分断
「まあ、こんなところ、だな。私の過去、私の罪、私の罰。大分はしょってはいるが」
私は。カミラ様の過去を聞きました。壮大で、微笑ましくて、だからこそ悲劇的だと、そう思いました。私はカミラ様になにも言えなかった。生きてきた年数が違いすぎて。訪れた出来事が重すぎて。それを語るカミラ様の顔が、楽しそうで、悲しそうで、寂しそうで、辛そうで……。なにか言わなきゃ、と思っても、なにも言葉が出てこなくて。自分はなんて無力なんだろうと、思わずにはいられませんでした。
沈黙が続くなか、カミラ様はふっと笑いました。
「すまない。空気を重くしてしまったな。そう重く捉えなくてもよかったのだがな、私の過去なんて」
そう言うと、カミラ様は残っていた紅茶を飲み干して、キッチンへと持っていきました。私はそれを、ただ黙ってみているだけでした。
「まあ、そうだな。話してみれば、少し気分が晴れたかもしれない。ありがとう、カレン。さて、もう夜も更けた。明日も早いのだから、もう寝てしまおうか」
「あ、その、カミラ様!」
駄目だ。このままなにも言わないまま、眠ってしまっては駄目だ。このままなにも言わないまま、明日を迎えちゃ駄目だ。根拠もなにもなくそう思って、私はなんとかカミラ様に声をかけました。でも、やっぱり、言葉なんて出てくるはずもなくて。
「おやすみ、カレン」
そんな私の様子を見ていたカミラ様は、そのまま横になってしまいました。
「……はぁ。私、やっぱり駄目だ」
こんなことになるなら、話を聞くなんて言わなきゃよかったかな……。
夜は明け、魔界に朝がやって来る。今日はこの遠征の本番。地方領主を交えての話し合いだ。
僕は準備を終え、自分の部屋の前で2匹を待っていた。昨日の夜はあまり眠れなかった。なんとなく嫌な予感がして、常に気を張っていたのだ。カミラさんが見張りをしているのだから大丈夫だとはわかっていたのだが、なぜそうしたかは自分でもわかっていない。結局昨日はなにも起こらずに、そんな警戒は無駄に終わったけど。
「ふぁ……ふぅ」
うん。寝不足だ。疲れもあんまりとれてない。これはちゃんと寝るべきだった。もし昨日に戻れるのなら、昨日の僕に向かってなにも起こらないから寝ろ! と怒鳴り付けたいくらいだ。これ、大丈夫だろうか。警戒中に居眠りでもしたら洒落にならない。
そんなことを考えていると、隣の部屋の扉が勢いよく開いた。何事かと思ってそちらを見ると、真っ青な顔をしたカレンがそこにいた。
「あ、アランさん! カミラ様が……カミラ様がいないんです!」
「カミラさんが、いない?」
「えぇ、昨日までは部屋にいて、この部屋で眠ったはずなのに、朝起きたらもぬけの殻で! わ、私、またなにかしてしまったんでしょうか!?」
「落ち着け、カレン。カミラさんが僕たちをおいて1匹でどこかに行くって考えたら、行き先はひとつしかないだろ?」
「ひとつって……ジェイク領主のところ、ですか?」
「ああ、多分。なんで1匹で向かったのかはわからないけど」
「カミラ様……」
「とりあえず、僕たちも早く向かおう。カミラさんなら大丈夫だとは思うけど、なにかあったらまずいから」
「は、はい!」
話はまとまり、僕たちは急ぎ地方領主のいる建物を目指すことになった。とりあえず、僕はひょいとカレンを抱き上げる。
「って、あれ? え? アランさん!?」
時間がもったいないので、カレンを抱きかかえたまま、加速で突っ走っていこうと思うのだ。その方が絶対に早い。
「一瞬でも早くついた方がいいから我慢してくれ、カレン」
「ま、待ってください! 私、アランさんが何をするつもりなのかわかりました! ヤバイです、それ絶対ヤバイです! ちょ、ほんと、怖いので勘弁してくださ……」
「解放」
「あああぁああああああぁぁぁぁぁぁあああああ!」
加速度最大。カレンのすさまじい悲鳴を宿に残しつつ、僕は全速力で領主の許へと向かうのだった。
何分経っただろうか。10分もしない位の時間で、僕たちは領主の建物へとたどり着いた。抱き抱えていたカレンをゆっくり降ろすと、カレンはへなへなと地面に座り込んでしまった。
「い、生きてる。私、生きてる……?」
「お疲れ、カレン。死にそうだけど大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ! 死ぬかと思いましたよもう! いくら急いでるからってあんなにスピード出す必要ないじゃないですか! ……もう、叫びすぎて喉カラカラ……」
「あはは、ごめんごめん」
僕は笑いながらカレンに水を差し出す。カレンはこっちを睨みながら律儀にお礼を言うと、受け取った水を一気に飲み干した。
「……さて。じゃあ、入ろうか」
領主の建物は非常に分かりやすかった。単純に言うと、城。魔王城と比べても規模は小さいが、確かな城がそびえ立っている。
僕たちが城門に近づくと、街に入るときと同じように城門の見張りが槍をバッテン印に突きだした。またこんなやり取りがあるのか、面倒くさいな……。
「あの……僕たちは」
「槍を下ろしなさい。私が通ります」
僕が自分達の身分を証明しようと口を開くとほぼ同時に、女の魔物の声が城門の向こうから聞こえた。その声を聞いた門番は、ただ黙って槍を下げた。
奥から現れたのは、ハーピィの女性だった。その魔物の印象を一言で語るなら、『妖艶』だ。
確かにこのハーピィは美しい。しかし、言い方は悪いが美しいだけだ。ハーピィにしては肌を出している、というわけではない。背に流れるややくすんだ銀髪も、美しい白い肌も、突出して他のハーピィと違う、というほどでもないと僕は思う。
それでも僕は、彼女から妖艶な印象を受けた。その理由はきっと、雰囲気が違うことだろう。そこまで多くのハーピィを見たことがあるわけではないが、他のハーピィとは違う、見た目から感じる色っぽさなんて軽く凌駕した、『そこに居るだけで溶かされるような感覚』を、そのハーピィからは感じた。僕も、カレンも、その魔物から目を離せなかった。
「ようこそお二方。我が北西領主、ジェイク・ウェイズリーの城へ。予想よりもずいぶんとお早い到着で、私とても驚いておりますわ」
甘い、声だ。脳みそを溶かすような、麻薬のような癖になる声。ここまで来ると何らかの魔法を疑いたいものだが、そんな魔法は聞いたことがない。それに、詠唱どころか解放すら聞こえなかった。魔法ではないということだ。
つまり、この周りの物を溶かすような雰囲気は全て、この女が生まれ持ったもの……と、いうことだろうか。
「……大魔王軍所属、アラン・アレクサンドルです。あなたは?」
「えぇ、えぇ。自己紹介は大切ですものね。私はマチルダ。見ての通り、ハーピィの女です。そして……我が北西領主、ジェイク・ウェイズリーの恋物ですわ」
「領主の、恋物?」
「えぇ、えぇ。私はジェイク様に、燃えるような恋をしておりますの」
恍惚とした表情でそう言うマチルダに、僕はなんとなく胡散臭さを感じた。この魔物は本気で恋なんて言っているんだろうか?
「その疑いの目、怖ぁいですわ。私の恋はいつも本物だというのに、そんな目を向けられてしまったら私……傷ついてしまいます」
考えを読まれた!? ……やっぱりこの魔物、底が知れない。警戒するに越したことは
「解放」
「……え?」
油断していた。僕が警戒しようとした瞬間に、魔法の解放が唱えられた。唱えたのはもちろんマチルダだ。それを認識する前に、僕の周りを囲むように円筒状の風の壁が現れる。恐らくこれは、外からは中に物を通し、中から外に出ようとする物を切り刻むように作られたもの。風属性中級壁魔法の応用だろう。
「カレン! ここから一旦離れろ! カレンまで捕まったらマズイ!」
「っ!? は、はい!」
精一杯声を絞りだして、壁の外のカレンに指示をする。カレンはしっかりそれに反応してくれた。僕を捕らえた、と言うことは、マチルダはきっとカレンも捉えようとするだろう。魔法は1度の解放でひとつしかだせないから、今既にカレンが捕まっている、ということはないだろうと考えた。
あのマチルダの纏う雰囲気にもしカレンが飲まれていた場合、カレンも一緒に捕まってしまう可能性があった。それ故の『大声』だ。僕は声を張り上げることで、カレンが気づいてくれる可能性に賭けたのだ。どうやら、今回は賭けに勝ったようだけど。
「あなた……アラン様、と言いましたかしら。なかなか頭が回るようですね。まだお若いのに中々ですわ」
「それはこっちのセリフですよ、マチルダさん。それより、あなたどういうつもりですか? 大魔王軍に喧嘩を売るつもりですか? したっぱとは言え僕も大魔王軍の魔物です。何の理由も無しに拘束なんてしたら、大魔王が黙っていませんよ。あなたの愛する領主を失脚させるおつもりで?」
「いいえ。大魔王はここを攻めになんて来ませんよ。来られません、絶対に」
「……どういうことですか?」
「いえ、別に。それに、私たちがあなたを拘束する理由はきっちりとありますわ。えぇ、えぇ、きっちりと。だって、あなた方……本当は大魔王軍なんかじゃないんですから、ねぇ?」
「……はい? あなた、何を言ってるんです? 僕たちには、身分を証明する銀の指輪が」
「先にいらっしゃられたあなた方のお仲間様……カミラ様、と言いましたか。彼女の指輪、どうやら偽物みたいですよ? 大魔王軍と身分を偽り、正式な客物ではないのにシトロンに踏み込んだ不届き物。これは拘束するしかないではありませんか」
そう言うとマチルダは、クスクスと笑い声を漏らした。大分、厄介な状況になっているらしい。何が起きたかはわからないが、カミラさんは恐らく、何らかの罠にはまった。
背中に冷や汗が流れる。これはまずい。どうにかしなければいけないと思うが、既に拘束された僕にはどうにもできない。
「アラン・アレクサンドル様。あなたを北西領主代行権限を以て拘束。地下牢へと連行します。……あまり、抵抗しないでいただけると助かりますわ」
「カミラさん、カレン……」
僕にはもう、2匹が状況を打開してくれることを祈るしかなかった。
大魔王軍の雑談コーナー!
アニタ「ハーイ! 皆さんお疲れさまです! 歴代最強大魔王のアニタ様ですよ!」
イグナシオ「そして、俺が側近のイグナシオだ! よろしくなぁ!」
アニタ「今回は珍しく、この2匹でやっていきたいと思いますよ! よろしくお願いします!」
イグナシオ「しかしアニタ様、今回はなんだってこの組み合わせなんですか? アニタ様がいったとおり、ほんとうにめずらしいじゃないですか」
アニタ「それについては、作者から選出理由を書いた紙を渡されていますので読みますねー。 ……ええと、①イグナシオの出番がマジで少ないことに気がついたから。②アニタ様とイグナシオはどちらも大魔王城に残っている魔物だから。……③どっちも出番少ないから出番少ない同盟結成ぃ!? な、なななななんですかその理由はぁ!? あの人、もう1回殺されたいんですかぁ!?」
イグナシオ「なぁんだって作者はいちいちアニタ様の神経逆撫ですること毎回するんだかなぁ。まあ、アニタ様を雑に扱うのは面白いから仕方ねぇけどさぁ」
アニタ「イグナシオ! 今、あなた、なにか言いました?」
イグナシオ「いいえなんにも」
アニタ「……ならいいです。それにしてもイグナシオ、あなた本当に久しぶりの出番ですね。前の出番とか、覚えてます?」
イグナシオ「あー、確かあの時ですよ、4大都市遠征のチーム分け。あれ以来俺ぁ出番なしです」
アニタ「しかもあの時ってセリフ一個もなかったですよね? ……ああ、なんてひどい扱い!」
イグナシオ「大体一年ぶりの出番っすねぇ……。ま、俺は別にいいんですがね」
アニタ「イグナシオは本来はメインキャラだったらしいです。最初の方とか割とアランとフラグ立てていたのにどうしてこうなったのでしょう」
イグナシオ「全部あのチビ……キスカのせいっすわ。あいつに俺の出番全部持ってかれました。暴行事件のときに魔王と戦うのも俺の予定だったはずなんすけどねぇ」
アニタ「恨むべくは作者ですよ! なんで最初にオーガ出したのにまたすぐにオーガを出すんですか! バカなんですかね?」
イグナシオ「初期から出てるのに未だにキャラ固まってなくて書くのが辛いらしいですよ、俺のセリフ」
アニタ「それ、作者の自業自得ですよ」
イグナシオ「さて、そんな話はさておいて。今回雑談コーナーにしたのは、単なる解説のネタ切れっつーだけの理由じゃないんですよね? アニタ様」
アニタ「はい! 何を隠そう、この度この作品、『歴代最強大魔王は平和を望んでいる』のUA数が10000に到達しそうなのです! そんなわけで私たち、番外編! やります!」
イグナシオ「この回が投稿されたあと、活動報告でアンケートをとる。そこにどんな話が見たいかを書き込んでもらって、一番多かった話とか、作者が気になった話を書くってわけだな」
アニタ「アンケートの期間はどかんと1ヶ月! 来月8月3日までとします!」
イグナシオ「詳細は活動報告でも記載する。くれぐれも、感想欄にアンケートのコメントを書かないようにな」
アニタ「それでは、今回は番外編の告知と言うわけでした! お相手は大魔王アニタと?」
イグナシオ「側近のイグナシオがお送りしたぞ!」
アニタ「バイバーイ!」