ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~   作:公私混同侍

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メメント・モリ

ヴァレンは丘からパウルスに号令をかけた。

 

パウルス「我が同胞達よ!獅子を退治するのであぁる!」

 

塹壕から歩兵が飛び出し敵陣に突撃を敢行する。続けて騎兵が雪崩(なだ)れの如く襲いかかった。煙霧の中を彷徨(ほうこう)する獅子の軍勢は四方八方から響き渡る雄叫びに右往左往している。歩兵は容赦なく無防備の兵士や馬を撃ち抜き騎兵が縦横無尽に斬りかかった。

獅子の軍勢は断末魔の叫びを上げ馬は主を振り落とし逃げ惑う。叫喚渦巻く戦場に死体の山が積み上がった。

 

獅子王「なんのこれしき!我らの力、見くびるでない!」

 

さすがは百戦錬磨の獅子王。霧の中にいても強気の姿勢は崩さなかった。態勢を立て直し反撃に転じる。

広く展開していた兵を密集させ防衛陣形を取る。強固な陣形でパウルス軍を迎え撃つ。防戦一方であるが、徐々に持ち直し落ち着きを取り戻した。風向きが変わり始めパウルス軍に暗雲が立ち込める。霧が晴れ始めたのだ。

獅子の軍勢は皇帝軍の全貌を把握すると怯むどころか雄叫びを上げ勢いを盛り返した。

 

ヴァレン「何をしておるのだ!この役立たずがぁ!」

 

手を焼いているパウルス軍を見るに見かねヴァレンが直々に砲兵へ合図を送る。丘の上から降り注ぐ鉄の雨が獅子の軍勢を蹂躙(じゅうりん)する。大地を根こそぎ吹き飛ばし猛烈な爆風が吹き抜け、悲鳴と歓声が入り乱れる。硝煙が濃くなり霧との見分けがつかないほど視界が悪化した。

 

獅子王「ええい!なんたる失態だ!」

 

両軍共々、白い冬景色から獲物を討つべく体勢を低くする。冷たい風が吹き少しずつ(あらわ)になった。固唾を飲んで戦況を見守るゲルマ。パウルスが長剣を握りしめ佇む一際目立つ人影に敵意を向ける。振り向いた人物に戦慄した。

 

パウルス「――し、獅子王であぁるぅぅぅ!」

 

獅子王「――し、しまった!?」

 

獅子王は視界の悪さゆえ味方の軍からはみ出していた。最悪な事にパウルス軍が獅子王を取り囲むように潜んでいたのである。

まさに蜂の巣だ。孤立無援の獅子に数人の歩兵が小銃を構える。すぐさま味方と合流しようとする獅子王に引き金を引いた。弾丸は馬に命中し暴れ狂う。

 

獅子王「ぬおっ!」

 

獅子王は馬から飛び降り長剣を構え突進する騎兵を睨みつけた。

 

獅子王「その程度の腕で獅子の首を取れると思うでないわ!」

 

獅子王は軽やかな剣さばきで切り伏せる。六人ほどいなすが多勢に無勢は変わらず歩兵の弾丸が肩、膝、腹を撃ち抜いた。

獅子王はよろめき片膝をつく。

 

獅子王「もはやこれまでか……」

 

死を悟った獅子王は長剣を天に向けヴァレンが立っている丘を見る。勝ち誇ったような笑みを見せつけた瞬間、額に黒い穴が空いた。穴から血が流れる。

撃ち抜かれたのだ。

しかし、まだ乱戦が続いている。獅子の軍勢は王の死に気づいていなかった。パウルス軍は勝鬨(かちどき)を上げるが全く効果が無い。それどころか不吉な予感がゲルマの脳裏によぎった。

 

ゲルマ「思っていたより早かったな」

 

ゲルマが先頭に立つ左翼は新教軍の援軍を補足した。足並みを揃えゆっくりと進む。

 

ゲルマ「いいか、奴等にあの山を越えさせるな!絶対に死守しろ!」

 

ゲルマが新緑の山を最後の砦に指定したのは地理的な理由だけでない。山の向こうに村があるからだ。カインとの約束を守るため、ライナがいる森も火の手から守るためには、自身の死に場所を選んでいる余裕などなかった。




登場人物紹介

デュルファン・ディ・カイン―男・25歳
豪商。
名字はデュルファンである。
デュルファン家の長兄として神聖ローマ帝国で生まれる。
女と酒好き。
ゲルマとは正反対の性格。
取引という言葉に目がなく利潤を追求するためなら手段を選ばない。
戦争屋に辟易しており軍事ビジネスと聞けば強い不快感を示す。
教義はカトリック。
尊敬する偉人はウィリアム・シェイクスピア。

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