深い深い穴の底。そこは記憶の溜まり場。記憶を繋いで夢を見る。
火が。火が見える。
火事だ。僕の、僕の家が火事だ!
赤い。熱い。苦しい。……死ぬ?このままじゃ………
僕は急いで外へ出て、助けを求めようとして。
なのに
赤い。熱い。燃えてる。燃えてる?何が?
村が。村が燃えてる。僕の家だけじゃない、村が……
「村が!」
そこで、目を覚ます。体はじっとりと汗をかき、息は荒い。
また、あの時の夢。毎日欠かさず見る悪夢。
「いや、でも、ここまでハッキリと見たのは久々だな……」
ここしばらくはぼんやりとした夢だったのだが、今日はやけにハッキリしていた。まるで、あの時に戻ったようだった。
「……そういや、ここどこだ?」
冷静になると、状況が見えてくる。とりあえずここは昨日までの部屋じゃ無くて……。
「ああ、そっか。大魔王軍の……あぱーと」
辺りを見渡して、思い出した。大魔王軍に入ったんだった、僕。
「おはよう青年。気持ちの良い朝だが、何か悪い夢でも見たのかな?」
「……ええ。昔の夢です。あの時から、毎日見て……ちょっと待って、カミラさん!?」
普通に会話をしかけて、気づく。
カミラさんが部屋の中に居る! なんで!
「ははは、私はこの棟の管理人もやっていてな。マスターキーを持っているのだ」
「まだ何も聞いてませんよ!」
「何で部屋に居るのか、と顔に書いてあったぞ? ……ずず……」
「ちょっと待って、何! 何飲んでるんですか僕の部屋で!」
「ちょっとばかし紅茶をな?」
そう言って、カップを回して見せる。中に入っていたのは、非常に見覚えのある赤色をした液体。
……僕のお気に入りの紅茶によく似てる。
ガバッと起き上がり、荷物を漁る。持ってきた紅茶の茶葉……茶葉……無い。
「お探しの物はこれかな?」
カミラさんの方を見ると、彼女は赤色の丸い缶を持っていた。それはまさしく僕の茶葉。
「ちょっと! それ僕が持ってきたお気に入りの茶葉のヤツですよね! 勝手に使ったんですか!? ああ、もう!」
発狂する僕を横目に、優雅に紅茶をすするカミラさん。
なんか、起き抜けから凄く疲れた。
「で。何の用ですカミラさん」
僕の分の紅茶も入れて貰って、話に入る。なぜカミラさんがここに来たのか、なぜ勝手に部屋に入ってきているのか、なぜ僕の荷物を勝手に漁ったのか、などなど。
ちなみに朝食はカミラさんが作ってくれていた。いただいた。おいしかった。くやしい。
「いやなに、城案内だよ。早速出掛けよう、と誘いに来たのだが、君は寝ていた」
「……ちなみに、何時に来たんですか?」
「5時半」
「早いですよ! まだ起きてない!」
現在時刻は8時である。僕が起きたのは7時半であるから、このヴァンパイアは2時間も僕の部屋で待っていたことになる。
「で、5時半の訪問は良いとして、なんで僕の部屋で待っていたんです?」
「いやあ、男性の部屋に長居、というのはモラル的にいけないことだとは思ったよ? だけどせっかく来たのに何も無しで帰るのもあれだから、な。上がらせて貰った」
「……なんで紅茶を?」
「喉が渇いたから」
「だからって僕の荷物を漁らなくてもいいでしょう!」
「だって、血が足りなかったんだよぅ。仕方が無かった! それで、君の荷物に飲む用の血がないか探していたら、紅茶の茶葉を見つけてな? 淹れてみたら色が赤かったからそれで我慢しようと」
「どこの世界に飲むための血を持ち歩く魔物が居るんですかもう……」
なんか、もう、めちゃくちゃだ。昨日の印象では常識人っぽい格好いい女性だと思ったのに、騙された。現実は残酷だ。
……叫びすぎで喉が渇いた。ちょっと紅茶飲もう。
……僕が淹れたヤツよりおいしい。
「美味しいだろう? 年季が違うんだ」
「なんか、凄く納得いかないです」
紅茶を飲み終わり、時刻は8時半。
もうそろそろ出た方が良いだろう。都市一つ分の広さとか、2日でもまわりきれるかわからない。
「準備いいかい青年?」
カミラさんが僕に声をかけてくる。
「はい。……軽装で問題ないですよね?」
「ああ。それで充分だ。行こうか」
カミラさんに先導されて、あぱーとの外へ。
そこから左に曲がって、真っ直ぐ進んでいく。
「まず、ここの城がなぜこんなに大きいのか、の説明をしておこうか」
「はい。お願いします」
で。そこからの会話は案の定脱線しまくってぐだぐだだったため、僕が噛み砕いて説明しよう。
簡単に言うと、この城はシェルターである。大魔王城を除いた魔界全土が焦土と化しても、強力な魔法コーティングによって崩れない。と言うわけだ。
この城は立て籠もるために基本自給自足で動いている。購買の商品などは他の土地から仕入れるが、それが無くてもこの城に住む全員が飢えないだけの食料を、ここで生産できるらしい。
「で、これから行くのはその食料を生産する畑だな」
「脱線しまくりの説明どうもありがとうございました」
随分長く話していたため、もうかなり景色が変わっている。
目の前には広大な地平線(城の中である)が……
ん? 広大な地平線?
「着いたぞ青年。ここだ。ここから先全部」
「え、ちょっと待ってください、全部!?」
冗談じゃない、冗談じゃないぞ。
ここだけで、一般的な都市の半分はありそうな景色。それほどに巨大。それほど広大な畑が、ここにある。
「こんな馬鹿みたいな……っていうか、ここの管理は誰がやってるんですか? こんな広大な畑、維持するだけでも結構な人数が……」
「ここを管理しているのは一匹だよ? 耕し、植え付け、その他もろもろ全部一匹」
「え、は? 一匹!?」
そんなこと出来る魔物なんて居るわけが……
「水の元素指定。解放!」
居た。一匹いた。
目の前の畑に水元素の魔法によって作物に水をやる、大魔王様の姿がそこにあった。
「あ、カミラ! アラン・アレクサンドル! おはようございます!」
畑に響くのほほんとした声、その後ろで、恐らく畑全土に雨を降らせている大魔王様の魔法。
……力の無駄遣いとは、こういうことなのか?
「アニタ様、おはようございます」
大魔王様に挨拶するカミラさんの声が若干明るい。
心なしか表情も明るく見える。
……仲、いいんだろうな。
「どうした? 青年。アニタ様に挨拶しないのか?」
「……いえ、その」
昨日、あんな事言った手前、簡単に挨拶なんかできない。
気まずいな、と思ってうつむいて黙っていると、大魔王様は僕の前までやってきた。
「昨日のことは気にしてませんよ、アラン」
顔を上げると、大魔王様の顔が目に映る。
彼女は、優しく微笑んでいた。昨日と何も変わらない、ほんわかした笑顔。
それを見て、自分にも微笑みが伝染して……
「昨日は、すみませんでした。大魔王様」
少し、素直になれた気がした。
「はい。ふふ、気にしてないけど、許しちゃいます。それと、アラン? 私のことは、アニタ、と呼んで下さいな!」
「う……いえ、それはまだちょっと。ハードル高いです」
「うふふー、うふふー、可愛いですねぇ……!」
褒められてるのか貶されてるのかわからないが、目の前でそう言うことは言わないで欲しい。
「……でも」
「ん? なんです?」
「復讐に関しては、譲りません。まだ、心を変えるつもりはありませんから」
それを聞くと、大魔王様は少し真面目な顔になって、
「はい。肝に銘じておきますね」
と、言った。
大魔王様のことが少しだけわかった気がする。普段はほんわかしているけど、真面目なときは真面目な人だ。きっと。
「あ、魔法維持しすぎた! お野菜枯れちゃいます-!」
……きっと。
複数人での会話を書くの苦手です。結局1対1の会話にしちゃう……