男は椅子を持ってきて、私の横になるベッドのそばに座った。そして、語り始めた。私がどうして魔物になったのか、と言うことを。
ヴァンパイアの特性に、眷族作りというものがある。吸血を行うことによって、吸血を受けた物を同族に作り替えてしまう。それはどうやら魔物に限らず、人間にも効果があったらしい。ヴァンパイアは綺麗な銀髪を持つ種族だ。そして、膨大な魔力量を持つ魔物だ。体を渦巻く熱さも、髪の毛が銀に染まったのも全て、それが原因だと説明された。
「……それで。あなたはどうして私を……ヴァン、パイア? なんかにしたの?」
ヴァンパイアの体に徐々に慣れてきたのだろうか。少し体が楽になった私は、ベッドの上で上体を起こした。そして、1つ男に質問をした。非常に純粋な疑問だった。どうして私だったのか? 誰でも良かったのだろうか? それならなぜわざわざ私を選んだのだろうか? そんな色々が詰まった質問を、私はその男に投げつけた。
「それはだな。……その、なんだ。……ええと」
男が言葉に詰まった。何か怪しい。ここで言葉に詰まると言うことは、適当に選んだというわけではないというのと。それが言えないとなると……怪しい。私に何をさせるつもりなのだろうか?
「言えない事情でも、あるの?」
とりあえず、冷静に問いかける。と言うのも、男が続きを話す素振りを全く見せないからだ。何か考え込んだまま、気まずそうにちらちらとこちらを見ているだけ。これは流石に助け船を出してやらねばなるまい、と悟った。既に終わった私の人としての生で、場の空気の読み方は覚えていた。
「いや、そう言うわけでは……ないんだ。その、なんだ。……君の、名を呼びたかった」
はぁ。名を呼びたかったと。はぁ? 名を呼びたかった?
「……それだけ?」
「ああ。そういえばまだ互いに名乗っていなかったと思ってな。これから共に暮らすのだ。名を知らぬのは不便であろう」
……聞き捨てならない一言が聞こえた。今、この男は何て言った?
「これから共に暮らす……って、どういうこと? 私は、これからここであなたと共に生活すると?」
「ああ、そうだ。他に行くところもなかろう? お前はまだ、魔物になりたてだ。ありあまる力や、魔力の使い方がわかっていない。見たところ人であった時のお前は肌が白く、戦いに使用する筋肉のない体だ。魔力も少なかった。戦いの経験はないのだろう? それに、どういう経緯で人間であったお前がこの魔界にやってきたのかは知らないが、ゴブリンに捕まっていたところを見るとここに知り合いもいないのだろう。そんな体たらくで外へ出ても、野垂れ死ぬだけだ。お前はあの夜、あのままではいずれ死んでいたし、今ここを出てもいずれ死ぬ。ならば、共にここで暮らすしか選択肢はなかろう」
……なんというか、なんだろう。すごく、すごく……。
「……怖気が走りました。ハッキリ言って気持ち悪いです。ドン引きです」
「な、なぜだ!?」
私は自分の体を抱き、男から少し距離をとった。だって、私の体をマジマジと見て、色々なことを知ったと告白したのだ。この男は。私の体をマジマジと見て。私の体をマジマジと見て。散々男に汚されて、プライドも何もなくなった私だったが、それでも私はうら若き乙女だった。目の前で体つきをガン見してましたなんて言われたら嫌悪感も湧く。今までタメ口をきいていたのが敬語にもなる。
「本人の前で、仮にも女の体をマジマジと見ていたことを告白されたら嫌悪感も湧きます。近寄らないでください。汚らわしい」
……ああ、その時の私は、こうも思っていたっけな。
「あなたも、他の男と同じ。私を、欲望の対象としか見ていないんだ」
今思えばばかばかしいことだ。彼は状況を判断し、彼の基準で正しい行動をとっただけだというのに、そうしたと言うことを私に告げただけなのに、なぜそう言う考えに至るのか。彼の言葉選びが微妙だったと言うこともあるが、まあ、それだけ男性不信だったのだ。あの時の私は。
……さて。その時頭で考えていたことを、そのまま口に出してしまった私だが。それに対して彼はなんと返事をしたのだったか。
「む? すまない、気分を害したか。今まであまり他の魔物との会話をしてこなかったものでな。特に女性とはさっぱりだった。失礼な言動をしたなら許して欲しい。ああ、それと君に危害を加えるつもりは毛頭ないよ。安心してくれていい」
確か、こんなようなことを言っていたか。なんとまあ、至極冷静なことだ。
「……信用できません」
「まあ、だろうな。信用できないならすぐに信用しなくて良い。無理に信用しろとは言わないよ」
彼はそう言って、にわかに立ち上がった。
「茶を淹れてこよう。待っていてくれ」
そして、本当にそのまま部屋を出て行った。私はその後ろ姿を睨み続け、彼が扉を閉めた後、ふぅー、と息を吐き出した。いつの間にか相当緊張していたらしい。じっとりと汗もかいていた。
「……よく、わからない」
そう、独り言をこぼした。私がそれまで見てきた男と、さっきまで話していた彼は全然違ったように思えた。冷静で、物腰も話し方も、堅いが丁寧だ。紳士的、と言えるだろうか。その時の私はそんな言葉知りもしなかったが。私の知っている男と言えば、粗暴で、言葉遣いも悪い奴らばかりだったから。私に対して、村の女性でもしないような、優しい接し方をしてくる彼のことが、全くよくわからなかった。それに。
「あいつらと同じ、男のはずなのに。なんで最初の内は、嫌悪感とかなかったんだろ……」
最初の内、嫌悪感も警戒心も無く接することが出来ていた自分にも気づいて、ますますよくわからなくなった。
これから私はどうなるんだろうか。そんな不安が、心の中に急に現れた。
「待たせたな」
しばらくすると、彼はトレイに2つのカップを乗せて部屋に帰ってきた。私はまた少し身構えながら、彼を睨みつけた。
「……やれやれ、すっかり警戒されてしまったな」
そう言いながら、彼は私にカップを1つ手渡した。私の許へ伸びる手に私は身を引いて避けるが、さらにぐぐっと私に近づけてくるものだから、とうとう逃げ場がなくなってしまった。
「警戒するのはいいが、私が作ったものを何もかも食べない飲まないとするつもりか? 魔物の体だろうと食事をしなければ死んでしまうぞ? まあ、死にたいならばいいがな」
そのまま、ほら、と言って無理矢理カップを私の手に握らせる。私は、そのゆらゆらと湯気の立つ、綺麗な青色をした飲み物をマジマジと見つめた。見たことのない色をしたそのお茶を、あまり美味しそうだとは思わなかった。でも、確かに。このまま何も飲み食いせずに死ぬほど滑稽なこともない。例えば、このお茶に媚薬や睡眠薬、あるいは両方が仕込まれていたとしても別に良い。『今まで死んだように生きていた』。ここで目覚める前も、死んでも構わないとさえ思っていた。なら。
「……!」
ぐいっと。一気にカップをあおる。それと同時に、果実のような、花のような香りが鼻を抜けた。それでいて暖かくて、それで……熱い。
「……!! んー! んー!」
淹れたての湯気の立つお茶を一気に飲めばそれはそうなる。ただ吐き出すわけにもいかないから、必死にそれを飲み下す。
「……大丈夫か?」
「……口中が痛い」
「だろうな。まあ心配することはないさ。火傷くらいならすぐに治る。ところで、味の感想は?」
「あ、その……美味しかった、です」
後半熱さに全てが持っていかれたが、あんな飲み物は飲んだことがない。華やかで、暖かい。そんな味だった。味のない水ばかりで、味の付いた飲み物は特別な時にしか飲めなかったから尚更だ。その気持ちを素直に伝えると、彼はちょっぴり得意げな顔になって、
「だろう? 年季が違うんだ」
と。そう言った。私はその顔を睨みながら、ちびり、ちびりと、熱さを確かめるようにお茶を飲む。暖かさが体中に染み渡って、いつの間にか涙がこぼれた。
ここまでの不安とか、恐怖とか、色々なものが溶けて、ほぐれていく気がして。涙を堪える事なんて出来なかった。
「落ち着くだろう? 俺も好きなんだ。このお茶」
恐らく私に笑いかけているだろう彼の顔も見えないくらいに目には涙が溜まって、思わず顔を背けてしまった。
「さて、もう昼だ。お腹も空いてるだろう? 食事を作ってこよう。出来たら呼ぶから、立てるなら体を慣らしておけ」
泣き続ける私を1人にして、彼は再び部屋を出て行った。……なんだか、優しいやつだ。男ってもっと酷いやつだったし、魔物ってもっと怖いものだと聞いていた。そんな男のイメージとも、魔物のイメージとも、全く違う。
さっきまでのこれからどうなるんだろうという不安は、紅茶の香りと共にいつの間にかほぐれて、これからどうなるんだろうという疑問と、ちょっとばかりの期待に変わっていた。我ながらチョロいもんだな、うん。
「……あれ。結局名前、教えてない」
それに彼の名前も聞いていない。まあ、食事が出来たら呼ぶと言っていたし、その時にでも教えてやれば良いだろう。
アニタ「用語解説は今回も休載です。次回もまた読んでくださいね! ばいばーい!」
アラン「……それ、わざわざ後書き欄に出て来てまで大魔王様が言わなくても、作者が本日もお休みですって言えば良いだけの話では?」
アニタ「投稿ペース的に1年以上私の出番無いかも知れないという作者の温情により休載報告も担当することになりました。作者は絶対に許しません」
アラン「あー……その、頑張ってくださいね?」
アニタ「同情的な目で見るのは辞めてくださいー! というか、ダラダラ雑談してるのもあれなのでさっさと締めますよ! ばいばーい!」
アラン「また次回!」