「奉先さん、あれがエ・ランテルですよ」
アルシェがそういって指をさす。フォーサイトとともにエ・ランテルへたどり着いた呂布。いまは城門で順番待ちをしている。
カッツェ平野からここまで数日。道中で遭遇したモンスターはフォーサイトが退治してきた。特に先の戦で活躍できなかったアルシェの奮闘はすさまじかった。第三位階魔法を連発し、ゴブリン・オークの集団を追っ払う。呂布は武勇には優れているが、魔法は使えない。ゆえにアルシェの活躍には純粋に賞賛を送った。
だが最強を自負している呂布には面白くなかった。戦で自らの武勇を振るう、それこそが鬼神の道であった。
城門で待っているあいだ、自慢の力を振るえずピリピリしている呂布。フォーサイトはそんな呂布から少し離れて今後の行動を話し合っていた。
「呂布さんに常識を教えろって言われたけどよ。具体的になにすりゃいいんだ?」
「とりあえず周辺地理とか冒険者については教えたけど……」
「うむ。冒険者として仕事をすれば、呂布殿も常識が身に付くのではないか」
カッツェ平野でロジャーから常識を教えろと頼まれた彼らは、道中いろいろなことを呂布へ教えた。国の名前や貨幣についても知らないのは驚いたが、アンデッドの仲間とおぼしき存在なので、そういうものかと理解していた。
実力については申し分ない。近接武器なら一通り使えることも分かったし、弓も扱えるのかと思ってイミーナの持っていたものを貸した。男でも満足に引けるか分からないほど強く張られた弓だ。それでも呂布はいとも簡単に操った。
ただ魔法については知らないことが多いみたいなので、アルシェが教えることになった。教えるといっても知識だけだ。アルシェのタレントで見たところ、呂布には魔法の才能は無いみたいだった。まあ、もし呂布にもアルシェを上回るほどの魔法の才能があれば、彼らは匙を投げただろう。武術、魔法に精通している英雄などに教えるのはおこがましいと辞退したかもしれない。
とりあえず呂布を冒険者組合に登録して、そのあといくつか依頼を受けたら帝国に戻ると決めたフォーサイト。そのように話しているときに呂布とあいだが開いてしまったのでその隙間を詰める。
呂布は目立っていた。前に並んでいる者も振り返ってみるほどだった。しかし絡まれるのを恐れてか、だれも目を合わそうとはしなかった。そうしているとやっと順番が回ってきたようだ。
「よし、次の者!! っておぉ!」
門番の兵士は呂布の巨体で驚いた。呂布の睨みつけるような目がその兵士を射抜く。不機嫌なためか、その視線に力でもあるのかと思うほどだった。
「ひいぃ!」
門番は悲鳴を上げる。それを憐れんでか、ヘッケランが代表して門番に話しかけた。
「俺たちはワーカーだ。ほい、これが通行料」
ヘッケランはそう言って懐から小さな革袋を出す。金属のこすれる音が聞こえたので中には硬貨が入っているのだろう。それを受け取った兵士は、中身を確認する間も惜しいとばかりに彼らを通した。よっぽど呂布から離れたかったのだろう。
城門を抜けて、大通りを歩く。そこで道行く人たちがぼそぼそと話をしていた。
「ねえ、あれってモモン様かしら?」
「背丈は似ているけど、なんか雰囲気が違うんじゃない」
フォーサイトがはじめ呂布を見て抱いていた感想と同じだった。はじめは有名な『漆黒』かとも思ったが話をしているとどうにも違うようだった。ただ、見知らぬひとから見たら間違えるのも無理はない。漆黒の鎧に立派な巨躯。手にした得物はグレートソードではないが、それでも見るからに重そうなものだった。そしてこれだけ有名であるにも関わらず、漆黒のモモンの素顔を見た者はほとんどいないらしい。
ある者は彼を南方出身と言ったり、亡国の王子だという者もいる。連れている“美姫”ナーベも含めて謎が多い冒険者だった。
「おい、お前たち」
呂布がフォーサイトへ向き直る。彼らは反射的に背筋を伸ばす。
「さっきから聞こえてくる、そのモモンという奴は俺に似ているのか?」
それだけ注目され、そして話されていたら気になるのだろう。呂布はヘッケランへ聞いた。
「まあ、自分たちも直接見たことはありませんが特徴はけっこう被ってますね」
「ふむ」
その言葉で考え込む呂布。そしてゆっくりと口を開いた。
「……そいつは強いのか?」
武を求める呂布にとって、興味があるのはその一点だった。答えに窮したのはヘッケラン。ここでモモンを強いと言えば、呂布が彼に挑むのは自明だった。お互いの了承の上での決闘ならまだいいが、そんなこと考えずに行動しそうだと思っていた。
実際には呂布もそこまで頭が悪いわけではないが、数日いっしょにいただけのヘッケランは気づかない。
エ・ランテルで人気のあるアダマンタイト級冒険者と敵対するのは避けたい。これからワーカーとして活動するのにも支障がでてしまう。そう思ったヘッケランは直接の表現をさけることにした。
「モモンさんはアダマンタイト級冒険者です。功績としてはエ・ランテル墓地での騒乱を鎮圧、そして吸血鬼の討伐でしょうか。最近ではエ・ランテル郊外に現れたギガントバジリスクを討伐したことが有名ですね」
「ほう」
呂布は興味深そうにそうつぶやく。フォーサイトは呂布の考えを推し量ろうとしている。
だがそのとき、大通りの喧騒を打ち消すかのような鐘が鳴り響いた。何事かと皆が動揺するなか、馬に乗った急使が大通りを一直線にかけ走ってくる。通りを歩いていた人たちは、あわてて道の端に寄った。急使はフォーサイトたちのそばを駆け抜ける。
「きゃあっ!!」
急使が猛烈な勢いでそばを駆けたためか、アルシェは身体がぐらついてしまった。転んでしまいそうなところだったが、呂布がアルシェのローブを掴み、引き寄せたことでなんとか持ちこたえた。アルシェは顔を上げて呂布を見る。強い日差しのためだろうか。アルシェのその頬は若干赤くなっていた。
(なにドキドキしてるの私はっ。いいえ。あんまりこういう人と接する機会がないから緊張しているだけ。うん、そう)
呂布のゴツゴツした手を感じ、少し頼もしいかな、と思ったアルシェ。アルシェが貴族としてパーティーに出るとき、たいてい会うのは運動不足の貴族の息子たちだった。もっとも最近は父親が他の貴族から見放されており、そんなパーティーに出席することもなくなったが。
アルシェを掴んでいたその手がパッと離される。
「大丈夫だったか」
「あっ……その……どうも。……どうも」
アルシェは思わず挙動不審な対応をしてしまう。呂布はそれに気づいていないのか、さっきの急使へと顔を向ける。それが中央広場へと向かっていくのが見えた。そこはエ・ランテルで最も大きくにぎやかな場所。同時にこの街で重要な役割を持つ冒険者組合もそこにあった。
「なんなのでしょう?」
ヘッケランは装備についた砂ぼこりを払いながら疑問を浮かべた。街の人たちも突然のことに驚いているようだった。
「ずいぶん慌てていたな。ただ事ではないのだろう」
「向かったのは冒険者組合か。俺たちもそこへ向かいましょう」
急ぎ足で彼らは冒険者組合へ向かった。
そのころ、冒険者組合の組合長プルトン・アインザックは頭を抱えていた。
それは呂布たちもさっき見た急使からもたらされた報告。『エ・ランテル近郊にてギガントバジリスクを発見』。それが原因だった。
「くそ! ひと月前にも現れたモンスターがまた出てきたのか!? しかもいま、モモン君が王都に行って不在のときに。――どうすれば……」
ギガントバジリスクを倒すには、オリハルコン級の実力があるのが望ましい。しかし、いまのエ・ランテルにはミスリル級までしかいない。前はモモンがいたからなんとかなった。
しかし、いまモモンは王都へいる。彼が王都を襲った難度200を超えるとされる大悪魔、ヤルダバオトと一騎打ちの末、追い払ったことがアインザックにも伝わっていた。その報が伝わったとき、アインザックは胸が躍るような気持ちだった。エ・ランテル出身の者が王都で活躍し、王国を代表する冒険者に育ったことは誇るべきことだった。モモンが英雄になる。それはすばらしいことだと分かっていたが一方、遠い存在となりさびしくもあった。
それに冒険者組合も組織だ。それぞれの都市ごとで対立とまではいかないが競い合っている部分はある。王都は既に蒼の薔薇、朱の雫の二つのアダマンタイト級冒険者パーティーが所属する。他にもオリハルコン級が何人もいる。もちろんアインザックはモモンがその枠に入らないほど偉大な人物だと評価しているが、まわりや他の都市の組合長からはひとつの駒として見られるだろう。
優秀な冒険者が少ないと、組合長同士の会合でも発言力が小さくなる。そのため、冒険者の育成に力をいれているがまだ芽はでていない。……だれか優秀そうな者はいないのか。そう毎日考えているアインザックだった。
まあ、今は目の前の問題を解決しよう、と彼は思った。
「はあ。とりあえず一階へ行ってみるか」
彼はそう言って、いつもより重く感じる扉を開いて出ていった。
冒険者組合の門をくぐった呂布たち。なかは喧噪で割れそうなほどだった。重装備の冒険者たちの熱気がいつも以上に室内を熱くしている。事情を探るため、喧騒に負けないようヘッケランはやや叫び気味で一人の冒険者を捕まえて話を聞く。その冒険者は振り返り答えた。その首には金のプレートがついている。
「さっきの急使をみただろう。どうやらこの近くに強力なモンスターが現れたらしい。いま、どのパーティーが行くかで争っているんだ」
彼は手短にそういうと人混みの中へと消えていった。
「強力なモンスター、ですか」
アルシェはそう言いながら手にもった杖を強く握る。他の者も険しい顔をする。数日前の
そのとき、うるさかった喧噪が止んだ。顔を上げると他の冒険者たちは階段へと目を向けた。そこに立っていたのは、歴戦の強者らしい雰囲気を漂わせている厳めしい顔をした男。それはこの街の冒険者組合長プルトン・アインザック。
居並ぶ冒険者たちを一瞥。
そして一度息を大きく吐き、気持ちを落ち着かせる。それは気が高まっていたこの場を落ち着かせるのに十分だった。
そして彼は、みなの注目を浴びながら重い口を開いた。
「まずは、さきほどの急使について知らせよう。……このエ・ランテル近くにギガントバジリスクが出没した」
「なっ!!」
冒険者たちの空気が変わった。それまでの熱気が嘘のように、彼らのあいだを冷たい風が通り抜ける。いや、実際には風は通っていない。だがそう思わせるには十分な衝撃だった。
「ウソだろ……」
「勝てるわけねえ、誰だよいい報酬がもらえるって言ったやつは」
冒険者のあいだで流れた噂は、だれかが勝手に想像して流したものだろう。お祭り気分が一転。室内は静まり返った。それも仕方ない。石化の魔眼、猛毒の体液を持つギガントバジリスクとまともに戦えるのは、最低でもミスリル級からなのだから。それ以下のランクの者では、近づくことすらままならないだろう。余計な犠牲者が出るだけだ。
アインザックもこうなることを予想していたが、やはりじっさい目にすると落胆した。この場にはミスリル級パーティーが二つ。この戦力では撃退するだけでも半分以上の死傷者が出るかもしれない。城門を閉じ、応援が来るまで耐えるという選択肢もあったが、経済的な損失は大きいため現実的ではない。
(どうすれば……)
アインザックはこの街の守護者の一人として悩んでいた。冒険者組合の総力を結集し、魔術師組合に助力を請えばなんとかなるかもしれないと考える。しかしそれでは冒険者組合のメンツが潰れる。軽々しく判断できなかった。
アインザックは顔を上げ、冒険者たちの顔を見渡す。不安、恐怖、期待、誇り。それらが入り混じった光景だった。
その視線が入り口の方へ向いた。
「ん?」
そこには、いままで気づかなかったのが不思議なくらい目立つ大男と、見覚えのある者たちがいた。
(あれはフォーサイト!! 彼らの実力は聞いている。ワーカーでありながら、オリハルコン級に匹敵すると。彼らがいれば……)
と思ったとき、となりの大男をみてアインザックに動揺が走った。
(っ! あの大男はなんだ!? 不思議な感じだ。なぜか彼ならどんな困難でも乗り越えられそうな、モモン君に似た強者の雰囲気を感じさせる……)
アインザックの動揺を感じ取った冒険者たちが彼の視線の先。フォーサイトを見る。低ランクの者たちは不思議そうな顔をするが、彼らを知っている者からはどよめきが上がっていた。冒険者として情報の大切さを知っている者たちだ。
それらを打ち消すよう、アインザックの大声が響いた。
「ミスリル級の者たち!! それと入り口にいる君たち。二階へ来てくれ!! 他の者たちは街へ出て、別命あるまで待機」
アインザックの気迫はふれる宣言に、即座に動く冒険者たち。呼ばれた冒険者は階段を上がり、それ以外の者たちはぞろぞろと出ていく。
「わたしたちも行かなきゃっ」
「ふっ。あの男、いい眼をしている」
呂布たちも二階へとあがっていく。
冒険者組合の二階に設けられた一室。二十人ほどが入れるほどの大きさだ。そこにさっき呼ばれた者たちが集結していた。
「君たちフォーサイトにもぜひとも協力して欲しい。報酬は通常の依頼よりも弾むことを約束する」
上座に座っているアインザックが頼み込む。しかし、フォーサイトからの返事は渋いものだった。
「実は俺たちも依頼を終えたばかりで……」
「武具の整備もまだしてない。物資もそう」
彼らフォーサイトからしてもギガントバジリスクは強敵だった。はいそうですかと、簡単に受けれるものではない。室内に重い沈黙が満ちる。
冒険者たちは睨むような目でフォーサイトを見る。「街のために動くべきだろ」と口から出そうになるが、心の内に抑え込む。そんなことを言えば「ワーカーに頼らねばやっていけぬとは、この街の冒険者は無能なのか」と恥をさらすことになる。彼らのトップであるアインザックが頭を下げて、フォーサイトに頼んでいるのだ。いまは任せるしかない。
そう決心しているが悔しさに拳を握りしめる。静まり返った部屋に小刻みな金属音がかすかに響く。そのとき、その空気を打ち破るかのような力強い声が発せられた。
「お前たち! なにをつまらんことを言っている」
部屋の最も入り口に近いところに一人、ポツンと座っていた呂布がそう言った。そして仰々しく立ち上がる。
「そのモンスターは強敵なのだろう。ならばやることは一つ。完膚なきまでに叩き潰すのみ。
……それにモモンという奴もそいつを倒したのだろう?」
呂布の発言に衝撃を受けた一同。いっしょにいたフォーサイトも驚いていた。そのなかではやく立ち直ったのはアインザックだ。
「たしかにモモン君はひと月前に討伐した……。君もそれが可能だというのか?」
「ああ」
呂布は当然かのように返事をする。それを受け、逡巡するアインザックは大きな決断を下した。
「では……頼めるか?」
その言葉に、フォーサイト、冒険者たちも驚愕した。いま会ったばかりの、それも実力も未知数の者に頼むことではない。しかしアインザックには確信に似た何かを深く感じ取っていた。
「いいだろう」
呂布は機嫌の良さが分かるほど、その依頼を快く引き受けた。弱き者から力を請われる。それは呂布が、久方ぶりに感じる心地よさだった。