……投稿遅れたのはそっちの理由ではないですよ?
村はその半分が焼けてしまった。焼けた家に取り残されたオークは、例外なく命を落としていた。
また、村の入り口から侵入してきた敵に殺された物も居たらしい。カミラさんが入り口にたどり着いたときにはもう見張りは殺されていて、敵は中に入っていた。カミラさんは複数匹に分身して対応していたらしいが、それでも多くのオークが命を落としたと言っていた。
今回の襲撃で、30匹ほど居たと思われる村の住民は、僅か9匹にまで減ってしまった。
「今回襲撃してきた魔物たち……やはり、最近北西を騒がせている山賊団でしょうな。コボルトとゴブリンの混成でしたから」
「……そうか。彼らが、山賊団」
山賊団。北西地区を荒らし回る、強者の集団。
鮮やかな手腕だった、と、僕も思う。入り口に陽動で魔物を仕向けて、その間に村の奥から侵入。そして、油をしき、村に火を付けた。
彼らの目的がなんだったのかは分からない。おそらくは物資だろうけど、僕たちが全滅させてしまったからその目的は達成できなかったろう。
「村長たちは、どうするんだ? ……ここに、留まるわけにもいかないだろう」
「そうですなぁ……生き残った全員で別の場所に移動して、またそこで暮らそうと思います」
幸いにも、村長とその奥さんは生き残った。この村のオーク達はまだ指導者を失ってはいない。男手も生き残っているし、子供も生き残っている。別の場所に移れば、まだ生きていけるのだろう。最も、新しい住処は村という規模ではなく、集落という規模になると思うけど。
「カミラ殿と、そのお友達の方々。もし、新たな住処が決まりましたら、また訪問してください。それでは」
9匹のオーク達は皆一様に礼をすると、村長を先頭としてこの場を去ろうとした。
「村長!」
その背中を。カミラさんが呼び止めた。村長はゆっくりと振り返る。その顔には多少疑問の色が浮かんでいたが、昨日と変わらない笑顔だった。
「シトロンには、向かえないのか? シトロンに向かって、そこで過ごすことは……出来ないのか?」
カミラさんがとんでもないことを言い出した。今の地方領主が新しい住民を受け入れるとは思えないのだが……。
僕の予想が当たっていたのか、村長さんは静かに首を横に振る。
「今シトロンに入れるのは、正式な訪問物と元から住んでいた魔物だけです。私たちが行ったところで、門前払いされて終わりでしょう」
「私たちは大魔王様の命で、魔界全土を平和にするために動いているんだ! 私たちは今、新しい法を北西に徹底するためにシトロンを目指している。私たちは正式な訪問物だから、村長たちも私たちと共にシトロンに入れるだろう。そして、領主に法を徹底させれば、そのままシトロンに住むことだって出来るはずだ!」
カミラさんがそんなことを言った。村長たちは目を丸くしていた。そりゃそうだ。急にそんなことを言われて、驚かない魔物は居ないと思う。
魔界平和化は、この村に訪れたときには言わなかったことだ。ここに来てすぐに言わなかったということは、ここに来たその時には言わない方が良い、または言わなくて良いと判断したと言うことだ。それを言ってまで、カミラさんは村長たちをシトロンに招こうとしている。……一体、どうしたんだろうか?
「……魔界を、平和に」
村長は何も言えないようだったが、しばらくするとようやくその一言を絞り出した。それと同時に、後ろのオーク達も騒がしくなる。
村長は、ざわざわと話し始めたオーク達を目で止めた。そして、いつも通りの笑顔を作った。
「それが本当なら、きっと、面白いことになるのでしょうなぁ」
「……あぁ。だから!」
「だが……それでも私たちは、シトロンには行きません」
「……どうして?」
「私たちの起源は、獣狩りをして生きていた旧暦のオーク達です。その直接の血が、私たちには流れている。私たちは祖先と同じように、獣を狩って生きてきました。それが生きがいであり、それ以外の生き方を、私たちは知りませぬ。……故に。北西都市で安全に暮らすなど、性に合わんのです」
村長がそう言うと、後ろのオーク達もそれに同意した。驚いたことに、まだ幼い子供でさえも頷いた。
……この村の魔物たちは、骨の髄までオークなんだ。それを素晴らしいと言えば良いのか、古い考えに固執した頭の固い魔物たちと言えば良いのか。僕には分からない。分からないけど、きっと彼らにとってはそうやって生きていくのが正しいんだ。
強いな、と思った。こんな理不尽な目に遭っても、彼らは今までの生活を捨てない。仲間たちの死も割り切って、獣を狩って生きていこうとしている。
僕には、彼らをシトロンで生活させるのは無理に思えた。
「……そう、か。それなら、仕方がないな。呼び止めて悪かった。また会おう、村長」
カミラさんは笑顔でそう言った。村長もそれに笑顔で答えた。
遠くなっていく彼らの背中を見送りながら、僕たちはまた、シトロンに向けて歩き出した。
「だだっ広い平原を行くっていうのも、良いですね! 私が中枢都市にやって来るときはあまり景色を見てませんでしたから、結構新鮮ですねー!」
カレンの元気な声が平原に響く。再びシトロンに向かう道を歩き始めてから、カレンはやたらと饒舌だ。
「空ってこんなに綺麗に見えるんですねぇ……故郷で見た空に引けを取らないです。私が元いたところも、けっこう空が綺麗に見れたんですよ! ……あ、そういえば! カミラ様って、シトロンに行ったこととかあるんですか? もしあるんだったら、シトロンの美味しい食べ物とか知ってますか?」
こんな風に。僕やカミラさんが何も返さなくても、とにかく話が途切れない。ほんの少しの間からするに、途切れないように新しい話題を考えながら話しているようだ。
カミラさんは、カレンの質問に何も答えようとしない。ただずっと青い顔をして、少し俯き気味なだけ。
不味いな、と思う。僕だってあまり精神面で余裕は無いのだが、カミラさんとカレンがボロボロだ。
「えと……それで……」
カレンが言いよどみ始めた。もう考え付く話題を全て出してしまったのだろう。律儀なことに、カレンは同じ話題を2回と出していなかったように思う。……そろそろ、いいか。
「カレン」
「え? はい!」
断言しよう。2匹が今のままの精神状態だと、今回の遠征は絶対に失敗する。2匹に比べてまだマシな僕がこれをどうにかしなければならない。だから僕はカレンに話しかけた。
カミラさんがどうして思い詰めているのかはなんとなくわかる。この中では一番上の立場で、責任がある彼女は村のこと、そして……死んでしまった、ルカとリカのことに責任を感じているんじゃないだろうか? カミラさんがあそこまで沈んでいるのを見るのは初めてだから絶対そうだとは言い切れないが、多分そうだと思う。
そして、カレン。彼女は単純に、ルカとリカが、死んでしまったことにダメージを受けているのだろう。特にリカは、カレンが直接……殺した、のだから。
カレンは目を丸くして僕を見た。彼女としても、話しかけられるのは予想外だったらしい。まあ、ここまで1度も彼女の話に返事しなかったし、それは当たり前なのだが。
僕はすっと息を吸った。少し、緊張している。今から僕がやろうとしてることで、カレンが楽になるかはわからない。むしろ、さらに精神を壊してしまう可能性だってある。
でも、やらなきゃ。
「もう、強がるのやめなよ」
「……え?」
カレンの顔が一瞬で白くなる。次いで僕から目線をそらした。
「私、別に……強がってなんか、ないですよ。いつも通り! いつも通りの私ですから!」
「じゃあ、お前はルカとリカが死んだ後も、いつも通りでいられてるってことだな?」
「っ……それ、は」
「……強がるの、やめなよ」
僕はこれ見よがしにため息をついた。カレンは、僕のことを睨みつけた。
「だって。そうでもしなきゃ、やってられないじゃないですか! だって、このまま私が落ち込んでたら、この遠征が失敗しちゃうかもしれない! まだ、遠征は終わってないんです! こんな、この、ままじゃ、私! ……カミラ様と、アランさんの足を、引っ張っちゃう、から……だから! 私は……」
カレンの言い分はもっともだった。だけど、どのみちこのままじゃ駄目だ。落ち込んでいるのから目をそらして、強がってるだけじゃ、ただ普通に落ち込んでるのと変わらない。
「そうして強がってたって同じだよ。一番大切なときに集中できなくて、やられるだけだ。僕たちの足を引っ張るだけなんだ」
「じゃあどうすれば良いんですか! さっきから平気な顔してるアランさんみたいに、私は割り切れません! だって、ルカちゃんとリカちゃんは大切なお友達だったし……リカちゃんは、私が、私が!」
「それ以上。言わなくて良いよ」
僕はカレンの言葉を遮った。そんなことはわかってるし、今カレンがそれを口に出すのは駄目だ。
カレンはぎっと歯を食いしばった。その姿は、どこか涙を堪えているようにも見えた。
「……カレンはさ、今、僕が割り切ってるって言ったよな? 村のことと、それと……ルカと、リカのこと」
カレンは答えなかった。先程と同じように、歯を食いしばっているだけだ。
「割り切ってなんかないよ。僕は」
「……え?」
「割り切ってない。ただ、実感がわかないだけだ。ルカとリカが死んだ。って実感が、さ」
実を言うと、僕の村が焼けたその惨事から、自分と親しい仲の魔物が死んだことは無かった。1匹で生きていた時には親しい魔物なんて居なかったし、ユージーンに拾われてからはずっと中枢都市だ。安全だし、周りの魔物は飛び抜けて強いから、誰かが死ぬなんて事はなかった。だから……友達が死ぬなんて、本当に、久しぶりで。
「僕はさ、魔王軍で何度も遠征に出てる。でも、僕が一緒に参加した戦いで死物が出たことは無いんだ。だから、本当に久々なんだよ。親しい魔物の死を目の前で見るのはさ。だから、実感わかない。僕だってこんななんだ。初めての遠征のカレンは。……あんな、辛いことをしたカレンは、ボロボロだろ?」
カレンは静かに頷いた。その瞳には涙が溜まっていて、今にも結界寸前のところをあとちょっとで抑えているようだった。
「ユージーンが……魔王様が、言っていたんだ。もし、お前と親しい魔物が死んだ時。それが、作戦や遠征中だったときは、割り切らなければいけない。どんなに辛くてもな。だけど、割り切るのは簡単じゃない。俺も苦労した。だから、割り切れないときはな。泣くか、叫べ。って」
「……泣くか、叫ぶ?」
「泣いたり、大声を出したりすると、不思議と気分がすっきりするんだってさ。魔王様は、未熟なときはいつもそうやって、やり場の無い気持ちを治めてたらしい。だからさ。……強がらないで、泣いても良いんじゃない? って、僕は思うよ。泣き足りないんだろ?」
一筋の涙がカレンの左頬を伝った。
「……いいん、ですか?」
もう一筋、右頬を伝った。
「これ、我慢、しなくていいん、ですか?」
もう一筋。もう一筋。……もう、一筋。
「我慢しなくていいんじゃないかな? ……意外とすっきりするもんだからさ」
「う、うあ、ああ……! あああああああ!」
平原に、カレンの泣き声が響き渡る。カレンは大粒の涙を流しながら、大声で泣いた。……さぞかし、すっきりするだろう。
「……アラン」
カミラさんが僕の名を呼んだ。いつもは青年と呼ぶのに、僕の名前を。
「……なんですか? カミラさん」
「……すまない。私がやるべき仕事だったはずなのに」
「大丈夫ですよ、これくらい。……カミラさんは良いんですか? 泣かなくて。案外すっきするものですよ?」
少し、気を遣ってそう聞いてみる。失礼かもしれないけど、カミラさんなら許してくれるだろう。
「……ふふ、お見通し、か。正直、私は君がそんなにすごいやつだとは思っていなかったよ」
「……どういう意味ですか、それ」
「……私は、大丈夫だ。私が弱音を吐いているわけにもいかないからな」
「そうですか。失礼しました」
「いや、いいさ」
しばらくして。カレンが泣き止んで、前よりもすっきりした様子で僕たちに微笑みかけるまで、僕たちは先に進まなかった。
残りの道程は何事もなく進み、太陽が草原に沈みかける頃……。僕たちは、ようやくたどり着いた。
「やっと着きましたね」
僕はため息交じりにそう言った。ここまでの4日間を思い出して、改めて。長かったな、と。そう思った。
「……ああ。アラン、カレン。ここが、北西都市。シトロンだ」
目の前にそびえる大仰な鋼鉄の扉を睨みながら、カミラさんはそう宣言した。
今回も用語解説お休みにさせていただきます。申し訳ありません。