ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
ライナ「そういえば馬の名前って本当につけてないの?」
ゲルマ「ああ」
ライナ「そうねぇ、コスモスってのはどう?可愛らしくていい響きの名前だと思うんだけど」
ゲルマ「馬はオスだぞ。女みたいな名では呼ぶ気にもなれない」
ライナ「そういうとこは細かいのね」
馬が窓から二人を見つめている。
ライナ「あら!お馬さんのお気に召したようだわ。よっぽど嬉しかったのね」
コスモスと名付けられた馬から表情を読み取ることは常人に不可能だが、ライナの言葉に反応するかのように鼻をひくつかせている。窓ガラスに息がかかれば白くなる。白くなればなるほどライナの笑い声が大きくなった。ゲルマは笑いどころが理解できず黙りこんでしまった。とにかく考え事をしようと腕を組み絵の前に立つ。見たいわけではない。見ているフリをしているのだ。
ライナはゲルマの繊細な性格を見抜いたのだろう。唐突に笑うのを止めた。
ライナ「人の絵をタダで見るんだったら感想ぐらい聞かせなさい」
ゲルマ「ん?何の話だ?馬の名前なら勝手にすればいい」
ライナ「違うわよ。感想を聞いてるの」
ゲルマ「感想?……ああ、この気味の悪い絵の話か」
ライナ「ワタシだって描きたくて描いたわけじゃないわよ。なかなか沸いてこないのよ。こう、いいアイデアっていうのが――」
ゲルマ「両腕しか描かれていないのであれば評価は出来ない」
ライナ「はぁ……みんなそう言うのね」
ゲルマは溜め息をついたライナを見て閃いたようだ。絵とライナを見比べている。
ゲルマ「そうだな……」
ライナ「感想なら何でも聞くわ」
ゲルマ「自画像でも描けばいいんじゃないか?」
ライナ「ぷっ、冗談でしょ?」
ゲルマの苦し紛れの提案は空気を更によどませてしまったようだ。ライナは堪えきれず鼻で笑ってしまった。腹を抱え膝に顔を埋めた。
ゲルマ「何だ?また痛みだしたのか?」
ライナ「フフフ……ああ、おかしい。ゲルマって面白い人ね」
ゲルマ「笑っていただけか。紛らわしい――オレは用事があるから帰る」
笑っていたライナは部屋を出ようとしたゲルマを呼び止めた。
ライナ「もしかして村に行くの?」
ゲルマ「頼み事なら他を当たれ。オレには道草を食っている時間などない」
ライナ「ワタシをコスモスに乗せて連れてってよ」
ゲルマ「ふざけるな。女を乗せるぐらいなら歩いて行く」
ライナ「やったー!それじゃあ行きましょ!」
ゲルマ「人の話を――」
ライナはベッドから飛び起きゲルマを差し置いて身支度をしている。コスモスも歓迎するように鼻息を荒げている。ゲルマは頭を抱えた。コスモスは民家から二人が出てくるのを待っているようだ。
二人に近づき頭を垂れる。ゲルマが撫でるのを待っているかのように。
ライナ「賢いわね。さすがはコスモスね」
ゲルマは空返事をする。
ライナ「それじゃあ、ワタシをコスモスに乗せて」
ゲルマはコスモスをライナの元に寄せる。しかし、それ以上手助けしようとしない。
ライナ「ちょっと、これじゃあ乗れないじゃない。どうにかしてよ」
ゲルマ「オレはいつも一人で乗っているが?」
得意気に言い放ちコスモスから離れ村へ向かって歩き出す。ふくれっ面のライナが優しく馬に触れた瞬間、不思議な事が起こった。
ライナ「え?」
ゲルマ「ん?」
コスモスは足を折り畳み座っていた。
ライナ「すっごーい!乗ってもいいってこと何でしょ?さすがはゲルマが手懐けているだけのことはあるわ!」
ゲルマ「そんな……バカな……」
ゲルマは小言を言っているが素直なコスモスに夢中になっている。ライナの耳には届いていないようだ。
皮肉にも有言実行を体現してしまったのでコスモスを引きながら歩いて村を目指す。道中、終始能面のようなゲルマにコスモスが敏感に反応する。コスモスにライナを振り落とせと念じているが、それを拒んでいるようだ。
ライナ「意固地になってないであなたも乗ればいいじゃない?それとも恥ずかしいから二人じゃ嫌なの?」
ゲルマ「標的になるからだ」
ライナ「は?」
ゲルマ「オレが弾丸の標的になるからだと言ってるんだ」
ライナ「なにそれ、ワタシが標的になってもいいっていうの?」
ゲルマ「あわよくばな!」
ライナ「信じられない!もういいわ!行きましょ、コスモス」
ゲルマ「何言って――」
コスモスは前足を蹴り上げ勇ましく駈け出す。ゲルマは焦った。紐を手首に巻きつけていたからだ。手際よく紐をほどこうとするが愛馬が逃げだした事を想定していたので何重にも巻きつけていた。並走しながら必死にほどく。徐々に引き離されていく。間に合わないと思い紐を諦めコスモスに飛び乗ろうと膝を曲げた。
最悪だった。紐に神経を集中し過ぎ足下を見ていなかった。飛んだ瞬間、石に爪先を引っかけてしまった。両足が地面から離れ宙を舞う。ここからはどうしようもなかった。村に着くまで引きずられるしかない。ゲルマの心象は定かではないが恐らくこう考えたであろう。そもそも考える時間すら必要ないのだが。
何故なら既に意識を失っていた。理由は単純だ。宙を舞った直後、コスモスの後ろ足がゲルマの顔面を蹴り上げたからだ。ライナは鈍い音に振り向き状況を察した。慌ててコスモスをなだめ、うつ伏せで倒れているゲルマを介抱する。ゲルマは白目になり額からは血を流している。ライナは死んでいると思ったのか泣き出した。そこに別の馬の足音が近づいてくる。
ライナ「どうしよう……ゲルマ、ごめんなさい……」
カイン「キミはライナか?どうしたんだ?――!?」
カインは顔が真っ赤に染まる男の顔を見ておおよそ理解したようだ。
ライナ「どうしよう……ワタシ、人殺しちゃった」
カイン「落ち着くんだ。キミみたいな非力な女性がゲルマを殺めるとは思えない」
ライナ「うっ……うぅ……」
カイン「ボクがゲルマを連れていく。キミはどうする?」
ライナ「ワタシも……行くわ」
ライナは涙を拭く。カインはゲルマを自らの馬に乗せ村へ急いだ。