「そういえば、カミラ。今アランに城案内をしているのよね?」
畑への水やりを終え、こちらに戻ってきた大魔王様は、カミラに訪ねる。
「ええ。その通りです」
「うん。じゃあ、私もついて行っちゃいます」
「なるほど、良い考えですアニタ様!」
「え」
大魔王様が恐らく一番下っ端だろう部下の城案内に着いてくるとか何事だ。どんだけ緩いんだこのお城。
「アニタ様はお前のことを気に入られているのだ。青年。うらやましいことに」
うーむ、想像できたとは言え、やっぱり気に入られてたのか。僕。
……なにか悪いことでもしたかなぁ。
「そうときまれば早速出発です! 次は、どこへ行く予定だったんです?」
「ちょっと待って大魔王様! この後お仕事とか無いんですか?」
どんな時でも魔物の上に立つ者は多忙なはずだ。それを無視して僕たちに着いてくるなんて……
「ああ、お仕事ですか。無いです」
無いのか
どうなってるんだこの城は
「大魔王って、想像されるよりずーっとやることないんですよ? 政は魔王の管轄ですし、私は戦争なんて望みません。ですから、畑仕事くらいしかやることないんです」
「なんかもう色々とあれですね。諦めました」
「気を取り直して。次の目的地はずばり、訓練場だ」
道をあぱーと方面へ戻りながら、カミラさんが言う。
次は訓練場。恐らく、大魔王軍の物だろう。僕も使うことになりそうだ。
「訓練場かぁ。イグナシオは居るんですかね?」
「あいつなら、この時間はそこに居ると思いますよ。」
「イグナシオ?」
なにやら聞き慣れない名前が出てきて、聞き返す。大魔王軍の人のようだけど……
「ああ、イグナシオは私の側近をやっている男ですよ。あのー、気絶した方の」
「なるほど。分かり易いです」
「彼はオーガだ。黒い肌に黄色い一本角。角が示すように魔力が非常に高く、オーガ種としては異常の一言だ」
「え!? あの魔物、オーガだったんですか!?」
オーガ種は、元々持っている魔力の量が少ない代わりに圧倒的な力を持つ種族だ。オークなんかの上位種と言って良いだろう。基本的には赤、青、黒などの体色をしている。体色には意味があり、赤、青、黒の順で魔力が高くなる。
オーガの保有魔力は、黒の体色だとしてもせいぜい下級の魔法を少し使える程度。故に、角付きのオーガなど珍しいどころの話では無く、強靱な肉体に強力な魔法が合わさってしまえば、手など付けられまい。……大魔王様のプレッシャーでぶっ倒れていたが。
「まあ、私と言いアニタ様と言いイグナシオと言い、大魔王軍というのは異常の極の集まりだ。これからも、色々と驚かされると思うぞ?」
「ええ。なんというか、話を聞いているだけで僕って平凡なんだなぁって思えてきました」
「私から言わせれば、アランも充分異常ですけどね? 18000年でここに来るとか、私の同期でもまだ魔王軍にすら入れない子も居るのに」
大魔王様はそう言ってくれたが、僕の実力なんてここでは下の下だろう、と思った。ここに、ヴァンパイアとか角付きオーガレベルの魔物達がわんさか集っていると思うと、流石に腰が引けてくる。
「……25000年で歴代最強の魔王と呼ばれてた大魔王様に言われても実感湧かないです」
「そう言うな青年。まずここでは人型であるだけで非凡なのだぞ?」
「だとしても……」
角も生えていない。人型であるが故に、肉体の強さは劣る。基本戦闘スタイルは剣術……。なんというか、色々な面で敵う気がしないのだ。
「そろそろ着きますよ、アラン」
そう言われて前を向くと、見えてきたのは大きなドーム状の建物。コロッセオみたいな建物を予想していたのだが、違ったようだ。……それにしても。
「なんか、パイシチューみたいな形してますね」
そうボソッと呟くと、カミラさんが吹き出した。
「ぶっ……パイシチュー、パイシチュー!? っは、ははははははははは!」
カミラさんがお腹を押さえて大笑いする横で、大魔王様は何とも言えない微妙な顔をしている。
「パイシチューじゃないですぅ。この形は時代の最先端を行く大魔王アニタ様の素敵ドームですぅー! っていうかアラン! ドームなんてそこら中の城にわんさか立ってるじゃ無いですか! 貴方は他のドームにもパイシチューだなんて言ってるんですか!」
「いや、言いませんよ? でもこの建物の天井、なんかひしゃげてません?だからパイシチューに見えるって……」
「ひしゃげっ、はははははは! いいね青年! 最高! あっはははははははは!」
「カミラ! 笑いすぎ-!」
天井の吹き抜けから見える赤黒い空。ああ、今日も晴天。
吸血鬼の笑い声と大魔王の怒鳴り声が城に響き渡る、そんな昼下がりである。
「はー、はー、いや、笑った! 笑わせて貰った! と言うわけで入ろうか!」
数分後、やっとカミラさんの笑いが収まり、パイシチュー……もとい、訓練場の中に入ることになった。笑うカミラさんに怒っていた大魔王様はというと。
「カミラは許しません。支給する血の量減らしちゃうんですから」
見事に拗ねている。
「大魔王様、そんなに拗ねなくても……」
「拗ねてませんー! 歴代最強たる私は常に平常心を崩さないんですー!」
重ねて言おう、見事に拗ねている。
「そもそも! アランが私の素敵ドームをパイシチューなんて言うから!」
「アニタ様、それ以上続けるとパイ……訓練場に入る前に日が暮れちゃいますから」
カミラさんはそれだけ言うと、すたすたと訓練場の中へと歩いていった。平常心のようだが、僕は見逃さない。彼女はまた笑いをこらえていた。肩震えてたし。
「あ! こらカミラ! 今パイシチューって言いかけましたね!」
それを追って訓練場へ入る大魔王様。かくして、僕を案内する2人は僕をおいて先に行ってしまったのだった。
「……これ、案内って言うのかなぁ。」
2人を追って訓練場へ入ると、まず最初に軽い風圧が僕を襲った。
「うわ!? 何ですかこの風」
先に来ていた2人に聞くと、カミラさんが答える。
「イグナシオが訓練中だったみたいだな。ほら、中央を見ろ」
言われるがままに中央を見ると、そこには巨体のオーガと、それを囲んで向かい合うオーク3匹が居た。
オーク達はさぞ練習したであろう素晴らしい連携で1匹のオーガに攻撃を仕掛ける。が、オーガは難なくそれを捌く。そして、攻撃を捌いた棍棒は、そのままの勢いでオーク達に叩き込まれる。
オーク達は辛うじて避けるものの、風圧で大きく体勢を崩す。その隙を見逃さず、オーガは3匹を一息に蹴り飛ばして見せた。
「すごい……」
凄まじい技量だ。あのオーク達は、魔王軍の精鋭兵クラスの実力を持っていただろう。しかし、あのオーガはたった一匹でそれを捌いた。体には傷一つ無く、汗も全くかいていないように見える。
「だろう? あれがイグナシオ。我が大魔王軍のトップエースだよ」
イグナシオとオーク達は訓練を終えたようで、一礼をしてこちらへ向かってきた。
「おう! ご主人とカミラじゃねえか! どうした! こんな時間に!」
巨体に合う豪快で大きな声が訓練場に響く。
「いつもの新入りの城案内だよ、イグナシオ。ほら、昨日の」
カミラさんの言葉を聞いて、イグナシオがこちらを向く。強面の顔はにかっと豪快な笑顔を作り、
「おう、昨日の! 復讐の新入りかぁ!」
と、遠くに居る者に話し掛けるような声で話しかけてくる。
「復讐の新入りって……どんな覚え方ですか、それ」
「ああ、すまん! 俺は魔物の名前を覚えるのが苦手でな! ついつい印象に残った呼び方をしちまうのだ!」
「それに、復讐の新入り、というのは間違いじゃないだろう? 青年」
「……まあ、そうですけど」
イグナシオはがっはっは、と豪快に笑う。さっきから豪快としか言っていないが、そうとしか表現できないような豪快さの塊なのだ。決して僕の語彙が少ないわけではない。決して。
「……あー、そうです!」
大魔王様が唐突に声を出す。
「イグナシオ、アラン、お時間ありますよね?」
「え、はい。案内に支障がない範囲なら……」
「俺は全く問題ないぞ」
「そうですよね、そうですよね! じゃあ、一つ提案です!」
大魔王様はぱんっ、と手を叩き、
「アランとイグナシオの模擬戦闘、やっちゃいましょう!」
なんだか物凄いことを口走った。
可愛い大魔王様ですが、彼女の年齢は35000歳(人間で言うと35歳)です。