歴代最強大魔王は平和を望んでいる   作:個人情報の流出

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ルカとリカとの、旅の終わり。アランにも、カレンにも、心に何かを残していく、シトロン編最初の山場の終わり。




「ルカ、ルカ、ルカ! ルカァ! ルカァッ!」

 

 リカはボロボロと涙を流しながらルカに縋りついた。ルカは血を流し続けていた。今のルカは膝立ちで、なんとか倒れるのを我慢していたようだけど、そのまま倒れてしまうのも時間の問題だと、僕は思った。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさい! 私が、私が意地を張ってなきゃ、私が、私のせいで、あ、ぁあ……っ」

 

 リカはルカを抱き締めていた。抱き締めながら、許しを請うていた。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 ルカはそれに答えなかった。そんな余裕すらも無いのだろう。だって、今の彼女は。

 その命を、失おうとしているのだから。

 

「まっ、たく」

 

 弱々しい声が空気を揺らした。それは紛れもない、ルカの声だ。

 

「泣いてるんじゃ、ねーですよ、もう……」

 

 その小さな体は、確実に力を失いつつあった。彼女は自らを抱き締めるリカに、徐々にその体重を預けていった。

 

「ほん、とに。リカは、アタシがいねーと駄目、なんですから」

 

 僕たちには、その時のルカの顔は見えなかった。だから、どうしてリカの顔がより一層歪んだのかはわからなかった。

 僕があの状況なら、ルカにどんな顔をされたら辛いのだろうか。

 ああ。きっと、そうだ。その時ルカは、リカに微笑みかけたのだろう。

 

 ルカが完全にリカに体重を預けた。もう、そんなに時間は残されていなかった。

 

 僕も、カレンも、ルカを斬りつけたコボルトも、黙ってそれを見ていた。今のルカとリカを邪魔する事なんて出来なかった。

 

「リカ……リカ。どこ? どこですか?」

 

 ルカはもう目が見えていないようだった。無い力を振り絞って、うろうろと手を宙に彷徨わせていた。リカは、その手をぎゅっと握った。

 

「ルカ、ルカ。私はここですぅ! ここにいますぅ! ずっと、ここにいますからぁ! 私を……私を、置いていかないで! ルカァ! ……っ! げほ、げほっ、ごほっ!」

 

 リカが咽せたように咳き込んだ。思えばさっきから、リカは叫びっぱなしだ。だから、それは仕方がないのかも知れない。

 

「リカ……風邪、ひいてるんですか? あったかくして寝ないと駄目ですよ……ほら、お母さんが、心配してるです」

 

 ルカはクスクスと笑った。夢を見ているのかもしれない。

 

「……リカ」

 

 ルカの手を握りしめて、俯いて泣いていたリカははっと顔を上げた。ルカのその声はさっきまでとは違って、はっきりとした、声だった。

 

「ごめんなさい。リカ」

 

 ルカの手が、リカの手からするりと抜け落ちた。

 それで、終わり。ルカの体は、それきりもう動くことは無かった。

 

「あ……あぁ……あ……あぁぁぁあぁぁあああああ!」

 

 リカの絶叫が、一瞬だけ村を塗りつぶした。未だ僕は動くことが出来なかった。カレンも立ち尽くしたままだった。

 

「やぁっと終わったかよ。感動のお別れはよぉ」

 

 泣き声は終わった。無粋な、その汚らしい声にかき消された。

 

「いやぁ、泣きそうだったわ。ご馳走様クソガキ共。お別れ会は済んだよなぁ?」

 

 その男はどこまでも無粋に、刃こぼれだらけの剣を振り上げた。

 リカの漏らす声が、悲しみから恐怖に変わった。

 

「んじゃぁゲームオーバーだぁ!」

 

 馬鹿が。させるかよ。

 

 刹那、コボルトの脇腹に鋭い蹴りが突き刺さった。最大加速、最大威力のその蹴りで、僕はコボルトを殺さぬ程度に吹き飛ばした。

 

「……リカ」

 

 僕はまだ呆然としているリカに話しかける。これだけは言わなきゃならないと、そう思ったから。

 

「剣を取れ」

 

「……え?」

 

「剣を取って、あいつを殺せ」

 

 ルカの命を奪ったあのコボルトは、リカが何もしなければ僕とカレンが殺してしまうだろう。

 だから、今しか無い。今しか無いんだ。

 

「無理、ですぅ。……ルカの言うとおりなんですぅ。私……ルカが、ルカが居なきゃ駄目なんですぅ……。私、もう、動けな……」

 

「剣を取れ!」

 

 僕は怒鳴った。リカの肩がびくりと揺れた。でも、今はそんな感傷に構ってやれる状況じゃ無かった。

 

「お前は、今剣を取らなかったら後悔する。お前が、ルカの仇を取れるのは。ルカを殺した奴に復讐できるのは今しか無いんだよ!」

 

 リカには僕と同じ後悔を抱いて欲しくなかった。自分の大切な魔物が殺されて、目の前に仇が居るのに、復讐が出来ないで終わって欲しくなかった。

 

「……僕は、剣を取れなくて後悔した。でも、お前は、剣を取ることが出来るだろ。復讐、できるだろう。ならやらなきゃ。ルカを殺した奴を……お前が殺すんだよ」

 

「っ! あああああああああぁあ!」

 

 リカは、再び絶叫した。地面に転がっていた短剣を手に取り、一心不乱に奴が飛ばされた方へと駆けだした。

 

「カレン!」

 

「っ!? は、はい!」

 

「露払いをするぞ。詠唱しておけ」

 

「……はい」

 

 リカの復讐が、始まった。次々となぎ倒されていく魔物たちの悲鳴は、敵が居なくなるまで止まなかった。

 

 

 

 

 

 その戦いが終わった時、辺りは血の海だった。目が焼けるような赤の中に1匹、全身を血に染めたリカだけが立っていた。僕もカレンも協力したが、結局リカは、ほとんど1匹で全ての敵を倒してしまった。素早く敵に飛びつき、的確に急所を潰して、その返り血を全身に浴びるその姿は、まるで狂戦士のようだった。

 リカはただ、そこに立ち尽くしていた。身じろぎもしなかった。

 

 ぽつり、と、一粒の水滴が僕の頬を伝った。雨が降ってきたのだ。ぽつり、ぽつりと降ってきた雨は、次第に土砂降りになった。

 雨は、村を焼く炎を消した。村に蔓延した血を洗い流した。

 リカは綺麗になったルカの遺体の側によって、そこに跪いた。

 

 雨が洗い流していく。この村が襲撃されたその跡を。リカの戦いの痕跡を。……この村が存在していたという、その痕跡も、きっと消える。

 

 僕たちは、リカに声をかけられずに居た。少なくとも僕には、なんと声をかけて良いかわからなかった。

 カレンが、意を決したようにリカの許に歩いていった。僕たちとリカの距離はそう遠くない。カレンがリカと話せる距離に行くまで、そう時間はかからなかった。

 

「……あの、リカ「カレンちゃん」……ちゃん」

 

 リカがカレンの言葉を遮った。リカはすっと立ち上がって、何事もなかったようにカレンに微笑みかけた。

 

「私、産まれてからずっとルカと一緒でした。何をするのも一緒でした。遊ぶのも、学ぶのも……お母さんとお父さんを置いて、逃げるのも一緒でした。山賊として生きていくのも、2匹で一緒でした。……何を、怒っていたんでしょう。ルカの言うとおりですぅ。私は……ルカが居なきゃ駄目なんですぅ」

 

「……うん」

 

「カレンちゃんに、お願いがあるんですぅ」

 

「……なに、かな?」

 

「私を、殺して欲しいですぅ」

 

 リカはどこまでも笑顔だった。その笑顔には陰りも無かった。だからこそ、その綺麗な声に。どうしようもなく怖気が走った。

 

「どう、して?」

 

「もう、私には魔界(ここ)に居る意味がないから。でも、自分で死ぬのはちょっと怖くて。……私は、誰かに殺されるならカレンちゃんに殺してもらいたいですぅ」

 

 後ろ姿のカレンは、静かに頷いた。リカは、カレンに運命を預けるように、そっと、目を閉じた。

 

「魔力は岩に」

 

 カレンはその手のひらを、リカの胸の辺りにかざした。

 

「岩は鋭く尖り……岩は……我が、友を、穿つ」

 

 その詠唱は躊躇うように途切れ途切れだった。だけど、カレンはそれでもしっかりと、最後まで詠唱を終えた。

 

「解放」

 

 どっ、と。音がした。カレンの手から現れた土塊は、しっかりとリカの胸を貫いた。次いで、どちゃりと音がする。

 

 雨脚が強くなった。バケツをひっくり返すような雨の中、こちらに走ってくる足音を聞いた。

 

「アラン! カレン、ルカ!」

 

 カミラさんだった。恐らく、戦闘と避難を終えたのだろう。そうして、こちらに合流すべくやってきた。

 

「リカはどうなっ……た……」

 

 ゆっくりと足音が止まった。この光景を目にしてしまったら、無理もないだろう。

 

「……アラン。これは、どういうことなんだ?」

 

「……」

 

 相変わらず、言葉は出てこなかった。ただ、そこに立ち尽くすカレンと、息をしなくなったリカを見ていることしか出来なかった。

 

「カミラ様。アランさん」

 

 周りの音が聞こえないほどの雨音が支配する中で、カレンの声だけがやけにはっきりと聞こえた。その声は、震えていた。まるで泣き出す寸前だった。

 

「私、泣いちゃいけないって、そう思ってました。リカちゃんのほうがよっぽど辛くて、だから、私、泣いちゃいけないって……リカちゃんを、殺すときだって、笑顔で……居たんです」

 

 僕たちは魔物だ。特に、カレンは少し前まで治安の悪い地方に居たのだ。仲の良い友に殺して欲しいと言われたとして。友をその手にかけられないほど、心は弱くなかった。

 

「でも……涙、止まらなくて、私……。ねえ、カミラ様、アランさん。今だけは、泣いて良いですか? 泣いても……ルカちゃんとリカちゃんは許してくれますか……?」

 

 だけど。それに対して涙を堪えられるほど、心が強いわけでもなかったのだ。

 振り返ったカレンは泣いていた。嗚咽を漏らし、子供のように泣きじゃくっていた。

 僕たちは、静かに頷いた。友を手にかけて、泣くのを許されないわけなど、ないのだから。

 

 ルカの思いも、リカの思いも……カレンの、悲しみも。雨は平等に、洗い流していった。僕たちの旅は、まだ終わらない。

 

 魔界に、朝が訪れた。




この作品で初めて、味方の魔物が死にました。ルカとリカ。この2匹は、いわゆる『物語の犠牲』となったキャラです。

大魔王様と大魔王軍、魔王と魔王軍が治める中枢都市は、平和なものでした。ですが、それ以外の場所がそうかというと、そうではない。
オークの村も含め、『外の魔界はどういう世界なのか』を知って頂くための、犠牲になって貰いました。

ルカとリカには、ただそれだけのために辛い過去を与えてしまいました。身寄りのない、幼い子。2匹だけで略奪をして暮らす、双子……。ですが、ルカとリカに謝罪はしません。それよりも、物語の大切な役割を担ってくれた2匹に、ありがとうと伝えたいと思います。

身勝手にも私が殺した2匹に、最大の感謝と、哀悼を。
確かに私の世界で生きた2匹が、安らかに眠れますように。

これをもって、今回の後書きを終わりたいと思います。今回も読んでいただきありがとうございました

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