歴代最強大魔王は平和を望んでいる   作:個人情報の流出

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城案内と模擬戦闘

「僕が、イグナシオさんと戦う……!?」

 

 正直、ここへ来て僕の自信は粉々に打ち砕かれている。

 魔王軍にいたときは、僕はトップエースだった。

 数々の歴戦の勇士よりも強く、いずれは魔王になるだろうと、よく噂されていた。魔王様とも何度も手合わせをし、勝てたことはないけれど、一矢報いたことは何度もある。

 

 そんな僕だから、いずれは魔王様を超えられると思っていたし、大魔王様だって超えられるだろうと、そう思っていたのだ。

 

 しかし。歴代最強の大魔王は格が違った。

 プレッシャーが、保有魔力が、全然違う。大角2本とか冗談じゃない。従者はヴァンパイアだし、目の前の彼……角付きオーガだし。

 特に、イグナシオさん。彼の実力を目の前で見せられて、正直怖いの一言だ。

 

「無理……! 無理ですよ! 僕じゃ戦いにもならない!」

 

 3匹のオークのコンビネーション。あんなの、僕1匹じゃ捌けない。それを捌いた相手に1対1なんて、とてもじゃないが無理だ。

 

「なあにビビってる新入り! 模擬戦闘、だ。なにも殺し合うわけじゃねえし、俺に負けたからって追放されるわけでもねぇ。胸を借りるつもりで来い。な?」

 

「……わかりました。行きます」

 

 そうだ。模擬戦闘、これはただの模擬戦闘なんだ。……心配する必要はない。大丈夫、大丈夫……。そうやって、自分を落ち着かせる。

 

「大丈夫。アランはきっと、自分が思ってるより弱くないですよ? 自信を失わないで、頑張って!」

 

「……はい。頑張ります」

 

 

 

 

 

 数分後。僕は愛用の剣と共に訓練場に立っている。服装は軽装。皮で出来た防具に身を包む。金属防具は着けない。その理由は僕の戦闘スタイルと、僕の使える魔法にあるが、それは後に説明しよう。

 剣は、所々に軽量化が施された両刃の片手用直剣だ。この剣も、僕の戦闘スタイルに直結している。

 

 目の前には、黄色い1本角を持つ、黒い肌のオーガ。イグナシオさんだ。

 なるほど、オーガらしく大きな棍棒を持ち、上半身は裸。下半身には皮の腰巻きをしている。オーガの民族的戦闘衣装だ。

 両者、殺傷力のある武器を持っているのはイグナシオさんの提案だ。曰く、俺は武器を持っても殺さずに戦う自信があるし、剣なんかじゃ殺されない自信がある。緊張感を持つために、良い演出だろう? とのこと。正直言って狂ってる。模擬戦闘はどこへ行った。これじゃあ普通の殺し合いじゃないか。

 

「まあ、全力でやっちゃって下さい。どのような怪我でも、私が完璧に治しますからね!」

 

 と、大魔王様も言っているから、まあ、安心と言えば安心かも知れない……

 

「さあ、全力で来いや!」

 

「……行きます!」

 

 先手必勝。小細工も何もせず、一気にイグナシオさんの元へ駆け抜けていく。イグナシオさんは様子見とばかりに動かない。

 

「風の元素、解放……!」

 

 魔法を、使う。

 

 魔族は、基本的に5大元素である地水火風空と、2大魔素である光闇の中から一人一つ、自分の魔法属性を持つ。

 僕の魔法は風。速度制御の魔法に長けた、風属性。

 風の元素を解放し、大きく加速する。

 一瞬でイグナシオさんの目の前まで来た僕は、そのまま斬りかかる。しかし、流石の反応速度。イグナシオさんはわかっていたかのように僕の剣筋に棍棒を合わせる。

 飛び散る火花とせめぎ合う金属音。だが、僕の戦闘スタイル的にパワータイプであろうイグナシオさんとのつばぜり合いは分が悪い。

 棍棒を流し、再び魔法で加速。後ろへ、左へ、前、右、上、右、上、左、前、後ろ……

不規則に移動しては斬りつける。が、イグナシオさんはその全てに対応して見せた。まるで僕が次に現れる場所がわかっているみたいに……

 

「軽い。軽いぞ新入りぃ! もっと気合いの入った攻撃は出来ねぇのか!」

 

 何回目かの攻防の後、イグナシオさんの怒号が響く。

 

「言いましたね? 後悔しても遅いですよ!」

 

 僕はまたも加速。今度は真っ向正面。イグナシオさんの胸へ叩き込むように、剣を振る。

 

「解放」

 

 瞬間、剣が加速。イグナシオさんは目を剥き、少し後ろに下がって棍棒で受ける。受けたイグナシオさんは、僕の剣の重さに少し後ろに押しこまれたものの、ダメージは通らなかったようだ。

 

「剣に風魔法をかけて加速なんて……熟練の風魔法剣士だって難しいことを随分と簡単にやってのけるんだな、青年は」

 

「流石、と言ったところですかね? ここに来るだけのことはあるでしょう?」

 

 速度制御魔法はかなり扱いが難しい。体が風の速度に負けてバランスを崩せば、それは加速にはならない。だから、バランスと速度の絶妙な調整が必要なのだ。そして、武器の加速についてもそれは言える。風で剣を振るフォームが崩れれば、普通に振るよりも威力は落ちる。

 故に、速度制御魔法はかなりの練度が必要であり、それを戦闘で維持しながら戦うなど出来る魔物は数匹しか居ないのではないだろうか。

 

「なるほど。天才、ねぇ」

 

 カミラさんが楽しそうに微笑む。その先でまだ、戦闘は続いている。

 

 僕のスピード重視の戦い方を、簡単に捌くイグナシオさん。さっき当てた剣で後退させた以外は、彼は一歩も動いていなかった。

 まるで大きな岩を叩いているようだ。だんだん、自分のスタミナの限界も見え始めてきた。

 

「どうしたどうしたぁ! これで終わりか新入りぃ!」

 

 これ以上加速戦法を続けるのはまずいと判断し、イグナシオさんから大きく距離を開けて1度止まる。肩で息をする僕を見て、イグナシオさんはニヤリと笑った。

 

「それじゃあ、次は俺の番だなぁ!」

 

 瞬間、地面が揺れる。まるで壁が迫ってくるように、巨体が凄まじい速度でこちらに襲いかかる。

 

「くっ……!」

 

 襲い来る棍棒を加速と合わせてかわす。だが、次第に目がかすんでくる。

 

「魔力の限界が……!」

 

 一瞬、ふらついたところを棍棒が捉えた。何とか剣で受けるが、僕の体は大きく飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「がっ……!」

 

 たまらず倒れる。完全で無いとは言え、防御をしてもこの痛みだ。頭ががんがんして、吐き気が……。

 

「チェックメイト……だな? 新入りよ。これでお前、死んだぞ」

 

 ドスン、ドスン、と、イグナシオさんの足音が聞こえる。

 一撃で、勝敗が決した。僕の剣は彼に通らず、彼の棍棒は僕を殺したのだ。このまま、彼が僕に棍棒を突きつけて、終わり……。

 

「解放」

 

 解放。僕はそう呟く。僕の体は加速する。たった今まで倒れていた魔物は、既にそこには居なかった。

 

「何!?」

 

 イグナシオさんは驚きの声をあげ、一瞬だけ固まる。無防備な彼の胸に、深く剣を斬りつける。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……一矢……報いる……!」

 

 が。しかし。

 

「なるほどなるほど。なかなかのガッツだ。新入り。だがなぁ……」

 

 僕が与えたはずの『傷』は

 

「それではダメージすら、与えられていないのだ。」

 

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「え……!?なんで……!」

 

 イグナシオさんが僕に棍棒を突きつける。それで決着。この模擬戦闘の勝者は、結局イグナシオさんだった。

 

 

 

 

 

 

「なんですかこれ……こんな上等な回復魔法なんて受けたことありませんよ……」

 

 傷も、吐き気も、なにもかもすっきりして、僕は今訓練場のベンチに座っている。

 普通の回復魔法っていうと、傷は塞がっても痛みは少し残ったり、多少の吐き気があったり、なにかしら辛さが残るものなのだ、が。

 大魔王様がかけた回復魔法は、そんな不快感すらも完全に消し去ってくれたのだ。

 

「まあ、アニタ様だからな。そこいらの治癒師なんかと比べちゃいけない。なんたって、歴代最強だぞ? 青年」

 

「歴代最強なのはわかってますけど、こうも規格外だとは思ってませんでしたよ。」

 

 もうその言葉に尽きる。とにかくめちゃくちゃだ。

 

「これ……私、褒められてます?」

 

「褒められてるって事で良いんじゃないですか? ご主人」

 

 大魔王様の言葉にイグナシオさんが答える。

 

「ていうか、最後のあれ、何だったんですか? イグナシオさん」

 

「あー、あれなぁ。魔法だよ。俺の魔法は水元素。まあ、水なら何でも使えるんだが、とりわけ自己回復に特化した物だ」

 

 自己回復。

 他物への回復は、生命に関する魔法に特化した水属性にしか行えないことだ。回復魔法はかなり難しい物であり、魔力消費も大きいのだが、それが自分の回復となると、さらに難易度が跳ね上がる。

 他物への回復も、集中して、目一杯精度を高めても傷を塞いで痛みを若干減らすくらいしか普通は出来ない。そして、自己回復になると、傷の程度にもよるがまず痛みによって回復のための集中すら出来ないのだ。

 だからこそ傷口の治りは不完全で不格好になりやすく、回復中は動きも止まる。戦闘中の自己回復など殺して下さいと言っているような物だが。

 さっきのイグナシオさんの回復は、特に集中してるような感じもなく、そしてほぼ完璧に傷が塞がっていた。

 

「なんでそんなことが出来るんですかもう……」

 

「まあ、出来るようになっちまったもんはしょうがないよなぁ。俺も、やろうと思って出来るようになったわけじゃないしな」

 

「ああ、それと、彼の場合自己回復に使う魔力が極端に少ないみたいですよ?イグナシオが自己回復しかしない場合、彼の魔力量は私に匹敵するくらい多くなりますから」

 

 なんとまぁ。とんでもない化け物だ。

 

「やっぱりここ、化け物しかいない……」

 

「私に言わせれば、青年も相当の化け物だがな?」

 

 と、ここで話し始めたのはカミラさん。

 

「なんでですか?」

 

「いや、君ほど風魔法の速度制御が上手いやつを私は見たことが無い。私ももう1000万年生きているが、あれほどまでの加速を見たのは初めてだ」

 

 カミラさんは真剣な眼差しで語る。イグナシオさんは、それにうんうんと頷いた。

 

「あの加速はびっくりだ! 正直危なかった。受けきれないかと思ったな。それに加えて武器の加速とか、そこまでの手練れは見たことねぇわ!」

 

「そう……ですかね。でも、やっぱり僕とイグナシオさんとじゃあ戦いにならなかった」

 

 僕はイグナシオさんに指を指して、叫ぶ。

 

「まずは貴方を超えます! そこから僕は強くなりますからね。覚悟して下さい、イグナシオさん!」

 

 僕の宣言を受けたイグナシオさんは、またも豪快に笑う。

 

「おうよ! いつでも受けて立つぞ、アラン!」

 

 そして、握手。ここに、2人の男の友情が生まれた。

 ……きっと。

 

 

 

 

 

「もう昼も過ぎたか。ここらへんでお昼でも食べておこうか」

 

「お! 飯か! 飯だな! 肉だな! よっしゃあ、いくぞアラン!」

 

「あーあー、ちょっと引っ張らないで下さいイグナシオさん!」

 

 皆の声に、大魔王様の笑い声の重なる昼下がり。

 これから始まる昼食も、なんだか慌ただしくなりそうな……気がする。


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