ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
エーガーに入城すると偵察兵らしき男が鬼気迫る形相でヴァレンの部屋に入っていった。恐らく彼の部下であろう。ゲルマは間が悪いと思い廊下で男を待ち伏せる。間髪入れず男が出てきた。すかさず立ち塞がる。
偵察兵「な、なんだ貴様!……うっ、お前は……」
ゲルマ「ヴァレンと何を話した?」
偵察兵「自分も暇ではないのだ。本人に直接聞けばいいだろう」
ゲルマ「傭兵風情に与える情報はないというわけか」
偵察兵「当然だ。国家機密をそうやすやすと漏らすわけにはいかんからな」
ゲルマ「ならある人物について教えてもらいたい。最近ヴァレンに接触してきた男を見かけなかったか?」
偵察兵「男?さぁ、何の話か……」
目が泳いだ。ゲルマは揺さぶりをかける。
ゲルマ「いつから関係があったか知っているか?」
偵察兵「知らんと言っているだろ」
ゲルマ「オレはその男に会った。その男が言うには異端の軍勢に関する情報をヴァレンにもたらしていると」
偵察兵「フン、可笑しな話だな。その老け顔の男はボケているのではないのか?」
ゲルマ「ふっ、貴様は墓穴を掘ったがな」
偵察兵「……あっ!」
偵察兵の男はおろおろしている。一気にたたみかける。
ゲルマ「その男はヴァレンに有益な情報を流していた。だが、見ての通り
偵察兵「そ、それはその男が我が軍を欺こうと
ゲルマ「それはあり得ない」
偵察兵「何故そう言える?『得体の知れない男が我が軍に近づき掻き乱している』、お前はさっきこう言ったではないか!」
ゲルマ「だが、男はこうも言った。『プロテスタントの存在を疎ましく感じている』と」
偵察兵「お前も騙されているのだ。こんな時代だ。宗派を自分の都合で変える者なんぞ珍しくもない。あのボヘミアという国を見てみろ。戦端を開いた反乱軍だったのにも関わらず今やカトリックの奴隷じゃないか」
ゲルマ「彼等には力が無かった。だから滅びるか服属するしか選択肢が無かった。力あるものが正義だが、いつの日かこの常識も覆されるかもしれない。その時はこの国も大きく変わっていくだろう」
偵察兵「まるでこの国を憂いているように聞こえるが?」
ゲルマ「まさか」
偵察兵「それに以前会った時の堅物さは見る影もないな。ヴァレン隊長の後ろをひょこひょこついていくお坊ちゃんだと認識していたが――」
ゲルマ「行かなくていいのか?お仲間が待っているようだが」
偵察兵「――ん?しまった!」
偵察兵の男は隊の仲間と合流し去っていった。
ゲルマは大剣を背負い直しヴァレンの部屋に入った。ヴァレンは窓から外を眺めている。以前会った時は険しい表情をしていたが凛々しさを取り戻し余裕すら見て取れた。
ゲルマ「次の作戦は?」
ヴァレン「最初に言うべき事があるだろ」
振り返ったヴァレンはゲルマの包帯姿を見て目を細くした。
ゲルマ「遅れて申し訳ない」
ヴァレン「まあいい。それより上手くやれたようだな」
カインの援助を受け取ったヴァレンはご満悦のようだ。
ゲルマ「ああ」
ヴァレン「その怪我はどうした?」
ゲルマ「あ、ああ。熊に襲われた」
ヴァレン「熊?……クックック……グワッハッハァ!」
ツボに入ったのだろう。ゲルマの嘘偽りのない顔から出た冗談にヴァレンは腹を抱えている。大口を開け笑っているのはいつ以来だろうか?ゲルマはふと懐かしくなった。
ヴァレン「相変わらず嘘が下手くそだな。そんな体たらくでは女も振り向いてくれんだろう?」
ゲルマ「あなたも嘘が苦手ようだが?」
和やかな空気が一変、緊張感が張りつめる。
ヴァレン「おいおい俺はこれでも皇帝軍の最高指揮官だ。陛下に勝利を捧げる為ならば如何なる手段を講じてでも反乱軍を根絶やしにせねばならん。それの何が可笑しい?」
ゲルマ「オレはあなたの野心の為ならこの命惜しいとも思わない。だからこそ真実を話してほしい」
ヴァレンは指先で眉間をさする。口数が少なくなる時の癖だ。
ゲルマ「へルマン・ラングニックとは何者なんだ?何故この戦争に加担している?」
ヴァレン「ヤツに会ったのか?フン!思い出すだけでも
ゲルマ「やはりそうか」
ヴァレン「ヤツは反乱軍の動きを恐ろしいほど的確に言い当てる。最初は魔術の類いかと疑ったが、それも一度や二度でもない。全てだ――」
結論を聞きたかったのだが水を差すと不機嫌になり
ヴァレン「俺は許せなかった。こんなぽっと出の輩に先を越されるなぞ、屈辱以外の何物でもない。ヤツの首を掻っ切ってやろうと思ったほどだ」
ゲルマは視線を反らさないようしている。視線を反らせば話を聞いていないと判断するからだ。ヴァレンは特にそういった人間に粘着する。上手くなだめる事が出来なければ、ここでも拳が飛んでくる。
ヴァレン「お前も俺を愚弄するのか?」
ゲルマ「むあっ、まさか!」
少しどもってしまったが肩の力を抜き取り繕う。
ゲルマ「あの男が皇帝軍に有益な情報をもたらしていた。だが、あなたは信用出来ずあしらった」
今度はヴァレンが耳を傾ける。
ゲルマ「だからこそ自分の信念に従い反乱軍に立ち向かい続けた。結果はともあれ外部の人間が口を出すのはもっての他だ」
ヴァレンの顎が上がる。
ゲルマ「俺でもあなたと同じ事をしただろう。自分の信念に従い行動した結果に悔いはない。たとえ敗軍の将になったとしても、次に備えれば挽回の好機は必ず訪れる。そして――」
ヴァレン「その好機とやらは向こうからやってくるのだ」
ゲルマ「では次の作戦は?」
ヴァレン「リュッツェンだ。奴等はそこに向かっておる」
ゲルマ「リュッツェンか……」
この情報は先ほどの部下が……いや、あの初老の男が吹聴したものなのであろう。
ヴァレン「俺の話は終わっておらん。眠れる獅子も向かっておるぞ」
ゲルマ「厄介だが相手に不足はない」
ヴァレン「万全な備えが憂いを断つのだぁ!さっさと行けぃ!」
発破をかけられ早々に退室。ヴァレンはゲルマが背負っていた物を見て咳払いした。