ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
一同はフェリーに乗り込む。再びの船旅だ。荒波が右に左に大きく揺さぶる。サリーは船酔いで吐瀉物を放流した。
二時間でフランスの港であるカレーに到着し、そしてカレーからバスでパリへ降り立った。
シェリーヌ「ここがフランスのパリでございます」
恭夜「ここって来たことあったっけ?」
サリー「二年前のことも覚えてないのか?」
ゲルマ「夫婦の昔話が始まったようだ」
あかり「ゲルマお兄ちゃん、邪魔しちゃ駄目だよ」
ルナ「……」
隆太「ルナさん?」
恭夜「思い出しくないだけ」
サリー「フェリーから落ちて溺れたからか?」
恭夜「サリーが船酔いにならなかったら落ちなかった」
サリー「船酔いは関係ないだろ」
ゲルマ「そこのアベック、喧嘩はよしたまえ」
あかり「隆太お兄ちゃん、アベックって何?」
隆太「知らないよ」
シェリーヌ「会話から察するとすれば恋人に近いのでしょうか?」
あかり「それじゃあ夫婦から恋人になっちゃうよ」
シェリーヌ「愛の形は一つではありませんよ」
隆太「うーん、僕にはまだ早かったようです」
ゲルマ「御婦人は愛の伝道師のようだ」
シェリーヌ「オホホホ、ゲルマ様はお言葉が上手なのですね」
ルナは辺りを一望し刀を抱き締めた。
広大な土地に真新しく荘厳な建築物が現れた。一際目を引くその建造物はもはや人が住むというレベルではない。一つの町を歩いている気分にさせた。
あかり「おっきー家だね」
隆太「うん。お金持ちなんだよ、きっと」
シェリーヌ「こちらは
サリー「フェリックス・ボロゾフ?」
恭夜「ルナ?」
ルナ「私、ここに――」
ゲルマ「グオォォォ!何なのだ!この存在感は!」
ゲルマが大袈裟に驚いているのはとてつもなく異質で、建築物の風景に馴染まない銅像が立っていたからである。
あかり「馬に股がっている人って誰?」
シェリーヌ「馬ではなくロバでございます」
隆太「確かナポリタンとか言うフランクな英雄ですよね?」
恭夜「旨そうな名前」
サリー「この像は確かにフランクだな」
ルナ「ふふふ」
隆太はルナの笑顔に少し安堵した。
ゲルマ「両手でハートを作っているな。さぞかしここの家主はフランクな人柄なのだろう」
シェリーヌ「ボロゾフ様はフランスの英雄ナポレオンに心酔しているのでございます」
恭夜「むしろ侮辱しているの間違いじゃ……」
サリーは前衛的な扉を食い入るように眺めている。
サリー「この扉は閉じている状態で天秤の模様になるのか」
隆太「そのボロ
恭夜「ボロ草履?」
シェリーヌ「ボロゾフ様は国際弁護士をしております。故に世界中を飛び回っているのでございます」
あかり「凄いんだね。ボロ
ゲルマ「尻拭いならお手の物」
隆太「そう。このボロ雑巾ならね、ってコラッ!」
恭夜「コマーシャルみたいだな」
サリー「人の名前で遊ぶな」
ルナ「ふふふ、面白い」
シェリーヌはルナの笑顔を見て母親が見せるような安堵した表情を見せた。
六人は来賓の間に案内される。豪華絢爛な家具や装飾品が一堂に会している。あかりと隆太は華やかな光景に目を輝かせた。
あかり「中も広いね」
ゲルマ「サッカーが出来そうだ」
恭夜「そうだな」
ゲルマ「いっちょやってみっか」
頭を外すゲルマ。
恭夜「嘘に決まってるだろ!すぐ戻せ!」
隆太「暖炉もあるんですね」
ルナ「それ違う」
サリー「うん?これは……テレビ?」
あかり「なんかシュールだね」
ルナ「サリー、あれ見て」
サリー「――あの絵は!?」
隆太「ルナさんはあの絵が好きなんですか?」
ルナ「うん!」
サリー「こんなことが……偶然なのか?」
ゲルマ「あの絵に描かれているのは女神。不思議だ。初めて見た気がしない」
シェリーヌ「お待たせ致しました、皆様方。ハーブティーでございます」
あかり「ずっと気になってたんですけど」
隆太「スーツを着たサングラスの人達って」
恭(正門にもいたけど)ズズッ
サ(警備員だろうな)ズズッ
ゲルマに耳打ちするルナ。
ゲルマ「ゴリラみたい」
サリー「――ブッッッ!」
恭夜「――ゲホッ!ゲホッ!」
シェリーヌ「聞き捨てなりませんね。ずっと気になっていたんですけどスーツを着たサングラスの人達ってゴリラみたいとは。お嬢様?」
ルナ「ふふふ。ごめんなさい」
隆太は平謝りするルナを見てニヤけている。
あかり「もう!ゲルマお兄ちゃんも謝って!」
ゲルマ「失敬、失敬」
恭夜「は、鼻からハーブティーが……」
サリー「おのれぇ……」
シェリーヌ「皆様をここにお招き致しましたのは感謝のお言葉を申し上げたかったからでございます」
隆太「何か感謝されるような事ってしました?」
あかり「えーなんだろう?」
ゲルマ「拙者はリードに繋がれてる犬を見かけたら野生に帰すようにしているでござる」
恭夜「野生に帰される犬の身になれ」
サリー「私なんて喧嘩を売った相手の服を血まみれにしてやったぞ。はっはっは!」
恭夜「やられてるじゃねぇか」
ルナ「私は子供料金で電車に乗ろうとしたら駅員さんに罪を着せられた」
隆太「上手いですね。キセルだけに!」
あかり「何で駅員さんが悪者扱いされてるの?」
シェリーヌ「オホホホ、皆様は仲がよろしいのですね。ワタクシはお嬢様がお一人で寂しい思いをなされているのではないかと心配で――ですが、それは杞憂だったようです」
ルナ「私はみんなが好き」
シェリーヌ「それは喜ばしゅうございます。皆様には感謝をしてもしきれません。どうかこれからも――」
サリー「何か勘違いをされている」
シェリーヌ「はい?」
あかり「ルナお姉ちゃんは天然で何考えてるかわかんないけど」
隆太「いつも優しい笑顔と気遣いで癒してくれます」
ゲルマ「もはや友達などという生半可な繋がりではない」
恭夜「俺達、家族ですから」
シェリーヌ「まあ!……オホホ、そうでございましたか。これは過ぎたことを申し上げました。ワタクシから出来ることは少ないですが今日はお泊まりになって下さい」
サリー「そこまでして頂く必要は――」
シェリーヌ「これは感謝の気持ちでございます。ご主人様も当分お帰りにはなりませんので」
あかり「他に泊まるとこもないよね」
隆太「今から探すのは厳しいと思います」
ルナ「恭夜は?」
恭夜「せっかくだから甘えちゃおうか?」
ゲルマ「つかぬことをお聞きするが」
シェリーヌ「どのような用件でございましょう」
ゲルマ「ガソリンはあるだろうか?いや、ハイオクでも――」
シェリーヌ「ガソリンでよろしければ直ぐにご用意致します」
恭夜とサリーは顔を見合せ怪訝な表情をしている。ゲルマは満面の笑顔を見せつけた。
夜もふけた頃、ルナと恭夜は女神が描かれた絵画を見上げていた。
恭夜「この絵、どこかで見たような気がするんだよなぁ」
ルナ「恭夜、知ってるの?」
恭夜「う~ん、思い出せん」
ルナ「ふふふ。ゲルマみたい」
サリー「まだ起きているのか。あかりと隆太はもう寝たぞ」
恭夜「サリーが好きな絵ってさぁ、この絵だっけ?」
ルナ「サリーも?」
サリー「え?あ、ああ……」
ふと恭夜はサリーとルナの共通する部分が多い事に気づいたが、話がややこしくなりそうだったので話題にはしなかった。
ルナ「私、恭夜の女神になりたい」
サリー「人の言葉を盗むな」
恭夜「……四年ぐらい前かな?サリーと一緒に見たのって」
サリー「今さら思い出したのか」
恭夜「俺、絵に興味ないし」
サリー「この女神は圧政に苦しむ民衆を救おうと導いているんだ」
何度も聞かされた話なのだろう。恭夜は退屈そうに頭を掻く。
ルナ「右手は自由を表現し、左手は平和を象徴する」
恭夜「ルナも詳しいんだ」
サリー「自由と平和を愛する女神は民衆を解放するため先導者になった」
ルナ「民衆は抗い革命を起こした。そして打倒した」
サリー「民衆は自ら手にした自由と平和を謳歌した。ところが人間にとって余りある自由は民衆を狂わせた」
ルナ「見境のない自由は他の人々の自由を奪い、いつしか平和は打ち砕かれた。そして矛先は女神に向けられる」
サリー、ルナ「混沌に染まった民衆は女神の両腕を切り落とす」
恭夜「何度聞いてもおぞましいな」
シェリーヌ「女神は悲しみの余り人間を見捨て天界へ帰ってしまったという」
恭夜「!?……すみません。起こしちゃいました?」
シェリーヌ「そんなに気を遣われなくてもよろしいのに。ただ、興味深い会話をなされていたので」
サリー「ボロゾフ氏もこの絵に興味を?」
シェリーヌ「どうでしょうか。ボロゾフ様は絵には興味を抱かれたご様子はありませんでしたので、インテリアの一部として飾られたのではないでしょうか?」
恭夜「にしても変な絵だよなぁ。両腕が見切れてるなんて」
シェリーヌ「噂によればこの絵は三枚から成る作品だと言われているようです」
サリー「三枚もあるのか?では残り二枚は女神の両腕にあたるのか?」
シェリーヌ「そういった想像を働かせるのも芸術の醍醐味なのでしょう」
ルナ「恭夜はこの絵、好き?」
サリー「聞くだけ無駄だと思うが」
恭夜「嫌いではないけど」
シェリーヌ「男性に美的センスを問うのはナンセンス、でしょうか。オホホホ」
サリー「つかみどころのない方だ」
ルナ「サリーはつかめるよ」
サリー「私の髪はつかむものではない!」
恭夜「みんな良いセンスしてるよ」