歴代最強大魔王は平和を望んでいる   作:個人情報の流出

40 / 54
今回視点がかなりややこしいです。

三人称視点→カレン視点→アラン視点と移り変わります。



僕たちは、時が止まったようにその場から動けなかった。

 むくり、と。起き上がったのはリカだった。リカは極めて真剣な顔で鼻をひくひくと動かす。匂いをかいでいるのだ。

 コボルトは鼻が良い。それは、コボルトが獣である犬、狼に近い魔物であるからだ。コボルトは下級の魔物であるが、他の下級の魔物。例えば、ゴブリンなんかとは、明確に違う部分がある。それは生存本能の強さだ。

 コボルトは獣である。それ故か、皆が皆一様に生に固執する。神経を研ぎ澄まし、危険を察知し、生き残るために行動する。

 リカはそんなコボルトの中でも、とりわけ臆病な魔物だった。ずっと安全な場所で、親に守られて過ごしたかった。出来るならば剣をとりたくなかった。出来るならば戦いたくなかった。双子の姉と2匹で、明日命があるかもわからない山賊の生活を送ることなど、したくなかった。

 しかし、魔界はそれを許さなかった。だからこそ臆病なリカは、他のコボルトよりも余計に神経を尖らせた。その結果、リカは、ルカよりも強い嗅覚能力を手に入れた。

 

 その鼻がリカに教えたのだ。村中に蔓延する、油の匂いを。

 

 この村は何物かに襲撃されている。それに気づいたリカは、たった1匹で部屋から出ることを決意した。ルカとは喧嘩しているため、起こすつもりは無かった。

 リカには自負があった。私は強いという自負が。リカは魔法を使えない。魔力量その物は悪くないのだが、如何せん使い方を習ったことが無い。魔法を使おうと練習することもしなかった。

 だが、短剣術には自信があった。物陰に潜み、鋭く急所を狙うのがリカの得意技だった。いつもはルカと2匹でのコンビネーションで戦っているが、物陰からの奇襲に徹すれば1匹でも戦えると、そう思っていた。

 カレンやカミラを起こすと言う考えは、頭の片隅にも浮かばなかった。それはきっと、いつも2匹だけで居たからだろう。ルカを起こさない選択をした時点で、リカは1匹で戦うことしか考えていなかったのだ。

 出入り口の近くで寝ていたルカを起こさぬよう、そっと部屋を出て、外に走る。村中油の匂いだらけで、敵の匂いを感じ取ることは出来ない。だが、敵はきっと、油の匂いが強いところに居る。そう信じて、リカは油の匂いを辿っていった。

 

 

 

「ん……」

 

 自分の近くを通る何物かの気配で、ルカは目を覚ました。リカに対してルカは少し鈍い。加えて寝起きも悪いため、咄嗟の状況判断が遅れることが多々あった。ともすれば二度寝してしまうこともあった。

 しかしこの時は。この時だけは、ルカは二度寝することは無かった。非常に遅ればせながらではあるが、ルカもその鼻で油の匂いを感じ取ったのだ。そして、感じたのは油の匂いだけでは無かった。自分の近くを通り、この部屋から、家から出て行った物の匂い。

 

「リカ……?」

 

 リカの匂いだった。

 そして、何かまずいことが起きている、とルカがはっきりと感じ取ったその時に。村で大爆発が起こった。

 

 

 

 

 爆風と炎の熱に肌が焼かれる感覚を不快に思いつつ、リカは村を駆け抜ける。

 爆発と炎で、数々の家が壊滅していた。家で休んでいるはずの他のオークの戦士が見当たらない。彼らは焼ける家に巻き込まれて、死んだか身動きが取れなくなったのだろう。

 リカの頭は驚くほどに冷えていた。その思考は自分が生き残ることのみに向けられており、そのための最短ルートは外敵を殺すことだと本能が告げていた。

 村は地獄のようだった。次第にあちこちから悲鳴が聞こえてくるようになった。断末魔のようなものも聞こえた。

 リカは一心不乱に村を駆けた。次第に、オークとは違う匂い。ゴブリンや自分達以外のコボルトの匂いを感じ取った。リカは顔をしかめた。敵にコボルトが居ると言うことは、自分も匂いで感づかれると言うことだ。これで奇襲をすることが出来なくなった。

 変に意地を張らずにルカを起こしてくればよかったかもしれない、と、リカは少し後悔をした。しかし、すぐにその思考を振り払った。

 私は1匹でも大丈夫。私は1匹でも大丈夫。私は1匹でも大丈夫……。もう後戻りなんて出来ない。これ以上被害を広げられない。ルカを起こして連れて来る暇なんて無い。

 

「私は、1匹でも大丈夫」

 

 最後に一言呟いて、リカは自分を鼓舞した。そして、自らが愛用する短剣を鞘から抜き、ぎゅっと握りしめる。

 その時、リカは自分の不安をどう無くすかで精一杯だった。近づいた敵の匂いの強さが、巻き上がる炎の温度が、たった1匹という心細さが。その全てがリカの頭を不安で満たして、それを払拭するのに精一杯だった。

 

 だから、感じ取るのが後れた。

 

 左後方、極力聞こえないように細工のされた、鋭い足音。嗅ぎ慣れていて、忘れかけていた同胞の強い匂い。

 

 感じ取るのが後れた。

 

 リカは慌てて振り返る。いつの間に。いつの間に回り込まれていた? まだ敵は前方に居たはずで、私はしっかりとそれを確認していて、後ろに敵が居る訳なんて無くて……。

 

 そして、次の行動が後れた。

 

 リカは身動きが取れなかった。後ろに敵が迫っていたことに対する驚きと、恐怖。そして、身動きしない子供(ガキ)に攻撃をすることなど、襲撃物にとって実に簡単なことだった。

 

「うっ……!?」

 

 蹴り飛ばされた。まるでボールのように、道ばたの石ころのように。蹴って、飛ばされた。リカは腹の中の空気を全て吐き出し、ぼろ切れのように地面に転がった。

 

「がっ、ゴホッ、ゴホゴホッ……!」

 

 激しく咳き込みながら、リカは敵の方を見る。そこには、自分に向けて剣を振りかぶるコボルトの姿があった。リカには、それが振り下ろされるのをただ見ていることしか出来なかった。 

 ずしゃり、と。肉を引き裂く音がした。

 

 

 

「おねーさん! カレンちゃん! 起きるです! 村が! 村が燃えてるです!」

 

 ルカちゃんの大声で、私は目を覚ましました。次に見たのは、家の隙間から覗くオレンジ色の光。そして、蒸すような熱さと、ぱちぱちと何かが焼ける音を感じました。

 カミラ様を見ると、既に無数のコウモリを飛ばして索敵を始めていました。その顔は真っ青でした。

 

「リカちゃん、大丈夫!?」

 

 次に心配したのはリカちゃんのこと。私の隣で寝ていた彼女を起こそうとして……私は目を疑いました。

 

「リカちゃん……!?」

 

 リカちゃんの布団は既にもぬけの殻でした。その瞬間、私の頭には最悪の考えが浮かびました。

 

「リカが……! リカが、1匹で外に行っちゃったんです!」

 

 その時の私は、多分、酷い顔をしていたと思います。頭の中は焦りと心配でぐちゃぐちゃで、咄嗟に何をすれば良いかすら考えられませんでした。

 

「カミラ……様。カミラ様! はやく、早くリカちゃんを助けに行かないと! リカちゃんどこですか!? ねぇ、コウモリで見てるんでしょ、どこなんですか!? ねえ!」

 

 私はみっともなくカミラ様にすがりました。カミラ様に掴みかかって、体を揺らして、リカちゃんの居場所を問いました。

 

「カレン」

 

「ねえ、ねえはやく! リカちゃんは!?」

 

「カレン」

 

「早く教えてよ! ねえ! 早く!」

 

「カレン!」

 

 その、絶叫と言っても良いほどのカミラ様の叫び声に、私はびくりと肩を揺らしました。

 

「落ち着けカレン。焦ってちゃ、焦ってちゃ何も出来ないんだ。落ち着け。落ち着いてくれ……」

 

 それはまるで、自分に言い聞かせているかのようでした。それも当たり前で、ここはカミラ様と昔から交流のある村。それも、15000年もの間滅ぼされることの無かった、極めて優秀な村のはず。それが、襲撃を受けている。自分の恩物すら殺されているかもしれない。

 そんな状況で、落ち着いていられるわけ無いですよね。

 

「……はい。ごめんなさい、カミラ様」

 

 ほんの少し冷静になった私は、大きく深呼吸をしました。少しでも落ち着けるように。

 

「カミラさん! 僕は何をすれば良いですか!?」

 

 私たちの部屋に、アランさんが飛び込んできました。口調こそ焦っているようでしたが表情からは、焦りよりも怒りの方を感じとれました。

 なにより私は、今のアランさんを見て怖くなりました。あれだけアランさんに懐いていたルカちゃんも、今のアランさんを見るなり怯えて後ろに下がっていました。

 なぜなら、今のアランさんからは、殺意のような何かがひしと伝わってきたからです。ともすればそれは、プレッシャーにも近い何かだと、私は思いました。

 

「2方向から襲撃されている。アランとカレンとルカは、村の奥側に向かってくれ。恐らくそこが敵の本隊。数が多い」

 

「……わかりました。カレン、ルカ。行くぞ」

 

 私とルカちゃんは黙ってそれに頷きました。

 

 

 

 僕がルカとカレンを連れて家を出るその直前、カミラさんが言った。

 

「私は分身して、避難誘導と出入り口の敵と戦闘中の見張りに加勢してくる。……アラン。必ずリカを救ってこい。いいな?」

 

 僕はその言葉に目を丸くした。カミラさんはいつも僕のことを『青年』と呼んで、アランと名前で呼ぶことはなかったから。

 それほどこの状況は切迫していて、僕は頼られている。そう言うことなのだろうか?

 確かにルカは怯えているし、カレンは焦っている。2匹とも、冷静な判断が出来るような状態ではなさそうだ。ここで2匹を率いることが出来るのは、カミラさんの次に経験を積んでいる僕だけ……。

 その僕も、この状況を冷静に見れているとは言えないのだけれど。

 僕たちは燃え盛る村を駆ける。ルカがリカの匂いを感じ取る。僕は2匹と手を繋いで、軽い加速をかけて走り続ける。

 吐き気がする。目眩がする。怒りで前が見えなくなりそうだ。燃える村を見るのは1度目じゃない。僕は村を燃やした襲撃物を許せない。

 自分の村が燃えている光景のフラッシュバックを必死に耐える。今はそんな物で動揺している場合じゃない。僕は先走ったあのバカ(リカ)を助けなければならない。

 たった。たった数日の付き合いだろうと、ルカも、リカも、僕たちの仲間だった。たとえシトロンに着けば自警団に引き渡されるとしても、確かに僕たちの仲間だったのだ。

 見捨てられるか。見捨てられるかよ。うるさくても、煩わしくても、僕はもう少し2匹と共に居たいのだ。

 ……やっぱり、大魔王様に影響されているのかな。

 

「草っ葉頭! リカの匂いが近いです!」

 

「……2匹とも、もう少しの加速に耐えられるか?」

 

「私は大丈夫です」

 

「アタシも気合い入れるです!」

 

「……よし!」

 

 僕は力を込めて1歩を踏み込んだ。暴力的な加速で僕たちは『飛ぶ』。2歩、3歩、そして4歩目に……。僕たちは、リカの姿を肉眼で捕らえた。

 襲撃物に蹴り飛ばされ、無様に転がるリカの姿を。

 

「っ! リカぁっ!」

 

 瞬間、ルカが僕の手を離れ、すさまじい速度でリカの許へと駆けだした。僕の加速の勢いを借りて、その速度はきっと、僕の最大加速に近い速度だったろう。

 ルカは勘がよかった。止まることをしっかり計算して、リカにたどり着く大幅に手前でブレーキをかけた。

 そして、ルカは滑り込む。今まさにリカの命を奪わんとするコボルトの剣と、地面に転がるリカの間に。

 

 ずしゃり、と音がした。

 

 夜だというのにはっきりとわかるような、赤い赤い鮮血をまき散らして。ルカは、その場に崩れ落ちた。

 

「あっ……あ……! ルカァァァァァァァァァッ!」

 

 そんなリカの絶叫が村中にこだました。僕たちは、時が止まったようにその場から動けなかった。




今回は空気を読んで用語解説はお休みです。また次回をお楽しみに。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。