ある日の昼食後、アリスは一人で湖のほとりに座っていた。
ハーマイオニーとの和解はまだできていない。近頃は話しかけようと試むこともなくなった。
あたしはどうしたらいいんだろう。
どうしたらハーマイオニーはあたしを許してくれるんだろう。
そんなことをつらつらと考えていると、ふと背後から声をかけられた。
「お前、一人なのか?」
振り向くと、ドラコが立っていた。
「ドラコ。」
「お前が一人なんて珍しいな。ここ、いいか?」
そう言いながら、周りをきょろきょろとしつつドラコが隣に腰を下ろす。
「ドラコこそ、ゴイルとクラッブは?」
「まだ昼食を食ってる。あいつら最近、ホグワーツの料理でどんどん太ってるぞ。」
呆れた顔をしているドラコを見て、あたしはクスクスと笑ってしまった。
「あ、というかあたし、グリフィンドールなんですが。」
「ああ。まあ、いいだろ。お前は純血だし、周りには僕たちのことを見てる奴なんていないしな。それに、聞きたいことがあるんだ。」
「なあに?」
「マーガレットという名に心当たりは?」
「それ、この前クィレル先生にも聞かれたんだけど…。知らないよ。親族にもいない、そんな名前の人。」
「そうか。」
「変なの。みんなして、マーガレットマーガレットって。知らないっつーの。」
ドラコはあたしを見て、複雑そうな顔をしている。そういえば、ドラコとこんなに近くで話すの初めてだな。
ここは、常々やりたいと思っていたことをやるチャンス!
「あっおい、何するんだよ。やめろよ!」
「いいじゃん、減るもんじゃないでしょ!」
「汚い手で触るなよ!」
「へえ、減らしてもいいの?この髪。」
「はあ?!抜くなよ!やめろよ!」
そんなことを言い合いながら、あたしはドラコの金髪をいじらせていただいた。綺麗。あたしは結構濃いめの色の金だけど、ドラコはどちらかというと白に近い金だ。
肌も白いなあ。しかもきめ細やかで綺麗。男の子なのに、肌の悩みなんてないんだろうなあ。
そう思いながらドラコの頬っぺたも触らせていただく。ふにふに。ふにふに。あれ?さっきまで白かったのに赤くなってきたぞ?
ふと気づくと、あたしはドラコの真正面で、しかもかなり近い距離で、ドラコの頬を触ってしまっていた。思わずあたしも顔が赤くな…りはせず、いつの間にか黙ってしまっていたドラコのほっぺたをむにーっとつねった。
「いひゃい。やめろ。」
「かーわーいーいー。」
「かわっ…はあ?!」
「ドラコってさ、普段お高く止まってるしハリーたちと仲悪いしグリフィンドールのこと敵視してるけど、案外普通のかわいい男の子だね。」
「……。」
何やらジト目で睨まれた。嫌われると悲しいので頬をつねるのはやめにする。
「お前こそ、案外普通の奴だな。」
「え?」
「お前、成績いいし先生たちに好かれてるだろ。見てる限りだと至るところに友人がいるし、純血だ。いつもあのグレンジャーとかいう奴と一緒にいるのに、一人でこんなところにいることもあるんだな。」
「あー…それはまあ、ちょっと喧嘩しちゃって…。」
痛いところを突かれたあたしは顔をしかめる。途端にドラコは優位に立ったと判断したようで、ちょっと上から目線で手を差し出しこう言った。
「君は純血だしな。グリフィンドールだが、僕が友人になってやってもいいぞ。」
「あ、まだ友達じゃなかったんだ!」
そう笑いながら、でも嬉しく思った。たぶんドラコはあたしがハーマイオニーと喧嘩したことを知って、その穴を埋めようと考えてくれたのだろう。ハーマイオニーがいない心の穴はハーマイオニーでしか埋まらないけど、ドラコの気持ちは単純に嬉しかった。
ドラコの手を握ろうとした、その時。
「「アリスに何してるんだよ、マルフォイ!」」
息せききってあたしたちに割り込んできたのは、ハリーとロンだった。
「アリス、なんでこんな奴と一緒にいるんだ?僕たちと一緒に授業に行こうよ、ほら、立って。」
と、ハリーにせかされる。強引に立たされて、ドラコと距離を取らされたところで、ロンとドラコで何やら口論が始まった。
「ふん、英雄ポッターに、それに金魚の糞のウィーズリーか。」
「なんだと、マルフォイ!やるのか!」
「ああ、やってやろうじゃないか。今夜12時、決闘だ!僕の介添人はクラッブがやる。受けるか?」
「当たり前だ!ハリーの介添人は僕だぞ!」
んー、さっきまでドラコいい感じだったのにな。いつもの調子になっちゃった。でも深夜の決闘、あたしも見てみたい…
とか思ってると、約束を終えドラコが帰っていく。と、ハリーとロンがすごい剣幕であたしを睨んでこう言った。
「「アリスは、来るなよ。」」
「はあ?なんで!あたしも行く!」
「君を連れ出すとフレッドとジョージに怒られるんだよ。」
「それに君のお兄さんにも怒られそうだ。」
「いーきーたーいーーー!」
「はいはい、ほら、授業に行くよ。」
そう言って、あたしはズルズルと二人に引きずられていった。
結局あたしは二人に説得(お兄ちゃんに言いつけるぞっていう脅しも含む)され、その夜は大人しく眠ることにした。
『お父様から既にお聞き及びの通り、ミス・ディゴリーには課外授業を行います。最初の授業は、明日11月1日の夜20時からです。校長室前まで来るように。アルバス・ダンブルドア
追伸 わしは蛙チョコレートが好きじゃ』
ダンブルドアから課外授業のお達しが来た今日は、ハロウィーンだ!今日は朝から晩までかぼちゃ漬け。それに、今朝は久しぶりにお兄ちゃんに会えて、夕飯を一緒に食べることになった!久々に明るい気持ちで、あたしは妖精の魔法の授業に臨んでいた。
フリットウィック先生の今日の授業は、浮遊呪文だった。ハリーとロンが引き離されたため、余っていたあたしとハーマイオニーが、あたしとハリー、ハーマイオニーとロンで組むこととなった。
理論と、杖の振り、そして正しい詠唱。魔力を指先に込めて…
「浮いた!」
軽い羽だったから、魔力の弱いあたしでも、集中すれば成功する。すぐさまフリットウィック先生に褒められ、10点加点された。
「すごいや、アリス。僕全然できないよ。」
ハリーは諦め顔だ。
「ありがとう。じゃあちょっとやってみせて!」
「ウィンガーディアムレビオサ。」
羽はウンともスンともしない。
「理論と杖の振りはいいと思うよ。でも呪文の唱え方がちょっと違うかも。ウィンガー・ディアム・レビ・オーサって、ゆっくりしっかり唱えてみて!」
「わかった!」
とかあたしたちが言っているうちに、あちらではハーマイオニーとロンが口論をしている様子だった。あ、ハーマイオニーが呪文を成功させた。
「ウィンガーディアムレビオーサ!」
「わあ、ハリーすごい!」
「できたよ!アリス!!」
またこちらでは、ハリーが授業終了間際に成功させた。二人でハイタッチをして笑いあった後、ふと、険悪な雰囲気を醸しているロンたちに目を向ける。
「ハーマイオニーって、頭がいいのはわかるんだけどどうにも上から目線なんだよね…」とハリーがひそひそ。
「うーん、でもロンも子供っぽいところあるから、誉めて伸ばされたいとか思ってそうだよね…」とあたしもひそひそ。
それから授業終了までの5分間くらい、あたしとハリーはロンとハーマイオニーの関係改善についてひそひそと話し合ったが、見守るしかないという結論に至った。
チャイムと同時にあたしは席を立つ。
「じゃあね、ハリー!あたし今日はハッフルパフで夕飯食べるの!」
「お兄さんと食べるの?いいなあ。」
ハリーは心底羨まし顔だ。
お兄ちゃんと一緒にご飯が食べられる。今まであったこと、ハーマイオニーのこと、たくさん聞いてもらおう。そう意気込んでいたあたしは、一番にクラスを飛び出し大広間へと駆け出した。
お兄ちゃんと過ごすハロウィーンの夕飯は、とても楽しかった。ハッフルパフの先輩方に囲まれて、みんなあたしに話しかけてくれた。グリフィンドールのあたしだけど、ハッフルパフではみんな受け入れてくれる。
「あたし、ハッフルパフにすればよかったかなあ…。」とぽつりと漏らした。
料理の手が進むなか、さらりとお兄ちゃんから質問がなされた。
「それで、アリス。」
「ふご?」
「いや、そんなに口にいっぱい料理詰め込まなくても、料理はまだまだあるよ…。うん。それでさ、君は最近一人で寂しそうだっていうのを、風の噂で聞いたんだけど。」
「……。誰から?」
「僕はビルから聞いた。」
ついに来たか。お兄ちゃんが気づいているとは思わなかった。でもまあ、お兄ちゃんだし、あたしのことなんでもわかってるんだよな…。
意を決して、あたしはお兄ちゃんにハーマイオニーとのことについて話し始めた。
あの日図書館での出来事を境に、ハーマイオニーがあたしと話してくれなくなったこと。今まではハーマイオニーとずっと一緒にいたから、急に一人になってどうしたらいいかわからなくなったこと。友だちはたくさんできたけど、いつも一緒にいてくれて、ずっと一緒にいたいと思うのはハーマイオニーだけだということ。でも最近は、無理にハーマイオニーに話しかける努力もしなくなったこと。
うんうんとお兄ちゃんは話を聞いてくれた。ふと、口を開く。
「ハーマイオニーはマグル出身の子だろう?」
「うん。」
「ホームシックになってるのかもしれないね。ほら、マグル出身の子は今までこんな生活、想像すらもしたことないだろう?魔法に囲まれて、友達と一緒に学校生活を送るなんて、そんなこと。」
「そうかも。でもじゃああたし、どうしたらいいのかな?」
「うーん、それが難しいよね。」
うーんと二人で頭を傾げる。ガストンから、悩む仕草がそっくりだと囃された。
一緒にあたしの悩みについて考えてくれるから、お兄ちゃんは大好きだ。
「アリスは、ハーマイオニーと一緒にいたいんだろう?それはどうして?」
「うーんとね、ハーマイオニーは頭がいいし、あたしより機転がきくの。道もすぐ覚えちゃう!」
「ああ、うん…。アリス、カメラアイはあるけど鈍いもんね…。方向音痴だし。」
「それにね、ハーマイオニーは優しいし、お姉ちゃんができたみたいに頼りになるよ。あとね本の趣味がすごく合うの!マグルで有名なおとぎ話も聞かせてくれるし、あたしにないもの、たくさん持ってるよ!」
「それ、ハーマイオニーに言ってあげたら?」
ああ、そっか。ふいに目の前が明るくなる。
あたしと話さなくなってから、ハーマイオニーも一人だった。あたしはハーマイオニーに、どうして怒っているのか、あたしはどうしたらいいのか聞くばかりで、ハーマイオニーの気持ちを考えていなかった。あたしがどうしてハーマイオニーといたいのか、ハーマイオニーに伝えてなかった。
ハーマイオニーと話さなきゃ。
バターン!
「地下にトロールが…。お知らせしなくてはと…。」
突然大広間のドアが開いて、クィレル先生が青い顔でそう言ったあと倒れた。
トロール。
パニック状態で騒然となった大広間を、ダンブルドアが声を響かせ静まらせた。寮ごとにそれぞれの談話室へ移動することになる。
「アリス、グリフィンドールへ。気を付けるんだよ!」
「うん!」
お兄ちゃんから送り出され、あたしはグリフィンドールのテーブルへと走った。みんなの顔は青白い。そりゃそうか。知性こそないけどでっかくて、力も強いトロール。そんなのが、ホグワーツにいるなんて。
ハリーとロンを見つけたので二人の元へと近寄る。二人はあたしに気がついていないようで、慌てた状態で話し続けていた。
「ハーマイオニーがいない!」
「さっきパーバティーが、地下の女子トイレにいるって言ってたな。ひょっとして、トロールがいること知らないんじゃないか?」
さあっとあたしの顔が青くなるのがわかる。
ハーマイオニーが、いない?
「どうしてハーマイオニーがいないの?」
「「アリス!」」
移動しながら、慌ててハリーが弁明交えつつ説明してくれた。妖精の魔法の授業のあと、ロンが悪口をいうのを当の本人であるハーマイオニーが聞いていたこと。(あたしはロンに一発蹴りを食らわせた。)それにショックを受けたハーマイオニーが女子トイレに駆け込んだ。まだ戻ってきていない。
「助けなきゃ!」
「えっ待ってよ、アリス!ハリーも!」
「こっちだよ二人とも!」
気づけば、あたしたち三人はハーマイオニーを助けるべく、寮の列を抜け出して走り出していた。
「トロールだ…。」
地下に行くと、すぐさまトロールと出くわした。あちらはあたしたちに気がついていないようで、一室へと入っていく。
「あそこの鍵、閉めなきゃ!」
そう言って駆け出したロンに、あたしとハリーも続く。鍵を閉めほっとしたところで、中から悲鳴が聞こえてきた。
「「「ここ!女子トイレ!!」」」
鍵を開け、中へと入ると、そこにはハーマイオニーがトロールと相対していた。
《ハリー目線》
僕たちはドアを開け、ハーマイオニーを見つけた。僕の隣にいたアリスが、「ハーマイオニー!」と叫ぶ。
「こっちへ引き付けろ!」
とロンの指示で、僕とロンはそこらに散らばっていたドアの破片をトロールに投げつけた。すぐさまアリスが駆け出し、ハーマイオニーを引っ張る。
トロールは初め僕たちに気をとられ、二、三歩と僕たちの方へと歩みだした。しかし、すぐに振り向く。その目線の先には、ハーマイオニーと、アリスが。
「ハリーとロン、ハーマイオニーを連れて逃げて!」
アリスはそう叫ぶと、ハーマイオニーを隠すようにトロールに立ち向かった。
左手に手をやり、いつも付けていた指輪を、外す。
カラーン。指輪を床に落とした音。そして、一瞬の静寂の後、
ドカーン!!
部屋の中の、ドアやガラス、鏡などが一瞬にして破壊された。何が何だかわからない。ハーマイオニーはというと爆発音の中で身をすくめているが、無傷だ。
そしてアリスはというと、床にへたりこんでしまっていた。
「レビコーパス。」
アリスがハーマイオニーに杖を向け、何やら魔法を使った。爆発で目を白黒させているトロールを尻目に、ハーマイオニーが僕たちの方へと飛んできた。案外勢いがあって、三人同時に廊下へと吹っ飛ばされる。
その後、目を疑うようなことが起こった。
床にへたりこんだまま、顔をあげたアリス。その瞳はいつもの輝く藍色ではなく、光を失った紅い色をしていた。
頬は上気し、その顔はあろうことかトロールを見て微笑んでいる。しかもいつもの優しい微笑みではなく、今まで見たことのない、邪悪さを感じさせる微笑みだった。
「さあ、遊んであげるよ。」
そう高らかに宣言すると、アリスの杖からはいくつもの花と、小鳥が飛び出した。美しい魔法だった。いまだ壊れ続けている部屋の全ての破片が、いつの間にやらアリスの元へと集まっている。
そして。
杖をトロールに向けて、アリスが
「オパグノ。」
と発声した瞬間、全ての花と小鳥と破片が、トロールへとぶち当たった。
地を揺るがすようなトロールの怒声。
そして、トロールは血塗れで床へ倒れこんだ。
トロールを倒しても、アリスの変化は止まらなかった。顔に微笑みを張り付けたまま、いくつもの花を生み出す。生み出された花のうち、トロールに触れたものは小規模の爆発をしたあと消えていった。花は部屋の外へ、僕たちの方にも飛んでくる。ロンが杖先で触れるとやっぱり爆発をしたので、僕たちはさらに離れたところへと避難した。
「コントロールができていないんだわ…」
とハーマイオニーが呟く。
しばらくして、呆然としている僕たちの方に、先生方が駆けつけた。ダンブルドア校長もいる。マクゴナガル先生が驚きの声をあげた。
「アルバス…これは…」
「ふむ。すべてミス・ディゴリーの仕業かね?」
僕たちは無言で頷く。
「まずは杖を奪う必要がありそうじゃのう。」
そうダンブルドアが言うと、何やら足を引きずったスネイプが頷き、魔法をかけてアリスから杖を奪った。
でも、アリスは動じない。
花を生み出せなくなると、アリスは両手を広げ、床面を覆い尽くしていた全ての花を空中に集めた。バンバンと花がぶつかってなんども爆発を繰り返し、花びらが床へと散らばる。
両手をさらに広げ、次は部屋中のあらゆるものを破壊し始めた。トイレの便器。手洗い場。壁や床はめくれ上がり、天井はぼろぼろと剥がれ落ちた。
また、花びらや破片が宙に浮き、今度は部屋の中で台風が起こった。
ふいに、ダンブルドア先生が部屋に足を踏み入れ、杖をアリスに向けた。その瞳は悲しみの色をたたえていた。
ドサリ。
ダンブルドア先生の魔法で、ようやくアリスは意識を失った。
凄まじい光景だった。
部屋のすべてが破壊され、その破片と花びらは血まみれのトロールの上や周りに散らばっている。その奥で一人倒れているのは、傷ひとつ付いていない、美しく小さなアリス。
誰も、何も言えなかった。
やっちまった。指輪外しちまったぜ!
トイレであまり大規模なチートは見せられませんでしたが、アリスは杖を失っても魔力を暴発させるということがわかりました。
多少シリアス方面に持っていくかと、思ったでしょ?次から明るくしますよ!たぶん!