ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~   作:公私混同侍

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絡み合う運命 我が心は愛しき娘と共に

闘技場内に霧が広がりヘルマンの姿を目視できないほど濃くなった。

 

ゲルマ「魔剣を所有しているという事はカインに一度譲り渡したのも貴様か?」

 

ヘルマン「だったら何だというのかね?」

 

主の声が魔剣へ伝わり観客席に反響する。まるで観客が歓声を上げているようだ。

 

恭夜「あの魔剣ってカインのものじゃなかったのか」

 

サリー「霧が濃すぎる。ルナの力でどうにか出来ないか?」

 

ルナ「だめ。私の刀が反応しない」

 

ライナ『おじ様が霧を発生させているの?』

 

ヘルマン「厳密に言えばワシの能力ではない。この長物こそが風を吹かせ、巨岩を砕き、幻を映す魔剣なのだよ」

 

ゲルマ「幻を映す……俺はあの日、不可思議な光景を目の当たりにした」

 

ルナ「ゲルマも魔剣を持っていたの?」

 

ゲルマ「オレは皇帝軍の傭兵として獅子王の軍勢を相手にしていた。そして、この霧が雌雄を決する勝因になった」

 

サリー「地の利を生かしたというわけか」

 

ヘルマンはせせら笑う。

 

ゲルマ「いや、霧が……」

 

恭夜「霧がなんだよ」

 

ゲルマ「動いたのだ。獅子王の軍勢を包み込むように」

 

ライナ『それって魔剣が霧を操っていたってこと?』

 

ヘルマン「リュッツェンの会戦で勝利した皇帝軍はプロテスタントとの一連の戦争でも勝利を収め、三十年戦争は幕を下ろしたのだ」

 

ゲルマ「やはりこの世界は間違っていたようだ」

 

サリー「どういう意味だ?戦争で勝ってはならなかったとでも言うつもりか?」

 

ゲルマ「歴史が変わってしまったのだ。獅子王の死が()()通りかは分からない。だが、オレがリュッツェンを生き抜くことで歴史が歪められてしまったのかもしれない」

 

ルナ「それでもゲルマは生きてる」

 

ヘルマン「残念だが本来の()()()ではゲルマという傭兵はリュッツェンで戦死するはずだったのだよ」

 

ゲルマ「ヘルマン・ラングニック、貴様はその魔剣を他の人間に託そうとしたことがあるのか?」

 

ヘルマン「獅子王に話を持ちかけ魔剣の力を試そうと思っていたのだ。門前払いされてしまったがね」

 

恭夜「俺、なんとなく分かるよ。その獅子王とかいう人の気持ち」

 

ライナ『恭夜と共通点なんか何もないじゃない』

 

ヘルマン「ほう。なかなかどうして好奇心を掻き立てる若造だ。いち早くこの魔剣に生き血を吸わせたいものだ」

 

サリー「この霧では身動きが取れない。どうすれば――」

 

ゲルマ「魔剣は意思を持っている。オレの考えが正しければ所有者は必ずしも同一の人間とは限らないはず」

 

ヘルマン「戯れ言を。何を根拠に――」

 

ゲルマ「現にカインはこの時代で魔剣を振るっている」

 

恭夜「しかも風を起こしてたしな」

 

ヘルマン「ならばこの霧はどう説明するのかね?当然、ワシが引き起こしているという他ない」

 

ゲルマ「貴様がいくらほざこうが魔剣は意思を持っている。魂に呼び掛ければ自ずと真実が見えてくる。さぁ、目覚めてもらおうか――真の『ホットスパー』」

 

ゲルマは濃霧の中、魔剣に向けて呼び掛けた。すると、魔剣は呼応するかの如く『聖域』を揺さぶった。

 

?「誰だ……私の名を……呼ぶのは……」

 

すると霧が晴れ始めた。

 

ライナ『おじ様の声?……にしては弱々しいわね』

 

?「おお!……やっと……やっと……会うことが叶った!……私の娘、サリーよ」

 

サリー「な……」

 

ライナ『えっ!?』

 

恭夜「サリーって言ったのか?」

 

ルナ「うん」

 

ゲルマ「オレの考えが正しかったようだな」

 

ヘルマン「ぬっ!やるではないか。よもや『真のホットスパー』を見破るとは」

 

恭夜「『ホットスパー』が二人?」

 

ライナ『もうわけが分からないわ!』

 

?「君達はかなり取り乱しているようだ……お詫びしよう。私の名はこの男と同じ異名を持つ『ホットスパー』。真の名はヘンリー・パーシーだ」

 

サリーは呆然としている。魔剣から魂が具現化した。 ヘルマンと同じ背丈、容姿の男だが、かなりやつれている。

 

ヘルマン「久々のシャバの空気はどうかね?」

 

ヘンリーと名乗る男は恭夜達を見下ろしている。

 

恭夜「サリー……」

 

ヘンリー「驚かせてしまったようだ。私は魔剣に宿る魂なのだ。今や長い年月で経て肉体を失ってしまったが、こうして表に出でこれたのだ。感謝しよう、ゲルマ」

 

ゲルマ「オレは博士の遺志に従ったまでだ。感謝するなら仲間……いや、『家族』にすればいい」

 

ヘンリー「サリー、このような形で再会することになって不本意だが、君の成長した姿を垣間見れて私は幸せだ」

 

ライナ『ヘンリーと言ったかしら?どうして魔剣なんかに魂を宿しているの?』

 

ヘンリー「自ら進んで魔剣に命を捧げる者はいない。私はこの男に言いくるめられ魔剣の糧になってしまったのだ」

 

恭夜「同じ人間が二人いるなんてあり得るのか?」

 

ヘンリー「それについても説明しなければいけない。私はこの『世界』とは別の世界の人間、結論から言えば並行世界の人間なのだ」

 

サリー「並行……世界?」

 

ヘンリー「ヘルマンという男とヘンリー・パーシーという人間は不可分一体。同一人物なのだ」

 

ライナ『並行世界ってワタシ達の住む世界とは異なるの?』

 

ヘンリー「外観は同じでも、似て非なるものと感じる者もいる。国家観や価値観に差異はあるものの本質は同じだ」

 

恭夜「サリーはこの世界の人間じゃない……?」

 

サリー「私は……一体……」

 

ライナ『どうしてアナタがそういうこと言うのよ!』

 

恭夜「でも、あの人は嘘をついてないと思うんだ」

 

ヘルマン「肉体を持たぬ者の言葉を信じるとは、なんと浅はかな」

 

ゲルマ「欺瞞に満ちた貴様の言葉より信ずるに価するがな」

 

ヘンリー「私は百年戦争で死ぬはずだった。ところが最期の日、私は夢を見た。そこにヘルマンと名乗る男が現れた」

 

ヘルマン「死の未来を回避する為、ワシはヘンリーに取引を持ちかけたのだ」

 

ヘンリー「魔剣を用いれば死の未来を回避出来ると。そして、私は生き長らえることに成功した」

 

ゲルマ「それだけでは今この状況の説明がつかない」

 

ヘンリー「そして時が経ち、サリー。君が産まれた」

 

ヘルマン「歴史が変わった事で本来産まれるはずのない命が誕生したのだ。ワシがいなければ、サリー・ラングニックはこの世に存在せぬのだ」

 

サリー「私は……存在を……許されない?」

 

恭夜「それは違うよ。絶対に違う」

 

ルナ「サリーはサリーだよ」

 

ライナ『悲観的なっちゃダメよ。過去があるから今があるの。サリーは自分の意志でこの世界で生きてきたんだから、もっと胸を張らなきゃダメよ』

 

ヘルマン「しかしながらヘンリーという男は余りある幸福を手にした事で、ワシと手を切りたいと申し出たのだ。まさに契約の反故(ほご)というべき愚かな行為だ」

 

ヘンリー「理解していたんだ。歴史を変えてしまえばこの先どのような悲惨な未来が待っているのか。それでも私は……」

 

ヘルマン「それがこの有り様だがね」

 

ゲルマ「契約を破った事で魂を魔剣に吸われたと?」

 

ヘンリー「誤った行動には誤った結果がついてくる。全て保身の為といえ因果応報だ」

 

夕陽で染まっていた空が色を変える。間もなく夜を迎えようとしていた。


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