ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
騒がしい夜が明けた。隆太は普段通り朝早くから活動を始めている。
隆太「兄さん、おはよう」
恭夜「は~あ……隆太はホント朝早いな。サリーにも見習ってほしい」
隆太「あはは、メイドさんと一緒に朝食の手伝いをしているのであかりとサリーさんを起こして」
恭夜「ルナは?」
隆太「僕が起きた時に出かけたみたいだよ」
恭夜「出かけた?どこに?」
隆太「それがメイドさんにもわからないんだって」
恭夜「二人だけで出かけた?もしゲルマがまた暴走したらルナが――」
サリー「おはよう」
隆太「おはようございます」
恭夜「……あかり、起こしてくる」
サリー「探さないのか?」
恭夜「え?」
サリー「ルナを探すんだろ?なら私も行こう。ゲルマも気になる」
恭夜はサリーの刀が明滅していることに気がついた。
サリー「すまない、隆太。少し出かけてくる。朝食までには――」
隆太「またですか?この前も同じことを――」
恭夜とサリーは隆太の会話を聞き終える前に立ち去る。
隆太は声に出るほどのため息をついた。
ゲルマは人気のない道を歩いていた。独り言を呟いている。向かっている先は工事現場のようだ。鉄骨が組み上げられている。
ゲルマ「この国には寒がりの人から暑がりの人までいるようだ。幸か不幸か、この体では寒さも感じないが」
ゲルマ「だが、この体になっても夢を見るとは……あれは本当に夢なのか?」
ゲルマ「ゲルマという人間は本当に存在したのか?そもそもゲルマという人物は――」
ルナ「ゲルマさんが転んだ」
ルナはゲルマを突き飛ばそうとしたがかわされる。
ゲルマ「いきなり突き飛ばそうとするとは」
ルナ「ずっと呼んでたんだよ」
ゲルマ「そうか」
ルナ「どこ行くの?」
ゲルマ「どこに行く?わからない。なぜここにきた?誰かに呼ばれた?」
ルナ「帰ろう」
ゲルマ「……ルナはマスターの事、どう思う?」
ルナ「恭夜はサリーを幸せにする」
ゲルマ「質問に答えてくれ」
ルナ「私も好き」
ゲルマ「ならばマスターを振り向かせなければいけない。それでも……」
ルナ「恭夜とサリーが幸せだったらそれでいい」
ゲルマ「ルナはどうするのだ?」
ルナ「私は……私もサリーを幸せにする」
ゲルマ「意味がわからん」
ルナ「ゲルマはみんなのこと、好き?」
ゲルマ「ああ」
ルナ「ふふふ、私も」
ゲルマ「まったく、ルナには――」
ルナは刀の湿り気を感じ後ろを振り向く。誰もいない。
ルナ「恭夜?」
ゲルマ「誰だッ!」
?「ボディーガードがついていたか」
ゲルマ「名を名乗れ」
ルナ「ゲルマ?」
?「名乗るものでもないが……そうだな、デュルファン・ディ・カイン。カインとでも呼んでもらおうか」
カインは黒を基調とし黄色い稲妻が眉間を走る特徴的な仮面を着けている。
ルナ「変な仮面」
カイン「余計なお世話だ」
ゲルマ「カイン……カイン……何だ?この沸き上がるようなざわめきは……」
カイン「キミがルナ・ホワイトクロスか。キミを探してる人物がいる。一緒に来てもらう」
ルナ「変な人にはついていかない」
カイン「不審者みたいに言わないでもらおうか」
恭夜「――ルナ!」
サリー「ゲルマもいたか」
ルナ「おはよう」
恭夜「おはよう、じゃないよ!」
サリー「こんなところで何をしているんだ?」
ルナ「変な人に連れていかれそうになった」
恭夜「変な人?」
サリー「あの鉄骨の上で気味の悪い笑みを浮かべているヤツか」
カイン「どうも初めまして」
恭夜「うわぁ、だせーマスク」
カイン「わざわざ口に出して言うほどでもない」
サリー「奇抜な風貌だな」
カイン「キミもな」
地団駄を踏むサリー。地面を踏みつける度に
ゲルマ「思い出せん。このゲルマと言う人間とカインと言う名前。何か引っ掛かる……」
カイン「もう一度問おう、ルナ・ホワイトクロス」
恭夜「目的は何だ?」
カイン「フェリックス・ボロゾフ。名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」
サリー「フェリックス・ボロゾフだと?」
ルナ「……」
恭夜「そのボロ
カイン「ボクは勘の良い女性は好むが勘の悪い男が心底憎くて堪らないんだ。一つ訂正してあげよう。ボロゾフだ」
恭夜「てめぇの好みのタイプなんか聞いてねぇよ」
サリー「考えたくないのだが、この男の言動から察するにボロゾフ氏は――」
カイン「そうだよ。ルナと?」
サリー「血縁関係にあり」
カイン「うんうん。ということは?」
サリー「親子である可能性が高い」
カイン「素晴らしい!勘の良い女性は好むがキミはタイプじゃない。申し訳ない」
恭夜「ヒント出しすぎだろ!」
サリー「マスクを着けた男よりチャック全開の男の方がましだ!」
カイン「キミの性的嗜好に興味はない」
ルナ「パパはこの国に来てる?」
カイン「おっとすまない。キミをお座なりにしてしまった。ボロゾフ氏はこの国に滞在している。そして今日の夜、あるオークションが催される。もちろんボロゾフ氏も参加する」
ルナ「私は会わない。会いたくない」
カイン「それは困った。ボクはボロゾフ氏本人に依頼されキミを連れてくるようにと仰せつかった。断ると言うなれば――」
カインは背中に背負っていた大剣を引き抜く。大剣の回りを風が纏い、空間をねじ曲げるような風圧を放つ。
恭夜「あのデカイ剣から出てるのか?」
サリー「凄まじい気迫だ。あの剣が放っているのだろう」
カイン「強硬手段をとらせてもらう」
恭夜「いつもようにあの伸びるやつ出せないの?こうズバーッとさ」
サリー「アレは月が出ていないと無理だ。歯痒いが」
カイン「やはり。ではルナは最後にしよう」
ルナ「恭夜とサリーは関係ない」
サリー「なまくら刀であろうとも太刀打ち出来る!降りてこい!」
カイン「ボクに近づく事は出来ない。甘んじて受けよ。このカザキリを――」
カインは両腕で大剣を降り下ろす。風の刃がサリーと恭夜を切りつけた。
ルナ「ダメ!」
恭夜「――いってぇ!」
サリー「――チッ、これでは近づくことも出来ない」
恭夜「月が出てなきゃ何も出来ないって、それじゃただのサムライじゃん!」
サリー「誰がサムライだ!もう一度言ってみろ!このロリコンが!」
恭夜「ロ……ロリコンだと!?そんな……バカな」
恭夜は膝から崩れ落ちうなだれている。
ルナ「恭夜とサリーは私が守る。だから逃げて!」
カイン「キミが出てくるとは――」
ルナはカインの言葉に耳を貸すこともなく刀を振り抜いた。
ルナ「私の前から消えて」
カイン「水の刃か。だが、風の前には無力」
カインは水の刃を軽くいなす。
ルナ「みんなを傷つける人は嫌い」
ルナは剣先をカインに向ける。カインの周りを水が漂う。
カイン「ボクを捕らえるか。けど浅はかだ」
カインは嘲笑うかのように組み上げられた鉄骨を軽やかに駆け回る。
ゲルマは両目から赤い閃光を放った。鉄骨は切断され足場が崩れる。
カイン「!?」
ゲルマ「これが男の熱視線――ヒートレーザー!」
ルナ「ゲルマ!」
サリー「ゲルマ、いつからいたんだ?」
恭夜「ずっといただろ」
カイン「やってくれる」
サリー「だが、これでちょこまかと動くことは出来なくなったな」
カイン「キミが無力なのは変わりない」
ルナ「サリーを守る!」
ルナはサリーの前に立つ。
カイン「乙女の刃、破砕する!」
ゲルマが二人の間に割って入るように走り出す。
恭夜「――おい!ゲルマ、どうする気だ?」
ゲルマから鈍い音が響き渡る。
カイン「何だ?この剣から伝わる感覚は?」
ルナ「ゲルマ?」
ゲルマ「一つ、一つあなたにお聞きしたい」
カインは目を合わせようとしない。ルナは水がゲルマに飛ぶことを避けるため数歩下がった。
ゲルマ「ゲルマという人物を知っているだろうか?」
カイン「今は答えることは出来ない」
ゲルマ「今?」
カイン「いづれ――」
サリー「隙あり!」
ルナの影から飛び出す。
ゲルマ「待て!」
カイン「フン!」
カインは難なく回避した。
カイン「時間をかけすぎてしまったようだ」
ゲルマ「待ってくれ!カインは何者だ?」
カイン「今日の夜、待っている」
カインは颯爽と去って行く。後に残ったのはほのかに漂うレモンの香りだった。
フェリックス邸に戻った頃には時刻は九時になっていた。ゲルマは部屋に籠ってしまったが、他の者達は席に座っている。
隆太「もう!皆さん遅いです!何時だと思ってるんですか!」
あかり「もういいじゃん。みんな揃ったんだから」
隆太「そういう問題じゃないよ。兄さんは浮浪者みたいに服がボロボロだし、サリーさんは傷だらけだし」
恭夜「誰が浮浪者だ」
サリー「傷は大丈夫なのか?」
恭夜「もう治った」
シェリーヌ「お二方の手当てを致しましたが、唯城様の傷はかすり傷程度しかございませんでした」
サリーは不安げな表情で恭夜の顔に残っている傷跡を指でなぞる。
あかり「ゲルマお兄ちゃんはまたお出かけ?」
ルナ「ううん。部屋に籠ってる」
隆太「何かあったんですか?なんかいつものゲルマさんじゃないような気がしました」
あかり「故障しちゃったのかな?」
恭夜「大丈夫だよ。すぐにひょっこり顔を出すから」
サリー「あかりには優しいんだな。このロリコン」
恭夜「まだ根に持ってんのかよ」
シェリーヌ「後ほど様子をお伺い致します」