがフーバーダムの支配を巡って争った、第二次フーバーダム戦争当時のNCRのパワーアーマーの運用技術は
それだけではない、復活したMR.ハウスと彼が再び興したロブコ社の存在も大きい。彼が経営するロブコ社は核戦争前は電子機器や様々なロボットを製造、開発する巨大企業であった。再興したあとも変わらず民間用、軍用問わず種々様々な製品を販売している。さらにはフーバーダムの水力発電所が生み出す電力やミード湖の水の使用料をNCRからぼったくっていた。
それに加えMR.ハウス彼自身の王国である、ニューベガス独立経済区で運営されるカジノも莫大な金を生み出しており、それらの資金をつかって、ニューベガス市のインフラへ投資をおこなっていた。
ランドルフが乗るT‐60の左腕にもロブコ社製の新型pip-boyが装着されており鈍い光を放っていた。その新型pip-boy――正式名pip-boy4000Mはそれまでのpip-boyと違い小型で薄くディスプレイはタッチパネルに対応であった。さらに4000Mはミリタリーモデルで少々重いが、トラックに轢かれても問題なく作動するという耐久性があった。第1小隊の全員がこの4000Mを装備している。
T‐60の動作確認をおえたランドルフら第1小隊は銃と弾薬を受け取るため足早にパワーアーマー運搬車から立ち去った。
「ねぇランドルフ中尉もし向こう側で、石油とか鉱物資源とかを見つけたら俺たち救国の英雄になれるかもしれませんね」
銃を受け取ってからM6A1
「資源が見つかればいいんだが」
応えながらランドルフは最近のNCRの状況に考えをめぐらす。たしかにNCR領内の住民の生活は徐々に豊かになりつつある。だがそれは一部で、まだ大多数の庶民が貧困に喘いでいた。NCR政府も当然無視しているわけではなく、核融合発電所を建設したり、真水精製プラントを建てそれに付随する形で、食料生産プラントを建てるといった対策をしているが、如何せん急激に増えつつある人口に対して供給が全く追いついていなかった。農地を開発し新たな居住地を築こうにも土地が放射能で汚染されているため農地には適さなかったり、レイダーや忌々しいアボミネーション共と戦いながら開拓を進めるのは困難を極めた。
そもそも200年前の核戦争の原因が世界規模での資源不足であり、核戦争で人口が減り資源の消費が抑えられても資源不足という状況は変わらなかった。例えるなら、地球という瀕死の病人に必死の延命措置を施し、戦前の遺産を食い潰しながらなんとか生き長らえてるというのが戦後のウェイストランド人というものであった。
「なんにせよ資源探しは俺たちの仕事じゃない、俺たちが安全を確保した後から来る本格的な調査団の仕事だ」
言いながらランドルフはM6A1歩兵戦闘車の後部ランプドアから車体の中に入りシートに自身の身体を沈める。ただでさえ狭いIFVの兵員室が6人ものパワーアーマーを装着した兵士が入ると文字通りすし詰めになった。全員が乗車したところで中隊長であるクラーク大尉から無線が入る。
「中隊本部より第1小隊へ。事前の予定どうり行動せよ」
その命令を受けて2両のM6A1歩兵戦闘車の原子力モーターが低い作動音を響かせ始動し、その履帯を動かし25トンの車体を前へ進める。
M6A1歩兵戦闘車は新カリフォルニア共和国陸軍の主力歩兵戦闘車である。武装は砲塔に30ミリ機関砲に同軸機銃として7.62ミリ機関銃を装備しており、さらには有線式対戦車ミサイルをも装備している。
計画されている行動としてまず2両のM6A1がポータルへ突入し安全を確認した後に、小隊の残り2両のM6A1が続いて突入するという流れになっている。
「ゆっくり進め。ポータルのフレームにぶつけるなよ」
タウンホールから町の大通りを挟んで反対側。ニプトンの南にポータルはあった。ポータルまでの道の邪魔な廃屋は全部取り壊されておりスムーズに進むことができた。
黒い物質で構成されたアーチ状の建造物で幅は思ったより狭い。M6A1がなんとか1両通れるほどの幅しか無い。アーチの内側からは反対側の風景は見えず、アーチの内側は青白く光る水面の様な膜で覆われている。
「いいかお前ら。俺たちは人類で初めて異星の土を踏むんだぞアームストロング船長並の栄誉だ」
ランドルフは努めて明るくそう言って不安を頭から追い出そうとする。
事前のロボットによる調査だけでなく、生きた動物を実際にポータルをくぐらせるという実験も事前に行われていたが、その内容は縄で縛ったモールラットをポータルの向こうへ追い立て、しばらく経ってから縄を引っ張って連れ戻すというものであった。一応モールラットは無事生還した。帰還した直後に縄を引っ張っていた人間の腕に噛みついた為射殺されたが。
モールラットは帰ってきたが生きた人間がポータルをくぐるのはランドルフらが初めてだ。
(この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ。地獄につながってなければいいが)
頭の中でそんなことを考えるランドルフを乗せたM6A1は、青白く光る膜をくぐりポータルの向こう、異地へと消えた。