ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~   作:公私混同侍

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槌と金床

季節は冬、帝国は厳しい寒さに直面していた。新教軍の動きを察知していた皇帝軍は先回りしリュッツェンに本営を構えた。厳冬では進軍もままならないので冬営に入る。

ところが不測の事態に見舞われた。進軍を続けていた新教勢力は突如、動きを止めたのだ。町を一つ挟んで膠着状態になり睨み合う形となった両軍は業を煮やしていた。

リュッツェンでは以前見かけた偵察兵の男が苦虫を噛み潰したような思いをゲルマにぶつける。

 

偵察兵「なんということだ……やはり我々はあの男を信ずるべきではなかったのだ」

 

ゲルマ「早計だな」

 

偵察兵「ならば奴等の動きをどう説明する?我々の動きが読まれているのだ!誰の目から見ても明らかではないか!」

 

ヴァレンは二人のやりとりを静観している。

 

偵察兵「ヴァレン隊長!今ならまだ間に合います!直ちに全軍に撤退命令を――」

 

ヴァレン「おい!」

 

偵察兵「はっ、はひぃ!」

 

ヴァレンの気迫に偵察兵はのけ反った。

 

ヴァレン「ゲルマ、お前が眠れる獅子ならどうした?」

 

ゲルマ「予想通りだ」

 

偵察兵「な、何を根拠に――」

 

ゲルマ「あの男が言っていた通り奴等は確実にこのリュッツェンへ向かっていた。だが、獅子の王が無策で挑んでくるとは考えにくい。俺達の戦力を分断させようとしてくるはずだ」

 

ヴァレン「だそうだ。異論はあるか?」

 

偵察兵「で、ですが、今は厳冬期であり本隊にとってあまりに環境が悪すぎます!それに奴等の強襲にあえば我々は挟撃される恐れもあります!ヴァレン隊長はそれらを見込んでリュッツェンに本営を構えたのではないですか?」

 

ヴァレン「いかにも」

 

ゲルマはエーガーからリュッツェンに向かうまでの間、背中が痺れるような感覚に(さいな)まれた。背負い続けた大剣が何を暗示していたのかゲルマは考えていた。仮定ではあるがこのリュッツェンにはその答えがある。だからこそ偵察兵の男の言葉が戦術的・戦略的に見て正しかったとしても、自らの決断に妥協したくはなかった。

 

ゲルマ「必ず……必ず獅子の王はここに来る!」

 

偵察兵「お、お前!気でも触れたのか!」

 

ヴァレン「クックック」

 

ゲルマ「と言いたいとこだが、一つ問題がある」

 

ヴァレン「反乱軍は警戒しておるだろうな。俺の軍に先手を打たれたのだからな」

 

偵察兵「詰まるところ、イタチごっこでは?」

 

ヴァレン「貴様は少しは出来る男だと思ったが俺の早とちりだったようだ」

 

偵察兵「え?」

 

ゲルマ「打開する手は一つしかない。敵の主力を誘き寄せ本隊で殲滅(せんめつ)する」

 

偵察兵「それこそ諸刃の剣ではないか。本隊の一部で陽動を行えば主力の弱体化はおろか継戦力(けいせんりょく)の低下も免れない――」

 

ヴァレンの顎が上がった。偵察兵の男は失言したと思ったのか肩に力が入っている。理由が分かっていないのか微妙な空気になった。調和を重んじるゲルマが珍しく口火を切る。

 

ゲルマ「こいつは本物だな」

 

偵察兵「な、何だと?」

 

ヴァレン「決闘なら外でやるんだな」

 

ゲルマ「本隊を割くわけにはいかないのなら偵察隊の貴様等が敵を誘き寄せればいい」

 

ヴァレンは額に手を当てて口角を上げた。首を横に振る。

 

偵察兵「ふ、ふざけるなよっ!」

 

偵察兵の男は何故自分が敵に命をさらさなければいけないのか理由を聞かずにいられなかった。もちろん死の恐怖に直面するのだからゲルマの発言がいかに横暴か火を見るよりも明らかである。

 

ゲルマ「怖じ気づいたのか?ならオレが陽動隊を編制し指揮する。まあ、一人でも問題ないが」

 

ヴァレン「俺は誰が指揮しようと口は出さん」

 

偵察兵「……ああ、やってやるよ!やればいいんだろやれば!」

 

急遽、皇帝軍は偵察隊に騎兵の一部を分け与え新教軍の勢力範囲へ派遣した。

 

ヴァレン「(つち)金床(かなとこ)か。アレクサンドロスや古代ギリシャ人の得意とした戦術である。さりとて長きに渡る戦乱に終止符を打つとは思わんな」

 

ゲルマ「当然だ。この戦いは通過点に過ぎない」

 

ヴァレン「そうだ。俺達は戦い続けねばならん。帝国が裏切ろうと、同志が討たれようと、祖国が滅びようと、俺達は持てる全ての力を駆使して抗うのだ」

 

ゲルマ「ならず者に永遠の安寧は訪れない。もし自由になれるとしたら、この肉体から魂が解き放たれた時だろう」

 

ヴァレン「お前も俺に似てきたな?いや、お前自身が変わったと言うのが正しいか」

 

ゲルマ「ふっ、誉めているのならありがたく受け取ろう」

 

五日後、二人の筋書き通り新教軍はリュッツェンへ進撃を開始した。


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