ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~   作:公私混同侍

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決意のまなざし

朝六時過ぎ、恭夜は目覚めた。隆太は珍しく夜更かしをしたからか起きる気配がない。ゲルマは立ったままスリープしている。蝋人形のような不気味さを醸し出している。ルナは膝に毛布をかけゲルマの足に寄りかかるようにして寝ていた。恭夜はあかりが遅刻してしまうと思い声をかけ、その愛くるしい寝顔にイタズラを試みる。

 

恭夜「あかりは寝顔も可愛いなあ。ほっぺをプニプニしちゃおっかな」

 

あかりの頬を二回、プニプニする。

 

あかり「う~ん……あれ?恭夜お兄ちゃん?」

 

恭夜「時間は大丈夫?遅刻しちゃうんじゃない?」

 

あかり「え?嘘!?今何時!?」

 

恭夜「六時過ぎてるよ」

 

あかり「隆太お兄ちゃん、起きて!」

 

隆太「……アバン……ギャルド……ふへへ」

 

恭夜「何の夢を見てるんだ?」

 

寝ているサリーの腕が隆太の顔面にめり込む。

 

隆太「いったぁ……」

 

あかり「今のは隆太お兄ちゃんが悪いよ」

 

恭夜「サリーの寝相の悪さは相変わらずだな」

 

隆太「……ん?あ、おはよう」

 

あかり「早くお弁当作ってよ!」

 

隆太「もう作ってあるよ。冷蔵庫に入ってるから忘れずにね。じゃあ、お休みなさい……」

 

恭夜「さすがだな。サリーも見習ってほしいよ」

 

あかりが登校する。ルナが起きるとゲルマも呼応するように作動した。だが、サリーはうつ伏せのままだ。

 

ルナ「サリー、生きてる?」

 

ゲルマ「恐らく」

 

隆太「サリーさんって朝弱いのかな?起こしてきてよ」

 

恭夜「起こさない方がいい。いや、起こしちゃいけない」

 

隆太「掃除が出来ないんだけど」

 

恭夜「掃除機はそのままかけていいぞ」

 

隆太「ダメだよ、サリーさんが可哀想だよ」

 

恭夜「騒いだって乗っかったって、起きないもんは起きない」

 

恭夜が頑なにサリーを起こしたがらないのは理由がある。簡単なことだ。寝起きが悪く、なりふり構わず斬りかかってくるからだ。ならばゲルマに起こさせればいいのではと思ってしまうが、余計な面倒を起こしてほしくないのが本音である。

結局、サリーが活動を始めたのは十時過ぎ。寝起きの悪さは凄まじく、あまりの鋭い目つきに隆太が震え上がった。蛇に睨まれた蛙である。

時刻は十一時、空は雲一つない。風が強くサリーのマゲのような髪型は大きく揺れている。恭夜は白い目でそれを眺める。ゲルマも同行していた。母親にお披露目するためだ。

 

恭夜「ちゃんとした服着てくれよ~」

 

ゲルマ「あっしは生まれてこの方、このような衣装しか身につけたことがない」

 

サリー「季節感は大事にした方がいい」

 

恭夜「それでもタンクトップ一枚は不味いだろ」

 

ゲルマ「別に寒くなんかないもん!」

 

サリー「そういう問題ではない」

 

三人はまずゲルマの服を買うことに。

恭夜はあるワイシャツに目を奪われた。真ん中にピエロが指を向けて、強烈な笑みを見せつける。頭の部分に『アイ・ニード・ユー』と英語で書かれている。

 

恭夜「デザイナーのセンスを疑いたくなるな」

 

ゲルマ「あっし、これが欲しいでござる」

 

サリー「な、何?これが欲しいだと?」

 

恭夜「お前のセンスも相当だな」

 

ゲルマ「マスター、おねが~い」

 

サリー「私は知らんぞ」

 

恭夜「値段は――三千九百円!たかっ!」

 

ゲルマ「お手頃だね」

 

サリー「フッ」

 

買ってしまった。この服をレジに持っていくのは堪え難い屈辱。恭夜は唇を噛んだ。

ゲルマは買ったばかりの服を嬉しそうに着る。恭夜とサリーは歩くスピードを上げた。少しでも早く病院に、そしてゲルマを野晒しにしたくなかったからだ。

 

母「久しぶりね、サリー」

 

母親の表情は以前より柔らかくなっている。

 

サリー「お母様も元気そうで良かったです」

 

恭夜「母さんに見せたいものがあるんだ――なにモジモジしてんだよ。早く入れよ」

 

ゲルマ「失礼つかまつり候」

 

母「あら?サリーのお友達かしら」

 

サリー「お母様?」

 

恭夜は笑いを堪えている。

 

ゲルマ「あっしはアンドロイドでございやす。マスター達にはお世話になっておりやす」

 

母「これがアンドロイドなの!?信じられないわ……」

 

サリー「変わった口調は自我を持っているためかと思います」

 

ゲルマ(サリーも口調が変わるのか。だが、オレと違って理由があるようだ)

 

恭夜「でも本当に完成してたんだ。父さん達が作ったアンドロイド――」

 

母「そう……」

 

サリー「これで治療に専念出来そうですか?」

 

母「そうね。でも少し寂しいわ」

 

恭夜「後は俺達がデータを取るから母さんは早く退院してよ」

 

ゲルマは母親の質問にいくつか受け答えした。人間臭い返答で三人を困惑させたが、母親は充実感で満たされていた。

暫くするとサリーは会話から外れ、外を眺め始めた。風で木々が揺れている。

 

恭夜「――ちょっと喉が渇いたな。母さん、何か買ってこようか?」

母「お茶でいいわ」

 

ゲルマ「いってらっしゃ~い」

 

恭夜「お前も来るんだよ!」

 

母「ふふふ、面白いのね」

 

二人はサリーを残し退出する。

 

母「何かあったの?」

 

サリー「え?」

 

母「あの子が空気を読むなんて滅多にないもの」

 

サリー「少し疲れてるだけです」

 

母「サリーが無理する必要なんてないのよ」

 

サリー「私は……」

 

母「二人には親として何もしてあげられてない。だから、母親として出来ることがあれば何でも言ってほしいの」

 

サリー「恭夜に言われました。自分が一人になりたいから世界を回ってるんじゃないかって」

 

母「そんな酷いことを?わかった、お母さんが注意してあげるわ」

 

サリー「違うんです……私はただ……恭夜が私のそばにいてくれればいいんです」

 

母「ちゃんとあの子に伝えたの?」

 

サリー「まだ……でも必ず伝えます。その前にお母様に私の気持ちをお伝えしたいのです」

 

髪を下ろした。母親は黙って見つめている。

 

サリー「あなたの息子さんを私に下さい」

 

母親は驚く素振りも見せない。十秒ほどの沈黙が流れる。ゆっくりと口を開いた。

 

母「サリーの幸せは私の幸せよ。息子のこと、よろしくお願いします」

 

サリー「はい」

 

母「お母さんからも二つだけお願いしていい?」

 

サリー「はい?」

 

母「その肩の力が入った喋り方はしないこと」

 

サリー「わかりました……じゃない、わかった」

 

母「もう一つはお母さんと呼ぶこと」

 

サリー「うん……お母さん」

 

噂をすれば影がさす。廊下から二人の会話が聞こえてくる。

 

恭夜「――勘弁してくれよ。お前の面倒に付き合ってたら身が持たねぇよ」

 

ゲルマ「弱き者を(たす)くのは強き者の使命だ」

 

恭夜「心臓の音が聞こえないって、おばあちゃんが驚いてたじゃねぇか」

 

ゲルマ「ハッハッハ!天に召されなくて良かったー!」

 

恭夜「おばあちゃんがな」

 

サリー「二人とも、ここは病院だぞ」

 

母「楽しむのもほどほどにね」

 

三人は面会を終え病院を出た。穏やかな風が吹き抜ける。




登場人物紹介

ゲルマ―男・20~30代(見た目年齢)
恭夜の父親達に生み出された自律行動型アンドロイド。
本人曰く、材質はゲルマニウム合金で出来ているらしい。
自我を持っており自らの意思で人間の生活圏に入っていく。
起動してから間もないためか、周りの環境や人々から接触によって口調や挙動に変化が見られる。
どうやって外国に行くかって?……さあ……

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