ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~   作:公私混同侍

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開かれし扉

獅子王を討ち取ったパウルス軍は手を緩めず攻勢に出る。指揮官を失った新教軍は未だ勢いが衰えず皇帝軍を釘付けにしていた。

戦闘開始から二時間が経過していた。ヴァレンは攻めあぐねているパウルスに自身の戦力を割き物量にものを言わせた作戦に切り替える。

新教軍の増援を捕捉したならば迅速に対応しなければならない。左翼はパウルス軍に比べ火力で劣るため機動力に重きを置く配置になっていた。このまま真正面からぶつかれば一溜まりもない。

 

ゲルマ「当初の作戦から逸脱したが俺達だけでやるしかない」

 

当初の作戦では右翼のパウルス軍が新教軍を撃滅し、敵の援軍が到着する頃を見計らいゲルマが進撃。パウルスと共に挟み撃ちする予定であった。現状においてパウルス軍は遅滞を余儀なくされゲルマとの合流は困難となる。

ゲルマは新緑に染まる山を見すえ隊を二つに分けた。ゲルマを中心とした騎兵部隊は山に潜んでいるであろう敵の残兵を追い払う。そして残りの歩兵は防衛陣形で敵増援を可能な限り足止めする。パウルスの合流する時間を計算し三方向から新教軍を殲滅。

可能性を考えれば愚策と言われても仕方がない。しかし、ゲルマに選択肢は限られていた。

 

ゲルマ「まずは山を抑えねば――」

 

ゲルマはコスモスに股がり入山する。人の気配を体全体で感じ取る。大剣がずっしりとのしかかった。上空に弾が飛び交い風を切る音に鼓膜が震える。

部隊を更に三つに分けた。ゲルマは山の中腹を目標に索敵(さくてき)する。男の悲鳴が聞こえた。コスモスと部下達を待機させ自身は木に上り声の発信源を割り出す。

 

ゲルマ「やはり潜り込んでいたか!」

 

ゲルマの場所から三百メートル離れた場所で数十人が交戦していた。木から飛び降りる。部隊に待機を命じ自身は加勢しようと接近する。ナイフを出そうと腰に手を当てた。

 

ゲルマ「ああ……オレとしたことが……」

 

カインに預けていたのをすっかり忘れていた。気を取り直し大剣を取り出す。

 

ゲルマ「重い、長い、鈍い。本当にこんななまくらが役に立つのか?」

 

山道では大剣を持ち歩くだけで神経を磨り減らしてしまう。ゲルマはナイフを預けた事を心底後悔した。

銃撃戦が繰り広げられている場所に向かうと五人が誰かを追っている。追われているのが味方であろう。ゲルマは敵の進路を塞ぐ。一人の男がマスケット銃を構え引き金を引いた。ゲルマは射線を見切り突撃する。弾丸は脇を素通り。大剣で殴った。殴られた男は山道を転げ落ちていく。

 

ゲルマ「はぁ……はぁ……」

 

とてつもない遠心力に息切れが激しくなった。もう一人の男が木の影から銃口を光らせる。距離が遠く大剣では届かない。

 

ゲルマ「そこだぁ!」

 

ゲルマは隣にそびえ立つ大木を横一閃。大木が断末魔の叫びを上げる。裏に隠れていた敵ごと切り倒したようだ。銃口を構えた男はゲルマの大声と斬られた男の悲鳴に動揺し引き金から指を離してしまう。切り倒された大木が男の頭に直撃した。この間、わずか数秒の出来事である。

 

ゲルマ「ふぅ……狙い通りだ」

 

自画自賛だ。この戦争が終わったら木こりにでもなろう。ゲルマは倒れた大木を見て将来を思い描く。

残りは二人だ。

味方を救うため声のする方へ走った。発砲は散発的に行われている。二人の銃兵は逃げ惑う男に向かって射ち続けていた。ゲルマは逃げる男の背中に見覚えがあった。偵察兵の男だ。命からがら逃げ延びていたようだ。

 

ゲルマ「生きていたか。しぶとい男だ」

 

偵察兵の男は丸腰だ。全く抵抗する素振りもない。 服は泥まみれ。顔の汚れも血なのか土なのか区別がつかない。ゲルマは背後から一人の銃兵を素手で殴った。もう一人が発砲する。弾は偵察兵の男に当たった。

 

偵察兵「うわぁぁぁっ!!!」

 

弾は足に当たり苦しみもがいている。

 

偵察兵「く、くそぉ……ここまでかぁ……」

 

銃兵がとどめを射そうと狙いを定める。ゲルマは背後からわざとがましく音を立て銃兵を振り向かせた。

 

ゲルマ「ここにいるぞ!」

 

銃兵の背後でしゃがみ込み斜面を利用した死角に入る。張り手の要領で顎を突き上げた。銃兵はなされるがまま吹っ飛び巨岩に頭を打ちつけた。

 

偵察兵「お、お前は……」

 

ゲルマ「やるじゃないか。偵察兵だからと侮っていたが見直した」

 

偵察兵「自分は戦闘に向いていない。何も出来なかった」

 

ゲルマ「まだ終わっていない。ヴァレンに今回の作戦を報告する役目が残っている」

 

偵察兵「無理だ。この怪我では帰投もできん。自分はここで終わりだ。お前も変なこだわりなんか捨てて、やるべき事を遂行しろ」

 

ゲルマ「大した怪我でもないのに勝手に死期を悟るな。じきに戦闘も終わる。その頃になれば下山出来るだろう」

 

ゲルマは偵察兵の言葉を聞き自分が置き去りにした部隊を思い出す。完全に失念していた。偵察兵の男を連れて元来た道へ戻ろうと立ち上がる。小石が転がり偵察兵の男の足にコツンと触れた。偵察兵の男は(おのの)いた。鼻息が聞こえる。聞き覚えのある鼻息にゲルマは笑わずにいられなかった。

 

偵察兵「く、熊か?」

 

ゲルマ「いや、馬だ」

 

コスモスが突き出た鼻を上下に揺らし二人に近づいてくる。するとコスモスの背後から物音がした。

 

ゲルマ「くそっ!」

 

巨岩に頭をぶつけて気絶していたはずの銃兵が意識を取り戻していた。銃兵は腹這(はらば)いの状態でコスモスの後ろ足の間から二人に狙いをつけた。ゲルマは偵察兵の男を庇うように身をかがめる。弾丸は斜面を平行に放たれゲルマの肩を貫いた。

 

ゲルマ「――ぐっ!?」

 

偵察兵「お、おいっ!?」

 

コスモスは銃声に驚いたのかダンスを踊るように跳び跳ねた。銃兵の男はコスモスを(あや)めようと弾を込めるが装填に手間取っている。コスモスは斜面を利用するように加速し跳びかかった。銃兵は絶叫した。重低音が山に木霊(こだま)する。コスモスに頭を踏みつけられた銃兵はピクリとも動かなくなった。

 

偵察兵「お前が命令したのか?」

 

ゲルマ「さあな」

 

偵察兵「借りが出来てしまったな」

 

ゲルマ「感謝ならオレの馬にするんだな」

 

偵察兵「ああ……助かったよ」

 

山の(ふもと)勝鬨(かちどき)があがる。どうやら皇帝軍は合流に成功し体勢は決していたようだ。




登場人物紹介

ライナ・リゲイリア―女・22歳
画家。
小さな村に住む変人。
虚弱体質で消化器官に持病を抱える。
戦乱のない世を夢見ているが、現世に失望したことはない。
独り言が多いらしく絵の前でぶつぶつ呟くのが日課。
ゲルマの愛馬の名付け親。

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