ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
一六三二年、十一月。ゲルマは日が上る前に起床した。味方の兵士達が外の景色にざわめいている。濃い霧が立ち込め人や建物を視認することは困難なほどだ。視界は奪われたが条件は相手も同じ。手をこまねいているに違いない。
ゲルマは着々と準備を進める。コスモスも霧の中から敵を炙り出すような力強い光を目に宿している。
一方誘い出された新教軍はリュッツェンに到着。すぐさま部隊を展開した。
歩兵と騎兵はバランス良く配置され、皇帝軍右翼のパウルス軍を取り囲むように広く陣取る。柔軟性に優れており皇帝軍に比べ士気も格段に高い。皇帝軍の右翼が直面する宿敵はプロテスタントの王。全てのカトリックが畏怖する存在、一国を
皇帝軍は陽動により引きずり出された獅子王の軍を一刻も早く殲滅せんと決断を迫られていた。しかし、見ての通り霧が晴れなければ迂闊に動くことは出来ない。戦の常道である。
ヴァレンは敵を一望できる丘で戦友パウルスと再会した。獅子王の軍と一戦を交えるパウルスは至って冷静であった。
パウルス「我が面前に獅子の首が転がり落ちてくるとは勝ったも同然である」
ヴァレン「それより下準備は済んだのだろうな?」
パウルス「当然である。
ヴァレン「俺はこの丘で指揮を取る。奴等の増援が現れる前になんとしてでも眠れる獅子を討ち取るのだ。些細なミスも許されん」
パウルス「分かっている。勝利の女神は常に我等の身に寄り添っている。お主を敗軍の将に致しはしない」
そう言い残すとパウルスは持ち場に戻った。
皇帝軍は丘で指揮を取るヴァレンを筆頭に左翼はゲルマがコスモスに股がり先頭に立っている。戦況によって部隊を移動させ敵の増援にも対応しなければならない。左側にそびえる新緑の山にも注意を払わなければならない。敵が潜んでいるかもしれないからだ。
右翼のパウルスが率いる部隊は塹壕に歩兵、後方に騎兵、そしてヴァレンがいる丘に砲兵が待ち構えている。
午前、一向に霧が晴れない。ゲルマは丘の上を見た。空は曇天に包まれ寒さも堪える。コスモスが身震いしている。背負っていた大剣がずれた。縛り直そうと紐に手をかけた瞬間、コスモスが前足を勢い良く蹴り上げた。拍子にゲルマはバランスを崩し落馬した。大剣が袋から飛び出す。
大剣を拾い土を払うと刃の周りが湿っている事に気づいた。体の水分が奪われるような著しい渇きを感じたと思ったら、身体中が汗で濡れているような不快感に襲われる。ゲルマはこの大剣が何かを伝えようとしているのだと思い霧の中から獅子王を探し出すように目を動かした。兵士達の声を聞き分けるように神経を研ぎ澄ます。
数十秒目を凝らしていると音が帰って来た。だが、さっきと違う。コスモスは平静だ。後ろから歓声が沸き起こる。霧が消え人影がどっと姿を見せた。一同は勘違いをしていた。霧が晴れたわけではなかったのだ。
パウルス「き、霧が!?」
ヴァレン「動く……だとぉぉぉっ!?」
獅子王の軍勢は秩序を保ち規則的に並んでいる。パウルス軍は不可思議な光景に萎縮したが敵の存在を認めるとすぐさま戦闘態勢に入った。
ヴァレン「何故だ?」
霧が動いた理由を知りたいのではない。
ゲルマ「も、もしや――」
新教軍は待機したままだ。ゲルマはこちらを警戒しているからだと思ったが事情はそうではないらしい。彼等は皇帝軍の存在に気づいていないのかもしれない。ゲルマはそう推察した。
ゲルマ「獅子の王は目が悪い?だとしても、それほど距離は離れていないのだが」
皇帝軍が目の前にいるというのに至って落ち着いている。もっと言えば落ち着き過ぎている。
都合の良い表現かもしれないが端的に言えば彼等はまだ
登場人物紹介
ゲルマ―男・26歳
傭兵。
17世紀の神聖ローマ帝国で生まれ。
幼い頃に両親に先立たれヴァレンに引き取られる。
無愛想で無慈悲。現実主義者でヴァレン以外の人間を信用しない。
友達は馬。
快活な女性から距離を取るきらいがある。
ナイフを使った接近戦を得意とする。
尊敬する偉人はユリウス・カエサル。