「う……ん」
目を開けると、そこには見たことのない天井があった。家でも、寮のベッドの上でもない。
ここはどこだろう?
そう思ってむくりと体を起こすと、柔らかい雰囲気の女性がパタパタと近づいてきた。
「ああ、起きましたかミス・ディゴリー。」
「ここは?」
「保健室です。私は校医のマダム・ポンフリー。あなたは意識を失ってここへ運ばれてきたのですよ。今は11月1日の午後3時です。」
ああ…思い出してきた。
ハリーとロンと、ハーマイオニーを助けにいった。地下のトイレにトロールがいて、ハーマイオニーを助けなきゃと思って、ハリーとロンがトロールに木片を投げつけている隙にハーマイオニーの元へ駆け寄った。でもトロールがこちらを向いて、あたしの側にはハーマイオニーがいて、あたしは…指輪を…はずして…??
指輪を外した、そこまでは思い出せたんだけど、それからの記憶がない。
ふと左手を見ると、小指にきちんと指輪がはめられていた。うーん、外したはずなんだけど、そのあとどうしたんだっけ…?
「マダム・ポンフリー。あたしはどうして意識を失ったんですか?」
「校長先生に失神魔法をかけられたからよ。まあその様子だと大丈夫そうですね。校長先生がお呼びですから、そのまま校長室にお行きなさい。杖はそこ、お水を飲んで、はい。行ってらっしゃい。もう無理はしないように。」
マダム・ポンフリーは多くを教えてはくれなかったけど、あたしは素直に言うことに従った。校長室への行き方も教えてもらったので、案外簡単にたどり着くことができた。
目の前には、大きなガーゴイル。
そう言えば、手紙になんか書いてあったな…。
「蛙チョコレート?」
あたしが小声でそういうと、ガーゴイルは道を開けてくれた。階段を登りドアをノックすると、中からどうぞ、という声がした。
ドアを開けると、なぜかマクゴナガル先生とスネイプ先生もいた。奥にいたダンブルドア先生が、にこやかにあたしに声をかける。
「おお、起きたかの、アリス・ディゴリー。気分はどうかね?」
「大丈夫です、先生。それで、あの…あたし…」
何て言えばいいんだろう。あたしは何をしましたか?指輪を外したあたしはどうなりましたか?
次に続く言葉を考えていると、今度はスネイプ先生が口を開いた。
「ミス・ディゴリー。指輪を外した後の記憶はないのかね?」
「あ、はい。指輪を外したことは覚えてるんですが…。あ、あの、すみません…指輪を外してしまって…。」
あたしはスネイプ先生がちょっと怖いので、どうしても言葉が尻すぼみになってしまう。
続いてマクゴナガル先生が、ダンブルドア先生に向かい口を開いた。
「あれだけの魔力を見せたとはいえ、アルバス、彼女はまだ11歳です。コントロールすることができないのは当然ではないですか?何より、指輪をつけている彼女からは大きな魔力は感じません。」
「ふむ。アリス、指輪をつけている状態では魔法は使えるのかね?」
「あ、はい。ちょっと時間がかかりますけど、簡単な魔法なら。」
「なら普段の学校生活では問題ないじゃろう。むしろ授業では優秀なようじゃしの。」
そう言ってダンブルドア先生はあたしにウィンクすると、他の二人の先生を退室させた。手招きされテーブルの前のソファに腰かけると、ダンブルドア先生が杖を振り、テーブルに紅茶のポットとサンドウィッチ、カボチャジュースが現れた。
「君の身に起こったことを話したいのじゃが、お腹がすいているのではないかね?さあさあ、食べながらこの老人の話を聞いてくだされ。」
にこやかにサンドウィッチを勧められ、あたしは内心ほっとしながらそれらを手にした。
あたしが食べ始めるのを見てから、先生が口を開く。
「さて…アリス。君は昨夜、指輪を外した後、魔力を暴発させ、トロールを倒した。」
「んぐっ?!」
ごほごほとサンドウィッチを喉につまらせる。トロールを倒した?そこまであたしの魔力、強かったの?
「せ、先生、ハーマイオニーやハリーとロンは?!」
「ああ、無事じゃよ。トロールの他に傷ついた者は一人もおらん。」
「よかったあ…。」
「ミス・グレンジャーたちの証言によると、君は最初、花と鳥を杖から出し、それらを使ってトロールを襲ったようじゃの。それ以後、物に触れれば爆発を起こす花を出現させ、さらにはスネイプ先生に杖を奪われたあとも魔法を使っていたようじゃの。これらに心当たりは?特に、君のカメラアイという能力には、何か記憶は残っていないかの?」
「うーん…すみません、覚えていないみたいです。」
オーキデウス(花よ)、エイビス(鳥よ)、それにオパグノ(襲え)は、恐らくお兄ちゃんの教科書や図書館で読んだ本に書いてあったのだろう。それらは今でも思い出せるけど、トロールを襲ったというあたしの記憶は、全く残っていなかった。
「ふむ…やはりか。」
ダンブルドア先生が何やら考えている。
「どうやら、君のカメラアイという能力は、指輪を付けている弊害として生まれたようじゃの。恐らく、指輪をつけ押さえ付けられた君の魔力が、そのようなマグルの能力として出現したんじゃろう。」
「先生、あたしこの能力、嫌なんです。」
ポツリとあたしは本心を漏らした。
覚えていたくないことも覚えていた。安らかに眠るおばあちゃんの遺体も、恐ろしかった絵本の絵も、怪我をしてるお兄ちゃんも、ママの泣く顔も、パパの怒る顔も。便利ではあるし、魔力の少ないあたしを助けてくれるけど、でもあんまり好きじゃなかった。
涙が出てきそうになるのをこらえて、サンドウィッチにかぶりつく。
「指輪を外した時、君が魔力を自分で抑えることができれば、指輪を外していても暴発させることはないじゃろう。」
「本当ですか?指輪を外して、カメラアイをなくせますか?」
「ああ。訓練すればの。」
ダンブルドア先生はあたしに微笑みかける。
途端にあたしは明るさを取り戻した。
そうだ、訓練すればいいのだ。頑張って指輪を外せるよう努力して、そしたら、覚えていたくないことも忘れられる!
もぐもぐもぐっと、残った食べ物を片付けて、あたしは先生に向き直った。
「先生、あたし、訓練したいです!」
「ほほ、ではさっそく、課外授業を始めようかの。」
あたしは校長室の隣にある空き教室で、まずは杖無しで魔法を暴発させない訓練をした。
といっても、指輪を外すとやっぱり何も覚えていなくて、ダンブルドア先生にまた失神魔法を食らってしまったらしい。
「まあ、何度でもトライしてみることじゃの。」
そう言って、ダンブルドア先生は笑顔でチョコレートを差し出した。素直に受け取って口に含む。
「もぐもぐ…先生、魔法族の子は、みんな小さい頃は魔力を暴発させることがあるって聞いたんですけど、どうしてみんなは抑えられるんですか?」
「ふむ。君がそうできない理由には、その魔力が強すぎるということがあるようじゃの。通常は魔力を暴発させるといっても、怒ったときや泣いたときなど、感情が高ぶったときになるもんじゃ。君がコントロールすることのできないほど、君の魔力は強いということじゃ。まあ心配することはない。君はそれだけ、偉大になれるということじゃよ。」
冗談めかしてダンブルドア先生がそう言うので、あたしはちょっと笑ってしまった。
「さてさて、もう夕飯の時間じゃて、今日はここまでにしようかの。次回は来週の木曜日、夜8時にここの教室じゃ。」
「はい!ありがとうございました!」
大広間に向かう途中で、ハリーとロン、ハーマイオニーと会った。三人は何やら仲直りした様子で親しげだ。ハーマイオニーはあたしを見るなり、なんとダッシュで飛び付いてきた。
「ぐふっ」
「アリス!もう大丈夫なの?」
「ハーマイオニー、いまちょっとダメージが…」
そう言って笑いあったあと、ハーマイオニーは何か言いたそうにした。あ、あたしも言わなきゃ!
咄嗟に思い出した言葉を口にする。
「ハーマイオニー、ホームシックなの?」
「は?」
怪訝そうな顔をされてしまった。
「あ、違う。うーんと、ハーマイオニーが一緒にいてくれると嬉しいよ、あたし。」
「………っ私もよ!アリス、うるさいなんて言って、無視して、ごめんなさい!」
そう言ってハーマイオニーは抱きついてきた。
ああ、よかった。ハーマイオニーとまた一緒にいられるんだ。
安堵したあたしはハーマイオニーと手を繋いで、にこにこしながらハリーとロンの元へと駆け寄った。二人には心配されたけどあたしはすっかり元気になって、今までのことを報告しあいながら、四人で一緒に夕飯を食べた。
久しぶりにテンションが上がりすぎたあたしはたくさん喋って、たくさん食べた。
そりゃもう、
「アリスの体のどこにその量が入るのか、僕わかんないよ。」
「ああ、アリスこれでも小さいときからよく食べるぞー。身長には反映されないけど。」
「なのにどうして太らないのか不思議だわ。というかアリス、さっきもサンドウィッチ食べたんじゃなかった?」
と口々に言いたい放題言われるくらい。
久々に満腹になったあたしは眠くなり、偶然通りかかったパーシーにお説教を食らいつつ運んでもらった。寮では何故かジョージが怒っていた(「アリスを運ぶのは俺の仕事なんだぞ!」らしい)。
指輪を外して魔力を暴発させた。強い魔力をコントロールすることはまだできない。でもそれを気にしないくらい、あたしは幸せな気持ちだった。
なんとか明るい方向へ持ってきた!はず!
アリスとハーマイオニー、仲直りできました。よかったよかった。
今後しばらくは明るくいきます。