歴代最強大魔王は平和を望んでいる   作:個人情報の流出

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新しい私(カミラ)

 彼が私を呼びに来たのはすぐだった。彼は食事が出来たとだけ言って、部屋の外から私を手招きした。今考えてみればその前までの私の反応から近づくのを遠慮していたのだろうが、何かあるかもしれない、と警戒心バリバリで身構えて着いていったのを覚えている。

 その時の私はというと、適当に体を動かしていたところだった。魔物に変わったばかりの体は違和感の塊で、今まで通りに体を動かすのに多少苦労していた。

 具体的に言うと、人間だった頃より体が軽いのだ。身体能力がヴァンパイアのそれになった事による影響である。体に今までの重さを全く感じない故に、今までと同じ動作で立ち上がろうとしたり、座ろうとしたりすると、びっくりするくらいの速度で体が動く。ベッドから立ち上がるときに転んだくらい。ちなみに、舌の火傷はもう治っていた。

 

「苦労しているようだな、中々」

 

 彼と共に食堂へと向かう道すがら、1歩1歩を慎重に歩く私に彼は声をかけた。私はその声に一瞬びくりと体を縮めたが、すぐになんでも無いように背筋を正す。

 

「……前よりも、体が軽いから。どうにも歩きづらくて仕方がないの」

 

「そうか。そうだろうな。脆弱な人からヴァンパイアになったのだ。体も軽いだろう」

 

 それきり彼は無言になって、ただ食堂への道を歩き続けた。私はなんとなく、廊下を見回した。

 床には暗い赤色のカーペットが敷き詰められ、壁紙はやや黄色がかった白。等間隔で壁に掛けられた燭台のろうそくが暗い廊下を照らし、どことなく暗く、怪しい雰囲気を作り出していた。あれで照明さえ違えば、雰囲気も明るくなったと思うのだが。粗末な木造の家で暮らしていた私は、おとぎ話でしか出てこないような装飾の様子に心が躍っていた。顔は無表情だったがな。

 

「着いたぞ。食堂だ」

 

 たどり着いたその扉は、まだ廊下の中程にあった。彼が大きな扉を難なく開くと、そこに広がっていたのは広い広い食堂だ。大きな部屋の中央に途轍もなく長いテーブルがあり、天井に吊ってあるシャンデリアと言い、テーブルに置かれた燭台と言い、当時の私はみたことも無いものばかりだった。大魔王城のものと比べたら半分程度の大きさではあるが、大魔王城の食道は30匹ほどが同時に食事を取れるもの。その半分の大きさなのだから、広すぎると言っても良いくらい広かった。なぜなら。

 

「広い……」

 

「そうだろう。1匹だけで使うには広すぎるくらいだ」

 

 今までこの食堂を利用していたのは、たった1匹だけだったからだ。

 

「1匹……? 1匹って、他にここに住んでいる人は、いないの?」

 

「人じゃなくて魔物だ。ああ。いない。物心ついた頃からずっと、ここで、1匹で暮らしていた。言っただろう? 俺は他の魔物とほとんど話したことが無い。この世界に恐らく、俺以外のヴァンパイアはいないし、他の魔物はすべからく餌だからだ」

 

「魔物が、餌?」

 

「……そのことは後で説明しよう。それよりも食事だ。冷める前に食べないとな」

 

 そうして彼に促され、長いテーブルの両端に向かい合って席に着く。席に用意されていたのはパンと、赤いどろっとしたスープ。

 

「この、スープは?」

 

 テーブルの端から端まで届かせるにはやや小さすぎる声だったが、魔物が2匹しか居ない広い部屋には十分に響いた。

 

「む? これはシチューだ。ミノス牛のシチュー。人界に、シチューはないのか?」

 

「……わからない。私は、見たこと無い」

 

 そもそも、スープなんてものも滅多に食べることが出来なかった私は、所謂ビーフシチューなんてものを知ってすらいなかった。故に、恐る恐る。スプーンでシチューをすくい、口に運ぶ。

 

「……美味しい」

 

 濃厚で、肉の旨みがたっぷりと詰まったシチューは、とんでもなく美味しかった。1口、また1口と、夢中になってシチューを口に運ぶ。食べ方のマナーがなっていないのは、まあ仕方のないことだったろう。

 シチューを一滴残らず飲みきると、今度はパンに目が行った。1口かじると不思議なことに、柔らかくてふわふわしている。そして、ほんのりと甘い。私が今まで食べていたパンは堅くて、ボソボソとしていたものだったから、こんなに美味しいパンがあるのか! と驚いたものだ。

 

「随分とがっつくものだな。余程腹が減っていたと見える。着替えさせる前の服装も汚いものだったし、君は地位の低い村娘だったりしたのだろうか?」

 

「……!」

 

 図星だった。なんでそんなことまで分かるのか、この男は。と当時は思っていたが、まあ、誰から見ても明らかだったな、あれは。特に彼の洞察力が優れていたわけでもないだろう。当時の人など、魔物と大差ないようなものだったしな。

 というか。この時の私はようやく、とんでもないことに気づいた。そう。この男は今、着替えさせる前、と言ったのだ。私は慌てて自分の姿を見下ろした。私が来ていた麻のワンピースは、絹で出来た純白のワンピースへと変わっていた。

 まあ、つまり、そういうことだ。私は彼にガッツリと下着姿をみられた、と。

 私は再び両腕で自分の体を抱いて、彼を睨みつけた。顔がすごく熱くて、ちょっと涙目になっていたことを覚えている。ちなみに、私は着替えさせられただけでそれ以外は何もされていなかった。

 彼は、何故私が自分を睨みつけているかわからない、と言った様子で、黙々と食事を摂っていた。その様子に、なんだか腹が立った。無性に腹が立った。

 

「……ああ、そう言えば」

 

 そんな中、彼は何かを思い出したかのようにそう呟いた。そして食事を中断し、私の方をしっかりと見た。

 

「まだ、互いに名乗っていなかった。君の名を聞きたいと言ったが、結局、うやむやになってしまったからな」

 

 ああ、そうだった。私も忘れていた、そんなこと。

 

「さて、さっきは一方的に名前を聞いたが、魔物に名を聞くときは自分から名乗るのが礼儀だ、とどこかで聞いたことがある。故に、俺から名乗ろう」

 

 うん。ここまで長かった。これでようやく、『彼』ではなくて名前を出して話すことが出来る。

 

「俺の名は、ヴラド・ドラキュラだ」

 

 ヴラド・ドラキュラ。それが、旧魔界暦において最も危険と呼ばれた魔物、ヴァンパイアの1匹にてその頂点に立つ男の名であった。

 

「ヴラド・ドラキュラ……」

 

 私は、彼の告げたその名を反芻する。なんとなく、ああ、彼に合っているなぁと、そう思った。何故そう思ったのかは、残念ながら今もわからないけどな。なんだろう、身に纏うオーラとか、そういうものとマッチしていたんだろうか。

 

「さぁ、君の名も教えてくれないか」

 

「……私は、カー……」

 

 ヴラドが私の名を問い、私は1つ頷いて答えようとした。だが、その先が出てこなかった。さっきまでは簡単に教えてやれば良い、なんて考えていたのに、口が言葉を紡がない。自分の名前(カーミュア)を口にするのが怖かった。その名で呼ばれるのが嫌だった。この名前を教えて……彼がずっと私をカーミュアと呼び続けることを想像すると、とても……耐えられる気がしなかった。

 

「私は。私、は……」

 

 私は、自分で思っていたよりも、ずっと、カーミュアという名前にトラウマを持っていたのだ。だから、告げられない。名乗れない。でも、名乗ることからも逃げることも出来ないだろう。咄嗟に偽名なども出てこなかったし、偽名を使うことなんて頭の片隅にすら無かった。だから、意を決して。だから、正直に。声の通り道を塞ごうとする喉に、必死に、必死に空気を通して、そして、やっと。

 

「カー、ミュア」

 

 小さい声で、自分の名前を絞り出した。食堂はしんと静まり返っていた。そんな小さい声でさえ、それなりに響いて。普通だったなら絶対に届くことの無い声だが、彼には確実に聞こえただろうと、そう思った。

 沈黙がいたい。彼の次の言葉は、一向に紡がれない。彼の次の言葉は、私の名前だろう。カーミュアというのか、と。そう言うはずだ。私は、またカーミュアと呼ばれるのが怖くて、いつの間にか目を瞑っていた。

 しかし。

 

「……カミラ、と言うんだな?」

 

 返ってきたのは、私の名と似てはいるが大きく違う、カミラという名だった。

 

 私に、訂正する気は起きなかった。

 

「……む? 違ったか? すまない、あまり良く聞き取れなかったのだ。もし違ったなら、もう1度君の名を……」

 

「いえ」

 

 体は魔物になった。身体能力が高くなった。体を駆け巡る魔力が、なんとなくわかるようになった。髪の色も変わった。変わらないのは、声と顔くらい。こんなにも変わってしまったなら。なら、いっそ。私が大嫌いなこの名前(カーミュア)も捨て去って、それで。新しい私(カミラ)になってしまっても、良いのかもしれない。

 

「私は、カミラ。あなたの聞き間違いなんかじゃない」

 

 こうして。私は、カーミュアでは無く。ヴラドの聞き間違いによって生まれた、カミラという名前を選んだのだ。




アニタ「今回も私の出番ですね! ではでは、今回の──」

アラン「今回の用語解説もお休みです。楽しみにされていた方いらっしゃいましたら、申し訳ありません」

アニタ「ちょっっっっっとぉぉぉぉぉ! 私の! 出番を! 取らないでくださいよぉ!」

アラン「うわ、いきなり大きい声出さないでくださいよ。耳に響くじゃないですか」

アニタ「私の! 私の数少ない出番なんです! ここから先4大都市遠征でほぼ出番のないメインヒロインであるところの大魔王アニタ様の数少ない出番なんです! それを取るなんていくらアランでも許しませんよ! 許しませんからね!」

アラン「うわ、見事に言ってることが矛盾してますね大魔王様。ていうかメインヒロインだったんですか大魔王様」

アニタ「そこに突っ込まないでくださいよぉ! この作品の題名! 私のことです! 平和を望む大魔王アニタ様とは私のことです! だから私はメインヒロインなんです! メインヒロインなんです!」

アラン「題名になってるのに主人公じゃなくてメインヒロインって所に突っ込みは無いんですか……?」

アニタ「ていうか! 今回は本当になんで私の出番を持っていったんですか!? アランがそんな嫌がらせをするとは私思えないんですけど!」

アラン「作者が今回の休載報告は大魔王様を遮るようにして僕が言うようにするって言ってましたよ」

アニタ「……なんで、ですか?」

アラン「その方が面白そうだからって言ってました」

アニタ「……こんのぉ……! 底!辺!作者がぁぁぁぁぁぁぁっ!」

アラン「あっ……大魔王様が見たことも無いほどの大きさの火球を持って出ていった……。作者、死んだなこれ。あ、それではまた次回!」



※この後作者はなんとか生き延びました

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