ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
恭夜「な、なんだよ……これ……」
ボロゾフ邸に駆け込むと血と埃の臭いが立ち込める。大広間の奥で誰かが倒れているようだ。室内は荒らされており、あかりと隆太の姿は見当たらない。それどころか見知った人物に遭遇した。
シェリーヌ「これは唯城様、ラングニック様。お戻りになれたのですね」
サリー「名を名乗った覚えはないのだが……」
シェリーヌ「お言葉ですが、人の敷地内に土足で入られるような方達が発言する権利はないと思われますが?」
サリー「うっ!そ、それは……申し訳ない」
恭夜「俺達が言うのもなんだけど昨日いなかったはずのメイドさんはどうして――」
シェリーヌ「使用人の任を解かれてしまいましたので気分転換を兼ねて旅に出ようと思っていたのですが、少々気になることがございましたので引き返して来たのでございます」
サリー「ならばこの惨状は一体……」
?「うっ……うぅ……」
恭夜はうめき声のする方へ歩く。倒れていたのはカインのようだ。
恭夜「カイン!何があったんだ?」
カイン「やられたよ……」
サリー「やられた?あかりと隆太はどうした?」
カイン「連れ去られた……と言えばいいかな?」
恭夜「誰に?」
カイン「……ゲルマだ」
サリー「!?」
恭夜「遅かったか……」
カイン「ゲルマは誰かに操られたようにボクやルナに牙を剥いたんだ。大剣があれば時間稼ぎぐらいは可能だったんだけどね……でもキミの顔付きを見るにどうやら『鍵』を掴んでるようだ。なら、すぐ跡を追うといい。ルナが追尾しているから」
サリー「だが今からでは追跡するのは困難だ。発信器も付けていないはず」
カイン「ボクも意識が朦朧としていたから断片的な情報しか聞き取れなかったんだが、ゲルマはイタリアに向かっているようだ。それ以上の事は何も――」
シェリーヌ「奇遇ですね」
三人の会話を聞いていたシェリーヌが空気を変えた。
恭夜「メイドさん、どんな些細な情報でもいいんでゲルマの居場所を教えて下さい!」
シェリーヌ「もちろん、ワタクシもその為にこの場所へ舞い戻ったのでございます」
サリー「ならば先ほどの『気になること』というのは――」
シェリーヌ「左様でございます。ヘルマン・ラングニック様から皆様にお伝えするよう仰せつかりました」
恭夜「ヘルマン・ラングニック?……誰だっけ?」
カイン「キミは察しが悪いね。当然サリーの父親だよ。付け加えるとすれば今回の一連に渡る出会いを仕立てた上げた張本人でもあり、キミ達の周りで起きていた事象の黒幕でもあるんだ」
恭夜「そんな奴がサリーの父親なのか……」
サリー「私はそんな男を父親と認めた訳ではない」
シェリーヌ「更にサリー・ラングニック様に伝言がございます。お聞きになりますか?」
サリー「ヘルマンという男は私個人に因縁があるようだが、あかりと隆太の方が気がかりだ。聞かせてくれ」
シェリーヌ「承知しました。では――」
ワシの名はヘルマン・ラングニック
しかし、この名は真の名ではない
又の名を『ホットスパー』
かつてこの世界で引き起こされた長きに渡る戦乱、百年戦争を
とある野望を達成すべくこの時代に舞い降りた
心を充たすは我が娘の奪還と時を超越する絵画を手中に収めることである
我が本願を叶えるべく『二つの星』は預かった
返してほしくば『剣闘士の聖域』へ来るがよい
恭夜「『二つの星』ってあかりと隆太の事だよな?」
カイン「ボクの知る百年戦争であれば、十四世紀の人物ということになるが……」
シェリーヌ「ワタクシには夢物語にしか思えないのですが……」
サリー「何故、あの男はこの伝言をあなたに託したんだ?」
シェリーヌ「ワタクシが直接お会いした訳ではなく、ロボットのような外見の男性からお耳にしたのです」
カイン「ロボット?ゲルマみたいな屈強な物体が他にもあるというのか?末恐ろしい世界だ」
恭夜「別のアンドロイド……もしかして――」
サリー「ああ、すぐ向かおう」
カイン「待つんだ!どこに向かう?」
恭夜「イタリアだよ」
サリー「ローマにあるはずだ。その剣闘士の聖域が――」
シェリーヌ「屋上にヘリを用意しております」
三人はカインを残してヘリに乗り込む。ヘリは暴風を起こしながら上昇した。見上げた空の太陽の光は存在感を失っていく。薄暗い雲が遮り雨が降りだしそうな空模様だ。
ヘリが向かう先はローマにそびえる円形闘技場、『剣闘士の聖域』である。
カインはヘリを見送るとボロゾフ邸から姿を消した。