「それで、話って言うのはだなぁ。復讐ってのはあまりよろしくねぇって話よ。」
外へ出て、イグナシオさんは早速話を切り出してきた。その話は、結局いつもの話。
「……あなたもそれですか?」
「まあまあ待て。お前がそれを言われ飽きてる事はわかる。わかるから、今回話すのは昔話だ」
敵意をむき出しにする僕を、イグナシオさんは大げさに止める。そして、妙なことを言いだした。
昔話。昔話と言った。イグナシオさんの過去の話だろうか。
「おお、聞く気になったな? 何のことは無い。俺の昔の話だよ。俺も、復讐とやらをしたことがある。……そうさなぁ、これは、ざっと1万と1千年前の話。復讐する鬼の話よ」
俺は、忌み子だった。オーガの中でも珍しい、黒い肌で産まれた。
それだけでも珍しいのに、なんとまぁご立派な角まで生えていた。笑っちまうよな?肉体の強靱さが売りのオーガが、魔法まで扱えちまう。当然皆からは疎まれ、距離を置かれた。嫌がらせも往々にしてあった。子供のイタズラのような物だったから、気にすることも無かったわけだが。
さて、そんな忌み子の俺にも友は居た。つくづく変なヤツだと思うよ。こんな俺に付き合ってくれたヤツなんてな。
だが、大切なヤツだった。俺は別に孤独でも構わなかったのだが、まあ、友というのは良い物よなぁ。
その名は、ユグと言う。女性のオーガ。世話焼きの幼なじみだった。
俺は1匹、集落の外れに住んでいたが、ユグはよく俺の家にやって来ては家事を手伝ってくれた。
なぜわざわざ手伝いに来る?と聞くと、それが楽しいから。と答えた。彼女は本当に楽しそうで、それを見て俺も楽しくなったもんだ。
だがなぁ。忌み子に構う女なぞ、集落の者にとっては邪魔でしかなかったんだ。
ある日。本当に唐突なある日。ユグは、何物かに殺された。
いやいや、何物かなんてわかりきったことだ。集落のオーガだよ。
オーガってのはな、他種族が思うよりすごく臆病だ。他の種族から見れば文句なく強力な種族だが、その実魔法が使えないハンデに負い目を感じてる。だから俺を淘汰したし、魔法の使える俺に接触するユグを、許す道理は無かったのだ。
俺は……そうさな。激怒した。そう形容するしかないくらい激怒していた。気づいたのはその時だ。俺はユグの事を大切に思っていた。すごく。ものすごくな。
……俺は我を忘れていたよ。復讐しか頭に無くてなぁ。集落へ向かって、目についたオーガを全て殺した。
女も、子供も。……自分を捨てた、両親さえも。
殴って、潰して、殴られて、潰されて……。
そこで起きたのは凄惨な殺し合いだ。気づけば辺りは血の海。死体の山。
そこで気づいた。俺は何度も殴られた。俺は何度も潰された。なのに、この身体には傷一つ付いていなかった……。
「うん。俺が自己回復が得意になったのはこの時だな。図らずも、俺の戦法を決める魔法の習得が出来ちまったわけだ」
……さらっとここまで語って貰ったが、凄まじい話だ。何も、言葉をかけることなんて出来ない。でも。
「イグナシオさん。復讐が終わったとき、あなたはどんな気持ちでしたか?」
これだけは聞きたかった。聞かざるを得なかった。
僕がたどる道の先。僕の目指す終着点は、どんな景色なのか。それが知りたかった。イグナシオさんは僕に目線を向け、そして目を閉じた。
「何も」
それだけ。寂しそうに、ただそれだけを言った。
「何も……って、何も!? 何も思わなかったんですか!?」
「ああ。そうだよ。達成感もない。心のもやも晴れない。ただ、ユグを失った喪失感と、全てをこの手で壊してしまった虚しさが残っただけだ」
喪失感と、虚しさ。それだけで、何も、残る物は無かった……?
「だから、俺は復讐は辞めろと言う。何も残らない。気持ちも晴れない。そんな物を目標にして、それが終わったときに何をする?……まあ、死にたくなって終わりさなぁ」
僕は何も言えなくなった。僕の進む道の先には何も無い。先人が、それを告げていったのだ。……でも。
「じゃあ、僕はこの気持ちをどこにぶつければ良いんですか」
今度はイグナシオさんが黙る番だった。
憎い。
悲しい。
この気持ちを晴らしたい。
イグナシオさんは何も無いと言ったけど、それは嘘だ。少し。ほんの少しくらいは気持ちが晴れているはずなのだ。
だって、憎しみは収まった。
だって、自己満足は完結した。
「イグナシオさんは、その感情を集落の物にぶつけられたわけでしょう? ……なら良いじゃないですか。あなたは、僕にこの感情を精算せずに諦めろと言ってる。それは酷ですよ」
僕は自己満足できるならそれで良いのだ。この怒りのやり場を、見つけたいだけなのだ。
「復讐の先に何も無いとしても。僕は復讐しますよ。イグナシオさん」
……ああ、僕は。ただ単純に、人を殺せれば良いだけなのかも知れない。
イグナシオさんは、無言で僕を見る。目線が合う。睨み合いは1分と続かず。イグナシオさんは何かを諦めたように目線を外した。
「そうか。ならしゃあねぇな。ご主人の所に戻ろうか。城案内、まだ終わってないんだろう?」
「……はい」
少し気まずいが、これくらい気にしない。僕の気持ちは本物だから。この胸に宿る憎しみは、復讐心は、時間の流れで風化するような物じゃないから。
誰に何を言われたって、
アラン君は復讐の事になると人が変わります。
あるいはこの彼なら、イグナシオを倒せたかも知れませんね。